第3章23話 ―日輪を支える者―
祭「この城は我が黄蓋隊が落とした!皆の者、勝ち鬨をあげよ!他の隊にこの城を落としたのが誰か、存分にわからせてやれい!」
兵士「うおおおおお!!!」
守将を倒し、そう高らかに宣言する黄蓋の声が広間に響き渡る。剣をさっと振りどっぺりとついた血を払う。払われた血は床を赤く汚すが、あたりは一面真紅に染まっているというわけではなく、むしろその赤く伸びた線はそれだけが特に目立つようだった。それはこの戦闘において、流れた血がさほど多くないことを示している。事実、守将を優先的に倒したことにより、敵軍からは指揮官を失ったことによる投降の雰囲気に向かい始め、戦闘は収束に向かっていた。
雛里「お疲れ様でした。」
開け放たれた入り口から軍師の雛里が、護衛も付けずに歩み寄ってきた。祭は、戦場の只中において軍師が護衛をつけないというのは無防備にすぎるとしか言いようがないと思うが、彼女には今自分の命をとろうとするものがいないことがわかっているようだった。もっともそんな者がいたところで、戦場にいることでその感覚が研ぎ澄まされている祭は、攻撃の意思を示した時点で気づき、一矢にしてその生命を奪うことができる。そこまで考慮に入れてこうしているというのなら、この無垢な顔をした生き物は自分たちに仇なそうとする者にとって、相当に意地が悪いのではないか。祭はそう思いつつもそれは口にしないことにした。
祭「お主もの。しかし、こう歯ごたえのないものばかりが相手だと、やはりすっきりせんな。蜀にはちっとはまともな武将もおらんのかのう。」
祭たちはここまでに幾つかの城を落としてきたが、どの城にも目立って強い部隊はおらず、祭は敵地で前衛で戦えることによる満足感はあっても、その内容に関しては常に強者を求める武人である祭には少し不満があった。
雛里「それは困ります...一番戦闘被害が少ない経路をたどっているので。」
蜀に攻め入るにあたって、雛里はかねてから情報を集め、準備を進めていた。その結果、敵の本拠地である成都までの正確な地図、そして戦力配置といった情報を十分に得ることができ、さらには偽報によって主力武将を戦線から遠ざけることまでできた。ここまでできたのも、雛里の才覚があってのことであろう。しかし、雛里はそれを自慢するようなことはなかった。彼女自身の性格もあってのことだが、何より、、当初は行動を起こすことに迷いはなかったものの、自分が自らの主人の了承も得ないままこうしていることに、罪悪感があるのがその一番の理由だった。自分は最善の時期に、最善の行動を行なっている。それが頭ではわかっていてもなお、雛里はここにいることには不安を感じていた。これはおそらく主の元を離れ、敵国の只中にいるということからくる不安がそれを増長しているのもあるかもしれない。もっと自分の口が立てば、そう思わずにもいられない。
せめてもの救いは、訪れた街の多くが彼女らが北郷軍だと知ると歓迎雰囲気になってくれたことだろうか。侵攻する側にとって、制圧した土地の領民が侵攻側に好意的であるというのは戦後処理だけでなく補給、防衛の観点などなどからみても多くの利点がある。それはどうやらここでも同じのようだった。
残った抵抗勢力の制圧を行なっていた祭の部隊とは別の任務を帯びていた思春が、任務を終え、二人のもとに駆け寄ってくる。
思春「話はついた。少しだが補給も受けられそうだ。どうやらこの城の倉庫には、不当に巻き上げられた食料があるらしい。それを住民に返還する中から少し分けてもらえることになった。」
雛里「わかりました。では、部隊を倉庫へ。混乱に乗じて盗もうとする人がでるかもしれませんから。くれぐれも、兵士の皆さんには住民の方に暴力を振るったりしないよう、言い含めてくださいね。」
思春「了解だ。」
思春は後ろに控えていた兵士に目配せすると、倉庫があると思われる方向へ向かっていった。
祭「儂はどうする。今まで通りでよいのか?」
雛里「はい。祭さんは一度部隊をまとめて、見回りに出る部隊と休憩する部隊に分けてください。」
祭「了解じゃ。また書類探しじゃろ?敵の本拠地もだんだんと近づいてきておるからのう。念のため、儂の部隊からも二人ほど警護にまわしておこう。」
雛里「有難うございます。ではまた後で。」
外へと向かう祭を見送った後、雛里はあるものを探しに、執務室を探し始めた。
その少し前、一刀はいない面子を除いた全員を広間に召集していた。その軍議にて、一刀は最初に今後の方針について、
一刀「俺は、蜀を攻めようと思う。」
単刀直入にそう口を開いた。そしてそれについて皆に意見を言うよう促した。元々、一刀は今も昔も彼を支える皆があってこそ、今までやってこれていると考えていた。だからこそ、このような決定も体裁上は主従の関係とはいえしっかりと皆で話し合う必要があると考えたのだ。本当はいない三人の意見も聞きたかったが、雛里が言っていたように、この場は急ぎ方針を固めた方がよいと感じ、三人が帰ってきて反対されるような時にはむしろ自分から言葉を尽くそうとさえ考えていた。
一刀がこう考えたのにも理由があった。曹操軍の涼州攻略が着々と進んでいるという報告があがってきていたのだ。涼州を攻略し終えた曹操は必ず準備を整え、北の袁紹か、南の自分たち、あるいは袁術、呉の孫策の方へと手を伸ばしてくるだろう。そのときに、背中の安全が確保できていないという状況はどうしても避けておきたかった。
それは皆もわかっているようで、全員一刀の方針に賛成してくれた。後はさらに準備を整えつつ、もうすぐ帰ってくるであろう三人がきてからまた話し合おうと決まった所で、広間の入り口の方で何やら騒ぎがあるようだった。それに最初に気づいた愛紗が、
愛紗「私が見てきます。」
つかつかとそちらへ向かう。伝令と思われる兵士といくらかのやり取りがあった後、その伝令を伴ってこちらに戻ってきた。その様相にただならぬものを感じる。
愛紗「報告してくれ。」
兵士「はっ!」
兵士は一刀たちに向き直ると、
兵士「わが軍の部隊が、蜀との国境を超えたと連絡がきています。その報告があったのは今から十四日前です。さらに未確認情報ですが、その部隊が完全武装だったとの情報も入ってきています。」
一刀「!!部隊を指揮しているのは?!」
兵士「龐統様、黄蓋様、甘寧様の部隊です。」
一刀「...っ!遅かったか!」
一刀は三人が裏切ったなどとは露ほども思わなかった。一刀が真っ先に思ったのは、
一刀「すぐに追いかけよう!」
仲間を助けなければ、その想いだけだった。おそらく雛里の策があってのことだろうが、三人の部隊だけで一国を相手にするのは相当に厳しいだろう。あのこともある以上、早く追いかけなければ間に合わなくなるかもしれない。
霞「それは賛成やけど...どこに行ったらええん?」
冷水をぶっかけられたような気持ちだった。援軍に向かおうにもどこに行けばいいのかわからない。その兵士に尋ねても、国境を超えたおおまかな場所はわかったが、どこに向かったという情報は得られなかった。国境を超えたということによって、雛里たちの部隊はこちらにしてみれば完全に雲隠れしてしまったかのようだった。
どうするべきか頭のなかでぐるぐると考えが巡るがいかんせん動揺してしまっている一刀には、何かいいアイディアが浮かぶとは思えなかった。こんな時に雛里がいてくれればと思うがその雛里がいなくなっているとあってはどうしようもない。ひとまず報告に来た兵士には下がってもらい、この事態にどう対処するのか話しあおうと思った矢先、
霞「ところで...そこにいるのは誰や?」
霞に言われて、皆が先程まで兵士の立っていた場所にいるその人物に注目する。そこには今まで兵士の後ろに隠れて見えなかったのだろうか、小柄な少女がこちらを見つめていた。
??「ど~も~。」
頭に何やら人形をのせた金髪の少女は、トロンとした視線をこちらに向けペコリとおじぎをする。どこか気が抜けるような挨拶に先程までの緊張感が薄れる。そこへ、
星「おや、風ではないか。」
驚いたという表情を浮かべて星が口を開いた。だが、その口ぶりには親しみがこもっているようだった。
??「おや、星ちゃん。お久しぶりです~。公孫賛さんのところはでてきちゃったんですか~?」
星「ああ、色々あってな。そういうお前こそ、一人なのか?稟はどうした?」
??「稟ちゃんは元々曹操さんがお目当てでしたからね~。途中でお別れしてきちゃったのですよ。」
何やら親しげに会話する二人にすっかり置いていかれてしまった皆だったが、厳重な警備をかいくぐってここまで来たのだから只者ではない...かもしれない。
一刀「星の知り合い?」
星「おや、これは失礼。この者は程立といって、前にしばらくもう一人と私とで旅をしていたのですよ。」
程昱「あ、星ちゃん。その件についてなのですが、実は改名しまして。今は程昱という名前なのですよ。」
星「おお、そうだったか。いい名前ではないか。」
程昱「えへ、ほめられちゃいました~。というわけで、程仲徳と言います、以後お見知りおきを~。」
ペコリと再びお辞儀をする程昱。だが、なぜか頭の人形は落ちない。あれは頭に張り付いてるんだろうか。
宝譿「おう兄ちゃん。ジロジロみてっとぶっ飛ばすぜい。」
一刀「しゃべった!?」
程昱「この子は宝譿ちゃんです。ほら、ちゃんと挨拶しましょうね~。」
宝譿「よろしくな、大将。」
一刀「お、おう。俺は北郷一刀。よろしく...」
面食らいながらなんとかそう口にする。あまりに突飛な状況に、星以外の誰もが呆然としてしまっていたが、先程まで不審がっていた愛紗が口を開く。
愛紗「程昱殿。ここに来るまでには多くの警備兵がいたはずだが、どうやってここまで入ってこられたのだ?」
確かに、城の中心部であるここまで来るには多くの警備をかいくぐらなければならない。そんな中でここまでたどり着いたということは、相当に潜入技術が高いか、一瞬にして兵を黙らせてしまうことができるような武を持っているという可能性が考えられる。愛紗はそう考えたのだろう、いつの間にか手には青龍刀が握られていた。
程昱「ああ、そのことですか。それはですね...」
一瞬溜めを作る程昱。皆が注目してその答えを待つと、
程昱「さっきの伝令さんの後ろについてきたら、そのままここまで来られちゃいました。説明する手間が省けて大助かりなのですよ。」
デーン!と皆が心の中でズッコケる音が聞こえた気がした。そんな中星だけがただ一人、ケラケラと笑っていた。
星「いやはや。我らの警備の意外な穴が今のうちに見つかってよかったですな。愛紗、これから警備の者にはしっかり確認をとるよう言っておかねばな。」
愛紗「そうだな...」
呆れて頭を抱える愛紗であった。恐らく、後で警備隊の者には長い説教が待っているだろう。
一刀「それで、程昱さんがここまできた目的というのは?」
程昱「...ぐー。」
一刀「ええっ?!立ったまま寝てる!?」
程昱と名乗った少女はなんと立ったままの体勢で眠っている...ように見えた。その様子にまたも楽しそうに笑う星が、
星「いや、これもまた懐かしい。おい、風起きろ。」
程昱「...おおっ?」
なんか類は友を呼ぶというのか...星に負けず劣らずユニークな人のようだ。
一刀「あの、どうしてここまで来たのか、目的を教えて欲しいのだけど...」
程昱「ああ、それを話していませんでしたねぇ。」
自分の中で何か納得がいったのか、ポンと手を打つと一刀の方に向き直る。
程昱「実はこの度、天の御遣いで徳の高いと評判の本郷一刀様のところに、軍師として志願に参ったのですよ。」
一刀「そうだったのか。確かにウチは軍師が足りなくて困ってるけど...」
いきなりきて、いきなり登用というのは流石に即断出来かねると考えた一刀。確かに、曹操配下として名高いあの程昱ならば軍師としての実力は申し分ないものだろう。後は信用できる人物であるかどうかということだけだが...そこに星が横槍を入れる。
星「主、私が推します。彼女を是非我が軍に迎えてください。彼女を他の勢力にとられるというのは、雛里を一人敵に回すくらい厄介になりますぞ。」
そもそも、一刀の信頼する星が真名を許し合っている仲だ。実際に雛里に匹敵するのかどうかは実際にみてみないとわからないが、断る理由などないだろう。
華雄「本当か?私はこんなやつに軍師が務まるとは思えんのだが...」
一刀「いや、程昱なら大丈夫だろう。これからよろしく頼むよ、程昱。」
華雄「本気か北郷?!」
程昱「おお~。話に聞いてはいましたが、随分と懐の深いお兄さんですねぇ。風はいたく感動したのですよ。これからはぜひ風と呼んでください。」
そう言う割にはどこか一本調子である。だが何はともあれ、こちらのことは信用してくれているようだ。
一刀「ああ、よろしくね、風。それと宝譿もよろしく。」
宝慧「おう、よろしくしてやんよ。」
愛紗「少々、一刀様に対する態度は気になりますが...一刀様が認めるというのなら認めざるを得まい。我が名は関羽、真名は愛紗だ。よろしく頼む。」
そんな調子でその場にいた面々と挨拶を交わす。その間、愛紗が人知れずまた一刀様の周りに...とか頭を抱えていたことはあえて触れまい。その後、一刀たちは議題を元の案件に戻すことにした。来たばかりの風も、どうやら先程までの報告は聴いていたようだったが、改めて今の状況を説明する。
一刀「ということなんだけど...風はどう思うかな。」
ある意味これがここでの風にとっての初仕事になる。風はおそらくこの軍に関してはそれほど詳しくないだろうし、采配には困るだろうと思っていたのだが...
風「そうですねぇ...だったらこの際ここにいる全員で追っかけちゃいましょう。」
霞「全員!?それやとここの守りがすっからかんになってしまうで?」
風「風の今まで集めてきた情報から考えると、今ここを狙っている勢力なんてないのですよ。だからここが開いててもなんの問題もないのです。」
華雄「どういうことだ?」
風「...ぐー。」
華雄「寝るなっ!」
風「...おおっ!?」
華雄の大声にびっくりしたように、いつの間にか寝入っていた(らしい)風が目を覚ます。
風「面倒ですが、猪さんにもわかりやすく説明しますからちゃんと聞いてくださいね。」
一瞬いらっときた様子の華雄であったが、ここは大人しく話を聞くことにしたようだ。腕を組んでさあ話せと言わんばかりだ。隣の霞がほっと胸を撫で下ろす。
風「北の曹操軍は今涼州攻略でしばらくは攻めて来ません。東の呉軍はこことは今のところ友好関係。もし気が変わって攻めてくるとしても、あの王様ならちゃんと宣言してから攻めてくるでしょう。だからしばらくは問題ありません。そして袁術軍ですが、自分たちと同盟している呉軍が友好的な関係である以上、こちらを攻めてくることはありません。袁紹さんと公孫賛さんはそもそも距離が遠すぎるし、どこかの領地を通らなければ攻めてこれませんから問題外です。わかりましたか?」
どうやら下調べはばっちりのようだった。
風「あとは足の速い部隊と遅い部隊を分けて進軍した方がいいですかね。先陣がどうなっているかまではわかりませんが、先に合流して後から援軍が来るとわかれば、それを希望に戦況が悪くてもそれまで粘ることができますから。最悪は間に合わなくて全滅しちゃっている場合ですが、その場合は足が速ければ撤退も選択できますしね。」
一刀「それはできれば考えたくないな...」
風「一応軍師は最悪の場合も考えなければいけませんので。でも、星ちゃんが言うようにその龐統ちゃんが風と同じくらいなら、援軍が来ることも考えて何か策はうっているはずです。例えば、自分たちが落とした城に手がかりを残すとかですかね。」
一刀「そうか!手がかりを残してくれていれば、闇雲に追いかけるより格段に早く合流できるな。じゃあ部隊を霞と星、それと愛紗、華雄の部隊に分けよう。霞と星はすぐに準備を整えて先に追いかけてくれ。まずは、当初の演習目的地から一番近い村に寄ってみてくれ。俺と風は愛紗たちと後から追いかける。みんな、それでいいかな。」
一同「御意!」
一刀たちは新しい仲間を迎え、それぞれが己の準備のために駆け出した。
―あとがき―
いつも呼んでくださっている方は有難うございます。一ヶ月近くも開けてしまって申し訳ありません。もし待っていてくださった方がいらっしゃるなら嬉しい限りです。
蜀攻略編の本題にやっと入れそうです。風さんの加入はめちゃくちゃ迷ったのですが...北郷軍に仕官していただきました。前にコメントでの指摘してくださった方もいたのですが、真の人数考えてバランスとろうとするとやっぱり軍師の数が足りませんからね。しかし無印基準で考えると北郷軍の人数がやっぱり頭から多いので実はずっと悩んでました;でも実はまだ増える...かもしれない。あんまり多くなると今後の軍議がカオスなことになりそうなので埋もれないように気をつけねば...ちなみに彼女の言うように、鼻血といえばのあの方は曹操軍に向かっているようですね。
次回は予定通り更新できると思います。それでは、次回もよろしくお願いいたします。
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恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第3章、23話になります。
この作品は恋姫†無双の二次創作です。 設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
約一ヶ月ぶりの更新です。また長い間開けてしまって申し訳ありません。
久しぶりに更新用のpcを立ち上げたらえらい重く...そろそろ寿命かなぁ。
それではよろしくお願いします。