No.58514

幻想ビタミン

この作品はやたら親ばかになるのです。

番外ちっくなものなので自己満足な短編。
前のものと話は繋がりません。

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2009-02-16 20:16:05 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:631   閲覧ユーザー数:612

手を伸ばす。

 

 

届かない。

 

 

手を伸ばしてきた。

 

 

触れられない。

 

 

 

もがくように、手を閉じたり開いたり。

3Dの映像に手を伸ばす子供より必死に繰り返す。

 

 

 

 

 

 

それでも彼女は、去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「紅姫ッ!!………ゆ…めか…」

 

 

最悪の目覚め。

バサッと音を発てて布団ごと起き上がった色素の薄い青年、斑菊。

 

最近よく見る悪夢。

 

その所為で、冬だと言うのに額は汗でビッショリ。

 

 

ジリリリリ

 

 

目覚めた後に鳴る役立たずの目覚ましを若干強めに叩いて音を止めた。

 

 

そして、また布団へ潜り込み、窓を見つめる。

 

 

 

「…紅姫…」

 

夢に出てきた彼女の名を呟けば、眉を潜め、そのまま目を閉じた。

 

 

 

お隣の家の梦雅紅姫。

彼女は、三週間前に死んだ。

下校中、運悪く通り魔に遭遇して包丁で心臓を一突き。

犯人は未だに捕まってはいないらしい。

 

 

 

 

菊は薄く目を開き、時間を見てゆっくりとまた起き上がり、ベッドから下りた。

冬だと言うのに下着だけの姿で、身体中にはトライバルの刺青が入っていて、至るところでピアスが銀色に光った。

壁にハンガーで吊るしてあった制服を来て、一階へと階段を降りる。

 

 

 

菊の母親は幼いときに亡くなり、父は今北海道へ単身赴任中。

 

現在、家には彼と、時々来てくれるお手伝いの裕子さんしか出入りしない。

 

三週間前までは、よく誰か、特に紅姫は毎日の様に来ていたけど。

 

 

 

昨日の晩にスイッチを入れておいた炊飯器。

 

 

「…あちゃぁ…またやっちゃった…」

 

 

1人分にしては多すぎる三合の米。

 

これで5回目になる。

 

三合、三週間前は当たり前だった。

 

 

炊きすぎた分どうしようか?

 

 

そんな事を考えながらチラと時計を見てみると、あと5分で遅刻。

ここから学校へは走っても10分はかかる。

 

あちゃぁ、とまた小さく呟くと、諦めたのか茶碗に米をよそいで、テーブルの上にあったリモコンを取りテレビをつけた。

 

 

リモコンと一緒にお茶碗をテーブルの上に置き、箸とお茶とコップを取りに。

 

 

その間、テレビでは朝の情報番組。

 

例の通り魔についてのニュースが流れた。

 

 

 

『三週間前、xxxで起きた通り魔事件についてですが、未だ犯人についての手がかりは見つかっていません』

 

 

女子アナが原稿を淡々と読み上げ、途中からVTRへと変わった。

 

 

 

『被害者の少女[山本 あゆみ]ちゃん9歳は、お母さんとの帰宅途中───……

 

 

 

 

や ま も と あ ゆ み 。

 

 

 

 

テレビの画面右上に出た写真は、あどけない笑顔が可愛らしい少女だった。

 

 

 

 

椅子に座り、お茶を飲みながらそのテレビを見据える。

 

 

 

山本あゆみちゃんは、第2の被害者だった。

 

 

 

紅姫を刺した後、真っ赤な血に狂ったように9歳の彼女に向かって走った。

一緒に居た母親は、我が子を庇おうとして軽傷を負った。

 

犯人はそのま逃亡し、現在に至る。

 

 

 

 

まるで何も無かった様に報じるテレビ。

 

当たり前だった。

 

 

 

 

 

 

 

[何も無いから。]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通り魔の件が終わるとほぼ同時にテレビを消した。

ご飯は完食。

 

 

丁度チャイムがなったであろう時間

食器を水に浸け、戸締まりをして確認。

鞄を持ち、玄関へ行って靴を履き、役目を果たせない空の靴箱の上に置いてある眼鏡をかけて

ガチャ、と扉を開けた。

 

 

 

 

い っ て き ま す 。

 

 

 

 

 

小さくそう呟くと、彼は静かに家を出て、鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、通学路に学生は見当たらず、菊は俯き加減にゆっくりと歩を進める。

 

 

ふいに、肩に着くほど長い薄茶色の髪に触れてみる。

 

 

「邪魔だな……」

 

 

そう言いながらも、切りも結いも留めもしない。

 

これも、三週間前から。

 

 

 

ふと脳裡に以前の登校風景が浮かび、眉を思いきり寄せた。

 

 

 

 

世間では、あの日殺された不運な少女は唯一人だけ。

 

 

 

 

「きーくくーん!!」

 

 

自分を呼ぶ声に振り返ると、金髪碧目の青年が大きく此方に手を振っていた。

 

隣には不機嫌そうな眼鏡の青年と…

 

「あ、[お隣の斑さん]?」

 

「お早うございます、……[梦雅さん]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お と な り の

 

  ま だ ら さ ん ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お は よ う ご ざ い ま す

 

  ゆ め み や さ ん 。

 

 

 

 

残酷に名前。

 

 

 

 

「菊くーん、遅刻だぞー?」

 

「あ…はい…」

 

「そう言えば斑さん遅刻多いよね」

 

「いや、俺等も言えないんだけどねー、あはは」

 

「…はい」

 

「……前はちゃんと…行ってたんでしょ?」

 

 

 

 

 

  ま え は 。

 

 

 

 

残酷に言葉。

 

 

 

「…あの、すいません。俺忘れ物したんで…これで…」

 

 

 

耐えられなくなって、適当な理由を着けてその場を走って去った。

 

 

 

「烏深さんあれ絶対わざとだ…」

 

 

 

走って走って路地へ入り、息をあらくしながら、ポツリとぼやいた。

 

 

 

 

 

三週間前。

[ある条件]と引き換えに彼女は[死神]になった。

今は、金髪の青年[烏深楼鬼]、眼鏡の青年[縁李鍵已]と共に梦雅宅に住んでいる。

 

 

彼女が死んだと言う事実は、菊を除く全ての人間の記憶から消えた。

 

菊の存在と共に。

 

 

 

「……全ては…幻想。」

 

 

今が、真実。

 

 

 

 

自分はきっと、三週間前に夢から目覚めたんだ。

 

 

 

 


 
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