男の歌が訊こえてきた直後、タバサは睡魔の襲われ、抵抗むなしく眠ってしまった。
それとほぼ同時に、ワルドが男の無防備な背中めがけて、風系統の魔法、エア・カッターを放った。
杖から発生した風が、刃の形をなし男の背中に向かう。
手加減しているとはいえ、風のスクウェアメイジであるワルドが放っている魔法である。
並大抵の者は一溜まりもないだろう。
その風の刃が、今まさに、背中を貫こうと男に迫った。
「な、なに・・・・・・?」
しかし、キュイーンという音ともに風の刃が霧散してしまった。
ワルドは少し動揺してしまう。このような事態は初めてだったからだ。
「やれやれ。いきなりの攻撃はナンセンスだな。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵」
男は歌うのをやめてゆっくりと振り返ると、ワルドを睨みつけた。
その時、男の全身から何とも形容しがたいオーラが発せられた。
そのオーラが風となってワルドに襲いかかった。
「く・・・・・・っ!?」
凍てつくような風によって少し後ずさるワルドだったが、なんとか耐えて杖を構え直した。
「ほぅ・・・・・・。どうやらお前は“本物”らしいな」
「・・・・・・・・・・・・なんのことだ?」
男の呟きにワルドはなんとか怪訝な表情をつくって問いかけた。
しかし、男はなにも答えず、意味深にニヤッと笑うと、小声で『レムオル』と呟いた。
「!?」
すると男の姿が忽然と消えてしまった。
ワルドが慌てて男がいた場所に向かったが、そこには誰もいなかった。
*****
その頃、崖下ではルイズ達4人がワルドとタバサが降りてくるのを待っていた。
「遅いわね・・・・・・」
ルイズがそわそわとしながら崖を見上げたまま呟いた。
「ねぇ? ダーリン。どういうこと? 教えてちょうだいよ」
「・・・・・・知らねぇよ。というか、あいつらが帰ってきたら直接訊けばいいだろ?」
「あら、やきもち? もうダーリンったら可愛いんだから♪」
「別にそういうんじゃないやい」
ルイズは唇を噛んだ後、怒鳴ろうとした。
ワルドやタバサも心配だが、ツェルプストーの女に、使い魔が取られるのは、それ以上に我慢できなかった。
「子爵が帰ってこられたぞ」
その時、ずっと崖上を見上げていたギーシュが声を上げた。
ルイズは怒鳴るのをグッと抑えると、崖を見上げた。
グリフォンの背に乗って、ゆっくりと降りてくるワルド。
その腕にはタバサを抱えていた。
「あら? タバサどうしちゃったの?」
「・・・・・・大丈夫さ。ただ眠っているだけだ」
「何があったの? ワルド」
「詳しい話は後にしよう。ギーシュ君。少し手伝ってくれないか?」
「は、はい!!」
タバサをシルフィードの背に乗せたワルドは、ルイズの問いかけに微笑みかけるが、すぐに表情を引き締めてギーシュとともに崖を上がっていった。
どうやら崖上の死体を片付けに行ったようだ。
ルイズはしばらく崖を見上げていたが、眠っているタバサが気になったのか、シルフィードの方を振り返って背の方を見つめた。
「よく眠ってるわね~。この子が眠るなんてどういうことかしら?」
「崖の上で何かがあったとだけしか分からないわよ」
「あなたに訊いていないわよ。ねぇ? ダーリン」
「なによ! 私の使い魔に色目を使わないで!」
いつものようにルイズとキュルケの口ゲンカが始まった。
その二人を無視しつつ、才人はタバサを見つめていた。
「う、うう・・・・・・」
「おい、二人とも! 起きたようだぞ!」
「「タバサ!!」」
その時、身じろぎしたタバサの目がゆっくりと開いていく。
それに気づいた才人が口ゲンカしている二人に声をかけた。
二人は口ゲンカを止めるとタバサを覗きこむ。
「・・・・・・大丈夫? タバサ」
「・・・・・・・・・・・・(コクリ)」
目をぱちくりとさせ、ゆっくりと起き上がったタバサは、キュルケの問いかけに一度自分の身体を見つめた後、ゆっくり顔を縦に振った。
それから三人の顔を見つめた後、崖を見上げて呟いた。
「あれは・・・・・・?」
「「「?」」」
その呟きの意味が分からず、三人が首を傾げたのは言うまでもない。
**********
「・・・・・・・・・・・・」
俺は崖に腰かけ、ルイズ達を見つめながら物思いにふけっていた。
俺の後ろでは、ギーシュとワルドが死体を埋めている。
(ここでワルドに会うつもりはなかったんだがなぁ。タバサに気づかれるとは思わなかったわ・・・・・・)
あの時、眠らせただけの傭兵たちが、いつの間にか死んでいたため原因を調べようと死体に近づいた。
その時、“レオムル”をかけ忘れていたらしく動きを察知したタバサに気づかれてしまったワケだ。
(まぁ見つかってしまったのは仕方がないとして・・・・・・、その後がちょっとな。少し調子に乗りすぎた感が否めないなぁ)
タバサを“
(というか最後のあれはいらなくねぇ? 俺って何様って感じだよ、ホント)
意味深に呟き、“レムオル”の呪文を唱えてワルドの目の前で消えた最後の演出も思い出し、恥ずかしさのあまり顔を手で覆いながら転がりはじめた。
(はぁ・・・・・・。まぁいいや。ずっと恥ずかしいことしてきた気がするし、俺の性格上またやっちまいそうだしな。恥ずかしがってても仕方がない。考えるのをやめるか・・・・・・)
一通り地面を転がった俺は大の字になって空を見上げた。
そしてそう結論付けて起き上がった時、ワルドとギーシュが全部の死体を埋め終えたところだった。
(あいつらを殺したのは恐らくワルドではないだろう。俺を見ていたワルドの目に段取りと違うことの戸惑いが少し感じられたからな。だとすると俺以外に動いている奴がいる可能性が高いんだよな。やれやれ。気安く引き受けるんじゃなかったな・・・・・・・)
じじぃの頼みを気安く引き受けたことに多少後悔しながら、俺はラ・ロシェールに向かうルイズ達を見守る。
また、今後の対応を考え直していく。
ワルドの他に面倒そうな奴が出てくるかもしれないからだ。
「さて、いくか・・・・・・」
ルイズ達が見えなくなったところで考えがまとまった俺は、崖を勢いよく飛び下りる。
そして“ドラゴラム”を解除して神竜に戻り、ラ・ロシェールに向かった。
**********
シェンがラ・ロシェールに向かい始めた頃、崖の上から黒いフードをかぶった少年らしき人物が、ラ・ロシェールの入り口へとたどり着いたルイズ達一行を遠見の魔法で見つめていた。
「許さないよ・・・・・・。僕をおとしめたことを後悔させてやる・・・・・・」
その少年は一行がある宿に入ったのを確認すると、そう呟きながら暗闇へと消えていった。
その瞳に復讐の炎を宿しながら・・・・・・。
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死神のうっかりミスによって死亡した主人公。
その上司の死神からお詫びとして、『ゼロの使い魔』の世界に転生させてもらえることに・・・・・・。
第十九話、始まります。