大輿山・山頂──そこに簡雍の姿はあった。
「正面切って戦う必要はない!木を切り出し岩を転がし押し潰せ!」
義勇兵のおよそ半数を工作に宛て、罠の設置を進めていた。
簡雍はかつて韓程を部下に持ち、青洲の
後に城主が変わり汚職に塗れるようになってから、城主を見限り出奔した。
その後、楼桑村にたどり着き、過ごすうちに村長となるのだが・・・
東莱の地は外洋を独占できる位置にあり、海洋資源を多く持つ地である。
海洋資源(主に塩)を欲した周辺の豪族は東莱を占領しようと、戦を多く仕掛けて来る。そんな土地だった。その地で勤め上げてきた簡雍にとって、防衛戦はお手の物だった。
「簡雍様!報告します!」
韓程が偵察から戻ってきた。敵陣の視察に周囲の警戒を頼んでいたのだ。
「賊軍は二隊に分かれて行動中です。一隊は山麓に。一隊は山を登りこちらに接近してきております。山を登っている隊はどうやら程遠志のようです。」
程遠志の・・・と韓程が報告したあたりで背後から堅い木が割れる独特な音と不穏な気配を感じた。
簡雍が軽く戦慄しながら背後を振り向くと果たしてそこには、割れた机の端を持つ桃香の姿があった。
「ふふ・・・ふふふふふ」
対応を同じく戦慄している関羽と張飛に自主的に任せながら簡雍は続きを促した。
「それと、遠方に砂塵を確認しました。軍勢の起こすものだと思われます。」
義勇兵を募りに村々を回っている最中共通していることがあった。官職についている人間が皆逃げ出しているのだ。そのことから簡雍は官軍の可能性は低いと判断した。
「確認せよ。義勇兵かも知れん。義勇兵ならば助力を頼むのだ。」
「はっ。それでは警戒には人員を残しておきますので。」
そう言うと韓程は山を駆け下りていった。
一刀は義勇兵を率いて大輿山に向かっていた。
一刀が大輿山付近の村で義勇兵を募ると直ぐに2000程集まった。
大輿山麓に賊軍が展開しているのはやはり不安なのだろう、指揮が取れることと力を示したら直ぐに従ってくれるようになった。そこで準備を急ぎ大輿山へ向かったのだった。
「北郷様!楼桑村の韓程と名乗る者が目通りを願い出ております!」
「楼桑村の・・・韓程殿か!通してくれ!」
伝令の報に間髪入れず通すように伝えた一刀は楼桑村の人に会えるかも知れないと考えつつ、大輿山をどのように攻めるか考えていた。
(山中に賊がいる場合と山麓に賊がいる場合・・・もしくはその両方か。山中は挟撃になるからそのまま押しつぶせる。山麓は・・・釣り野伏で引っ張るか。)
「まさか・・・北郷君!北郷君なの!?」
喜びに満ちた声で思考の海から引き上げられた。目を向けた先には涙すら浮かべる韓程の姿があった。
「韓程さん・・・!ご心配をおかけしました!韓程さんがいらっしゃるということはやはり?」
「ほんとに・・・よく無事で・・・!えぇ。簡雍様と、桃香ちゃんもいるわ。・・・意外そうな顔してるけど、桃香ちゃんは魯植先生の私塾に通っていたこともあって指揮もできるのよ?」
そんな言葉に一刀は
(あー。そうだよな。考えてみれば、ああ見えても劉備だものな。)
と、桃香が聞いたら、苦手なものを夕飯に出されそうなことを考えながらも、ひとまずは山麓の賊を倒すために行動を開始した。
「鄧茂様。ここより南に旅商が居るようです。」
その報がもたらされたのは、村にある食べ物や酒を粗方食べ尽くした後のことだった。
程遠志が山麓から頂上に向かった時に「残しておけ」と言っていたような気がしないでもなかったが、鄧茂が食べるのを止めることはなかった。鄧茂は希に見ないほどの大食漢だったのである。
「旅商~?食べ物もってるか~?」
鄧茂は程遠志に付けられた黄巾賊の副将で、思慮にかけるが怪力を誇り恐れられていた。
「は?・・・はっ!荷馬車は立派で恐らく食料を運搬してるかと。」
報告に来た者が知るわけがない。荷馬車を見かけただけだからだ。だが、食料が尽きそうな今、新たな食料を見つけられなければ、暴れる可能性がある。少なくとも外で暴れさせておけば、こちらに被害は来ないかもしれない。彼らは上役の癇癪で殺されるのを警戒したのだ。
「よぅし、んじゃ取ってくるかー」
そう言った鄧茂は山麓の村に駐屯している賊の半数を引き連れて旅商の荷馬車に向かったのだった。
山麓にいる賊将が鄧茂だと韓程が掴んでいたのは僥倖だった。そして鄧茂が 冀州のほぼ全域で手配されるほどの賞金首であり、鄧茂の行動が読みやすかったのも幸いした。
一刀は旅商を装い、50程の護衛に扮させた義勇兵と共に山麓の村より南にある森付近を通過していた。
そうすると果たして鄧茂は500ほどを引き連れて、一刀に迫ってきた。
「う、うわぁぁぁ!賊だぁぁぁ!」
一刀はそのセリフを合図に義勇兵を森の方向へ駆けさせた。
つかず離れずに誘引する必要があったため、いくつかの荷馬車は鹵獲させた。
鄧茂が追いすがり森の近くまで来た時、銅鑼が鳴った。
森に伏兵が伏せていたのだ。たちまちのうちに鄧茂は囲まれると、捉えられ首を刎ねられた。
「賊軍・鄧茂を討ち取った!山頂の味方に届くほどの勝鬨を挙げよ!」
一刀がそう言うと、割れんばかりの鬨の声が響き渡った。
その鬨の声を聞いた山麓の賊は慌てていた。
従っていた副将が討たれたのだ。あの鄧茂が討ち取られた。それは恐怖だった。
鄧茂に敵う人間は、山麓にはいない。ひょっとしたら将である程遠志ならば・・・とは思うが
今この場にはいないのだ。恐慌に囚われた賊が行ったのは、最も単純な行為だった。
一刀が山麓の村に入ったとき、賊は一人も居なかった。
そのまま一刀は山麓に陣を構築すると、山頂にいる味方との挟撃の指揮を韓程に任せ、山歩きに慣れた人員を選出すると、崖のような道を登り始めた。
「簡雍様!前線部隊押されています!程遠志が前面に出ているようです!」
そう報告を受けたのは、韓程が所属不明軍の見極めと援軍要請に向かってからしばらく経ってのことだった。
「やるな・・・程遠志め。劉備ちゃん!関羽!張飛!前に出るぞ!」
押され始めた前線部隊は程なくして山頂まで押し返された。簡雍と程遠志は山頂で対峙していた。
「簡雍か・・・ジジイ。碌に鍛えてない義勇兵で此処までやるとはな。だが、これまでだ。この程遠志様の邪魔をしないで帰るなら見逃してやってもいいんだぜ?」
血に濡れた刀を手の中で弄ぶとそう言って程遠志は簡雍に刀を突きつけた。
簡雍は三人に前線へ援護に行くように言うと
「はっ・・・程遠志よ。お前ごときがワシの命と取れるかな?」
そう言うと簡雍は槍を無行の位に構えると、素早く周囲の状況を確認した。
劉備と関羽と張飛は前線部隊に参加して押し戻している。物凄いものだ。目の前にいる程遠志が孤立しつつある。あとは、程遠志を討てば・・・と程遠志に襲いかかろうとした瞬間、脇から出てきた影に程遠志は一刀のもと切り倒されていた。
「・・・!なんだ!?何者!・・・だ?」
その影は自らが数ヶ月探し続けた北郷一刀その人だった。
「賊将!程遠志!北郷一刀が討ち取った!」
鄧茂に続き程遠志も討たれた。この報を聞いた黄巾賊は次々に降伏していった。
一刀の名乗りを聞いたとき一番に飛んできたのは、さすがと言うべきか桃香だった。
「か、一刀さんっ!?~~~~~っ!」
桃香は勢いよく一刀に飛びつくと胸に顔をうずめ泣き始めた。その勢いに多少咳き込みながらも一刀はされるがままにされていた。
「一刀!一刀ではないか!よく・・・よく生きていてくれた!」
簡雍も目にはうっすらと涙が浮かんでいた。北郷一刀という人間は楼桑村の人気者だったのだ。
進んで仕事を手伝い、そして村の平均年齢を下げる数少ない若者でもあった。
「簡雍さん・・・涙もろくなりました?」
一刀が茶化してみるも、笑みを浮かべたまま泣いていた。
「賊軍!全て降伏いたしました!」
そう報告があったのは日が落ちかけ、野営の準備が終わり、桃香が落ち着き、慌てながら体を離したときだった。
「天幕は張られたし、立って話すこともないだろう。中へ行こう。」
簡雍はそう言って天幕の中に入っていった。
はしがき。
有名なようで有名でない大輿山の戦いです。
正史には存在しない戦で、演技にのみ出てくる戦いです。
最初は5千Vs2万5千にしようとしたのですが、流石に無理じゃね?
と思って数を減らしています。
とは言っても数値を見たらムリゲーどころの騒ぎじゃないのは確かですが。
でも演技だと5百Vs2万5千なんですよね。
それに比べたら、碌に調練してない義勇兵が偵察してたり報告してたり
あまつさえ習得の難しい釣り野伏してたり・・・まぁOKですよね!
演義は前にも書いたとおり所詮フィクションなので割となんでもアリです。
各地に残る伝承とか、伝説とかそんなのをかき集めたのが三国志演義。・・・なのですが。
どう考えても盛り過ぎだろ・・・50倍の戦力とか。言い出したらきり無いですけどね。
さて、演技では初登場補正が掛かってる張飛と関羽が賊将鄧茂と賊将程遠志を討ち取り
総崩れに持ち込むという話。だった気がします。
鄧茂さんと程遠志さんは演技で追加された賊将で、一切記録には残っていないようです。
張飛さんと関羽さんの万夫不当というか万人の敵っぷりを見せつけるために用意された
お話なのでしょう。その役を一刀さん取っちゃいましたが。
それでは次回もよろしくお願いします。
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大輿山の戦いって覚えている人どれだけいるんですかね。
実際には行われなかったとか。
そんな(比較的)どうでもいいところをクローズアップする
中身のないSS始まります。