第28話 ナショナリズム ~ご主人様は怖いお方です~ <下>
「な!? そ、そんなことあるわけがないでしょう!!」
福莱は本当に凄い。ストレートに核心を突いてくる。この問題、結局はそこに帰結するんだ。
「ま、まさかご主人様は私がそんな狂人だと思っていらっしゃるのですか?」
俺が感心した様子で頷いていると、愛紗は不安げな目つきでそう聞いてきた。
「俺は戦なんてできることならしたくないし、愛紗もそうだと思っているよ。」
「ならどうして……。」
「民衆はその思いが他より強い。それだけの話です。度重なる戦、あるいは賊の襲撃といった恐怖から解放され、平穏に暮らせるようになった民は、戦争を嫌うようになっていくのです。民衆が求めているのは”自分”あるいは家族、友人の平穏もしくは平和な暮らし、それだけですから。」
「それはとても喜ばしいことなのでは……?」
「……。」
愛紗……。俺は思わず頭を抱えていた。俺たちがこれから何をしたいのか。そして、”覇道”と”王道”の違い。この2つをきちんと伝えなければいけないらしい。福莱は開いた口がふさがらないと言う様子だ。
「ご、ご主人様!? 福莱!?」
「愛紗、俺たちの最終目的は何?」
「? ”天下泰平。自分の領土にいる民や将が平穏に、笑って暮らせる世の中をつくれれば、それでいいかな”と前に仰っていたではありませんか。」
俺と福莱は盛大にため息を吐いた。純粋なのは桃香だけだと思っていたのだけど……。愛紗がこれじゃあ、朱里たちさえこう思っている可能性も否定できないな。これはまずい。
「色々な意味で前途多難ですね……。朱里や藍里たちが道を誤らねばよいのですが……。……。今は良いでしょう。
愛紗さん、あなたはそんな”建前”を本気で信じているのですか?」
「え?」
「福莱、”建前”は酷いな……。いや、”建前”か。深読みしなければいけないんだから。」
「深読み?」
今の愛紗は、疑心暗鬼に陥っているといってもいいのかもしれない。俺と福莱の言葉、一語一語に反応し、その度に一喜一憂する。こんな愛紗を見るのは初めてだった。
「”天下泰平”には何が必要?」
「それは……。天下が一つの群雄によって統一されること……ですか? ですがご主人様はあのとき、白露殿の治める領土と二分してもいい……とも仰っていましたよね? それが……?」
「そう。”それが……?” じゃなくて、それと”民衆が戦争を嫌う”を結びつけてごらん。天下統一には何が必要?」
「”武力”ですか?」
「ああ。つまり、”あるもの”を唱えるということなんだけど、なんだと思う?」
「”覇” !? まさかご主人様は桃香様に覇道を進ませるおつもりなのですか!?」
「気づいていなかったのですか? 少なくとも、”王道”を進む者が”賄賂”などと言い出すはずはないでしょう。印象も大切なのですよ。」
福莱はどこか呆れた口調でそう言った。イメージが大事なのはどこの世界でも変わらない……か。それにしても……。人に物事を教えるというのはこれほどまでに大変なことなのか。これまで自分は”教えて貰う側”になったことはあっても”教える側”にまわったことはなかった。なって初めて分かる大変さ。先生や早坂さん、藤田さんたちはこんなに苦労していたのか……。いかに物事を噛み砕いて教えるか。自分が理解していなければ教えることなど不可能、という当たり前のことが身に染みて分かる。
愛紗は今でこそこうだけれど、理解力はかなりある。それにもう一人の”先生”である福莱がとても優秀だから状況としてはまだいいほうなんだろう。でも……。これを桃香たちにもするのか。気が滅入ってくるな……。
「ご主人様? 答えてください。 ご主人様の口から聞きたいのです。」
「”天下布武” 俺は最初に言ったよね? 桃香に覇道が似合うかどうかなんて関係ない。力、武力の無い人間がどんな綺麗事を言ったって、理想家の戯れ言にしか聞こえないんだよ。少なくともこの世界では。」
俺の世界では、ガンディー、あるいはキング牧師といった知識人たちが差別・戦争、そういったものに対して、Love and Peace あるいは Freedom といったようなものを掲げ、決して力に頼ることなく、言葉で戦っていた。
でもそれは、言い換えればそれをなせるだけの素地があったということだ。悲しいことに、この世界にそれはない。相手を力ずくで倒し、その上で言うことを聞かせなければ声は届かない。どんなに良いと思う考え、あるいはやり方でも。
「ご主人様の世界では言葉だけで届いたのですか? いえ、今はいいです。今度、聞かせてください。」
「わかった。」
「……。確かに、”覇”を唱えなければならないときに民衆が“戦をしたくない”と思っているのでは困りますね……。しかし、どうするのです?」
「そのために利用するのが、ご主人様が先ほど仰った概念”ナショナリズム”です。細かい説明は省きますが、要は”桃香様を中心にまとまる考え、あるいは運動”です。厳密には違うのかもしれませんが、今は良いでしょう。
今仰ったとおり、それでは困るのです。民衆の思いを”参戦すべき”という方向にもっていかなければなりません。その単純なやり方として、暴れ回っている黄巾賊を利用します。連中によって民衆が残虐に殺されれば、誰もが”黄巾賊はけしからん!!”・”打倒すべきだ!!”と思うでしょう?」
福莱がそう言うと愛紗はみるみる青ざめた。気づいたらしい。これが”パーセプション・ゲ-ム”なんだろうか。
「まさかそれを……。」
「ああ。”でっちあげる”んだよ。もし、治める地が平和すぎるとき――俺たちのやり方が上手くいきすぎているとき――は、食料庫か武器庫を襲わせる。いずれにせよ”あの事件を忘れるな!!”ということで桃香に演説をさせる。そうやって民衆のナショナリズムを燃え上がらせる。そして”劉備様を旗頭に!!”ということでまとまっていく。」
米西戦争の丸パクリだよなあ……。芸が無いと言えばそれまでだけど、仕方ない。
「そんなことをすれば、民衆は……。」
「参戦の方向に流れます。それが自演だと思う民衆は殆ど居ないでしょう。居たとしてもその声はかき消されます。」
「っつ……。そんなことが……。」
「やらないと”
「……。福莱は、納得しているのか?」
「勿論です。ご主人様が公孫瓚を罠にかけ、覇道を進むという覚悟が伝わってきていましたから。
ですから先ほどの言葉は看過できませんでした。”意識しすぎ”なのではないか……と。」
「……。ありがとう。」
感謝の言葉しか出てこなかった。
「そうです。まずはその意味を教えて下さい。白露殿を罠にかけたとはどういう意味なのですか?」
俺は、愛紗に”戦略”の全てを話した。北海を第一の攻略拠点に置いた理由。そこからどう行動するか、何もかもを。
「”二虎競食の計”……。 本当に、ご主人様は怖いお方です。」
愛紗はそう言うとクスリと笑った。
「話を元に戻しても良いですか?」
「ああ。」
「だんだん、聞くのが怖くなってくるのですが、”途中でやめる”という選択肢はな」
「ない。福莱に話したとき、断片を愛紗も聞いてしまった。たとえ、理解していなかったとしても。それならば愛紗にも全てを知ってもらわなくてはいけない。それと……。たぶん、武官で俺がこれから話すことを完全に理解しておく必要があるのは愛紗一人だと思う。」
「え!?」
「星さんは、”賄賂”に拒否反応を見せていました。その星さんに全てを教えるのは危険度が高いです。出奔されて殺す羽目になったら目も当てられません。」
「殺す!? どういう意味なのです!? 星を殺すとは!?」
福莱の言葉は愛紗をかなり怒らせたらしい。
「国家の最高機密情報を知ったまま他国の厄介になられたら、損失ははかりしれませんよ。」
「ああ。それなら殺すしかない。たとえ、相手が星であっても。」
「それだけの覚悟があるのですか……。わかりました。もはや何も言いません。全てを教えて下さい。まずは鈴々と、桔梗、悠煌に教えぬ理由から。」
「わかった。鈴々に教えない理由だけど……。」
ちょっと躊躇があるなあ……。
「失礼ですが、鈴々さんではそもそも理解できないでしょう。悠煌さんならば問題無いでしょうが……。」
「ならばなぜ?」
「”軍”には”序列”がなくてはならない。まだ”明確”な序列分けはしていないけど、ウチの将を格付けすると、1番に愛紗がきて、2番に星だ。鈴々は例外かな。そういうのが似合いそうにない。つまり、悠煌や桔梗に教えるのならば星にも教えなければならない。だからだよ。
……。話がまたズレたね。”ナショナリズム”については何となくわかった?」
「……。つまり、”黄巾賊”という敵をつくることによって、民衆は”劉”備という旗のもと、団結する。この”団結”のことをナショナリズムというわけですね?」
「ああ。」
「一つ聞いても良いですか?」
「?」
「なぜ訳の分からない例を出してきたのです? 最初から今の説明をしてくださればよかったではありませんか。」
「…………。」
愛紗は不満げにそう言った。それを言われると辛いなあ……。結局、俺がきちんと理解していなかったからなんだろうな……。
「いえ、必要でした。これから話す”国民国家”と”大統領制”という概念を理解するためには。」
「国民国家……? 大統領制……? それは何です?」
「国家の新しい概念です。ただ、なぜそんな国をつくりたいのかは私もまだ聞いていません。なぜなのです?」
……。正直に、話すしかないんだろうな。俺の世界の歴史を、ありのままに。
「俺の世界で、俺が生まれる150年くらい前の話だ。 」
「?」
「何千年と繁栄を続けた国があった。その国の名は中国。そして、その国を150年前までずっと手本にしてきた国がある。俺の生まれた国、日本だ。そして、世界には他にも色々な国があるんだ。ここまで、ついてこれてる?」
「何となく、ですが。」
「世界に色々な国……ですか。夢の世界の話のようですね。」
イマイチわかりにくいよなあ……。そうだ、地図があればいい。教科書か資料集の裏にあるカラーの地図を見せよう。
「甄、カバンを貸してくれ。」
「? わかった。」
「あった。地図。見てごらん。これが俺の世界の地図。青いところは”海”だよ。」
「紙に色がついている……! これが、ご主人様の世界の技術……。」
「そういえば、愛紗以外に見せるのは初めてだったね。これが俺の”教科書” 勉強で使うものなんだ。」
「な……。」
「どれが”中国”で、どれが”日本”なのですか?」
「これ。」
俺は中国と日本を指さした。
「は……? ご主人様が住んでいるのは、こんな小国……? す、すみません。」
愛紗がそう言うと、思わず笑いがこぼれてしまった。
「いいんだ、事実だよ。ところが、150年前に欧米、つまりこのあたりの国が攻めてきた。そのときにこの大国、中国は対抗できずに属国、植民地になってしまった。一方、俺の国は対抗して生き残ることができた。その違いはどこにあるか。”国民国家をつくったから”それに尽きる。」
日本は”明治維新”で、大久保・西郷・木戸ら”三傑”を始めとする人物が活躍し、ペリー来航から日清戦争までわずか30年で国のカタチをガラリと変えた。一方、清(中国)はアヘン戦争・アロー戦争でボロ負けしたにも関わらず、”洋務運動”という、憲法も議会もない表面的な西洋近代化“中体西用”に終始した。このときの摂政があの”西太后”だ。この後、清仏戦争を経て日清戦争でも”弱小国家”日本に大敗北を喫する。それで清(中国)はようやく気づく。そこで
「……。」
憲法を制定し、議会をつくり……。というのも当然あるのだけど、今、それを言うべき時ではないだろう。一度に大量の情報を与えすぎても理解するのに時間が掛かってしまう。
「俺は、愛紗や福莱、桃香たちの国が永遠に繁栄するようにしたいんだよ。」
「ありがとうございます。」
その基礎は俺が作ってやりたい。だからこそ、頑張るんだ。
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第3章 北郷たちの旅 新たなる仲間を求めて