No.597720

天馬†行空 三十三話目 進攻董卓軍

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

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2013-07-14 22:59:30 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6368   閲覧ユーザー数:4679

 

 

 益州巴郡、街を囲む城壁の上に三人の女性の姿が有った。

 薄紫色の髪を二本の簪で留め、大きく胸元が開いた服装と左肩を覆う「酔」の字が書かれた肩当てを身に着けた女性が厳顔こと桔梗。

 厳顔よりも濃い目の紫の長髪、胸の中心の辺りが大胆に空いた服装に大きな弓を携えた女性が黄忠こと紫苑。

 白色の髪が一房混じった黒の短髪、髪と同色の羽織に指一本一本まで覆う紅を基調とした手甲を身に着けた少女が魏延こと焔耶。

 大型とは言え他の二人に比べれば幾分普通の得物を携える紫苑に対し、焔耶は大の大人でも振り回すのが困難な大型の金棒を担いでおり、桔梗の得物に至ってはこの場に北郷一刀が居れば「なにその時代外れな武器」とコメントするであろう、刃の付いた回転弾倉式の杭撃ち機である。

 

「来おったか」

 

「はい桔梗様! 敵の旗印は張、華、趙、十です!」

 

「神速の張遼、猛将にして良将と名高い華雄、昇り竜と呼ばれる趙雲……そして天の御遣い北郷一刀、ね」

 

 三人は、城に近付いて来る董卓軍の様子を目を凝らして見つめていた。

 

「ふむ……『飛将』と『銀騎』は来ぬか」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「こちらを侮って、ではないわね。董卓は劉表や袁術にも備えを残して来たと考えるべきかしら」

 

「なるほどのう……ううむ、三万を一人で相手したとかいう呂布とは是非にもやりおうてみたかったが」

 

「相変わらずね。けれどね、桔梗……劉璋にとっては呂布が来るよりも御遣いが来る方が事態はもっと深刻よ?」

 

「……そうじゃの。天の御遣いが来たとなれば、民は諸手を挙げて迎えようとするじゃろうからのぅ」

 

 行軍する旗を見ていた桔梗と焔耶は、紫苑の指摘を受け、敵陣中央を行軍する白地に黒の文字で「十」と書かれた旗を注視する。

 

「ええ。劉璋からすれば、どんな手を使ってでも御遣いを討てば勝てる、と考えるでしょうね」

 

 暗殺も視野に入れているでしょうね、と紫苑は眉を顰めた。

 

「無粋じゃな。じゃが劉璋の小僧や……きゃつらならやりかねん」

 

「……東州兵」

 

 桔梗が溜息を吐き、焔耶が嫌悪感も露わに吐き捨てる。

 東州兵とは、霊帝が存命中の悪政などで益州に流れ込んで来た流民から劉焉が選抜して編成した私兵集団の事だ。

 成都を初めとして劉焉が益州各郡を制圧する際に用いられ、反抗する豪族や民を殺害した者達である。

 劉焉や劉璋に重く用いられ、好き放題に振舞っている彼等にしてみれば、今の政権が崩れて既得権益を失うのは避けたい。

 そして劉璋にとっても今の奢侈な生活は続けたいから、董卓に抗戦することを主張している。

 今、董卓が治める荊南で絶大な支持を受ける御遣いを討てば、董卓の支持基盤や天下の大義を失わせる事が出来る、と成都で貴族同然の生活を送っている連中は考えているのだ。

 

(馬鹿な事を……)

 

 奇しくも、桔梗達三人は同じタイミングで同じ事を考えた。

 成都の連中は新帝劉協と御遣い北郷一刀の影響力を低く見積もっており、所詮は子供とどこぞの馬の骨としか考えていない。

 桔梗達は荊州と境の土地を守護していたこともあり情報収集には力を入れていた為、洛陽の様子や御遣いの人脈の広さもある程度は把握している。

 

 だからこそ――

 

「紫苑よ」

 

「ええ、解っているわ……鼠退治は私に任せて。桔梗と焔耶ちゃんは見極めをお願い」

 

「よし、ではゆくぞ焔耶!」

 

「はい、桔梗様!」

 

 愚かな味方に注意を払い、三人は各々行動を開始した。

 

 

 

 

 

 ――行軍中の董卓軍。

 

「お~……ホントに出て来おった。一刀の言うた通りやね」

 

「ほう、城を出て勝負を挑むか。相手はなかなかの武人のようだな」

 

 荊南へ帰ってすぐ劉璋討伐軍が編成され、総大将として出陣する事になった。

 第一関門となるのは巴郡。守将は黄忠、厳顔、魏延の三将。

 以前に聞いた話では、この三名は劉璋の配下の中ではかなりまともな人物という印象を受けた。

 俺達が雲南で討った楊懐と高沛、その部下が江州の民を扇動して反乱を起こさせ、その隙に官舎の蓄財を奪って逃走しようとしたのを事前に察知して事態を即時に収拾。

 民に被害を出さなかった上、楊懐や高沛が不正に蓄えていた財貨や食料を民に返し、件の扇動者を民の前で処刑、加えて持参してきた兵糧も民に分配するなどの人道的な行動を取っていた。

 出来れば戦いたくは無いが、事前に情報を入手していた詠の話によると三名は人格者であると同時に高潔な武人でもあるらしく――

 

「二騎のみこちらに来るな……もしや、一騎打ちが望みか?」

 

 一戦交えねば降伏勧告も無理だろう、との意見を貰っている。

 ただ、兵を率いての戦は望みではないらしい――星が呟いた通り、敵軍から将らしき女性が二人だけでこちらに馬を進めてきた。

 先頭に立つ霞と華雄から二十メートルくらいの距離を開けて馬を止め、紫色の髪の女性が口を開く。

 

「そこな軍勢、止まれィ! ここより先は劉璋殿が治める領地である! 貴公らは何用あって我らが地を侵しに参ったのか!」

 

 中軍にいる俺でもはっきりと聞き取れる声の主は、眦を吊り上げてこちらを睨みつけている。

 さて、ここは俺が応えないといけないかな?

 

「劉焉殿、そして後を継いだとは言え劉璋殿も成都一郡のみを任された太守! なのに彼等は漢王朝の許しも得ず益州の牧を名乗り、あまつさえ都への報告すらしなかった奸物だ! 加えて益州の民は彼等の圧政に苦しんでいる! 我等は劉焉、劉璋から益州を――そして暴政に苦しむ民を解放する為ここへ来たのだ!!」

 

 紫髪の女性の一喝で静まり返った軍中を進み前に出る。

 そして、しっかりと女性の目を見据えながら俺は宣言した。

 

「――――その姿、お主が?」

 

 目を逸らさず、女性はそう聞き返してくる。

 

「如何にも。我こそは天の御遣い、北郷一刀なり!!」

 

 圧力すら伴っているように感じる程の強い視線を真っ向から受け、腹の底から声を出す。

 

「こちらは名乗ったぞ――さあ、次はそちらが名乗る番だろう!」

 

「む、道理だな。――ワシは巴郡太守、厳顔!」

 

 視線に力を込めて、見返すと女性はどこか嬉しそうな表情で名乗り、

 

「天の御遣いよ! 大言を吐くのであれば、その志が偽りではない事をお主らの武をもって示すがよい!!」

 

 なんて言うかその、あきらかにオーバーテクノロジー気味なごついリボルバー(銃剣付き)みたいなのを構えた。

 それと同時に、厳顔さんの後ろに居た(こちらもごつい金棒を持った)少女が馬を前に進める。

 

「我は魏文長! 董卓軍の将よ、我こそはと思う者あればワタシが相手になってやるぞ!!」

 

 大喝と同時に、魏延さんは馬から飛び降りて鉄の金棒を両手で構えた。

 

「はっ……ええ気迫や! よっしゃ! 厳顔、張文遠が相手したるで!!」

 

「よほど武に自信が有ると見える……面白い! 魏文長とやら、この華雄が相手になってやろう!!」

 

 待っていたとばかりに、勢いよく霞が馬を進め、華雄さんが相手に倣って馬を降り戦斧を下段に構える。

 

「……出遅れたか。しかし……ふむ、張任が居らぬな」

 

「蜀の名将と評判の張任ですか。彼の将は成都に召還されたと聞きましたが」

 

「お兄さんと星ちゃんの話を聞く限り、かなり出来る方みたいですからこの先で必ず当たる事になるでしょうねー」

 

 出遅れたらしい星が槍を手に辺りを見回す素振りを見せ、城の方角を見ながら稟が眼鏡をくいっと上げ、風が……特にリアクション無し。

 しかし張任さんか…………うぅ、危うく死に掛けた時のことを思い出した。

 ここであの人が出て来なかった事は素直に喜ぶべきなんだろうけど……。

 次に相対する時は張任さんの得意とする戦場で戦う事になるんだろうなあ。

 

「黄忠は篭城していますね……太守の厳顔が篭城を選ばず、前に出てきている事を鑑みれば」

 

「城内の動きに備える為、ですねー」

 

 張任さんが最高の状態で挑んでくる状況を想像して身震いしていると、稟と風が城の方角を見たままで呟く。

 

「城内の動き? ……二人共、巴の城に調略かなにかを仕掛けてたっけ?」

 

「いえ、特には何もしていませんよー」

 

「巴郡へは諜報と風評の流布……打った手はその二つのみです。ただ、蜀の民は我ら――一刀殿が来るのを心待ちにしていると聞きます」

 

「城に近づけば、その騒ぎで街の皆さんがお兄さんに気付いて城門を開けようとするかも知れませんねー」

 

 成る程、黄忠さんはその動揺を鎮める為に城に残っているのか――――って、あれ?

 

「でも城に近付かれるのがマズイのならなんで黄忠さんは残ってるんだろう? 以前に聞いた黄忠さんの性格からして、街の人たちを無理やり鎮圧するような真似はしないと思うんだけど……」

 

 それとも、黄忠さんは巴郡に住む人達を話し合いで鎮めるだけの自信が有るのだろうか。

 考え込んでいると、稟の声が聞こえた。

 

「一刀殿、”城内に備える”と一口に言いましたが、黄忠は民の反乱に備える為に残ったのでは無いでしょう」

 

「稟ちゃんが調べた情報ですが、厳顔さん達は劉焉さんや劉璋さんから疎まれているそうです……お兄さん、後は解りますねー?」

 

「……ああ、そういうこと」

 

 劉璋がなにかしらの横槍を入れる可能性が高いから城に残ってるって訳か……親子揃って姑息な手が好きなことで。

 

「黄忠さんがいるので、街の人達に劉璋さんの魔手が伸びる心配は殆ど無くなりましたねー」

 

「勝負が一騎打ちで決するのであれば、軍師の出番はありません……ですので、城に対しては黄忠殿に加えてもう一手ほど打っておきました」

 

「もう一手?」

 

「ええ、もうすでに行かれたようですが」

 

 行ったって誰…………あれ、星? ――!

 

「ひょっとして、星が?」

 

「はい、万が一に備えて」

 

「出来れば星ちゃんの出番が無ければいいのですがー」

 

 先程まで隣に居た星が居なくなっていたのに気づき、二人に確認を取ると案の定だった。

 そうこうしている内に鋼と鋼がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 まずは初戦。

 

 霞、華雄さん――頼んだよ。

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

「はあああああああああっ!!!!!」

 

 ――ぎぃぃぃぃんっ!!

 

 対面。

 (くろがね)と銀が激しくぶつかり合い、火花を散らす。

 

「せやあっ!!!」

 

 ――がぃんっ!!

 

「ぐっ!? ――この程度っ!!」

 

 一太刀目をぶつけ合い――二太刀目は銀が先手を取った。

 鍔迫り合いから間髪入れずに跳び退り、斧を逆袈裟に切り下ろす華雄。

 相手の動きに不意を衝かれるも、とっさに金棒を斜めに傾けて斬撃をいなす魏延。

 

「ほう――ならばこれはどうだ? ――はあっ!!」

 

 ――ひゅっ――――どっ!!!

 

「ぅぐっ!!?」

 

 瞬間、華雄は金棒の表面を滑る斧から手を離し、魏延の懐に飛び込む。

 そのまま、低い体勢から伸び上がるように華雄のしなやかな脚が魏延の腹部に突き刺さった。

 

「そら、もう一撃だ!!」

 

 ――ぶおんっ!!

 

「けほ……っ――――な、めるなあっ!!!」

 

 ――ぎんっ!!!

 

 後ろ蹴りを魏延に見舞った華雄は、即座に金剛爆斧を掴み取って掬い上げる様な斬撃を放つ。

 それに対し、魏延は蹴られた衝撃で体勢を崩しながらも、片手で金棒を地に突き立ててこれを防いだ。

 

「ほう、やるではないか魏文長!!」

 

「――当たり前だ! このワタシをこの位でどうにか出来ると思うなっ!!」

 

 大斧を引き戻して嬉しそうに笑う華雄に対し、魏延は片膝を付いた体勢のまま眼前の敵を睨みつける。

 

「今度はこちらの番だ!!」

 

 ――一閃。

 地を蹴り、低い姿勢のまま飛び出した焔耶はその勢いのままに鈍砕骨(どんさいこつ)で前方を横薙ぎに薙いだ。

 

「――ぬ」

 

 微かに漏れ聞こえた華雄の声と、得物がむなしく空を切ったのを感じた焔耶は素早く左右を見回し、

 

(いない!? ――ッ!!)

 

 薙ぎ払った鈍砕骨と地面の間、その僅かな隙間から迫っていた銀色を認めた瞬間――。

 

「――制っ!!」

 

 ごづっ!!!

 

 武器を握る焔耶の両腕に凄まじい衝撃が走り、次いで馴れ親しんだ重みが消失したのを感じた。

 

「終わりだ、魏文長」

 

 鈍砕骨が地に落ちる音と同時に突きつけられた大斧を見て、のろのろと華雄を見上げる焔耶。

 

「敵将! この華雄が召し取った!!」

 

「ま……負けた……のか?」

 

 堂々と勝ち名乗りを上げる武人の姿を見上げたまま、焔耶はあっけなく勝負が決着した事実を悟り、呆然自失と言った(てい)で呟いた。

 

 

 

 

 

「では往くぞ!」

 

 ――がんがんがんっ!!

 

 空を叩く爆音と共に、鉄が打ち出される。

 数は三本――鏃の無いそれは、

 

「おわっ!?」

 

『矢』では無く。

 

(鉄の杭、か。なんちゅうえぐいモンを――!)

 

 僅かに間断を入れつつ発射された『ソレ』を辛くもかわした霞は、撃ち出された物の正体を看破し、戦慄する。

 

「そら、まだまだ行くぞ!」

 

 ――がんがんがんっ!!

 

「ちっ!」

 

 再び撃鉄の音がして三発。

 

「――やられてばかりやないで!!」

 

 高速で飛来する杭をかわした霞は、素早く左右斜めにステップを踏みながら厳顔との距離を詰める。

 三射目に入ろうとしていた桔梗は疾風の如く迫る張遼の姿を見ると、引き金から指を離して得物をしっかりと構え――

 

「――せやあっ!!」

 

「ぬうっ!?」

 

 ――ぎんっ!!

 

 ――た瞬間、桔梗の予想を超えた速度で肉迫してきた霞の逆袈裟を豪天砲で受け止めた。

 辛うじてその一撃を防いだ桔梗は、斬撃の威力を殺しきれずに後ろへ跳び退る。

 

「撃たせるかいっ!」

 

 距離が空いた、そう桔梗が判断した時には眼前に迫る紫の風。

 

「おらあっ!!」

 

「っ――ええいっ!!」

 

 息もつかせぬ霞の連撃に、桔梗は舌打ちすると得物を巧みに操って斬撃をいなす。

 

「もいっちょっ!!」

 

「くっ!?」

 

 攻守を逆転させぬとばかりに霞の攻勢が続く。

 

「調子に――乗るでないわっ!!」

 

 ――ぎぃんっ!!!

 

「おわっとぉ!?」

 

 縦横無尽に振るわれる霞の斬撃を受け流しつつも、桔梗はごく僅かな隙をついて横薙ぎの一撃を見舞った。

 機会を狙って振るわれたその一撃は重く、霞は両手で偃月刀を握り、後ろに跳び退りながらも何とか受け止める。

 

「それ、今度はワシの間合いじゃな」

 

 当然、桔梗は豪天砲の引き金に指を掛けて――

 

 

 

 

 

「――狙い通り、やね」

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 ――不敵な笑みを浮かべている霞と目が合った。

 

 刹那。

 

 ――斬っ!

 

「な……」

 

 瞬きの内に桔梗の懐に入り込んだ霞が偃月刀を振るい、豪天砲が宙を舞う。

 

 ――どんっ!!

 

「ん――まあ、今はこんなもんやろ。まだまだ子幹さんには遠いけどな」

 

 霞が頭をかきながら呟くと同時、くるくると回りながら豪天砲が地に落ちた。

 

 

 

 

 

「くそっ! 離せ、離しやがれっ!!」

 

「黄忠様、怪しい動きをしていた者を捕らえて御座います」

 

「ご苦労様」

 

 一騎打ちが決着しようとしていた頃、城門では紫苑の前に一人の兵士が連行されていた。

 

「おのれ黄忠! 劉璋様にご恩を受けておりながら裏切るか!」

 

「守るべき民を虐げ、己が利のみを貪る者に非難される謂れはありません」

 

「くっ!」

 

 兵に両腕を押さえつけられた曲者は紫苑を見上げて罵るが、罵られた当人は涼やかにそれを流す。

 

「さて、何を企んでいたのか話して貰いますよ?」

 

「誰が喋る――がっ!!?」

 

 紫苑の問いにその男は嘲る様に表情を歪め、直後両脇の兵士達が腕をぎりりと締め上げた。

 

「ぎっ!? ――ぐああっ!」

 

「もう一度聞きます。――なにが狙いですか?」

 

「があっ! ――はあ、はあっ! …………へっ、裏切り者に話す――ぎゃああああっ!!?」

 

 二度目の問いに、脂汗を浮かべながらも男は話そうとはしない。

 紫苑を見返しながらなおも罵声を飛ばそうとする男の腕を兵士達は無言のままに捻り上げた。

 ごきり、と鈍い音が男の肩から響き、その口から絶叫が上がる。

 

「これが最後です。……とは言え、見当は付いています。我々と董卓軍を戦わせようと画策していましたね?」

 

「!」

 

 苦痛に喘ぐ男に対し紫苑が確認の意味を込めて静かに問い掛けると、男の苦痛に歪む表情に一瞬だけ驚愕の色が浮かんだ。

 

「やはりそうですか。予想した通りですね」

 

「…………きっ! くははははっ! 分かったところでもう遅いわ! ここで俺が捕らえられても仲間が目的を果たす!」

 

「何をするつもりです?」

 

「くははは! お前達が董卓に降ろうとすればこの街の民がお前達を殺すだろうよ! いや、確実にそうなるのだ!!」

 

 図星を指された男は開き直ったのか哄笑を上げ、勝ち誇ったように紫苑にそう告げる。

 

「……! 二隊! 急ぎ大通りへ! 三隊は住居区画へ! 急いで!」

 

 不吉な予言を聞いた紫苑は僅かに思案するが、はっとした顔になると矢継ぎ早に指示を出した。

 

「くははははっ!! もう間に合わんさ! 殺せ! 殺し合え! 董卓や天を名乗る不埒者と殺し合って死ぬがいい裏切り――がああっ!!?」

 

 焦りの色を見せながらも冷静に指示を出す紫苑を嘲笑う男を、両脇の兵士達が無言のままに殴り倒す。

 

(よもやそのような非道な手を使おうなどと――! 成都の面々はそこまで堕ちたと言うの!?)

 

 昏倒し引き摺られていく男を最早眼中にも入れず、紫苑は西の方角を睨みつけた。

 

 

 

 

 

「龐義様の危惧された通り、厳顔らには戦う気が無いようだ」

 

「ああ、では始めるか……奴等には嫌でも董卓軍と殺し合って貰わねばな」

 

 ――城の一角。

 兵舎の裏で顔をつき合わせている兵士が二人いた。

 今まさに城外では厳顔と魏延が一騎打ちを挑んでいる最中であり、城に詰める兵士達は城門に待機している黄忠の元に集まっている。

 その為、この辺りには他の兵士の姿は無かった。

 二人は頷き合うと、背嚢を地面に降ろして中から白い装束を取り出して身に着け始める。

 

「こんなものか。しかし、こんな格好で街の連中を騙せるものか?」

 

「大丈夫だろう、ここいらの連中は話に聞いていても実際に董卓の軍を見た事が無いからな。適当に言えば丸め込めるさ……くく」

 

 この二人、東州兵に所属しており、成都の龐義から密命を帯びてこの城に潜伏していた。

 東州兵のまとめ役となった龐義は、劉焉の頃から主君や東州兵と反りが合わなかった厳顔らが董卓軍に降るのではないかと危惧していたのだ。

 その為、この場には居ないもう一人に戦いの監視を任せ、この二人には厳顔らに戦意が無いと判った時に備えてある策を持たせていた。

 

 その策の内容とは――。

 

「そういやそうだな……ははは、じゃあ始めるとするか」

 

「ああ、街の連中も俺達に斬り殺されりゃあ董卓や天の御遣いとか言う胡散臭い奴に反感を持つ。そうなりゃ策は成功だ」

 

 劉璋の支配下にあるここ巴郡の住民を、董卓軍を装って殺害し、董卓や天の御遣いへの敵愾心を煽るといったもの。

 これならば、厳顔たちも非道な董卓軍や天の御遣いを名乗る得体の知れない奸物に対し怒りを抱き、死力を尽くして戦うだろうと。

 

「しかも今は董卓軍が外にいる状況だしな。上手く扇動すれば街の連中を董卓軍にぶつけられるかもしれんぞ?」

 

「おお、そいつはいい考えだな! どうせ元々劉璋様に不平を言ってるような奴等だ、董卓軍とやりあって死んでくれればこの街もさっぱりするさ!」

 

「よし、決まりだな! なら早速――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どこへ行くつもりだ?」

 

 

 

 

 

「「――ッ!!?」」

 

 下卑た笑みを浮かべた男達が街の方角へと踵を返した先、白い人影がそこに佇んでいた。

 静謐な光を宿した紅の瞳が男達を見据え、右手に持った槍の切っ先が男達に向けられる。

 

「稟の読み通りか――しかも場所までぴたりと言い当てるとは恐れ入る」

 

 狼狽する男達を前に、趙子龍は静かに言の葉を紡ぐ。

 

「さて外道共――――貴様等の行く道は一つだけだ」

 

「お、おい! 見られたぞ!」

 

「構いやしねえ! 相手は一人だ! とっとと片付けるぞ!」

 

 自分達に向けられた二又の切っ先を見て、男達は動揺しながらも腰の剣を抜き放った。

 

「女! 運が無かったな!」

 

「くたばりやがれっ!」

 

 槍を向けたまま動かない少女に男達は斬り掛かり――

 

 ――どっ!!

 

「か――っ!?」

 

「う――げっ!?」

 

 剣を振り上げた体勢のまま、少女の横を通り過ぎる。

 

 ――消えぬ、真紅の傷を眉間に刻まれて。

 

「黄泉路への駄賃代わりだ――――取っておけ」

 

 目を剥いて地に崩れ落ちる男達を一顧だにせず、星は音も無くその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ――わああああああああああああああああああっ!!!!!

 

 一騎打ちが決着し、董卓軍から歓声が巻き起こる。

 

(ふっ――負けたか。ふ、はは。だが、なんと快い勝負だったことか)

 

 音の洪水に包まれながら、桔梗は地にどっかと座り込む。

 

(焔耶も負けたか――じゃが、相手は歴戦の勇将。良い経験になっただろうて)

 

 離れた場所で肩を落として座り込む弟子の姿を見た桔梗の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

「見事だ張遼! さあ、この首取って行くがいい!」

 

「ってまた随分と忙しないやっちゃな。ちいとくらい話とかせえへんか?」

 

「はっ! 敗軍の将がべらべらと喋るなど見苦しいにも程があろう。じゃがそうよな……文長はまだ若い、出来得るならば助命を願う」

 

「何を言われるのですか桔梗様っ!!」

 

 聞こえていたのか、焔耶は桔梗の一言に反応して立ち上がろうとして華雄に制され、駆け寄れぬ代わりに声を上げる。

 

「……あの通りの未熟者だ。じゃが将来は良き将となれる器と見ておる。張遼よ、ワシの願い、聞き届けて」

 

 

 

 

 

「その願いは聞けませんよ。厳顔さん」

 

 

 

 

 

 くれぬか、そう言い掛けた桔梗は横合いからの声に顔を向けた。

 

「武人の最後の願い、叶えてはくれぬか…………天の御遣いよ」

 

「ええ、出来ませんね」

 

 いつの間に来たのか、白く輝く衣を纏った少年が静かに佇んでいる。

 張遼は少年が来た事に気が付くと、静かにその場を譲った。

 

「魏延さんを助けて厳顔さんを討つ。そんな願いは聞けません――だって」

 

 瞼を閉じていた少年が、静かに目を見開く。

 穏やかな――しかし強い光を宿した黒い瞳が桔梗の瞳をしっかりと捉えた。

 

「お二人にはこれからの益州の為、そして――乱世を終わらせる為にも力になって貰わないといけないですから、ね?」

 

「――――は、ははは。はっははははははははははっ!!!」

 

 真剣な口調で語った御遣いが、最後にちょっとだけおどけたような笑みを浮かべたのを見て桔梗は腹の底から笑い声を上げる。

 

「き、桔梗様?」

 

「はははははははははははっ!! ははは――この乱世を終わらせる、か。くく、ははは」

 

 仰け反りながら笑い続ける師匠の姿を見て、おそるおそる声を掛ける焔耶。

 桔梗は、どこか困ったような顔をしている少年を見据えると心底愉しそうな笑みを浮かべた。

 

「面白い! そして気に入った! ワシは厳顔、真名は桔梗。お館様、これからの道行きを共にさせて頂きますぞ!」

 

「北郷一刀。真名は無いよ――強いて言うなら一刀が真名になる。桔梗さん、これからよろしく」

 

「さんなどと――呼び捨てにして下されお館様! ほれ、焔耶も挨拶せぬか!」

 

「は、はあ……魏延、字は文長。桔梗様が許されたのなら――――真名は焔耶だ……です」

 

 まるで童のように瞳を輝かせ、桔梗は少年を見詰める。

 焔耶がそんな桔梗の様子を見て吃驚している内に、城門が開き紫苑を先頭にして巴郡の兵が横一列に展開していく。

 それを見た董卓軍に緊張が走るが、紫苑が一人でやって来て少年の前で一礼すると張り詰めた空気が霧散した。

 

「お初にお目にかかります。私は黄忠、字を漢升と申す者。天の御遣い北郷一刀様、ようこそおいで下さいました」

 

「はじめまして黄忠さん。迎えて下さると言う事は、貴女達にこれ以上戦う意志は無いと考えて良いですか?」

 

「はい。巴郡の民と兵は董卓殿と御遣い様にこの地を治めて頂きたいと切望しております」

 

「分かりました。ですが私は成都へと向かう身。黄忠さん、巴郡は貴女に守って頂けますか?」

 

「わたくし、ですか!?」

 

「はい、なにかおかしなところが有りましたか?」

 

「……僭越ながら申し上げます。御遣い様、降ったばかりの将に一郡をお任せになるのはいささか軽率なご判断かと思われますが……」

 

「――以前、江州の反乱を事前に防いだ件を聞き知っております。ので、貴女にならば任せられると判断しました」

 

「!」

 

 自分の忠告に対し、柔らかな笑みを浮かべながら意見を口にした少年を紫苑は驚きと共に見詰める。

 

「桔梗さんでも良いんですけど」

 

「お館様、ワシを置いて行きなさるか!?」

 

(最近では無い……あの一件は一年以上も前の事。その当時には御遣いの名は無く、董卓も涼州に居た。――――以前から御遣いは益州に注目していた!? それに、桔梗がもう真名を許しているなんて――)

 

 置いて行かれるのは嫌だ、と少年に迫る友人の姿を見て紫苑は再び驚く。

 友人の姿から視線を移した紫苑は、城門を見詰めて微笑む少年の姿を見て目を細めた。

 

(不思議な人――さっきまでは捉えどころが無い感じだったのに、今は年相応――いえ、まるで子供のような無邪気な笑顔を浮かべて――)

 

 少年の目線を追うと、白い着物に赤い槍を携えた少女の姿がある。

 

(! そうか――――巴郡の民は彼女に救われたのね。あの、昇り竜に)

 

 少年の元に駆け寄る少女の姿を見て、紫苑は口元に優しげな微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 ――涪城(ふじょう)

 

「大将……」

 

「しめっぽい声出さないの。でもねぇ…………はぁ、戦うしかない、かぁ」

 

 申し訳無さそうに声を掛けてきた部下を嗜めながらも、張任は力無くそれだけを口にする。

 

「――くそっ! あの陰険野郎め、副長をどこに連れて行きやがったんだ!?」

 

「どこまで大将をコケにする気だ! ――畜生っ!」

 

 張任の周りに集まった彼女の部下達は、口々に不平を漏らす。

 城の中庭――東州兵が来ない場所に張任たちの部隊は居た。

 進攻して来た董卓の軍に対する備えの為だ。

 だが、彼女の部隊は画竜点睛を欠いた状態で返還された。

 副長が帰って来なかったのだ――以前、張任の部隊を預かっていた劉璝は未だにその理由を黙して語らずにいる。

 劉璋の親戚にあたる龐義は「将に値する人材ゆえに別に部隊を任せる」とだけしか説明が無かった。

 当然、鷹はその説明を頭から信じてはいない。

 

 

 

 ――人質だ。

 

 

 

 自分は、主君である劉焉や劉璋らからは疎まれている紫苑や桔梗達と仲が良かった。

 また張任自身も侠客上がりで、劉璋の私兵である東州兵とは反りが合わない。

 いつ裏切るか分からぬ存在と思われているのだろう――だから。

 

(いくら反りが合わぬとは言え……身命を賭して仕えてきた者に対して、この仕打ちか!)

 

 怒りの言葉は発しない――その代わりに血が出るほどに拳を握り締める鷹。

 

(腹は立つ――立たない訳がない! けど、副長を見捨てる訳には行かない――!)

 

 握り締めた拳から、ぽたぽたと紅い雫が滴り落ちる。

 

(私達の動きは監視されてる……副長探しに人手が使えない……桔梗たちにも連絡は取れない……)

 

 人質を取った上で、龐義は好々爺然とした顔で命令をしてきた。

 口調や物腰こそ丁寧なものだったが、命令の内容は諸々の無駄な言葉(自分に対する心にも無いお世辞など)を省けばこれに尽きる。

 

 

 

「どんな手を使ってでも北郷一刀を殺せ」と。

 

 

 

(あの時の少年が天の御遣い――――それに多分、いや確実に趙子龍も来る。――っ! 再戦を誓った好敵手との戦いまでも思うままに出来ないなんて――!)

 

「桔梗、紫苑、焔耶ちゃん……趙子龍、北郷」

 

 唇を噛み締め、鷹はぽつりと呟く。

 

「――御免ね。私、勝たないといけなくなっちゃったみたいだよ」

 

 口元からも一筋の血を流し、鷹は険しい――どこか泣き出しそうにも見える――顔で空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 大変お待たせしました。天馬†行空 三十三話目を更新します。

 と言う訳で始まりました劉焉&劉璋討伐戦。

 その一段階目の終了で御座います。

 次回は別視点の雲南側、雍闓や法正達。

 そして、成都に残った孟達の活動をお送りできるかと。

 

 桔梗たち三人を仲間に迎え、更に戦力を向上させた一刀達。

 一方、張任は悲痛な覚悟を決める。

 決意と覚悟、それらを踏み躙らんとする策謀――諸々の思惑が絡み合う果ての戦は、いかなる結末を迎えるのか?

 

 

 では、次回三十四話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 補足:本文中の『銀騎』は、徐晃のことです。見事な銀髪を靡かせて虎牢関を駆けた戦いぶりから二つ名が付きました。

 

 

 

 

 

 霞が盧植の闘法を自分なりに研究し始めたようです。

 

 

 

 

 


 
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