~聖side~
場は一瞬の内に静まり返り、誰も二の句を言えずにいる。
それほど、彼女たちに及ぼした衝撃は大きかった。
「連合軍だろうがなんだろうがかかってこい。俺たちが相手してやる。」
「…………なっ…!?」
「俺からは以上だ。じゃあな。」
「ま…待ちなさい!! あなた、本気で言っているの…??」
振り返り天幕を出ようとしたところで、曹操に声をかけられる。
「本気だ。」
「これだけの軍勢相手に勝負を挑むなんて馬鹿げてる……結果の見えている戦なのに、なぜ態々負ける方の味方をすると言うの!?」
「それは曹操、君だって分かってることではないのか?」
「っ!?」
「この戦いに義などない。あるのは、自分の矜持のためによってたかって一人を吊るしあげる、醜い権力争いの一端だけではないか…。そんな連合軍など、俺から言わせてもらえば逆賊だ…。洛陽の町を必死に復興、更生してきた月たちの想いを踏みにじる行為…………万死に値する!!! 覚悟しておけ!!!
「……………くっ…。」
この戦いの本質を見抜いていた者は、俺の言葉に俯くしかなくなる。
俺の言っていることが至極正論なこと、そして自分たちの行為への少なからずの罪悪感によってだ。
気付いていないのは……発起人の袁紹と袁術。そして……………。
「待ってください、聖さん!!」
桃香……………君か………。
「董卓さんは、都で皇帝を操っては洛陽の町を牛耳り、人々に酷い行いをしていると言うではないですか!! それを討つことこそこの戦の義ではないんですか!! そして、その逆賊に手を貸す聖さんも逆賊ではないですか!!」
その眼には強い眼光と意思、人々の為に尽くしたいと言う桃香の理想がありありと見てとれる。
そうだな、確かにその通りだと言うのなら逆賊はこっちだろうさ…。
「そうですわ!! 劉備さんの言う通り、都で暴政をはたらく董卓さんを追い出すことこそこの戦の大義。そして、囚われの身である帝を救いだすことが私たちの使命ですわ!!」
「そうなのじゃ。董卓などと言う田舎武者が、残虐非道に洛陽の町を占拠するなどあってはいけない事なのじゃ。だから、わらわたちが結束して董卓を倒すことを帝も望んでおるのじゃ!!」
堂々と胸を張りながら言いきる袁家二人に苦笑を洩らす俺。
そうか、こいつらには自分に都合の良いことしか見えていないのか……。
「……………そうかい。お前らの言い分はよく分かった。どうやらこの戦を無血で終わらせることは出来ないようだ……。」
これ以上話し合っても無駄だ…。
こういう奴らには、一度肌で感じ取ってもらうしかない。
貴様らの自分勝手のせいで、どれだけの人間が苦しめられ、その責任が自分にどうやって返ってくるのかを…。
話は終わりだとばかりに身を引こうとしたところで、連合の大将たちが各々の武器を持って俺を睨みつける。
「………交渉は決裂……ってことで良いんだよな?」
「なら、この場で敵の一人を討ち取ろうと考えるのも至極当然のこと……だよな?」
一番俺に近い所に座っていた二人が、武器の穂先をこちらに向けて牽制する。
妙な動きをすれば、直ぐにでも俺の首を刎ねれるように…。
「西涼の錦馬超に幽州の……………誰だっけ?」
「公孫瓉だ!!!」
「そう、公孫瓉か……。この二人に刃を向けられるってことは光栄なことだね…………俺を逃がそうっていう気はないんだな?」
「勿論よ。さぁ、あなたは最早逃げられない籠の中の鳥同然。大人しく情報を提供するならよし、そうでなければ直ぐにでもその首を落とさせてもらうわ。」
「確かに………。俺も流石にこの人数相手に逃げれるとは思っていない…。だが、逆もまた然りだ、曹操。」
俺が一つ指を鳴らすと、武器を持った兵がそれぞれの背後に出現する。
あまりに一瞬の出来事に、その場の誰もが対応できず、首筋に剣を宛がわれる。。
これで、立場は変わった。
「これだけの数の大将を俺一人の命で殺せるなら、そりゃ安いもんだな…。そうなりゃ、この戦いは戦わずして月たちが勝つ。その為なら、この命くらいくれてやるよ!!」
「うっ……。」
無理に動くことの出来ない状況に、先ほどまで優勢だと思っていた面々の顔が歪む。
流石に、自分たちに不利な状況でどうこうしようとは思わないか…。
まぁ、そうやって黙ってくれればそれで良い。
「……………馬鹿な真似はやめて、さっさとこの兵を引っ込めなさい!! それに、あなた!! 誰の首に許可なく刃を向けているとお思いですの!! 三公を輩出した名門袁家の袁本初ですのよ!!」
「そうじゃそうじゃ。今ならその罪を軽くしてやらんでもないが、早くせぬともっと重い罰になるぞよ!!」
……………相も変わらず煩いのはいるが……。
「………俺は煩い奴は嫌いだ。喋れないように真っ先にその首を落とされたいか、黙ってるかどちらか選べ。」
「「……………。」」
案外と素直に言う事を聞く辺り、こいつらも悪いやつではないのだろうが……。
名門に生まれた自信と矜持がこんな風に性格を変えちまったんだろうな……。
「さて悪いが、俺が無事にこの陣を抜けるまではこのままで居て貰う。俺も自身の身の安全が一番なんでね。」
仰々しい溜息を一つ洩らして肩をすくめる。
すると、今まで黙っていた冥琳が、最後に一言だけ告げる。
「徳種、連合軍を甘く見るなよ…。」
「はっ……。天の御使いが簡単に負けるかよ…。」
あの目は俺を糾弾する目だ…。まぁ、当然の目だな…。
さて、やることはやった…後は帰るだけだ。
あぁそう言えば、言い忘れたことがあったな。
「劉備!! お前の理想は皆で共有するものじゃないのか? お前は本当にそれが出来ているのか?」
「っ!!?」
「そして……諸葛亮。劉備を甘く見るな。」
「……っ!? ……………はい。」
諸葛亮は心臓を直接掴まれたような恐怖を感じながら、なんとか一言返すことが出来た。
それほどに聖の視線は鋭く、自分が桃香にした行いを糾弾する様な意図が感じ取れたからだ。
そして諸葛亮は思う。
きっと聖は全てを分かっている……。この戦に参戦した劉備軍の本当の流れを……。
だからこそ自分に向けて最後に一言告げたのだ。『劉備を甘く見るな』と………。
諸葛亮の表情を見る限り、俺の言いたいことは伝わったようだし……そろそろここに居る人たちの部下が様子を見に来るころだ……。
そろそろ見切りをつけるころだと考えた俺は、振りかえり今度こそ天幕から出ていく。
俺が踵を返し天幕を出ていくまでの間、その場にいた者は悔しさに唇を噛みしめながら、彼の後姿を目で追うことしか出来なかった。
「(コクッ!!)」
「「「「「(コクッ!!)」」」」」
ザシュッ!!!ザシュッ!!!!ドゴッ!!!!
聖が天幕から出て行くと、連合軍の面々は目で合図を行い、お互いに付いている兵を倒す。
そして天幕を直ぐに出るが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
「くっ………。逃げられたか………。」
逃がした魚がどれだけ大きかった、曹操はその意味をしっかりと受け止める。
董卓軍だけだと思っていた戦場に、彼が介入するだけでどれだけ厄介な敵となるのかを……。
そして、連合軍優勢だと思われていた戦いは、これで分からなくなってきたことを………。
「華琳様。如何なさいましたか!!」
「春蘭。良い所に来たわ、天幕の中に何人か気絶した兵が居るはずだから、そいつらから何か情報が掴めないか聞き出して頂戴。」
「兵!!? と言うことは、華琳様!! どこか怪我などはしていませんでしょうか!!?」
「大丈夫よ。それよりも時は一刻を争うわ…。直ぐにでも情報を……。」
そう言って天幕に入って曹操は驚かされる。
「……………華琳様…これは…どういうことでしょうか……。」
「……………そんな……馬鹿な……。」
先ほどまで地面に倒れていたはずの兵はその姿を忽然と消し、天幕内は何事もなかったかのように、静寂な雰囲気で包まれていた。
~桃香side~
「……………桃香様、少しよろしいですか?」
先ほどの出来事から時は経って、辺りを暗闇が支配し始める。
私が天幕で考え事をしている中、どうやら朱里ちゃんが訪ねてきたようだ。
「どうぞ朱里ちゃん。入って入って。」
笑顔で招き入れる私と違って、朱里ちゃんは怖い顔をしている。
何かあったのだろうか……。
「どうしたの、朱里ちゃん。そんなに怖い顔をして………。」
「………あははっ…。そんなに怖い顔をしていますか…??」
「……うん。眉間に皺を寄せて、凄く難しいことを考えてるような。そんな怖い顔をしてる…。」
朱里ちゃんは『そうですか……。』と言って苦笑する。
私は、そんな朱里ちゃんを見たことが無かったので本当に心配になってくる。
もしここで朱里ちゃんの身に何かあったのだとすれば、それは大変な事態だからだ…。
「朱里ちゃん。何かあったのなら直ぐに言ってね。」
「…えっ!?」
「何ならこの戦から手を引いても良いとさえ思ってるの。名声なんて何時でも手に入れれるから、仲間の体調が悪いならその方がいいと思うんだ。」
「……………。」
「だから、何でも言ってね。」
にっこりとした微笑えみを朱里に向ける。
すると当然、朱里ちゃんが泣き出してしまった。
「え……ええっ!? ちょ……朱里ちゃん!!!!???」
「……うっ……ううっ……桃香様………。」
「はい!? どうしたの!?」
「申し訳………ありませんでした………。」
朱里ちゃんは泣きながら頭を下げて私に謝ってくる。
何故謝られているのか、その意味が分からずわたわたしていると、気持ちを落ち着かせた朱里ちゃんが次いで話をする。
「先ほどの一件まで、私は桃香様の仲間でありながら、内心どこかで桃香様を軽く扱っていました。」
「先ほどの一件って…………聖さんが強襲してきた時のこと?」
「はい……。あの時、聖さんに桃香様を甘く見るなと言われるまで気付くことが出来ないなんて………軍師として、また桃香様の仲間の一人として、私はまだまだ未熟でした。」
「………う~ん……。いまいち良く分からないんだけど……。」
「……………実は、袁紹さんの檄文。董卓さんが洛陽の町を牛耳っていて町民に酷いことをしていると言うのは根も葉もない嘘なんです。」
「………………。」
「実際の所はどうなのかは分かりません。ただ、袁紹さんが権力を欲していることを考えれば、この話が嘘でも真とでも関係ないんです。世間に袁家の兵の強さや資金の豊富さなどを見せつければ、後々に十分なほどの基盤が出来る。その為には、この戦に勝つ必要があります。今回の檄文は確実に勝つために、多くの諸侯を味方につけて、圧倒的な力で敵に勝ち名声を手に入れることこそこの戦の本質なんです。」
「………そうなんだ。」
「もしこの話をすれば、桃香様はこの戦に義がないことを知り、参加しないようにするかもしれない……。もしそうなれば、袁紹さんから逆賊の汚名を着せられ、いの一番に滅ぼされてしまいます……。それでは、桃香様の理想が潰えてしまう………私は、そうならないように桃香様にこの事は黙って反董卓連合に参加させました…………本当に申し訳ありません。」
最後まで話しきると同時に再び頭を下げる朱里ちゃん。
その眼にはいかなる罰でもその身に受けるといったような意志を感じた。
そんな彼女ににっこりと微笑みながら、その頭を撫でてあげる。
「ありがとう、朱里ちゃん。全て話してくれて……。」
「………えっ………??」
「私こそ、ごめんね。朱里ちゃんにしっかりと話さなかったからこうなっちゃったんだよね…。」
「……では、桃香様は………。」
「……うん。この戦の本質は何となくだけどそうかな~とは思ってた………。そして、それは聖さんが向こうの味方だって分かった時に確信したの。あぁ~きっとこの戦は醜い権力争いなんだなって……。」
「………。」
「でも、朱里ちゃんの言う通りだと思うんだ。私たちがこれから天下に名を馳せていくためには、やっぱり武功って大事だと思うし、それに私は力がないと平和は作れないと知ってるから………。」
「……それでは、聖さんに言ったのは…。」
「うん。後腐れなく全力で聖さんにはぶつかる必要があるから……だから、向こうにも本気でいて欲しかったんだ。」
「そうだったんですね……。」
「そして私たちはこのまま連合軍に残って、聖さんと真正面から戦う!! そして武功をあげて今よりも偉くなって、そしてより多くの人を救う!! それが、聖さんとの約束だから………。ねぇ、朱里ちゃん。朱里ちゃんからしたら頼りない私だけど、これから先は何でも話して!! 私はそれを聞いて理解して考える責任があるの!!だから朱里ちゃん、これからもよろしくね!!」
「……御意です!! 私は桃香様を今後も支え続けるとここに誓います!!」
「よろしくね、朱里ちゃん♪」
「はいです!!」
この一件を経て、私たちはより強い絆で結ばれることが出来た。
この絆は、他のどの勢力相手でも負けることはないだろう。
そしてやはり、今回の事の背景には彼の存在がある。
つくづく彼には助けられてばかりだなと、桃香は心の中で嘆息した。
桃香たちにとっては、もはや聖は憧れ、崇拝すべき人物である。
そんな彼と真正面から戦うことは今までの恩をあだで返すようで気は引ける。
しかし、ここで私たちも武功をあげねば、この先の展開に関わるのだ……。
一端この場では恩の事は考えず、誠心誠意戦わなければ、彼にも失礼だろう…。
いつか自分の方が彼を助けられるように、そして今までの恩を全て返せるようになったら、その時にしっかりと返そうと、桃香は強くその胸に誓うのだった。
第九章 第六話 宣戦布告 END
後書きです。
第九章第六話の投稿が終わりました。
皆さんいかがだったでしょうか…。
作者から言わせてもらえば、自分たちの得で動く人間は好感が持てます。
やはり、人間自分が一番大切ですからね……。
しかし、それを周りに強要する。群れないと何もできない。甘い理想論だけで現実を見ない人間は反吐が出るほど嫌いです。
やはり、自分ひとりでやれること、やれないことの区別をつけて、協力するところは協力する、出来ることは自分でやると言うのが一番大事でしょう…。
それが人間社会と言うものです…。
さて、次話はまた日曜日に…。
それではまた…。
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どうも、作者のkikkomanです。
第九章第六話の投稿となります。
皆さんの応援と支援は私たち作者の活力です。
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