STAGE2「狩る者と狩られる者」
マッシュマスク一号二号との戦いが終わってから一時間後、一向に現れない四人目のチャンピオンを待ちながら、ミキはリング上で準備運動をしていた。
「いやー、すっかりダメージも回復しちゃいましたよ。体冷やさない様に暖めておかないと」
「余裕だなアンタ、周りはピリピリしているっていうのに……」
そう言ってリングサイドにいるめぐみは観客席を見回す。観客達は一向に始まらない試合に苛立っていた。
「さっさと始めろー!」
「こっちは明日仕事なんだよー!」
時刻は深夜4時を過ぎており、明日仕事がある人間は絶対に差支えがある時間である。ちなみに檻の中にいる一葉は腕枕をしながらスウスウと寝息を立てて眠っていた。
そして苛立っているのは、この場にいる責任者である福澤も同じであり、すぐ傍にいた部下に八つ当たりしていた。
「おいコラ! またアイツ髪の毛セットに時間掛けてるんかいな!? さっさと連れてこい!!」
「お、俺に言われても困りますよ!?」
その様子を見ていためぐみは、ニヤニヤしながらふんと鼻を鳴らした。
「ふん、いい気味だ」
「それよりこれから来る人ってどんな人なんですか?」
ミキはスクワットしながらめぐみに次に来る選手の情報を聞く。
「次の選手は……確かアンタと同い年の筈だよ。この闘技場に来た時に元プロの総合格闘技の選手を一撃で倒した相撲取りさ」
「相撲取り?」
その時、会場に実況による放送の声が響き渡る。
『えー、大変長らくお待たせしました。四人目のチャンピオンの入場です!』
次の瞬間、青コーナー側のステージにスポットライトが当たる。そこには下半身には黒い廻し、上半身はノースリーブ型の灰色のシャツを身に着けた、金の鶏冠型モヒカンが特徴的な男が現れた。
「おらー! さっさと出てこいってんだよー!」
「雑魚敵っぽい髪型しやがってー!!!」
その男が現れるや否や、待ちくたびれた観客達が罵声を浴びせてくる。すると男は両太ももに手を乗せながら右足をほぼ真上に上げて、そのまま地面に振り降ろした。相撲で言う四股を踏んだのである。
“ズドンッッッ!!!!”と、まるで爆撃のような轟音が闘技場に鳴り響き、観客達は一気に静まり返る。
「び、びっくりした~!?」
「う~ん……何? ドスンドスンうるさいなあ……」
「出たよ、アイツのお得意のパフォーマンス」
ミキは現れた相撲取りらしき男の破壊力に驚き、一葉は先程の轟音で目覚め、めぐみはやれやれと言いながら首を振っていた。
「めぐみさん? あの人の事を知っているんですか?」
「あいつは日吉丸、最近この町に来てストリートファイトやこの地下闘技場で戦いを繰り返す元序ノ口力士(相撲の番付で一番下の階級)さ。私の診療所の常連でもある。確かアンタと同い年ぐらいだったかな」
そして相撲取り……日吉丸は悠々とリングインして、リング中央に移動するミキの姿を見て驚いた。
「ああん!? 今度の相手は女かよ!? やりづれえなぁ……何ならハンデやろうか?」
日吉丸は頭をガリガリ掻いてやりにくそうな顔をする。するとミキはその態度にカチンと来たのか、ふふんと鼻を鳴らして日吉丸を挑発し始める。
「ほほう、なら私もハンデ上げましょう! 足一本で戦いましょうか? それでも私は勝ちますが!!」
そう言ってミキは両腕を組んだまま右足を浮かせてプラプラさせる。それを見た日吉丸はガッハッハと大笑いした。
「虚勢はってられるのも今の内だぜ! 言っておくが俺は台本なんて読まねえからな! おめえが見せ場作る前に吹っ飛ばしてやるぜ!」
「フッ飛ばされるのは貴方の方ですよ! 私のブックに“負ける”という文字はありませんから!!」
両者、間に火花を散らしながら睨み合う。そしてゴングを鳴らす係員の方を一斉に見た。
「「ゴング!!」」
「は、はい!」
二人の眼力に圧倒され慌てる係員、そして試合開始のゴングがカァーンと景気よく鳴り響いた。
『さあ試合開始のゴングが鳴りました!』
すると日吉丸はミキの方を向いたまま、腰を落として右手をマットにつく。完全に相撲の構えだった。それを見てミキは一旦距離を置き、そのまま一気に駈け出していく。
「はあ!」
「ふん!」
ミキはそのまま小さく飛び上がりドロップキックを、日吉丸はそのまま頭突きを敢行する。
まるで岩石同士がぶつかったような轟音と共に、日吉丸は背後のリングロープに、ミキは背後の観客席まで吹き飛ばされた。
「いてて……あんな小さな体になんつうパワー秘めてんだよ!?」
日吉丸はリングロープに凭れ掛かりながら、ドロップキックを受けた額を摩る。一方ミキは観客席の中でもみくちゃになっていた。
「いたたた……すごい飛ばされちゃった」
「おいミキ!? 大丈夫か!?」
吹き飛ばされたミキを心配して声を掛けるめぐみ、するとミキはうーんと首を捻りながら観客席から這い出てきてリングに戻って行った。
「うーん、私体重が無いからどうしても力押しだと負けちゃうんですよねー」
(なんでこいつあれだけ吹き飛ばされて平気そうなんだ?)
そしてリングに上がったミキは日吉丸と再び対峙する。
「へへへ、パワーは俺の方が上だな、このままぶっ潰される前に降参した方がいいぜ?」
「まさか! そんなこと絶対にしません!」
そう言ってミキは再び猛ダッシュし、今度はスライディングし日吉丸の足をカニばさみで挟み、転ばせようとする。
「そぉい! ……ってアレ!?」
しかしミキは、まるで大木のようにビクともしない日吉丸の足に驚愕する。そして日吉丸はミキに左足を絡ませたまま、右足を力付くで引き剥がし天高く上げる。
「あ、やばっ」
「フンっ!」
そしてミキ目掛けて先程やった四股を踏んだ。しかしミキはすぐさま転がってその攻撃を回避する。辺りに再びズドンと轟音が鳴り響く。マットをよく見ると四股を踏んだ部分が深く凹んでいた。
「あっぶな!?」
ミキは後転しながら日吉丸と距離を取る……が、今度は日吉丸の方が猛突進して来てミキの腹部に強烈な張り手を突き刺した。
「おらああああ!!」
「ぐえ!?」
ミキはそのまま吹き飛ばされマットに転がる。
「おうおう、ちいと力入れすぎたか」
「こ、この……! ビンタなら負けません!」
そう言ってミキは喉から込み上げてくる物を必死に胃の中に戻しながら、飛び出す様に日吉丸との距離を詰めて、彼の右頬に強烈なビンタをお見舞いする。
「おおう!?」
『強烈な闘魂注入―!!! これは見てるこっちも痛くなる!!』
日吉丸は思いがけない強烈な攻撃に脳を揺らされ、思わず膝を付きそうになるが持ちこたえる。
「んなろう!」
怒った日吉丸はミキの顔面に張り手をぶちかます。
「なんのぉ!!」
対してミキはその攻撃を踏ん張って堪え今度は日吉丸の左頬に強烈なビンタをぶちかます。
そして両者は互いにビンタを打ちあうビンタ合戦を繰り広げる。
「すげー!? 力士と張り手で張り合ってるぞブラッディレオン!?」
「馬鹿だ! 馬鹿だあの女!!」
その光景に観客は無謀なミキに対し呆れの感情を抱く。そしてミキと日吉丸は顔を赤くしながら一旦距離を取る。
「ぜえぜえ……てめえ、なんてパワーだよ……」
「えへへ……闘魂を込めたビンタは効果抜群でしょ!?」
すると日吉丸は再び腰を落としマットに右手を付いて相撲の構えをとる。
「もういい、これで終わらせよう。俺はさっさとカムイに挑まなくちゃいけないんでね」
「私だって負けられないんです!」
そう言ってミキは一瞬早く日吉丸に突撃し、正面から体当たりを敢行する。しかし日吉丸はそれを全面で受け止める。
「……!」
ミキは一瞬、日吉丸が巨大な大木になる幻覚を見た。
「とったぜ!」
日吉丸はそのままミキのリングコスチュームに自分の両指すべてを引っ掛ける。相撲いうもろ差しである。
「ずりゃああああああ!!!」
「うわっ!?」
日吉丸はそのままミキを捕えたまま前に飛びこむようにジャンプし、ミキを押しつぶす形で地面にうつ伏せに倒れた。
『出た! 必殺の浴びせ倒しぃぃぃぃぃ!!!』
「あぐっ!!」
全身を押しつぶされて顔を歪めるミキ。しかし日吉丸はすぐに次の攻撃に移る。
「まだまだぁ!!!」
日吉丸はミキに馬乗りになったまま、彼女の頭と上半身に張り手の連打を浴びせる。
「ドラドラドラドラドラドラぁ!!」
「ぐううぅ!!!」
ミキは両腕で張り手をガードする……が、まるで全身に響くような凄まじい攻撃にダメージを蓄積していく。
(こ、これちょっとヤバい……ってアレ?)
ミキはふと、攻撃が止んだのに気付いた。するとリングサイドからめぐみの声が聞こえてきた。
「ミキ! 早く逃げろ!!!」
ふと、ミキの視界に天高く上げられる日吉丸の右足が映った。
「ふんっっ!!!」
次の瞬間、ミキの上半身に日吉丸の30センチはある右足の裏がズドンと轟音を立てて叩きこまれた。
「うげっ……!?」
今まで感じた事のない痛さに、ミキは目に涙を浮かべ腹を抱えたまま蹲った。ちなみに今の衝撃でマスクがポロリと落ちた。
それを見た日吉丸は迎撃しようとはせず、直立した状態でマットに転がるミキを見下ろす。
「……もうやめとけ、弱っている相手をぶちのめす趣味は持ち合わせていねえ」
「うぐううううう……!」
するとミキは涙を拭い、マスクを掛け直しながらヨロヨロと立ち上がった。
『ぶ、ブラッディレオン立ち上がった!? あの強烈な攻撃を受けてなお立ち上がったー!?』
「てめえ……!? もうやめろ! 俺を人殺しにする気か!?」
下手すれば致命傷になりかねない攻撃を受けてもなお立ち上がるミキを見て狼狽える日吉丸。するとミキは無理やり顔に笑顔を作りながら答えた。その目には……メラメラと燃え盛る炎のような闘志が宿っていた。
「言ったじゃないですか……! 私は絶対に負けないって……! プロレスラーは強いんだって私は証明したいんです!!」
「……!」
すると日吉丸は顔をブンブンと横に振り、にやりと笑って再び腰を落として構えた。
「すげえよアンタ、俺は相撲の世界が嫌でストリートファイト……真剣勝負の世界に来たけどよ、アンタが初めてだよ……俺をここまで熱くさせてくれたのは!」
「えへへ! それはどうもです!」
対してミキは陸上短距離走のクラウチングスタートのように腰を低く落とし、マットに両手をついて構えた。
『ブラッディレオン選手! 再び正面から挑むつもりか!? 無謀すぎるぞー!!?』
「いや……! あの子には何か考えがある筈だ」
その様子をリングサイドで静かに見守るめぐみ。そして闘技場が一時の静寂に支配される。
ふと、その様子を見ていた一葉は、ミキと日吉丸の背後にオーラの様な物がそれぞれとある生き物を形作って浮かび上がっている事に気付いた。
「あ……ライオンさんとウシさんだ」
そして闘技場の観客席にあった時計の秒針がちょうど12を指した。それを合図にミキと日吉丸は一斉に飛び出した。
「ぬりゃあああああああ!!!」
日吉丸はミキの顔面目掛けて渾身の頭突きを放つ、しかしミキはまるで蜃気楼のようにその場から消えていた。
「な……!?」
日吉丸はすぐさま上を向く。そこには自分の体を跳び箱のように飛び越えるミキの姿があった。
「正面も下もダメなら……上から!!」
「な!? なっ!?」
ミキは日吉丸と背中合わせになる形で、彼の体に自分の両足を挟み込む。そして彼の両手首を掴んで思いっきり絞り上げた。
『出たー!? パロスペシャル! 日吉丸の腕が悲鳴を上げるー!』
「ぎいいいいいい!!!?」
余りの痛さに悲鳴を上げそうになるが、それを必死に抑え込み技から脱出しようとする日吉丸。すると日吉丸の腕からガコンと音が鳴り、ミキはすぐさま技を解いて着地し、彼の腰に自分の両腕を回してホールドした。
「ふんぬがああああああああ!!!!」
そして目一杯叫んで力を入れて、100キロ近くある日吉丸の巨体を持ち上げ、そのまま彼の体重を利用してスピードを付けながらブリッジの体勢になり、マットに叩きつけた。
「あ……」
日吉丸の視界には天井のスポットライト、上下逆さになった反対側の観客席がまるでぱらぱらマンガのように一瞬で映り込んだ。そして最後に彼の視界に移りこんだのは……真っ黒な世界だった。
『ジャーマンスープレックス炸裂うううううううううううううう!!!!』
そして日吉丸の気絶が確認され、ミキの勝利を告げるゴングが鳴り響いた。
『そしてブラッディレオン選手の勝利いいいいいい!!』
「だあああああああ!!!」
ミキは日吉丸から手を放すと、両拳を高々と上げて勝利の雄たけびを上げる。そして力が抜けたようにへなへなとその場で膝を付いた。
「終わった……あ、そうだ」
ふと、ミキは傍で倒れている日吉丸の頬をぺちぺちと叩く。
「ぐ……ううう……」
すると日吉丸は目をサマシ、すぐさま起き上がろうとする……が、右腕に激痛が走り顔を歪める。
「痛っ……!」
「ご、ごめんなさい、もしかしたらパロスペシャルの時に脱臼したかも……」
よくみると日吉丸の肩が非自然な形でブランと垂れ下がっていた。しかし日吉丸は痛みを堪えながら笑ってみせた。
「なあに……これぐらい唾付けときゃ治るさ」
「治るわけないだろバカ」
その時、いつの間にかリングに上がっていためぐみが、日吉丸の脱臼した腕を掴み……。
「ふんっ!!!」
「うぎゃ!?」
ガコンと強引に嵌め直した。
「これでいいだろ、まったくお互い無茶するね」
「いてて……あんがとうよめぐみさん」
「すごいですね今の!? 今度私にも教えてください!」
先程のめぐみの脱臼の治療を見て目をキラキラさせるミキ。ちなみに後に彼女はめぐみから一人で出来る脱臼の治療法を学び、早速実践で使う事になるのだがこの時の彼女はまだ知る由も無かった。
そして日吉丸は改めてミキの方を向いて手を差し伸べる。
「すげー熱くなれるファイトだったぜ。つえーじゃねえかプロレスラー」
「そちらこそ! 相撲取りは強いって体感できました!!」
ミキもまた自分の手を差し伸べ、友情の熱い握手を交わす。それを見ていためぐみはんっんっと咳払いする。
「熱い友情を交わすのは構わないが……まだあともう一戦あるんだぞ」
「ああそっか、ボコボコにしといてなんだが大丈夫か?」
「まだまだ! あと十戦は行けますよ!」
そう言ってミキは立ち上がろうとする……が、突然彼女の視界が歪み、そのまま尻餅をついてしまう。
「はれれ……」
「言わんこっちゃない、医者としてこれ以上の戦闘はおすすめしないよ」
「おっと! そうはいかへんぞ!!」
するとリングサイドから福澤が物言いを申し渡してくる。
「5人勝ち抜きがこの闘技場のルールや! それまではリングを降りる事は許さへんで!」
「てめえ……!」
めぐみと日吉丸は怒り心頭と言った様子で福澤に何か言おうとするが、ミキに手で制されて止められる。
「お二人共ありがとうございます。私は平気ですのでリングから降りてください……」
「でも……」
「大丈夫……! 私は負けませんから!」
ミキの言葉に従い、めぐみはボロボロの日吉丸に手を貸しながらリングを降りていく。一方ミキはコーナーポストに凭れ掛かり、息を切らしながら次の対戦相手を待つ。
(次はあの人か……今の私に勝てるかな……?)
先程の車を破壊するほどの凄まじい戦闘力を見せたこの闘技場のチャンピオンのカムイの姿を思い出し、珍しく心の中で弱気を吐くミキ。しかし実況はそんな彼女の心内も知らずに次の対戦相手をコールする。
『さあ、いよいよ真チャンピオンの登場です! これまでいくつもの地下闘技場で数多の格闘家たちを葬って来た最凶のビーストファイター!! その名は……!』
青コーナー側のステージがライトアップされ、そこに羆の様な巨体のシルエットが浮かび上がる。
『鋼の猛獣、カムイイイイイイイ!!!』
そしてそのシルエットの正面にライトが照らされる。だがその姿を見た者達すべてが、驚愕する。
「あ……あがっ……!」
ライトの光を正面から受けたカムイの姿は……まるで本物の獣に襲われたかのように、全身歯型だらけで血達磨の状態だった。よく見ると彼の利き手である右手の指が、まるでイソギンチャクのようにすべて痛々しく折れ曲がっており、左足からは折れた骨がふくらはぎから飛び出す解放骨折の状態だった。
『え!? あ!? 何だコレ!?』
地上最強を自負し、彼を知る人間もそれを信じて疑わなかった故に、カムイの悲惨な姿は信じられない物だった。
「た、助けて……!」
カムイはそのまま花道をよろよろと歩いて行く。恐らく視界に入ったミキに助けて貰おうとしたのだろう。
だが次の瞬間、カムイは背後から誰かに蹴飛ばされ、ヘッドスライディングのように滑りながら前のめりに倒れ、そのまま意識を失った。
そして彼が立っていた場所には、ボサボサの金髪セミロングに黒メッシュという逆プリンヘアーで、瞳は鷹のように鋭く血のように赤い、黒い特攻服を羽織い黒い革のハーフパンツに大きめの胸にサラシを巻いただけの露出度の多いヘソだしルック、足には青いスニーカーを履いた15歳ぐらいの少女が立っていた。よく見ると、歯並びがまるでサメのようにギザギザだった。
「あ゛~……んだよ、つえーっつうから食ってみたけど、クソ不味いじゃねえかこのクマ」
少女は黒のオープンフィンガーグローブを装備した手で持った竹刀をくるくる回しながら、花道を歩いてリングに向かって行く。そんな彼女の後ろには、ほぼ球体の体型をした背の低い三つ編みの少女、白いレンズで瞳が見えないメガネに白いマスクを付けたガリガリに痩せた少女、バレーボール選手のように背が高くおまけに筋肉質な体、だが顔はアイドル並みに可愛い瞳をキラキラさせた全体的にアンバランスな少女(?)が、逆プリンヘアーの少女と同じ格好(ただし特攻服の前は閉じており、下はハーフパンツではなく黒の特攻服を履いている)で付いて来ていた。
「流石姉御!! 世界一強い!!」
「キュキュキュ……というかこの男が弱すぎ……」
「うふふ~、みんなビックリしてますね~」
そして逆プリンヘアーの少女はカムイの体を踏み越え、一人でリングインするなりミキに話し掛けた。
「てめえか、俺の食いモンつまみ食いした女子プロレスラーっつうのは?」
「つ、つまみ食い!? 一体何のことですか!?」
身に覚えのない事を指摘され困惑するミキ。だが逆プリンヘアーの少女は構わず話を続ける。
「すっ呆けんなゴラァ!!? 河川敷のレディース共、全部テメーが食ったろ!!?」
「レディース? ああそう言う事ですか」
その時ミキはようやく、目の前の少女の“食う”という意味が“戦う”という意味と同じだという事に気が付く。
「お陰で俺は腹減って仕方ねえんだよ!! そこの歩行空間のクソ共もそこに転がっているボロ屑も対して美味くねえしよ! どうしてくれるんだオイ!? あ!! 地下歩行空間と言えば……!」
すると逆プリンヘアーの少女は突然リングから降りるや否や、リングサイドで狼狽えている福澤に掴みかかって来た。
「おめえかここの責任者は!!?」
「ひいいい!? な、何やねん!? ていうかお前等どうやってここに……!?」
「あの歩行空間にいたジャンていうデカ物!! あの野郎一体何なんだ!? すげー強そうなくせに俺が他の奴食っているの見て逃げ出しやがったぞ!?」
すると福澤の後ろにいた彼の部下が耳打ちしてきた。
「ボス! 大変です! 地下歩行空間の奴等……今見に行ったら……」
☆ ☆ ☆
その頃、地下歩行空間……そこは今、まるで巨大な肉食獣でも通ったかのように血で染まっていた。
「ううう……」
「痛い、痛いよ……」
番人として用意されていた男達はすべて、噛み傷やら打撲やら骨折やらの怪我で血まみれになっていた。そして隅の方では、ジャンが巨大な体をぶるぶる振るわせながら縮こまっていた。
「ば、化け物だ……化け物が現れた……!」
☆ ☆ ☆
「え、ええい! どいつもこいつも使えんやっちゃ!!」
「使えねえのはテメエだこの豚!!!」
「ひぎぃ!!」
そう言って逆プリンヘアーの少女は福澤に頭突きをかまし、止めに入った彼の部下と乱闘を始めた。そしてそれを見ていた日吉丸がぼそりと呟いた。
「あいつ……まさか“壊し屋の凶子”か!?」
「知っているんですか日吉丸さん?」
「ああ、俺達ストリートファイターの間では有名な壊し屋さ、路上だけでなく各地の地下闘技場に出没しては戦いを繰り広げ、幾人ものファイターをトラウマ付きで徹底的にぶちのめしてきた悪魔みたいな女だよ。俺も噂程度しか知らなかったけど」
すると逆プリンヘアーの少女……キョウコは自分に向かってきた福澤の部下達を全員ぶちのめした後、リング上のミキをギロッと睨んだ。
「よお~っし……こうなったらてめえを食うか。ん?」
キョウコはふと、ミキがボロボロの状態である事に気付く。
「んだよ、ボロボロな奴食ってもあんまりおもしろくないな。よし……」
そう言ってキョウコは再びリングに上がるや否や、戸惑うミキに反応できないような速度で接近し、彼女の体を両手でリフトアップした。
「え!? うわっ!? ちょ!?」
「デカ子!!」
「はい~」
そしキョウコはそのままミキを、リングサイドにいた筋肉質の少女……デカ子に投げて渡した。そしてキョウコは福澤に大声で話し掛けた。
「おいそこのブタ! 今すぐ俺に代わりの餌もってこいや!」
「え、餌!?」
「姉御は疲れている相手と戦ってもつまんねえから自分の対戦相手連れてこいっつってんだよこのアホ!! 」
ほぼ球体の少女が荒い口調でキョウコの言葉の意味を解説する。すると福澤は暴言を暴言で返した。
「ブチのめすぞこのデブ! だが残っている選手はもう……」
「俺が居るじゃないですか、アニキ」
その時、福澤の背後から金のパンチパーマで紫のスーツが筋肉でぴっちぴちになっている大男が現れた。
「あかん! お前はリザーバー……いざという時の為の切り札やで!」
「そうも言っていられないでしょう? このままこんなぽっと出女に甞められたら組の威信に関わりますぜ」
その様子を見ていたミキは、めぐみと日吉丸の元に赴き質問する。
「あの人誰ですか?」
「アイツは三戸部組の組長のSPを務めている藤代だ。元自衛隊隊員なんだが、後輩を訓練と称してリンチして殺害し、隊を追われた所を三戸部組が拾ったんだ。実力ならカムイに匹敵するかもしれない」
めぐみの説明を聞いて、ミキは心配そうにリングの上のキョウコを見る。
「そんな人相手に大丈夫でしょうかあの人……」
「おいおい、これから戦うかもしれない奴の心配してどうする。取り敢えず今は出来るだけ体休めとけ」
「は、はい……」
ミキはそのまま日吉丸にパイプ椅子に座らされる。そしてキョウコを見て首を傾げた。
(あの人……どんな戦い方をするんだろ? 竹刀持っているし剣道?)
一方、藤代は福澤の制止も聞かずリングに上がり、スーツを脱ぎ捨てて上半身裸になりながら、取り巻きの少女たちに肩を揉まれているキョウコに話し掛ける。
「姉ちゃん、あんまりオイタが過ぎるとひどい目に遭うぜ? ヤクザナメたらどうなるか教えてやろうか?」
するとキョウコは取り巻きの少女たちをリングサイドに降ろした後、右手中指をビンと立てて挑発する。
「ひでえ目に遭うのはおめえの方じゃねえの!!!? ちゃんと食い殺してやるから安心しろよ!! あ゛はははははははは!!!」
まるで悪魔のようなキョウコの笑い声に、観客達は戦慄し黙り込んでしまう。しかし藤代は顔色一つ変えず、ふっと鼻で笑った。
「はん、笑っていられるのも今の……」
その時、リングサイドで見ていたミキは、藤代が右手にナイフを隠し持っている事に気付いた。
「危ない!!」
「内だ!!」
ミキが叫んだのと、藤代がナイフを投げたのは同時だった。藤代の投げたナイフはまっすぐキョウコの顔面にすっ飛んで行った。
“ガチンッ”とナイフがキョウコの顔面に突き刺さった……と思いきや様子がおかしい。
キョウコはナイフが刺さり天を仰いだ頭をゆっくりと戻した。否……ナイフは彼女の顔面に刺さったのではなく、彼女が歯で噛付いて受け止めたのだ。
「……!!」
その姿を見て驚愕する藤代。そしてキョウコはナイフを吐き捨てて竹刀をブンブン振り回した。
「ゴングが鳴る前に攻撃してきたって事は……これは試合じゃなく喧嘩だな?」
にやりと笑うキョウコ、そして彼女はボンッとまるで爆ぜるように飛び出し、藤代の脳天目掛けて竹刀を振り降ろした。
「がっ!?」
とっさに両手でガードする藤代。しかし相当の固さの竹刀を素手でガードするのは無理があり、腕に相当な激痛が走った。
「ひゃははははははははは!!!」
キョウコは半狂乱の状態で藤代の体を竹刀で叩き続ける。しかし彼も黙ってはいない。
「くそっ! 調子に乗るな!!」
藤代は強引に右ストレートをキョウコの顔面に叩きこむ。顔を殴った感触を確かめほくそ笑む藤代……しかしすぐに右拳に鋭い痛みを感じて顔を歪める。
「ぐあ!?」
「緩いパンチだなぁおい?」
すぐに手を自分の元に引き戻す。そして自分の右拳の皮膚が、まるで何かに食いちぎられたように血まみれのグズグズになっているのを見て戦慄する。
藤代の右拳は文字通りキョウコに“食われた”のだ。
一方キョウコは食いちぎった皮膚をペッと吐き出した後、ハーフパンツの左のポケットから栄養ドリンクの様なものを取出し、それの中身すべてを口に含んだ。
「ガリ子! ライター!」
「キュキュキュ……はい」
リングサイドにいたガリガリな少女……ガリ子がキョウコに100円ライターを投げて渡す。キョウコはそれをパシッと手で受け取ると、そのままシュボッと火をつけた。
「バッ!?」
「ひひひひひ!!!」
キョウコは再び悪魔のような笑みを浮かべ、ライターの火に向かって自分の口に含んだ液体……コンビニで売っている日本酒を噴き掛けた。
燃えやすいアルコールを含む日本酒は霧状の状態で火に引火し、火炎放射のように藤代の体を炙った。
「ぎゃひいいいいいいいい!!!?」
先程の強面の男とは思えない、絞め殺される鶏のような悲鳴を上げ、火を消そうと必死にもがく藤代、そんな彼をキョウコはゲラゲラ笑いながら見ていた。
「ぎゃっははははははは!!! こんがり上手に焼けましたってか!?」
「姉御! そろそろトドメを!」
そう言って体型がほぼ球形の少女は、先程会場で見つけたパイプ椅子をキョウコに渡した。
「よおーっしマル子、いいモン見つけて来たな」
キョウコは竹刀を投げ捨て、パイプ椅子を両手でがっちり握ると、ようやく消火し終えてホッとしている藤代の脳天目掛けてパイプ椅子の角を叩きこんだ。
「げあっ!!」
次の瞬間、藤代の脳天からピューッと噴水のように血が噴き出し、彼はそのまま前のめりに倒れた。その瞬間、試合終了のゴングが鳴り響く。
キョウコは藤代の脳天から流れる血で出来た血だまりを踏みながら、天井に向かって勝利の雄たけびを上げる。
「ひゃーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!! 俺の勝ちだああああああああ!!!」
「「「流石です姉御!!」」」
キョウコの取り巻きの少女たちは、彼女に惜しみない称賛の言葉を贈る。一方福澤や観客達は、リングの上で繰り広げられた残酷ショーにただただ戦慄し言葉を失っていた。
そしてそれはリングサイドにいためぐみと日吉丸も同じだった。
「おいおい……あんなの俺だったらやりたくねえぜ」
「ミキ、流石にあんな奴と戦うのは……」
そう言って二人は椅子に座るミキを見る。そしてその当人はと言うと……。
「はわぁー……!」
何故か、とっても嬉しそうな顔で目をキラッキラさせながらキョウコの方をじっと見ていた。
「え゛!? 何そのリアクション!?」
「すごい!!」
するとミキはガバッと立ち上がり、そのままリングへ向かって駆けていく。
「あん?」
何事かと思いキョウコはミキの方を見る。ミキは思いっきり飛び上がりそのままリングインし、キョウコと目と鼻の先まで接近する。
そしてとても嬉しそうな顔で、怪訝な顔をするキョウコに言い放った。
「アナタ……プロレスラーだったんですね!!!」
「「「……はあ?」」」
ミキの発言に、キョウコ含む会場にいた全員が同じリアクションを取っていた。
「試合前のパフォーマンス! 悪役っぽい格好! 容赦ない凶器使った反則技! そして同じ格好の軍団! どこをどう見てもヒールのプロレスラーじゃないですか!!!」
「あ~、確かにそう見えるかもね私達~」
ミキの熱弁に対し、リングサイドで聞いていたデカ子は呑気に彼女の発言に同意する。確かにこれまでのキョウコ達の一連の行動を見ると、プロレスバカのミキにはそう映ったのかもしれない。一方キョウコは首を傾げつつも、すぐにギザギザの歯をむき出しにしながらニヤ~と笑いつつミキに言い放った。
「まあそんなのはどうでもいい……次はお前を食う!!」
「いやー! まさかここで同じ流派の人と戦えるなんて! わたしもう嬉しくて泣きそうですよ!! なんかもう疲れとかダメージとか吹っ飛んじゃいました!!」
ミキはウキウキしながら身構えて、キョウコも再び竹刀を手に取って戦闘態勢に入る。
一方、その様子を見ていた福澤と生き残りの部下達は狼狽えていた。
「ど、どうするんですかアニキ!? もう無茶苦茶っすよ!」
「ああ、どないしよ……これだけ無茶苦茶だとボスに殺される……ん? 待てよ?」
福澤はキョウコの顔を見てある事を思いつき、にんまりと笑う。
「おい、ちょいとマイク貸せ」
部下は言われるがまま、近くに置いてあったマイクを福澤に手渡す。すると福澤は闘技場にいる全ての者達に向かって言い放った。
『ご来場の皆さん、度重なるトラブルもありましたが……今リングに登っている二人。二人は共にチャンピオン達を含む数多なる強者を打ち倒しそこに立っとります。もうこうなったら……どっちが新たなチャンピオンに相応しいか決めなあかんな』
すると会場はドッと熱気の籠った歓声に包まれる。福澤は話を続ける。
『勝者にはしっかり賞金を渡す、そん代わり敗者はすべてを失ってもらう……どちらが“サクリファイス”になってしまうのか、命がけの戦いで決めて貰おうやないか』
それを聞いたキョウコはにんまりと笑い、ミキに話し掛けた。
「成程、食うか食われるかってか……おもしれえじゃん!!!」
「ええ! 私も昂ぶってきました!」
その様子を見ていた福澤は、ぐふふと下品な笑いを浮かべる。
(くっくっく……どっちも別嬪やからな、どちらが負けても試合後のショーで客は喜ぶ……ピンチがチャンスに変わったで!)
そしてミキとキョウコは目と鼻の先まで自分達の顔を近づけ睨み合う。
「おめえはどんな味がするんだろうなぁ……?」
「食われるつもりはありません! 同じプロレスラーであろうと勝つのは私です!!」
そして運命のゴングは、今まさに鳴り響こうとしていた。
はい、今回はこれで終了です。次回で外伝最終話の予定です。
では今回はキャラ解説でもしましょうか。
まずは日吉丸、本名神尾日吉、元大関の神尾親方の一人息子で将来を期待された若手相撲取りでしたが、とある事件が切欠で親元を離れ真剣勝負が出来るストリートファイトの世界に足を踏み入れた……という設定があります。もっと詳しい事は別の機会で語るとしましょう。
親と確執があり、ちょっと個性の強い鉄拳風のキャラというイメージで生み出しました。チャンピオンの“バチバチ”という相撲漫画にも影響されて作ったキャラです。
沢山の格闘技が出る作品の中で相撲取りは大体脇役ですが、彼は主役並みの活躍と人気を与えたい……そんな感じでこれからも描いてあげたいキャラです。
次にキョウコ、本名の設定は一応「浅倉京子」という事にしてあります。山崎とブランカとブライアン全部配合したら女になって出てきた……嘘です。
キャラのイメージは様々な道具を使える喧嘩殺法……もし“龍が如く”に女のプレイヤーキャラがいたらこんな感じかなというイメージで生み出しました。拳闘のユウキと足技のアツシに対し、ベビーフェイスのミキとヒールのキョウコという感じでミキのライバルキャラとしてこれからも活躍させる予定です。
彼女の真骨頂は次回描くつもりですのでお楽しみに。
ちなみに彼女の取り巻きの三人、ほぼ球体の子が小島マル子、ガリガリな子が中島ガリ子、マッチョな子が大島デカ子という名前になっています。もちろん本名じゃないですが公開する予定はありません。ジャイ子と同じ理由です。
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スカーレットナックル外伝の第二話です。引き続きリョナ描写注意