第一〇話 貴公子の在り方
『トーナメントは事故により中止となりました。但し、今後の個人データ指標と関係する為、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』
誰かが学食のテレビを消した。俺達は部屋に食材が余り無い為食堂に来ていた。
「シャルルの予想通りになったな」
「そうだねぇ。あ、航、七味取って」
「はい」
「ありがと」
当事者なのにのんびりしているが、先程まで教師陣から事情聴取されていた。
「ふー、学食や寮食堂の料理は美味しいな。……ん?」
俺達の食事が終わるのを心待ちにしていた女子一同が酷く落胆している。
「……優勝……チャンス……消え……」
「交際……無効……」
「……うわああああんっ!」
数十名が泣きながら走り去っていった。
「どうしたんだろう?」
「さあ……?」
「例の噂のことではないのか?」
「ふーん」
女子が去った後に、一人呆然と立ちつくしている姿を見つけた。
「……………」
それは一夏の幼馴染の箒だった。
口から魂が抜けているかのような姿だが、一夏が食堂にやってきて箒の側に移動した。
「そういえば箒。先月の約束だが――」
「……………」(ぴくっ)
あっ、ちょっと反応した。
「付き合ってもいいぞ」
「――。――――、なに?」
「だから、付き合ってもいいって……おわっ!?」
突然、バネ仕掛けのように大きく動いた箒は、一夏を締め上げた。
「ほ、ほ、本当、か? 本当に、本当に、本当なのだな!?」
何回本当を繰り返すのだろう?
「お、おう」
「な、なぜだ? り、理由を聞こうではないか……」
ぱっと一夏を離し、腕組みをして咳払いをする箒。
「そりゃ幼馴染の頼みだからな。付き合うさ」
「そ、そうか!」
「買い物くらい」
「………………」
箒の表情が強張った。
「………だろうと……」
「お、おう?」
「そんなことだろうと思ったわ!」
どげしっ!!!
「ぐはぁっ!」
腰の捻りを加えた正拳。
「ふん!」
どごぉっ!
呻く一夏の鳩尾に爪先が刺さった。
「ぐ、ぐ、ぐっ……」
バタンッ
ずかずかと去っていく箒を視線で追うことも出来ず、一夏はその場に崩れ気絶した。
「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思う時があるよね」
「だが、素で言ってるんだよな」
二人で感心していると山田先生がやってきた。
「あ、デュノア君に山下君。此処に居ましたか。ところで、どうして織斑君は気絶しているんですか?」
「気にしないでください。人の心を弄んだ結果ですから」
「はぁ。それよりも、朗報です!」
山田先生が両手拳を握り締めてガッツポーズをした。……一夏の気絶はそれ扱いですか。
「なんとですね! 遂に遂に今日から男子の大浴場の使用が解禁です!」
「そうなんですか。てっきりまだ先のことだと思ってました」
「それがですねー。今日は大浴場のボイラー点検があったので、元々生徒達が使えない日なんです。でも点検自体はもう終わったので、それなら男子の三人に使ってもらおうって計らいなんですよー」
「そうですか。ありがとうございます、山田先生」
大浴場か。イカロス達にも入れさせてあげたいなぁ。
「織斑君は次の機会として、二人は早速お風呂にどうぞ。今日の疲れもスッキリ! ですよ」
「では早速――ん?」
不味いな。シャルルの本来の性別は女子で今のところ男子で通している。しかし、別々に入るのも不自然になるしなぁ。
「どうしたんですか? ほらほら、二人共早く着替えを取りに行ってください。大浴場の鍵は私が持っていますから、脱衣場の前で待ってますね。じゃあ」
そう言ってすたすたと歩いて行ってしまった。
「……シャルル」
「う、うん。困った……ね。どうしよう。と、取り合えず、着替えを取りに部屋に戻ろうか」
「ああ……。何かしらの名案が思いつくのを天に委ねるか……」
部屋に戻って先に戻っていたイカロス達を見たら名案が浮かび、イカロス達も誘って大浴場に向かった。
「あ、来ましたね。其方も方々は?」
「女子の入浴時に入れると揉みくちゃにされるおそれがあったので連れて来ました。勿論、彼女達とは別々に入りますから心配いりません」
「そうなんですか。それじゃあどうぞ! 一番風呂ですよ!」
「ど、どうも……」
幾分テンション高めの山田先生に見送られ、脱衣場のドアが閉まった。
「イカロス、カードで男物の水着一着と女物の水着四着を取り寄せてくれ」
「はい、マスター」
イカロスに指示を出して数秒後、イカロスの手には五着の水着が出現した。
「なるほど、その手があったね。僕には思いつかなかったよ」
シャルルが感心していた。
「マスター、これの持続時間はおよそ一時間です。なるべくお急ぎ下さい」
「そうか。ありがとな、イカロス」
俺はイカロスの頭を撫でた。すると横から視線を感じたので見ると、三人が此方を見ていた。
「イカロス先輩だけずるいですよ!」
「そうよ。αだけ撫でるなんて!」
「僕にも撫でてほしい……かな」
「はいはい。撫でればいいんだろ、撫でれば」
そう言って順番に頭を撫でた。
『……………♪』
「俺は先に着替えて入ってるから、水着に着替えたら入っておいで」
四人に告げて水着に着替えて大浴場に入った。
中に入って気付いたことは、広くて様々な設備が整っている。お金の無駄遣いのし過ぎではないだろうか。
ガラガラガラ。
数分程すると脱衣場の扉が開いた。
「お、お邪魔します……」
「イカロス先輩、ニンフ先輩、見て下さい。結構広いですよ」
「全く。Δ、はしゃがないでよ。こっちが恥ずかしいじゃない」
「マスター。どうですか、この水着。似合ってますか?」
「よく似合ってると思うよ」
「……………♪」
相変わらず表情は乏しいが喜んでいるようだ。
「航。そ、その、話があるんだ。大事なことだから、きちんと聞いて欲しい……」
「わかった」
シャルルが湯船に入ってきた。
「その……前に言っていたこと、なんだけど」
「これからのことか?」
「うん。僕ね、ここにいようと思う。僕はまだここだって思える居場所を見つけられていないし、それに……」
「それに?」
「航がいるから、僕はここにいたいと思うんだ」
「そうか……」
シャルルが自分で考えて結論を出したのなら、俺は何も言うべきではないな。
「それと、もう一つ決めたんだ」
「何を決めたんだ?」
「僕のことはこれからシャルロットって呼んでくれる? 二人きりの時かイカロスさん達が居る時だけでいいから」
「それが本当の名前?」
「そう。お母さんがくれた、本当の名前」
「わかった――シャルロット」
「ん」
嬉しそうにシャルロットが返事をした。
「それじゃあ僕は体と髪を洗っちゃうね!」
そう言ってシャルロットは湯船から上がった。
「こっち覗いちゃダメだよ?」
「俺に覗く趣味はない」
「……。覗いてもいいのに……」
「何か言った?」
「ううん。なんでもないよ」
シャルロットが何か言った気がしたのだが誤魔化された。
その後、俺は風呂場から出てシャルロットが着替えるまでISの状態を確認していた。いつの間にかイカロス達は居なくなったので、恐らく部屋に戻ったのだろう。
それから部屋に戻って他愛もない会話をして眠りについた。
翌日。朝のホームルームにシャルロットとボーデヴィッヒの姿がなかった。
「み、皆さん、おはようございます……」
教室に入ってきた山田先生はなぜかふらふらとしている。
「今日は、ですね……皆さんに転校生を紹介します。転校生といいますか、既に紹介は済んでいるといいますか、ええと……」
なにやら山田先生の説明はよく解らないし、歯切れが悪い。
「じゃあ、入ってください」
「失礼します」
確か、この声って……。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めて宜しくお願いします」
スカート姿のシャルロットが礼をした。クラス全員がぽかんとしたままだ。
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業が始まります……」
山田先生の憂いはそこだったのか。
「え? デュノア君って女……?」
「可笑しいと思った! 美少年じゃなくて美少女だった訳ね」
「って、山下君、同室だから知らないってことは――」
「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」
ザワザワザワッ!
教室が一斉に喧騒に包まれ、それはあっという間に溢れかえった。
バシーン!
教室のドアが蹴破られたかのような勢いで開いた。
「一夏ぁっ!!!」
鈴がISを展開して現れた。
「俺は昨日、大浴場に行ってねぇー!」
「問答無用! 死ねー!!!!」
両肩の衝撃砲がフルパワーで開放される。
「航、悪いけど犠牲になってくれ」
一夏が俺を盾にして距離を取った。
俺はデュナメスを展開して、GNフルシールドを前方に向けて、GNフィールドを張った。
ズドドドドオンッ!
「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」
怒りのあまり、鈴が肩で息をしている。というか、衝撃が少なからずあるはずなのだが、なぜか衝撃はなかった。
「…………………」
俺と鈴の間に割り込んできたのはボーデヴィッヒだった。『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏い、衝撃砲をAICで相殺したのか。
「お前のISは直ったのか?」
「……コアは辛うじて無事だったからな。予備パーツで組み直した」
「ふーん。で、お前は何をしているんだ?」
ボーデヴィッヒが俺を掴もうとしているが、GNフィールドを展開中なので掴むことが出来ない。掴むことを諦めたのか、ボーデヴィッヒが俺を指指した。
「お、お前を私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」
「……嫁? 婿じゃなくて?」
おい、一夏。なんで冷静にツッコミをしてるんだ。
「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」
誰だそんな間違った知識を吹き込んだ奴は?
「アンタねええええっ!!!」
ジャキン!
再び衝撃砲が開いた。
「待て! 俺は悪くない!」
「アンタが悪いに決まってんでしょうが! 全部! 絶対! アンタが悪い!!!」
今の内に脱出を試みる。
ビシュンッ――!
GNフィールドにレーザーが当たった。
「ああら、航さん? どこかにお出掛けですか? わたくし、実はどうしてもお話しなくてはならないことがありまして。ええ、突然ですが急を要しますの。おほほほほ……」
不味い。このままでは教室が滅茶苦茶になる。打てる手段は一夏を連れて教室から脱出することしかない。
GNフィールドを解除して、左手で一夏の後ろ襟を掴んで窓に向かう。
「用がある奴はついて来い」
そう言って俺は窓から飛び出し、アリーナに向かって飛んで行く。
その日のホームルームから二時限まで専用機持ちと箒の暴走により授業が潰れたことをここに記す。
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遅くなりましたが第10話です