「おぼぶッ!!」
視界が暗転し体が宙に浮く。地面を転げまわりようやく勢いがなくなった。殴られた頬が遅れて痛みを主張し、意図せず呻き声が漏れる。
身動きが取れずしばらくその場で蹲っていると、自分を見下す視線を感じる。
定まらない視点を無理やり上げると、そこには無表情の女性が立っていた。
彼女は俺の体を持ち上げ、無理やり立たせながら口を開いた。
「今のは私達警備隊の分です。後一発、これは霞様を傷付けた分だと思ってください。隊長」
「ちょ……まっ……」
その顔は変わらず無表情だったが、何故か俺には楽しそうに思えた。
振りかぶる彼女を見て、来るべき衝撃に備え眼を閉じた。
一刀と霞の再会の後、次いで楽進がその再会を喜んだ。
愛し合った男と五年ぶりの再会。二人の心境を自分には計り知ることができない。
二人を祝福する気持ちの中に、感じたことないものが混ざっていた。
胸の奥がちりちりと痛む様な感覚。頭を悩ませたが、それが何なのか答えを見つけることはできなかった。
集落の宿に到着し、意識を失っている一刀を寝台に寝かせる。
「気持ちは分かるし、うちとしてもうれしかったんやけど、ちっとやりすぎたんちゃう?」
「す、すいません。私もここまでするつもりは無かったのですが、体が勝手に……」
苦笑いで言う霞に、楽進が申し訳なさそうに答える。
野盗は全員縛り上げ、洞窟の入り口にまとめておいた。集落に獄があるとの事なので、少し前に集落の警備団が連行しに向かったところだ。ひとまず、私達の仕事は終わった。
集落に戻ってすぐ、楽進は一刀に殴り掛かった。
『隊長、歯を食いしばってください』
『……は?』
一刀がとぼけた返事を返した瞬間、既に一刀の体は宙に浮いていた。
突然の出来事に私も霞も呆然としていると、楽進は蹲る一刀を無理やり立たせもう一発拳を見舞う。
『……ッ!楽進、貴様何を!』
倒れこみぴくりとも動かない一刀を見て、ようやく思考が追い付く。
激昂する私に楽進が説明を始めた。
端的に理解すると、一刀への罰みたいなものだった。
五年前、魏の将兵達に何も告げず天へと帰った事。それの清算らしい。
あくまでもこれは楽進の分であり、魏に戻れば他の将がそれ相応の『何か』を行うだろうとの事。
果たして一刀は生きて全てを清算終える事ができるのだろうか。
「とりあえず今日は休んで、明日今後の事を決めよか」
「そうだな。では私は『もう一つ私と一刀の分の部屋』をとってくるとしよう」
あくびをしながらだるそうに言う霞に、部屋の出口に向かいながら話す。
「ちょいまち華雄」
扉に手をかけた所で動きを止める。
霞へと振り返ると、にやにやしながらこちらを見ていた。
「今『私と一刀の分の部屋』言うた?もしかして二人でいつも同じ部屋で寝てたん?」
にやけ顔を止めずこちらに近づいてくる霞に少し苛立ちを覚える。
「当り前だ。路銀には限りがあるんだ。魏からの支援もさほど多くない。無駄遣いはできんだろう」
嘘ではない。一刀と旅を始めてから今までその思考の元にそうしてきた。路銀の節約、それ以外に何も意味は含まない。
そう考えていると、思い浮かぶ数日前の一刀。寝ている彼に接吻をした。その後彼からも接吻をしてくれた。
意識を失っている一刀に目を向けると、その時と差異の無い顔を浮かべている。
「おやおやぁ?なんか顔が赤くなっとるけどだーいじょーぶー?」
「う、ううううるさい!私は部屋をとってくる!後で荷物と一刀を取りに来るからな!」
顔が熱い。恥ずかしさからか呂律がうまく回らなかったが構わず急いで部屋をでた。
「ほんま節操ないなぁ。華琳に殺されてまうで……」
扉を閉める直前、霞が一刀へ呆れ顔で何か呟いていたが、よく聞こえなかった。
「それで、野盗の情報をつかんで根城に攻め込んだんだ」
宿の一室。テーブルを囲い四人で座り現状までの経緯を話していた。
俺と華雄の話を終え、霞と凪は溜息をつく。
「呉のお偉いさんに借りを作るなんて、なにしとんねん!」
「しかも相手が雪蓮様。後が怖いですね……」
項垂れる二人に、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
……まずい人に借りを作っちゃったみたいだ。
「過ぎた事を悔いても仕方ないだろう。次はそっちの経緯だ。居合わせたのが野盗の根城という事は、依頼されたお国仕事か?」
「いんや、ちゃう。元々うちはあの獣共の狩りで仕事は終わり。帰る予定やったんや」
「帰還途中で私が遠征隊と合流したんです。その目的何ですが……」
凪から告げられた内容は、俺をどん底へ突き落すものだった。
人和から告げられた俺帰還の知らせ。
急遽凪が伝令として霞と合流し、共に北郷一刀を捜索する事となった。
つまり、魏のみんなには俺が既に戻っていることが知られている。
さーっと顔の血の気が無くなるのを感じた。
「一刀、顔真っ青やけど」
「……お気持ちは分かります。ですが、諦めてください」
凪が目を伏せながらしかしはっきりと言った。
わかっている。自分がどれだけ彼女たちを裏切る行為をしているのか。
身をもって償うしかない。覚悟を決めよう。
「しかも旅先で女一人落としとるしなぁ。華琳、どうするんやろ」
「春蘭様は鍛錬に精をだしていましたね。『北郷め、叩き斬ってやる!』なんて叫んでましたよ」
………………
「お、俺やっぱり華雄と……」
「一刀、身から出た錆だ。ちゃんと償って、私を迎えてくれ」
「……はい」
償った後、生きてる気がしない。
「これからについてなのですが、数日後三国同盟祭が開催されます。恐らく、既に華琳様達も蜀へ向かっているでしょう。」
三国同盟祭。孫策さんが言っていたものだ。
わざわざ華琳が出向かうという事は、三国の主要者がほとんど集まるのか。
「そこでなんやけど、うちに一つ考えがあるんや」
良い笑顔で霞がテーブルに乗り出し人差し指をぴんと立てた。
「魏に向かっても華琳達には会えん。なるべく早く華琳達に会うには三国同盟祭で合流するのが一番や。今から向かえば二日程余裕ができる」
姿勢を戻し、腕を組む霞。
猫耳を彷彿とさせる可愛らしいドヤ顔で続ける。
「その余裕で、華琳達を驚かせよう思うねん」
訝しげに首を傾げる俺と華雄を尻目に、霞は意地の悪い笑みを浮かべたまま立ち上がった。
「蜀に向かうで!準備しぃや!」
「ちょ、詳細は!?」
「そんなんあとあと。はよ蜀向かわんと間に合わんで!」
「霞様。別に急がなくても時間には余裕が……すいません隊長、華雄さん。昨日からずっとこれなんです」
興奮し話を聞かない霞に、凪が大きく溜息をつく。
いったん準備時間として、再び宿前で合流することになった。
忙しなく華雄と共に宿をでる準備を始める。
「怖いのか」
「え?」
「手が震えているぞ」
華雄の指摘から自分の手を見てみると、確かに小刻みに震えていた。
無理やり鎮めようとしても、止まらない。
「はは。情けない、よな」
「そんな事はない。不安になる気持ちは分かる」
優しく抱擁してくれる華雄。
気持ちの良い感触と匂いに包まれ、気分がとても落ち着く。
「ありがとう、華雄」
ありがとう。心の中で再度呟く。
でも華雄、この不安は違うんだ。君が思っているのとは。
あの凪でさえあんな目にあったのだ。春蘭、引いては華琳にはどんな仕打ちを……
覚悟は決めた。だがこの震えは、華雄に抱擁されていても止まることはなかった。
償いの日は近い。
あとがき
お久しぶりです。久遠21upしました。
やはり執筆というのは時間がかかりますね。自分の才能の無さに絶望です。
前から言っている様に後数話で終わることができそうです。
この作品も内容量少ない割にだいぶ長い期間で書いちゃってますが、多くの人が待ってくれているみたいでとてもうれしいです。
ではではまた次回でお会いしましょう。
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初見の方は番外編からどうぞ。
久遠21となります。ラストスパートかけれるといいなぁ。