第一一話 買い物
週末の日曜。俺はエンジェロイドの三人とシャルロットの五人で隣街のショッピングモールに来ている。
「悪いな、シャルロット。買い物に付き合わせて」
「ううん、そんなことないよ。でも、どうして僕を誘ったの?」
「臨海学校に持って行く水着と、イカロス達の普段着や水着を買ってあげようと思ったのだが、どのような服を選んだらいいのか判らないから、シャルロットに白羽の矢が当たったんだ。頼りにしてるぞ、シャルロット」
「そっか。それじゃあ僕、張り切っちゃうね」
それにしても駅前は人が多い。普段の買い物は商店街に行ってるからこれほど広いと迷いそうだ。
「シャルロット、手を出して」
「? はいっ」
シャルロットが右手を出したので左手で握る。
「わ、航。急にどうしたの?」
「どうしたって、逸れない為の処置。アストレアもおいで」
「はーい」
アストレアが返事をして俺の右手を握った。
「ところで、シャルロット」
「ん? なぁに?」
「折角の呼び名が普通になったから、俺達の間柄で何か別の呼び名でも考えるか?」
「えっ。い、いいの?」
「シャルロットさえ良ければ」
俺の答えにシャルロットは縦に首を振った。
「う、うん。全然大丈夫。せ、折角だし、お願いしよっかなっ」
うーん。普段より少し高い声のような気がする。
「『シャル』なんてどうだ? 呼びやすくて、親しみやすいから」
「シャル。――うん! いいよ! 凄くいい!」
「そうか。そんなに思いっきり反応するなんて、えらく気に入ったんだな」
「ま、まあ、ね。シャル……シャル、かぁ。うふふっ」
「おーい、シャル。シャル? 駄目だ、反応がない」
シャルが幸福感に浸って俺の声が聞こえてないみたいなので、シャルの手を引いて服を扱っている店を目指した。
「…………………」
「…………………」
自動販売機の近くに隠れている影が二つ。一人は躍動的なツインテール。一人は優雅なブロンドヘアー。つまり、鈴とセシリアである。
「……あのさあ」
「……なんですの?」
「……あの二組、手ぇ握ってない?」
「……握ってますわね」
百人が見たら百人ともそう返すであろう言葉を発して、セシリアは引き攣った笑顔のまま持っていたペットボトルを握りしめた。
「そっか、やっぱりそっか。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。――よし、殺そう」
握りしめた鈴の拳は、すでにISアーマーが部分展開していて準戦闘モードに入っていた。
「ほう、楽しそうだな。では私も交ぜるがいい」
『!?』
いきなり背後からかけられた声に、驚いて振り返ると、そこに立っていたのはラウラだった。
「なっ!? あ、あんたいつの間に!」
「そう警戒するな。今のところ、お前達に危害を加えるつもりはないぞ」
「し、信じられるものですか! 再戦というのなら受けて立ちますわよ!?」
「あのことは、まあ許せ」
「ゆ、許せって、あんたねぇ……!」
「はい、そうですかと言えるわけが……!」
「そうか。では私は航を追うので、これで失礼するとしよう」
そう言って歩き始めたので、鈴とセシリアが慌てて止めた。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
「そ、そうですわ! 追ってどうしようといいますの!?」
「決まっているだろう。私も交ざる。それだけだ」
「ま、待ちなさい。待ちなさいよ。未知数の敵と戦うにはまずは情報収集が先決、そうでしょう?」
「ふむ、一理あるな。ではどうする?」
「ここは追跡の後、それぞれの関係がどのような状態にあるのかを見極めるべきですわね」
「なるほどな。では、そうしよう」
かくして、何が何だかよくわからないうちにおかしな追跡トリオが結成された。
「えっと、水着売り場はこの辺りかな?」
イカロス達の普段着を買った後、店内を歩き回って水着売り場にやって来た。
「先に俺の水着を買いに行くが、四人はどうする?」
「じゃあ僕はここで待ってるね」
「それでは私もシャルさんとお待ちします」
「αとシャルだけじゃ心配だから私も残るわ」
「はいはーい。私はマスターについて行く」
アストレアだけ俺と来るのか。
「なるべく早く戻るから。行くぞ、アストレア」
「はーい」
俺とアストレアはシャル達を残して男性用の水着売り場に向かった。
「アストレア、どんな水着が似合うと思う?」
「うーんと、これ!」
アストレアが手に取ったのは、ブーメラン型だった。
「訊いた俺が馬鹿だった」
アストレアにセンスの無さを思い知らされたので、無難に黒のトランクスタイプにした。
それから数分後。アストレアと共にシャル達と別れた場所に向かい合流する。
「お待たせ。次はシャル達の水着だな」
「うん、そうだね」
シャルがそう言って、俺達は女性用水着売り場に足を踏み入れた。
日曜日ということもあって、そこそこ女性客の姿が目につく。向こうも、女性の売り場に男が入ってきたということですぐに気付いたようだ。
「そこの貴方」
「何の用だ」
「そこの水着、片付けておいて」
突然、見知らぬ相手から命令された。
「嫌だね。自分で散らかしたのなら、自分で片付けな」
少なくとも俺の知り合いや同じ学園の生徒くらいでしか聞く気はない。
「ふうん、そういうこと言うの。自分の立場が判ってないみたいね」
「そうだな。それはアンタだけどな」
「なんですって。……!?」
俺はGNシールド・クローモードを展開、アストレアは
「命が惜しいなら、さっさと去れ。この二人相手に警備員は通用せず、俺はIS保持者だぞ」
「っ! ……覚えておきなさい」
そう言って見知らぬ女性は去っていった。
ふう、面倒な人だった。あれでは、恋人は出来そうにないな。
武装を解除した俺達は店内を見て周り、試着室の近くに行くと見知った人達がいた。
「いいですか。試着室に二人入るのは感心しませんよ。教育的にもダメです」
『す、すみません……』
山田先生が一夏と箒に説教をしていた。
「それで先生方も水着を買いに?」
「まあ、そんなところだ。それと職務中ではない為、先生と呼ばなくていい」
俺の問いに近くにいた織斑先生が答えた。
そういえば学年別トーナメント戦以来、時々夕食を食べに織斑先生と山田先生が来るようになった。
「そこに隠れている二人。そろそろ出てきたらどうだ?」
織斑先生が柱の方に向かって言った。すると、
「そ、そろそろ出てこようかと思ってたのよ」
「え、ええ。タイミングを計っていたのですわ」
柱の陰から鈴とセシリアが出てきた。
「なにをこそこそしているかと思って、ずっと気になってたんだがな」
「女子には男子に知られたくない買い物があんの!」
「そ、そうですわ! 全く、一夏さんのデリカシーのなさにはいつもながら呆れてしまいますわね」
一夏が鈴とセシリアに非難されている。
「さっさと買い物を済ませて退散するとしよう」
織斑先生が溜息混じりにそう言った。
「イカロス達も好きな水着や服等選んでおいで。財布はイカロスに渡しておくから」
「分かった。行こう、α、Δ」
「待ってくださいよ、ニンフ先輩」
「それでは行ってきます、マスター」
「ああ。俺はこの店の近くで待ってる」
イカロスに財布を渡して、三人を見送った。
「あれ? 織斑先生、山田先生や他の皆は何処に行ったのですか?」
「山田先生達は気を遣って他の買い物に行った」
イカロスと話していたから気付かなかった。
「一夏、航」
「な、なんですか? 織斑先生」
「なんでしょうか?」
名前で呼ばれた為、少し緊張する。
「今は就業中ではなからな、名前でいい」
「わ、わかった」
「名字だと一夏と同じなので千冬さんと呼ばせてもらいます」
「ふむ、いいだろう。で、どっちの水着がいいと思う?」
そう言って千冬さんが見せてきたのは専用のハンガーにかけられたビキニの水着二着だった。
片方はスポーティーでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒の水着。
もう片方は一切の無駄を省いたような機能性重視の白の水着。
「――白の方」
一夏が先に言った。
「黒の方か」
「いや、白の――」
「嘘をつけ。お前が先に注視していたのは黒の方だったぞ。昔から、お前は気に入った方を注意深く見るからな。すぐわかる。それで航は?」
「俺は白の方かな」
「ほう。なぜだ?」
「学園ではいつも黒か紺のスーツなので、違った色が見たいから」
「なるほどな……」
もしかして変なことを言ったかな。
「それより千冬姉、彼氏とか作らないのか? そういう話、一回も聞いたことないしさ」
「手の掛かる弟が自立したらな。考える」
確かに。よく出席簿で叩かれてた。
「で、お前達の方はどうなんだ?」
「え? 俺達? 何が?」
「何がも何も、お前達は彼女を作らないのか? 幸い学園内には腐るほど女がいるし、よりどりみどりだろう?」
よりどりみどりって……確かにそうである為、否定できない。
「そうだな……。航、ラウラなんかはどうだ? 色々と問題はあるだろうが、あれで一途な奴だぞ。容姿だって悪くはあるまい」
「それはそうですけど……」
「なんだ、不満でもあるのか?」
「そもそも、教え子を紹介するのはおかしいと思う」
「……一理あるな」
なんだろう、正論を言ったはずなのに釈然としない。
「まあ、何にしても私の心配をする前に自分の方をどうにかするんだな。私はまだ、弟に気を遣われる歳ではないさ」
「わかったよ。変な心配はしない。これでいいだろ?」
「ああ。それでいい」
最後にニヤリとした笑みを残して、千冬さんはレジの方に向かった。
話を終えるとイカロス達が戻ってきて、一夏とはその場で別れて買い物を楽しんだ。
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引き続き第11話です