「ちょっとー桜井さーん? 聞いてるのー?」
「へ?」
「とっくにホームルーム終わったよ」
目の前には同じクラスメイトの米見さんが。
「そうやってほわほわしてるのは別にいいんだけど、そろそろ帰って貰わないと、私としても面倒なのよね」
「ははあ……それはそれは、申し訳ないです……」
よくわからないけれど、謝っておく。……わたし、なにしてたっけ。ホームルームが始まってから、ずーっとぼーっと、考え事をしてた、気がする。なにについて考えてたか思い出せないや。
「申し訳ないって思ってるなら、荷物を早く纏めようか。そして、早く帰ろうか。テスト週間ぐらいあなたでも勉強するんでしょ?」
「うん……? テスト週間?」
わたしの発言に驚愕したのか、米見さんは口をあんぐりと開けて呆れているようだった。美人さんなのに、なんだか見てはいけないものを見てしまった気になってしまう。
「先生の話全く聞いてなかったの……? いや、まあ私には関係ないか。今日日直で教室に鍵閉めないと私は帰れないの。アンダスタン?」
「……なるほど、なるほど。分かりましたよ米見さん。謎は全て解けましたといっても過言ではないですよ……!」
「なら手を動かそうか、桜井さん」
精一杯に頑張ったリアクションがさらっと流されてわたしは悲しいです。テストという単語を聞いてからどうしよーって考えてた気がしてきました。きっと、そうです。椅子の下においてある鞄をすっと片手で持ち上げて、机に置くと、ものをどんどん詰めていきます。教科書、筆記用具、ノート、それぐらいです。
「桜井さんって授業中ノートとかあんまり取ってない気がしたけど、使ってるの?」
「いやー使ったことないっす…… めんどいっす…… しんどいっす……」
手を顔の前でブンブンと振って、やってないですアピールをする。腕が疲れてきたので、すぐに止めよう。
「そんな調子で勉強に遅れたら、どうするのよ……」
「うん……? そんなの構いませんよ。勉強だけが全てじゃないですから」
「え?」
わたしのその言葉は米見さんにとっては理解できないことだったみたいだった。
「どうかしたんですか? 鳩が豆鉄砲どころか火縄銃の一撃を喰らったみたいな表情ですよ。さっきの呆れ顔よりビックリですよ」
その言葉で我に返ったのか、顔を赤くしながら米見さんは咳払いをした。
「ここって、一応進学校よね?」
それは自分自身に確認するかのように発しているように見えました。
「そうですね。県内ではそこそこレベルが高かったはずですね」
「勉強以外でなにか頑張ることでもあるの……? 帰宅部だったでしょ。桜井さん」
「いやー頑張ることなんてないっす、ないっす。ちゃらんぽらんに生きるだけですよ」
「なんかあなたと話してたら頭痛がしてきそうだわ……」
米見さんは頭を手で抑えながら外に出て行きました、なんだろーと思って見ていたら手でこっちに来いとの合図をされたので、早く帰りたいのを理解しました。
教室を施錠し終わると、職員室に向かうそうです。
「桜井さんは将来の夢とかないの?」
その場のノリで米見さんに着いて行くことに決めた私に、米見さんはそう話しかけてきました。
「ないですね。ナウにいきるだけですよ。ガールズトークなうって感じですよ!」
「これのどこが、そうなるのか甚だしいほど疑問だけどね……」
「いやあ……ただ単に何も考えてないんですよ……あはは……わたしってほんとダメ人間ですよね……」
「さっきからそういうノリなのも、適当にしてるだけってこと?」
「そんなことはないですよー。普段話さない米見さんとの会話に緊張してるだけですよー。こいつが特定の誰かと話したことあるっけって思ってそうな顔しなくても、わかってますよー」
「そ、そんな顔してないわよ。……じゃあ、ちょっと職員室に行ってくるから」
いつの間にか職員室の前まで来ていたみたいです。そういえばあのプレートの正式名称ってなんて言うんでしょうか。ガラスで出来たあの変なやつって言えば大抵伝わる気がするので、なくてもいいんでしょうけど。
そう考えると、この鞄についている長さ調節をする金具とか、ボールペンとかを挟む部分の名前とかが気になってきます。いやー勉強以外にも未知ってたくさんありますねえと一人で納得していると、米見さんの用事が終わったみたいです。
「おまたせ。桜井さんの家ってどっち方面なの?」
「家ですか、そんないきなり家デートをご所望ですか……」
「ちがうし……」
「あっはっはー冗談ですよー。私は坂の上のアパートですよ。一人暮らしってやつです。学生ニートってやつですよー」
「学校に来てるならニートじゃないでしょうに」
米見さんの鋭いツッコミにグサッと来ながらも下駄箱までたどり着きました。学校指定のローファーに履き替えます。そういえば上履きもそうですね。嬉しいことにローファーの中に画鋲が入れられていることは今まで一度もありません。嬉しい事です。きっと私の存在を覚えてる人などいないということでしょう、と卑屈なことを考えることもできるといえばできそうですね。
「そういえば、米見さんはどちらにお住まいなんですか? 住所を正確にお伺いしたい所存です」
「嫌よ…… 私は坂の下側だから。校門でお別れね」
「ええ、そんなあ米見さんと別れるなんて悲しいですよう」
「桜井さんってこういう人だったのね。男だったらぶん殴られていると思うわよ」
「偏に取り繕う演技派よりかはこっちのほうが良くないですか? どこが悪いんですか? 治しますよ、米見さんのためなら、私は米見さんのことが好きですからね、わたしのこういう発言が駄目なんでしょうか、ああなんてことでしょう、わたしの存在自体が米見さんにとって――」
「長い」
「はい。止めます」
一刀両断されてしまいました。なんやかんやで自転車通学の私は自転車を回収して、校門まで来てしまいました。これから坂を登って行かないと考えるととても気が滅入ります。登校したくはないんですけど、下校もしたくないという不便なところです坂の上って。
「それじゃ、また明日学校でね」
米見さんはそういって去ろうとしますが、なんとなく帰る気分じゃなかったので、米見さんを後ろからストーキングしてみることにしました。
思ったより気付かれないもので、音をあまり立てないように自転車を引いていきます。後ろから見ても美人だなあと思います。髪は長くてサラサラで毛先も荒れてないですし、ピンとはねている枝毛もなさそうです。ショートカットのわたしには届かない月みたいな存在ですね。いやー触ってみたくなるほど綺麗です。肌も白すぎないくらいに、白いですし、弾力も良さそうです。
「ちょっと、なにやってるの桜井さん」
ぼーっと観察してたらいつの間にか気づかれてしまったようで、氷柱のように鋭い視線がわたしに刺さっていました。
「いえ、暇でして」
「勉強しなさいよ」
「これは勉強より楽しいことですから」
「遊んでたほうが楽しいなんて当たり前でしょ、それでもやらないとならないことなんだから勉強は」
「ははあ……なんか強制されて生きてるみたいでそういうの嫌なんですよ。たまには現実逃避したっていいじゃないと思いませんか? 逃避したいと思いませんかふふっふーですよ」
「桜井さんの場合、よくボーッとしてて人の話を聞いてない印象だけど……?」
「ちゃんと聞く時は聞いてますよーやだなー。今だってちゃんと会話してるじゃないですかー」
「それは屁理屈じゃない……」
「いいんですって、屁理屈も理屈ですよ。それにそんな考えで米見さんが勉強してるって聞いてしまった以上、なにかしら妨害……じゃないですね、考えを改めさせたいって思うわけじゃないですか」
「桜井さんの考えはわからないけどね……」
「とりあえず海に行きましょうよ。暇ですし」
「行く理由がないじゃない。行かない理由ならあるのに」
「たまにはサボりを覚えることも重要なんですよ? そんな気持ちで勉強に集中できるわけないじゃないですか、きっとどこかで怠けたりしてるんじゃないですか?」
人間だれしも集中が持続するわけじゃないのは、私が身を持って分かってます。これは詐欺師とかがよくやってそうな手口ですよね。あなたのことはお見通しです! みたいな感じ。
「……それは、そうだけど」
思ったより米見さんはちょろそうです。あとは勢いだけでいけそうですね。
「それじゃ行きましょう! 後ろに乗ってください!」
自転車を米見さんの前まで移動して、早く早くと急かします。
「スカートなんだけど……」
「そんなの私もじゃないですか。横から座れば大丈夫でしょう。私の贅肉たっぷりな腹回りに腕を回せば安定するはずですよ」
「……その発言は大多数の女性を敵に回しているわよ、桜井さん」
「ええ? そんなつもりはなかったなー。昨日は体重がやばかったのになー」
愛想笑いで適当に誤魔化しつつ、棒読みをします。そして急かします。バンバンと荷台を叩きます。逡巡している様子の米見さんでしたが、ついに耐えかねたのか、
「ああ、もうなるようになれ!」
と叫び荷台に飛び乗ってきました。吹っ切れた米見さんを後ろに載せたまま、坂を下ること数分、海までやってきました。少し肌寒い感じはありますが、まだ海だーって叫んでも良さそうな具合です。
「結局海まで来てしまった……」
「海が近くにあるのに、普段近寄らないってなんかもったいなく思いません?」
「……それはそうだけど」
「この街の海って割りと綺麗なほうなんですよ。海が綺麗な街って宣伝できるほどじゃないですけど」
「それは知らなかったなあ」
「だからって人生に役立つわけじゃないですけどね。ただの逃避ですよ。でも逃避が悪いわけじゃないと思うんです。私の場合逃避の回数が多いですし、今日のホームルームでも途中から聞いてなかったですけど」
「まあ逃避も悪いことじゃないって思えてきたわ、なんかね」
「考えに囚われ過ぎるの良くないってことですよ。勉強は大事っていう前提を信じきってちゃ駄目なんです。常識だとか、他者から与えられた意見なんて疑ってなんぼですよ。だって行動するのは自分自身なんですから」
「……そうだね」
「ほらほらーなにセンチメンタルな感じ出してるんですかー、テトラポットのほうにも行きましょうよー。人も少ないですし!」
米見さんの手をもって私は防波堤の先のほうに走りだす。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ちなみに私の言ったことも鵜呑みにしちゃ駄目ですよ! 自分の考えが大事なんですから!」
「そんなことぐらい分かってるわよ! 桜井さんよりは成績良いのは間違いないんだからね!」
痛いところを付かれてしまったなあ、と思いつつそれを私は気に留めていません。そんなことよりも、今はいつもと違って米見さんと過ごしているのが楽しくてたまらないのです。偶然と気まぐれによって引き起こされた出来事ですけど、こういうのがあるから人生なんだって感じがします。
現実逃避も悪いものじゃないんんだなあってことが、米見さんにも伝わったなら私は嬉しいです。米見さんがどう思ったかは正直あまり考えてません。
でも、なんだか楽しそうに笑ってくれてるし、これでいいんじゃないかなって思えてきて、二人で声をあげて海に向かって笑いながらバッカヤローと叫んでました。
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女子高生です。JKです。じょしこうせいです。