No.599811

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・sideメイズ~

赤糸さん

 この作品は小笠原樹氏(http://www.tinami.com/creator/profile/31735 )、峠崎ジョージ氏(http://www.tinami.com/creator/profile/12343 )、YTA氏(http://www.tinami.com/creator/profile/15149 )と私、赤糸がリレー形式でお送りする作品です。

 第1話(http://www.tinami.com/view/593498
 前話(http://www.tinami.com/view/599482

2013-07-21 00:11:47 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3908   閲覧ユーザー数:3061

 

 

 

 

 ――――それは、事の発端よりも数日前に遡ったある夜の出来事――――

 

 

 

 

 ――草木も眠る丑三つ時、とは彼女の故郷の言葉である。

 

 

 

 

 

 鬱蒼と茂る深い森の中、とある木の上に一人の女性の姿があった。

 月光が僅かに差し込むだけの空間故、その姿かたちは判然としない。

 

 ――ただ、じっと。

 

 女性は太い枝の上で微動だにする事無く、ある一点を見つめていた。

 昏闇に沈む森の中、女性の視線の先にある木々。

 正確には、繁っている葉に向けられている。

 彼女が佇む木とは違い、注視する先にある木々の葉は時折吹きつける風にも揺れる事が無かった。

 

(――下手な幻覚)

 

 その全てが動かぬまやかし――彼女は自身の目を通して認識した稚拙な幻像を無感動に見つめる。

 

(敵性体は”(ハコ)”の周囲、四隅にそれぞれ一体ずつ。上空と地下に二体……)

 

 彼女が”匣”と呼称したのは、幻像によって覆われた豪奢な造りではあるが、どこか無機的な印象を受ける建物。

 ともすれば牢獄ともとれるその建造物を女性はただじっと見つめていた。

 ちなみに、建物の周囲には誰もいない。

 建物の上も、ましてや地下に至っては外から見つめている女性に分かろう筈も無い。

 

 ――そう、分かろう筈も無いのだが。

 

(当たり、か――――尤も、あのご老体にとっては頭の痛い話でしょうけど)

 

 瞬き一つせず、女性は”蒼く光る瞳”を建物へと向け続けている。

 女性の表情には迷いは無く、向ける視線も確りとしたものだ。

 まるで、建物の中が見えているかのような。

 まるで、見つめる先の空間に”何か”が存在しているかのような。

 

(さて、中は――っと、数が多いわね。”弱い”のが要救助者として…………敵性体は三十前後と言ったところか)

 

 今宵の、蒼く冷たい月光のような瞳は揺らぐことなく目標を映し続けている。

 

(ターゲットは……居ない? 違うわね…………遮断されている部屋が一つ。その中か…………視えないこともないが、無理押しして万が一にでも気付かれてはつまらない)

 

 ほの白く、艶かしい容貌が月光の下に浮かび、

 

(必要な情報は概ね得たか――さて、帰還するとしよう)

 

 建物の上、闇しかない筈の空間が微かに揺れた時には、女性の姿は既に木の上から消えていた。

 

 

 

 

 

 ――森であった出来事から数日。

 

 あの森にほど近い街のとある店内にて。

 

「メ~イズ! おっはよー!」

 

 狭い店内に明るい声が響く。

 冒険者ギルドの傘下にある冒険者の店(酒場兼宿屋)『銀の月』、その古びたドアを勢いよく開けて入って来たのは一人の少女だ。

 明るい赤の短髪、淡い緑色の瞳が四人掛けのテーブルに一人で座っている妙齢の女性へと向けられている。

 

「おはようソフィ。今日はやけに元気ね」

 

 黒曜石のような腰までとどく黒の長髪に同色の瞳。

 すっと通った鼻筋、涼やかな目元は、健康美溢れるソフィとは対照的だ。

 服装は、飾り気の無い白の長袖シャツにベージュのスラックスという出で立ち。

 メイズと呼ばれたその女性は、テーブルにグラスを置くとソフィに顔を向けた。

 

「あったり前よ! なんたって久々に大っきなクエストが回って来たからね!」

 

 そう言ってくるりと回ってみせるソフィの格好は、皮を煮固めた鎧に頑丈そうなブーツ。

 腰には短い両刃の剣を帯び、背中には冒険者が愛用する背嚢を背負っていた。

 

「そう、私が言うのも何だけど……気を付けて」

 

 胸を張ってみせるソフィに、メイズは静かな、しかし優しげな声を掛ける。

 

「ありがとっ! じゃあ行って来るね!」

 

 ぶんぶんとちぎれそうなくらいに手を振りながら出て行くソフィを見送り、メイズはテーブルに置かれたグラスの中の液体を呷った。

 

「――ふう。やっぱり朝はこの一杯に限るわね」

 

「おっさん臭ぇ……」

 

 透明な液体――正体はこの店の裏手に有る井戸の水なのだが――それを飲み干して満足そうに吐息を漏らすメイズを見て、カウンターに座っていた男性が顔を顰める。

 

「酷い言われ様だね。もうちょっとマシな言い方があるでしょう? ジャン」

 

 刈り込まれた茶色の短髪、焦げ茶色の目を持つ中肉中背の若者はメイズに向き直った。

 その拍子に、カウンターに立て掛けられた長剣が倒れそうになるのをジャンは左手で支える。

 若者の引き締まった肉体を包む傷だらけのラメラー・アーマーが微かに金属音を立てた。

 

「んな事言ったってなあ。座ってんのに腰に手当てて一気飲み……もろにおっさんじゃねえかよ」

 

 さほど応えてはいない様子で自分を咎めるメイズに、ジャンは肩をすくめて見せる。

 

「別に誰が困る訳でもないし、私が好きでやってることだからね」

 

「……もったいねぇ」

 

「何か言った?」

 

「!? な、何でもねえよ!」

 

 馬耳東風なメイズにこっそりと溜息を吐きつつも彼女の横顔を見つめていたジャンは、いきなり声を掛けられてびくりと背筋を伸ばした。

 

「話し中すまんが……メイズ、いつもの分の用意が出来た。配達を頼む」

 

「おっと、もうそんな時間か。了解ですマスター、行って来ますね」

 

 店の奥からドワーフの中年男性が出てくると、カウンターにサンドイッチとワインの入ったバスケットを置く。

 巌のような肉体と胸まで届きそうな銀の顎鬚、厳つい容貌に似合わぬつぶらな瞳。

『銀の月』の店主グスタフは、低いながらもよく通る声でメイズに声を掛ける。

 すっ、と音も無く席を立ち、メイズは慣れた様子で店主に挨拶するとバスケットを腕に下げて軽やかな足取りで店を出て行った。

 その後姿を見送り、メイズの姿が完全に見えなくなってからジャンは先程よりも深く溜息を吐く。

 

「はぁ…………」

 

 肩を落として深々と息を吐き出す二十そこそこの若者を、店のマスターはグラスを拭きながら生温かい目で見た。

 

「お前さんも一途だな、ジャン」

 

「はぁ……せめて”黄”くらいにならねえと無理かなマスター?」

 

 ギルドランクは関係ないだろうと思ったマスターだったが、それを告げて若者の希望を砕くのもどうかと考えて、

 

「そうさな……まあ、上を目指して損はないんじゃないか?」

 

 どちらかと言えば当たり障りの無い返事をする。

 ちなみに、ジャンのランクは”黄”の二つ下である”青”

 彼の意中の人物のランクは、更に下の”紫”である。

 

「そうか……よし! 頑張ってランク試験を受けるぞ! そして――メ、メメメイズに――!」

 

「……まあ、頑張れ」

 

 無理かもしれんがな、とグスタフは胸中で呟いた。

 

 

 

 

 

『銀の月』から二百メートル程。

 雑然とした通りを抜けた先にあるのは赤い煉瓦造りで切妻屋根の建物。

 軒先には六角形の看板がぶら下がっており、『~知恵の泉~ 古書の取り寄せも承っております』と記されている。

 

「こんにちはベルナールさん。いつもの配達に伺いました」

 

 黒檀のドアを開けて建物内に入ったメイズは、正面にあるカウンターに座っていた三十代半ばくらいの男性に声を掛けた。

 

「ああ、メイズさんこんにちは。そろそろかと思ったので、鍵は開けてありますよ」

 

 ベルナールと呼ばれた黒縁眼鏡の男性は柔らかな笑みを浮かべると、手にしていた羽ペンで奥にある階段を指し示す。

 

「有り難う御座います。では、失礼しますね」

 

 受付兼事務員に一礼し、配達人は階段をゆっくりと上がっていった。

 事務員は来訪者の名を台帳へ記帳し、右肩をとんとんと叩く。

 

「ご主人と同じでメイズさんも随分と忙しい方ですねぇ……」

 

 眼鏡を外して眉間を揉み解しながら、ベルナールはぽつりと呟くと伸びをした。

 

 

 

 

 

 二階廊下奥の扉、銅版のプレートに”書架”と刻まれたその部屋に入ったメイズは、向かって一番左端の書棚の前に立つと左手で三段目の真ん中にある黒い背表紙の本に触れる。

 彼女の人差し指が本に触れると、次の瞬間には書棚は消失し目の前の壁には扉が現れていた。

 そのまま、ドアをノックする事無くメイズはかちゃりとノブを捻る。

 軋んだ音一つ立てずに開いた扉の先には、だいたい三メートル四方のごく狭い部屋になっていた。

 部屋の奥には書類が積まれた木製の机があり、椅子に腰掛けた一人の男が肘をついている。

 

「――で、次は何?」

 

 入室するなり、メイズは『銀の月』に居た時やベルナールと喋っていた時とは打って変わり、ぶっきらぼうな口調で男に尋ねた。

 多少なりとも浮かんでいた笑みは消え、冷たい光を宿した瞳が男を見据えている。

 そして、彼女が身にまとう衣服もまた、この部屋に入る直前とは変化していた。

 白いシャツは黒に変わり、ベージュのズボンも黒いものになっている。

 髪や瞳の色も相まって黒づくめだが、ワインレッドの棒ネクタイのみが闇の中に赤の一色を加えていた。

 

「場所はこの前と同じ。内容は、明日例の”匣”から逃走しようとする奴等がいた場合、その確保が依頼内容だ」

 

 据わった目で尋ねるメイズに対するのは所々に白髪が混じった濃紺の短い髪と深い藍色の目。

 日に良く焼けた肌を、髪と同じ色のくたびれた長袖のシャツに灰色のズボンに包んでいる。

 上着の袖を捲り上げたその男は、椅子にもたれかかるように座り、右手を椅子の背に掛けて左手で机に肘をついていた。

 男の胸ポケットには、ギルド職員であることを示す”黒”のバッジが留められている。

 

「……へえ、もう動くのか。で、誰が?」

 

「例の”赤”だ」

 

「確か、ご老体が目を掛けている?」

 

 得心がいった風に呟くメイズに、男はおっくうな様子を隠そうともせずに頷く。

 

「正直、あの”赤”一人で十分だろう。お前が出る幕は無いんじゃないかとも思うが、お偉方は心配性でな……」

 

「ああ、そっちの裏事情は言わなくていいわ。私はいつも通りにやるだけよ。じゃあ早速掛かるとするわ、”ソルティドッグ”」

 

「ちと待った。もう一つある」

 

 さっさと退室しようとしたメイズの背に向けてソルティドッグは声を掛けた。

 

「あの森に住む”黄”も首を突っ込む気配がある」

 

「”壊し屋”も? …………それ、本当に私が行く必要あるのかしら?」

 

 男の言葉に足を止め、女は呆れたように首を傾げながらも振り返る。

 

「だからこそ、だ…………”赤”がいるからある程度は大丈夫だとは思うが、”全部”消されて何も残らなかったりするとマズイ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、男は頭を振った。

 

「ふぅ……仕方ない、か。解ったわ、可能な限り遂行する」

 

 女もまた、疲れた様子で頭を振る。

 

「そいつは有り難い。じゃあ頼んだぜ――――”鏡の迷路(ミラーメイズ)”」

 

 メイズ、いや、ミラーメイズは、ソルティドッグにひらひらと手を振りながら踵を返す。

 ソルティドッグは、”服装が部屋に入る前のものに戻ったミラーメイズ”の背に手を振って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「数十年に一度とも言われる”赤の逸材”に”壊し屋”――それに”視えない紫”、か。やれやれ、まとめて相手をせにゃならんかもしれん公爵サマには同情するぜ」

 

 

 

 

 

 いつの間にか机に置かれていたバスケットに目をやり、ソルティドッグはぼそりと呟く。

 

「――まあ、自業自得だろうがな」

 

 来訪者が去り、一人残された部屋の主は皮肉な笑みを浮かべて書類の小山に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 先ずはこのような企画に参加する機会を頂けたことに感謝を。

 そして、小笠原樹氏、峠崎ジョージ氏、YTA氏に感謝を。

 

 本当に有り難う御座います。

 

 

 と、前置きはここまでにしておきますか。

 今回からリレーに参加します赤糸と申します。

 これより先、宜しくお願いします。

 

 初ということでやや短めにいきました。

 今後アイデア(妄想とも言う)が湧き次第、長くなる……かもしれません。

 

 では、次の方にバトンを渡させて頂きますね。

 小笠原 樹さま、宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 


 
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