午後の授業が終わりを告げた。
普段はあまり長い話をせず、授業が終わり次第すぐ解散するカイトたちの担任にしては珍しく、十分ほど話があると彼らを呼び止めた。
「あーあー。三学期に入り、ひと月ほど経ったわけだが……。ここでお知らせがある。君たちに友人が増える」
担任の言葉に、生徒たちは喜びの声を上げた。
そして、その友人についての質問が次々と担任に対して押し寄せてきた。
「静まれ。楽しみは当日に取っておいたほうがいいだろう? というわけで私は黙秘をさせてもらう」
その言い草に何人かが不満を漏らしたものの、この担任との付き合いは一年近くになるため、子供の彼らでもこうなった彼女が梃子でも動かない人物であると把握していた。そのため、数秒もたった時点で不満の声は上がらなくなった。
「このクラスに来る子は明日登校してくるからな。覚えておいてくれ」
"はーい!"と子供たちは声を上げた。
「では解散! ……っと、バニングス、月村、天音はついてきてくれ」
呼ばれた三人は顔を見合わせ「なにか知っているか?」と、声に出さず尋ねるものの、誰も知らない様子だった。
「まっ、付いて行ってみましょ。すぐわかるでしょ」
「それもそうだね、天音くんも行こう?」
カイトは頷き立ち上がる。
本音を言えば、闇統べる王のことを考えて早く帰りたいところだが、担任に呼ばれてしまっては仕方がない。小学生であっても、組織は組織。指示には従い、動かなければならない。
三人が教室を出た所で、担任は入り口の少し横で待っていた。
「すまないな。本当はあまり生徒に負担は掛けたくはないんだが、こればかりは君たちの力が必要なんだ」
歩きながら言う担任。
「負担がかかることなんですか?」
「あぁ、そうだな。もしかしたら負担かもしれない。。ただそれを負担に思うかどうかはその人次第だ。君たちならわかるだろう?」
この教師もまた、アリサたちを年齢通りの人間ではないと見ている。一年も付き合えばそう思うのも当前だろうが。
それからしばらく歩く。
そして担任が案内した部屋、そこはゼストたちと初めて会ったあの部屋だった。
「さてと、それじゃ話をしようか。八神はやて、君たちは彼女を知っているな?」
「それはまぁ……。去年の冬入りじめぐらいからの付き合いですけど」
「ん、情報通りだな。まぁここまで話せばわかると思うが、話とは彼女のことだ。もともと身体が弱かったのと、足が不自由だったという理由で、彼女が学校に来てないのは当然知っているな?」
三人は頷いた。数年前に起きた事故と、狂っていた夜天の書の影響で、去年入院していたのを知っているのだから、彼女が学校に来ていないことぐらい彼らにもわかっていたし、聞いていた。
「ならもう知っているだろうが、彼女の体調が回復していてな。医者からも、まだ車椅子は必要だが、学校に通うぐらいは十分だと言っているそうだ」
「そっか、それじゃあたしたちを呼んだのって八神さんのことだったんですか?」
「あぁ。体調が回復したと言っても、あの子はまだ車椅子だ。おそらく、彼女を好奇の目で見る者も居るはずだ。だから、学校に復帰する前に味方を作っておきたいと思ったんだ。だが、それも必要なかったかな」
冗談交じりに言う担任に、アリサが真っ先に「もちろんです!」と答えた。
「そうか、なら良かった。学校に復帰して今度は不登校になりでもしたら……と不安だったが、心配は無いようだな。うん、安心した」
担任が立ち上がる。
「というわけだ。私から言うのも何だが……八神さんをよろしく頼むよ」
「「「はい」」」
「……うん。それじゃ帰りを遅くしてしまって悪かったな。各々気をつけて帰ってくれ。それじゃ、また明日な」
三者三様、担任に挨拶をしたあと、三人は部屋から出た。
「でもあれよね。はやてのことを態々頼まれなくても、友達なんだから困ってたら手伝うわよねぇ?」
わからないなぁと、アリサは言う。
「それだけはやてちゃんのことが心配だったんだよ。先生、色々なところがあれだけど、優しい人だから」
彼女を諌めるようにすずかは言った。それに対してアリサも「わかってるわよ、そんなこと」と答えた。
「……二人が先生のことを分かってるように」
今まで黙っていたカイトがポツリとこぼした。
「先生も二人のことをわかってるとはおもう。でも、一応確認は取らないと心配なんだろ。先生にも立場があるから」
「それ、やっぱり信用してないんじゃない? あたしたちのこと」
「俺たちは子供だ。"大丈夫"、"できる"、そんなことを言って、後に反故にするやつだって多くいる。だから、彼女を助けようと思うなら、少しだけでいいから責任……違うな。覚悟を持ってほしいってことだと思う」
先生はこう言った。
「好奇の目に晒されるかもしれない」と。
「はやてがそんな目で見られるってことは、その近くに居る人物もまた同じ目に合うと思う。だから、はやてが普通にいる……そんな日常が訪れるまで頑張って欲しい。そういうことじゃないかな」
才あるもの。
人とは違うもの。
様々な理由はあるだろうが、おおよそにして自分とは違うものに対して、人は排他をを行う。それは、自分を守るための言わば自衛行為とも言えるが、やられた側に対してはたまったものではない。
「胸糞は悪いが、はやてと一緒にいるということは、そうなる可能性も含んでるってこと。当然そんなことは誰も望んじゃいないけどさ……俺も含めて」
目尻を上げていたアリサに、諫めるようにカイトは言った。
「人間はそんな綺麗なものじゃないから、仕方ないといえば仕方ないけど……近くにいる人間からすれば、許容はできないわな」
「……なんか」
「ん?」
目を数秒泳がせてから、決心したかのようにアリサは口を開いた。
「まるで、自分が人間じゃないみたい」
その言葉を聞いてカイトは歩くのを……いや、動くのをやめた。
それに気づき二人もまた歩みを止める。
それから数秒後、彼もまた静かに口を開いた。
「……そうかもな」
* * *
一人家への道を歩く。
アリサもすずかも塾があるということで、学園の校門で別れた。そのときにバツが悪そうな顔で「またね」と言っていたアリサが印象的だった。
「悪いことしたかな」
『まるで自分が人間じゃないみたい』
あのときのアリサの言葉に対して「なんだよそれ!」とか「そうかもしれないぞ?」とか、怒った風でも軽い感じでもいいから、受け流すべきだったのかもしれない。
でもなぜか、カイトはそれができなかった。
あの言葉を言ったのが、なのはやフェイトだったら簡単に受け流すことが出来たとは思う。けれど、それができなかったのはやはり……。
「……そっか。嘘をつきたくないんだな、二人には」
アリサとすずか。
この世界にやってきて、一番付き合いが長いのはこの対照的な二人に間違いない。それはつまり、カイトにとってこの世界で最も大切な人間であるという答えでもあった。
「ゼストさんは俺に後を託すようにディスクを渡した。なら、俺も……」
"自分が居なくなった場合のことを考え、後の人物に託すべきだ"。そして、それを頼むことができる人は彼女たちしか居ない。
それが、カイトの出した結論だった。
* * *
「むむむ~……!」
カイトが家に帰ると、紫天の書を睨みつける闇統べる王の姿があった。彼女が来て、しばらく経ったが、以前残りの二人が姿を見せることができるほどの魔力は補充できていないらしい。
ちなみに、カイト……ジュエルシードの魔力では濃密すぎて、今眠っている状態の残り二人に対し、悪影響が及ぶ可能性があるらしい。そのことに気づいたときの、彼女の落胆ぶりはすごいものだった。その代わり、こうして家に住むことになったのだが。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない。全く反応がないから心配なだけだ」
「この前反応あったんだっけ?」
「うむ! シュテル……理のマテリアルの反応が一度だけな。まぁ一応ではあるが、二人ともゆっくり寝ているようだし、問題はなかろう」
『……実はもうすでに回復していて、惰眠貪ってるだけだったりしてな』という考えがよぎったものの、眠っている二人の真意を図れるはずもなく、心に押しとどめた。
「あぁ、晩のご飯は六時になったら作るようにしてあるぞ」
「頼んだ」
「うむ、任された」
最近のご飯関係は闇統べる王が一手に引き受けていた。最初の一日、二日ぐらいはカイトが作っていたのだが、「自分で作ったほうがうまい!」といい、彼女が自分から作るようになっていた。
「……それじゃ俺は着替えてくる」
「分かった……っと、そうだ。一つだけ聞きたいことがある」
「なんだよ?」
迷いは数秒、闇統べる王は口を開いた。
「もし……我に付いて来いと言ったら、お前はどうする?」
「……は?」
カイトにとって予期しない質問だった。
なんの冗談か。そう言おうとした所で、目の前の少女の眼が、決して嘘を言っていないことに気づいた。
いつもの横暴な態度で、自信満々な彼女とは違い、カイトをまっすぐと見ながらも、闇統べる王の瞳は細かく揺れ動いていた。
「どうする……か」
「……そうだ」
考える。
ひたすらに考える。
(……もし付いて行ったらどうなるか)
まずはそれを考えた。
これまでの日常と同じく、彼女の態度に振り回されることになるかもしれない。
けれども、彼女の作る料理はおいしく、それはそれでとても魅力的に思える。
そしておそらくは、カイトと闇統べる王の他にも二人そばにいることになるはずだ。
その二人に会ってみなければどんな人物かはわからないものの、"悪いやつ"ではないのだろうと思う。
「そう、だな」
カイトが出した結論はこうだった。
「悪くはないと、おもう。でも……今は駄目だ」
「…………そうか」
傍目からもわかるほど、彼女は落ち込んでいた。
闇統べる王という少女は、横暴で、口悪くはあるものの、決して愚かでも我儘でもなかった。
だからこそ、カイトの選択に対して、これ以上何も言わなかった。
「でも……」
そんな少女の姿を見て、悪いと思ったのか、カイトは言葉を続ける。
「もし、俺にとってやるべきことがなくなれば……それもありかもな」
「……! そうか」
一瞬、笑みを浮かべたのをカイトは見逃さなかった。
いつものような、ぐわっはっはっは! といった、悪い笑みではなくて、とても自然な、湧き上がるような笑みだった。
言い訳のような言葉ではあったが、それでもその表情を引き出せたなら悪くはなかったか、とカイトは思った。
「それじゃ俺は自分の部屋に行ってるから」
「うむっ。今日のご飯を楽しみにしているがいい」
弾むような声で言う闇統べる王に対し。
あぁ、楽しみにしているよ。
そう言いながら、カイトは自分の部屋へと戻っていった。
少年が自分の部屋へと着替えに行ったのを確認すると、再び闇統べる王は紫天の書を見た。
『……あれが今、おうさまがお世話になってる人―?』
フェイトによく似た、それでいてどこか幼いような元気な声が闇統べる王の耳に届いた。
「うむ。不本意ではあるがな」
『ふーん、いいんじゃないかなー。良い人そうだしさ!』
シュテルとは全くの逆の意見を幼い声の少女……力のマテリアルは言った。
『僕はあれだよ、おうさまが信じてる人ならいいんじゃないかなーって思うよ―』
「我が信じれば……か」
「そうそうっ! もしも失敗してもぼくたちにまかせろー! バリバリ―!」
「バリバリとは何かしらんが、そうだな。我の思うとおりに行動すればいいのだな。例を言うぞ、"レヴィ"」
『レヴィ……?』
「ん~……」と、悩んだ声が闇統べる王の脳内に響く。
『あぁ、そっか! ぼくの名前、レヴィ・ザ・スラッシャーだったね! 思い出したの、おうさま!』
「全く自分の名前を忘れるなど……」
やれやれ……と言った感じで、闇統べる王は頭を振った。
『む~! おうさまだって自分の名前思い出してないじゃんか―!』
「……我の名前?」
『そうだよっ! ぼくたちに名前があるんだから、王様にだってあるのが普通でしょー?』
言われてみればそうだ。
家臣に名があって、王に名がないわけがない。逆の場合は可能性としてありそうではあるが。
「我の名前、か」
顎に手を当て考えるものの、どうしても思い出すことは出来ない。そもそも、シュテルたちの名前を関してだって、思い出したというよりもすでに"知っていた"感じであった。
「考えても仕方がない、か。だが……」
ちょうどいい節目かもしれないと、闇統べる王はそう思った。自身のことを思い出したとき、そのときこそが……自分の力が完璧に蘇ったときだと直感的に思ったから。
* * *
闇統べる王が居間で考え事をしているとき、カイトもまた自身の部屋でCOMPを手に取り考え込んでいた。
「……アップデートは正常に行われた。実際に使用してないから、もしかしたら細部で壊れているところがあるかもしれないけど、それでもスキルのシステム周りは無事だし、それどころか使用出来るスキルも増えてる」
攻撃力は低いが、圧倒的な攻撃数を誇る"千烈突き"。
同じく攻撃力は少々低いものの、魔力の燃費の良い"魔性の乱舞"。
そして、万能攻撃に対し耐性をつけることができる"耐万能"。
もちろんこれ以外にもあるが、いままでカイトが使用してきたスキルよりも、使い勝手のいい、スキルが並んでいた。
「そして悪魔についても、今まで以上に召喚できる数が増えた」
当然これらの要素は喜ばしいことではある。
けれど、なぜCOMPに関するデータを持っていたのか。その疑問を解き明かすことが出来ずにいた。
「聖王協会に、時空管理局……。そして、ゼストさんたちにクロノか……」
ゼストたちのことを考え、カイトは彼らの行動についてクロノには黙っておいた。別に隠すこともないような気もするが、そうしなければならないと、カイト自身が感じたためだ。
「管理局上層部……か。そういえば、ベルカ大戦が終戦した辺りで、管理局ってのは作られたんだよな」
ベルカ・聖王・覇王・戦争……そして、悪魔使い。
少なくとも彼らはこれらの単語を知る者たちであり、当事者でもある。そしてゼストは彼ら怪しんでい……?
「……待て」
待て待て待て待て待て。
冷や汗をかきながらも、PCの電源を入れ情報をもう一度確認する。
「俺の記憶が確かなら、ゼストさんの残した記録には"管理局創設者"が"怪しい"と書いてあった。そんなこと、ありえるわけがない……!」
カイト自身、管理局の上層部が怪しい動きをしているのは、これまでのことからわかっている。
そして、その怪しい人物が管理局の上層部……幹部やもしかしたらトップレベルの人間だということも。
しかしだ、管理局の創立から数百年という時が経つ。つまり、これらの記録が真実であるならば、なんらかの方法で彼らは生き続けているということだ。
確かにミネロ・グラシアのようにコールド・スリープをすることで、生きる……いや、存在を長く続けることは可能だ。
だがおそらくこの"創設者"たちはそんなことをしていない。
何故ならば、そんなことをして、常に情報を得ていたらミネロ・グラシアのように限界を迎えることになるはずだからだ。
「ゼストさん。あなたたちが挑もうとしていることって、俺が考えるよりもずっと……ずっと、ずっと深いんじゃないですか……?」
PCの前で一人、少年は佇んでいた。
久しく誰かを気にすることはなかった少年が、ここに来て初めて他者を本当の意味で心配していた。
それはきっと少年にとって、とてもいい前兆に違いないはずだった。なぜならそれだけ少年がこの世界に馴染み"余裕"が出来た証明にほかならないからだ。
だけれどそれが……万人にとって良いものであるかどうかは、話は別なのだろうけど。
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