ある日、3人で勉強会をしよう、という話が持ち上がった。発案者は藤野。藤野は成績がとても優秀なので、本来なら勉強会など必要ない。故に、これは休日も先輩と過ごしたいという欲望丸だしの提案なのだった。ちなみに先輩も――先輩というだけあって――学年が1つ上なので、僕や藤野と一緒に勉強してもまるで意味がない。つまり、先輩の勉強会参加も不純な動機によるものだった。僕も藤野目当ての参加なので、人のことは言えないのだが。
そうして集まった僕の家。僕の部屋。日差しもうららかな昼下がり。リンゴジュースを飲みながら、何かの公式(のようなもの)とにらめっこしていた先輩が、言った。
「わかったわ。隆文が私と付き合う。私は藤野と付き合う。藤野は隆文と付き合う。これなら問題ないでしょ?」
いやいやいや。おかしいですよ先輩。問題だらけですよ。そんな二股宣言聞いたこともないですよ。関係が爛れきってますよ。
「わかりました先輩! 先輩と付き合えるなら、コイツとも付き合います!」
どうも藤野の脳も、だいぶ先輩に侵されてしまったらしい。何を言っているのか、さっぱり理解できない。
「さて、隆文。あとは君次第だ」
「いやいやいや、先輩はそんなんでいいんですか?」
「ああ、構わないよ。君が他の誰かと付き合うより100倍マシだ」
微笑む先輩は、実に爽やかだ。藤野のオマケでいいから付き合ってくれ、などと言っているようには到底見えないほどに。
「ふ、藤野はそんなんでいいのかよ……?」
「別にいいわよ。先輩があたしの気持ちを受け入れてくれるなんて、夢のようだもの」
それにあんたのことも嫌いじゃないしね。小さく、うまく聞き取れないほどに小さく、彼女はそう言った。
ああ、そうか。これはハーレムの誘いなんだ。先輩は藤野のオマケで。藤野は僕のオマケで。僕は、先輩のオマケ。美しい三角形じゃないか。
いや、騙されてはいけない。これではちっとも関係は変わらないじゃないか。三角形がちょっとピンク色になっただけだ。
これは良くない。男なら、やはり正々堂々と付き合わなければなるまい。
「先輩、僕は――」
「せーんーぱいッ!キスしてくださいよ~。ん~~~~っ」
「こら、待て藤野。まだ隆文が答えてないわ。キスはそれから……」
キスをしようと先輩に迫る藤野と、それを押しのけようとする先輩。僕のベッドの上で、壮絶な百合の攻防が始まってしまった。嗚呼、なんてふしだらな世界なんだろう。
あれ。じゃあ僕も、この条件を飲んでしまえば、藤野とキスしたりできるのか? 朝起こしに来てくれたり、手をつないで登校したり、膝枕で耳掻きしてもらったり……そんな憧れの恋人ライフが待ってるっていうのか?
なんてこった、この三角形はちょっとピンク色なんてもんじゃなかった。モザイクだ。モザイクのかかった卑猥な三角形だった。
「先輩、僕も付き合います。先輩と、藤野と!」
言い切ってしまった。これが若さに違いあるまい。そう、僕は惰弱にも屈してしまったのだ。エロスに。さよなら、純愛。
「これで、私たちは恋人ね。うれしいわ」
「先輩! あたしもうれしいです~~~~」
シーツを揉みくちゃにしながら、彼女たちは幸せそうに笑う。
「約束ですよ! キスしてくーだーさーいーッ!」
「こんな提案をした手前、すごく恥ずかしいんだけど……私、ファーストキスは隆文にあげたいの。だめかしら……?」
そう言って、先輩は可愛らしくはにかんだ。
僕は先輩が好きだ。ただ、先輩よりも藤野が好きなんだ。だから先輩の告白を断った。僕は、あの夜の先輩の涙を覚えている。忘れられない夜の記憶だ。だけどもう、僕は先輩のキスを拒めない。だって僕は、先輩も好きなのだから。
「じゃあ……あたしのファーストキスは、先輩がもらってくださいね」
拗ねている、ということをアピールするためだろうか。唇を尖らせて、藤野。アピールされているのが僕じゃない事が少しさびしくもあったが、それはいつものことだ。もう慣れている。それに今の僕は、もうそれどころではなかったのだから。
先輩とのキスで、頭がいっぱいだった。もちろん僕は未経験だ。やり方なんてさっぱりわからない。はたして唇を触れさせるだけでいいのだろうか。それとも。
緊張で体が動かない。だというに、心臓だけは激しく動き続ける。
「――――っん!」
情けないことに、それは先輩からだった。唇と唇が触れるだけの、ソフトなキス。それは、リンゴの味がした。
先輩が離れても、僕はしばらく動けないままだった。唇がベタつく。膜が張っているような違和感。まるでリップを塗ったような感触――これが、先輩の口紅なのだと気づいて、僕の心臓はさらに脈を速めた。
「先輩!――――っ!」
藤野と先輩のキス。それは、僕と先輩の時と同じく、触れるだけの優しいキス。それでも、藤野は泣いていた。
藤野はきっと、僕より遥かに困難な道を歩んで、そこに辿り着いたに違いない。
(先輩のファーストキス、奪っちゃってごめんな……)
急速にさめていく、熱と思考。
その涙に、なんだか僕まで泣けてきた。
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僕は道を間違えたに違いありません。