No.581823

真・恋姫†無双~絆創公~ 小劇場其ノ十二

皆様、御無沙汰しております。久々の、本当に久々の投稿でございます。

実は、相方の翔馬が入院して、その療養も兼ねての時間が必要でした。

十分に回復は致しましたが、今回の文字数は少ないです。

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2013-05-31 05:21:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1404   閲覧ユーザー数:1255

小劇場其ノ十二

 

「…………愛紗?」

 

「……………………」

 

 一刀は呼び掛けてみる。

 しかし、目の前の少女、愛紗は一切反応しない。顔を俯かせたまま、微動だにせず、ただ直立しているだけだった。

 あまり見た事のない少女の様子に、一刀は些か戸惑ってしまい、彼女の顔を覗き込む事も躊躇っていた。

 

「一刀様、ここは一刀様のお力で……」

「貴様が役に立てるのは、これぐらいだろう……」

 

 礼儀正しく一礼をする亞莎。

 軽く突き放すような物言いの思春。

 反応は違えど能力を評価しての言葉を残して、二人は一刀から離れていった。

 

「では主よ。我らは見物に向かいます故……」

「ご主人様。愛紗ちゃんをよろしくお願いしますね」

 

 狼狽えている様子が面白く感じたのだろう。クスクスと笑いながら、星と紫苑は一刀の両脇を通り過ぎていった。

 

「ご主人さま! 愛紗おねーちゃんに優しくしてあげてね!」

 

 幼いながらも、流石は状況を理解する能力に長けているのか。満面の笑みで、実に無邪気に応援の言葉をかける璃々。

 母親の紫苑の後について行く璃々を、孫登を始めとする一刀の子供達も、カルガモのようにぞろぞろとついて行った。

 

 

 

「…………お兄ちゃん」

 

 と、愛紗と同じように会話に参加していなかった、彼女の妹分の鈴々。

 普段の性格から言えば珍しく、恐る恐るといった調子で口を開いた。ぱっと見た様子もモジモジとしていて、どこか落ち着きがない。

 一刀は一瞬、どうしたと言いかけた口を寸前で閉じた。

 

 鈴々は、先に挙げた女性達と比較してみると……。

 武においては、そこは張飛翼徳の名に恥じない活躍を見せた、三国に名だたる人物だ。

 しかし、この世界の張飛翼徳。鈴々の人物像は、あどけない少女の印象が強い。

 それに影響して精神面では、先の女性達に比べて、まだ幼さが残っている。幾分、愛紗に譲る気配を見せた彼女達に対しては……。

 

 愛紗が姉者とはいえども、やはり自分だって。

 

 好きな男性に目いっぱい甘えたい。

 

 頑張ったと褒めて貰いたい。

 

 その気持ちの方が強いのだろう。

 会話に参加しなかったのも、一刀が先に璃々達を褒めたのを見てしまった。

 出遅れてしまった後悔と、皆の前で自分から言い出せない意地がモヤモヤと渦を巻いて。

 まだ認識は出来ないにしても、自身の未熟な心をなんとなく感じてしまって。

 でも、どうしたらいいか判らなくて。

 

 何よりも、それを一刀に知られてしまう事が恥ずかしくて…………

 

 

 

「鈴々…………」

 

 しかし、そこは数多の女性を相手にしてきた一刀。

 鈴々の心の内を察して、ゆっくりと彼女に歩み寄る。

 近寄ってきた一刀に、鈴々は思わず目を閉じて、身をすくめてしまう。

 その拒絶にも似た、彼女の様子を悲しもうとせずに、一刀は彼女へと手を伸ばす。

 

「…………ッ!!」

 

 不意に頭に感じた温かな感触。

 それが、目の前の一刀の手の平なのだと、鈴々は恐る恐る開いた両目で確認できた。

 

「ごめんな……。こんな事しかできなくて……」

 

 柔らかな微笑みと、辛そうに軽く寄せた眉根。

 二つが混ざったその表情を向けながら、一刀は優しく、慈しむように、何度も鈴々の頭を撫でている。

 

「お兄、ちゃん…………!!」

 

 鈴々は、固く強ばった自分の心が、みるみる解けていくのを感じた。

 早くなる鼓動と血流が、彼女の顔を紅潮させていく。

 怒りで沸き上がるものではなく、それが示すもの。

 

 嬉しさと、幸福感。

 

 一刀が自分に向けてくれたものは、賛辞の言葉ではなく謝罪の言葉。

 でも……。

 それでも、どんなに短い言葉でも。

 彼の優しさが、十分過ぎるほどに伝わってきて。

 

 それを認識してしまうと、自分の中を駆け巡るこの想いは溢れんばかりに膨れ上がって。

 

 それだけで、鈴々は満たされていた。

 

「鈴々……。今度……一緒に、御飯食べにいこう……。な?」

 

 普段のように軽く誘う口調ではなく、その囁きは相手を安心させるようなもので。

 それがまた、鈴々の顔の筋肉を緩めてしまう言葉であった。

 食事に行く事が嬉しいのではない。

 

 その厚意。そしてそこに見える好意は、今の自分だけに向けられる物なのだ。

 

 鈴々は、今すぐにでも一刀に思いっきり抱きつきたい衝動に駆られていた。

 でも、今はそうしてはいけない。

 

 もしかしたら、他の皆も自分と同じように、一刀の優しさを受けたいと願っていたのかもしれない。

 でも、そうしようとはせずに、一人の少女に譲った。

 自分一人だけがズルをするのは、何より自分が許さないだろう。

 

 たった今、一刀が向けてくれた優しさ。

 

 何気ない事かもしれない。けど、自分だけに向けてくれた。

 

 今はそれだけで十分過ぎる。だから…………

 

「うんっ!! 約束なのだ!!」

 

 だから、ここは姉者に譲るのだ。

 自分と同じ、もしかしたらそれ以上のものを、一刀が向けたとしても。

 

 今まで自分に注いでくれた愛情は、決して嘘ではないのだから…………

 

 そう思うと鈴々は、眩しいくらいの笑顔を一刀について見せる事ができた。

 

 そんな彼女を見た一刀は、優しく微笑みながら、ゆっくりと頭を撫でていた。

 

「お兄ちゃん!! 愛紗の事は任せたのだっ!!」

 

 鈴々は自分から振り解くように一刀の手から離れた。

 

 いつまでも甘えてはいけない。

 

 いつまでも子供っぽくいられない。

 

 自分はもっと、心を強くしなければいけない。

 

 いつか……。本当の意味で大人になった時に、一刀の隣にいてもおかしくないように。

 

 だから……。それまで…………。

 

-それまで、待っててほしいのだ……!!-

 

 笑顔で手を振りながら、心の中で一刀に叫んだ。

 

 その眩しさに、一刀も目を細めた、目いっぱいの笑顔で答えた。


 
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