No.600247

偽装天下(上)

『真・恋姫無双』の魏√エンド後の話です。
原作ストーリーの独自解釈を元に話が進んで行きます。
拙い文章ですが、お読み頂ければ幸甚です。

2013-07-22 02:17:16 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2137   閲覧ユーザー数:1882

 

「さようなら、愛していたよ華琳」

 

 

物語の終焉を見て、少年は天へと還った。

 

 

「恨んでやるから」

 

 

それは王の言葉。

 

 

「行かないで……」

 

 

それは少女の言葉。

 

 

王としての彼女、少女としての彼女、どちらも同じだった。

 

残された王と少女は、今はどちらも、少年を失った悲しみにただただ涙していた。

 

 

空には満天の星と輝く満月。

 

消えた少年と残された少女。

 

 

――これは、ここから始まる物語。

 

 

 

一刀「ふぁああっ………」

 

だらしない大欠伸と共に、北郷一刀は起床した。

寝惚け眼を擦ろうと指を当て、違和感を覚える。

 

一刀「涙?」

 

触れてみると、頬が微かに濡れていた。

 

一刀「……華琳………っ」

 

名前を口にして、本当に涙が溢れそうになる。

 

一刀「いっ、いやいや!」

 

泣くわけにはいかないと頭を振って、一刀は寝台から降り立った。

そして、窓の外に視線を移し、差し込む朝の陽光に目を細め、

 

一刀「あぁ……ヤバいな。この分だと遅刻かもしれない」

 

そう呟いて、一刀は慌ただしく準備をし、自室を飛び出した。

 

 

朝議(玉座の間)

 

華琳「天の御遣い……北郷一刀は、その役目を終え天に還ったわ」

 

心なしかいつもより硬い声色で淡々と事実を述べる王。

臣下の者達は、理解が追い付かず一様に呆然とした後。

 

秋蘭「華琳様、今何と……?」

 

真桜「じ、冗談きっついで~、華琳様~」

 

沙和「本当なの!全然笑えないの!」

 

流流「そんな……兄さまが……?」

 

桂花「あいつ……っ!」

 

次には、皆次第に事実を悟り、玉座の間は深い悲しみに包まれた。

 

 

 

 

時を同じくして。

 

 

 

 

一刀「遅刻遅刻ぅ~~☆」

 

肉まんを咥えながら乙女走り。

目撃した者が怒りを覚える様相で、一刀は先を急いでいた。

 

一刀(ヤバいよ…完全に遅刻だよ…“首刎ねられちゃうよ”……)

 

内心では、恐怖に震えながら……。

 

もうお分かりだろうが、一刀が目指しているのは玉座の間である。

そう、彼は天に還ってなどいなかったのだ。

昨晩、華琳の前でそれっぽく消えた彼は、今朝普通に魏の自室で起床した。

 

一刀「君の夢を見ていて……とか、ダメだよなぁ」

 

凛々しい声で遅刻の言い訳をシミュレートしてみたが、余計怒らせそうなので断念する。

彼の中では、昨晩のドラマチックかつイリュージョンな出来事は、全て夢の中のこととなっていた。

 

そこに。

 

 

――ドォン…!ドゴォン…!

 

 

一刀「なっ、なんだぁ!?」

 

目指す方向、玉座の間から、廊下を揺らす振動と轟音が響いてきた。

一刀はゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る玉座の間を覗き見た。

すると、顔を覗かせた彼の眼前を、人の頭大の物体が高速で通過し、近くの壁に激突した。

 

一刀「ひぃっ!!?」

 

尻餅を付きながら壁を見ると、飛んで来た物体は、玉座の間の床材の一部であることが分かった。

 

一刀「いっ、いったい何が……っ!?」

 

激しく動揺しながら、再度、中の様子を伺った。

 

華琳「もう一度だけ言うわ。北郷一刀は、天に還った――」

 

玉座から臣下達を見下す華琳が再度事実を告げた。

 

一刀(ゆ、夢の出来事じゃなかったんだ……)

 

肝を冷やす一刀。

遅刻の言い訳どころか、出て行くのすら危うい雰囲気だ。

 

春蘭「うおぉぉおおおっ!!北郷ぉおおおっ!!!」ドゴォン!

 

霞「あんのっ…あほんだらぁあああっ!!!」ズギャシャッ!

 

季衣「うわぁあああんんっ!にいちゃぁあんっ!!」ボゴォン!

 

凪「うぅっ…ぐすっ……たいちょぉ……っ」ガリガリ…

 

凛「一刀殿が……そんな……っ」ビリビリ…

 

風「お、にい…さん……?」パキッ!

 

受け入れがたい事実と深い悲しみを、全身で表す者。

どうしようもなく、絶望的な現実に、ただ涙する者。

涙を流すことも忘れ、茫然と立ち尽くす者。

皆それぞれだが、共通しているのは、全員もれなく何かを破壊していた。

 

一刀(ちょっ!?床壊すなよ春蘭!凪も壁引っ掻いてるし!凛もそれ重要な書簡だろ!?)

 

また、霞は柱を切り刻み、季衣は手当たり次第に暴れ、風は大量のペロペロキャンディーを割っていた。

一刀は本能的に背筋に薄ら寒い物を感じたが、同時にそこまで自分を思ってくれていることに感激した。

 

一刀(み、みんなっ……俺はここだ、ここにいるぞ!!)

 

一刀「みんっ――」

 

春蘭「北郷め!華琳様を……皆を悲しませるとは許せんっ!!」

 

桂花「っ……本当よ!あの恩知らず!帰ってきたら死刑よ!!」

 

霞「確かに、だんだん腹立ってきたわ……!」

 

愛しさ故にだろうか、乙女達は悲しみを吐き出した後は怒りを覚え始めた。言うなれば、愛しさ余って憎さ百倍。

しかも、悲しみの反動なのか、悲しみを忘れる為なのか、今の今は本気で怒っているように見える。

皆、ある意味逞しかった。

 

華琳「うふふ、そうね。帰って来たら、皆でお仕置きをしてやりましょう」

 

真桜「その時は是非とも新型お菊ちゃん使ってぇな、華琳様~♪」

 

沙和「うわ~、あの回転するやつ? 真桜ちゃんってば鬼畜なの~」

 

風「皆さんああは言っていますが、お兄さんが帰って来たら全部許しちゃうんでしょうね~」

 

凛「ふふっ、そうでしょうね。まぁ、さすがに今の今帰られたら、命の保証はできませんが」

 

冗談めかしで答える凛。

そして、それら一部始終を目撃した当の本人は、

 

一刀(あわわわわわ……にっ、逃げるんだ………ここにいてはいけないっ!!)

 

滝のように脂汗を流し、ガタガタと震えながら、へっぴり腰で後退して行った。

 

 

一刀は部屋に戻り、簡単な身支度をすると速やかに城を抜け出した。

 

一刀(とりあえず一ヶ月くらい置いて、ほとぼりが冷めた頃に戻ろう……)

 

今出て行くと理不尽な目に会うことはもちろん、立ち直った彼女達に水を差したくなかった。

 

一刀「皆強いよな。夢だと思ってた上、それで泣きそうになってた俺とは大違いだ」

 

改めて、己の弱さを知り恥じ入る一刀。

思えば、この世界に来てからは、いつも誰かしらが自分の傍にいてくれた。

つくづく守られてきたのだと感じる。

 

一刀「俺も少しは成長しないと!もう三国志の知識も通用しないしな!」

 

気合いを入れ、テンション高く宣言する一刀。

今の彼にはお仕置きへの恐怖は無く…というか、忘れており、むしろ遠足前夜のような心持ちだった。

基本的に順応性の高い彼は、楽天的でマイペースな面も持ち合わせているのだ。

 

一刀「さて、まずは町から出ないとな!」

 

路地から路地へ。伊達に警備隊長などやっていない。一刀は人の流れを完璧に把握していた。

一刀は誰にも見咎められることなく検問までやって来て、そこで行商人の通行札を提示した。

 

魏兵「ふむ、商人か……品はどうした?」

 

一刀「へぇ、今朝市場に届けたんで……買い付けた物はありません」

 

魏兵「そうか……おい」

 

兵が、一刀の手荷物を検めている別の兵に目配せする。

 

魏兵「……よし、通って良いぞ」

 

一刀「へぃ、ありがとうございます」

 

わざとらしく芝居掛った演技だが、行商人とは大抵どこか胡散臭いものだ。

一刀は終始その腰の低さと卑屈な笑みを崩さずにその場を乗り切った。

 

一刀「ふぅ、疲れた。検問の警備、少し見直さないとダメかもなぁ」

 

通過しておいて何だが、不安を感じたのも事実だった。

検問などの入場審査は、平和になったからこそ、厳しくやらなければならない。

テロや諜報活動、産業スパイなど、それらを水際で防ぐためにも重要なのだ。

 

一刀「日本なんかやられたい放題だったしなぁ……」

 

日本企業の造船技術を盗み出した事件など有名で、それを国策でやっている国もあったほどだ。

 

一刀「まぁ、検問の見直しは戻ってからやるとして、これからどこに行こうか?」

 

広がる荒野。遠くには城壁のようにそびえ立つ山々が見える。

自分一人で外に出るのは、実質初めてではないだろうか。

一刀は逸る気持ちを抑えつつ、今ゆっくりと歩き出した。

 

 

一方その頃、城では――。

 

華琳「霞。絶影と騎兵を預ける。何としてもあれを私の前に連れて来なさい」

 

若干殺気立った声で、魏の王が臣下に命令を下していた。

 

風「華琳様~。風も御一緒しても良いでしょうか~」

 

華琳「許可しましょう。それと凪、あなたも行きなさい」

 

凪「はっ!必ずや隊長を連れて帰ります!」

 

春蘭「華琳様!私にも御命じください!」

 

華琳「あなたは駄目よ春蘭」

 

春蘭「なっ、なぜですか!? 私ならば、見事に奴のそっ首を落としてみせましょう!」

 

華琳「だからよ。あれは、私の物だと言ったでしょう。私以外が壊すことは許さないわ」

 

かくして、北郷一刀捕縛部隊が結成された。

当然、当の本人は知る由もない。

 

しかし、城や街を出るまでの一刀の隠密行動は完璧だった。

ならば、なぜバレたのか……。

 

答えは、食堂のおばちゃんが握っていた。

それは数刻前の食堂でのこと。

 

華琳『少し早いけれど、午後から視察もあるし昼食を取るわ。用意してくれるかしら』

 

おばちゃん『はい、ただいま。お部屋にお持ち致しましょうか?』

 

華琳『いいえ、ここで良いわ。何か簡単に食べられる物にして頂戴』

 

おばちゃん『では、今朝天の御遣い様も召し上がった肉まんなど如何でしょう』

 

華琳『…………は?』

 

そこからは頭の巡りが良い華琳のこと。

彼女は直ぐに一刀の部屋を調べに向かった。

 

華琳「ふ、ふふ……やってくれるじゃない一刀……!」

 

一刀の部屋は片付いており、寝台の乱れもない。

一見すると、昨晩から全く使用されていない状態に見える。

しかし、怒りに震える華琳の手には、ゴミ箱から拾い上げた肉まんの包み紙がしっかりと握られていた。

 

華琳「全く、バカなんだから……」

 

ほっとしたように顔を綻ばせる華琳。

寝台の乱れを直すなどの隠蔽工作を行っている癖に、肝心なところで抜けている。

華琳はアホな一刀を愛おしく思った。

 

華琳「捕まえたらどうしてやろうかしら……誰かあるっ!」

 

魏兵「はっ!」

 

華琳「直ちに玉座の間に全武将を招集なさい」

 

魏兵「御意!」

 

命を受けた兵が駆けて行く。

華琳はそれを確認し、誰もいなくなった部屋で一人、暗く不敵な笑みを浮かべて。

 

華琳「どんな考えでこんな行動に至ったかは知らないけど、私を泣かせたことを後悔させてあげるから」

 

窓から覗く天を、燃えるような瞳で挑むように見詰めた。

 

 

 

『偽装天下(上)』~完~

 

 
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