No.60181

いくつかの星の海 

篇待さん

スペースオペラ

2009-02-25 16:37:10 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:623   閲覧ユーザー数:595

第1話

 

 俺の名前は同地弾平。宇宙海賊なんて陰気な商売をしている15歳だ。

 同じ宇宙シップ『ドンブラコッコ』にはもう一人クルーがいる。ついでだからそいつも紹介しておこう。小野小町緒乃。15歳。こいつは超がつくほどの美人で将来的には俺の嫁になる予定だ。しかし今のところはキスはおろか手すら握ったことがない。それどころか話しかけるだけでくさいだのくさいだのとうるさく言われる始末だ。最近流行のツンデレなんだろうな。かわいい奴だ。俺のために流行を取り入れてくれる。まさに初心な生娘といったところだ。

 そんな俺たちだが宇宙海賊業界ではちっとは名の知れた存在である。去年の末に食うに困ってはじめた家業だが、いまでは立派な宇宙海賊だ。

 そうだな。まずは俺たちが宇宙海賊になりたてのころの話からしてやろうか。

 

 去年の末――とある惑星にて。

「しまった。今日は金曜日だった。畜生、あのレストランのゴミは最高なのにたぶん今からじゃもうほとんど残ってねえだろうなぁ」

 その日、俺は嘆いていた。うっかり寝過ごしたばかりに、週一のご馳走を食い逃してしまったのだ。これではまた緒乃にどなられてしまう。

 たまには男子の威厳を見せてやらねばならんというのに、まったく俺って奴はどうしてこういつも間が悪いのだろうか。

 仕方なく緒乃の収穫を分けてもらおうといつもの公園に向かっていたときのことだった。突如少女の叫び声が聞こえたのだ。聞き間違いなどでは断じてない。

 そう、まさしくこれは神が与えたもうた人生最大のチャンスなのだ。

 天啓を受けた俺は、猛然と走り出した。もちろん向かう先は叫びの方角。たとえそこに幾千の悪漢がいようとも俺はひるまないだろう。

 なぜならば今のをれはその叫び主にとってのヒーローだからだ。ヒーローなれば報酬は思いのままだろう。あわよくばコンビニ飯にありつけるかもしれない。

 なので俺はこの千載一遇のチャンスを逃すつもりはなかった。

 はたしてそこには想像通りの悪漢たちがいた。

 数は18人。俺は目がいいので一瞬にして人数を数えることができるのだ。少女が一人、悪漢たちに囲まれて涙を流している。

 たしかに18人という数はびびる。常人なら小便もらして一目散に逃げる状況だろう。しかも18人は18人とも屈強な男たちである。たぶん職業はレスラーだろう。そうでなければあの体形はおかしい。完全な逆三角だ。

 しかし俺はひるまない。なぜなら俺は勇者だからだ。悪漢に囲まれ、今にもその可憐な命を散らそうとしている少女にとって、俺はこの世でただひとりの勇者なのだ。

 ひるむ道理などありはしない。

 俺は流れるような動作で民家の軒先に放置してあった灯油を悪漢たちにぶちまけた。迷わずライターをほうりなげる。

 しかし、想像とはちがい、なかなか火はつかなかった。そううまく世の中はできてはいないらしい。

 しかしそんなアクシデントで立ち止まる俺ではなかった。灯油とともに拝借しておいた鉄バットで悪漢のひとりの頭を打ちぬく。

 ここでようやく悪漢たちは俺の存在に気づく。戦いとは常に先手必勝。気づかれたところで問題はない。

 一撃目の遠心力そのままに、俺はさらに2人の顔面を打ち砕いた。折れた前歯が血潮とともに俺に降りかかる。

 残りは15人。まだやっかいな人数だ。

「んだらああ! なんだてめぇ! 純ちゃんになにしてくれんだコラ!!」

「おうおうガキが! 広ちゃんとタカちゃんこんなにして生きて帰れると思うなやああ!!」

 悪漢たちが無様に吠え出す。

 しかし、俺の耳には届かない。

 叫ぶ間に2人、顔面を打ち砕く。まるで糸の切れたパペットのように、彼らは膝を付く。いや、空を仰ぎ見る。

 そうしてひとり、またひとりと、悪漢たちは血の海に消えていった。悪漢も残り7人ほどになったころ。ようやく灯油に火が回り始める。血の海は火の海に変わり、一面を地獄絵図に変えていた。

「な、なんだこいつ……イカレてんのか!?」

「鬼だ……鬼だ……かああちゃああん」

「悪かった……俺たちが悪かった……もうかんべんしてくれよ……」

 泣き叫ぶ声が聞こえる。助けを請う声が聞こえる。

 しかし、俺には聞こえない。

「てめえらあれだ……あとで後ろから仕返しとかするタイプだろ? だめだよなぁ……後ろからは卑怯だろ? なぁ?」

 コン、コン……とバットが地面を小突く音が地獄に響く。

「だからあれだよ。俺は悪は滅ぼす主義なんだ。仕返しなんて決してしねえように。考えもしねえように……」

 もう地を打つバットの音は聞こえない。

 泣く声も。叫びも。

 そして数多の物言わぬ屍の山。その後ろに、惚けたまま泣き続ける少女の姿があった。そう俺の助けた少女だ。俺の物語のヒロインだ。さぁ俺の胸にとびこんでくるがいい。そして耳元でこうささやいてくれ。コンビニ飯奢ってあげる、と。

 しかし、いつまでたっても少女は飛び込んでこない。それどころか動こうともしない。

 これはあれだ。ツンデレだ。まったく面倒なお姫様だぜ。

「おい、少女。もう悪漢はいないぞ。泣き止むんだ。ほら、立って……」

 地べたに座るのはよくない、立たせてやろうと少女にてを差し伸べたときだった、突然少女が喚きだしたのだ。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ来ないで! いや! 殺さないで!!」

 もう悪漢はいないのに。かわいそうに、幻覚に苛まれているのだろう。俺はこのいたいけな少女を慮り、努めてやさしく語りかける。

「大丈夫だよ少女。もう大丈夫。君を傷つけるような奴はもういないよ。全部俺が追い払った。だから安心して……」

「お金ですか! お金ならあげますから!! だからだから助けて……お願い……まだ死にたくないの……なんでもするから…………」

 やさしく語りかけてもちっとも少女は落ち着かなかった。よほどあの悪漢どもが怖かったのだろう。

 しかたないので俺は悪漢どもの屍から財布をあさることにした。いもしない悪漢におびえ続ける少女をあやすのにつかれたのだ。

 しめて12万円也。今日は焼肉だな。そうだ緒乃のやつにも奢ってやろう。いつもいつも偉そうにしてるからな。たまには俺の威厳ってやつを思い出させてやらねえとなるまい。泣きながら『弾平、愛してる』って言わせてやる。

 そうして俺は再び公園へと向かっていった。後ろからは未だに怯え泣き叫ぶ少女の声が聞こえるが、もはや俺には関係のないことだった。

 

第1話 完

第1話 幕間

 

「あのお嬢さん、財布落としましたよ」

 体格のいいお兄さんが笑顔で話しかけてきた。ちょっと威圧されて怖いけど、なんとなくやさしそうな雰囲気の笑顔の人だ。

「ありがとうございます。私ったらドジで財布とかすぐ落としちゃうんですよね」

「そうなんですか? 気をつけたほうがいいですよ、最近いろいろ物騒ですからね」

「そうですよね、気をつけないと。宇宙海賊なんて恐ろしい人たちもいますしね」

「最近は物騒になってきてますよね。じゃあ気をつけて帰ってくださいね。女の夜道はそれだけで危険ですよ?」

「もう、脅さないでくださいよ!」

 やっぱりやさしい人のようだった。人を見た目で判断するのはよくないわね。気をつけないと。

 そんなことを考えていると、濡れたアスファルトに足を滑らせてしまった。さっきまで少し降っていた雨のせいだろう。

「きゃああああああああああああああああああ」

 年甲斐もなく、みっともない叫びを上げてしまう。

「だから気をつけてくださいって言ったでしょ……まったくあぶなっかしい人だなぁ」

 笑いながら、さっきの男の人が手を差し伸べてくれる。これは恋の予感かしら。

 ちょうどお店から男の人の連れの人たちが出てきる。手を握っているところを見られてしまった。

「なんだ広ちゃんナンパかぁ?」

「夜中にナンパなんて職務怠慢でありますなぁ」

 男の人が酔った友人たちにからかわれている。なんだろう、恥ずかしいな。

 誠実そうな人だし、あんがいかわいい人かも。

 話を聞くと職業は警察官だそだ。今日は仕事仲間との飲み会だそうで、よく見れば彼も少し赤くなっている。それがお酒だけじゃなければうれしいかな。なんてちょっと気が早いかしら。

 そうして男の人たちと話しこんでいると、突然雨が降ってきた。でもにおいがきつい。

 それは、雨ではなく灯油だった。

 そして――

 

第1話 幕間 完

 

 

 

 

 


 
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