幽州涿郡涿県の離れにある山野の中。
一人の男が身体を引き摺るように、既に日が落ち、暗がりとなった林を掻き分けて走っていた。
男の身体には結構な数の傷がつけられており、服もそれに応じてボロボロに破れ汚れている。
息は疲労で荒く、目元は寝不足でもあったかのような黒い隈が出来ている。
切れ切れとした息の合間から、男は吐き捨てるように言葉を発す。
「く、くそっ、何なんだあのクソガキ……せっかく、せっかく手に入れたオレの力が…力がぁ…」
男の脳裏に思い浮かぶのは、先日自分をこのような状態に追い詰めた一人の男の姿。
自分と似たようなものを使って姿を変え自分に立ち向かってきた、まだ20歳にも至らない少年だった。
最初は圧倒していた。
しかし、一人の少女の介入によって形勢が大きく逆転しまった。
少年は姿…と言うより身体の色を変化させ、一般民を守りながら村を襲った男を撃退したのだ。
嫌な思い出を記憶から彫り返し、男の眉間に深いしわが刻まれる。
「ちくしょう……ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
沸々とわき起こる怒りの感情を、叫びという手段で周囲にブチ撒ける男。
彼の獣のような咆哮に夜行性の鳥が驚いて飛び立ち、男の周辺の木々が騒がしく揺れる。
すると、服の切れ口に木の枝が引っ掛かり、男は派手に転倒する。
「ぶふ!」
男は顔から地面に突っこんだ所為で、口の中で泥を感触を覚える羽目になる。
だがこの光景はこれが初めてではない、もう何回も何回も似たような出来事が起こっている。
しかし、今回は少しだけ違う所がある。
それまでは男はどんなに転ぼうとも、震えて覚束(おぼつか)ない手と足で懸命に立ち上がり、再び走ってきていた。
何処へ行こうかもハッキリしていないのに、とにかく足を動かしていた。
が、ついに男は立ち上がる様子を見せなくなった。
自分の襲撃した村からここまで必死に走ってきて、疲労感が限界点に達してしまったのだ。
一昨日の雨が木陰の影響で抜けきれず、水分を多少残した土に顔を埋めながら、男はドン、と地面を乱暴に叩く。
「どちくしょぉ………」
ザッ、ザッ。
土を踏む音が、男の耳に入ってきた。
最初は聞き間違いかと男は思った。
だがその音がこちらに近づいて徐々に大きくなるにつれて、それが聞き間違いでない事を確信する。
徐々にこちらに近づいてくる、足音の主。
「……随分とは派手にやられたものね」
女性特有の高い声を聴き、男は泥に塗れた顔を素早い勢いで持ち上げた。
自分の目の前に佇む一人の女性。
月の明かりで顔が影に隠れてしまっていたが、男はその女性の声に聴き覚えがあった。
その女性は、男にメモリを渡して力を授けた張本人なのだ。
「あ、あんた……なぁあんた!こないだのアレ、もう一個オレにくれよ!」
「…この間渡した物はどうしたのかしら?」
「あんたの言ってた『変わった奴』にやられてぶっ壊れちまったんだ!だからあの時と同じ物を俺に寄越してくれ!」
懇願するように女性に頼み込む、縋ろうとする男。
……しかし。
「…Don’t touch me!(私に触るな!)」
「っ!?」
女性は男をゴミを見るような目で見下すと、男には通じない言葉を発し、足元に伸びてきた男の腕を蹴って弾いた。
腕を蹴られた男は、眼を大きく見開いて女性を見上げる。
表情には絶望が翳(かげ)り、口元はだらしなく開いてしまっている。
男を睨みつけつつ、女性は口を開いた。
「貴様には随分と高い待遇を施したわよ?私は。まだまだ計画の時期ではないというのにそれなりのメモリを渡し、たった一個の命令を遂行すれば後は自由にしていいという高待遇をね。…なのにこの様は何かしら?ゴミクズになって現れたかと思いきや、メモリを壊された?…あまりふざけた真似は好きじゃないのよ、私は」
「あ…ぁ……」
男は完全に気力を失い、言い返す事すらできなかった。
いや、きっと反論を言えばその時点で男の命は無くなっているだろう。
地面に倒れている男を見る女性の眼は、殺意に満ちた危険な色を帯びていた。
動物界の野性的な殺意などでは無い、まるで全方向から槍を突きつけられたような、喉元に刃物を突き付けられたかのような、人が人を殺す様な純粋な殺意。
目を逸らしても逃げることの出来ない、絶対不可避の威圧。
そんな彼女に見苦しい言い訳でもすれば、彼女の怒りに触れてしまうという事は目に見えていた。
女性の放つ圧倒的なそれと気迫に、男は滝のような汗を流し、口を魚のようにパクパクと開け閉めしている。
「……けど」
すると、先ほどまでの殺意を抑えて女性は男に優しく言葉を掛ける。
「貴方が持っている情報は、私にとって実に必要な存在……もしそれを包み隠さず教えてくれるなら、貴方の今回の失敗を見逃し、同じメモリを渡してあげることも考えてあげるわよ?」
「ほ、本当か…!?言う、言う!」
「クフフ……さぁ、私に教えて頂戴」
『変わった奴』と思われるのは十代後半くらいの男で、一緒にいた少女から『一刀』と呼ばれていた事。
最初は黒い身体だったが、途中から緑色と黒色の身体になった事。
更に黒色の部分の身体が青に代わって、弓の様な飛び道具を使ってきた事。
男は流れるような勢いで自分の持っている『変わった奴』……仮面ライダーWについての情報を女性に教えた。
「ふむ…成程ねぇ…」
「さ、さあ、俺はちゃんと情報を教えたぞ!早くめもりって奴をくれ!」
「あぁ、そうね。それじゃあ…」
それらを聞き終えたところで、女性は懐からメモリを一つ取り出した。
「…!そ、そうだ!そいつをくれ、頼む!」
メモリが視界に入った瞬間、男は歓喜の表情を浮かべて女性の持つメモリに手を差し伸ばす。
しかし……
≪Taboo(タブー)!≫
女性は男にメモリを差し出すそぶりを一切見せず、メモリのボタンを押した。
そして腰に巻かれたガイアドライバーにメモリ――タブーメモリを差し込むと、その容貌をみるみる変化させていった。
上半身は人間の女の形をしているが、肌の色は赤く、下半身は下端部に不気味な単眼を持つ芋虫のような姿をしている。
女性――タブー・ドーパントは男に向けて不敵な笑みを浮かべると、掌にエネルギーの塊を形成し始めた。
「な、何だよ!どういうつもりだよぉ!」
『役立たずの処分に決まってるでしょう?貴様に別のメモリを渡しても、碌に使いこなすことが出来ずに終わっちゃいそうだしね。強めのカテゴリに入るマグマメモリをあげたのは、それが貴様に最も適合したメモリだったから……まぁ63%という中途半端な数値だったけど』
「て、天の言葉を交えて言われても、ワケわかんねぇよ…!」
『まぁ要約すると……』
タブー・ドーパントはそこまで言うと、エネルギー弾を乗せた掌を男の方に向け、冷たく言い放つ。
『将来性の無い塵屑(ゴミクズ)は、ここで死になさい』
「そん――」
男の必死な声は、その先を紡ぐことは無かった。
「さて……」
タブーの変身を解いた女性は、邪魔者が消えて静かになったところで思考を廻らせ始める。
まず最初に思慮したのは、この世界にやって来た侵入者のこと。
「(ふむ……どうやら左慈たちが直接来たわけではない様ね。まぁそうできないようにロックを掛けておいたのだから当然なんだけれど。それにしても一刀、ねぇ……どこかで聞いたことのあるような名だけど…)」
少し考えていると、自分の同僚が何かにイラついている姿が思い浮かんだ。
「(確か、左慈が機嫌悪そうにブツブツそんな名を呟いてたっけ……以前、左慈はこの世界に似た世界の管理を任されてた筈だけど…三国志の世界に一刀なんて名前の武将いないし…)」
女性が管理者としての役割を全うしてた際、彼女は三国志関連の外史を担当したことは無かった。
基本、左慈と于吉と貂蝉がいれば事足りていたので、当時の彼女は全く別の外史を承っていたからだ。
が、女性は一般教養として三国志についての多少の知識を蓄えていた。
その彼女でも、一刀と言う名が三国志に登場したという記憶は無い。
そしてもう一つ、左慈はその一刀を『殺してやる』と忌々しげに呟いていたことを女性は思い出した。
そのお陰で、女性は一刀が何者だったかを完全に思い出すことが出来た。
「(あぁ…確か北郷一刀とか言う名前だったかしら。左慈の計画に流れで首を突っこんじゃって外史入りしちゃった只の人間……まさか貂蝉たちが送り込んだのかしら?自分たちの代わりに私の目的を阻害する存在として……それもこの世界に在るルールに順じて、ね)」
そこまで思慮をし終えると、女性は月明かりに照らされた林道をゆっくりと歩き出す。
月も星も明瞭に姿を見せている夜空の中、女性は掌に収まる4本のメモリを見つめる。
「どうやら私もそれなりの準備が必要になりそうね……まずは私の手足となる駒を選定しないと」
≪Taboo(タブー)!≫
≪Claydoll(クレイドール)!≫
≪Nazca(ナスカ)!≫
≪Smilodon(スミロドン)!≫
「クフフ………クフフフフ………」
喜悦な女性の笑い声が、不気味に夜道に響いて行った。
今より2年先の未来。
後漢末期184年、中平1年。
後に黄巾の乱と呼ばれる農民たちの大反乱は、一人の女性の暗躍によって更なる混沌の世界へと成り果てて行く。
――続く
【あとがき】
まさか前回のあとがきがちゃんと投稿できていなかったとは…不覚!
しかも手違いで保存し忘れてたし、ちょっと長めに書いてたからもう一度書くのがめんどくさくて……
でも特に重要な事は書いていないのでそこは安心です。
さて…今回で第一部終了、次回からは第二部に突入と言った感じでしょうか。
一刀と桃香、そしてイレギュラーの女…双方とも今後の為の準備に取り掛かりだしていきます、他の恋姫キャラも続々と登場してきますので、是非お楽しみに!
さて、ここで前回のコメントであった『アクセルは登場するのか』についてちょっとお話しさせて頂こうかと。
既に宣言していますが、アクセルは登場させるつもりです。
ただ問題なのは、誰をアクセルに変身させるかと言うことです。
一応候補は上がっているので、少し名前を挙げてみます。
○その1○
【馬超(翠)】
アクセルはWのメモリの持ち主である井坂に、馬超は一族の敵である曹操に復讐心をやどしているという共通点から。
ただアクセルに変身させると彼女の本来の戦いが一切無くなってしまいかねないので、難しい所です。
変身させるとすれば、復讐心でキャラを動かしていくつもりです。(曹操が仇になるかどうかは不明)
○その2○
【張遼(霞)】
『神速の張遼』と呼ばれていた彼女と、スピード感がウリのアクセルの共通点である速さから。
個人的には面白い設定になるんじゃないかなぁと思ったりしてます、『招待したるわ……絶望にな』とか是非言わせてみたい、wkwk。
ただこれも馬超と同様、偃月刀での戦いが激減してしまうという危険性を秘めているんですよね。
それとアクセルとなるなら曹操へ下るイベントも却下になるかも、自然に一刀たちの元に行かせるためには。
○その3○
【左慈or他の管理者】
これはまさかの候補です。
貂蝉からの依頼で渋々恋姫世界に潜入し、派手な行動を慎みつつアクセルに変身してドーパントを倒していくスタイルです。
一刀が表で戦っている間に裏で密かに情報を集め、暗躍しているイレギュラーに近づいて行くといった感じでしょうか。
ただ左慈は一刀の事を激しく嫌っているので、共闘は終盤までお預けになるでしょう。
○その4○
【オリキャラ(有名武将)】
多分一番ストーリーが円滑に進むタイプかもしれません、性格や過去などをこちらで設定できるので(当然、それなりに)、因縁作りなどが簡単になるからです。
ただ、出番が増えることとなる仮面ライダーアクセルをオリキャラに任命させたら読者の皆様が不満を抱くんじゃないかという欠点も……ここは新参者の私では分からない所です。
とりあえず蜀陣営で適任になりそうな人物を探すことから始まります。
こんな感じでしょうか。
あとは張遼と馬超は馬の扱いに長けているので、アクセルのスピード感に体がついてこられるだろうなどの理由も細かくありますが、いちいち説明してもこんがらがっちゃうかと思うのでこの辺りにします。
まだ急ぐ必要も無いので、皆さんのコメントなどを参考にしながら随時設定を固めて行きたいと思います。
それでは、次回もお楽しみに!
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幕間その2です。
あとがきの方で今後出てくる予定のアクセルの話でもしようかと。