No.587333

真・恋姫†無双 ~胡蝶天正~ 第二部 第04話

ogany666さん

梅雨の時期でジメジメしていたり、近畿地方では35℃越えと言う猛暑日を記録している昨今ですが、如何お過ごしでしょうか。
皆様が体調を崩されないよう、心からお祈り申し上げます。

2013-06-15 00:20:20 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:9219   閲覧ユーザー数:6242

 

 

 

 

 

 

この作品は、北郷一刀の性能が上方修正されています。はっきり申しましてチートです。

 

また、オリジナルキャラクターやパロディなどが含まれております。

 

その様なものが嫌いな方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さーん、都から軍令が届きましたー。黄巾の賊徒を平定せよだそうです」

盗賊団の一件から数ヶ月たった晴れた昼下がり。

政務室でいつもの様に諜報部隊や正からの報告書を読みながら太守としての仕事をしていると、風が都から届いた書簡を手に持って部屋に入ってきた。

「・・・・・・今更だね」

「ですねー」

三国の乱世、その前哨戦とも言える黄巾の乱。

実際は天和達の歌を聴いた若者達が暴走し、それに便乗して盗賊が暴れまわっているだけなのだが、規模が大陸全土にまで広がると呑気な事を言っていられない。

この新平周辺でも一ヶ月以上前から騒ぎが発生しており、それに対応しきれずに街を襲われた県令や刺史、太守などは我先にと逃げ出して、涼州の東部が無法地帯となる事態が発生した。

そんな地域の黄巾党の討伐を、俺は自ら買って出る事で治安を回復。

同時に勢力も拡大して今や涼州東部は俺が治めていると言っても過言ではない。

ここまで事態が拡大してからの軍令に、風も呆れて声が出ないといった様子。

「それにしても軍令が涼州の州牧である馬騰殿のところではなく、俺の場所に来るとはなぁ」

「恐らく馬騰さんにも軍令は届いているでしょうね。ただ、西涼では五胡の動きが活発ですから、自分の居る場所以外は手が回らないのではないかとー」

「・・・・・そっか」

確かに西涼は異民族である五胡との小競り合いが絶えない土地、その上黄巾党まで表れては自分が居る土地だけで手一杯になり、とても涼州全体の黄巾党を平定する余裕などないだろう。

しかし、そうなると馬騰殿のところに居る妹の事が心配になる。

俺の生家である北家が滅亡した折、母上は馬騰殿を頼って故郷の西涼まで向かわれたが、妹を生んで直ぐに流行り病にかかり、闘病も虚しく数年前に命を落としたらしい。

最早、北家の血を引く者は俺と妹の二人だけになってしまった。

本来なら、すぐにでも諜報員を送り込んで探りを入れ、危険ならばこの城に招き入れたいが、私的な理由で兵を動かしては他の者に示しがつかない。

また、何進の台頭で朝廷が二分しているとはいえ、十常侍の権力も未だ健在、迂闊な行動を取れば俺はおろか妹自身にも奴らの魔の手が及ぶ恐れがある。

「お兄さん?どうしたんですかー?」

そんな思うように動けない歯痒さが顔に出てしまっていたのだろう、風が俺の顔を覗き込んでこちらに話しかけてきた。

いかんいかん、今は目の前の事に集中しないと。

「ああ、ごめん。少し考え事をしてた・・・・。軍令の件だったね、これで黄巾討伐の為なら堂々と大規模な戦力を動かして他州に赴く事が出来るようになったわけだ」

「そうですねー、先方の州牧などに事前に連絡しておけば問題ないですし、寧ろこの機にお兄さんの地盤固めと名を上げた方が良いのではないかとー」

「そうだね、何進との勢力争いに黄巾党による混乱、俺の存在を悟られずに司馬仲達として名を上げるにはこれは絶好の機会だ。風、兵達にはいつでも戦に出れるように準備をさせておいてくれ。諜報部隊が黄巾の情報を掴み次第すぐに出陣す・・・」

「お取り込み中失礼します。仲達様、今のお話にありました黄巾党の動きについて、ご報告に上がりました」

風と今後の方針を話していると、部屋の外で待機していたのか、黄巾党の調査をしている諜報員の一人が扉を開けて話に割って入ってきた。

「噂をすればなんとやら、部屋の前で話が終わるのを待っていたのかい?」

「申し訳ありません」

「いや、二度手間にならずに済んだし良いよ。それで、黄巾党の方はどうなの?」

「はい、黄巾党の動きについてなのですが・・・・」

俺と風は諜報員が手に入れた情報を聞き、それをまとめ始める。

まず黄巾党の首魁である張角こと天和たちは、特定の拠点を持っていないと思われ、各地を転々としていて諜報部隊を持ってしても居場所が掴めない。

但し、黄巾党の被害は司隷の南側に集中しており、首魁である張角もその付近にいる可能性が高い。

その原因は、都からの軍令で州境の警備が厳しくなっており、動く事が出来ずに立ち往生していると思われる為らしい。

「黄巾党のような暴徒を鎮圧するには、組織の長を倒すのが一番なのですが、拠点を構えずに放浪しているのではそれも難しいですねー」

「・・・・そうだね」

諜報員の報告や風の話を聞きながら、俺はかつて自分が前世で相手をしていた黄巾党の事を思い出していた。

あの時も今の様に天和たちの居場所が掴めずに翻弄されていたのは同じだが、前回は陳留周辺で今回は司隷南部一帯という場所の違いがある。

どうやら場所や時期の多少の違いはあれど、前に俺が辿った道筋とそれほど大きな違いは無いようだ。

あとは俺がどう動くかで、この世界の流れも変わるということなのだろう。

俺がこの世界の事を思慮していると、一人の兵士が慌てて部屋に入って来る。

「政務中、失礼いたします!」

「どうしましたー?」

「はっ!司隷との州境に、今までに無い大規模な黄巾の暴徒が集結しつつあるとの報告がありました!」

「おおっ!?風たちが手を拱いている間に先手を取られてしまいましたねー」

「直ちに兵の準備を、風は数日前に兵を連れて長安の治安回復に向かった星と稟に伝令を出してくれ。可能ならば俺達の本隊が付くまでの間、敵の足止めをして欲しいとね」

「サーイエッサー!」

「分かりましたー」

俺は思考を切り替えて黄巾党を迎え撃つ為に指示を飛ばす。

それを聞いた兵士は敬礼をした後、即座に部屋を後にする。

「これまでに無い規模の黄巾党・・・・。恐らく、いくつかの暴徒が集まっているのだろうな」

「そうですねー、それだけの暴徒の群れが現地で集まるとは考えづらいですし、各地から遠征してきているのではないかと」

「遠征・・・・・・・・あっ!」

俺は重要な事を思い出した。

かつて自分達がどうやって黄巾党の動きを捉え、追い詰めたのかを・・・・。

ただ、今回は以前と違い、相手は州を跨いでしまっているので、相応の立ち回りが要求されるな。

先ずは・・・・。

「君、諜報部隊全員に伝達。今現在、司隷周辺で戦闘を行っている黄巾党の位置を調査をしてくれ。俺が州境の黄巾党を鎮圧する頃には、全てまとめて報告できるようにね」

「御意」

俺は黄巾党の報告に来ていた諜報員に新たな指示を出し、迅速に動いてもらう。

その様子を見ていた風が、俺に話しかけてくる。

「お兄さん、何か閃いたのですか?」

「ああ、風が何気なく言った遠征って言葉にぴんと来てね」

「・・・・・・なるほどー、お兄さんも中々抜け目が無いですねー」

流石は風、今の一言で俺が何を言いたいのかが分かったようだ。

そんな聡明な風に、俺はもう一つ指示を出す。

「風、もう一つ頼みたいんだけど、司隷との州境の警備を不自然じゃない程度に緩めて欲しいんだ。ただし、その付近の都市や村の警備は厳重にお願いするよ」

「おやおや、抜け目が無い上に狩りの仕掛けまで用意するとは・・・・。とうとうお兄さんの性格の悪さが露呈してきましたね~」

「ちょっと待て、俺は何処にいるか分からない相手の本隊を叩く為に、効率的な手を打っただけだぞ。大体、風や稟だって軍師なんだから、このくらいの事は思いつくだろ!?」

何故か最近恒例になりつつある、俺に対する誹謗中傷に対して自分の名誉を守るために風に抗議する。

「思いついても自分の口から言い出しはしないですねー」

「つまり、他人に言わせるように上手く誘導するという事か、そっちのほうがよっぽど性格悪いじゃないか」

「さて、それでは風はお兄さんが指示した場所と遠征する司隷へ伝令を出しに行きますねー」

風は俺が言った言葉を華麗にスルーして、伝令を出す為に部屋を後にした。

「・・・・・風も秋蘭と一緒で、たまに酷いよなぁ」

政務室に一人残された俺は、今目の前にある書簡を手早く片付けると、戦の身支度をする為に自室へと向かう。

そして、戦支度を終えて兵のもとへ向かう最中に・・・・、

「あ、大将。待ってくださいっす」

正と廊下の途中でばったりと遭遇した。

何か俺に用があるらしく、こちらを呼び止めて来る。

「どうしたんだ?これから黄巾党討伐に出るから手短にしてもらえるとありがたいんだけど」

「それなら用件だけ報告させてもらうっすね。大将に頼まれてた物の中で、槍の数が揃ったので搬入させて貰ったっす。詳しい事は風さんに報告してあるっすから、あとで聞いてくださいっす」

「おっ!?ホントか?いやぁ、戦の前で良かった。早速実戦に投入させてもらうよ」

「えっ!!?いきなりっすかぁ!?」

俺の言葉に驚き、声を大にしながら慌てて聞き返してくる正。

まぁ、技術屋である正としてはいたって当然の反応だな。

個々人が使うような訓練がいる新兵器を、いきなり実戦に投入するといっているのだから。

「あの槍は普通の槍とは違って扱うには訓練を積ませないとだめっす!いきなり渡されても味方同士でぶつかり合って使い物にならないっすよ!」

「その点は問題ないよ。他の頼んでいた物はともかく、槍に関しては同じ長さの棒を作って訓練に取り入れていたからからね」

そう、正に発注していた他の物は実物が無ければ訓練すら出来ないが、槍はある一点を除けば普通の槍と大差は無い。

そのため同じ特徴を持つ簡易的な代用品を用意すれば訓練は可能だった。

俺はそれを念頭に置いて練兵をしていたため、問題なく実戦に投入できると踏んだのだ。

「そうっすか、それならあとの事は大将にお任せするっす。アタイは工房に戻って他のを作るっすから」

「ああ、頼んだよ」

「あ、そうだ。大将」

正と別れて今度こそ兵たちのもとへ向かおうとしたが、何かを思い出した正にまたしても呼び止められ、そちらへと振り返る。

「あの槍の名前、結局まだ教えて貰って無いんすけど、何て言う名前なんすか?」

そういえば、まだ教えてなかったな、俺は正に自分が作っていた槍の名前を教える。

本来は今から千三百年以上先、大陸よりも東にある島国を席巻した魔王が作り出した槍の名前を。

「三間半槍だよ」

 

 

 

 

正との会話を終えた俺は、伝令を出し終えた風と合流して、先ほど搬入された三間半槍を実戦投入する旨を伝えた。

最初は正と同様に少し驚いていたが、風は既に同じ長さの棒を使った訓練をしている事を知っていたので承諾、乱戦になった時の為に換装出来る剣を持っていくという事で準備を進めた。

兵たちの準備も終わらせ、州境へと行軍を進めている最中に風が俺に話しかけて来る。

「それにしても長い槍ですねー。個人での戦闘ではとても使えるとは思えませんけど」

そう言いながら風は兵士たちが背負っている槍へ目を向ける。

槍自体は新しく鎧に取り付けたストッパーの様な物に取っ手の部分を嵌める事が出来、持ち運びや剣への換装をしたときに邪魔にならない様にしてある。

そのため、槍は天に向かって伸びるように矛先を向けており、その様子はまるで槍で出来た林が蠢いている様に見えるほどだ。

「そういった戦闘を想定して作った物ではないから、確かに個人戦には向かないだろうね。でも風はこの槍の使い方、分かっているだろ?」

「分かっていなかったら実戦に持っていくのに反対していますよー。この前の模擬戦でお兄さんに散々苛められましたからねー」

風は些かご機嫌斜めな表情を浮かべ、俺に少し刺のある言葉を口にする。

以前、俺と風たち(何故か三対一)に別れて模擬戦をした事があったのだが、その時に三間半槍の代用品として、同じ長さの棒を使った事があった。

結果は俺の勝利、星を俺が抑えて兵の半分には棒を使って徹底した集団戦闘を指示、残った者には弓部隊に対して乱戦をさせて矢を放たせないようにした。

風たちも兵を使って包囲戦などを試みたのだが、棒を使った槍衾(やりぶすま)に間合いを詰めることが出来ず、中央を突破されてあえなく討ち取られてしまった。

「苛めたって・・・・。あの時は三対一だから俺が用意した物を自由に使って良いって条件だっただろう。てか何であの時、俺のほうに誰も付かなかったんだよ、風か稟のどちらか一人こっちに付けば二対二で丁度良かったじゃないか」

「それはですねー、かつて天の童と噂されていたお兄さんの実力に風たちも興味がありまして、直接相手をしてもらえば実力がさらけ出ると星ちゃんが言うものですからついー・・・・・」

三人が仲間になったときの宴の夜、俺は風たちに北郷としての自分の事を説明した。

最初、星は朝廷に反逆した逆賊の息子という認識しかなかったみたいだが、風と稟から党錮の禁の真相を聞いて認識を改めた。

その際に昔の俺の噂も風たちから聞いたことにより、度々手合わせを願われていたのだが、政務や裏での仕事で時間が合わずに中々応える事が出来なかったのだ。

そんな星にとって、模擬戦に俺が参加する事になったのは渡りに船だったのだろう。

今までの鬱憤も込めて三対一という苛めとも取れる構成になるように根回しをしていたらしい。

「もうあんなのやめてくれよ。風たちの布陣を呼んで弓兵の居る場所に乱戦を仕掛けたり、星の伏兵に対して俺が本隊を離れて対応に追われたりで本当に大変だったんだから」

「はーい」

「報告!趙雲隊、州境にて伝令にあった黄巾党と遭遇。敵の数から見て苦戦が予想されます。至急、援軍を求むとのこと!」

「「!」」

風と話している最中、先行していた星たちの部隊から伝令が届く。

やはり今回は今までのような散発的なものとは訳が違うらしい。

稟や星の見立てで苦戦すると読んだのなら早く向かわなければならないな。

「風、全軍に伝達、今まで以上の行軍速度で、急ぎ趙雲隊の援軍へ向かう。付いて来られない者は置いていく」

「分かりましたー」

「君は後ろから脱落した兵を回収して来るように、回収した兵士はこの遠征のあと地獄の一週間送りね」

「サーイエッサー!」

俺は星たちの援軍の為に強行軍を敢行。

脱落者が続出するのではと心配したが、へばった者は地獄の一週間が待っていると噂が広まったらしく、殆どの兵が脱落しなかったようだ。

 

 

 

 

「稟、左方が押され始めたが問題ないか?」

「ええ、この程度なら後方の兵と交代して対応すればまだ大丈夫です」

司隷との境にある平野。

そこで押し寄せる黄巾の群れを上手くいなしながら奮戦する稟と星。

二人は圧倒的な敵の数に押されながらも上手く立ち回る精兵に感心し、一刀たち本隊が来るのを心待ちにしていた。

「流石は一刀殿が育て上げた兵です。これだけの数を相手にしても眉一つ動かさない」

「だが、少しずつではあるが押されてきている。主たちが着くまで持ちこたえたかったのだが、そうも行かないかもしれんな」

「間に合わないと悟ったら撤退するしかないでしょうね。元々可能ならばという事でしたし」

いくら屈強な兵士といえど、自分たちの何十倍もの敵を相手にすれば疲弊する。

接敵してから今まで方円陣を敷いて敵をいなしてきたが、流石に限界が近づいていた。

もっとも、この場に居る兵士は本来は長安の治安回復に派遣された兵士であり、野戦を想定して弓や槍を装備している兵が少なかったのだから十分過ぎる奮戦といえるだろう。

「稟、万一の時は私が殿を務める。お主は先に長安に戻って篭城戦の準備を進めてくれ」

「ええ、黄巾党の襲撃で荒れ果てた長安での戦は避けたかったのですが、致し方ありません」

二人が撤退戦の手筈を決めていると、後方の兵から伝令が届く。

「報告!後方より大部隊が接近中!旗は仲、お味方です!」

「何とっ!?もう本隊が到着したのか。あと二日は掛かると踏んでいたが」

「恐らく一刀殿が兵を焚き付けたのでしょう。“間に合わなければ地獄の一週間送り”などと言って」

稟は友軍の知らせに安堵しながらも、予想した一刀の行動に少し呆れながら星に言葉を返す。

星も心に余裕が出来た為か、稟の言葉を聞いてふと思った事を口に出した。

「稟よ、お主は主の言う地獄の一週間とやらを見たことがあるか?」

「いえ、そう言う星はどうなのです?武将である貴方なら兵の調練にも出ているでしょうし、御覧になっているのでは?」

「いや、練兵は全て主御自身がやっておられるので、私は立ち合わせてもらっていない。なんでも“兵の鍛練にはたいくかいけいののうきんが望ましい”のだそうだ」

「たいくかいけいののうきん?それは何です?」

「さぁ。主も詳しくは私に教えて下さらぬ。口で説明するよりも、どの様な人物を差すのか直接見せたほうが早いそうだ」

「そうですか・・・・・。とにかく今は友軍と合流する事を考えましょう」

兵の訓練法や今の話の内容、謎が深まるばかりだが、そんな事よりも今は本隊と合流する事が重要。

頭を切り替えて部隊に後退戦闘を指示。

後方から来る本隊と合流する様に稟は指示を飛ばし、星もその指示を受けて殿の為に前線に戻るのであった。

 

 

 

 

「逃げる奴はただの黄巾だ!逃げない奴は良く訓練された黄巾だ!」

「ホント、戦場は地獄だぜーっ!HAHAHAHAHA!」

三間半槍を振るう兵たちの怒号が戦場に鳴り響く。

強行軍によって星たち先遣隊が撤退する前に何とか間に合う事に成功。

星たちと合流後は戦闘で疲弊した兵士を後方へ下がらせ、本隊は三間半槍を使用した集団戦闘へと移行したのだが・・・・・。

「ここまで一方的では流石に相手が不憫に思えてきますな・・・・」

我が軍の兵士が黄巾党たちを蹂躙する光景を見ながら、星が俺の隣でそんな事を呟く。

兵の練度の差もそうだが、何よりも三間半槍が作り出す6.4メートルという圧倒的な間合いに相手はなすすべもなく倒されていく。

元々、この時代では個々人が携帯する武器はあくまでも個人が戦闘で用いる物であり、この様に集団で用いる事を想定して作られた物はほとんど存在しない。

そのため明確な対処法が分からず、まともな指揮官が居ないのもあって相手は混乱。

士気の低下にも歯止めが利かなくなり四散し始めていた。

「風たちが策を労する必要も無かったなぁ」

「全くですな。おっと、敵が撤退を始めたようですぞ。主、追撃はどうされる?」

「司隷に追い返す程度で良いだろう。大事の前だからそこまで兵を裂きたくないからね」

「はて、大事の前?主はこれから何処かへ攻め込まれるおつもりですか?」

「その辺の説明は風や稟と合流してから話すよ。取り合えず今は二人の下へ向かおう」

俺達は黄巾党の大部隊を掃討後、全体の指揮を取っていた風たちと合流。

司隷での黄巾党討伐の方針を決めるべく、仮設した野営地にて地図を広げた。

「つまりだ、あれだけの大部隊が現地調達だけで武器や糧食を揃えられるわけが無い。何処かに物資の集積地点が有ると見て間違いない」

「ですが一刀殿。敵は特定の拠点を持たずに常に流動的に動いております。諜報部隊が集積地点の場所を突き止めても、我々が着く頃には既にもぬけの殻なのでは?」

「その通りだ、稟。だから今回は手持ちの諜報部隊全てを動員して司隷周辺で戦闘を行っている黄巾党の場所を全て調べさせた。そろそろまとまった報告が来るはずなんだけど・・・・」

諜報員からの報告はまだ来ていない。

諜報部隊からの報告が、今後の方針を決める軍議の場になっても届いていないのは珍しい。

いつもの彼らなら星達と合流する頃には来ているのだが・・・・。

「軍議の場になっても報告が来てないとは、お兄さんの直属部隊にしては珍しいですねー」

「うん、貿易の収益減も覚悟の上での全投入だから、失敗って事は無いと思うんだけど・・・・」

「では、主のしごきに耐え切れずに部隊全員が逃げ出したのでは?失敗すれば地獄の一週間が待っているのでしょう?」

「初陣の新兵ならともかく、諜報部隊はそんなヤワな鍛え方はしてないんだけどなぁ・・・・」

「一刀殿、先ほど星とも話していたのですが、地獄の一週間とは一体どんな訓練なのです?」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ。地獄の一週間って言うのは・・・・」

俺は諜報部隊からの報告が来る間、三人に地獄の一週間を説明する事にした。

この訓練の主な目的を聞いている時は良かったのだが、訓練課程の具体的な例を説明していくと三人とも表情が一変、あまりの過酷さに開いた口が塞がらない様だった。

「真冬に凍え死ぬ一歩手前まで水に浸け、小船を持って何十里も沼地を行軍・・・・五日間の合計睡眠時間が二刻・・・・」

「よく死人が出ませんねー・・・・」

「主、いくら仲間より自分を優先して隊を危険に晒す者を見つけ出す為とはいえ、少々やり過ぎでは・・・・・?」

「まぁ、確かにかなりきつい訓練だけど、そのおかけであれだけ屈強な兵士が出来てるわけだからね。それに俺にとってもいい鍛練になっているし」

「か、一刀殿もやられているのですか!?」

「ああ、こんな過酷な訓練、俺自身もやらなかったら示しがつかないからね」

「「「・・・・」」」

三人が俺の話に呆然としていると、諜報部隊の部隊長がこちらへ走ってくる。

「仲達様、黄巾党の調査が終了致しましたので、ご報告に上がりました」

「お疲れ様、かなり時間が掛かったね」

「申し訳ありません。隊全員の報告をまとめるのに時間が掛かりました」

「それで、どんな感じだった?」

「はい、地図でご説明いたしますと・・・・」

部隊長は黄巾党の部隊の分布、その移動経路や小規模な戦闘など、ほぼ完璧ともいえる調査報告を始めた。

「現在、大部隊を展開して戦闘を行っている場所は三つ、陳留にある曹操様が治められているこの街、官軍との大規模な戦闘が行われているこの地、そして」

「我々が撃退したこの地というわけか」

「はい、その通りです。趙雲様」

一通りの報告を終えて部隊長が一歩後ろへ下がる。

俺は少しの間思慮した後、風たちに軍師としての意見を聞くことにする。

「風、稟。二人なら何処に兵站があり、これから何処に移動すると見る?」

「そうですねー。大きな戦闘が東西南ときれいに分かれてますので、恐らく司隷の中心である河東と弘農の間のこの辺りにあるのではないかとー」

「そして、我々が戦闘で勝利し、敗走したことを受けて移動、激戦になっている官軍への増援も兼ねてこの辺りに移動すると思われます」

稟は官軍との戦闘が行われている場所よりもやや北寄りにある平原一帯を指し示した。

「風も移動先に関しては同じ意見?」

「・・・・・・ぐー」

「寝るな!」

「おおっ!?思慮を重ねるあまり、ついついうたた寝をしてしまいました」

「それで、その思慮した結果は?」

「そうですねー、稟ちゃんが指した位置は南に援軍を送る他に、陳留に支援するのにも最適な場所ですし。間違いないと思いますよ」

「なるほど・・・・。聞いた通りだ、その地域一帯を徹底的に捜索してくれ。俺達も陣を撤収後に直ちに向かう」

「御意」

部隊長は俺の言葉を聞くと、瞬く間にその場を後にする。

「風と星は本隊を連れて先行してくれ」

「承知」

「わかりましたー」

「稟は俺と一緒に残りの兵を使って陣の撤収作業、それが終わり次第本隊と合流する」

「はい」

「さあ、作業開始だ。各自迅速な行動を頼むよ」

それから俺達は各々が担う責務を的確に果して行く。

俺と稟は数刻の後、全ての陣を撤収させて司隷へ進行、先行していた星達と合流する。

星達の話によると、稟が指し示した場所とほぼ同地点にて敵の兵站を発見したと諜報部隊から報告があり、俺達はその場へ急行する。

 

 

 

 

報告が在った場所へ到着すると、そこには手入がされておらず風雨に晒されて古ぼけた小さな砦が存在した。

「昔、盗賊の根城だったものを利用している様ですねー」

「一刀殿、敵は物資の搬入を終えて官軍との戦闘に援軍を出したばかり、今が絶好の機会だと思われます」

「そうだね・・・・・あ、そうだ」

俺は昔、華琳達と共に黄巾党の砦を落とした時の事を思い出す。

仲達の名を知らしめなきゃダメな時期だし、今回もその時の策に肖る事にしよう。

「どうされた?主」

「いや、良い事を思いついてね。風、全軍に通達してくれ。制圧後は手持ちの軍旗を全て砦に立てて帰るように、持ち帰ったものは厳罰に処すってね」

「おおぅっ。お兄さんも中々・・・・。派手な事を思いつきますねー、」

「いやはや、流石は主。孫子の教えもかくやと言わんばかり。この趙雲、感服いたしましたぞ」

「今は仲達の名を天下に知らしめる時だからね。とりあえず雑談はこのくらいにしてそろそろ攻めるか、もたもたしていると他の軍が来るかもしれないからね。それじゃあ風、頼んだよ」

「はーい、わかりましたー」

風は今の内容を全軍に伝達するために、そそくさと各部隊長の下へ向かう。

俺は少し緩んだ気持ちを引き締め、風が戻ってくるのを確認すると兵たちに号令を発した。

「聞け!勇敢なる将兵たちよ!我らが領地を脅かす黄巾の賊徒、奴らが貧しき民から強奪した汚らわしい資財が今目の前の砦にある!黄巾の横行を止める為にも、ここにある資財は米一粒に至るまで焼き尽くすのだ!風の様に疾く、火の様に激しく攻め立て、我らが軍旗をこの地に立てよ!全軍!突撃ーーーーー!」

「──────────ッ!!!!!!!」

精兵達、全兵が発する鬨の声が大気を震わせ、大地を揺らしながら鋒矢の形を取り砦へと進攻を開始する。

その様を空から見下ろせば、さながら砦を貫かんとする、一本の巨大な飛矢に見える事だろう。

砦の中に居る黄巾党の連中もこちらに気付いて迎撃の体制を取るが、主要な兵が出払っている事や、物資を砦に搬入したばかりで整理にもたついており対応が遅れる。

戦は数刻としないうちに片が付き、こちらの勢いに恐れをなした黄巾の残党は砦はおろか物資も置いて我先にと逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 

「あっけ無いものですね、これだけの物資を手放しては、今後の行動に支障が出るというのに・・・・」

「まあ、相手にとっては間が悪かっただろうからね。移動後に直ぐ援軍を出し、物資搬入後のどたばたを襲われたんだから仕方ないよ」

俺は軍旗を砦で一番高い物見台の上に立てた後、全体の指揮を任せている稟と合流して話をしていた。

「そうですね、それにこれで彼らの行動をかなり縛る事が出来ます。それはそうと一刀殿、先ほど風から聞いたのですが司隷との境に罠を張ったそうですね」

「ああ、涼州の東部一帯はついこの前まで県令や太守が逃げ出して無法地帯だったからね。相手にもこの情報は伝わっているだろうし、州境の警備を緩めればこれ以上無い餌になる」

「ですが、最近州牧になられたばかりの曹操様が治める陳留に行く可能性も少なからずあります。その場合はどの様に対処されるおつもりですか?」

「それは大丈夫だよ、これからその為の一手を打つつもりだからね」

「何か妙案があるのですか?」

稟は俺の案に思い当たる節が無いらしく、何を考えているのか聞いてきた。

「彼女の事だから優秀な人材を揃えて、今頃ここへ進軍している頃だろうね・・・・」

「・・・・・あの・・・・、一刀殿?その“彼女”というのはひょっとして」

「ああ、曹孟徳。華琳の事だよ」

「そ、曹操様!!?曹操様がここに向かわれておられるのですか!?それよりも一刀殿!なぜ曹操様の真名を知っておられるのですか!?」

「言ってなかったかい?俺は司馬仲達になる前から彼女とは知り合いさ。まあ、忍んでいた間は連絡すら取る事が出来なかったけどね」

「か、一刀殿が曹操様とお知り合いぃっ!?しかも司馬家に養子になる前の幼少の頃より!?ま、まさか、い、許嫁・・・・・・ぷはっ」

俺の言葉に何を妄想したのか、稟は盛大に鼻血を噴いてその場に倒れこんでしまった。

「ああ!風が居ないのにどうすりゃあ良いんだよ!誰か!衛生兵!衛生兵!」

「お兄さーん、東から曹の牙門旗が・・・・。おやおや、これはこれは・・・・・、お兄さん、いくら稟ちゃんが可愛いくても、戦場で手を出してはいけませんよ~」

「違うから!その曹操こと華琳の話をしたら稟が鼻血を噴いただけだから!」

「既に曹操さんとも真名を呼ぶまでの関係とは・・・・、お兄さんがこれほど見境無く手を出す人でしたか。これは風も気を付けないといけませんね~」

「誤解だから!そ、それよりも!曹の牙門旗がどうしたの!?」

俺はこの話題から話を逸らし、重要な内容であろう風の報告を聞く為にこちらから話を切り出した。

「はい、東から曹の牙門旗を翻しながら、陳留の曹操さんの軍がこちらに向かって来てますねー。恐らく風達と一緒で、黄巾党の兵站を落とすつもりだったのではないかとー」

「だろうね。風、物資を燃やす作業をしている星に曹操軍を迎えるように伝えて。相手が求めたら砦に招き入れるように」

「わかりましたー」

「あ、あと稟の手当てが終わったら星の作業を引き継ぐように言っておいてね。このまま華琳に会わせたらまた鼻血を噴出して倒れちゃうから」

「はーい。ほら、稟ちゃん。とんとんしますよ、とんとーん」

風は介抱を終わらせると、稟を連れて星が居る場所へと歩を進めた。

星のところへ向かう途中で稟が……。

「修行が足りませんね。まだまだ鄒殿の様には行きません」

とこの様に風と何やら話しており、少し気になったが聞く間も無く二人はその場を後にしてしまった。

制圧した砦の一室に一人取り残された俺は、久しぶりに会う彼女達に想いを馳せる。

「この時期になるともう季衣や桂花、それに凪達も華琳の旗下に加わっているな・・・・。懐かしい顔を見てついボロが出てしまわないように気を付けないと」

俺は親しい人に会っても初めましてと挨拶をしなければならない、あの何とも言いがたい辛い感覚と、再び彼女達に会える嬉しい気持ちを胸中に抱きながら、華琳達がこの場にやってくるのをただ静かに待つ事にした。

 

 


 
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