(華陀視点)
俺はふと、空を見上げる。そこにはまるで、今地上で行われている戦がちっぽけなものである
というかのように、広大で青い空が果てしなく広がっていた。
なぜ、人は戦をするのか・・・そんな質問に確実な答えがあるというのであれば、
人は、戦をやめるのであろうか?
人は、この醜い争いを、平和な交渉へと変えることができるのであろうか・・・
そんなものはないというのはわかっている。そんな抽象的な問いに、
ひとつの答えなど存在しない。
では、この世界はもう死んでしまっているのだろうか・・・
答えは、否だ。人は、争いもするが、だんだんと前に進んでいく。
少なくとも俺は、そう信じている。
いや、そう信じさせてくれたやつがいたから。
まだ、この世界に希望の光がたくさんあることを教えてくれたやつがいたから。
だからこそ俺は、話さなければいけない。
彼のことを。
その、真実を。
「周喩、すこし話したいことがあるんだが、いいか?」
俺は、城壁より、戦況を見ている周喩に声をかけた。
正直、戦況はもう最初からわかっていた。
初撃で、呉の軍隊は反乱軍に圧勝し、その攻撃の手を今も緩めていない。
孫策のあの、大号令が、みなの魂を揺さぶったのであろう。
「華陀か。すまない、勝ち戦とわかっていても、手を緩めることはできないのだ。
後にしてくれないか」
孫策のこともあって、疲れているのだろう、彼女の声には力を感じられなかった。
無理もない、彼女が、孫策の部屋をさってから一日は経過しているが、
ねてもいないし、それに食事もとっていないらしい。
「いや、周喩。これは大切な話なんだ。」
「・・・、そうか。お前がそこまで、言うんだ。 話を聞こう。」
俺が、今までこういうことをいったことがなかったのが、周喩はまじめに取り合ってくれたようだ。
「周喩、孫策のことだが・・・」
「その話しか、・・すまん。今はその話をしたくはない。」
俺が孫策のことを示唆すると、彼女はその話題だけは避けたいかのように、
俺の言葉を区切ってそういってきた。
「いや、周喩。君にはどうしても聞いてほしい」
それでも、俺は話さなくてはいけなかった。
俺が、この戦いに参加するために。俺も、彼のように前に進むために。
「なにをだ。」
俺が、強引にそういったのか周喩はいらだちげにそういう。
「落ち着いて、聞いてくれ」
「なにがだ。」
「いいか、周喩。 孫策は、死んでなんかいない」
俺は一呼吸おいた後そう確かに伝えた。
「・・・」
「呉王孫策は、死んでなんかいないんだ。」
「おい、華陀。 冗談にしては、たちが悪すぎると思わないか?」
彼女は俺の言葉が信じられないのかそういう。
「冗談でもなんでもないさ。 彼女は生きているのだから。ただ、
今は、眠っているだけだ。 まだ、目は覚まさないであろう」
「う、そだろう・・・」
「本当だ。」
「だって、雪蓮は毒矢を受けてっ! あのときあなたは確かにもう、だめだって!
それに、一刀は部屋から出てきたときもう、彼女は逝ってしまったって!
そういったのよ!」
「確かに、そうだな。 だけど、生きている」
「ほんとう、なのね?」
「ああ」
俺の、そんな真剣なまなざしを信用したのか、周喩はその場にしゃがみこみ、
ひざを抱え、なき始めた。
「で、もなんで。 どうやって、雪蓮は!」
「それが、俺が、ここに話に来た理由なんだ。 本当は、黙っているつもりだったんだが。
俺も、この戦いに加わりたいと、少しでも力になれたらとそう思ったから。
いや、違うな。 俺は・・・・」
「華陀?」
「少し、長くなるかもしれないが、聞いてほしい。」
「ああ、わかった。」
そう、それは、ちょうど一日前、一刀がここにきたときの話。
彼は、息を切らしながら、ここまでかけつけてきた。
きっとそれは、周喩が出した伝令の文を一刀が目にしたからなのであろう。
「一刀、もう孫策は・・・」
俺は、扉へ近づく一刀にそういった。
「ああ、わかっている。」
彼は俺のそんな一言にそう答えた。
彼の目はさびしげな色に変わっていた。
それは、きっと、自分のせいでまにあわなかったと自分をせめているからなので
あろう、俺はそのとき、そう思った。
それほど、確かに孫策はもう死に近づいていた。
そうして、彼は、部屋に入っていった。
きっと、誰も気がついていないだろう。
きっと、彼は誰にも伝えてはいないだろう。
でも、俺は気がついてしまった。
いや、気がつかずにはいられなかった。
その部屋から感じられる気に。
「一刀・・・」
そうして、彼はしばらくして部屋から出てきた。
何をやっているんだお前は!俺はそう叫びながら彼の胸倉を
つかんでやりたくなった。
「冥琳、雪蓮は逝ってしまったよ。」
しかし、彼がそう力なく周喩に告げるその言葉をきき、俺は言う気を失ってしまった。
その言葉をきいた周喩は部屋から離れ、城壁へと向かっていった。
反乱軍と戦うためであろう。
そしてそこには俺と一刀が残った。
「ありがとう」
一刀は、そう俺に言った。
「なんのお礼だよ、」
俺はそんな風ぶっきらぼうに言った。
「華陀は気づいていただろう。俺がしたことに。 それでも君は黙っていてくれた。」
一刀がしたこと、
それは孫策の体内にある毒を孫策の気と交わらせ、そして
一刀の体内にそれを引き受けるという方法だった。
一刀はすべての毒を引き受けてはいないとしても、
かなりの毒をその体に引き受けたことになる。
「お前はっ!何がしたいんだよ!」
俺は、そう叫ばずにはいられなかった。
「なにがって・・」
「いつもお前はそうだよ!そうやっていつもお前は自分を!」
「大丈夫だ。俺なら。 こういうのには慣れているから」
確かに、彼が引き受けた毒の量は致死量ではない。けれど、
それでも、これから彼はこんな体で、魏にいけるはずがない。
そこで、戦えるはずがない。
「一刀、お前は、これから魏に行くのか?」
「ああ」
「そんな体で、無理に決まっているだろう!お前は馬鹿か!」
「ああ、馬鹿だよ」
「・・っ! お前は死にに行くつもりか!」
「・・・」
「答えろよ!一刀!」
「死にになんていくわけがないだろう!」
一刀はわかっているはずだ。この体で、魏にいくことを。
それでも、一刀はそういって見せた。
死ぬことは結局逃げでしかない、そんな一刀の言葉を俺は思い出していた。
「だがっ!その体で何ができる!正直、おまえの中の毒を押さえるのに、
自分の中の気を結構使っているんじゃないのか?」
「華陀にはなんでもお見通しなんだな」
「これでも、俺は医者だ。」
「ああ、そうだったな。」
「そんな、体で、戦うのか?」
「ああ、戦うさ。」
「どうしても、いくのか。」
「ああ、俺は行かなくちゃ行けない。」
「この自己犠牲野朗が!お前はどこまで馬鹿なんだよ!」
そういう俺にも、彼を止める資格がないことぐらいわかっていた。
ただ、自分は悔しかった。
何もでできずに、何かをやったやつをののしることが。
それくらいしかできない自分が。
「自己犠牲・・・か。 そんなつもりはないんだが、」
「少なくとも俺にはそう見えるね。
知っているか、一刀。 自己犠牲野朗は最後には何も生まないんだ。
生むとしたら、悲しみだけだ。」
「ああ、それくらい知っているさ。」
「じゃあ、なんでお前は行くんだよ。」
「それはな、華陀。 俺を信じてくれているやつがこの世界にはいるから」
「一刀・・」
「こんな俺に、好きだと告げてくれた人もいる」
「・・・」
「この世界で、俺は自分を変えることができた。
みんなのおかげで、俺はここまで前に踏み出せることができた。
みんなのおかげで、俺はがんばることの大切さを学んだ。」
「みんなのおかげって・・」
「そうだよ。華陀、こんな無力だった俺を、みんなが変えてくれたんだ。
俺は、華陀。 この世界が、ここにいるみんなが大好きなんだ」
「そう・・・か」
「だから、これは華陀。 俺のわがままなんだ。 すべてを救うことなんて、
俺は神じゃないんだから、そんなことくらいわかっている。
でも、それでも、俺は抗いたいとそう思う。」
「それは、彼女たちのためか?」
「それもある。けれど、やっぱり、俺は俺が抗うことをやめてしまったら、
自分を許せなくなるから。
きっと自分はそれが一番いやなんだ。
もう、自分からは逃げないとそう決めたから。」
こいつは・・・。
俺はまるで、暖かな光をその場で見ている気がした。
「華陀」
「なんだ?」
「雪蓮を頼むぞ。」
孫策は、死を免れたとしてもまだ、治療を続けなければいけない。
一刀が完全な治療をしなかったのは、きっと俺を信じてくれたからなんだろう。
「ああ、まかせろ。一刀」
「それと、このことは、みんなには秘密にしてほしい」
「なぜ、ときいていいか?」
「それも俺のわがままだ。 きっと、彼女たちが知ってしまったら、
私のせいで、ってそう思うかもしれない。
俺は、そう思ってほしくないから・・」
そして、こんな状況でも相手を思えるその心は・・・
あ、やっぱりお前は・・
「そうか、わかったよ。一刀。」
「じゃあ、いってくるよ、華陀」
「ああ、いってこい。天の御使い、北郷一刀」
俺は、そこまで話して話を止めた。
目の前でその話を聞いていた、周喩は呆然としていた。
(冥琳視点)
一刀・・・
私は、華陀から雪蓮がどうして助かったのかをきいて
何もいえずに呆然としてた。
何もいえなかったのだ。
確かにあの時彼はいった。
「雪蓮は逝ってしまった」
そんな風に。さびしげな表情で。それは、私を思っての言葉だったなんて・・・
一刀・・・
じゃあ、あの言葉はなんだったんだ。
彼は、雪蓮の部屋を出るときにこういった。
「雪蓮、さようなら」
そう、確かにいった。
それってまさか・・・
「おい、周喩、しっかりしろ」
私がかたまっていたのか、華陀がそう私の肩を揺さぶる。
私は、無力だ・・・・
そういう感情が何度も押し寄せる。
一刀に命がけで救ってもらったこの命。
私は、大切にしようって、そう強く思った。
雪蓮が孫堅殿に会ってくるといったとき、私はもうすこし用心できたはずだ。
それが、結果的にはこういう結果を招いてしまった。
自分が甘いせいで、自分にこんなにも力がないせいで、
一刀を・・・・
「華陀、冥琳、そのはなしは本当かしら?」
私がそうその場にひざまづいていると、そんな声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには雪蓮がいた。
「雪、蓮・・・」
私は振り返り、親友のその姿に涙した。
「おい、孫策。君はまだ休んでいなきゃいけない!」
「黙っていなさい。華陀。 こうなることも知っていた上で、あなたは今この話を
したのでしょう。」
「雪蓮、一刀が・・」
「ええ、知っているわよ。 きいていたわ。 たちなさい冥琳。」
「雪蓮?」
「私たちがやらなくてはいけないことはわかるでしょう。」
そういいながら親友はそう私に手を伸ばしてきた。
そうだ、こんなところで、こうしてはいられない。
今、この一瞬一瞬を一刀は戦っているのだから。
彼は、とまらずに前に歩いていっているのだから。
彼は、この一瞬一瞬を生きているのだから。
私は親友の手をとり、立ち上がった。
「さあ、冥琳。 この、反乱軍とやらをすぐに片付けて、いくわよ。
私たちも」
「ええ」
さすが雪蓮だと、思う。 この状況でもまだ、空を見上げているのだから。
だから、私も見上げたい。 彼女が見ている空を。 そして一刀がみているこの空を。
「「一刀のもとへ!」」
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~貴方の笑顔のために~ をよんで下さっている皆様。いつもありがとうございます。
この話もいよいよ最終幕へと入って参りました。
一刀君を暖かく見守っていてください。