全国ツアーの本日の会場は、野外の特設ステージだ。
この日は夏日だったせいもあり、開演中に夕立に見舞われたが、会場の熱気は冷めることなく、
メンバーも、観客も、雨なのか汗なのか分からないほどに濡れながら、歌い、踊り、叫んだ。
このツアーも大盛況のうちに終ろうとしていた……まさに“好事魔多し”である。
「春香、足!」
出番が終り、舞台袖で次の出番の衣装替えをしていた春香の足に異変を見つけた。
「あ、さっき足滑らせちゃって……雨のせいで床滑りやすいから、気をつけてね」
「そういう事じゃなくて、よく見せて! 椅子持ってきて!」
「ホントに大丈夫だから、私、よく転ぶから慣れてるし……痛っ!」
「至急、舞台監督とプロデューサーに知らせて! 春香ちゃん、足ケガしたって!」
「プロデューサーさんには黙ってて、お願い!」
『こちらP、今行く。念のためドクターを要請して下さい』
『了解。ドクター要請します』
非情にもスタッフ用の無線で、それはすぐにプロデューサーの知るところになってしまう。
「軽い捻挫のようなので、とりあえず応急措置はしましたが、近隣の病院に診てもらった方が……」
「そうか。なら、今日のステージはもう無理そうだな……」
「私なら大丈夫です! 私の出番は、あと一曲だけですよね?」
「だが、このライブの出来を左右する終盤の大一番だぞ」
「お願いです、出して下さい! ファンの方をガッカリさせたくないんです!」
「だが、その足で100%のパフォーマンスが出来るのか?
中途半端なモノを見せる方が、観客にとって失礼だぞ!」
春香の頬に、雨でも汗でもない雫がこぼれ落ちる。
「私、出ます!」
卯月は、考えるよりも先に口に出ていた。
「春香の代役……私、出来ます!」
このツアーのWセンターとして、何度も春香と一緒に自主トレーニングをしてきた。
春香の練習をずっと見ていたから、振りは覚えている……はず。
でも完璧に歌って踊れる自信はなかった。
春香を観に来ているファンの前に自分が出ても、歓迎されない事は百も承知だ。
ボロボロになって、ファンやメンバーから叩かれて、二度とステージには立たせてもらえなくなるかも知れない。
それでも……春香が悲しむのを見ていられなかった。
「衣裳さん、春香の衣裳を卯月に。千早、美希、今から振り合わせられるか?」
そうだった、この曲、春香と千早さん美希さんのトリオだった……。
このツアーで初めて選抜メンバーになった程度の干されメンバーの私が、
765プロの看板とも言える、超選抜メンバーを従えてセンターポジションに立つなんて……!
この気持ちをあえて言葉にするなら……「もう、今すぐ逃げたいっ!」
「卯月、私の代わりに、ステージ楽しんできて。千早ちゃん、美希、卯月をよろしくね」
「「「「765プロー、ファイト!!」」」」」
円陣で組んだ春香のての温もりが、卯月にステージに立つ勇気をくれた。
*
卯月の代役は、ファンに諸手を挙げて絶賛される……とまではいかなかった。
「やっぱりバックに千早と美希は、初センターのメンバーには荷が重すぎた」と、
ネガティブな声ほど大きく聞こえ、卯月の心は折れた。
……憧れだった天海春香が立っていたポジションに立つことが出来たんだ。悔いはないよね、夢が叶ったんだし。
もう夢を追うのはやめよう。やっぱり夢は私の手に届かないところにあるんだ……。
「おはよう、卯月!」
事務所で制服姿の春香と鉢合わせしてしまう。
「春香、足は大丈夫?」
「たいしたことない……って言いたいけど、一週間はステージもレッスンもダメだって。
それをプロデューサーさんに報告しに行くところ。卯月は?」
「私は……」
全国ツアーが終ったらシンデレラガールズを、アイドルを辞めるつもり……なんて言い出せなかった。
「そう言えば卯月ちゃん、ファンの間で話題になっているよ」
「知ってる……」
「おはよう、春香に卯月。早速で悪いが、今から仕事大丈夫か?
芸能記者の善永さんが、2人の緊急対談を記事にしたいって!」
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
013年5月17日分アイマス1時間SS、テーマは「夏日」「雨後」「代役」「制服」で。さらに前作「手をつなぎながら」に引き続き、春香&卯月のはるうづで、タイトルもSKE48チームSの公演名及び公演曲から……と、とってつけたみたいですが、実際そうなんだから、ちかたないネw