No.59834

初恋

篇待さん

初恋です。こいつはたまらねえ。

2009-02-23 13:22:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:904   閲覧ユーザー数:765

 それは、たぶん僕にとっての初恋だったのだろう。

 相手は同い年。小学1年生の赤いランドセルの女の子。近所に住んでいて、集団登校の際には同じ班だった。クラスも同じ1年1組。もうすぐ歯が抜けそうだと、グラグラに揺れる歯を指して笑っていた。僕はたぶん、そんな明るい姿に惚れたに違いない。

 小学校2年生。彼女は転校していった。そうして僕の初恋はひどくあっけなく終わったのだった。

 願わくば、彼女の記憶にまだ僕がいますように。

 

 中学生活を穏やかに終え、高校生活がこれまた穏やかに幕を開ける。特に派手な高校デビューをきめる予定はなかったので、僕はその入学式を寝て過ごした。

 教室に戻ると、憂鬱な自己紹介の時間が始まってしまった。僕には紹介できるような自己などありはしない。趣味もなければ特技もない。いったい何を語れというのか。

「――中学ではバレー部でした。バレーに興味のある人がいたら、一緒に青春しましょう!」

 明るい自己紹介は進んでいく。ちなみに僕は帰宅部だった。正確には書道部だったが、三年間幽霊部員をやり通した。担任が顧問という悪辣な環境ではあったが、僕は逃げのびた。山本先生、その節はすいませんでした。

「雪村サツキです。趣味は料理です。中学校では陸上をやってました。よろしくお願いします」

 その言葉に耳を、その姿に目を、奪われる。

 それは、およそ8年ぶりの再会だった。

 

 幼稚園も卒園間近という6歳の夏。その日、僕は秘密基地を作った。近所の林の中、ダンボールで作った秘密の場所だ。

 僕にはその頃から無意味な収集癖があり、この秘密基地はそんな僕の宝物たちの絶好の隠し場所となった。ジュースやお酒の王冠、ビーダマやおはじき。今ではもうゴミとしか思えないそれらを、僕は必死になって集めていた。なかでもラムネのビンの中のビーダマは自慢の一品だ。それら全ては、マジックで『たからばこ』と書かれたクッキーの缶に大切にしまわれていた。

 彼女と出会ったのはそんな夏だった。引っ越してきたばかりだった彼女は、近所を冒険し、見事に僕の秘密基地を発見してしまった。こうして僕だけの秘密の場所は、あっさりとなくなったのだった。

「いいかい? この場所は誰にも内緒なんだよ? 大人にも教えちゃいけないんだ」

「うん、わかった! 内緒にする!」

 変わりに出来たのは僕と彼女の秘密の場所だ。その頃の僕にとって、恋愛感情なんてものはまったくわからない未知のものだったけれど、この時のワクワクとドキドキはきっとそれに近いものであったに違いない。それでも自分だけの秘密基地がなくなってしまったことは、残念で仕方なかったのだが。

 それから僕たちは毎日のように外を駆け回った。幼い僕らには男や女なんていう性別の垣根はまったくなくて、同じように木に登り、同じように泥にまみれた。

「見て見てさっちゃん! 泥団子すげー硬いのできた!」

「たーくんすごい! これ石みたいだよ!」

「でしょ! もうこれは僕の最高傑作だね!」

 今思えば、いったい何が楽しかったのだろうか。僕らは日が暮れるまで夢中になって遊んだ。

 トンボを追いかけ、蝶を追いかけ、虫を捕まえては笑いあった。近所の野良猫に「みーちゃんはいつも寝てばかりだねぇ」と笑う彼女に、「みーちゃんじゃないよ、トラ次郎だよ」そんな弱そうな名前じゃないと言ったら喧嘩になった。

 喧嘩をしても、また翌日には秘密基地で仲良く遊ぶ。あの頃の世界は、近所のコンビニにすら一人では行けないような、とても狭いものだったけれど、無限に思えるほどに広大だった。

 ある時、突然に僕らは秘密基地を失った。マンションが建つのだと、聞かされた。僕と彼女は大泣きした。その理不尽に耐えられず、秘密基地の破壊活動に従事するショベルカーに石を投げた。もちろんそんなことをすれば怒られるのはわかっていた。それでも僕らは、石を投げずにはいられなかったのだ。

 秘密基地を失って、僕らは小学生になった。僕は彼女の前で自慢げに、ピカピカに輝く黒いランドセルを背負って格好をつける。彼女は、赤いランドセルを背負っていた。

 それはまだ、僕らにとっては決定的な違いにはならなかったけれど、小さな、本当に小さな歪みを作った。きっとそれが、彼女が女の子なんだと、僕に意識させた最初の出来事だったのだ。

 

「――――――――趣味はギターいじりです。よろしくお願いします」

 自己紹介も終わり、HRも終わりに近づく。もう帰り支度をしている奴さえいるなか、僕は哀愁で心が満たされてしまっていた。

 きっと、彼女こそが僕の初恋の人に違いない。すっかり女性らしく成長してしまってはいたが、面影がある。しかし、スカートをはく彼女の姿は、僕の初恋の人とは違って見えた。

 まるで、彼女の年の離れたお姉さんに見える。僕らはあれから、こんなにも成長してしまったのか。

 それでも僕は、彼女の後ろに初恋の人を見ることが出来る。彼女には、僕の後ろに幼い僕が見えるだろうか。

 僕は意を決して、立ち上がった。

 僕だけの秘密基地が崩壊した日、話しかけてくれたのは彼女からだった。そう。きっと今度は僕の番なんだ。

 

 


 
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