No.564371

孤独なバレリーナ

星 倫吾さん

2013年3月20日アイドルマニアックス初出。本来3月24日「杜の奇跡20」にご当地宮城県出身のコのSS本を出そうと思ったのだが、前倒しで出すことにしたものゆえ、かなり短いSSになってしまいました。タイトルはSKE48チームKⅡ公演曲より。

2013-04-08 22:45:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:838   閲覧ユーザー数:831

「綾瀬、自主練か?」

 レッスンの時間はとうに過ぎたというのに、彼女はただ独り、レッスン場に残り、汗を流していた。

「もう閉める時間ですか、プロデューサー?」

「いや、まだしばらくは大丈夫だ。俺もまだ残っているし」

「ありがとうございます」

 彼女は再び踊り出す。

 何かを吹っ切るように、一心不乱に。

 

「綾瀬、そろそろ切り上げたらどうだ?」

「あ……もうレッスン場閉める時間ですか」

「それもあるが、正規のレッスンを受けた上に、自主練をもう3時間か……オーバーワークだぞ」

「大丈夫です、体力には自信があります」

「それでも、若さに任せて、ここで体力を使い切る必要はないだろう?」

 不承不承彼女は手を止め、タオルを手にレッスン場の隅に歩む。

「綾瀬は……バレエの経験があるのか」

「はい、このシンデレラガールズに加入する直前まで……」

「そうか。なんでシンデレラガールズに入ったんだ?」

「答えなければ、いけませんか?」

「答えたくないなら、それで構わないが。何せ150人以上の女の子を預かっている身だ。せめて一人ずつでも、このシンデレラガールズに何を望んで入ってきたのか、どうありたいと考えているのか、覚えておきたいと思ってな。平たく言えば、将来の夢だ」

「夢?」

「そうだ。シンデレラガールズはいわゆるアイドルグループという形ではあるが、

150人全員が真剣に芸能界入りを目指しているワケじゃない。

可愛い衣装を着てスポットライトを浴びてみたい……なんて、

何の覚悟もなく軽い気持ちで入ってくる子だって、中には当然いるわけだ。

大事なのはそこからだよ。活動を通して、自分は何をやりたいのか、何が向いているのか、見つけていけばいい。

歌手になりたいのか、俳優になりたいのか、モデルになりたいのか、バラエティをやりたいのか、

それとも、芸能界で生きるのを辞めるか」

「辞める……って」

「入ったばかりの子にする話でもないだろうが、芸能界は、一つの仕事を何十人何百人で奪い合う熾烈な競争社会だ。

自分はこの世界に向いてないと思ったら、リタイアするのも選択肢の一つだろう。

ただ、シンデレラガールズで活動した事が無駄だった、一度しかない人生の青春時代を無為にした、

そうなって欲しくないワケよ、プロデューサーとして、人として。いかん、少し話し過ぎたかな?」

 

 彼女は静かに、少しずつ語り始めた。

「……小学校に上がる前からバレエを始めて、これまでにいくつもの賞を取って来ました。

 自分自身ずっとバレエを一生の仕事にするものと思っていましたし、バレエがない生活など考えられませんでした。

 しかし、自分の表現に限界を感じてしまい……」

「なるほど。それであんなに無我夢中で踊っていたワケだ。だがな、綾瀬、闇雲に踊っていても答えは見つからないぞ。もう今日は上がれ」

「でもっ……」

 時計はすでに二一時を回っていた。10代の女の子が帰るには遅い時間だ。

「遮二無二、一つの事に打ち込むのはすばらしい事だ。他の子にも綾瀬を見習って欲しいくらいだ。

 でも、何もないところを何度も探したところで、それは時間の無駄というものだ。

 一つしかない引き出しを何度探しても、探し物は見つかるかい?

 まして、それが何なのか分からない、引き出しの中に入っているモノかどうかも分からないモノを、だよ。

 歌にもあるだろ。かばんの中も、机の中も、探したけれど見つからない、探すのをやめた時見つかることもよくある話だって」

「……分かりました。今日はもう上がることにします。シャワー、浴びてきてもいいですか?」

「あぁ、覗いたりしないから、安心して行っておいで」

「……失礼します」

「ノーリアクションか……先が思いやられるな」

 

「それでは、私はここで……」

「綾瀬はここから電車か」

「はい。それではプロデューサー……」

 レッスン場を出て歩くも、二人の間には会話らしい会話がなく、ようやく彼女から口を開いたのが、ここだった。

「綾瀬。明日からは独りで自主練するのはやめろ」

「プロデューサー!」

「自主練するなら、必ず誰かを誘え。

 なぁに、声を掛ければ一人くらいは捕まるだろう。

 鏡の前で独り踊っていても、映っているのは自分だけだ。他の誰かが映る事で、見つかるかも知れないぞ、探し物が」

「そういうものでしょうか?」

「綾瀬の探し物だ。綾瀬じゃないと見つからないモノだろう。俺の立場で言えるのはこれくらいだ」

「……それでは失礼します、プロデューサー」

「あぁ、気をつけて帰れよ、綾瀬」

 彼女の表情は固いままであったが、三月の夜風のような生温かさを含んでいたように見えたのは、気のせいだろうか。

 

【おわり】

 


 
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