真・恋姫無双 二次創作小説 明命√
『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-
第百肆拾弐話 ~ 虚空に舞う想い出はやがて擦れゆく ~
(はじめに)
キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助
かります。
この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。
北郷一刀:
姓 :北郷 名 :一刀 字 :なし 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")
武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇
:鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)
習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)
気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術
神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、
(今後順次公開)
【最近の悩み】
確かにお姫様とかお嬢様とかいったら、料理とか洗濯とかとは無縁なイメージがあるかもしれない。
だけど、この戦乱の世において民を守るため、率先して戦場に立ったりする以上、出来ないなんて言っている余裕などあるわけもなく。
ましてや、市位と同じ暮らしをした事もあるものなら、当然、最低限できていてもおかしくないはず。
とまぁ、何故こんなこと考えているかというと。
成都の街で、呉の部隊内の結束と交流を兼ねて、簡単な催し物を開いてみた。
各小隊内での代表者が、決まった予算内で料理を作り、その出来栄えを競い合う簡単なもの。
試食者となる部隊の人間全員が、どれが一番美味しかったかを、それぞれ使用した箸を最後にその料理の皿に置き、その箸の本数でもって勝者を決める。まぁ宴を兼ねた娯楽と言ってもいい。
むろん飛び入り参加OKで、蜀の兵士の中で腕に覚えのある人間も参加自由としたわけだが。
「こっちは第三広間へ運んでくれ。白目をむいている」
「おい、此奴、泡を吹いてるぞ。やばいっ!先にこっちだ」
「た、頼む、いい加減出てきてくれ。本気で漏れそうなんだよっ」
「あはっははっ、蝶々が飛んでいる~」
「しっかりしろっ! 蝶なんてどこにもいない。帰って来いっ!」
飛び交う阿鼻叫喚。次々と運び出されてゆく兵士達。
最初はごく普通に、皆この催し物を楽しんでくれていたはず。
ある者は互いの料理の出来を競い合い。またある者は出来上がった料理に舌鼓を打ちながら談笑し。またある者は調理方法や料理について談議を交わしあっていたりしていた。 問題は………。
「え、えーと、もしかして食中毒?それとも茸にあたったとかかなぁ」
「桃香様、そんなことを言っている場合じゃありません」
「愛紗。今、うちの隊のやつに馬で街中の医者を掻き集めるように指示を出してきた」
「こういう時、馬の民というのは心強いよな。 まったく、原因は何なんだ」
「これしきの事で貧弱な」
「だあぁ、焔耶も華雄も暢気に構えてないでアンタ達も、病人を運ぶのを手伝いなさいっての。こういう時の力自慢でしょうがっ!」
とまぁ、最後の詠をはじめとする。蜀の将達の料理が立ち並ぶ机を料理を味見した人間ばかりが犠牲になっているという事なんだよな。
ちなみに明命の料理も将と言う枠で同じ机に並べてあったらしいけど、…………たぶん違うよね?
明命の料理と言うと丹陽街で最初の頃に食べただけだけど。基本出来合いの物を買ってきた以外は、芋を丸ごと焼く。芋を丸ごと茹でる。芋を丸ごと素揚げする。芋が人参とかに代わる時も在ったけど、基本的にその繰り返しだったよな。しかも口に入れて食べれれば良いといったレベルで……。
……面倒だから、手を抜いていただけだよ……ね?
一刀視点:
うわぁ~………枯山水なんて、よく再現したよなぁ。と言うか坪庭サイズとか言うならともかく、龍安寺の物より大きなのを、個人の屋敷においておいて良いものなのか?
でも此処のは白石では無くて赤石だから龍吟庵と言うべきか。…だけど龍吟庵には行った事が無いから大きさ的には分からないなぁ。 どっちにしろ、こういうものを比較すること事態に意味がないよな。この場合。
以前、冥琳に賓客を持て成すための屋敷を作ると言う事で、俺の世界にあるお寺や屋敷を元に幾つか設計図とそれを元に模型を作らせたり、向こうの生活様式を話した事はあったけど、まさかこういう事になるとは思いもしなかった。
廊下だってフローリングとは違い、畳一枚ぐらいはある一枚板だし随分と分厚そうだよな。あっ、でも音の感触からして少し違うか。
「なぁこの床板って?」
「硬材と軟材を木の目の方向を変えて張り合わせてあります。
【接着剤】と言われる程の物は理屈どころか製法も分かりませんので、溝の組み合わせによる接合と、そこへ漆や膠を流し込む事によって乾燥や収縮による罅割れを防げないかと工夫をしてみました。問題はどれほど接合が保つかですけどね」
ようはフローリング用の合板を無垢材で組木細工のようにして作ったわけだ。畳サイズの一枚板レベルの話で……。 これが廊下や板間の床板ってことは、この屋敷の広さを考えたら、どれだけ費用が掛かっているか考えたくも無いな。とにかく一度、外の景色を見て心を落ち着かせようと縁側に向かうと。……へぇ、障子だけでなく網戸まであるんだ。こう言うのを見ると庶民っぽくていいんだけど。サッシならともかく木枠の網戸なんて、今や贅沢品になるんじゃないのか?
確かに以前、夏の蚊対策に網戸や蚊帳の話はした記憶はあるけど。こうして木枠の網戸なんてものを見ると、アルミ製のサッシがえらくちゃちに思えるから不思議だ。おっ、車輪が付けてあるのか以外にこれ軽いぞ。それでいて木枠自体はそれなりに重みがあるから、もしかするとサッシの物より使いやすいかもしれない。
そう言えばそろそろ材料も揃っているはずだし、蚊取り線香も作ってみないとな。配合を間違えたらこっちが燻製になりそうだけど。
「ちなみにこの網戸の網ってもしかして?」
「ええ、もちろん絹ですよ。強度を出すために糸を通常より太くして、依りも多めにかけてあります。
色が薄緑なのは染めてあるわけではなくて、最初からその色の物を選別して編んであるのが理由で、他にも木綿のものや、網を膠などで固めたものなど、建物によって製法を変えてあります。
確かにこのお屋敷は天の技術を色々と試めしているので、七乃ちゃんの言った事はあながち間違いではありません」
俺の疑問にいつもの姿に着替え終えた翡翠が、一つ一つ丁寧に答えてくれる。
赤を基調としたあの恰好は、綺麗で正直着替えるのは勿体無いとは思うけど、流石にああいう意味があると聞くと、どうにも落ち着かない。 翡翠が言うには…。
『私も明命ちゃんも、遠縁以外にも五月蠅い方達が色々といるんですよ。
悪戯とはいえ、ああいう事をしておけば、暫く黙っていると思うので一刀君に協力してもたったんです。
黙って行った事は申し訳ないと思ってはいるんですが、事情を知っても一刀君が演技ができるか心配でしたから。
もしこれが本番なら、きっと天の世界のやり方で行う事になるでしょうから、問題はありません♪』
明命は明命で……。
『すみませんすみません。本当は例え悪戯と言う形を取るにしても、こう言う事をおいそれとすべきでは無いとは思うんですが、翡翠様がどうしても必要だと。 そ、それに私の所も、確かに言ってくる者達がいるのは確かで、そ、その……やはりこちらのやり方も夢見た事が無いと言えば嘘になりますし』
……まぁ二人の事情は分かるし、その事情の原因が俺にあるならば幾らでも協力はする。
それにしても………かぁ。そうだよな、確かにいつかはそう言う形を取るべきなんだよなぁ。
翡翠も明命も催促したわけじゃなく、周りを言いくるめるのに必要だっただけで、悪戯の形を取ったのもそのために過ぎないと言ってたし。その証拠に屋敷に入るなり普段の服の上に着ていただけの服を、いとも簡単に脱いだもんなぁ。
男の俺が思うほど、こう言う事を重要視していないと言う事か? う~~ん。やっぱり女心は分からん。
なんにしろ、二人とも俺の知らない所で、色々と迷惑をかけていたんだと分かった事を良しとするしかないか。
「………この柱なんか大黒柱でもないのに太さが俺の両手ぐらいあるぞ。しかも、これどう見ても杉や檜じゃなくて欅だし。現代だったら、この半分以下の太さだって絶対に手に入らないだろうな。きっと」
大黒柱は………うん、この際、見なかったことにしよう。 なんというか、現実味のない事ばかりが起きすぎて、ついて行けない。
いや、この世界に放り込まれた時だって十分現実味が無かったけど、はっきり言って今の方がよっぽど現実味が起きない。
こう言うとき実家の事業を手伝っていたおかげか、それともじっちゃん達の趣味に付き合わされたせいか、こういったものの金額的な価値が分かるだけに、かかった費用の事を考えたら、現実逃避したくなるというのが本当のところだろうな。
まぁ俺の世界の金銭感覚なんて、この世界ではなんの意味も持たないんだろうけど、それでもこれだけの屋敷を建てようと思ったら……肉まん何十年分だ?
いかんっ。あまりにも費用が巨額過ぎて想像ができん。 だいたい肉まんってなんだよ? 肉まん程度じゃ何十年分とか言う次元じゃないぞ。 我ながら訳の分からない思考だよな。本当。
「へぇ、水洗トイレ…おっと厠か。しかも和式じゃなく洋式か。よく再現できたなぁ。
この紐で上に置いてある水甕の栓が外れて水が流れると言う訳か。なんか田舎の家に行った時に見たよなこういうの」
呆然気味に屋敷内を案内される中、こういう部屋ってのは何時の時代も落ち着くものなんだな。
いや実際、十畳はあるただっ広いだけの厠を一瞬とはいえ想像しただけに、少し広い程度の厠に余計に安堵の息をつく事が出来る。
なんにしろ水回りはゴムの開発もまだ済んでいないから、こういう厠は水漏れが心配だな。流石に陶器と発条だけと言う訳じゃないだろうけど、問題は接合部分や可動部分の耐久性だよな。ゴムの開発が上手く行ったら、パッキンや蛇口とまではいかなくても水道コックくらいは考えた方が良いな。
いくら基礎や床下が高いと言っても、木造に水漏れは大敵だもんな。
まぁそれは追々考えるとして、こっちの紐は?
ぴゅ~~……。
先程の紐とは違い、細く流れ出す水。
高低差を利用してか、それとも水圧がかかっているのか、流れ出た少量の水は下にでは無く斜め上に向けて勢いよく流れ出る。
…………よくウォシュレットなんて再現できたなぁ。 本気で感心するよ。
「なぁ、此れの使い心地………いえ、何でもないです」
ウォシュレットを使った感想を聞こうとしたら、狭い入口の向こうに待っている明命を除く女性陣三人に、思いっきり睨まれた。 そうだよな。さすがに答えてくれる訳ないよな。我ながらデリカシーに欠けていた。
明命の場合は俺と同様にこの屋敷に来たのは初めてだからか、それとも人影で此方の様子が見えないだけなのか、一人首をかしげているけど。まぁ、誰か説明してくれだろう。
とにかく、幾つかの部屋や設備を翡翠と七乃に説明してもらいながら屋敷の主な部屋を廻ってゆく。
もう陽が大きく傾き始めているため、この本宅以外は明日案内してくれるらしいけど、すぐ横に建つ見張り台を兼ねたポンプ用の風車と貯水槽が、この屋敷の水回りを一気に便利にしてくれているらしい。
屋敷自身も、この世界での一般的な住居とは根本的に違い。柱と柱の間の壁などを石や乾燥煉瓦で積むのではなく。在来法と呼ばれる日本の建築方式できちんと筋違などを入れ。竹を組んだ土壁で断熱材と防音材とした上に胴縁を渡して板を張り。更には防火対策に貝殻を用いた漆喰で化粧を施したようだ。
確かに、こういうこの世界に無い建物で国賓を招く。と言う蓮華達の考えも分からないまでもない。
ならばその管理に俺を宛がうのは、ある意味当然の流れなのだろう。少なくてもこの馬鹿広い屋敷が俺の家と言われるより、よっぽどその方が現実味がある。
あるんだけど…………すいません。流石に俺の部屋だと紹介された部屋があまりにも広すぎませんか?
廊下から踏み入れた部屋だけでも広いのに、部屋の奥に更に幾つもの広い部屋があるし。
えーと、何処か物置か其処らにでも変えてもらって………えっ駄目? いえ、言って見ただけです。言ってみただけですから、そんな呆れるような視線を皆して向けられると、こう俺の繊細な心にブスッと刺さるというか。 あっいえ、今のも冗談ですから。冗談、冗談、はっはっはっ……、やっぱり駄目なんだ。
「主様、主様、こっちへ来るのじゃ」
どうにも落ち着かずに、モゾモゾとする背中を掻こうかと迷う俺を、美羽が手を引っ張って駆け出して行く。
その小さく柔らかな手を優しく握り返しながら、まるで宝物を見せるかのように楽しげな様子の美羽に案内されるがままに向かった先は、台所の横にある小さな部屋。
先程案内された家人用とはいえ二十畳はある食堂とは違い、八畳程度の部屋。これでも十分に広いけど。この屋敷で案内された部屋の中ではもっとも小さく。これより小さな部屋と言うと、お手洗いか風呂と脱衣所くらいしか知らない。
まるで隠れるかのような位置にある部屋でありながら、しっかりと南側に窓があり。其処から夕陽が差し込んでいるのが分かる。
その畳が敷かれた部屋の真ん中には見慣れた机が鎮座しており。
「掘り炬燵、こっちに持ってきたんだ。それにこの部屋は」
「翡翠がな、主様はこういう部屋を好むに違いないと言って、無理やり作らせたそうじゃ。
妾も主様がいるこの部屋は嫌いではないぞ」
よくよく見れば部屋のあちこちに見慣れた物が置かれているし、畳も新品では無く手に馴染んだものなのを見ると、きっと寿春の街から持ってきた物なのだろう。
「冥琳様達には反対されたんですけど、一刀君には必要だろうと思い頑張りました。
以前に、家族は手に届く所にいるのが好きだと言ってましたから」
翡翠が優し微笑みを湛えながら、布団の無い掘り炬燵……、いや座卓に座る。
明命もその隣へとそっと腰を下ろし。その後に続くかのように美羽も……そして七乃も……。
ああ、そうだな。ここが俺の帰ってくる家なんだよな。
だから俺も空いている場所へと腰かける。
誰かの言葉が聞こえる。例えそれが他愛無い言葉でも、聞き逃す事の無い距離。
足をブラブラと振れば、誰かの足にぶつかってしまう距離。
手を伸ばし合えば、何かを手渡す事の出来る距離。
そう、心が触れ合う事の出来る距離。
「……ああ、やっぱりこれだよな~♪ これぞ日本の家だよな」
「一刀君らしいです」
「私はこう言うのも好きです」
「妾は主様が居るのなら、何処でも構わぬのじゃ」
「そうですねぇ。私はお嬢様さえ居れば」
そう簡単に慣れそうもないただっ広い屋敷はおいて置いて、この部屋は今すぐにでも馴染めそうだ。 明命達の感想はそれぞれだけど、それでもこの空間を大切にしてくれている事は十分伝わってくる。 此処に居る皆が、此処を家だと思ってくれている事が俺にはとても嬉しい。
「最初は吃驚したけど、こういう部屋があるなら、この屋敷も悪くないよな」
「ふふっ、でもあまり此処に入り浸っては駄目ですよ。一刀君には沢山してもらいたい事があるんですから」
「はははっ。まぁ、こんな贅沢させてもらうんだ、仕事は頑張らせてもらうさ」
翡翠がこうして、弛む俺の箍を締め直してくれる。
「明命の実家もこう言った感じだったの? あっ規模は別にして」
「いいえ。とんでもありません。私は市位の出ですから、このような立派な屋敷は、その……一刀さんと最初に逢った丹陽の街での家くらいです」
「へぇ。でも、あれも結構大きかったと思うけど」
「市位ですが、元々は武家の出自でしたから、鍛錬に必要な広さがあっただけです」
「ある意味明命も俺と一緒だな。 じゃあ、どっちが先にこの広さに慣れるか勝負だな」
「はい。そう言う事なら一刀さんには負けません」
明命の明るさが俺を支え、導いてくれる。
「しっかし、軽く見ただけだけど本当に広いよなぁ。 迷子になりそうだよ」
「ああ、それならお嬢様がすでに十回は迷子になってますよ」
「ぬぉっ。違うのじゃ違うのじゃ。あれは迷子では無く探索なのじゃ」
「でも泣いていたじゃないですかぁ」
「違うのじゃ!泣いてなどいないのじゃ! 主様は妾の言う事を信じてくれるじゃろ?」
「はははっ、大丈夫。俺も一回や二回は迷うだろうから。そうなったら美羽と同じだよ」
「そっか、主様と同じか。 って違うのじゃ、妾は迷子になどなっておらぬのじゃっ!」
美羽の元気さと真っ直ぐさが、俺に過ちを気が付かせてくれる。
「どう見ても俺には身分不相応な屋敷だけど。蓮華達の対面を考えたら、そうも言ってられないんだろうな。
それにしても七乃の【巨大な借家】と言うのは面白い解釈だよな。皇居は城に当たるだろうから、総理官邸を借家だと言っているようなもんだもんな。いや、宴会場と言う意味なら、鹿鳴館か?」
「また訳の分からない事を」
「ん~、ちょっとあっちの世界の事を思いだしていただけさ。
俺からしたら身に余る凄すぎる屋敷だけど。それなりに天の世界の昔の建築様式を再現できているみたいだし、七乃達から見たらどう?」
「地味ですね」
「地味なのじゃ」
「地味です」
「そ、その……地味です」
ほんの軽い気持ちの質問だったけど、帰って来た予想外の言葉に思わず俺は言葉を失う。
えー、えーと。なんで?
「確かに市位の家としてならともかく、国として賓客を迎える屋敷と言うにはちょっと……。
一応、天の国の屋敷を再現する事が目的と言う事で、煩い方々は納得はさせましたけど」
「え、えーと、そのやはり煌びやかさに欠けると言うか、その……。あっ別に住む分には全然問題は無いんですけど。その…やはり国の体面を考えた場合は……はぁぅ…ごめんなさい」
「龍が大きく彫ってある訳でもなし、装飾が地味すぎるのじゃ。それ以前にそもそもこの屋敷は色が無さすぎじゃ。せめて柱くらいは赤く塗った方が良いのではないのか?」
「基本、白と黒と茶ですもんねぇ。祠の方がまだ煌びやかですよ。
それとも、もしかして天の国では大熊猫の模様が流行っているんですか?」
「違うっ! 侘・寂の心と言うのはこういうもんなの。
自然色を活かした色合いで、目にも心にも優しい色合いなのっ!」
言うだけ無駄だって事は最初から分かっている。
物の価値観はそう簡単には変えられない。
ましてやそれが身の回りの事であれば尚更の事。
それでも俺が一生懸命に日本の様式美を説明するのは、別の意図があるからだ。
皆の価値観を変えようと言う訳じゃない。
もちろん価値観を押し付けようとかそう言うのじゃない。
ただ騒ぎたいから。
こうして家族として騒いでいたかったから。
潰れそうな心を、少しでも家族との思い出で埋めたかったから。
俺がこの世界で生きて行くために……。
この家族を守って行くために……。
一つでも多く、家族と言える繋がりのある思い出が欲しかったから。
結局、日本人の侘寂の心というのは理解してもらえないまま、なんやかんやと久々に家族と呼べる賑やかなひと時は、あっという間に過ぎ去っていった。
昨夜は毎度情けないことだけど、翡翠の膝で一晩中、涙交じりに色々と打ち明けたおかげか、心の中も大分すっきりし。こうして家族と呼べる皆と団欒を味わい、お腹も満たされれば、当然湧いてくるのが………まぁアレなわけだ。
なんにしろ、こうして甘える事のできる家族がいるというのは良い事だよな。
正直辛くないと言ったら嘘になるけど。それでも、こうしてなんやかんやと頑張る事ができるんだから、心の拠り所があるというのは、それだけ大切なんだなという事が今更ながら痛感できる。
むろん、今までにもそんな事は何度も思ってはきたけど、それでも何度も何度もそれを思う事ができるというのは本当にありがたい事だ。ある意味、此れは此れで幸せといえるのかもしれない。
そしてその幸せの証の一つが、こうして俺の腕を枕にして、まだ事後の余韻を楽しむかのように、疲労感の残る物憂げで艶のある優しげな微笑みを浮かべて、俺の顔を眺めてくれている。
今の翡翠は、昼間の化粧を落としてすっぴん状態。まぁそこから下の部分は言うまでもない状態だけど、素顔状態の翡翠は、見た目年齢が
ぎゅうっ
「いっ!」
はい、脇下を抓られました。 口にも出していないというのに、なんでこういう事に対して、女性は異常なまでに察しがいいんだろうか? それとも、そんなに考えている事が顔に出ていたのか?
ちなみに三戦目を行おうと思いはしたけど、残念ながら其方も行動に出る前に断られてしまった。
明日も仕事があるからと言われたら仕方ないと思うし。『その分はまた明日の晩に。ね♪』なんておねだりするかのように言われたら、まぁ男としては引き下がる事にやぶさかではない。というか正直に嬉しい。
そうなると、疲れた躰とまだ火照りの残る躰を寝台に身をまかせ。心地よい疲労感を楽しみながら眠気が来るのを待つのみとなるのだが、一人で寝るにはどうも落ち着かない広い寝台も、三人一緒で寝るにはやや狭いかもしれないけど、お互いの温もりを振れあっていられる事のできる程好い広さというのが、なんとも心地よい。
と言っても、あいにくともう片方の腕の中には、その温もりの元ともいえる明命は、ただ今不在中。
つい先ほどまで疲れて弛緩しきった躰を休めていたものの。……まぁ寝る前の用事とかなのだと思う。じきに戻ってくるだろうと、色々と思いを馳せながら天井を見上げていると。
「……不安ですか?」
「根が庶民だから、なかなかこういうのには慣れそうもないかな。
まぁ、まぼちぼちと頑張るよ」
本当。翡翠にしろ明命にしろ、隠し事ができないよな。
俺の不安をあっさりと見抜き、今もこうして俺を気後れから奮い立たせてくれた。そして時にはそっと俺を支えてくれる。
俺は貰ってばかりだ。
明命と翡翠に数えきれないほど沢山の物を…。
むろん他のみんなにも沢山の物を貰っている。
だからいっぱい返さないといけない。
俺が受けた分、全てを返せれるとはとても思えないけど、力のかぎり頑張ろうと思う。
二人に…。美羽と七乃に…、むろん雪蓮達にも……。
俺を支え、助けてくれた沢山のみんなに…。
そして俺を受け入れてくれたこの世界に…。
俺には、そんな事でしか返すことができないから…。
「ぴぃあぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!」
そこへ、夜を包む闇を切り裂くような……と言うにはあまりにも可愛らしい悲鳴が屋敷中に響き、俺の思考を中断させる。
やがて悲鳴が止み。しばらくして彼女らしくも無く、ドタドタと立てる激しい足音が屋敷中に響き渡り始め。
「……そういえば、誰か明命に使い方とか説明した?」
「……すぅ……」
尋ねた相手は、つい先ほどまで確実に起きていたはずなのに、何故か可愛らしい寝息を立てており。俺の疑問はむなしく闇夜の中へと溶け込んでゆく。
……此れで狸寝入りだとか言ったら、理不尽にも怒るんだろうな。
「………敢えて黙っていた。とか言わないよね?」
答えが返ってくるわけないと思いつつ口から出た問い掛けは、案の定、聞こえてくるのは静かな寝息だけ。 だというのに、その可愛らしい寝顔と寝息に溜息が出てしまうのは、もったいないと思えるのは気のせいだろうか?
とにかく、今から引き起こされる質問攻めと、興奮する彼女をどう宥めようかと頭を悩ませる。
こういう悩みも、及川から言わせたら贅沢な悩みなんだろうな。
そうだな。そうかもしれない。人の生き死にはもちろん、民の生活がかかわっていない悩みだ。
ごくごく普通にある日常の悩みなんて、確かに贅沢だよな。そう思うと気持ちが軽くなる。
きっとこの苦労も、大切な思い出の一つになる日が来ると思うと、悩む事すらも楽しめる気がする。
だいたい。ウォッシュレットの概念のないこの世界の人間が、予備知識もなしにアレを体感させられたら、声をあげるほど驚くのも無理はない。
あの悲鳴から察するに、きっと凄い驚いた顔で飛び上がったんだろうなぁ。
思わず、そんな明命の様子が脳裏に浮かびあがってしまい、悪いと思いながらも吹き出してしまう。
いかん、こんな顔をしているところを、明命に見られでもしたら。
「い、い、い、いっ、いったいあれは何なんですか!
って、一刀さん。何そんなににやけているんですっ!
あんなモノがあるだなんて知っているなら、前もって教えてくれてもよかったじゃないですかっ!」
うん、分かっていても、ニヤケてしまうのを止められない。
それが彼女を余計に怒こらせると分かっていても、差し込む月明かりに照らされた彼女の顔に、ますます笑みが浮かんでしまうんだ。
たとえ、それが怒った顔だとしても、それすらも俺には愛しいんだ。
彼女の全てが……。
いや、彼女達の全てが……。
俺には掛け替えのないものだから。
つづく
あとがき みたいなもの
こんにちは、うたまるです。
第百肆拾弐話 ~ 虚空に舞う想い出はやがて擦れゆく ~を此処にお送りしました。
どうもー、お久しぶり………ではないかもしれませんが、ここまで読んでくださった読者の皆様ありがとうございます。
さて、今回は読んでいただいてもらった通り、建業の街に建てられた天の御遣いのお屋敷を一刀視線でお送りさせていただきました。技術的な事とか色々と突っ込みどころがあると思いますが、そこはサラッと流してくださいね♪
では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。
Tweet |
|
|
46
|
4
|
追加するフォルダを選択
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。
驚嘆の声を出すことすら忘れるほどの屋敷を授かった一刀。
その驚くべき広さと豪華さに、戸惑うばかり。
続きを表示