「おはよう」
早朝。
いつものように教室のドアを開け、カイトは教室へと入る。
けれど教室の様子はけっして"いつもと同じ"ではなかった。
「どうしたんだ? "これ"」
席に着席しながらカイトはアリサとすずかに問いかけた。
二人はおはようと、挨拶を返してからカイトの問いかけに答えた。
「はやてよはやて。かなりの噂になってるみたい。あまり登校してなかったみたいだし、ある意味で幻の女の子みたいなものだしね。噂にもなるわよ」
「なるほどな……」
昨日からの予想通り、はやてという存在はかなり目立つことになるようだ。それも、予想以上に。
「噂が独り歩きしてるわね……。なにが目からビームをだすよ、人間じゃないっての」
「……目からじゃなきゃ、ビームではないにしろ光線みたいのは出せるみたいだけどな」
ボソッと、二人にしか聞こえない声で言った。
不可解な力。そういう意味で言えば、目からビームも魔法も変わらない。
「……で、当のはやては?」
「職員室に行ってから来るんじゃないかな? 復学の手続きとか色々とあるみたいだから。」
そうなのかと、すずかに返事をしながら思う。
なのは、フェイト、はやて。
なのはとはやては、未だ正式な管理局員ではないにしろ、彼女たちはあちら側の人間……つまりは管理局に属する警戒すべき存在だ。そんな彼女たちと一緒に居ていいのかという考えが彼の脳裏によぎっていた。
管理局側の人間で、警戒しなくてもいいと思われる例外はゼストたちと、おそらくはミネロ・グラシアの息がかかっている者たちだけのはずだ。
そう、この前のクロノのように動きを探ってくる可能性だってある。もし、そうであるならば……。
(……ハハ。先生、約束守れないかもしれません)
自嘲。
それを見た人であれば、"痛々しい"と表現したかもしれない。
けれど……。
幸か不幸か。
その笑みを見た人は誰一人として居なかった。
* * *
授業が始まる五分前。
それを告げるチャイムが校内に鳴り響く。
それと同時に、二人の少女――なのは、フェイトが教室内に姿を表した。
「おはよ、なのは。遅かったわね~?」
いつもどおりの挨拶。
けれど、少しだけ違うのはなのはが少し息切れをしていることだろうか?
「うん、おはよう。アースラから急いできたんだけど、こんな時間になっちゃった」
彼女いわく、早朝の訓練に集中しすぎてしまい、こんな時間になったという。
フェイトはその時すでに準備を終えていたものの、まさか時間を忘れてまで訓練しているとは思わず、彼女を探すために時間を費やしてしまったそうだ。
……誰かに連絡すれば、なのはを探すことぐらい容易いのではないか? と、思ったのは秘密だ。
「あっ、そうだ! はやてちゃんが……」
「はやてが復学するって話でしょ? 昨日、聞いたわよ」
「……そうなんだ」
しゅん……っと、なのはは落ち込んだ。
おそらく、この場にいるものを驚かせるネタとして使用したのだろうが……常識的に考えて、クラス変更してくる生徒が居るのに、それを伝えない教師というのはありえない。
「でも良かったよね。はやてちゃんが復学できて」
ふわふわした感じですずかが言う。
はやてと一番仲がいい友人を上げるとすれば? と、問いかければまず間違いなく彼女の名前が上がる。(守護騎士入れるとわからないが)。
だからこそ、はやての復学に対して一番喜んでいるのは月村すずかという少女なのかもしれない。
「それで、はやては?」
「はやては職員室に寄ってから来るって昨日言ってたよ」
フェイトの話を聞いて、アリサはふーん……と答えた。
どちらにせよ、あと数分もしないではやてはこの教室へと来るだろう。
……そして、二回目の――本鈴のチャイムが鳴り響く。
「それじゃ席に着きましょうか」
うんと答えると、なのはとフェイトは自身の席に着席した。
「はやて、か……」
小さく、名前をつぶやく。
数ヶ月前には、さすがに毎日ではないが、結構な頻度で会っていた少女。けれどあの……闇の書の防衛システムとの戦いのときから、カイトはあまりはやてとは会っていない。
自身が居なくても大丈夫だろう。という考え。それはつまり彼女と会う"理由"が消えてしまったという意味を持っていた。
そしてもう一つ、今はやてと会うのに抵抗がある。
その原因は勿論、同じ顔と声と持つ少女――闇統べる王の存在だ。
考え方の違いなど、彼女たちは決して同一人物だとはいえない。けれど、それでも、カイトは闇統べる王を通しはやてを思い出し、そしてそれとは逆もまたありえるのだろう。
誰に対しても横暴な態度で接する闇統べる王。
誰に対しても穏やかな態度で接するはやて。
全く違う、けど同じ二人。
二人をよく知るからこそ、カイトははやてと積極的に会おうとはしない。
何故そうしようと思ったのか。その理由は彼自身も分からなかった。
* * *
「八神はやて言います、今日から復学することになりました! 皆、よろしくな」
少しだけ訛った言い方をしながらも、丁寧にはやては挨拶をした。
そして挨拶をし終えたとき、わっ! と教室が盛り上がった。
『どうして学校を休んでたのか?』、『足は大丈夫なの?』と言った重要な質問から、『好きな食べ物は?』、『どこに住んでるの?』と言ったはやて自身に対する質問が教室中に飛び交う。
その盛り上がりように少しだけ眼を丸くしてから、ゆっくりと一つずつはやては答えていく。
すでに授業が始まっている時間ではあるものの、担任は止めることなく、自身の椅子に座り事の成り行きを見守っている。
その表情はどこか……安心しているように見えた。
「……なんだ。大丈夫そうじゃない」
「みたいだな」
質問が飛び交うということは、はやてに対して皆が興味を持っているということだ。
こうして質問に答えていけば、はやては最低でも教室に居る生徒と一回は会話することになるはずだ。そうすれば、彼女は浮いた存在になることなく、自然に溶けこみ、カイトたち以外の味方を作ることができる。
結局のところ、カイトと担任の心配は杞憂のものであるということだ。
そう、これで何も心配はいらなくなった。
教室の様子を見て、カイトはそう確信した。
カチッ。
何かがはまった音がした。
それがなんの音なのか、それを知るものはこの場にはおらず、ただこうしてひとつの幸せが実った結果がこうして実現しただけだった。
「…………ただまぁ」
はやてを取り囲む状況を改めて見る。
「そろそろ助けたほうがいいんじゃないか? あれ」
「――! ならあんたが行動なさいよっ!」
繰り返し言おう、興味を持つのはとても良いことだ。
けれど、昔の人はこうも言っている。
好奇心は猫をも殺す、と。
今回の場合、それに当て嵌まるか少しだけ疑問ではあるものの、興味をもつのもほどほどに。という意味を持つ。
さて、では今回の場合どういう状況になっているかというと……。
「こらー! あんたら少しおちつきなさーいっ!」
まるでお菓子にたかるアリのように、はやての近くには数多くの子どもたちがいた。そして矢継ぎ早に質問攻めにあい……結果、八神はやては眼を回していた。
「……事故にあってからは、人混みにはあまり近づいてなかったろうしなぁ」
車椅子生活となったはやて。
もともと人のいい彼女であるならば、こう考えるだろう。
「あまり人に迷惑をかけない生活をしよう」
完全に周りに迷惑をかけないようにするのは、誰であっても無理だ。けれどできるだけ迷惑をかけないように生活することは可能だ。
例えば人混みに……人が多い場所に近づかないようにする。ということのように。
その結果がこれ。迷惑かけ内容にしよう、近づかないようにしよう。そんな考えが彼女の心を蝕み、気づかないうちに多くの人が居る場を"苦手"とするようになってしまった。
とはいえ、元来人を苦手としていないとおもわれる八神はやて。その苦手という無意識の意識は、時間が解決してくれるだろう。
だが、まだその時ではなかったのだろう、はやては人の波に飲まれた結果目を回し、ふらふらになった。つまりは人酔いしているということだ。
「でも気づいてたなら、どうして止めなかったんですか?」
「異性が止めるよりも、同性が止めるほうが自然だろ? これ以上目立ってもあれださ」
「それは……そうですね」
少し困った表情ですずかは言った。
実際ここでカイトが介入した場合、カイトとはやての関係の話にまで及ぶことになる。そんな火が出てる場所にガソリンを撒くような趣味を生憎と持ちあわせてはいなかった。
しばらくするとアリサと、事態に気がついたなのはとフェイトの介入によって事態は沈静化することになる。
とはいえ……十分ぐらいはやての目はぐるぐると回り続けていたが。
そして時は昼。いつものように昼食を知らせる鐘が鳴り響く時間となった。
* * *
いつもであれば屋上で昼食を食べるのだが、今回ははやてが居るということもあり、食堂で食べることになった。
教室での事態から考えてあまり、目立たないほうが良いと考え、食堂の隅の席を陣取ることにした。
「はぁ~……予想以上に大変だったわねー」
席について一息ついてからアリサは言った。
「……ごめんな? 迷惑かけてしもうて」
「あっ、はやてのせいじゃないわよ? ただあの野次馬精神に恐れ入ってるだけでよ」
ちなみにの話だ。
はやてが復学したという話は、一瞬のうちに校内を巡り回った。
最近あまりイベントなんてものがなかった反動か、犇めくアリのように続々とはやてを見に来る人が大勢いた。その他人の迷惑を顧みない行為はまるでマスコミのようだと思えた。
「興味を持ってもらえるのは嬉しいよ? 限度はあるけどな」
とは、はやての言葉だ。
確かに嫌われるよりはマシなのかもしれない。
それからの会話は主にカイト、アリサ、すずかがなのはたちの居ないときに起きたことを話すというのが中心となる。
はやて達の質問に一つずつ答えている。内容は主に"自分たちがいなかった時”について。
それだけを見れば特におかしいことはない。
誰だって自分たちがいなかった時の話は気になるものだ。特になのはたちのような歳の子供は特に顕著だと言える。
カイトも最初はそう思っていた。
そう、最初は。
最初に感じた違和感の正体は、フェイトの態度だ。
これまでに何度も記述していることではあるが、フェイトの母"プレシア"を殺したのは他でもないカイトだ。だからこそ、フェイトは彼の存在を無視しようと――意識して無視しようとしている時点で無視できていないが――心がけている。
そんな彼女がだ。
今日に限っては、カイトの方を向き話を聞いている。
楽しんでいるというわけではない。
ただ話を聞いているだけ。……だが、だからこそおかしい。
そして人間。一つおかしなことがあると、小うるさい姑のように細かいことが気になっていく。
なのはとはやて。
彼女たちの方を改めて見ると、これまたおかしなことに気づく。
表面上は笑っている。
でも目は決して笑っていない。
そのことに気づいたとき、ふと彼女たちと同じ目をしていた少年のことを思い出した。
時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。
ゼスト・グランガイツについて尋ねたきた少年ーー彼のことを。
「ーーーあー、そういえば。おかしなことがあってさ」
「え? おかしなことってなんやの?」
ぐいっ! と、はやてが前に身体を動かした。
「あぁ、丁度お前たちがいない時にさ、ある人に会いに行って……それからしばらくしてかな? あることを言われたんだ」
間を開けること数秒。
その間、なのはたちの様子を見て”確信”する。
「ーー管理局には気をつけろ」
「ふぇ?」
「そう言われたんだよね。さて、それがどういう意味を持つのか。俺にはさっぱりだけどもさ」
微妙な空気が流れる。
いつもであればアリサなり、はやてなり、なんなのそれ~? という感じにツッコミが入るところなのだが、それが全くない。
ただ目を見開き、どこか戸惑った様子を見せるだけだ。
「(これは……ビンゴかな?)」
”管理局には気をつけろ”
全くの冗談であると思っていたのだが、この様子だと冗談ではなく、ほんとうの意味で気をつけなければならないのかもしれない。
そう結論づけ立ち上がる。
「まっ、どういう意味かさっぱりわからないけどさ……」
弁当箱など諸々の持ち物を手に持ち、ズボンに付いた誇りを払いながらカイトは言う。
「願わくば、気をつけなければならない状態にならないことを、祈ってる」
こうして、ひとつの関係が終わりを告げることになる。
少しの考え方の違い。
関係の違い。
少しボタンを掛け間違えただけ。
それだけで人の関係というものは紡がれ、別れる。
今回の一件もただそれだけのこと。
カイトは管理局に疑念を持ち、彼女たちは管理局員。
彼女たちは自身の仕事を果たすために、カイトの話を聞く。それが自分に与えられた仕事であるがゆえに。
たったそれだけのこと。
それだけのことが、ひとつの関係に終止符を打つことになった。
そして、戦いの火蓋はまた……切って落とされることになる。
切っ掛けは白髪の少女が一枚のメモに書き記した一文。
それこそが今回の戦いの始まり。
カイト以外の異界の存在も含めた……終わりと始まり。
そんな戦いが今、始まろうとしていた。
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7thDay 一つの答え
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