No.586772

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第三十七話 我が佳き朋よ 前篇

YTAさん

 どうも皆さま、YTAでございます。間が開いてしまって毎度申し訳ないです。今回はどちらかと言うと日常パートに近いEPですが、楽しんで頂ければ幸いです。

 では、どうぞ!!

2013-06-13 11:51:14 投稿 / 全23ページ    総閲覧数:2580   閲覧ユーザー数:2125

                                   真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                  第三十七話 我が佳き朋よ 前篇

 

 

 

 

 

 

「あ~、気に入らねェ!!」

 窮奇(キュウキ)は、鷹の眼に苛立ちを滾らせ虎の牙を剥き出しにして、そう吐き捨てた。北郷一刀が新たに見せたと言う、雷を操る緑色の姿。

 渾沌(コントン)からその報告を聞いてからと言うもの、窮奇の苛立ちは募る一方だった。何故、その姿と対峙した最初の相手が自分ではないのか?四凶随一の武芸を持つ饕餮(トウテツ)ですら一目置いた程の猛者と、自分は何時になったら戦える?

 

 この暗く昏い罵苦の居城の中で、窮奇が考える事と言えばそればかりであった。

「窮奇殿……気に入らないのは結構なのですがね。この部屋には、貴重な物から危険な物まで数多の薬品や素材があるのです。怒りに任せて、暴れたりしないで下さいよ?」

二つの試験管を両手に持って怪しげな色の液体を調合していた檮杌(トウコツ)が、呆れた様な表情で顔を上げ、そう言って宥めると、窮奇は拗ねた様に鼻を鳴らして乱暴に椅子を引き寄せ、腰を降ろした。

 

「チッ!何て言い草だよ。俺様を呼び出したのは、お前じゃねェか」

「それはそうですが……まだ約束の刻限には、随分と間があるでしょうに」

「ヒマなんだよ!誰かさんが横から、俺様の出番を()(さら)って行っちまったお陰でな!その挙句にテメェの“八魔”まで(オト)しちまったんじゃ、世話ねェっつーの!!」

 

「しかし窮奇殿とて、あの場では渾沌殿に出陣をお譲りになられたではありませんか」

 檮杌は、調合を終えた液体の入った試験管を、慎重な手付きで試験管立てに仕舞うと、改めて窮奇の方に身体を向けてそう言った。

「おいおい檮杌ぅ、勘弁してくれよな。いくら俺様だって、空気くらい読むっつーの!あの場で蚩尤様にまで『譲ってやれ』って言われてよォ、駄々こねる様な事ぁ出来ねえだろ、流石によォ」

 

 

「…………」

「あ?何だよ、檮杌。そんなバカ面して、急に黙り込みやがって……」

 檮杌は、窮奇の言葉で我に返り、慌ててポカンと開けたままだった口を閉じた。

「い、いえ……窮奇殿にも、空気を読むなどと言う事があるのだな……と。少々、意外でしたので……」

 

「檮杌よォ……」

「は、はい……」

「虎さん、泣いちゃうぜ?」

「止めて下さい。割と真面目に。どう対処して良いのか分かりません」

 

 檮杌はピシャリと窮奇にそう答え、茶を入れる為に立ち上がった。窮奇はその姿を目で追いながら、切なげな溜息を吐く。

「冷てェなぁ、おい。『優しく喉を撫でて上げましょうか』、とか言えねェ訳?」

「撫でて欲しいんですか?私に?」

 

「…………」

「…………」

「やっぱいいや……何か……怖ェし……」

「……そうですか……」

 

「何だよ!ちょっと寂しいみたいな感じの声出すなよ!」

「いや、切ないでしょう。『何か怖い』とか言われたら……」

「そうかぁ……よく分かんねぇけど悪かったよ、うん」

「別に良いんですけどね。えぇ……」

 

 窮奇は、不機嫌そうに茶を啜る檮杌に気まずそうな視線を投げながら、思い出した様に手を叩いて言った。

「そう言やぁよォ。俺に用事があるんだろ、お前?」

「何とあからさまな……まぁ、良いでしょう」

「放っとけよ!!」

「実は、負傷していた黒網蟲(くろあみむし)に双魔獣を合成してみた所、原隊復帰が可能な迄に回復しましてね。思いの外高い能力の向上も見られまして、前々から考えていた作戦を実行に移そうと思っているのですが――」

 

 

「お前、今、しれっとスゲェ怖い事言ったよな……」

「そこで是非、窮奇殿の軍勢のお力をお借りしたいと」

「無視かよ……つか、また俺様にサブに回れってのか!?冗談じゃねェぜ、おい!!」

 窮奇が勢い良く机を叩いて立ち上がると、檮杌は慣れた様子でティーカップを持ち上げ、零れない様に守りながら微笑んだ。

 

「いいえ。今回は、窮奇殿の魔鳥兵団がご出陣なされる番。私は()くまでも献策と、それに必要な素材を入手する為の手筈を整えさせて頂たい、と申し上げているんですよ」

「ケッ!どうせエゲつねぇんだろ。今回の策とやらもよ」

「それに関しては、否定しませんよ」

 

「俺様はな、檮杌。思いっ切り暴れてェんだよ。裏でコソコソすんのは苦手じゃねェが、好きでもねェ。この意味、分かんだろ?」

 窮奇がつまらなそうにそう言うと、檮杌は『(もっと)もだ』と言う様に頷いて見せ、再び口を開いた。

「確かに、北郷一刀は面白い素材だと思います。ですが、今のあの男に貴方の“思い切り”を受け止めきれるだけの実力があるとは、私には到底思えません。どうです、違いますか?」

 

「…………」

「しかし――私は、あの男はまだあと数段、強くなると踏んでいます」

「――へぇ。その根拠は?」

 窮奇が、檮杌の言葉に興味を示してそう尋ねると、檮杌は茶を飲み干し、右手の人差指を振りながら自論を話し始めた。

 

「まず第一に、前回の窮奇殿の作戦の際に見せた“白虎”への変異。まぁ報告を聞く限りでは、制御しきれていないか能力の暴発かのどちらかで、いずれにしてもイレギュラーな事態だったのでしょうが。第二に、今回の“青龍”への変異ですね。こちらは、自分の意思で能力を発動し完全に力を制御していた様ですから、変身と言った方が正しいでしょう。この二つの事象から推察するに、北郷一刀の本来の力は『四神』の力を使役し、それを模した姿へと己を変える事で様々な戦局に対応出来ると言うものである、と考えられます。故に、(すめら)ぎなる龍の王――即ち、皇龍王なのでしょう。つまり、こう言う推理が成り立ちますね。『北郷一刀は最低でもあと二つ、全く異なる能力を持った姿に変わる事が出来る――と」

 

「成程ね……奴が四つの力を全部使いこなせる様になってからぶつかった方が、面白れェ戦が出来るってか」

「えぇ。現段階でも、饕餮(トウテツ)殿の鎧に疵を付ける程の力の持ち主。ならば――」

「丸々と太らせてから喰った方が、美味いに決まってる……って言いてェんだな?」

「その通りです。流石は窮奇殿」

 

 

 

 檮杌は、窮奇の答えに満足そうに頷き、立ち上がってティーポットの置いてある机まで歩いて行くと、優美な仕草で茶のお代わりを注いだ。その背中に、何やら考え込んでいた窮奇が声を掛ける。

「でもよォ、檮杌。だからって、アイツが強くなんのをただ待ってたんじゃ退屈で死んじまうぜ。俺様は、お前みたいに気が長くねぇんだからよォ」

 

「それは、私とて同じ事。あの様に興味深い研究対象をただ放置しておくなど主義に反します。ですから――」

「……だから?」

「“試練”を与えるのですよ。北郷一刀の覚醒を早める為に。この、私達の手でね」

「試練、ねェ……」

 窮奇は、鋭い鷹の爪で背中を器用に掻きながら、思案げな表情で天井に視線を投げた。

 

「そう、試練です。生物を成長させるには――まぁ、身体を“弄る”のが最も手っ取り早いとは思いますが、次点では、適度な“障害”を用意してやると言うのが効果的ですからね」

「そんで、北郷が途中で死んじまったらどうすんのよ?」

「北郷がそれまでの男だったと言う事でしょう。我等が試練として課す程度の事を乗り越えられない様なら、貴方や饕餮殿を倒したり……ましてや、蚩尤様に手向いなど、出来る筈もありますまい?」

 

「ナルホド、そらそうだわな。で、その試練てのは具体的に何なんだよ?」

 檮杌は、再び自分の席に腰を落ち着けると、窮奇の“噴火”に備えてカップの乗ったソーサーを直ぐに持ち上げられる場所に置き、用心深く窮奇の手元を見ながら話を再開した。

「窮奇殿。北郷一刀が、突発的に異能を発揮した時――即ち、宛城での白虎の顕現、続く饕餮殿の魔隕鉄(ガルヴォルン)の鎧を斬り裂いた事。その二つの状況には、共通する“ある条件”があるのです」

 

「……そうなの?」

「えぇ、そうなのですよ。最初の宛城では、典韋の命が風前の灯でした。次なる方陣の森では、関羽と張三姉妹が、饕餮殿と双魔獣にあと一歩の所まで追い詰められていました。しかし、私が天牛蟲(カミキリムシ)を率いて対峙した時、北郷は天牛蟲に、限界を超えた異能を発現させるかの様な反応を見せる事は無かった……これらの事から推察するに、北郷一刀は――」

「自分の親しい人間がマジで厄場(ヤバ)くなると、実力以上の力を発揮するタイプ……って訳か」

 

 

「ご明察です。窮奇殿」

 檮杌は、自分の言葉を引き継いで結論を口にした窮奇に向かって、満足そうに微笑んだ。

「まぁ、変則的なミックスアップ・ファイター、と言う事なのでしょうね」

「ハハッ!イイじゃんイイじゃん!俺様ァ好きだぜ、そう言う大馬鹿野郎はよォ!!つまるところ、お前の作戦てのは、北郷一刀の周りの人間を使って、アイツに揺さぶりを掛けようって事なんだろ?」

 

「えぇ。その通りですよ。しかし、北郷の感情を強く揺り動かす程の深い関係にある者達は、その殆どが並外れた知と勇の持ち主……それこそ、宛城での曹操奪還の様な、想定外のしっぺ返しを喰らいかねません」

 檮杌が両の指を組み合わせてそう言うと、窮奇も同意して頷いた。

 

「そりゃあ言えてるなァ。あの時は、別に勝とうが負けようが構わなかったから面白く観戦してられたがよォ、勝つ心算(つもり)で戦しててアレをカマされたんじゃ、堪ったもんじゃねェ」

「でしょう?元を辿れば饕餮殿の配下である黒狼(こくろう)が指揮していた電撃侵攻作戦も、(たま)さかそこに居合わせた呂布一人に潰された様なもの……彼女達は、こちらの駒として利用するには余りにもハイリスクで、()つ不確定要素が多過ぎる」

 

「んじゃあ、誰を使うんだよ?絵に描いた餅じゃあ、しょうがねぇじゃねえか」

「ご心配には及びません。居るのですよ、一人だけ――極々普通の人間で、北郷一刀の(とも)とも呼べる人間が……ね。そして、その人間の顔を知っているのが黒網蟲、と言う訳なのです」

「ハァン、そうか……“正史から引っ張って来よう”って話なんだな?」

 檮杌の思わせ振りな言葉から、その言わんとしている事を察した窮奇が、鷹の爪を檮杌の顔に向けてそう返すと、檮杌は不敵に微笑んで、小さく頷いた。

 

「その通りです、窮奇殿。幸い、今の黒網蟲ならば“肯定者”達が施した時空の結界をすり抜ける事は可能ですし、肯定者達の方も、今の我々が敢えて正史に赴くとは思っていないでしょうからね」

「まぁ、そもそも目に見えるメリットが無ぇしなァ。そこを、逆手に取るって訳か……面白れぇ!その話、乗ったぜ!!」

 窮奇が、そう大声で言って椅子を蹴る様に立ち上がると、檮杌は窮奇の顔を見上げながら、組んでいた指を解いた。

 

「では、窮奇殿は今しばらくお待ち下さい。既に蚩尤様に許可は頂いておりますし、あと数刻で黒網蟲の調整も全て終わり、正史に赴く準備が整います。作戦の詳細は、黒網蟲が無事“素材”を手に入れて来てから、と言う事で……」

「ハ!相変わらず、手回しの良い女だなァ。良いぜ、今は大人しくしといてやるよ……じゃあな!」

 

 

 窮奇が、勢い良くドアを閉めて立ち去ると、檮杌は机に据えられたランプの灯りに視線を移し、その揺らめきを静かに見詰める事に集中する。

「さぁ、北郷一刀。貴方の素養が如何ほどのものか、この私にたっぷりと見せて下さいね……」

 睦言を囁く様な口調で紡がれたその独り言を聴く者は、この、暗く昏い場所の何処にも、存在しては居なかった――。

 

 

 

 

 

 

 北郷一刀の朝は、基本的に早い。『小原台刑務所』の異名を持つ日本防衛大学校に於いては、ほぼ自衛隊と同様の起床手順が適応されており、パチリと目を開けるや寝具を規定通りに折り畳み五分以内に点呼が行われる野外に整列、と言うのが当たり前であった。

 そんな生活を四年も続けていれば、どれほど疲労が堪っていようが夜ふかしをしようが、朝日が顔に当たった瞬間に完全なる覚醒を迎え即座に布団から出て身支度を整えると言う、便利ではあるが極めて哀しい習性が身に染みてしまう。例外はと言えば、精々、酒宴でハメを外した翌日くらいのものであろう。

 

 そんな訳であるから、都に腰を落ち着けている時には夜明けと共に起床して近くの小川までジョギング、そこで息を整えた後、二時間ほど剣の修練をして帰り身体を拭いて朝食。その後、政務に取り掛かると言うのが概ねの日課であった。

 昼前の今現在、回されて来た書類の三分の二は(ほぼ)消化され、“決済”及び“保留”と書かれた二つの板箱の上に、それぞれ積み上げられている。一刀は手にしていた竹簡を読み終えると、それを“保留”と書かれた板箱に乗せてから、大きく伸びをした。

 

 煙草を咥えながら席を立ち、大きく窓を開ければ、晩春の匂いがする風が心地良く執務室の中に入り込んで来て、労わる様に一刀の頬を撫でる。

「春だねぇ……」

 一刀は、煙草に火を点けて紫煙を吐き出しながらすっかり柔らかくなった日差しに目を細め、そう呟く。(じき)に、董卓こと月が、珈琲を持って来てくれる頃だった。

 

 卑弥呼が、土産にと新しい珈琲豆を置いて行ってくれたので、月に実演がてら煎れ方を教えてみたのだが、味への反応は兎も角、技術に関しては瞬く間に習得し、今や一刀よりも遥かに上手くなってしまった。最も、専用の道具も殆どないので、沸騰した湯に豆をぶち込むカウボーイスタイルか、針金に布を巻きつけた即席のドリッパーでドリップするかしかない。

 

 

 一刀が月に教えたのは後者だったのだが、どう言う訳か、月が煎れた物の方が圧倒的に美味い。それこそ、理不尽を感じる程の差が出てしまうのである。

 しかし、一刀の座右の銘の一つは『倒れる時も前のめり』であるから、素直に才能のある月に全てを託して、自分は成果物の美味を享受する事にしたのであった。月は月で、一刀に褒められたのが余程うれしかったらしく、随分と珈琲を煎れる事に傾倒している様でもあるので、まぁ、全ては収まるべき所に収まったと言う事なのであろう。

 

 扉を叩く軽い音が聴こえると、一刀は窓から振り返ってそれに応えた。

「はい。開いてるよ――って、何だ、雛里じゃないか」

 すっかりメイド服を着た小柄な少女が現れると思っていた一刀は、扉から入って来た鳳統こと雛里の姿を見て、驚きの表情を浮かべた。雛里は、開け放たれている窓や一刀の(くつろ)いだ様子から全てを察して、トレードマークのとんがり帽子を目元まで引き下げ、申し訳なさそうに俯いてしまった。

 

「あわわ!も、申し訳ありません、ご主人様。御休憩の最中とは思わず……」

「あぁ、いや……そんな事、気にしないでくれ。こっちこそ、出会いがしらに酷い言い様だったな。雛里が午前中の内に執務室に顔出してくれる事なんてあんまり無いもんだから、ちょっと意外でさ」

 一刀が、恐縮しきりの雛里に詫びをして、執務机の前にある卓に据えられた椅子に腰かけ、身振りで雛里にも椅子に掛けるよう示すと、雛里はペコリと頭を下げて、一刀の向いに腰を降ろした。

 

「で、俺の何倍も忙しい筈の左丞相閣下が、態々(わざわざ)執務の時間を割いてまで来てくれるなんて、今日はどんな要件なのかな?」

「あ、あの――」

 一刀の口調に険が無いのを感じ取った雛里が、僅かに胸を撫で下ろして話出そうとした丁度その時、扉を叩く音がして、雛里の声を遮った。一刀が雛里に、「きっと月だよ」と囁いてから「どうぞ」と返事をすると扉が開いて、今度は予想通りに、メイド服の小柄な少女が、木製の台車を押しながら部屋に入って来た。

 

「失礼します、ご主人様。お茶のご用意を――あら、雛里ちゃん?」

 月は、一刀の正面にちょこんと腰掛けた雛里が自分に会釈をするのを見て一瞬驚いた様な顔をしてから、思い出した様に扉を閉めて雛里に話掛けた。

「雛里ちゃんがこんなに早い時間に此処に来るなんて珍しいね?何か、重大な用事が出来たの?私、席を外した方が良いかな?」

 

「ううん、月ちゃん。(まつりごと)の話じゃないから、気にしないで!あ、でも、正確にはちょっとは政も関わってるけど、でも……」

 一刀は、おろおろと月に答えようとする雛里の様子に微苦笑を浮かべて、納得した様に頷いた。

「分かったぞ。雛里は、午後からある馬謖(ばしょく)……智堯(ちぎょう)との謁見の事で来たんだろ?」

 

 

「あわわ!?あの……はい。そうです……」

「そう言う事なら、別に月が居ても不都合じゃないな。月、構わないから此処に居て、俺と雛里に珈琲を頼むよ」

 一刀がそう言うと、月は会釈をしてからキャスターを卓の横に付けると、台車の側面の扉を開けて手早く道具や茶碗を取り出し、慣れた手付きで珈琲を煎れ始めた。

 

「さて、智堯の話だったね?」

 一刀が改めてそう尋ねると、雛里は小さく頷いた。智堯とは、馬謖の真名である。智堯は、『白眉』の二つ名で知られる俊英、馬良の末の弟で、諸葛亮こと朱里や雛里が、蒋琬(しょうえん)董允(とういん)費禕(ひい)こと聳孤(しょうこ)らと並び、次代を担う若き才能として期待を寄せて来た少年であった。その強気な性格と軍略を学ぶ事への熱心さから、軍事を司る雛里に預けられていたのである。

 

 一刀が外史に帰還する一年と少し前、魏と蜀の間で大規模な模擬戦闘が行われる事となった。蜀が侵攻し、魏が防衛すると言う状況を仮想し、更には参戦する武将を限定するなどして限りなく実戦に近い状況を再現して、漢中に劉備こと桃香、長安に曹操こと華琳がそれぞれ駐屯まですると言う、とてつもなく大掛かりなものである。また、魏の総指揮官を任された秀才・郭嘉こと稟と、蜀の総指揮を任された鳳雛・雛里の知略戦と言う側面も持っていて、三国中が注目する一戦でもあった。

 

 両軍の主な参戦武将は、魏が『曹魏の五将軍』の一角として数えられる歴戦の勇将・張郃と、その部将として許緒こと季衣。蜀は『五虎大将』の一人、趙雲こと星と、その部将として魏延こと焔耶。その他は、実戦を積ませるべき若い青年将校達で構成されていた。

 より緊迫感を持たせる為として、大まかにしか定めていなかった演習開始の期日から三日の後、漢中より軍を発した雛里は、星と焔耶を箕谷に向かわせ、季衣率いる主力にぶつけて釘付けにするや、電光石火の勢いで西に進軍。

 

 進路上の敵拠点を瞬きの間に攻略して隴右地方を掌中にした後、長安を擁する関中地方との境にある“街亭”防衛の為に智堯を抜擢し、彼の幼馴染でもある女性士官、王平こと恭香(きょうか)を副官に付けて派遣した。しかし智堯は、度重なる恭香の諫言にも耳を貸さず、史実をなぞる様に山上に布陣。

 結果、稟が差し向けた張郃の軍勢に水路を立たれて大敗を喫し、拠点を失った蜀は、撤退を余儀なくされてしまったのである。

 

「街亭で稟と張郃を足止めし、星が森を動き回って季衣を撹乱しつつ釘付けにして、その隙に焔耶に兵一万を預けて長安に突撃させる――なんてなぁ……。稟のやつ、『あそこで街亭を落とせていなかったらまず間に合わずに負けていた。今考えてもおしっこ漏らしそうになります。あわわ怖い』って、眉間押さえてたぜ?」

「お、畏れいりまひゅ!?あうぅ、噛んじゃいました……」

 

 

一刀は、俯いた雛里の頭を身を乗り出して優しく撫でると、月が台車の天板の上で煎れてくれた二人分の珈琲を手に取って、自分と雛里の前に置いた。

「雛里は、前に俺が言った事を守ってくれたんだよな?あの大舞台で……自分の黒星になるって分かっててさ?」

「いえ、そんな大層な事じゃ……所詮は演習ですから、国益を損ずる訳でもありませんし……」

 

「??ご主人様。ご主人様が雛里ちゃんに言った事って、何なんですか?」

 月が、不思議そうな顔で一刀にそう尋ねると、一刀は苦笑を浮かべながら月に椅子を進めて、質問に答える。

「俺が天に還る前に、雛里に話してたんだよ。『智堯には取り返しが付かなくなる前に、どっかの段階で一回失敗させた方が良い』ってね」

 

「失敗、ですか……」

「そ、失敗。智堯は確かに優秀だ……でもな、月も太守をしてたから解ると思うけど、“一度も失敗した事のない奴”なんて、どんなに優秀でも、おっかなくて政権の中核になんか置けないよ。だろ?」

 一刀がそう言うと、椅子に腰かけた月は、僅かに太守だった頃の凛々しい表情を浮かべて、小さく頷いた。

「そうですね……政策に失敗したらどうなるのか、戦争に負けたらどうなるのか――“負ける事”を身を以って知らない人は、その怖さも知らないが故に、慎重になる事が出来ませんから……」

 

 僅かでも三国志の物語を知る者ならば、必ず耳にした事のあるであろう故事、『泣いて馬謖を斬る』。無論、一刀も知っていたし、実際の智堯を目の当たりにして史実の通り優秀な人材である事も確信していた。だが同時に、選良たる自負ゆえの脆さや傲慢さも、十分に感じ取れてしまったのである。

 その事に不安を抱いた一刀は、智堯が雛里に預けられたばかりの頃、雛里に『どこかで失敗させた方が良い』と、助言をしていたのだった。真に才気ある人物ならば、必ず失敗から学び取ってくれるであろうと思っての事であり、取り返しの付かない場面で痛恨のミスを犯し、折角の才能を無駄にして欲しくはなかったのである。

 

 しかしまさか、その失敗の場面が史実をなぞった軍事演習の場になるとは、一刀も考えてはいなかったが。

「あわわ……ご主人様の仰る事も尤もだと思い、私も何度か、智堯君の苦手そうな仕事を回したりはして見たのですが……」

 

 

「なまじ優秀だから、半端な事じゃあ失敗なんかしなかった、か……」

 雛里は、一刀の言葉を肯定して頷いた。

「正直、気が咎めなかったと言えば嘘になります。もし智堯君がこちらの思惑通りに失敗を犯したとしても、舞台は三国中の文官・武官がその結果を見守る大掛かりな軍事演習の場……その反動から来る世間の眼差しに、智堯君が耐えられるかと……」

「雛里には、辛い役目を押し付けちまったな……だがな、雛里。俺は、そこから這い上がれないなら、智堯はこのまま埋もれた方が幸せだと思う」

 

「ご主人様……」

 滅多に利かない一刀の厳しい言葉に、月は思わず目を見開いて、その顔を凝視した。その眼差しに気付いた一刀は、肩を竦めて苦い笑いを作って見せる。

「人の上に立つ事になれば――それが政に関わる立場なら尚の事、一つ一つの成功や失敗は後世にまで語り継がれ、延々と史家や民の批判に晒される事になる。大掛かりだろうが注目されてようが、多寡(たか)だか演習で大ポカやらかした程度の事で立ち直れなくなる様なら、国の大事を任せる事なんて出来ないし、誰も付いて来てはくれないだろ?どうせ、軍事演習の内容なんて歴史書に載る訳じゃないんだからさ。俺は今日の謁見で、その辺りを見極めたいと思ってる。雛里の想いも黒星も、無駄にはしないよ――絶対にね」

 

「……はい!」

 雛里は、一刀の力強い眼差しを嬉しそうに受け止めて、微笑みを浮かべた。一刀は、自分が雛里の訪問の理由に上手く答えられた事を確信して漸く肩の力を抜き、月謹製の珈琲に口を付けた。

「うん、美味い!また腕を上げたみたいだな、月」

 

「へぅぅ。ありがとうございます、ご主人様……あ、雛里ちゃんも、良かったら飲んで見て?」

 一刀の手放しの賞賛の言葉に頬を赤らめた月は、自分の前に出されたどす黒い液体の入った茶碗に難しい視線を投げている雛里に向かってそう言った。雛里は、月の言葉にビクリと背筋を揺らして、救いを求める様な視線を一刀に注ぐ。

 

「あぁ……雛里は初めてだったよなぁ。牛乳とか砂糖とか、混ぜた方が良いかも。月、持ってきてるか?」

「はい。ご主人様の分なら御座いますけど……」

「なら、それを雛里のやつに入れてやって。俺は、今日はこのままで飲めばいいから」

 一刀がそう言って、自分の分の珈琲に口を付けると、月は不安そうな雛里を安心させる様に微笑んで雛里の珈琲を台車に戻し、茶碗の中に、小瓶に入っていた牛乳や砂糖を適量入れてから、改めて雛里の前に置いた。

 

 

「牛さんのお乳ですか……あまり、頂いた事がないのですけど……」

 大分、色見が良くなった事もあって抵抗が薄れたのか、今度は素直に茶碗を手に取った雛里は、そう言って愛らしい形の鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。

「あ、香ばしくて良い匂い……」

 

「だろ?まぁ、怖がらないで飲んで見てくれよ」

「はい。では、頂きます……」

 雛里は、ゆっくりと茶碗に口を付けると、意を決した様に目を瞑って、一度だけ小さく喉を鳴らした。

「……雛里ちゃん、どうかな?」

 

 珈琲を煎れた月が、思わず不安そうな声でそう尋ねると、雛里はゆっくりと目を開けて、月の大きな瞳を見返した。

「……美味しい。美味しいよ、月ちゃん!」

「本当?」

「うん!香ばしくて、ほろ苦くて甘くて、まろやかで――凄く美味しい!」

「よかったぁ……」

 

「ははは。月に飲ませた時は、何も入れないで酷い目に合わせちゃったからな。学習しといて良かった良かった」

 一刀が、二人の様子を愉快そうに眺めながらそう言うと、月はほっとした表情で胸を撫で下ろした。

「はい。喜んでもらえて嬉しいです!」

 

「そうだな。珈琲には、滋養強壮の効果もあるし、忙しい雛里にはぴったりだろ。気に入ってもらえて、俺も嬉しいよ」

 一刀は、二人に向けてそう言うと、満足げに自分の分の珈琲を口に含む。

「あ、あの……」

 

「うん?どうした、雛里。おかわりか?」

 おもむろな雛里の言葉に一刀が悪戯っぽく返事をすると、雛里は頬を染めて、慌てて首を振った。

「い、いえ!智堯君に関わる事で、もう一つご主人様に御意見を頂きたい事があって――でも、これは臣下としてと言うか、私の個人的な心配なんですけど……」

 

「鳳雛先生が悩む様な事に、俺が答えられるとは思えないけど……」

「そんな事は……と言うか、私の周りでは、ご主人様以上にこの問題に適役な方はいらっしゃらないと思います!」

「ふぅん……まぁ、そう言われれば悪い気はしないな。一応、聞くだけ聞いてみるさ。話してくれよ」

 雛里は、手振りで促す一刀に小さくお辞儀をすると、数瞬の間、沈黙してから、改めて口を開いた――。

 

 

 

 

 

 

 

「えぇと、ここを右に行って、そこから二番目の角を――だったよね、確か……」

 緩やかなウェーブの掛った黄金色の髪を靡かせて、その少女はキョロキョロと辺りを見渡しながら独り言を呟き、小麦色に焼けた頬を人差し指で軽く掻いた。彼女の名は王平、真名は恭歌(きょうか)。先の軍事演習に於いて、潰走寸前の馬謖隊を見事に纏め上げ撤退戦を乗り切った事で、最近、株が急上昇中の若手の将であった。

 

 彼女は今、北郷一刀の召し出しを受け、彼の執務室に向かっているところである。が、如何せん、宮廷内にある一刀の執務室に一人で赴くなど初めての事で、何処をどう行けば良いのかさっぱり分からず、今もこうして曲がり角に差し掛かる度に辺りを見回して状況確認を行わねばならなかった。時計がある時代でも無いから、多少、時間が遅れても咎められる事はないが、流石に、主を長く待たせて不興を買う事となれば、非常に都合が悪いと言わざるを得ない。

 

 そう思うと、基本的に生真面目な性格である恭香は更に焦ってしまって、自分の選んだ道が合っているのかどうか、不安で仕方がなくなってしまう。しかも、建物の造りが似ているせいで先程から同じ所をグルグル回っている様な気もしていた。

「いや、でも、二つ目じゃなくて三つ目だった気もするし……」

 恭歌が、そう呟きながら頭を抱えていると、背中に静かな口調の声が掛った。

 

「ん?そこに居るのは、恭歌ではないのか?」

「へ?」

 恭歌が、声に釣られる様にして振り向くと、そこには、“魏の三羽烏”の異名を持つ三人の将が、それぞれに意外そうな眼差しを自分に向けていた。どうやら、恭歌に声を掛けたのは、李典こと真桜と于禁こと沙和に挟まれて真ん中に立っていた、楽進こと凪であるらしい。

 

「あああ~!!御三方、よくぞお声掛け下さいましたぁぁ!!」

「うわぁ!?こ、こら、恭歌。出会いがしらにひっつくな!一体、どうしたと言うのだ!!」

 凪が、自分を見るなり抱き付いて来た恭香を頬を赤らめながら引き離そうと必死になっている横で、親友二人は面白そうに笑っている。

 

 

「ははは。凪ぃ、相変わらずモテモテやんか。ウチら、お邪魔かいな?」

「百合百合しいの~!耽美なの~!沙和、ドキドキしてきちゃったぁ♪」

「馬鹿!訳の分からん事を言ってないで、恭歌を宥めるのを手伝えぇぇ!!」

 凪は、半泣きになりながら自分胸に顔を埋めようとする恭香を両手で防ぎながら、今や茹で蛸の様になった顔で真桜と沙和に大声を上げるのだった。

 

「まったく……それならそうと、初めから言えばいいではないか……」

 数分後、恭香から事情を聞いた凪は、恭香を案内して歩きがてら少々不機嫌そうに言った。

「ごめんなさい……不安だった所に、お知り合いと会えたので、つい……」

 恭歌が、申し訳なさげに先を行く凪の背中に向かってそう言うと、その横を歩いていた真桜がカラカラと陽気に笑った。

「ま、しゃあないて!隊長の生活空間に近いトコは、侵入者対策の為にワザと迷い易い様に出来てん。ウチらも、最初の頃は結構迷ったもんや。な、沙和?」

 真桜に水を向けられた沙和も、同意して何度も頷いた。

「そーそー!大変だったんだよぉ。あの頃は殆ど皆がそんな感じだったから、会議とかもいっぱい遅れてぇ、てんてこ舞いだったの~」

 

「そうやった、そうやった。一回も遅刻せぇへんかったのって、ウチの大将と雪蓮様と、思春か明命と一緒の時の蓮華様くらいやで、ホンマ」

「うんうん。確か、冥琳様も一回、やらかしちゃったんだよねぇ。だからぁ、恭歌ちゃんも心配する事ないの~。隊長はその辺り分かってる筈だしぃ、怒られたりしないよぉ」

 

「はぁ。そうだと良いのですが……」

 恭歌が、まだ少し不安そうに沙和の言葉に相槌を打つと、前を歩いていた凪は顎に軽く手を当て、僅かに首を傾げた。

「しかし、急なお召し出しとは……隊長は、恭歌に何の用があるのだろうな?これまでには、今回の様な事はなかったのだろう?」

 

「はい。きちんとお話したのも、数える程しかありません。一刀様と桃香様がこちらにいらっしゃる時には、私は大体、成都の方に居ましたし……」

「そうやな。ウチらが仲良うなったんも、つい最近やもん――」

「あ~っ!!」

 

「うわ!?なんや、沙和。急に大声出しよって!ビックリするやろが!」

 真桜が、唐突に叫び声を上げた沙和を非難がましい眼差しで見詰める。しかし、沙和はそんな事は気にも止めず、驚きで硬直してしまった恭歌の腕に自分の腕を絡ませ、悪戯っぽい視線をその顔に向けた。

「沙和、分かっちゃったぁ♪」

 

 

「『分かっちゃったぁ♪』って、隊長が恭歌を呼んだ訳がかいな?」

「む~!真桜ちゃん、今の、沙和のマネしたのぉ?全然似てないんだけどぉ!」

 沙和が、不本意そうに上目遣いで真桜を睨むと、真桜は呆れた様に溜息を吐いた。

「あ~はいはい。悪かった、ウチが悪かったて!ええから、さっさと教えてぇな。気になるやんか」

 

「え~!真桜ちゃん、ホントに分かんないの~?」

「当たり前やろが。なぁ、凪?」

 真桜がそう言って凪に水を向けると、足を止めて様子を見ていた凪も、生真面目そうに頷いた。

「あぁ。さっぱり分からない。教えてくれないか、沙和」

 

「えぇ~?もう、みんなニブちんなんだからぁ。“あの”隊長だよ~?可愛い女の子を部屋に呼んでする事なんて、一つに決まってるの~」

「は?」

「……はぁ?」

 

 同時に間の抜けた声を上げた凪と恭歌を他所に、真桜だけは何やら納得した様子で、両手をポンと打ち合わせた。

「あぁ!!ナルホドな、そら有り得るわ!!」

「でしょでしょ~♪」

 

「『この前はよくやったな、恭歌……御褒美に、今日はたっぷり可愛がってやるぜ……』」

「『いや~ん、ご主人様、ダメなの~♪』」

「いい加減にしないか、二人共。見ろ、恭歌が怯えてしまっているじゃないか」

 凪は右手で両の目頭を揉みながら、一刀と恭歌の声色(のつもりらしい)で下手な芝居を演じる真桜と沙和を諫めた。二人は凪の言葉で初めて、恭歌が顔を真っ赤にして硬直している事に気付き、揃ってバツの悪そうな笑顔を浮かべた。

 

「アハハ……堪忍やで、恭歌。冗談やさかい、あんまし気にせんといてな?」

「そーそー!隊長、あんなでも実はオクテだから、いきなり押し倒したりはしないの~……多分」

「“多分”は余計だ、沙和。恭歌、隊長は相手の気持ちも確かめずに、無理やり手籠めする様な御方ではない。心配はいらないぞ」

 

 

 真桜は、未だに不安げな恭歌を励ます様にその肩に手を乗せて、おどけた口調で凪の言葉に同意する。

「せやせや。ウチら三人かて、猛烈に迫って(ようや)く手ぇ付けてもろた位やし、他の側女になっとる人等も大体そんな感じやしな」

「はぁ……」

 

「て言うか、ホントにそんな事する人だったら、冗談でもこんな事言えないでしょ~?まぁ、恭歌ちゃんカワイイから、隊長の好みだとは思うけどね~」

 沙和がクスクスと笑いながら恭歌の頭を撫でながらそう言うと、恭歌は驚いた様な顔をして目を見開いた。

「か……可愛い?私がですか?」

 

「うん。可愛いよ!金色の髪も豪華だし、小麦色のお肌も健康的だし……でも、荒れてないよね~。お手入れどうしてるの~?」

「確かに、見た目はイケイケやもんな~。隊長、面食いやし。戦装束も派手やったからもっと砕けたヤツかと思うてたのに、話してみたら真面目でビックリしたの、よう覚えてるわ」

 

「あうぅ……そんな事いわれても……髪の色は生まれつきですし、肌は昔から外で遊ぶのが好きだったから気が付いたらこんな感じになってただけで……それに、鎧は先祖伝来の物で私の趣味じゃ……」

 恭歌は、滅多にない褒め言葉を連発されて先程とは別の意味で顔を赤くしながら、しどろもどろに言い訳じみた言葉を口にする。しかし、全ては言葉の通りであった。

 

 事実、恭歌は現代で言えば“ギャル風”とでも表現出来そうな見た目に反し、『不良っぽい気がする』と言う理由で耳飾り(ピアス)穴一つ開けた事が無い、非常に地味なファッションセンスの持ち主なのである。どちらかと言えば、今、真桜と沙和が褒め称えた黄金の髪や小麦色の滑らかな肌は、本人がいくら大人しくしていようとも嫌でも目立ってしまうが故に、彼女のコンプレックスの元となっている位だった。

 

「お前達……折角、話が丸く収まる所だったのに、また蒸し返す様な事を言うのか……」

「ひぃ!?悪かった!もう言わん!言わんから、氣ぃ溜めるんはナシや!怖すぎんで凪さん!!」

「そーだよぉ!暴力反対!なの~!!」

 凪の拳に込められた燃え盛る炎に、真桜と沙和が抱き合いながら慄いて怯えた声を上げると、凪は僅かに荒い鼻息を吐いて氣を収め、くるりと背を向け歩き出す。

 

「そう思うなら、悪ふざけは程々にする事だ……まったく、お前達はいつも調子に乗り過ぎる」

「自分かて、タマに空気読まへんやんか……はぁ、ほな行こか。沙和、恭歌」

「うん。危うく、消し炭になるトコだったの~。うぅ……」

「凪様は、怒ると怖いんですね……」

 

 

 真桜、沙和、恭歌の三人は、前方をズンズンと歩いて行く凪の背中を見遣りながら、それぞれに疲れた様な溜息を吐いて、再び歩き出すのだったーー。

 

 

 

 

 

 

「はい。どうぞ~」

 太陽が僅か西に傾き出した頃、昼食も政務も終えた一刀は、読み掛けの本のページに栞を挟むと、ノックの音に顔を上げた。すると、一刀の声に応える様にして扉が開き、そこから現れた凪が「失礼します!」と言いながら腰の両脇に拳を当てて深く礼をし、部屋に入って来る。

 

 続いて、「邪魔すんで~隊長~」と言う真桜の間延びした声と、「こんにちわ~、なの~♪」と言う沙和の弾んだ声が続き、声の主達が騒がしく凪の後から部屋に入って来た。

「よう。どうしたんだ、お前達。悪いが、飯ならさっき食べたばかりだから、今日は(タカ)られてはやれないぞ?」

 

一刀が(わざ)とらしく片眉を上げてそう言うと、真桜があからさまな溜息を吐いて肩を(そび)やかす。

「ヒドいわ、たいちょー。何でウチ等の顔見たとたん、昼餉(ひるげ)タカりに来たと思うねん」

「そーなの!サベツだよぉ~!!」

 

 便乗した沙和も、栗鼠の様に頬を膨らませながら抗議の声を上げた。一刀は、そんな二人の様子に苦笑しながら椅子の背もたれに身体を預け、僅かに伸びをして答える。

「いや、だってなぁ……凪、今日は何日だっけ?」

「二十日ですね」

 

 一刀は、打てば響く様に帰ってきた凪の返事に満足そうに頷いた。

「そう。別の言い方をすれば、給料日五日前だな。で、昼飯時に、凪は兎も角、お前等が揃って俺の執務室に来たとなると――」

「確かに、昼食をねだりに来たと考えるのは論理的ですね」

 

 

「え~!凪ちゃんまでそんなコト言うの~!?」

「せやせや!ウチ等を何だと思とんねん!!」

 流石に、凪にまで一刀の味方をされるとは思っていなかったのか、二人が揃って不貞腐れた声を上げると、一刀はまたも片眉を上げて、椅子から二人を面白そうに見上げた。

 

「へぇ。じゃあ、お前等、今月の給料いくら残ってるんだ?」

「ゔッ……!!」

「そ、それはぁ……」

「どうした。正直に言ってみろ」

 

「に……二千銭……くらい?」

 真桜が、あからさまに一刀の顔から視線を逸らしながら呟く様にそう言うと、横に居た沙和も「沙和も同じくらいかなぁ~……」と言って、両の人差し指の先を合わせながら乾いた笑いを浮かべた。

「お前らさぁ、結構な高給取りの筈だよな?まぁ、警備隊の隊舎に居れば最低限の飯は出るだろうけど、幾ら何でも無計画過ぎんだろうよ……」

 

「せやかて、今月は“カラクリ夏侯惇将軍ばーじょん参・零”の発売日があってん!普通、観賞用と遊ぶ用と実用と保存用と部品取り用の五つは買うやろが!!?」

「買わねぇよ!!つか、何をシレっと実用とか言っちゃってんだよ!?一体、何に使う気だよッッ!!?もう何時までカラクリ夏侯惇将軍のネタ引っ張ってんの!?いい加減、春蘭を開放して上げてマジで!!」

 

「そうだよぉ。真桜ちゃんのは遊びでしょ~?沙和はオンナを磨く為にぃ、お洒落な茶房を探したりとかぁ、お洒落なお洋服を買ったりとかぁ、お洒落な新作の香水を買ったりとかぁ、色々してたんだからしょうがないんだもん♪」

「やかましい!何が“もん♪”だ!!お前だって趣味に散財してただけだろうが!!第一、それ全部ちゃんと休みの日にやってたんだろうな!?」

 

 一刀は、逆ギレ気味に怒鳴り散らす真桜と、何故か胸を張って散財自慢をする沙和に全力のツッコミを入れると、疲れ果てて応接用の長椅子に崩れ落ちた。その様子を見た凪が、申し訳なさそうに頭を下げる。「すみません、隊長。私が二人の手綱を御しきれないばかりに、隊長にいらぬ御心痛を……」

「いや、凪で無理なら誰も出来ないだろ……俺も、桂花から散々イヤミ言われるし。最近、凪や愛紗の苦労が身に染みて分かって来たよ……もうツッコミどころが多過ぎて心より喉の方が痛いしな……凪、これからもめげずに頑張ろうな!!」

 

「うぅ……隊長ぉぉ!!ひしッ!!」

「凪ぃ!ひしッ!!」

何故か感極まって熱い抱擁を交わす二人を背に、真桜はちらりと沙和を見遣った。

「なぁ、沙和……ウチら、何時の間にか悪者(ワルモン)になってへん?なんや、凪だけエラい高感度上がってるやん……」

 

 

「あはは……どうしようね~。来月から、警邏中の見張りがキビしくなっちゃうかも~。どうやって撒いたら良いかな~?」

「困るんはソコかい!!って、コント漫才しに来たんとちゃうんかった……隊長?たいちょー?お取り込み中のところ悪いねんけどウチ等、隊長にお客さん連れて来てん」

 

 真桜は、凪と抱き合って涙に咽ぶ一刀に向かって、気を取り直して声を掛けた。

「客?何処に?お前達しか居ないじゃないか」

「へ?ありゃ、おっかしいなぁ。入り口までは一緒やったんやけど……なぁ、凪、沙和」

「あ、あぁ。確かに一緒だった……」

 

 感情を吐き出して落ち着きを取り戻した凪が、真桜に同意して怪訝そうに眉を(しか)める。

「おかしいなぁ……あ!ココに居たの~!!」

 部屋の中を見回した沙和が、執務室の扉を開いて廊下を覗き込みながら意外そうな声を上げ、一度その姿を消した。

「ほらほら~、早く入りなよぉ。お呼ばれしたんだから入って来なきゃ~。でないと、沙和たちが悪者のまま終わっちゃうの~」

 

「ん?あぁ、客って恭歌の事だったのか。お前等、恭歌を案内して来てくれたのか?」

「せや!エエ先輩やろ?褒めて褒めて~」

下がった好感度を取り戻そうとでも言う様に、“しな”を作ってもたれ掛かる真桜をデコピンで引き離した一刀は、沙和に手を繋がれたままオドオドと自分を見詰める恭歌に向かって話し掛けた。

 

「忙しいところを呼び付けちまって悪かったな、恭歌。まぁ、座ってくれ。この前の模擬戦では大活躍だったらしいな。よくやっ――」

「ひぃ!?ごめんなさいぃぃ!!!」

「ええええぇ!?何で労おうとしただけでガチ気味に拒絶されてんの俺!!?」

 

 一刀は、自分の言葉を遮って奇声を上げた揚句に沙和の後ろに隠れてしまった恭歌を茫然と見詰めて、当たり前と言えば当たり前の感想を口にして、助けを求める様に三人娘の顔を順繰りに見回した。

「あはは……な、なんでやろなぁ……(い、言えへん!まさか、さっき悪ふざけで隊長を悪代官みたいにしてもうたなんて口が裂けても言えへん!!)」

「さっぱり見当が付かないの~……(今日はこれ以上、好感度下げたくなの~。隊長の頭の上にバクダンが見えてるよぉ~!!)」

 

 

「実はですね、隊長。さっき――」

「凪さーーーん!!?」

「凪ちゃーーーん!!?」

「うぉ!?な、どうしたのだ二人共……」

 

 一刀に事の次第を説明しようと口を開いた凪は、突如として真桜と沙和に部屋の隅に引き立てられ、極至近距離にまで詰め寄られた。

「(オンドレこそ何してくさりおんのや!!頼むから空気読んで合してェ!!)」

「(これ以上、好感度下げたら、隊長のバクダンが破裂しちゃうの!!怒って“でーと”してもらえなくなるの~!!)」

 

「い、いや、真桜は兎も角、沙和は何を言っているんだ……!?」

「(しっ!声がデカい!!ええか凪。後で激辛杏仁豆腐でも何でも奢ったるから、今はウチらにあわ――)」

「お~い、お前ら~。大体の事は何とな~く分かったから戻って来こ~い」

「た、たいちょ~!?な、なんの事なの~?」

 

 沙和が、壊れかけたブリキ人形の様に後ろを振り向くと、どうにか恭歌を長椅子に座らせる事に成功したらしい一刀が、呆れ顔でこちらを手招きしていた。

「どうせまた、お前と真桜が悪ノリして、俺をどこぞの悪代官みたなヤツだって恭歌に吹き込んだんだろ?」

「どうしてそない正確に――」

「図星かい!!」

「ハッ、しもた!!?」

 

 一刀の誘導尋問に気付いた真桜が慌てて自分の口に手を遣った時には既に遅く、確信を得た一刀は困った様に頭を掻いて、今日何度目になるとも知れない溜息を漏らした。

「お前等ホントにさぁ……」

「ちちち違うのたいちょー!沙和も真桜ちゃんも、冗談のつもりだったの~!!それに、ちゃんと“ふぉろー”もしたの~!!でもまさか、恭歌ちゃんがここまで信じ易いとは思わなくてぇ……」

 

「もういいよ……どうせ元から色々言われてるし……兎も角、御苦労さんだったな。三人とも帰って良いぞ。仕事も残ってるんだろ?」

「あの……隊長、怒ってへんの?」

 気の抜けた様子で長椅子にもたれ掛かる一刀に、真桜が恐る恐ると言った様子でそう尋ねると、一刀は呆れて首を振った。

 

 

「こんな事で一々腹を立てて、お前等の上官なんぞ務まるか。それに、お前等の仕事が滞ると、また俺が桂花に罵倒されなきゃいけないんだからな」

「流石は隊長!その寛大な御心、海の如しです!!」

「はいはい!凪ちゃんが“隊長らぶ”なのはよく分かったから、お邪魔にならない内にお(いとま)するの~!!」

 

 沙和が凪の右腕をがっちりと掴むと、阿吽の呼吸で反対側に回った真桜が、残る左腕を豊かな胸元に引き寄せる。

「せやで~凪。忠勤も行き過ぎたらウザいだけや。ウチ等はここいらで失礼しよなぁ!!」

「お、おい。待て!せめてきちんと暇乞いを――って、分かった、自分で歩くから!!」

 

「はぁ……最後まで姦しい奴等だな」

 一刀はそう呟いて、凪を引き摺ってそそくさと部屋を出て行く真桜と沙和の後ろ姿を見送ってから、改めて恭歌に向き直った。

「さて、と。さっきは何だかうやむやになっちまったが、この前の演習では御苦労だったね。もっと早くに顔を合わせたかったんだが、入れ違いになったり何だりで遅くなっちまって、すまなかった」

 

「いいえ!!あ、あの、こうして親しくお声掛け頂けただけで、身に余る光栄です!!」

 恭歌は、未だ一刀を警戒しながらも如何にかそれだけを言うと、再び俯いてオロオロと視線を彷徨わせた。一刀は苦笑を漏らして立ち上がり、窓まで歩いて言って大きく開け放つと、窓際に腰掛けて煙草に火を点けた。

 流石にこれだけ距離が離れていれば、少しは安心してもらえるだろうと思ったのである。

 

「で……だ。報償を断り続けてるそうだけど、どうしてなんだい?」

「!?い、いえ。その事については、雛里様にもお話しました通り……」

「隊そのものは敗走してしまったから――あぁ、それは聞いてるよ。で、本音は?」

 一刀は、雛里の懸念が事実かどうかを確かめる為に、間髪を入れずに恭歌の言葉を継いだ。恭歌は、問い詰める様な一刀の口調に僅かに身を震わせると、口を一文字に引き結んで押し黙ってしまう。

 

「自分だけが昇進したら、智堯に申し訳ないから……じゃないか?」

 恭歌の、弾かれた様に上げた顔にこびり付いた表情が答えだった。雛里の立場からは強く聞く事は出来ず、周囲の女性達も、同じ女性であるが故に踏みこめなかった事。恭歌の智堯への想いである。

「幼馴染みなんだもんな、二人は。片や大ポカやらかして御役御免で謹慎――それなのに自分は家禄加増の上に昇進とくれば、申し訳なくて受けられない――って事なのかな?」

 

 

 一刀は、敢えて居丈高(いたけだか)に恭歌に言い放ちながら、その一挙手一投足に目を凝らす。例え口ではどう言おうと、目線や僅かな身体の動きは決して嘘を完璧に覆い隠せはしない。それこそ、熟練のプロファイラーや心理学者でもない限りは。

 恭歌の仕草の中に、ある程度満足のいく答えを見出した一刀は、質問の方向性を変えて見る事にして煙草を灰皿に突っ込み、執務机の上に置きっぱなしだった茶碗を手に取って、すっかり冷めてしまった茶を啜った。

 

「惚れてんのかい?」

「!!?ち、ちが……違いますッ!!あ、あの。そんなんじゃ、なくて……その、友達を踏み台にして出世したみたいで……何だか、申し訳なくって……それで……」

「ふぅん。そう」

 

 確証は得た。一刀はそう直感して、言うだけ言って再び俯いてしまった恭歌の頭頂部に微苦笑を向ける。若さとは、なんと愛おしいく眩しいものである事か。だがまだ、彼女にこちらの思惑を悟られる訳にはいかない。

 

「まぁ、どちらにしろ、今の恭歌の態度は、智堯に取っては逆効果だと思うんだけどね」

「え?」

 恭歌は、口調を緩めた一刀の言葉に、思わず顔を上げた。

「男ってのは、ちっぽけな自尊心で生きてるもんなのさ。まして智堯は、それでなくても誇り高いやつだからな。幼馴染みが自分に遠慮して昇進を断ってるなんて知ったら、それこそ悔しいんじゃないかなぁ。自分のケツ拭いてもらった上、情けまで掛けられてる……ってね」

 

「私、そんなつもりじゃ――!!」

「ふむ……恭歌はさ。最近、きちんと智堯と話とかしてる?」

 恭歌は、一刀の問いに「いえ……」と呟く様に答えて、膝の上に置いていた両手を、きつく握り締めた。

「智堯が、話すのを嫌がってるのか?」

 

「違います……あの、謹慎中にも挨拶に行ったりはしてたんですけど……なんて言うか、上手く会話が噛み合わないっていうか、話が続かないっていうか……こんな事は初めてで、どうしたら良いのか分からなくて……」

「そうか。まぁ、謹慎も解けた事だし、その辺りは追々改善していくとは思うけどな。兎も角――」

 一刀は内心、『色々と重症みたいだねぇ』と独りごちながら、一息間を空けて口を開いた。

 

 

「報償の話は、どんな形でも良いから受けてもらうよ。俺が直接関わった訳じゃないにしろ、桃香――即ち蜀の君主が一度口に出して臣下である君の業績を褒めた以上は、君に報償を与える義務がある。正当な理由が無いのに断られたら、蜀漢王室の威信にも関わるんでね」

 一刀は言外に、『どうしても断りたいなら、何でも良いからそれらしい理由をこじ付けろ』と言ったつもりだったのだが、恭歌は理解したのかしていないのか、小さな声で「はい……」と消え入りそうな返事をしたきり、また押し黙ってしまった。

 

「恭歌はさ。良くも悪くも真面目過ぎるな」

 一刀が思わず苦笑を堪え切れずにそう言うと、恭歌はキョトンとして一刀の顔を見詰めた。

「ん、なに?」

「いえ!何でもありません。御無礼しました!!」

 

「あのな、恭歌。俺は別に、君を諫める為に此処に呼んだ訳じゃないんだよ?ちゃんと会って、きちんと君を労いたかったって言うのは本当の事だ」

 一刀はそう言って、長椅子に座る恭歌の傍に歩み寄ると、その肩に軽く手を乗せた。

「しかしな。国力で劣る蜀漢がこれからも魏呉と対等な同盟関係であり続ける為には、君達の様な次代を担う武官・文官を育てる事こそが第一であり、急務でもある。俺の国ではマンパワーって言うんだけど、“人の力”こそが蜀漢の一番の財産であり、武器だからね。だから有能な人材には、早く政について学んで欲しいんだ。それはだけは、分かってくれ」

 

「はい……恐悦至極です。でも、私は碌に字も読めませんし、ちーちゃん――じゃない!智堯君の様に頭が良い訳でもないです。そんな私が……」

 一刀は、僅かに垣間見えた智堯と恭歌の本来の関係に暖かな微笑を浮かべると、乗せていた手でポンと恭歌の肩を叩いた。

 

「知識が無い事と愚かな事とは、同義ではないよ。少なくとも君は、魏の精鋭の猛攻を防ぎ切って見事に部隊を撤退させた――撤退戦てのは、どんなに修練を積んでも先天的な才能がなければこなせないものさ。自信を持つと良い。それに、解らない事が多いって事は、まだまだ学べる事が沢山あるって事でもある。それは、素晴らしい事だと思わないか?」

 

「北郷様……」

 一刀は、鱗が落ちたと言わんばかりの恭歌の真っ直ぐな視線が照れ臭くなって彼女の肩から手を離すと、自分も改めて正面の長椅子に座り、恭歌と向かい合った。

「確かに、人間同士の戦争は終わったけどさ。まだまだ中原は乱世の空気から抜け切ってはいないし、人外の脅威もある……何時、誰が死ぬか分からないんだ。学べる事は学べる内に学んでおいた方が良い。俺達が作った国を愛してくれているのなら、そして、次の世代に残したいと思ってくれているのならな」

 

「はい。この王子均、御言葉を肝に銘じまする……!」

「よし、話は以上だ。報償の件は別に家禄や昇進でなければいけない訳じゃない。もう少し時間をやるから、よくよく考えてみてくれ」

 一刀は、立ち上がって包拳の礼をとり礼儀正しく退出した恭歌を座ったまま見送ると、再び窓際に行き、初夏の風に吹かれながら煙草に火を灯す。直に夕刻であったが、随分と日が長くなって来た事もあって、外はまだ十分に明るかった。

 

「“ちーちゃん”か……脈はありそうなんだが、どうにも難しそうだな。あ~あ、安請け合いなんかするもんじゃ無いやねぇ」

 一刀はそう独りごちて大きく伸びをすると、煙草を口に咥えたまま、困った様に首を鳴らして空を仰ぐのだった――。

 

 

 

                    あとがき

 

 はい!今回のお話、如何でしたか?すっかり更新が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。色々とやる事が多かった上、動きの少ない会話メインの回だった為、難しくて中々執筆のスピードが上がらなくて……。

 漸く脱稿出来て、正直ホッとしていますw今回は、王平をオリジナルキャラ“恭歌”として登場させました。何か、個人的なイメージとして“現場の将”って感じだったので、健康的な小麦色の肌にしようと考えていたんですが、『そう言えば、黒ギャル系って居なかったよな』と思い付き、ゴージャスなブロンドの女の子に……でも根は真面目なので、よく知らない人からは誤解されてると言う設定ですw

 

 因みに、街亭の戦い(演習)は、北方版三国志を参考にしておりますので、あしからず。王平さんって凄く優秀な人材なのに、イマイチ三国志系では知名度低いですよねぇ。

街亭での撤退戦の手腕は言わずもがな、張郃や魏延、ついでに曹爽なんかも撃退してますし、最終的には太守・大将軍と順調に出世してるのに……。本家無双でも、実在したかしてないか分からん関羽の子供より、王平さんとか費禕の方が余程、晋勢とも絡め易かろうと思うんですが……。

 

 さて、今回のサブタイ元ネタは、

 

 我がよき友よ/かまやつひろし

 

 でした。私の産まれた頃には既にバンカラなんて存在してなかったですが、大人になってこの歌を聴くと、何故か無性に高校時代の友人などに会いたくなってしまいます。普遍的な旧友への想いの様なモノを思い起こさせてくれる曲です。

 

 次回は馬謖こと智堯が登場予定。冒頭で話題に出て来た“彼”も出して行きますが、レギュラーになるかは未定です。いつもの様に支援ボタンクリック、コメント等、お気軽に頂ければ 大変励みになりますので、是非宜しくお願いします。

誤字脱字報告も頂けるととても有り難いです。

 

 では、また次回お会いしましょう!!

 


 
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