No.61099

ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」01

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第二章の01

2009-03-02 00:53:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:435   閲覧ユーザー数:412

 第二章「伝説の魔女」

  *

 深き眠りの中、私は考えた。

 私はどうして魔法使いになりたいんだろうと。

 母に憧れた。そう自分に言い聞かせて魔法学園にまで来てしまったが、その願望はもっと自分勝手な、何か別のものに変わりたい、そのままの自分には価値のない、いてもいなくてもどうでもいい存在と気付くのが嫌だった、それだけなのかもしれない。

 私は魔法使いになれば、私を束縛するこの世界から飛び立てると思っていた。しかしそれは、淡い、稚拙(ちせつ)な思い込みでしかなかった。飛ぼうとすればするほど、容赦なく自分の体の重さを知らしめられる。飛べずに地を這いずるのがお似合いだと知ってしまう。

 それでもまだ、私は魔法使いになりたいのだろうか。私は本当に魔法使いになりたいのだろうか。魔法使いになれば、私は変われるのだろうか。

 私は、私は――、本当は――。

 

   *

 微かな太陽の香り。柔らかく漏れ込む陽(ひ)の光に顔をしかめた。

 春浅く、まだ肌寒い空気が頬を差していた。新鮮で爽やかな朝といえなくはないが、最後の抵抗とばかりに布団の中で一段と丸まった。布団の暖かさに触れるだけで幸せを感じる。そんな単純な思考に酔うように、微睡(まどろ)みに意識が解けていく。

「エディ。起きなさいよ。早く用意しないと、また朝食なくなるわよ」

 そんな母親じみた声を掛けてくるルームメイトを無視して、エディ・カプリコットは布団にしがみついて身をよじっていた。ベッドに歩みよる足音にも、エディは目を開ける様子もない。

「えい」

 突然の衝撃に、布団の中のエディは、今度は苦痛に身をよじる。どうやら心優しいルームメイトが起こす為にと、全体重を乗せた肘を落としたらしい。ベッドのエディに覆い被さるように飛び込んで来た友人の衝撃にエディは悶(もだ)える。

「ぉぉ、ぉ……」

「あら、これでも起きないの? 今日は手強いわね」

 これじゃあ起きるどころか意識が飛んでいきそうだ。加害意識のないルームメイトの脳天気な声が、余計に肘が突き刺さった肋(あばら)に響いた。

 痛みだけは鮮明に覚えるエディだが、それでも寝惚けた頭は急には回らず、彼女への仕返しすら忘れて、布団の中でもう一度心地よい眠りへと落ちていく。今度は布団を体に巻き付けて防御に姿勢も忘れない。そんなエディの枕元で大きな溜息が聞こえてきた。

「本当にもう、また寮長にどやされても知らないんだから……。あっ、カルノ先輩だ」

「え、どこどこ? お兄ちゃんはどこ?」

 布団をまとったまま、エディは熊のように立ち上がった。そして懸命に辺りを見回す。

 どれだけ探しても、あるのは見慣れた寮の自室に、これまた見慣れた友人の顔だけだ。エディの目の前にで立ち尽くしているルームメイト、マリーナ・M・クライスは、呆れ顔と冷たい視線を寝起きに届けてくれていた。

 そこは女子寮の一室。ルームメイトのエディとマリーナが、バストロ魔法学園での私生活を過ごす為の部屋だ。一般的な感覚では二人部屋にしては少し余裕のある広さではあるが、何かと物要りな魔道関係者には一室二人では手狭であるという声もある。

 世界各地から将来有望な魔法使い志望者をかき集める魔法学園の生徒は、大抵寮住まいになってしまう。生徒の中では比較的近い地方の出身であるエディだが、さすがに国を超えて通うことも出来ず入寮を余儀なくされている。

 この第二女子寮は最近改装された第一とは異なり、木造の古臭い建家(メゾン)だ。部屋の壁や天井に顔を出す梁(はり)や柱を見れば、年季の入った木材が経年により深い色に変わっていてそれがよくわかる。

 エディとマリーナが住まうその部屋には二つの机と二つのベッドが左右対象(シメントリー)に据(す)えられ、各々の私物が慎ましやかに置かれていた。特にエディの机には無駄な物が何一つなく、逆に生活感がうかがえないほどである。

「お兄ちゃんは?」

 ベッドの上に立ち尽くしたエディが、半分眠っている虚ろな目をルームメイトに向けた。口元には涎(よだれ)の跡がくっきり残っている間抜け面。相当眠りが深かったのであろう、立ち上がった今でも気を抜けば寝てしまいそうなほどエディは朦朧(もうろう)としていた。

「カルノ先輩が女子寮にいるわけないでしょ。こんな幼稚な手に何度引っかかるのよ、あんたは」

「だってお兄ちゃんと最近会ってないし、こんなに近くにいるのに……」

「はぁ。確かにカルノ先輩は顔はいいの認めるけど、そういうブラコン執着ぶりはちょっと私引くわよ。兄とか言って、カルノ先輩とは血つながってないんでしょ? 昔、一緒に暮らしただけで」

「やだなぁ、マリーナ。血がつながってる兄弟なんかに私、興味ないわよ。義兄妹だからいいんじゃない」

「その論理は正しいような間違ってるような……。まぁ、エディがこんな手で起きてくれるなら、私は楽でいいってものかしらね。趣味は人それぞれって言っておくが無難だし」

「何よ。マリーナには恋心がわからないなんて、女の子失格ぅ」

 エディは子供のように膨れっ面をして見せた。既に窓の外に覗(のぞ)く太陽は山の端(は)を離れ、朝の時間が早くないことを如実に表していた。

「そんな白馬の王子様願望だなんて、私は初等学校で卒業したわよ。美形のお兄さんなんて出来過ぎよ、色々と」

 マリーナは意味ありげに語尾を強調した。彼女は既に支度を終え、学園支給の魔道衣に身を包んでいる。学園支給といっても、別段校則で指定されているわけでもなく、学園内の服装については比較的自由な校風だった。

 というのも、服装というのは魔道と切っても切れない関係で、服装自体が一つの完成された魔術である場合がある。いわゆる霊装(れいそう)と呼ばれる物の研究も魔道を志す者の役割の一つだ。

 そんな事情があるからか、支給された魔道衣を自身で改造して魔術的意味を持たせる者や、学生ながら一から自分に合った霊装を作る者もいる。エディの魔道衣も、見た目は支給された魔道衣のままではあるが、魔法制御に失敗して自傷するのを見かねたマリーナが耐魔法強化の付与を行っている。

 当のマリーナ本人が着ている魔道衣は、袖や襟元(えりもと)に秘儀(ルーン)文字をあしらった物。エディには何の魔術効果を付与したものかまではわからないが、それほど強い魔力は感じない。むしろファッション的意味合いが大きいのだろう、全身真っ黒な魔道衣は年頃の少女達からしてみれば、あまりにも陰気である。ともあれ、マリーナが施している改造ぐらいなら誰でもやっている程度の装飾だった。

 顔立ちや背格好が平均的で、普通という言葉が似合うマリーナにとって、唯一彼女の個性を主張するのはショートカットの髪を留めている大きな髪飾りぐらいだ。その髪飾りは彼女の持てる力の粋を集めて創られた護符(アミュレット)『黄金の代行(ティファレト)』。その自作霊装である髪飾りがマリーナの頭頂で今日も煌めいていた。

 霊装を身に付けるなど、魔法も魔術も一切使えないエディには眩(まぶ)しすぎるものだ。同室の友人との力量の差を毎日見せつけられて、エディは心中、悔しく感じていた。

「色々か……。でもなんて言うか、初等学校って言われても私行ってないし、よくわかんないや。マリーナの国でもみんなが行くわけじゃないでしょ? あ、でも、あなたの故郷じゃそうでもないのか」

「はいはい。どうせ私はみんなの羨(うらや)むパリ育ちですよ、エディみたいな村に学校もなかった田舎育ちの気持ちはわかりません。ごめんあそばせ」

 エディの皮肉に、マリーナは全く似合っていない拗(す)ねたような言葉であしらった。

「ともかく。頭、寝癖も立ってるし、早く鏡見て直しなさいよ。そのままで学校行くつもり?」

「え?」

「何どうしたのよ? 仕度しないの?」

「ん、ん? ……あれ? なんだったかな?」

 突然、エディが考え込む。

「どうしたのよ、急に?」

「何が忘れてるような……。鏡……?」

 何か大事なことを忘れている気がした。しかし、寝起きの頭で考えてみても、どうにも思い出せない。

「何、寝惚けてるの? 今日はいつもより重症ね。昨日も遅かったからでしょう? 夜更かしも程々にね。食堂行って朝食とっといてあげるから、さっさと着替えなさいよ」

 そう言うと、マリーナはさっさと部屋から出て行ってしまった。

 残されたエディはさすがに二度寝する気分にもなれず、ベッドから重い体を降ろした。

「何だろう。夢を見てたのかな……?」

 一人になった部屋で自問するエディだったが、その答えが出ることはなかった。


 
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