~聖side~
星とお互いの秘密を確認しあったところで、ようやく桃香たちが復活してきた。
その後、恒例の隣の人誰?→一刀が話す→大爆笑→一刀落ち込むの流れを経て、玉座の間は普段では考えられないほど和やかな雰囲気が流れていた。
「ぷふふっ………一刀さんが………ふふっ………女装………。」
「桃香、もうそろそろ笑うのは止してやってくれ…。流石に一刀が可哀想だ。」
「可哀想だと思うなら、初めからこんな格好させんなよ!!」
「だから、それだとこの町の様子がじっくり見れないって言っただろ?」
俺がそこまで言うと、笑っていた桃香はその表情を一転させ、真剣な面持ちで俺に話しかける。
「聖さんは私たちの町を見たんですね。」
「あぁ。大体のところはな…。」
「聖さんから見て、この町はどうですか?」
「悪くねぇよ。寧ろ、着任して少しの間に良くここまで発展させたものだと思う。」
「そうですか…。良かった。」
強張った表情を緩ませる桃香。
その姿を見て、先ほどからの硬い表情の訳を俺は知った。
彼女がこの大きさの町を持つことは初めてな訳で、その肩にかかる重圧というものは相当なものだったのだろう。
実際に自分が味わったものを考えれば、納得である。
別な見方をすれば、桃香は自分の立場を自覚したのだとも言える。
大勢の人の上に立ち、人々を導く王としての覚悟が出来たというのであれば……それは、とても喜ばしいことではないだろうか……。
「この町はこのままいけばきっと良い町になる。俺はそう思うがね。」
「聖さんがそう言ってくださるなら、きっとこの町は良い町になります…いいえ、私たちが良い町にします。」
「……そうだな。君がしなければならないな。」
「聖さんには本当に感謝しています。 ………あの日、聖さんに教えられたことを私はずっと考えていました。人を殺すことは必要なことなのか………私の考えは間違っているのか………本当に他に道は無いのか………。これらの答えは実は私の中ではまだはっきりとは出ていません。ただ、私が管轄する土地が変わり、この平原にやってきて思うことは変わりました。」
淡々と話しているようで、話すこと一つ一つを噛み締めるように話す桃香の表情は、どこか口惜しそうだった。
「私にはまだまだ力がありません……。この世界を皆が笑って暮らせる世にするための力も……この町の人々を守る力も……そして、戦場で相手を説得するために示すその力も………。」
その手を握り締めるようにして悔しさを表す桃香。
その姿には嘗ての自分に重なるものがあった。
「私の理想が甘かったのは今になってよく分かります。自分の力を良く知りもせず、理想だけを口にしていた……。あれじゃあ、聖さんに笑われてもしょうがないですよね…。」
そう言って苦笑しながら視線を俺に向ける桃香。
俺はそれに答えずに続きを聞くことにした。
「………私は力が必要になりました。私の理想を叶えるため、私の仲間を守るため、そして目の前の人たちを守るために……。こんな事言っても信じられないですよね? ついこの間まで話し合いでどうにかしようと思っていた人間がそこまで変わるなんて……。でもそれが真実であって、気付かせてくれたのは聖さんです。本当に感謝してます。」
桃香は玉座から立ち上がると深々と俺にお辞儀をする。
どうやら桃香には思うことがあったらしい。
実際のところ、俺がわざわざあの時に言わなくても仲間の内の誰かから言われて気付いたであろう事だ…。
たどり着くだろう答えは、既に彼女の中に存在していたのだろう。
まぁ、何はともあれ彼女の覚悟は分かった。
彼女も王として人の上に立つべき人に変わっていると言う事だ。
ならば喜ばしいことなのか、それとも敵が増えただけだと考えるべきなのか……。
後者であるとあまり思いたくは無いがな……。
「………。桃香、君の力は弱い…。それは君自身が良く分かっているはずだ…。だがな、足りない力は君の仲間に補ってもらえばいい。そうは思わなかったのか?」
「………確かに、それが良いと思いました。でも、それだと私はただのお飾りです。戦う力も、政治をする力も統治する力も無いただの偶像です。私は………そんなものにはなりたくない。仲間におんぶに抱っこにされてどうなると言うんですか? 私という人物はどうなると言うんですか? ………そんなの嫌だ……。私は、私の大好きな仲間達と同じ立場で……同じ立ち位置でこの世界の行く末を見ていたい。そう、思ったんです。」
「………それもまた辛い道だと分かっているのか? 皆と同じ立場にいるということは、戦場に立ち、人を殺し、皆と同じように殺したものの意思を背負うんだぞ?」
「分かっています。私はもう理想だけを求めることはしない。確りと今この時を見つめて、目の前のことを受け止める覚悟があります。私は………もう逃げないと決めたから……。」
桃香の目からは強い意思が読み取れる。
それを見て桃香の意思が本物であると確認すれば、もう俺から言うことは無いだろう。
「そうか………頑張れよ。」
「はい!! 頑張ります!!」
これだけでもうそれ以上の言葉が要らないほど、彼女の意思が特別で揺るぎないものだと、その笑顔が語っているのだから……。
「そうだ。そう言えば就任祝いを贈ってなかったな。」
「そんな…良いですよ。聖さんの教えがあってこその今があるんですから。」
「いやっ、実際にこの功績を得たのは桃香だろ? なら、祝うのが筋ってもんだ。橙里、アレを。」
「はいなのです、先生!!」
橙里に声をかけると、彼女は胸元から一巻の竹簡を取り出して俺に渡す。
………………いやっ、裾でよくね??
なんで態々そんな所から出すんだよ……。
そんな所に入れとくから、若干竹簡が温かくて変に意識しちゃうだろうが!!!
「…………聖さん?? どうかしましたか?」
「いやっ、なんでもないんだ桃香。気にしないでくれ……。」
「………???」
そうさ、平常心を忘れるな……。
こういう時に大事なのは平常心だ。素数を数えるんだ!!
「さて、この竹簡なんだが…………なんだと思う、朱里??」
「はわわ!!! 私ですか!? え~っと………う~ん………皆目見当が付きません。」
「じゃあ、雛里。君はなんだと思う??」
「あわわ……。私も朱里ちゃんと一緒で………分かりません。」
「まぁ、そうだろう。それにそれが正解だ。これに書いてあることは、分かっても分からないものだろうからな。」
俺の発言に頭を捻る桃香たち。
だが、俺はそこまで教えるほどお人好しじゃないんでね……。
桃香の元まで行って竹簡を渡すと、俺はそのまま玉座の間の出口へと向かう。後ろには確りと橙里と一刀が付いてくる。
「じゃあな、桃香。次会う時は戦場かもしれないし、お互いの領地かもしれない。だが、忘れるな。君は偉大な王であって、俺も一城の主だ。交友はあっても、いざ戦いになれば容赦はしない。その時は全力でかかって来い。」
それだけ告げると、俺は玉座の間の扉を開いて、そのまま城を後にした。
残された玉座の間では……。
「…………その時は……か……。」
「桃香様。」
「うん、分かってるよ。もし、聖さんと戦うことになったら私たちも全力で戦う。全力で戦って力を示して、そして聖さんを説得する。それが私の戦い方、私のこの乱世を生き抜く戦いの術だから……。」
「それならば、私たちは全力であなた様を支えましょう……。」
「ありがとう愛紗ちゃん。その時はよろしくね。」
「はっ!!! ところで、聖殿は一体何を残していったのですか?」
「この竹簡だよね……?? 何が書いてあるんだろう……??」
竹簡を開くとそこには筆で書かれた文字がびっしりと並んでいる。
元々政務が苦手な桃香は、その多い文字を見ただけで気分が悪くなり、朱里にその竹簡を渡して内容を読んでもらうことにした。
「え~っと…………ふむふむ…………はぁ~…………。」
「………で、朱里よ。一体何が書かれているのだ?」
「はわわっ!!!! しゅ……しゅいません!!! あまりの内容に驚いてしまってついつい読み耽ってしまって…。」
「その様に驚くような内容が書かれていたのか?」
「はい!!それはもう………。しかし、何故このようなものを……。」
「朱里~!! 結局何が書いてあったのだ? もったいぶらずに早く言うのだ!!!」
「はわわ!!! えっとですね、この竹簡には広陵の町での警備方法や税収、地区割などの内政に関する計画事が色々と書いてあるんです。」
「何っ!? 何故その様なものを聖殿は……。」
「さぁ……。私にはさっぱり分かりません…。」
「それって何かおかしなことなのか~??」
「はい。おかしい所か異常ですよ…自軍の機密事項を渡すなんて…。何か裏があるのかと考えるのが普通です。」
「にゃあ~………。鈴々にはまったく分からないのだ……。」
「この情報をまともに受け止めて良いものか………それとも、罠だと思って棄ててしまうべきか……。」
「「う~ん…………。」」
「……………………ぷっ……。」
考え込む朱里と愛紗の傍で、桃香は突然笑い出した。
「ふふふっ………あははっ……!!!!!!」
「桃香様!? どうしたのですか、一体!!!」
突然笑い出した桃香に驚いた愛紗は、心配になって桃香の傍でおたおたとし始める。
桃香はそんな愛紗の様子に気付いて、笑うのをどうにか堪えるようにする。
「ごめんね愛紗ちゃん。急に笑い出したりして……。」
「本当です。頭が可笑しくなったのかと思いましたよ…。」
「うぅ……。それは流石に酷いんじゃないかな……。」
「と……ところで…!! 桃香様は何故急に笑い出したんですか?」
「あぁ、うん。朱里ちゃん、そこに書いてあることって内政に関することなんだよね?」
「えっと……はい!! 全て内政に関することだけです。」
「その内容のものは私たちの町でも使えそうな感じ??」
「そうですね……。そのままって訳にはいかないですが、少し手を加えれば大丈夫だと思います。」
「なら、その竹簡の内容は使えるものは全部使っちゃおう。折角聖さんがくれたんだし!!」
「……良いんですか? この内容が嘘ってことも……。」
「それは無いと思うな…。聖さんは言ってたでしょ?? 『これは分かるけど分からないものだ』って。書いてあることは分かる、でもそれが真実かどうか、またその意図が何なのかは分からない…。多分聖さんはそう言いたかったんだよ。でも、私には彼の意図が少し分かるような気がするんだ…。」
「と、言いますと??」
「聖さんはこの町を見ていたんだよね?? なら、この町の問題点も分かった上でのその竹簡だと思うんだ。なら、彼が望むのはこの町の発展……。この町が豊かになって、私たちが力を付け、対等な立場になることを彼は望んでるんだと思う。その方がより多くの人を助けれるし、より多くの人を笑顔に出来るから……。」
桃香の顔には迷いは無い。
聖に、キツイ現実を言われたからこそ、彼の凄さを味合わされたからこそ、彼に認められたいからこそ、彼女は彼を信じる。
彼を信じることが自分を強くすると……そう信じているから。
「………分かりました。至急、使えるものを選出して推敲しておきますね。」
「お願い、朱里ちゃん。よしっ!! 聖さんに負けないように皆で頑張ろう!!!!」
「「「「「「おおっ~~~!!!!!!!」」」」」」
平原からの帰り道。
女装を解いた俺たちは、馬に揺られながら一路南下して広陵の町へと向かっていた。
そして、広陵の町が視界に映るようになってきたところで、西の方より兵が一人で走って来ているのを見かける。
その兵士は赤い鎧を着ていて、ここら辺りでその色の鎧を着ているとすれば、それは蓮音様の所の兵であるということは一目瞭然なのだが、何故彼はそんなにも急いで広陵の町へ行くのか不思議であって……近付いて話を聞くことにした。
「おいっ!! 一体どうした!?」
俺が声をかけると、彼は拱手の形をとって深々と頭を下げた。
「はっ!! あなた様は、徳種聖様ですね?」
「あぁ、そうだが……。蓮音様から何か伝言か?」
「はいっ!! 緊急の伝言です!!!」
何時もは緊急になる前に伝令がくるんだが……。
緊急の伝言とは些か不気味な気がする…………。
「分かった。緊急の要件なら今ここで聞こう。一体なんだ?」
「はっ!!!! 孫堅様が病に倒れました!! 至急寿春の城へと来られたし!!! 繰り返します。 孫堅様が病に倒れました!! 至急寿春の城へと来られたし!!!!」
世界は、ゆっくりと不気味な音をたてながらその歯車を回し始めた……。
弓史に一生 第八章最終話 第十二話 桃香の覚悟 END
後書きです。
第八章最終話の投稿となりました。皆さんいかがだったでしょうか。
アンケートに関しましては皆様協力の程ありがとうございました。
皆様の意見を参考にさせていただきまして、作者の方で一番しっくりくるものに決めたいと思います。
さて、今話の話に戻しますと、桃香の変化がよく分かると思います。
彼女も聖に言われたことを考え、吟味した結果のことです。
これがすべてだとは言いませんが、桃香の王としての自覚を引き出す結果になったと思っています。
また、最後に出てきた孫家の伝令……。
これが後に波乱を呼ぶことになるのですが………それは次回以降をお楽しみください。
次回ですが、章区切りとしまして、一週間の休憩を頂きまして、9月29日に新章をあげたいと思います。
それでは、また次回に会いましょう!!
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どうも、作者のkikkomanです。
アンケートは今話をもって終了とさせていただきます。
回答をくださった皆様、本当にありがとうございます。
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