No.569081

Re:birth 4話

木十豆寸さん

とりあえず区切りつくとこまで書いてから推敲する。

http://www.tinami.com/view/542167 <前 ここ 次>まだ

2013-04-23 12:46:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:360   閲覧ユーザー数:360

 

 夕日が強烈に瞼を焼いて、男は目を覚ました。柔らかい風が彼の逆立った灰色をした髪の毛をなでる。

「ん……昼寝しすぎたかな」

 身を起こすと、彼の眼下には浅いせせらぎがあり、彼は川沿いで寝ていたことを思い出した。

 空は茜色に染まり、白い雲たちも秋の紅葉のように色づいていた。彼の視界からは見えないが、夕日のある逆方向には、群青と茜の美しいグラデーションが広がっている。

 そういえばなぜ自分はこんな場所で眠っているのだろうか、彼は寝ぼけた頭でふとそんな疑問を考える。確かに彼自身、事あるごとにこの場所でふて寝する習慣があることを自覚しているのだが、元来寝て起きればどんなことがあってもケロリとしている性分な為、なぜ自分がこんなところにいるかを忘れることは珍しくはなかった。

 頭を掻き毟ってフケと眠気を飛ばしながら考えるが何も浮かんでこない。しばらく足元に流れる小川を眺めたりもしたが、思い出せないなら大したことではないだろうという結論に至り、彼は一つ大きく欠伸をして、川の向こうにある深い森を眺めた。

 神話の中に存在する怪物をも絞め殺しそうな太く力強い根が、人の侵入を拒否するように絡み合い、切り株にすれば人が寝られるような太い幹を支えている。もちろんその高さも大人十人分ほどの高さを誇り、暗緑色の葉をこれでもかと天へ向けて開いている。

 この近辺に住む人々はあの森から様々な恵みを受けて暮らしている。木の実は野生のものと思えないほど美味で、野草も豊富だ。朽木や腐葉土は極上の肥料となり、あの巨大な木々自体も材木となり、冬には薪となり、工芸品にも加工されている。狼などももちろんいるが、それは食料となる草食動物が多くいることの証左だった。

 創造神ナイアルラトテップを崇拝する教会でさえ、あの森は祝福されていることを否定できなかった。

 ごつん。

 ぼんやりとした頭で彼がそんなことを考えていると、後頭部に錫杖が振り降ろされた。杖の重さ自体はそれほどではないものの、振り下ろされた速度は中々のもので、彼を悶絶させるには十分であった。

「~~っ!」

「なに掃除サボってんのよ、ガイ」

 錫杖を振り下ろした張本人は、片手にその凶器を持ち、もう片方の手を腰に当てて仁王立ちをしていた。

「サーシャ、ちょっとは手加減してくれよ……」

 ガイと呼ばれた男は涙目で凶器を持った修道服姿の少女に訴える。

 桐谷凱、それが男の名前だった。

 大陸極東に位置する倭という国出身の人間は、全員特殊な独自の文字で名前を持ち、ファーストネームがファミリーネームの前に来るという特殊な文化を持っていた。そこの住人達は殆どが墨色のきれいな髪をしているはずだが、凱は奇妙なことに灰色の髪色をしていた。

「いいのよ、あんたも目が覚めたでしょ?」

「まあ、確かに」

 凱は叩かれた部分をさすりながら立ち上がる。彼は筋肉質でいて、少しだらしのない肉付きをした体を大きく伸ばして完全に眠気を体の外へ追いやった。

 そういえば教会の掃除をサボっていたんだったか、覚醒しつつある脳はその記憶を何とか掘り起こして彼の意識に提示した。

「掃除は?」

「もう終わったわよ、あたしが捜しに来たのはもうすぐ炊き出しの時間だから」

 サーシャは呆れたとでもいうようにように肩をすくめた。ダークブラウンの髪と薄いモスグリーンの瞳を持つ彼女は、この近くにある集落の教会で修道女として働いていた。頭巾の中に前髪をしまわない、最近の若い修道女たちに人気のファッションをして、錫杖を凶器代わりに使うその様は、大人しく清廉なイメージの修道女というよりは、そこら辺にいる少年たちに混じって遊ぶ、活発な少女のように見える。

「おっ、悪いなサーシャ! 愛してるぜ!」

 グッと親指を立てる。夕飯の時間というだけで、凱の眠気は完全にどこかへ飛んでしまったらしい。

「全く……そんな気軽に愛してるなんて言わないでよ、どうせ炊き出し目当てなんでしょ? 早くしなさいよ」

 呆れ顔をさらに露わにすると、サーシャは回れ右をして歩き出す。炊き出しの手伝いを抜け出してきたのだろう、彼女の足取りはどことなく急いでいるようだ。

「……ふぅ」

 凱はその後ろ姿を見ながら、ほんの少し残念そうにため息をついた。

「本気なんだけどなぁ」

 そう言って、彼はサーシャの後を小走りで追いかけ始めた。

 

 教会前に並べられた二つの巨大な寸胴鍋。教会本部から送られてきたこの特注製の鍋は「すべての貧しい人の為に」という文字が彫られ、教会へ集まるすべての人に食べ物を分け与えるためのものだった。

「いっつも思うんだけど、あんたがいなかったら寸胴片方要らないわよね」

 この村は、あまり飢えとは無縁の位置にいたが、それでも炊き出しを求める人はいる。もちろん仕事帰りの猟師なども混じっているが、教会の方針として、それを拒否するつもりは毛頭なかった。

 十数人並んでいる炊き出しの列に、ゆうに二桁の回数は並んでなお、木製の椀をサーシャに突き付けている逆毛の倭人に、彼女はまたもや呆れた顔をした。

「いやー、寝てるだけでも腹ってのは減るもんだね。俺もびっくりだ」

 そう言って凱は豪快に笑った。どちらかといえば太い方に分類される体格ではあるが、それの何処にこれだけの食料が入るのか、それはサーシャにとって最大の疑問であると同時に、多くの村人にとっての関心事だった。

 サーシャはぞんざいに鍋の中にあるスープを椀の中に入れてやると、しっしっと動物を追い払うジェスチャーをした。

「全く、つれないねぇ……」

 そう言って凱は勢いよくスープを口の中に流し込みながら、並んでいる人々の肩を叩きながら最後尾へ歩いて行った。

多分一番後ろに着くころには既に空になっているだろうな、サーシャは次の人にスープをよそいながら、そんなことを考えた。

「いい食べっぷりよねえ、ガイちゃん」

「ええ、嫌になるほど」

 隣で別の人にスープをよそっている先輩修道女の言葉にも、サーシャはそっけなく答える。彼女はかなり年上の女性だったが、誰に対しても気兼ねしない性格の持ち主だった。ゆえに村の相談役だったり、孤児院の子供からは母親のように慕われていたりもする。身寄りのない子供であったサーシャも例外ではなく、年齢的にそれほど変わらないにもかかわらず。母親と娘のような関係だった

「力仕事は大体一人でやってくれるし……」

「逆に力使わない仕事は徹底的にサボりますけどね」

 先輩修道女は「まあ、それも愛嬌よ」と言って笑う。薪割りや簡単な大工仕事などを一通り手際よくこなせるので、凱は村の人からかなり好意的に受け入れられている。サーシャとしてはそれも気に入らないことだった。

「それに、そういう仕事は大体サーシャちゃんがやってくれるじゃない」

「尻拭いしてるだけですよ」

 サーシャはむすっとした表情で目の前の器にスープをよそった。力仕事を適当にこなした後、すぐにどこかへ雲隠れしてしまう凱の代わりにその仕事をする。いつの間にかそれが習慣となってしまっていた。

「で、どうなの? 私としてはお似合いだと思うんだけど」

「へ?」

 思わずサーシャの手が止まる。先輩修道女の言葉の真意をつかみ損ねたのだ。

「ガイちゃんとサーシャちゃん。いい夫婦になれそうよ」

「……冗談はやめてください」

 ああ、またこの話か。サーシャはため息をついた。彼女は五年前に大陸北部の孤児院からこの村にやってきて、修道女として生活し始めたのだが、当時はふさぎ込んでいることが多く、今のように軽口を交し合うようなことはまずなかった。

 凱と初めて出会ったのはそんな時だった。彼は部屋に籠っているサーシャの手をつかんで「一目ぼれしました。付き合ってください」と真顔で言うと、彼女の意見も聞かずに外へ連れ出し、同年代の友人に無理やり引き合わせて遊びの輪に彼女を突っ込んだのだった。

 それ以降「好きだ」「愛してる」など愛の言葉を端々に散りばめつつ、遊びに連れ出す彼に引きずられるように、彼女はだんだんと外交的な性格になっていった。

「んー、でもガイちゃんはあなたのこと好きみたいじゃない、サーシャちゃんも嫌いじゃないんでしょ?」

「そうですけど……」

 「嫌い」ではない、ということはすなわち「好き」というわけでもない、彼女はそう反論しかけたが、手が止まっていることを順番待ちしている村人にせっつかれて、言葉を発さないままお互いに作業へ戻った。

 確かにサーシャは凱に感謝はしている。部屋に籠りがちの自分を無理やりにでも連れ出して、同年代の友人と引き合わせてくれたのは、ありがたいことだと思っていた。

「でもねぇ……」

 最初に出会った時の告白ネタで今に至るまでずっと弄り続けられるのは、彼女としてもいい気分はしなかった。

 それさえなければ本当にいい友人なんだけど……サーシャはそんなことを考えつつ目の前にいる何週目かもわからない逆毛の男にスープをよそうのだった。

 

「よっと、寸胴洗い終わったよ、サーシャ」

「ありがと、んじゃ帰っていいわよ」

 陽もとっぷりと落ち、炊き出しの終わった教会前の広場は、暗闇に包まれていた。そこで凱は掃除の前に逃げ出した罰として、食器洗いを言いつけられていた。

 教会の倉庫から漏れる明かりを頼りに、井戸水を使って寸胴鍋をきれいにし終わった凱が、鍋を二つ抱えながら教会の勝手口から中に入る。

 掃除用具から炊き出し用の備品など、あらゆるものが詰め込まれて雑然としている倉庫の中で、サーシャは一枚の焦げ付いた写真をろうそくの明かりを頼りに眺めていた。

「またその写真見てるのかよ、そんなおっさんより俺を見てくれって」

「何言ってんのよ……ていうかあんたを見るくらいなら真っ白い紙でも見てた方がいくらかましよ」

 手厳しいねえ、と凱は頭をバリバリと掻く。

 彼女が持っているのはモノクロの写真で、半分以上が焦げ跡で判別できないようなものだった。写真に写っているのは肩にかかる程度のウェーブヘアーで、修道服をきっちりと着こなしている男だ。頬がこけてはいるが、みすぼらしいという印象は受けず、むしろ節制のとれた生活ゆえのそれに見える。

 どうやらその写真はきちんとした場所で撮られたものではなく、パレードか何かの行進中に新聞記者か何かがとったものらしく、写真の中の男は、背筋を伸ばした姿勢でカメラとは別の方向を向いていた。

「殉教者デュナミス・シュタイナー、教会内の政争で処刑されたんだっけ?」

「そう、デュナミスは教義に忠実すぎたの、だから教会内では鬱陶しく思われていたんでしょうね」

 サーシャは鼻息荒く答える。彼女にとって写真の彼はあこがれの存在らしかった。

「元々文官の家系でそっちの英才教育を受けつつ、一般教養としての剣術、棒術、体術で才能を発揮して、若干十八歳で教皇護衛隊に選抜、しかもそのあと四年で護衛隊長の称号『デュナミス』まで上り詰めて、教養、武術、信仰のすべてを極めた聖職者よ。あんたも炊き出し食べてるんならうちの教会のこともよく知りなさいよ」

「はは、いやーごめん、俺勉強は嫌いなもんでねぇ」

 好意を寄せる女性が敬愛する写真の男に対する嫉妬もあったのかもしれない、凱は少しわざとらしく笑った。

「全く……明日から炊き出しの時は近づけないようにしようかしら」

「いやいや待って! それは困る!」

 正直なところ、凱は貧乏である。こんな辺境の村でも貨幣の流通はあり、村人同士の物々交換だけでは立ち行かないのだ。彼が貧乏な原因はさておき炊き出しがなくなってしまうと、本格的に飢える可能性が出てきてしまう。

 しかしサーシャは、そんな凱を見てほんの少しだけ笑った。そして彼は、ただからかわれただけだと気づき、安堵のため息をつく。

「脅かすなよ……」

「あんたもいい加減覚えなさいよ、この話何回目だと思ってんの?」

 サーシャは写真を修道服の中にしまうと、軽く欠伸をした。すでに夜遅く、起きているのは彼女らと、中央からの書類を整理しているこの教会所属の神父のみだった。

「ところでさーその『殉教者』に会えるとしたら、会ってみたい?」

「ん……そりゃまあ、当然よね」

 突然凱はそんなことを言い出した。サーシャは特に意識することなくその問いにこたえる。

「でも案外幻滅するかもよ? 写真と違って髭剃ってなかったり、服もボロボロになってたり、EDになってたり……」

「えらく具体的ね……でも、会えたとしたら名前くらいは覚えてもらいたいわね」

「今後の出世のために?」

「馬鹿」

 サーシャは手近にあったちり取りを凱に投げつけた。彼は間一髪でかわし、ちり取りは大きな音を立てて壁にぶつかった。

「おやおや、そんな乱暴をしてはいけませんよ、あなたは聖職者でしょう?」

 非難の声は、凱からではなく聖堂へ向かうドアの方向から聞こえた。

 彼女が振り向くと、柔和な笑みをたたえた壮年の神父が書類の束を片手に立っていた。灰色の髪を完璧な七対三に分けて、修道服を模範的に纏った男だ。二の腕の穴から覗く翅の数を見ると、神父としてかなり実績を上げた人間だとわかる。

「ブラザー・エリック、いつからいらしたんですか!?」

 サーシャの口調が唐突にかしこまったものに変わる。エリックと呼ばれた神父は、笑みを絶やさぬまま、人差し指を自分の口元へ持って行った。

「つい今しがたです。それよりもシスター・サーシャ、今は教会内でも人が寝ている時間です。あまり大きな物音は立てないようにしましょうね」

「は、はい……」

 元はといえばからかった凱が悪い、とは言い出せなかった。サーシャは昔からエリックに対して、苦手意識を持ってしまっているのだ。

 常に笑みを絶やさず、模範的な生活態度と慈愛に満ちたその性格は、神父としては申し分ない資質だったが、それがサーシャにとっては不気味でたまらなかった。

 完璧な人間がいないように、彼の存在はどこか嘘で塗り固められているように感じたのだ。そして一度感じたその疑念は、拭い去るには強烈過ぎるイメージを彼女に与えていた。

「さて、炊き出しの片づけは終わっているようですし……シスター・サーシャ、教会内の見回りをしたら今日はもう休みなさい」

「えっ? あ、はい、わかりました」

 そう応えると、サーシャは転がっているちり取りを元の場所に立てかけて、そそくさと奥へと続く扉を開けて、見回りへと向かってしまった。

 彼女自身、彼に対する苦手意識はどうにかしなければならないと思ってはいるものの、それを行動には移せないでいた。

「……やれやれ、彼女に気に入られるにはどうすればいいのでしょうね?」

「それを俺に聞くかい? エリック」

 そう言って凱は肩をすくめる。しかしそれを否定するようにエリックは首を横に振る。

「気づいていないのですか? あれほどまで彼女が自然体で接している人は貴方以外私には思いつかないのですが」

「そうは言ってもな……好かれているようにはとても感じられないんだが」

「どんな形であれ、本音でぶつかり合える間柄というのは素晴らしいものですよ、『巨獣』(ベヘモット)君」

 巨獣の名前で呼ばれると、凱は軽薄な笑みを顔から引っぺがして、エリックを睨み付けた。それは巨大な狼が、被っていた小動物の皮を脱ぎ捨てたような変化だった。

「仕事か」

 いやに湿り気を帯びた凱の吐息がエリックの顔にかかる。しかし彼はそれに怖気づくわけでも、嫌な顔をするでもなく、ただ着脱不可能な仮面のように表情を変えないその顔で、凱の瞳をじっと見つめ返していた。

「ええ、それもおあつらえ向き、というべきですかね……貴方にとってはやりたくてもやれなかったことを仕事としてできる。そういう仕事です」

 そう口にすると、彼は修道服の中から紙を一枚取り出して、その内容をはっきりとした声で読み上げる。部屋の照明に使っている蝋燭がその声に合わせて踊るように揺らめいた。

 読み上げが終わると、エリックはその紙を凱に渡して、内容を確認させた。凱はその内容を確認すると、くぐもった笑い声をあげた。

「……そうか、確かに『嫉妬』の姉貴か『大食』の俺向きだな、しかしいいのかい? あんたはこいつの旧友だろう?」

「旧友ですが現在交流はありませんし、何よりガイ、今の友人の方が大事でしょう」

 一貫して笑みを崩さないエリックを見て、凱はなんとなくサーシャが彼を苦手としている理由が分かった気がした。

 

 
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