No.612190

真・恋姫無双 ~乱世に吹く疾風 平和の切り札~第6話 進撃のT/勇将二人との邂逅

kishiriさん

お待たせしました、第6話です。

ちなみに前回のタイトルの『M』は『マグマ』。はい、捻りも何もありません^^;
正直、今回のタイトルでどのメモリが来るのか分かってしまうんですよね……あれ?これってもしかして今後もそうなっていくんじゃ…

2013-08-25 01:45:53 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:1497   閲覧ユーザー数:1438

 

 

184年、中平1年。

 

幽州涿郡涿県の桃桑村に怪物が襲撃して2年が経過した。

当時の事件は幽州の中で一大事件として大きな話題となっていたが、あまりに現実離れした事件だったため、都や他の州では作り話や都市伝説として認知されていた。

更に幽州内でもその後は似たような大事件が起こらなかったため、喧騒も時間を経て収束していった。

 

本当に怪物が村を襲ったのか。

 

それを知るのは最早、当事者の村人たちだけとなっていた。

 

だが、それで良かったのかもしれない。

今のこの時代、様々な問題が、生きる大半の人々を苦しめている。

それに加えて命を危機を思わせる怪物の存在など、民にとっては泣きっ面に蜂もいい所だろう。

怪物の存在が曖昧となったところで今を生きる全ての民が平穏に暮らしていけるわけではないのが何とももどかしいが。

 

 

 

それは一先ず置いておくとして現在、世は更に荒れていく一方である。

 

匪賊の急増。

 

権力者に財貨を搾り取られ、貧しい生活を送り続けてきた農民たちの我慢がついに限界点まで達し、徒党を組んで各地で大規模な反乱を巻き起こしたのだ。

小さな地方では100~500人などの小規模な数だが、大地方では数万にも及ぶ大軍勢を造り、各県庁を襲撃し始めた。

 

一部の県庁は何とか賊の暴走を抑えることに成功したが、そのまた一部は数の暴力に圧倒され、敢え無く陥落していった。

 

県庁の倉から食料を強奪した賊たちは、更なる満足感を得ようと止まる事をせずに略奪を続けて行く。

 

 

 

今の世は、まさにそんな世界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

幽州涿郡、某所の町にて。

 

 

 

「天の…御使いだと?」

 

通りの一角にある小さな露店の前に立つ、長い黒髪を蓄えた凛々しい少女が店主に疑問の色を浮かべた言葉を投げ掛ける。

その背には身の丈に近い偃月刀を抱えており、武の心得がある事が窺える。

 

「そっス。この水晶に移ったんスけど、天からやって来た御人が光を纏ってこの幽州の地に降り立ち、この世界に安寧を齎す為に武勇を振るうらしいっスよ?」

 

黒髪の少女と対面して話しているのは各地を転々と廻る占い師。

薄紫の透明なヴェールを頭に被っており、黒髪の少女より年が3つ程度下に離れた、珠の如き白い肌の女性だった。

透けたヴェールの合間からミドルな蒼色の髪が見え隠れし、宝石のような緑色の瞳を細い目に宿している。

服装はRPGで言う黒魔導師が着るような物を着用しており、激しい動きは好まない様子。

顔立ちも整っておる事が薄布越しから見ても明らかで、その清楚な見た目とは反面、商売人のような薄笑いと口調の所為で軽薄な雰囲気を醸し出している。

 

占い師の女性から予言の内容を聞かされた黒髪の少女は、顎に手をやって唸る。

 

「うむ……特にそれらしき兆候は無いが…その予言はいつ起こるのだ?管輅よ」

 

管輅と呼ばれた露店店主の女性は飄々とその質問に答える。

 

「ん~。実は天の御使いは既にこの地に降りてきているらしいんスよね~」

 

管輅の言葉に、関羽は眉をピクリと動かして反応を示した。

 

「なに…?それは一体どういうことだ?」

「言葉通りの意味っスよ、お客さん。この水晶から見えた風景は少し見覚えがありましてね、草木の伸び方が今よりも短かったんスよ。あの辺りの草の成長具合から見るに…1、2年は経過してるっスかね?」

「……それでは、天の御使いはとっくにこの世界に降り立ったという事か?」

「そゆことっス。それにあの道の先の村ではちょうどその時期、奇妙な事件が起こったと聞いてるっスから」

「奇妙な事件?」

「聞いたことないっスかね?怪物が桜桑村を襲ったって言う話」

 

村の名前と化け物というキーワードを管輅から聞かされた黒髪の少女は、傾げていた首を元に戻し、ハッと気づく。

少女も聞いたことがあった、かつて桜桑村に世にも不気味な怪物が暴れ回ったが、そこにいた人間に退治されたという噂話を。

 

「…しかし、あれは都では作り話とされている話であろう?まさか管路よ、お主あんな噂を真に受けて信じているのか?」

 

呆れの視線を管輅へと送る、黒髪の少女。

 

しかし管輅はその視線にもまるで動じないまま、少女に向けて話し出す。

 

「私は当事者じゃないんで真実は分かんないっスよ~。けど、直接見たことのない都の者達がそれを作り話と決めつけるのもどうかと思いません?桜桑村は田舎で来訪者も殆どいなく、あの事件が噂されてからも外部の人間の出入りは大してありませんでしたけど、結局、真偽の程を知っているのは確認も碌にしてない外野の都でも、その噂を信じてる人らでもないっス。現場の村人たちだけっス」

「う、うむ……確かにそうかもしれんが…」

 

管輅の言を聞き、黒髪の少女は言葉を詰まらせる。

 

噂は所詮噂、それを信じるか信じないかは受け取る者によって左右される。

そこに真実を確定させる要項はない、あくまで信不信を選るに過ぎないからだ。

 

黒髪の少女自身も、桜桑村の事件を聞いた時は現実味の無さが決め手となってその話を噂として受け止めていた。

だが管輅の発言を聞いて、少女の中の、桜桑村についての噂の居所が揺れ動いた。

 

 

 

本当に、桜桑村の事件は作り話なのだろうか。

実は、実際に起こっていたのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

「お~い!愛紗ぁ~!」

 

関羽と管輅の耳に、女の子らしい声が聞こえてきた。

 

二人が声のする方向を見てみると、往来に土煙を上げながらこちらに向かって走ってくる少女の姿があった。

髪は朱く短く切り揃えており、小さな背丈に似合わない巨大な得物を後ろに担いでいる。

どう考えても少女の体型ではその得物は重く感じるのだが、少女の足取りはやけに軽やか。

 

そして朱髪の少女は、黒髪の少女の隣にやってきた。

 

「もー、愛紗ってば遅いのだ!鈴々、愛紗が用事を済ませて戻って来るのをご飯も食べずにずっと待ってたのだ!」

 

自分のことを鈴々とよぶ赤髪の少女は、不満そうに黒髪の少女へ文句を言う。

 

「おや、お連れの方っスか?」

「ん?ああ、私の妹の鈴々と言ってな。見ての通り、やんちゃな奴だよ」

「おー、もしかしてそのお姉ちゃんが愛紗の言ってた占い師なのかー?」

「そっスよ。管輅って名前っス」

「鈴々は張飛って言うのだ、よろしくなのだ管路お姉ちゃん!」

「よろしくっス。うんうん、真っ直ぐで良い子っスね~張飛お嬢ちゃんは~」

 

そう言うと、管輅は張飛の頭を優しく撫でる。

 

管輅に頭を撫でられた張飛は、うにゃ~、と子猫のような声をあげて気持ちよさそうにしている。

 

「おおよしよし~…それでお客さん、さっきの私の話を聞いてどう考えてます?」

「……確かに管輅の言うとおり、都の噂だけを聞いて真実と決めつけるのは少し早計過ぎるかもしれないな」

「……その話ぶり、やっぱり行くんスか?」

「ああ、この目で真実を確かめたくなったからな。……それと、私の名は関羽、字は雲長だ。私の事は名前で呼んでくれて構わない」

「では私も改めて自己紹介しましょうかね…。名は知ってのとおり管輅、字は公明と言います。どうぞ今後ともよろしくっス」

 

そう言うと、官輅は関羽に向かってぺこりと頭を下げる。

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むぞ、官輅」

 

管路の挨拶に倣う様に、関羽も彼女に向かって小さく頭を下げた。

そして頭を上げると、関羽は踵を返して官輅に背を向け、悠然と歩きはじめる。

 

「鈴々、これからすぐに昼食をとるぞ。食べ終わったら宿に置いてある荷物を纏め、準備ができ次第出発するからな」

「にゃ?いいけど、どこに行くのだ?」

「食事の時にでも話してやるさ。いい加減お腹も空いてきているだろう?」

「……そうなのだ!もう鈴々はお腹ペコペコだったのだ!愛紗、すぐに向こうのラーメン屋に出発なのだ!」

 

問いかけられて間2秒。

自身のお腹の減り具合に気付いた張飛は、イノシシ顔負けの勢いで遠くにあるラーメン屋に向けて走り出していった。

 

落ち着きの無い妹分の明朗快活さを呆れ気味に見つめていた関羽も、そのまま彼女の後を追って行った。

 

 

 

 

 

 

「天の御使いかー。一体どんなんだろうなー」

 

楼桑村へ向かう行路、張飛が唐突にそう呟いた。

 

街を出る前の食事の時に、張飛は関羽から管輅の予言にあった天の御使いについての話を聞かされた。

張飛も最初は関羽と同様、桃桑村に化け物が現れたという話は噂として認識していた。

だが、関羽の話の中にあった管輅の言葉を聞き、張飛もまた考えを改めるようになった。

 

「鈴々、まだ管輅の予言にあった天の御使いが、本当に桜桑村にいるかどうか分からぬのだぞ?村へ行く前にもう既に居ると断定してどうする」

 

だが張飛は噂と予言の真実を確かめようとする関羽と違い、噂にあった化け物も予言にあった天の御使いも存在していると確信している。

 

張飛の先ほどの独り言を耳聡く聞き取った関羽は、呆れた顔をしつつも張飛の横から注意を掛ける。

 

「でも管輅おねーちゃんは都の噂は当てにならないって言ってたし、おねーちゃんの言ってたことは正しいって思ったのだ!」

「いや、別に管輅は御使いが存在すると断定をしていたわけではないのだが」

「とにかく、これから行く桜桑村にきっと天の御使いって人がいる気が鈴々はするのだ!」

 

そう答える様は、まさに自信満々の4字が妥当する。

管輅の人当たりの良さと馴染みやすい雰囲気が影響してか、いつの間にか張飛は管輅の事をすっかり信じてしまっていた。

 

 

 

――これでは、先程の管輅の助言はあまり意味を成してしまっていないのではないだろうか。

 

 

 

関羽は張飛の揚々とした姿を見てそう思わざるを得なかった。

 

「はぁ……なんだか助言をくれた管輅に申し訳な――」

「あっ!愛紗、向こうに村があるのだ!きっとあそこが桜桑村に違いないのだ!」

「む…?ああ、確かにそうだな」

 

少し俯きがちになっていた関羽は、張飛の大き目な声を聴いて面を上げる。

張飛の言葉通り遠くの景色を注目してみると、確かに村のようなものが見えた。

もっとも、それが桜桑村だと断言できる特徴が無いので、行ってみない事には判別することは出来ないのだが。

 

「よ~し、それじゃあ全速前進で行くのだー!」

 

だが張飛にそんな細かい事は関係なかった。

彼女は村を見つけた途端、先程と同様のスピードで村へ向けて駆けて行くのであった。

 

当然、関羽は流石に張飛と歩調を合わせる気も無いのでゆっくり歩いて向かって行った。

 

 

 

 

 

 

そして数分もしない内に、二人は村の中へと入った。

 

先ほど門番をしていた者に問いかけてみた所、現在の場所が関羽たちの目指していた桜桑村で間違いなかった模様。

 

「さて、ようやく目的地に着いたわけだが…先ずは天の御使いについての情報を集めねばな」

 

早速本来の目的である天の御使いについて調べようと、関羽は気を改め直す。

 

しかし、それにはいきなり問題がある。

 

「けど愛紗、ここにはまだ天の御使いの噂が来てないからどういう風に聞いて行けばいいのだ?」

「う……うむ」

 

そう。

その問題とは、この桜桑村にはまだ『天の御使い』の予言が聞き届いていないという事。

 

占い師の管輅が予言を言い始めたのはたった二日前。

情報伝達機関が21世紀より遥かに劣るこの時代では、各国どころか州内に知れ渡るのですら時間が圧倒的に足りない。

困窮の世を救うという、民にとっては待ち望んでいた内容の予言ではあるものの、元々管輅は似非占い師として有名な人物だった。

おかげで商人や町人からは信憑性に欠けると判断され、伝達速度は従来よりやや遅れ気味となっている。

 

まぁ数日もすれば、この桃桑村にも天の御使い降臨の噂が来ていたのだろうが。

 

それはひとまず置いておくとして、張飛からその問題を指摘された関羽は困った顔で口ごもってしまう。

その辺りを予想せずに来てしまったため、関羽たちもどうすればよいか分からないのである。

 

だが、このまま立ち往生していても何も始まらない事は明らか。

ひとまず関羽は、近くを歩いている子連れの女性から情報を得るためにその者達の元へ近寄る。

 

「そこの者。訪ねたい事があるのだが、今少しよろしいか?」

「あ、はい。旅のお方ですか?」

「まぁそうとってもらってくれて構わない。実は町の方でこんな予言があってだな……」

 

関羽は町の方で『天の御使い』の予言が触れ回っており、自分たちはその予言にある天の御使いが此処にいるかもしれないという事を、子連れの女性に簡潔に説明した。

 

「なるほど…町の方ではそんな予言が出てきているのですね」

 

関羽の話に興じる面があった女性は、興味を持った様に頷いて見せる。

あまり村の外には出ないのであろうか、外部の新しい情報が彼女の好奇心を刺激したと言ったところだろう。

 

しかし、女性はすぐに申し訳なさそうな表情へと変え、首を小さく横に振る。

 

「申し訳ありません、旅のお方。先ほどのお話にあった、天の御使い…という方には心当たりが…」

 

くいっ、くいっ。

 

「?」

 

話の途中、女性は自分の服が誰かに引っ張られたのを感じた。

彼女が気になって足元を見てみると、一緒に連れていた黒髪の娘子が女性の服をその小さな手で引っ張っていたのだ。

 

「香菜、どうかしたの?」

「えっと…その天の御使いって人、北郷さんの事かも、って…」

「北郷さんが?……なるほど、確かに北郷さんは天の人だって玄徳ちゃんも言っていたし、不思議な術も使えたものね。よく気付いたわねぇ、香菜」

 

娘子――香菜の言葉を聞いて納得した女性は、嬉しそうに香菜の頭を撫でる。

 

香菜は顔を赤く染めて恥ずかしそうにしていながらも、その行為を大人しく受ける。

 

「(う……いきなり声を掛けづらい事になってしまったが……そろそろ話を進めないとな…)」

 

実に微笑ましい親子の光景に水を差すのには気が引けたが、このままでいても仕方がない。

関羽は申し訳なさそうにしつつも、女性に向けて声を掛ける。

 

「…ご婦人、あの…話を続けてもらっても良いだろうか…?」

「え…あ、すいません!…それで天の御使いについてなのですが、この先で探偵業を営んでいる北郷一刀さんという方がそうなのではないかと、私たちは考えてます」

「探偵?」

「困った事があればどんなお仕事でも解決してくれる、万(よろず)業務との事ですが…」

 

2年経っても、探偵が何でも屋だという印象は拭えていない模様。

しかもそれらしい大事件も起こっておらず、機会も恵まれていないのだとか。

 

「ねーねーお姉ちゃん、その人ってどこに行けば会えるのだ?」

「ふふ…お姉さんて歳でもないんですけどね。北郷さんなら、劉紀さんというお方の家に居ると思いますよ。案外仕事で外出しているかもしれませんが、詳しい話なら劉紀さんやその娘さんの玄徳ちゃんから聞けるので、行ってみて損は無いかと」

「ふむ…そうか。態々呼び止めて済まなかった。情報、誠に感謝する」

「いえいえ。ちなみに劉紀さんのお宅はこの先を進めばありますので。それでは、私はこれで失礼します」

「……」(ぺこり)

 

女性と香菜は一礼すると、そのまま歩いて去っていった。

 

二人の背中をある程度まで見送ると、関羽は動き始める。

 

「…さて、では早速、その北郷一刀という者に会ってみるとしよう。鈴々、行くぞ」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

親子と別れたから数分後、通りがかった人に軽く目的地を尋ねつつ進んでいった関羽と張飛は、目指していた劉紀の家へと到着することが出来た。

 

外装は一般的な一軒家と同様で木造となっており、大きさも取り立てて大きい訳ではなく平均的なものだった。

天の御使いと思われる人物を住まわせているということから、もっと豪勢な家を想像していた関羽は劉紀の家を見て少し意外に感じた。

 

「…どうやらここが劉紀というご婦人の家のようだな」

「?…愛紗、扉の前に何か立てられてるのだ!」

「あれは……看板か?」

 

 

 

【北郷探偵事務所 御用の方は遠慮なくお伺い下さい】

 

 

 

「……やはり、ここに天の御使いがいるようだな」

「…劉紀って人の家なのか天の御使いの人の家なのか、どっちなのだ?」

「私も分からん」

 

そんな問答をしつつも、二人は家主を呼び出すべく、扉の前で声を発した。

 

「こちらの家の方!我らは旅の者だが、少し話をさせてもらっても良いだろうかっ」

「鈴々たち、天の御使いって人に会いに来たのだ~!」

「こ、こら鈴々!いきなりそんな事を言っても、相手も要領を得られないだろう!」

「にゃ?だって鈴々たち、その為に此処に来たんじゃないのか?」

「む…確かにそうだが、まずはここの家主に会ってからだな…」

 

天の御使いの噂がまだこの村に浸透していないのは前述の通り。

だから先ほどの親子に情報を聞き出そうとした際は、予言の発生についての話題を取り上げてから話を聞き出していった。

いきなり『ここにいるかもしれない天の御使いに会いに来た』と言われても、予言を知らない人にとっては何の事だか分からないからだ。

 

別にそんな事を気にしていなかった張飛は、こうして直球ストレートで言ってきたわけだが。

 

それはさておき、二人の前の扉がギィ、と音を立てて開き、その中から一人の少女が顔を覗かせてきた。

 

「はーい。…えっと、どちら様でしょうか?」

 

問いかけと同時に首を傾げ、少女の桃色の髪がふわりと揺れる。

初めてみた客人に呆けたのだろうか、少女はパチパチと瞼を瞬かせつつ、翡翠色の瞳を関羽たちに向けている。

 

勿論、関羽はその反応も予想済みだ。

 

「突然の訪問、誠に失礼する。私の名は関羽。実は我ら、こちらに住んでいる北郷一刀という人物に話があって来たのだが…」

「まさか、依頼人さんですか!?」

「いらいにん…?いや、実は町の方でこんな予言があって…」

 

妙にテンションを上げてきた少女を不思議に思いつつ、関羽は先ほどの女性の時と同様、順を追って今の自分たちの目的を説明した。

 

「へぇ~。天の御使いさんかぁ……それにしても、折角依頼人さんが来てくれたと思ったんだけどなぁ。あ、私は劉備って言います」

 

何が残念だったのだろうか。

天の御使いに興味を抱いたと思いきや、少女――桃香は関羽たちが依頼人ではないと聞くと残念そうに肩を落とした。

 

桃香の事情を知る由も無い関羽たちは、一体どういう事なのかはよく分かっていない様だが。

 

「劉備お姉ちゃん、どうかしたのかー?」

「あ、ううん、何でもないよ!えっと…それじゃあお二人は一刀さんと少し話をしたい、という事でいいんですよね?」

「ああ、その北郷一刀という御仁は今家にいるだろうか?」

「あ、はい。それじゃあ直ぐに呼んで来ますね。ちょっと待っててください!」

 

そう言うと、桃香は再び家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

それから一分もしない内に、桃香は二人の前へと戻ってきた。

だが今度は一人ではない。

彼女の傍らには、輝く白い衣(ポリエステル製)を身に纏った、好青年が共に歩いてやって来たのだ。

 

「(この男が天の御使いと思われる男……北郷一刀、か)」

 

初めてその姿を見た関羽は、興味深そうに青年――一刀の容姿を確認する。

長い袖に隠されてはいるが、手元、首、服のラインなどを図り見ると、全体的に体格は華奢であることが窺えた。

得物を振るうにしても、豪烈な一撃を放つには至ら無さそうで、俊敏な動きが出来そうとも感じられない。

猛将をイメージしていた関羽にとっては、とてもではないが、一刀が混乱の世を治めるために天から遣わされた者とは思えなかった。

 

一方、関羽にそんな印象を抱かせている一刀はそれを知る由もなく、桃香の隣から一歩前へ進み出ると、関羽たちに軽くお辞儀をして挨拶をする。

 

「えーっと、俺に話があるっていうのは、君たち二人のことで合ってる?」

「はい、我が名は関羽。字は雲長と申します」

「鈴々は張飛!張飛と翼徳なのだ!」

「…!っと、俺も自己紹介しないとな。俺の姓は北郷、名前は一刀。字は持ってない」

 

関羽たちの名前を聞いた時、一瞬だけ一刀の表情が驚いていた。

しかし、それも無理はない事であろう。

何故なら、一刀の目の前に居るのは三国志において劉備と義兄弟の契りを交わした事でも有名な二将軍が存在しているのだから。

 

しかしそのビックリが一瞬で済まされたのは、この世界での二年間に渡る生活の賜物に違いない。

 

対する関羽と張飛も、一刀の発言に思わず耳を疑う所があった。

 

「お兄ちゃん、字が無いって本当なの?」

「ああ。ついでに言うと真名って言うのも俺は持ってないな」

「っ!?字だけでなく、真名まで持っておらぬと!?」

「お、おう。……なぁ桃香。やっぱり真名が無いってこうまで驚かれるのか?」

「それはそうだよ。私たちにとっては、真名はとっても大事な存在なんだから。一刀さんだって、もうそれが実感してきてるでしょ?」

「確かに…このリアクションももう何度目になるんだって話だからな」

 

かつての思い出を思い返し、一刀は小さく溜め息をつく。

 

一年と十一か月前、簡雍こと千瑠がそのことを知った時は、盛大に指を指された。

その日の翌日、田豫こと鶴綺がそれを知った時は『うそ…私の年収(ry』みたいなリアクションをされた。

その三日後、行商の人にそれを言ったら全然信じて貰えなかった。

その夜、通りがかった猫にそれを言ったら可愛い鳴き声を出してくれて、ちょっと癒された。

 

とにかく、もう驚かれる回数を数えるのも面倒なくらいである。

 

「ねーねーお忍ちゃん、今のリア…何とかって何なのだ?」

「ん?ああ、リアクションの事か。言い換えると、反応って意味だな」

「ビックリした時とかガッカリした時とか、そういう時に使うんだって」

「へぇ~。それが天の世界の言葉なのだ?」

「天?」

「ああ、申し訳ない。実は町の方でこんな噂がありまして……」

 

本日三度目の説明となるが、生真面目な関羽は端折るような真似をしない。

管輅の予言の内容を一刀に丁寧に説明した。

 

 

 

 

 

 

「…俺が天から来た平和の使者……」

 

予言を聞いた一刀は、関心を込めた頷きをしつつ、内容の確認とばかりに独り言のように呟く。

 

「北郷殿。貴殿は……この腐敗した世を正す為に、天より参られた御使いの方と見て間違いないだろうか?」

「天の御使い……なぁ桃香、結構イカしてる気がしないか?」

「うんうん、なんかこう…テラーって言うかキラーって言うか…そう、神々しさがあるよね!」

「だよな!あぁいや、でも俺探偵だしな…これ以上肩書きあったら絶対ややこしくなると思うし…」

「じゃあ間を取って、天の探偵って言うのはどう?」

「う~ん、少し狙いすぎてる感があるな」

「じゃあ…探偵の御使い!」

「いやそれただの助手!思いっきり下っ端じゃん!」

「…あの、質問に答えて欲しいのですが…」

「「あ、すいません…」」

 

質問を無視されて少し悲しげになった関羽の様子に気づき、二人は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

ちなみに傍から見ていた張飛は、面白い二人だなぁと思いつつ様子を見ていたり。

 

「では改めて…北郷殿は天の御使いなのでしょうか?」

「いや、俺はそんな大それた奴じゃなくて…もっとこう、庶民的な一般人なわけで…」

「それじゃあ、お兄ちゃんは天の御使いじゃないのかー?」

「まぁ……うん、そうだな。俺は俺でやる事があるからこの世界に来たし」

 

きっぱりと、自分が予言にあった天の御使いではないと二人に告げる一刀。

 

確かに一刀は貂蝉の依頼を遂行する為に、そして見ず知らずとは言え得体の知れない力に苦しまされる人々を助けるためにこの地にやって来た。

前者はともかく、後者についてはこの二年間の生活を通じてより一層強く想うようにもなっている。

一刀にとって、桜桑村の人たちはもう他人などではない。

決して細くない繋がりが、確かに存在しているのだ。

 

「そう、ですか……残念ですが、貴殿がそう言うのであればきっとそうなのでしょう。私たちもこれ以上は追及しません」

「…ゴメンな。期待に添えられなくて」

「でもお兄ちゃんって全然強そうに見えないから、言われてみるとなんだか納得なのだ」

「え、ちょっ」

「あ、やっぱり張飛ちゃんもそう思うよね~。一刀さんってしっかりしてそうに見えてて結構カッコ悪い時があるし…」

「いや、カッコ悪くないだろ!こないだ俺、畑を荒らしてたカラス追っ払ったし!」

「こう言っては失礼かもしれませんが…北郷殿には、その、それらしい覇気が無いと申しますか…」

「やだ…何この低評価通告のトライアングル……」

 

グサリ、グサリ、グサリと心に太い槍が刺さる感覚を味わった一刀。

ちょっとだけ泣きたくなったそうな。

 

 

 

 

 

その後幾度かのやり取りをしていく内に、関羽と張飛は他に天の御使いらしき人物がいないかどうかを探す為に、別の村で情報を集める事に決めた。

思い立ったが吉日、早速今後の方針を定めた関羽たちは桜桑村を出立することにした。

 

「それじゃあ、入り口の方まで送るね♪」

 

態々家まで来てくれたのにも関わらず、何も役に立てなかったという事もあったのだろう。

桃香はせめて旅立つ二人を見送るためにと、入り口へ向かう関羽たちと並行して歩いている。

 

入り口までおよそ半分と言ったところで、関羽が桃香に向かって申し訳なさそうに口を開く。

 

「わざわざ気を遣わせて申し訳ありません、劉備殿」

「いいのいいの!もう私たち他人とも言い難いんだし、折角だから見送りくらいはね」

「それにしても北郷のお兄ちゃん、一緒に来れなくなって可哀想なのだ」

「そうだねー。まさか急に依頼が入ってくるとは思わなかったもん」

 

そう、此処に一刀が居ないのは、全員で入り口に向かおうとした最中に依頼が飛び込んできたから。

一刀自身も関羽たちの見送りをしたかったのだが、折角来た依頼をほっとくなど言語道断。

そう言うわけで一刀は3人と別れ、依頼人と共に別の場所へ行っている。

 

今頃は木に引っ掛かった遊び道具を取るため、木登りに取り組んでいることだろう。

 

「…それにしても、北郷殿はああいった仕事も引き受けるとは……頼まれたらなんでも引き受けているのですか?」

「うん、そうだよ♪でも本人はもっとハードボイルドな活躍が出来る仕事が欲しいってぼやいてるんだけどね」

「は、はーど…はとぽっぽ?」

 

再び口にされる聞き慣れない言葉に、関羽は頭上に?マークを浮かべながら確認の意を込めて復唱しようとする。

 

その様子を見て劉備は、しまった、といった反応をしてすぐに口を開く。

 

「あ、ゴメンゴメン。えっと…ハードボイルドって言うのは、あらゆる状況に立たされても常に冷静沈着な態度で対処して解決する、カッコイイって意味の言葉なんだって」

「へー、お姉ちゃんも天の言葉が使えるのだ?」

「一刀さん程じゃないけどね。時々教えてもらってるの。まぁ一刀さんとお話する時しか使えないんだけど」

 

けどそれでも十分だけどね、と言って桃香は小さく笑って見せた。

 

一刀との会話にしか使えないというのを逆に考えると、天の言葉(一刀の世界の言葉)は一刀と桃香の間でしか潤滑に使えない特別な物。

つまり、二人は特別な間柄になるという事。

恐らく、いや、きっと桃香は嬉しいのだろう。

自分だけが一刀と共有のものを持っているという特別感、優越感。

 

そんな彼女の様子を見て、微笑ましさを感じた関羽も小さく微笑んだ。

 

 

 

…すると、ふと前方を見つめた鈴々が入り口の方から何かを発見した。

 

「…にゃ?誰かこっちに向かって走って来るのだ」

「え?」

「あれは…この村の者か?何か急いでいるようだが…」

 

鈴々の指摘を受け、桃香と関羽は揃って村の入り口の方を見やる。

すると、20代後半くらいの若い男がこちらに向かって…正確には村の奥に向かってだが、余裕が感じられないような勢いで走ってきていた。

 

若い男は息を荒げながらも、その中で息を一瞬整えると、村中に響くような大声を発する。

 

 

 

「た、大変だぁ!!賊が攻めて来たぞぉぉぉ!!」

 

 

 

穏やかで小さな村に、脅威と言う名の震撼が起こる。

 

 

 

 

【あとがき】

 

先ずは一言。

 

遅れてしまって申し訳ありませんでしたっ!!

 

いや、バイトとかが忙しい上に帰省中はパソコン弄れなかったし、学校も始まっててんやわんやでこんなにも遅くなって(ry

 

…本当にすみませんでした。

実は途中から作業が思うように進まなくなってしまい、結構時間が掛かってしまいまして(それなりに忙しいのもありましたが)。

主視点が愛紗になったり一刀になったり、また愛紗に戻ったりと元々低い質も更に下がってしまったかと思いますが、今後は気をつけて行きたいと思います。

 

取り敢えず今回は一刀たちと関羽たちを出会わせるところまで行ってみました。

 

こっから少し原作沿いに進めて行き、黄巾辺りでオリジナルのルートを作っていこうかとプランしております。

オリジナルと言っても、また原作通りのルートに戻るのでまだストーリーに大きな変化があるわけではありませんけどね。

 

取り敢えず次回は賊との戦いです。

今度こそなるべく早く書けるよう頑張ります。

 

それでは、次回もよろしくお願いします!

 

 


 
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