No.564691

超次元ゲイムネプテューヌmk2 Reborn 第二十四話 【山羊】

四ヶ月ぶりの更新です。
お待たせしてしまって申し訳ございませんでした……。

2013-04-09 23:06:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1212   閲覧ユーザー数:1120

 

現在ラステイション

「……やったわね、ユニ」

宙に浮いている自分の下で銃剣を握り締めている妹に、ノワールが呟くように言う。

その目に映るユニの姿は今の自分よりよっぽど大きく、たおやかに見えた。

ユニはこの3年間で本当に強くなった。戦闘面でも精神面でも。私を追い越して私よりも立派な女神になる日は、そう遠くは無い事だとすら思ってしまうほどに。そんなことを考えていると、私が姉としてあの娘にして上げられる事はあとどれくらいあるのだろうかと、ふと思ってしまった。

「……っ」

だが次の瞬間、忘れかけていた痛みにノワールの目が先ほどから左手で押さえている自らの右腕に向く。

その腕は鮮血が次から次へとあふれ出し、完全に紅に染まっていた。もう今握っている大剣の感覚すら殆ど無い。負荷をかけすぎた事は誰の目が見ても明らかだった。

苦痛に顔を歪ませながら、ノワールはふらふらと地面に降り立った。その姿はまるで、飛ぶ力を失った天使が地へと落ちるような光景を彷彿とさせた。

「お姉ちゃん!?」

「女神様! 大丈夫ですか!?」

すぐさまユニと日本一がノワールへと駆け寄り、その傍らにしゃがみこんだ。

ノワールの体力の消耗と怪我の具合は思いのほか悪かった。呼吸は荒く、顔も血の気が抜けて蒼白になっている。呼びかけながら駆け寄ってもしばらくは焦点の合わない目で地面を見つめ、肩で息をし続けているばかりだった。特に重傷なのは右腕だが、他の箇所も地面に強く打ち付けたためか白い肌は所々が土色に染まり、その向こう側に青い痣が見え隠れしていた。

――私のせいだ

ユニの視線がノワールに注がれる。その目は薄っすらと潤んでいた。

この怪我を負うのは元々ユニのはずだった。それを姉が庇ったがために、目の前の姉は今、計り知れない痛みに喘ぐ事となってしまった。 全ては妹である自分の責任だと、ユニは心の中で自分の無力さを呪った。

思い返せば、最近の私は他人を傷付けることしかしていない。ネプギア然り、目の前の姉然りだ。

足手まといが――

実際には誰もこんなことを言っていなければ、思ってもいない。

だがこの時、ユニは誰かにこんな事を言われたような気がしてならなかった。

誰が言った? 目の前の姉か? それとも後ろで見ている日本一やがすとか? あるいは、たまたまこの戦闘を見てしまった一般人か? 湧き上がる疑念が更に新たな疑念を生んだ。そうして疑念は徐々に大きくなっていき、いつしかそれは途方もない恐怖へと姿を変えた。

体中をめぐる血液が急速にその温度を失っていった。

心の中に潜む黒い靄が自分のそんな思いを糧にして大きくなり、自分を飲み込もうとしているのをユニはひしひしと感じていた。

「……ユニ」

ノワールがユニの方へ顔を上げて弱々しい声で言う。

「……何、お姉ちゃん」

「怪我……無かった? 何処か打ち付けたとか、切ったとか」

 

この瞬間、ユニの心の中で保っていた何かが音を立てて崩れ去った。

こんなになってまで姉は私を気遣ってくれている――嬉しさよりも悲しさの方が大きかった。

ああ、私はまだ姉に守られるだけの存在なんだ。所詮私は姉にとって足手まといでしかないんだ――

そう思えば思うほど、ユニの頬を涙が濡らした。既にその目は目の前の姉を見つめる事を止め、俯く事しか出来なくなっていた。全身に震えが回ろうと、他人に泣く姿を見られようと、ユニの心と両目のダムの決壊が収まる事はなかった。

そのユニの姿を見た日本一が声をかけようとユニの肩に手を伸ばしたとき、ノワールが無言で五本の指を広げた手を突き出してそれを止めた事すら、今の ユニ は気づかなかった。

「お姉ちゃん……ごめんね………アタシのせいで………お姉ちゃんが……いつも、こんなこと……ばっかり………全然強く……なれなくて……」

謝罪とも自嘲とも取れるもはや文すら成していない言葉を、ユニは目線を上げる事もなくただ膝の上に乗せられた両手の甲に向かって呟くように言った。

ノワールはしばらく何も言わなかった。ただ黙ってユニの言葉の一字一句を、自分まで涙を零してしまいそうな潤んだ瞳でじっと彼女を見つめながら聞いていた。

そしてユニが全てを言い終えると同時に、何も言わないままそっと彼女の背に左手をまわし、自らが身を預けるようにして抱き込んだ。

「……え?」

ユニの口から思わず声が漏れた。

その瞬間に彼女に分かった事は 自分の右肩辺りに姉の顎が当たり、ふわりと漂う自分とは似て非なる女性特有の甘い香りが彼女を包み込んだ事だけだった。

次に伝わってくるのは、肌を通して直接染み渡る優しいぬくもりだった。それは生まれてから今に至るまでに何度も感じた、いつも通りの温かさだった。

どうしてこうなっているのか、ユニには説明がつかなかった。幾度も頭の中を無数の考えが飛び回った。飛び回った後に、いつしか考える事を止めていた。それよりも今はこのぬくもりに、香りに、感触に、甘えていたかった。答えが見つかってしまうと、この時が終わってしまうと思った。

だから、ユニはただ黙って両手を姉の背中へと回した。涙は何時の間にか、最後の一粒をまぶたに残して枯れてしまっていた。

やがてノ ワールはゆっくりと、閉じていた口を上下させ た。

「ユニ、あなたは何も悪くないわ……強くなったわね……」

ノワールの言葉にユニの瞳から再び涙が溢れ出した。が、ユニはそれが流れ出るのを懸命に堪えた。姉にこれ以上自分のなく姿を見せまいと言う、彼女なりの意地なのだろう。

なぜか声は出なかった。声を出す代わりにユニはノワールの背に回した両手に力を込めて、一度だけ頷いて見せた。

この姉妹にはそれだけで十分だった。意思の疎通に言葉は必要ではなかった。

紅い空が2人を見下ろす中で2人はしばらくの間、一体の石像のように微動だにしなかった。

 

 

  ◆◆◆

 

 

「……」

そんな2人を、日本一はただ黙って眺めている事しか出来なかった。

あまり場の空気を読むのが得意ではない彼 女だが、この時は流石に何かを察したのだろう。息の音すら立てぬように小さく細かい呼吸を繰り返しながら、2人から数歩離れた位置でその光景を眺めていた。

2人は動かない。たまにお互いを抱きしめる力を強めたりするのが2人の手の動きから読み取れたりするが、2人は決して離れる事も無ければ、口を開く事さえなかった。

静寂が辺りを支配していた。建物の間を吹き抜ける風の音さえ、日本一にはうるさく感じた。

そんな中でふと、日本一は思い出したように自分の背後に目を向けた。

「うーん、これじゃないですの……これもちがうですの」

その目に映ったのは、独り言を交えながらポケットの中の何かを探しているがすとの姿だった。

大きな白い手袋をはめた手を服の腹の辺りにある小さ なポケットに突っ込んで手探りを続けているその姿は、どこか日本一には可愛く見えた。がすとの性格を知っているからこそ、そのあまりに不器用で子供らしい手つきが、何となく日本一には可愛く思えてしまったのだろう。

しょうがないなぁ、手伝ってあげるか――そう心の中で呟いてがすとの方へと歩みを向けた直後だった。

 

「おいおい、俺はそこの姉妹の茶番を見に来たわけじゃねぇんだけどな」

 

聞き覚えの無い冷たい声にハッと日本一は背後を振り返った。先ほどまで抱きしめ合ってた2人もその声に反応していたのか、彼女が振り向いたときにはもう声の方向に向かって臨戦態勢をとっていた。

だがそこに、肝心の声の主の姿は見えなかった。頭を上下左右に隈なく動かして、そびえ立つビルの屋上にすら視線を向けたが、何の気配もありはしなかった。

辺りに重い空気が流れ始めた。その場に居る全員が体中の神経を研ぎ澄まし、まだ見ぬ声の主を捜す事に心血を注いでいた。

「別にそこまで殺気立たなくてもいい。今日のところはお前らと戦争しに来たわけじゃねえよ」

またしてもあの声だ。それも、声の大きさからしてさっきよりも近い。

日本一の腕がゆっくりと、背中のホルスターに収められているプリニーガンに伸びる。それと共に彼女の心臓の鼓動の音が徐々に速くなる。静止した体の内、声の主を探る目の動きだけが活発化していた。そしてそれらの動作が頂点に達したと思われたとき、そいつ(・・・)は何の前触れもなく再び声を発した。

「……女神ってんだか らもっと年増な奴を想像してたんだがな」

女神2人のさらに奥、いま日本一自身が立っている大通りの右手側。黒の塗装が際立つ鉄筋コンクリートの住居が立ち並ぶ一角が織りなす狭い路地裏から、コツン、コツンと靴の底がアスファルトの地面を叩く軽やかな音が一定の間隔を置いて徐々に大きくなっている。

そして、それはゆっくりと路地裏の影から姿を現した。黒いスーツに黒い髪、おまけにインナーのシャツまで黒とまるで影が形を変えて出てきたような錯覚さえ覚えさせる容姿をしたその男は、左手をポケットに入れながら裏路地から大通りへと足を進めると、迷うことなく女神2人の方へ顔を向けて歩み寄った。

次の瞬間、日本一は背中のプリニーガンを引き抜き、地面を蹴った。ものの三秒もか からず、日本一は2人を背に男の前に立ちはだかった。理由は至極簡単だ。男の右手では湾曲した大きなナイフのような刃物が、銀光を放ちながら男の右手を軸に円を描いていたからだ。

「どけ。お前に用はねぇんだよ」

男が自分より一回り小さい日本一を見下しながら、脅すような口調で言った。

「……この人たちに手を出すなら、まず私を倒してからにしなさい」

日本一が負けじと下から男を睨みつけた。プリニーガンを握る両手に力が篭る。

「俺はそこの黒い女神に警告しに来ただけだ。用が済んだらとっととこんな胸糞悪い所出て行くつもりだ。分かったらとっとと失せろ」

先ほどよりも重く、憎たらしい声で男が睨み返す。もはや一触即発の雰囲気と言っても過言ではない。

いつ男の右手が、日本一の両腕が、互いの首目掛けて振るわれてもおかしくない状況にあった。

「私達に何の用?」

そんな様子を見かねたのか、ノワールが沈黙を破って男に尋ねた。

男は冷たい眼を彼女に向けると、

「警告だ。てめえらにはまだ死んでもらうわけにはいかねぇからな」と、変わらぬ口調でそう言った。

「警告?」

ノワールの男を見る目が凛々しいそれから怪訝な物へと変わった。

その場に居る全員の意識が、男の次に発する言葉に集中する。

「たったさっき入ってきた最新情報だ――

男の唇が上下する。それは彼女達にとって最低最悪な意味を持って……

 

―――プラネテュ―ヌの女神がヤバい状況らしいぜ

 

目の前の光景が黒一色に染められたような錯覚に陥った 。それなのに、頭の中を染め上げているのは白一色だった。

そんな矛盾の中にノワールはただ呆然と立たされていた。

出会って僅か数分の、名前も知らない、信用も無い、むしろあんな対応をされれば信用しろと言う方がよほど無理な相談のような男が発した一言は、だが紛れもなく、彼女の思考を完全に停止させるのに十分すぎるほどの効果を誇っていた。

いや、彼女だけではない。この場に居る全員が言葉を失い、思考を停止させていた。誰も話し合おうとも、顔を見合わせようともしない。ただ鉛のような空気と建造物を吹き抜ける風の音だけが、辺りをすっかり支配していた。

「別に俺が行って直接見てきたわけじゃねぇ。だが、実際に今プラネテューヌにいる奴からの報告だ。信じる信じないは 勝手だけどよ」

男が呆然としている4人に向けて吐き捨てるように言った。するとすぐに、

「……何でそんなことを私達に教えるのよ」

とノワールがやっと搾り出した声で聞いた。

「まだ女神に死者を出すわけにはいかねぇ。だからお前らに二度と無い親切心で教えてやってんだよ」

ノワールから目をそらし、来た道と反対側の裏路地に向けて歩きながら男は答えた。

「待ちなさいよ」

その場から去ろうとした男をノワールが呼び止めた。

「何だよ」と、嫌悪感を丸出しにした声を上げながら男の足が止まる。

「あなた、何者? 私達をどうしたいの?」

ノワールの言葉に男が顔だけを彼女へと向けた。男の嫌悪感に満ちた目とノワールの鋭い目が重なり合う。すると男は一瞬、まぶたを閉じて鼻で笑うと、

「そのうち教えてやるよ……お前らが生きてたらの話だけどな」

と言って顔を裏路地へ戻すと、そのままその暗がりの中へと入り込んでいった。

ノワールはもう呼び止めなかった。代わりに俯いたまま、何かをずっと考え込んでいるようだった。

その考えている事が何なのか、この場に居る3人には何となく分かるような気がしていた。

残された4人を嘲笑うように、風がまた建物の間を吹きぬけて音を立てていた。

 

 

  ◆◆◆

 

 

現在プラネテューヌ

「もし汝の兄弟、罪を犯さば、これを戒めよ。もし悔改めなば之をゆるせ」

少年は左手に広げられている"The New Testament"と金色の文字が表紙に入った書物を見つめながら、誰にその言葉を伝えるわけでもなく、その書物の向こう側に広がるプラネテューヌの街に語りかけるように独り寂しく呟いた。

地上80階――プラネテューヌの街の中でもかなり高い部類に位置するビルの屋上に彼は居た。

フェンスのないその屋上は普段なら人が立ち入る事は禁止されているはずだが、彼はその隅に両脚を宙に投げ出すような形で腰掛けていた。傍から見ればすぐにでも地面へとまっさかさまに落ちてしまいそうな小柄な体は、まるで接着剤で固定されているかのように微動だにしなかった。黒いコートに包まれたその体は、灰色、と言うよりは銀に近いビルの壁に1つの影を落とすようにそこに存在していた。

「罪を戒めるのは簡単 。問題はむしろ、本人が罪を悔い改めるかだよ。本人にその自覚がないなら、それはなおさら難しい」

少年のフードが風に揺れた。とは言っても深く被られたそのフードが少し風に揺れた程度では、彼の表情や髪型は愚か、本当にその少年が人間の顔をしているのかさえうかがい知る事は不可能だ。

ふと、少年の右手が左手の書物に伸びた。まるで女性のように細くて長い指が紙のページに触れる。そのまま無造作にページを一枚めくると、彼は再び静かな声で言った。

「これはまだ序曲(プレリュード)。本当に盛り上がるのはこれからさ」

そう言って少年は突然、左手で書物をパタンと閉じてしまった。目線は既に書物ではなく、眼下に広がるプラネテューヌの街に注がれていた。

街はあちこちから 灰色の煙が紅く染まった天に向かって立ち上っており、それはまるで空という名の赤いキャンバスに煙という名の灰色の絵の具で何本も線を描いたような光景だった。

ならば先ほどから微かに聞こえている市街地からの爆発音や人々の悲鳴の混じった狂乱の叫び声は、さしずめこの絵を飾っているゲイムギョウ界という名の美術館に流れているバックミュージックとでも言ったところだろうか。

そして彼はそれら全てを見下していた。まるで神話に出てくる神のように、少しも動じることなく、ただ冷静な第三者の目を持ってこの戦場と化したプラネテューヌの街を。

 

「どちらが山羊になるのかな。最後の審判で永遠の罰を受ける山羊に……ね」

 

 


 
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