No.577211

『舞い踊る季節の中で』 第137話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 たとえ間違えていようとも、付けさせなければならないケジメがある。
 けっして自分のためではない。我欲でも身内のためでもない。
 それは多くの仲間を危険に晒さないため……。

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2013-05-17 18:36:06 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:8908   閲覧ユーザー数:5757

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百参拾漆話 〜 狂想曲に舞う詩を詠む(後編) 〜

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

 

【最近の悩み】

 

 人と人が触れ合えば、其処には何らかの衝突は起きてしまう。

そして共に暮らせば、其処には楽しい事ばかりでは無く。喧嘩や喧嘩とも言えない衝突は避けられない。

 日常とは、そんな人と人との触れ合いの積み重ねであり、人はそれを大切な糧として今日と言う日を生きて行くんだと思う。例え、それが好きな人達が怒っていたり、むくれていたりする顔であろうとも。

 

 まぁ早い話、幾ら優しい明命や翡翠達でも、俺に対して怒ったりすることは間々ある訳で。

 当然俺が悪いのであれば幾らでも謝りようはあるんだけど、中には意味不明のものもある。…と言うかちょっとだけ多々あったりする。

 さらに問題なのは、頬を膨らませて怒っていたり、むくれていたりする彼女達の表情もまた可愛いと思ってしまうところ。 いや相手を怒らせておいてそんな事を思うだなんて、不謹慎だと言うのは重々承知しているよ。それでも可愛いと思ってしまうものは仕方がないじゃないか。

 なんというか、頬を膨らまして プイッ と視線を合わせないように『私、怒っています』と自己主張している姿が。 こう、その膨らんだ頬をついつい指で(つつ)きたくなる程。

 我がことながら困ったものだ。 つい欲望に負けて其れを先日実行してしまった。

 だって、ぷくぷくに膨れたほっぺだよ?

 例え怒っているとは分かってはいても、好きな娘のそんな頬に触れたくないと思う男が、この世にいると思うか?

 いいや、いない! 及川じゃないが、これだけは断言できる。

 

 

明命の場合

 つんつん。

 ぷにゅぷにゅ

 

「なぁ明命。そろそろ機嫌直してよ」

 

 つんつん。

 ぷにゅぷにゅ。

 

「いい加減にしてくださいっ! あぐぅぅーーーっ!」

「いっ!いぃーーーーっ!」

 

 はい、調子に乗って頬を突っついていた俺の指を、おもいっきり噛まれました。

 そりゃもう、歯形がはっきり残る程なんて生易しいものではなく、咬み千切られるかと錯覚するほど痛かったです。

 いやまぁ、自業自得だと言う事は十分に分かってはいるし、こうなる事は予想してはいても男として冒さなければいけない冒険があるわけで。

 とにかくやるべき事をやり遂げた以上、此処は戦略的敗北を掲げ。ひたすら誠心誠意をもって平謝りをしたおかげか、それとも今ので明命の中で溜まっていたモノが少し晴れたのか、とにかくなんとか仲直りに成功。

 うんうん、やはり持つべきものは心優しい恋人だよね。

 結局、無事仲直りした後は仲直りタイムと言うか、治療と言うべきか。 とにかくズキズキと痛む人差し指も、ペロペロと明命のあの柔らかくて温かい舌で甞めてくれたりしてくれたわけで。 俺もそのお返しとばかりに明命の髪や耳元にいっぱい口付したりと、それなりに恋人同士らしく睦み合えたわけだ。

 なにより怒っている恋人の頬を、やさしくつんつんするという野望を叶えられた俺としては十分満足な結果と言える。

 

 

 

翡翠の場合:

 つんつん。

 ぽにゅぽにゅ。

 

「はぁ…。一刀君はそんなに私に構ってほしいんですか?」

「もちろん。翡翠あっての俺だし。 とにかく俺が悪かったから、そろそろ機嫌直してほしいかなぁと」

「しょうがないですね」

 

 翡翠の妙に笑みに背筋が何故か寒くなるも、そう答える俺に翡翠は困った子供を見るように優しい微笑みを浮かべながら、前から俺をゆっくりと抱きしめてくれる。

 抱きしめてくれるんだけど……。

 

 めりめり…。

 

「ぐぉぉ……っがっ! 翡翠っ。めり込んでる爪が背中めり込んでいるぁっあっ!」

 

 ええ、もう優しく抱きしめられながら、背中を真っ直ぐと爪で引っ掻かれました。

 いや。自業自得と分かっているので仕方ないとは思うけど。微笑みながらそう言う事をするのは流石に反則では?

 でもまぁ此れもこの後の必死な謝罪に翡翠は溜息を吐きながら、俺の背中を治療しながら、その傷口をその可愛い唇で愛撫してくれたので、爪をめり込ませながら引っかかれるのは二度と御免ではあるもの、今回限りと言うのならこれもアリだよな♪

 それにしても背中にひっかき傷って、傍から見たらアレだよな?

 もしかして狙ってか?だなんて、流石に考え過ぎだよな。

 とにかく、背中のひっかき傷は誰にも悟られないようにしないといけない。もし祭さん辺りに知られようものなら酒の肴に、散々からかわれるに決まっている。

 

 

 

と言う訳で痛い思いもしたが、味を占めた俺は更なる冒険として……。

 

 

 

美羽の場合:

 つんつん。

 ぷにぷに。

 

「うぐうぐ」

 

 つんつん。

 ぷにぷに。

 

「ぬがぁぁーーーっ。主様は分かっておらぬのじゃぁっ!」

 

 はい。おもいっきりキレられました。

 そのあまりもの憤慨ぶりに、俺はノシノシと小さい身体から信じられないような足音を出しながら部屋を出て行く美羽を止める事が出来ずに呆然としてしまった。

 あちゃー失敗した。 何とか機嫌を取らないとな。

 とりあえずお菓子辺りで釣ってみるかな? なんて考えていた俺は、その後、酷く後悔する羽目となった。

 なにせ美羽は、俺の無神経ぶりを春霧に愚痴交じり話しただけでは無く。 そのなんというか、俺の関係者ほぼ全員に『妾は主様のああ言う所は直した方が良いと思うのじゃが、どうしたら良いと思う?』なんて聞いてまわってくれたわけで、当然ながらそうなれば、どう聞いても俺が悪い状況であれば、雪蓮達の性格上、間違っても俺を擁護する訳も無く。………ええ、もう皆さんの御想像のどおり、皆に普段の俺の生活態度から何までを含めてお説教を喰らう事になりました。

 

 

 

七乃の場合:

「……」

「……あれ? 一刀さん。私にはつんつんしないんですか?」

「まあね。あれだけあれば流石に学習したし、それなりに満足できたからね。

 そもそもつんつんするも何も、七乃怒って無いじゃん」

 

 間違った事は何も言っていない筈。

 少なくても怒った女性には例え身近な人間であろうとも、その膨らんだ頬を(つつ)いてはいけない事ぐらいは、この身を持って先日学んだ。

 だから、このところどことなく不機嫌だった七乃の逆鱗と言うか頬に触れる事無く、それとなく機嫌を窺っていた訳だけど…………。

 

「ああ、そう言えば託けを預かっていました。

 周瑜さんがお昼前に部屋まで来るようにと」

「って、昼なんてとっくに過ぎてるじゃん!」

「文句は後で聞きますから、今は急いだ方がいいですよぉ〜」

「だぁぁっ、こんな事なら街に遊び、もとい視察に行くんじゃなかった」

 

 と、何故かそれからしばらくは、七乃にしてはあり得ない失敗を次から次へと起こされた。

 とにかくその失敗の事如くが、まるで狙ったかのように普段の俺の行いの延長上にあるようなタイミング行われては、言い訳が立つわけも無く。 おまけに俺一人に皺寄せが掛かるようなものばかりだ。

 何故? 俺、なにか七乃を怒らせるような事したかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注意:小学生な一刀君はこの際おいておいて、次項より本文です。

詠(賈駆)視点:

 

 

「やっぱりお世辞だったんじゃねえかよぉーっ。どちくしょーーーーっ!」

「え、え…と? 馬超?」

 

 眼に涙を浮かべた翠が、叫びながらその場から地煙を上げるほどの凄い勢いで駆け出して行く姿を、アイツは戸惑いを隠せない表情で翠の後ろ姿に声を掛ける事も出来ずに呆然と突っ立つ。

 街で珍しく着飾っているボクや周泰の姿に声を掛け、話の中でアイツの正体を知るなり繰り返される場面。

 これで先程の愛紗に引き続き何人目の犠牲者かは、後の事を考えればあまり考えたくはないわね。

 事の元凶であるアイツとは言えば、さっきからそう言う場面に出くわす度に何か失礼な態度を取ったのか、それとも変な事を言ったのか、首を傾げながら自分の行動を振り返って原因を探っている姿に、ボクは自然と重い溜息が出てしまう。

 幾ら言動を振り返ようが、男のアイツに分かる訳ないと言うのに。それで出た結果が結局分からないなら分からないで、いっそう気を付ければいいと言う短絡さ。

 そんな事は逆効果でしかないと言う事にも気がつかず。男のアイツが、変装のために女として気を付ければ気を付けるほど相手を傷つけ事にしかならないと言う事に、自分は女に見える程度の女装でしかないと思っているあの鈍感馬鹿が、其処に考えが至らないのは、ある意味当然なのかもしれない。

 

 そして当然ながら翠達の行動も当たり前とも言えるわ。

 姿だけなら生まれつきそうなだけと誤魔化しようはあるでしょうけど。 普段はきちんと男として暮らしていた相手が、変装のためとはいえ自分より綺麗になられただけでなく女らしい仕草もされ、更に女としての自然の色香を自分より滲み出ていたとしたら……。

 そいでもって更に女性としての教養の滲み出た作法を自分より身に付けていたとしたら……。

 これだけでも十分に衝撃的なのに、それを不自然に感じさせなく感じさせられる訳だから、事実を知ればああなって当然の事よ。

 武で負けたなら…、または智で負けたなら…、ううん、身に付けた何かで負けたなら、それは自分の努力が足りなかったからだと諦められるし、自分をより磨こうと奮起もさせられる。

 でも誇りを……、男を相手に女として負けたと感じてしまったなら、落ち込むなって方が無理って言うものよ。

 

 むろん中には例外もいたわ。と言ってもボクの事じゃないわよ。ボクの場合は、女装をする事を聞いていた事と言うのもあるけど。単に衝撃を受けるよりも先に、部屋に入るなり自分の彼女を膝に乗せてイチャイチャしている姿に、こう腹の底からムカムカと湧き上がるものを一生懸命呑み込ませていたおかげで、冷静さを取り戻す時間を稼ぐ出来ただけ。……それ以上の理由は言いたくもないけどね。

 他にも鈴々や璃々のような色気より食い気といったお子様達とか。

 そして……。

 

『帰る前にぜひ手解きをお願い。 むろんタダとは言わないわ』

『え、ええ、それはまぁいいですけど。 黄忠さん十分に綺麗じゃないですか』

『うふふ、相変わらずお上手ね。 でも、女が自分を磨きたいと願うのは変な事なのかしら?』

『いいえ。少しも変じゃないです。 俺で良ければ黄忠さんを磨かせてください』

『あらあら、そんな風に言われると別の意味で捉えちゃいますよ。 良いんですか?』

『別の意味?』

『ふふふ、そう言う所が可愛いと思えますけど、あまりからかっては流石に其方の娘が可愛そうですわね

。特別に言い換えてあげますね。

 私を口説いているように聞こえますよ。良いんですか?』

『えっ!? そ、それは違う。って言うか別に黄忠さんが嫌と言う訳じゃなくて、そのっ・えーとえーと』

『ふふ♪』

 

 と、一枚も二枚も女としての貫録の差が出ている相手とかね。

 あの強かさと女としての貫録には、流石のボクも紫苑を尊敬と称賛の眼差しを向けてしまう事に何の抵抗を覚えなかったわ。

 でもあの時、アイツがオロオロしながら周泰に誤解だと言い訳をしている間に撤退した時に零した呟き。

 

『これで十とは言わなくても、五歳は若く見えるようになれるかしら♪』

 

 ………五歳はと言うならともかく。十って、幾らなんでも無茶言い過ぎじゃない?

 あっ、むろん下手したら愛紗や星はもちろん、蒲公英より若くならないかって意味でよ。

 例え頭の中でだとしても、そんな迂闊な事を考えたりするのはもちろん、間違って口にするほどボクは命知らずじゃないもの。 洛陽での経験から、なんかその手の事に関しては以上に鋭そうな予感がするのよね。あの手の人って。

 とにかく、幾ら知り合いだからって、その姿で正体を明かすのは止めた方がいいと言っても、最初の被害者である星の件で勘違いしたままの此奴は、知り合いを欺すようで申し訳ないと言って変に頑なわけ。

 はぁ……、その真っ直ぐな考えそのものには評価できるんだけど、この場合は逆効果だって気がつきなさいよ。

 この際、はっきりと言った方がいいと思わないでもないのよ。

 アンタの化粧技術や女として見せる技術があの娘達の女としての誇りを傷つけているんだって。アンタが謝れば謝るだけ余計に傷つけるだけの事だって。

 でもそれは同時に、あの娘達は女としてアンタに負けたと思ったって言っている様なもの。そう思ったら言えるわけがないし、逆の立場だったら、当然ながらボクはそいつに猛反発する。

 そうでなくても色々やばいのに、そんな事になったら、余計な妄言をアイツに吹き込んだと言う事でボクの身が危ないし。アイツはアイツで……。

 

『俺のはただの技術でしかないよ。

 だいたい女装した俺なんて、君達の魅力の足元に及ぶわけないだろ』

 

 だなんて真剣な眼と表情で、あの娘達に言いに行くに決まっているわ。

 しかも、それだけじゃなく。

 

『疑うと言うなら俺に君の時間をくれ。君が如何に綺麗で素晴らしいか証明してみせる』

 

 だなんて言って、全力であの娘達を磨くに決まっているわ。

 出かける前で時間が無かったボクの時以上に時間を掛けてね。

 あの大きくて優しい手で髪を丁寧に梳かしたり。

 相手の顎に手を当てて見つめ合う様に化粧を施したり。

 その娘が一番映える様に、その娘のためだけの服を選んで手直ししたり。

 

『普段の自然の君の姿の方が、俺は可愛いとは思うけどね』

 

 結局、相手をその技術と誠実さでもって納得させた挙句に、こんな気障な事を言うんでしょうね。

 そうよ。此奴はこう言う奴なのよ。

 誰かのためには全力で当たるくせに、女心には欠片も気が付こうともしない。

 いいえ、きっと分からないんでしょうね。

 此奴は自分自身に焦点が行っていないんですもん。

 だからこそ、あの晩もあんな事が言えた。

 ………あんな事を命じれた。

 ボクが望んでいる。と思う様に……。

 

「詠、どうした?」

「わっ! ちょっと急に顔を近づけないでよ」

「いや、呼んだけど返事が無いからどうしたと思ったんだけど。もしかして疲れてる?」

 

 どうやら考え事に意識が行っていて、アイツや周泰が呼んでいる事に気がつかなかったみたい。

 心配する二人に何でもないと。後始末をどうするか考えてただけと誤魔化す。

 その言い訳にアイツはともかく、周泰は納得してくれたみたいで、ボクとアイツの手を引っ張る。

 街の様子を見ながら土産物や特産物を手に、この娘なりの知識や見解をアイツに教えてあげたり意見を聞いたりしている。

 本当に良い娘。

 仲間でないボクを……。

 二人で街を歩きたかっただろうに……。それでも今はボクを街を一緒に歩く友達として扱ってくれる。

 此奴の弱点の一つを突いて踏み込んだ事も知らずにボクを、味方で無い者達の中なりに信じられる相手として見てくれている。

 

「さぁ、まだまだ見るべき処はありますし、この国の状況を示すものもあります」

「そうだね。 でも流石にこういうのは慣れてるね」

「もちろんです。こればかりは思春様にも負けません。むろん一刀さんにもです」

 

 可愛くて…。明るくて…。

 まっすぐで…。積極的で…。

 なにより此奴を心から信じて好いている。

 ボクとは………まるで正反対なまでに、素敵な娘

 此奴が選ぶ訳だわ。と納得させられてしまう。

 

 

 

蒲公英(馬岱)視点:

 

 

 

ぎぃんっ!

 

「ちょっとぐらい融通を効かせなさい。って言ってるだけじゃない」

「出来る訳ないだろうっ!」

 

 相変わらずの力任せの焔耶の攻撃を槍で受け流したけど、僅かに手が痺れるのは抑えられない。

 昼過ぎの街中。既に離れた所で野次馬に囲まれ、野次馬達に好き勝手に憶測や吹聴が飛び交っていようとも、そんな事で集中力を乱す事は無く。蒲公英の眼には焔耶の攻撃をはっきり捉えられるし、次に何処を攻撃してくるのも分かる。それくらい此奴の攻撃は叔母様やお姉様に比べたら単調で鈍重。

 でも、決して油断なんができない。まともに此奴の攻撃を受ければ、わずか数檄で蒲公英の手が保たずに、槍を折られるか弾かれてしまう程の重さが、この筋肉女の攻撃にはあるもん。

 かと言って蒲公英の攻撃を入れれるほど脳筋の防御は甘くないし、無理して踏み込んで攻撃するよりも、時間をかけて此奴の思考を泥に沈めた方が余程勝つ可能性が高い。

 だって此奴の攻撃も狙いもそうなら、性格はもっと単純なんだもん。でも……。

 

「ほんの四半刻で良いと言ってるじゃないっ」

「当事者を拘わせられるかっ!」

「蒲公英は当事者じゃないもん」

「お前等の一族の者なら当事者も一緒だろっ!」

 

 そう、攻め込んでいるのは蒲公英の方。どうしても蒲公英の方から踏み込まなければいけない理由がある。

 だからいつもの様に此奴を焦らせる事も、誘い出す事も出来ない。

 蒲公英の目的は買い物に出たウチの若い見習いを、取り囲んで脅したならず者達の身柄の引き取る事。

 焔耶の言っている事も蒲公英は分かっているつもり。

 何やら落ち込んでいる星の代わりに、預かった連中を焔耶の一存で渡す事が出来ない事も。

 幾ら蒲公英と焔耶が仲が悪いといっても、焔耶は相手が蒲公英だからでは無く、将の一人としての言葉だって事も。

 蒲公英達に連中を渡せばどうなるかって事も。

 むろん蒲公英達も、彼奴等を殺したりする気なんて欠片もないよ。

 そんなの馬鹿らしいもん。 ただ脅し返すだけ。

 ウチの見習のためと言うより、一族の人間を守るために。

 しょせんは新参者でしかない蒲公英達の一族の者達を、これ以上この地の人達に甞めさせないために。

 だいだいこんな考え方自体好きじゃないけど、それでも蒲公英は皆のために此処で簡単に引く訳にはいかない。

 

「だったら、アンタは蒲公英の立場なら黙って見ているって言うのっ!?」

「んな訳ないだろうっ! ワタシを侮辱するつもりかっ」

「じゃあなんで止めるのよっ! すぐに返すって言ってるでしょ」

「そんな訳にはいくかっ! じゃあ逆に聞くが蒲公英がワタシの立場だったら素直に渡すって言うのか!?」

 

 する訳がないじゃない。そんな馬鹿な真似。

 だから、こうして槍を(しご)いているんじゃない。

 スジや理屈じゃなく、行動で表すしかないんじゃない。

 アンタも蒲公英と同じだから、蒲公英を相手にせずに連中を牢へと連れて行く事も出来るのに、そうして鈍砕骨を手にして蒲公英の前に立っているんでしょうが。

 とっとと、こういう嫌な用事は終わらせたいのに、それを此奴は何時も何時も邪魔をする。

 持つ得物も…、考え方も…、性格も…、好みも全然違う癖して、いつも結果的には蒲公英と同じ事をする。

 本当にこう言う所がムカつく。

 

「アンタ達何やってるのよっ!

 すぐに矛を収めなさいっ」

 

 突然割って入る声と其処に籠った気迫に、蒲公英も魏延も一瞬動きが止まってしまう。

 そうさせるほどまでにその声…。ううん、命令に込められた意志も気迫も生半可なものじゃなかった。

 だからこそ、その声の持ち主が誰なのか声で理解する以上に、一瞬で身体と魂が蒲公英も目の前の焔耶も理解できた。

 この国の王である桃香様と並ぶ、もう一人の王である月様の第一の側近であり、蒲公英達の国が誇る三軍師の一角。

 短いながらも、かつてこの大陸を支配したほどの人物。

 性を賈、名を駆、字を文和、そして真名を詠。……ち、厄介なのが来たなぁ。

 こうして街中での将同士の本気の喧嘩などあってはならない事。だから何処からか騒ぎを聞きつけてなのか、たまたま通りかかっただけなのかは知らないけど、将を纏めるべく一人である詠が蒲公英達を止めようとするのは当然で、其処に理由の如何など関係ない。

 なら、此処で取る手は一つ、無理してでも目の前の此奴を黙らせるだけ。

 その後は連中をかっさらって、どさくさに煙に巻いてしまうだけ。

 罰則は免れないだろうけど、言い訳なんてどうとでもなる。

 今、必要なのは蒲公英では無く一族の平穏。

 やっと掴んだ平穏を、馬鹿な連中のせいで怯えさせたくないもん。

 それがお姉様や蒲公英達を信じてついて来た人達へ返せる数少ない事。

 一息に決断をし、失敗した時の危険や恐怖を無理やり覚悟と共に飲み込む。

 

「はぁぁぁぁーーーーーーっ!」

 

 身体中の筋肉と"氣"を凝縮するかのように一気に締め付け。次の瞬間には気合いと共に解放する。

 気勢と共に舞い上がった地煙の中を、蒲公英は一気に突き破るかのように駆け抜ける。

 今迄、焔耶の前で一度も見せた事の無い程の瞬発力による突撃。

 むろん脳筋の焔耶みたいに馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込む事なんてしない。

 勢いを殺す事無く上下へと身体を揺らす。

 馬のように速度を落とす事無く、自然とその踏込に緩急をつける。

 更に肩と頭を虚を横方向へと入れた蒲公英の動きに、重い得物を持つ焔耶はついて来れない。

 ただ、馬鹿みたいに鈍砕骨を横に払って蒲公英を凪に来る。

 

 蒲公英の狙い通りに。

 

 そう、これら全部が蒲公英の仕掛けた罠。

 邪魔が入った所で見せる一手である以上、今までにない攻撃だと思わせるのも……。

 見せた事の無い速度と動きも……。

 緩急があるのに勢いを殺す事の無い踏み込みも……。

 全て、速さと間合いを見誤らせて焔耶に空振りさせるための物。

 馬鹿みたいに重い鈍砕骨の威力は確かに怖い。

 でもね。逆に言えばその威力を活かすほどの勢いで振られた鈍砕骨は、そう簡単には戻せないって事。

 それが幾らあんたの馬鹿力であろうともね。

 

「もらった!」

「くっ!」

 

 殺す気なんてない。

 大怪我をさせる気も無い。

 ただちょっとだけ気絶させるだけ。

 少しだけ身動き取れなくするだけだから。

 一発ぐらいなら、後でおもいっきり殴らせてあげる。

 だから今はごめ・

 

ふわり

 

 え?目の前を白い何かが一瞬遮る。

 その瞬間、凄く嫌な予感が頭より先に身体が反応した。

 お姉様や叔母様に首根っこを掴まれたかのように、身体が地面に縫いつかれたかのように硬直する。

 それでも鍛えられてきた武が、何が在ったかを教えてくれる。

 叔母様達の血反吐を吐くような厳しい鍛錬が、蒲公英を助けてくれたんだと。

 白い何かが目の前を横切った瞬間。蒲公英の槍がまるで吸い込まれるかのように地面へと逸らされた事。

 そして……。

 

「……ぁ」

 

 喉元に当たる固くて冷たい感触と共に、蒲公英を見上げるかのように、何時の間にか蒲公英の目の前に立っていた。

 空に舞わせていた長い黒髪が本来への場所へと舞い落ちた先にあるのは、すごく綺麗な一人の女性(ひと)。 市位の姿をしているけど、下手すればお姉様より綺麗な顔立ちに浮かべるのは、その大人びた綺麗な顔に相応しい優しげな微笑み。

 でも、その微笑みと共に浮かべた瞳は………少しも笑っていない。

 

 …ごくり。

 

 その瞳を見た瞬間、カラカラに乾いた喉が、痛みを伴って口に溜まった唾液を嚥下する。

 だって、其処には何も浮かんでいない。

 街の平穏を騒がした蒲公英達への怒りも……。

 何かを成さんと使命感を秘めた強い眼差しも……。

 悲しみも……、憐みも……、殺意さえも……。

 その瞳に映るのは蒲公英の顔。 そして……。

 

ぞくりっ

 

 背筋所か身体中の肌が泡立つ。

 目の前の人物にでは無いい。だって、この人からは何も感じないもん。

 ただ吸い込まれそうな瞳に……。

 其処に移った蒲公英の姿に……。

 身体の奥底・ううん、魂が警告しているのだと。

 

「くっ、何時の間に」

「得物を止めたのは流石と言っておきます。

 ですが、今すぐに得物を捨ててください」

 

 その声と共に『どしんっ』と言う重い得物が地面に落ちる音で蒲公英はあらためて周りの状況を理解する。

 蒲公英の喉元に閉じられた鉄扇が突きつけられているように、焔耶も後ろから羽交い締めされるかのように、その頸元へ長い剣が掛かっている事に。

 目の前の女性の頭ギリギリの所で焔耶の得物が止められている事に。 ……違う。止められたんだ。

 焔耶の得物を直接止める事なく、目の前の二人の女性によって焔耶が攻撃を止めざるえなくしたのなら、それは攻撃を止めた事と同じ事。

 

「まだ続けると言うのなら、今度は遠慮などしませんよ」

 

 だから、まるでお茶菓子でも勧めるかのように話す彼女の言葉に逆らわなかった。

 ううん違う。逆らえなかったんだと思う。

 その言葉と共に浸み込んでくるように理解できた様々な事が、そうせざる得なかった。

 蒲公英は言われるままに得物を地面に突き刺し、得物から手を離す。

 

「……貴女、いったい?」

「ふふっ、通りすがりの踊子とだけ。

 それと可愛い女の子がそんな顔をしては勿体無いですよ」

 

 蒲公英の言葉に帰って来たのはそんな巫山戯た言葉。

 だけどそれ以上は聞く事が出来なかった。

 蒲公英も焔耶も兵達によって城へと連行されて行くからと言うのもあるけど、珍しく綺麗に着飾っていた詠に、命あるまで部屋で蟄居するよう命じられたから。

 ただ、それでも分かった事はある。

 最初は化粧で気がつかなかったけど、焔耶の喉元へ剣を突きつけていた女。アレは間違いなく呉の周泰。 なら、あの女の人もその関係者に違いない。

 でも、あんな人いたっけかな? そりゃあ今この街にいる呉の人達は幾ら少ないと言っても千人以上いるから、全部は知らなくて当然だけど。あれだけ綺麗な人がいたら、絶対に噂になっていたと思うんだけどなぁ。

 

 

 

月(董卓)視点:

 

 

 

「またお会いする日をお待ちしております」

「色々とありがとうございます」

 

 まだ日が山から出たばかりという早朝。

 私と桃香さん。そして主な者でもって北郷さん達を街の防壁の外までお見送りいたします。

 この国の王である私達が其処までするだけの事を、北郷さん達はそれとなく力添えしてくれました。

 むろん北郷さん達の力添えがなくても、こうして王の一人としていられたかもしれません。 でも、そのためにどれだけの犠牲を払う必要があったかを考えれば、感謝の意をこうして形に表す事に、何の疑問も浮かびませんし、私人としてもまたそうすべきと感じるからです。

 

「翠ちゃん、無事に北郷さん達を送り届けてね」

「ああ分かっている。蒲公英一人いないくらい、なんの問題ないさ」

「ごめんね。ああするしかなかったから」

「その事はもう言わなくていいって。 じゃああたしは先頭に行くから」

 

 くるりと馬を回頭させ、翠さんは取り戻した愛馬の一頭を駆けさせます。

 いつもはその横にいる従姉妹の姿はなく。たった一騎でもって、北郷さん達を国境のある荊州のある街まで無事送るための護衛部隊五百を率います。

 そしてその翠さんを追いかけるように、本当のお別れの時間が訪れます。

 この時を待っていました。

 戦が終わってから……。北郷さんによる鎮魂の舞によって多くの人達の魂が安らいだあの晩に、詠ちゃんが全てを話してくれたあの晩からこの瞬間を待っていたんです。

 元相国としてこの人によって助けられた月ではなく。

 呉の同盟国である王の一人である月ではなく。

 ただの月として……。

 

「北郷さん」

 

 静かに…。ゆったりと自然に足を進めます。

 この人にだけ届けるために……。

 この人にしっかりと届くように……。

 この人の心の奥底に確かに届くように……。

 言葉の一つ一つに、想いと魂を込めるように、言葉を紡ぎます。

 

 

 

詠(賈駆)視点:(一月以上前の夜)

 

 

「返してもらいたいモノがあるの」

「それは・」

「最後まで言わせて」

 

 此方の息が掛かるように、此奴の息がボクの耳を擽ってしまい。その感触に一瞬身体が震える。

 なのに男の人に此処まで近づいたせいなのか、恥ずかしさで顔と胸が熱くなる。

 そこへ生温かい此奴の呼吸が……、吐息がボクの耳の中まで入ってきて、ボクの力を奪おうとする。

 力が抜けそうになる身体を、脚に力を入れて踏ん張る。

 って、なんで内股がキュンとするのよっ。

 感じた事のない感触に戸惑いながらも、ボクは更に力が抜けそうになる内股に力を入れ、本来の目的を思い出す。

 此奴がどう思っているかなんて関係ない。

 此方の押し付けだって事は分かっている。

 天の世界では知らないけど、これが此方の流儀だもの。

 だから……。

 

「ボクが返してもらいたいモノ。それはボクと月の名前、そして洛陽の街でアンタ預けたモノ全てよ」

「そんな事を態々?」

「言ったでしょ。最後まで言わせてって」

 

 やっぱり此奴はそう言う事は全然わかっていない。 勘違いしたままだ。

 ボク達にとって、……ううん、この世界に住み人間にとって、真名とはそれくらい大切なモノだって事を理解できていない。真名で持って交わした約束と言うものは、決して違えてはならないモノ。

 それは相手を穢す以上に、己が真名を穢す行為。いいえ穢すなんて生易しいものじゃないわ。己が魂を自らの手で取り返しようも無い程までに穢す事と同じ事。

 もし、何らかの事情でそれを違えるのならば、それを上回る約束……。そう、盟約が必要。

 

「アンタはどう思っているかは今ので大体分かったけど、これはそういう問題じゃないの。

 だからアンタが、もしそのつもりだったのなら拒絶できないわ。ううん、しちゃいけないの。

 此処はね。天の世界と違ってそういう世界なの」

 

 ボクの言葉と行動に戸惑う気配が、僅かに触れ合っている部分からも伝わってくる。

 此奴が最初からそのつもりだって事は江陵の街で確信が出来た。だって他に手が無いもの。

 勝てる可能性は幾らでもあるけど、確実に勝つ手段は此れしかないって。

 なにより今の月なら…。桃香達の悪い所も良い所も傍で学んだ月なら……。必ずボク達の夢(・・・・・)を成してくれると信じている。

 そして、そのための行動を起こすには、もう手を打たなければ間に合わない。

 だから、此奴が戸惑える事だって分かって…。

 此奴がボクの知っている人間だって分かって…。

 馬鹿で、どうしようもなく無茶をやる人間で…。

 優しい普通の男なんだって…。

 そんなどうでも良い事に安心して…。

 ボクは此奴に全てを委ねる様に、身体の力を抜き決意を口にする。

 

「代価はボク。

 ボクの全てを、アンタに捧げるわ」

「……ぇっ?」

 

 だから、此奴はボクの言葉の意味を頭では理解していながら、心がついて来れない。

 ボクの紡いだ言葉の重さを想像でしか理解できない。

 それが此奴の致命的な弱点であり、付け入る隙の一つ。

 ……アンタは、……優しすぎるのよ。

 だから必死にボクを…、そしてこの世界を理解しようとして、こんな事を言うボクを前にして、こんな隙を赦すのよ。

 

「ん」

「んっ!」

 

 狙い通り生じた隙を逃す事無く、ボクは一気に顔を近づけて口を重ねる。

 更に驚きと戸惑いを浮かべるアンタの瞳にボクの瞳を映し込み。無理やり抉じ開けた隙に在るアンタの心にボクの決意を焼き付けて行く。

 滲んでゆく視界の中……。

 揺れるアンタの瞳に映るボクを見詰めながら……。

 押し付ける唇に当たる柔らかな感触と共に、確かに伝わってくる。

 ボクの決意が此奴に届いて行くと言う事が……。

 体温と胸の鼓動と共にゆっくりと浸み込んでくる。

 だからボクは其処で初めて気がつく。

 ……ううん、きっと気がついていた。

 ……ただ、……目を逸らしていただけ。

 ……そんな訳ある訳ないと、自分に嘘をついていただけ。

 ……あの月光が差し込む部屋で、涙を流すアンタを見た時から惹かれていたんだって。

 ……気がつけば、此奴の事をこんなにも好きになっていたんだって。

 

「此れは盟約。

 今のはその証であり契約。

 此れでボクの全てはアンタの物。

 この躰も、心も、魂も、血の一滴さえ、アンタの好きにする事が出来るわ」

 

 だから、自然と毀れ出る滴を止める事が出来ない。

 溢れる想いが、急速に哀しみへと変わって行く事を抑えつけられない。

 だって、ボクにはもうそんな事を想う資格がないもの。……たった今、自ら手放してしまった。

 そう言う意味で誰かを好きになると言うことすらも、もうボクには許されない……。

 ボクは、もうアンタの()。好きとか嫌いとかではなく、ただの所有物(・・・)でしかないわ。

 

「な、…なんだよそれ?

 そんな馬鹿な事があるか。 幾ら真名と言うのが君達にとって重いったって、そんな馬鹿な話が許されるって言うのかよ。 じゃあ、俺が死ねと言ったら死ぬって言うのか? 冗談も・」

「それが望みなら」

 

 だからボクは微笑んでみせる。

 天幕の隙間から刺し込む月光の中で彼奴に、せめてボクの最高の笑みを(のこ)そうと微笑んで見せながら、腰の後ろにある短刀へ、そっと手を伸ばす。

 

「まてっ! 待ってくれ!

 分かったから、詠の決意は十分に分かったからっ! ……頼むからそう言う事は冗談でも止めてくれ」

 

 でも、それに手が触れるよりも先に、此奴の必死な声がボクの次の行動を留める。

 こっちの勝手な押し付けにも拘らず、此奴はボクが手を止めた事に本気で心から安堵の息を吐く姿は、自分のせいで誰かが死ぬ事ではなく、誰かが死ぬ事を回避できた事へのもの。

 例えそれが人では無く、物に成り下がったモノだとしても。

 分かっていた。此奴がこう言う奴だって。

 だからこそ、そう言う所を利用する気で盟約を決意したんだもの。

 もし静止の言葉が間に合わずに、ボクが命を落としたとしても、ボクがしたいと思っていた事全てを、此奴なら何らかの形で果たしてくれるって事も最初から計算ずく。

 ……そう、アンタの優しさに付け込んだ時点で、ボクには此奴の事を本気で想う資格がないのよ。

 だから罰が当たったのかもしれない。

 アンタの底無しの優しさを見誤ったのかもしれない。

 長いとも短いとも取れる沈黙の後、噛みしめるかのように紡がれたボクへの最初の命令は、言われてみればアンタからしたら当然の思考の結果。

 

「ならば君の主として命ずる。

 詠は今のまま桃香達と同行し、月達を支えてくれ。

 孫呉や俺を気にする事無く。詠は詠の才覚全てでもって彼女達の国の力になってほしい」

 

 ボクを邪険にしての言葉ではないと理解できる。

 ボクを受け入れれないと決断しての言葉で無い事も……。

 だって、此奴はそんなことなんて考えていない。

 ボクの一方的な盟約を受け入れた上で、ただボクが一番ボクらしく在れる様に…。

 此奴にとって、ただの抑制として交わした約束が、ボクを此処まで追い詰めたんだと勘違いしているだけだって。

 だから、そんな事を簡単に命じれてしまうのよ。

 何となく分かっていた。もしかしてとは思っていた。でも間違いない。

 アンタの最大の弱点、……それは基本的にアンタの思考には自分が無いのよ。

 確かな自我を持っていながら、其処にはアンタ自身がいない。いつも他人の事ばかり考えている。

 ……つまり空っぽなのよ。ううん、きっと自分を(から)にしなければ、あそこまで舞う事が出来ないんだわ。自分を空にして器と化しているのよ。

 確かに傍から見たら今回のボクの決断は追い詰められたとも言える。でも考え抜いた結果だと自信を持って断言できるわ。こんな手段しか取れなかった自分の力の無さを悲しくは思っても、其処に後悔は無い。

 だから、本当に追い詰められているのはむしろ此奴の方なのよ。

 アンタにとって天の御遣いでいると言う事は……、アンタの歩む天の御遣いと言うのは殆どの思考から自分を消さなければならない程の事なんでしょ?

 だからこそ分かってしまう。

 自分を其処までして守りたいモノがあるんだって。

 あの娘達を……。この世界で築いた新し家族を……。

 そして、その夢を叶えさせてあげたいんだって。

 自分のどんな事よりも、あの娘達が大切なのよ。

 

「分かったわ。

 それが貴方の命令なら、全力でそうさせてもらう」

 

 だから、今、アンタがボクのために考え抜いていた中には本当のアンタがいない。

 天の御遣いとしてのアンタしか……、作り物のアンタしかいないのよ。

 それがひどく悲しいと感じてしまう。

 ボクの事以上に、アンタが哀れだと思ってしまう。

 

「……すまない」

 

 それでも天幕を出る時にボクの背中にかけられた言葉の中で、そこにだけは確かにアイツがいた事が嬉しく感じてしまう。

 ……けど、それと同時に自分が無性に嫌になる。

 騙す様に勝手な盟約を押し付けておいて、それでも道具としての誇りを求めてしまうボクが……。

 アイツを更に追いつめておきながら、その事で自分がモノでは無く、女である事を感じてしまうボクが…。

 これならまだ問答無用に押し倒されて、あの場で犯された方がマシだった。

 孫呉に連れていかれ。それこそ口傘ない無責任な噂通りにアイツの肉奴隷にでもされた方がまだ良かった。

 そんな事は、例え本当のアンタでも有り得ないと分かっていても、その方が何万倍も幸せと思えてしまう。

 

 ……だって、劣情だろうが欲情だろうが其処には確かにアイツがいるんだもの。

 作り物ではないアイツなら、それでも構わないと思えるもの。

 周りに流されながらも必死に足掻いて……。

 無意識だろうとすぐ人の胸やお尻に目が行くくせに、人の目をまっすぐと見る事の誠実さは忘れない。

 裁縫や料理どころか化粧まで人より巧い癖に、それ以上に人の良い所を見つけるのが上手くて、しかもそれを誉めるのが当然と思うぐらい自然で。

 なにより人が喜んだり笑ったりするのが好きで、その為なら平気で苦労したり泥を被ったりする癖に、他人がそうするのは嫌う矛盾を抱えている。

 そう矛盾だらけ。

 矛盾の塊と言っても良い。

 それでもその矛盾を大切に抱えるだけでは飽き足らず、多くの人達の怨嗟と夢に押しつぶされそうになりながら、涙を堪えながら必死に足を前へと押しやろうとするアイツに惹かれていたんだと思う。

 

「……ぁぁ……ぅぐっ……」

 

 周りに誰もいない岩場で、ただボクは岩に被い掛かるしかなかった。

 乾いた岩肌を毀れ落ちる何かが濡らしながら、声を殺す事しかできなかった。

 自分へのやりきれない怒りと悲しみが、ボクをそうさせる。

 結局、モノに成り下がったボクは、本当のアンタから哀れみはされても、道具としての愛情どころか誇りを持つ事すら許されなかった事に……。

 それが孫呉にとっても、月や桃香達にとっても一番だと頭では理解できても、沸き上がってくる感情がボクの理性を押しのけてくる。

 だめ……、もう、そんなのだめ……。ボクはもうそんな資格なんて…ないんだから……。

 それでも毀れ落ちる水を堰き止める事が出来ない。

 口から漏れ出る声を手で必死に押さえつけていても、押し殺す事が出来ない。

 ………だめ……、ボクはアイツの指示通りに月達と歩むんだから、こんな顔見せるわけには行かない。

 ボクはボクとして、今まで通りのボクを演じなければいけない。

 月を……、桃香達を騙して、味方だと思わせなければいけない。

 なのに……。

 なのに……。

 

「ぅぐっ……うぐっ……」

 

 ボクはむせび泣く事しかできない。

 両手から零れ落ちるモノを止めれないなら……。

 零れ出る滴を無くせないのなら……

 全てを絞り出すつもりでボクは、必死に声を殺しながら固い岩に顔を押し付ける。

 もう月と一緒にいたボクは……。

 月と一緒に歩むはずだったボクは……。

 ……もう、何処にもいない。

 

 

 

 賈文和は、今夜死んだのよ。

 

 

 

月(董卓)視点:

 

 

 それが詠ちゃんが語ってくれた真実。

 謝りながら……。涙を流す事すら出来ずに……。

 私は詠ちゃんを見誤っていました。

 あの時、華雄さんが駆け付けた時に私は詠ちゃんは、私が私らしく。そして私しか歩めない道を指し示すために北郷さんと何らかの盟約をしたと、想いこんでしまっていました。

 今思えば、なんて傲慢な想いだったのでしょう。

 詠ちゃんは私のためだけに其処までしたんじゃない。

 私の真名を…。魂を穢さないためなんて、なんて勝手な思い上り。

 詠ちゃんは私だけじゃない。私に関わる全ての人達のために。

 そして自分の夢のために、自分自身を代価としたんです。

 

『この地に住む人達が、安心して眠れる夜を築き上げたい』

 

 涼州の地で語った私の領主としての夢は、今もなおも私の中に強くある想い。

 そしてそれは詠ちゃん自身の夢でもある。

 今の私ならそれが出来ると信じて……。

 詠ちゃんの覚悟と想いを知った私なら、洛陽での街の時のようにもう二度と諦めたりしない。

 例え夢半ばで倒れる事になろうとも、最後の最後まで諦めずに足掻き続けてみせる力があると確信して…。

 

 だから許せる事などできないんです。

 勝手な夢を押し付けるだけで飽き足らず。何の相談も無くモノなんてものに成り下がる事を決めた詠ちゃんが。

 そんな詠ちゃんの想いと覚悟を知って尚も、私の元に残るように命じた北郷さんを、このまま赦す事なんてできる訳ありません。

 例え、それが一番の選択肢だとしても、それは呉や蜀にとっての選択であって、北郷さんや詠ちゃんにとって一番じゃないからです。北郷さんならそれも出来たはずなのに、それを選ばなかった事が許す事が出来ないんです。 それが私の身勝手な想いだと分かっていても、其処だけは譲る事の出来ない想いなんです。

 だからそっと、北郷さんの耳元で囁きます。

 

「詠ちゃんは私にとって掛け替えのない大切な家族。

 ですから、私は家族である詠ちゃんを必ず幸せにして見せます。たとえどんな手段を用いようともです。

 その覚悟をしておいてください」

「……ぇ?」

 

 言葉の本当の意味を理解できずに戸惑う北郷さんを無視して、私は北郷さんからそっと身を離します。

 今のが傍から見たらどう映ったかなど、安易に想像はできますがそんな事など関係ありません。 私にとって必要な事だからした事。それだけの事です。

 そして、もう一つだけ。これだけは言わせてもらいます。

 

「北郷さん。貴方の優しさも想いも敬意をはらえますし、尊敬も出来ます。

 ですが、此れだけは覚えておいてください。 時にはその優しさが人を深く傷つけるのだと」

 

 もう詠ちゃんのような悲しい想いをする人を増やす訳にはいけません。

 せめて貴方の家族や周りにいる人達が、貴方の優しさで深く傷つかないように願っての忠告。

 貴方の周りの人が貴方を甘やかして、貴方が傷つかない為の警告。

 それが魂の盟約をしてまで行った詠ちゃんの想いに、応えるための私の決意。

 それが命を助けられ、そして多くの事を導き教えてくれた北郷さんへの月としての謝儀の一つ。

 

「旅の御無事を祈っております」

 

 それが北郷さん達と交わした最後の言葉。

 その言葉を継げると共に、私は北郷さん達に背を向け歩み始めます。

 もうこれ以上の見送りは、互いにとって時間を無駄にするだけの事。

 互いに生きていれば、再び(まみ)える事は既に確約された未来。

 だから今は少しでも時間が惜しいんです。

 この疲弊した国を立て直すために…。

 孫呉からの借りを少しでも早く返すために…。

 孫呉の庇護を受けた同盟国と言う立場から脱出するために…。

 私の夢を…、親友の託された夢を叶えるために、国としての力がいるんです。

 孫呉に此方の要求を呑ませるほどの力が……。

 北郷さんの所有物へとなった詠ちゃんを、幸せにするための力が……。

 

「月ちゃん待ってよぉ。どうしたのよ。そんなに急ぐように帰るだなんて。

 北郷さん達の姿が見えなくなるまで見送っても良かったんじゃないのかなぁ」

「それを相手が望んでいるのなら必要でしょう」

「そうだね。北郷さん達の性格なら、一刻でも早く国を良くするために動いて欲しいと思うよね。

 うん、さすが月ちゃん」

 

 詠ちゃん。詠ちゃんが私を幸せにしたいと想う様に、私も想っているんですよ。

 家族と言うのは幸せにするもんだって。

 身勝手だろうと、我儘だと言われようとも、家族である私が詠ちゃんを幸せにするんです。

 詠ちゃんが魂の盟約で北郷さんのモノに成り下がったと言うのなら。モノとしての幸せを私が用意してあげます。 例え、それが孫呉と敵対する事になろうともです。

 だから、そんな手段を選ばなくても済むように、必死に今を歩んで行かなければいけないんです。

 この国の人達はもちろん、今日の今日まで私を支えてくれた家族を幸せにするために。

 せめて明日を夢見て、静かな夜を眠れる様に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百参拾陸話 〜 狂想曲に舞う詩を詠む(後編) 〜を此処にお送りしました。

 

 長かった益州攻略編をやっと終える事が出来ました。

 蒲公英と焔耶の処遇がどうなったかなど、いろいろとまだお話が残っておりますが、取りあえず一刀と明命が成都の街を旅立った事と、蜀編でやりたかった最低限の事がやれたので、此れで一段落と言えます。 だって、あと残ったのは恋姫とは言え脇役達の話ですし(まてw

 さて、今回は前半のオマケはおいておいて、後半の詠のお話の前身は117話と120話の加筆修正のお話となりました。え?手抜きじゃないかって? いえいえ、一応これも計画したプロットの中での事ですので手抜きでは無いですよ。 本当ですよぉ〜。 信じてください。 あの御姉様方が10以上もだなんて、アンチエンジングを狙うにしても無理があると思うのは本当なんですぅ〜っ!

 

 トストストストストスッ!

 ドンドンドンドンッドーーーン!

 ぶしゅり。………ばた。

 

 

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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