No.561395

そらのおとしもの エイプリルフールの奇跡と冗談

水曜定期更新を月曜日に。
なぜかと言えば今日がエイプリルフールだから。
エイプリルフール第二弾。
まあ、そんなお話。

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2013-04-01 00:33:19 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1593   閲覧ユーザー数:1475

そらのおとしもの エイプリルフールの奇跡と冗談

 

 

「……変わらない日常に嫌気がさしました。BL分が足りません」

 2013年3月24日晴れ。

 イカロスは今日から始まった春休みに苛立ちを感じていた。

 家の中にいても男同士の絡みに遭遇できない。

 中学校という男同士が自然にスキンシップをし合う空間が長期休みに入り、イカロスの精神は1日にして疲弊していた。

 禁断症状で湯呑を持つ手が震えて止まらない。

「……何か、面白いことはないでしょうか? 女が地上から一掃されて男同士の愛で溢れるとか」

 ため息を吐く。

 すると、BL情報収集機として購入したスマートフォンが音を奏で出した。『まったく、ホ、も、は最高、だぜ』と智樹の声を部分編集した自分好みの着信音が鳴り響く。

「……あっ。詩音さんからです」

 詩音とはイカロスのBL作家仲間の園崎詩音のこと。超人気BLサークル『Go!産気!』の人気作家で、自分の想い人である北条悟史が男を襲ったり、男に襲われて白濁まみれになる漫画を描いている。

 イカロスとは良き友であり、ライバルでもあった。

 

From:北条(希望)詩音

Sub:春休みが始まって憂鬱です

本文:春休みが始まり男同士分が減って憂鬱です。イカロス先生の力でこの世の女を全て消滅させて男同士の楽園を作り上げてくれませんか?

 

「……なるほど。一考に値する提案ですね」

 イカロスは胸の谷間からカードを取り出してみせた。どんな願いも叶うこのカードさえあれば、詩音の提案を実行することは容易。だが、しかし……。

「……この世から女性を全て消しさればマスターが怒ります、よね」

 イカロスは大きくため息をはいた。

 カードを発動すればイカロス自身も消えてしまう。

 だが、それよりもマスターに怒られてしまう方が彼女にとっては大きな問題だった。

「……あっ。今度は優子さんからです」

 悩んでいると今度はBL仲間の木下優子からメールがきた。

 

From:吉井(確定)優子

Sub:春休みが始まって退屈なの

本文:春休みが始まって男同士の絡みが減って退屈なのよ。イカロスさんの力で世界中の女を消失して男同士のパラダイスを作ってくれない?

 

「……やはり時代のトレンドは全人類を男だけにすることらしいですね」

 拳王の異名を持つ少女も春休みに退屈しているようだった。軽い気持ちで世界から女がいなくなることを願っている。

「……あっ。またメールがきました。ちーちゃんさんからです」

 ちーちゃんさんとは、イカロスが自らの手で正しい恋愛(=男同士の愛)に目覚めさせた千反田えるのこと。もう説明するまでもなくBL仲間だった。

 

From:折木(もしかすると折木さんの方が婿養子にくるかも)える

Sub:春休みが始まって私、退屈です!

本文:春休みが始まり、折木さんと福部さんの絡みが減って退屈です。2人が気兼ねなく愛し合えるように、私や摩耶花さんを含めた全ての女性をこの世から消してくださいませんか? 女性がいなくなった世界で折木さんと福部さんがどうやって愛し合うのか……私、気になりますッ!

 

「……やはりこれは、全ての女を地上から残らず消し去る時がきたと考えるべきなのでしょうかね」

 智樹に怒られたくはない。けれど、イカロスの大切な友達は男同士の楽園が築かれることを心の底から願っている。

 イカロスの心は揺れる。さて、どうするべきかと。

 

「……あっ。メールが同時に3通来ました」

 イカロスは慌ててメールの中身を確かめる。

 

From:赤城瀬奈@お兄ちゃんと高坂先輩が結ばれれば後はどうでも良い

Sub:腐った世界が必要なんです

本文:男同士さえいればこの世に女って必要ありませんよね? 一掃しちゃいませんか?

 

From:志熊理科@理科は本妻ではなく愛人地位を狙います

Sub:女は地球上に存在しなくていいと思います

本文:ユニバ~~~~~~スッ!!

 

From:初春飾利

Sub:No More 美少女の決定に関して

本文:同志イカロスさん。人類ホモ計画を発動してください。

 

「……今すぐ地球上から女を全て消し去るのは民意のようですね」

 6人の少女からほぼ同時に同じ内容のメールが来てしまった。これはもう、カードを発動させるのが人類の総意に違いないとイカロスは考える。

「……でも、マスターに怒られてしまうのは嫌です。シュン」

 乙女たちの願いは叶えたい。けれど智樹に怒られるのは嫌。

 イカロスの乙女心は揺れ動く。

 

「お~い。イカロス」

 智樹が2階から降りてきた。

「……どこかに出かけるのですか?」

 智樹は珍しくめかしこんでいた。具体的にはパンツが新品だ。イカロスはセンサー機能を活かして智樹の内側の変化に気付いていた。

「ああっ。これから日和とデートしてくる」

「……………………えっ?」

 イカロス及びその周囲の空気が凍りついた。

「いや、ほら。今回の俺はノーマル・ルートを進んでいるからさ。日和と付き合ってるんだよ。まあ、デフォなカップリングだよな。あっはっはっは」

 智樹は照れ笑いを見せた。ノーマルルートが日和エンディングなのは今更言うまでもない世界の常識。異論は認めない。

「……………………っ」

 イカロスは無表情に黙っている。

「今日こそは絶対チュ~しちゃうもんね。なっはっはっは」

 智樹は陽気に笑っている。

 イカロスは右手に持っていたカードを智樹に向かってかざした。

「……女が全て消え失せた男色だらけのマスター総受けな世界を今すぐ実現してください」

 UBWで10話もかけて阻止した願いをイカロスはあっさりと言ってのけた。

 次の瞬間、イカロスの体は半透明となり、徐々に消え始めた。

「……BL万歳。全世界の腐女子に栄光あれ。ジーク・BL」

「えっ? ちょっ? 一体、何が起きているって言うんだよ!? 何でイカロスの体が消えていってるんだよ!?」

 智樹は当惑している。だが智樹が戸惑っている間にもイカロスの体は消えていく。

「……日和さんに一人勝ちはさせません」

 ほとんど消え去った右腕を智樹に向かって突き出す。

「……マスターは私の、いえ、地球上の男たち全員のものなんです」

 イカロスは薄く笑って、そのまま大気の中へと溶けてなくなってしまった。

「イカロ~~~~~~スッ!!」

 智樹はイカロスの突然の消失を泣きながら嘆いた。

 だが、この時の智樹はこれから自身に降りかかる真の悪夢についてまだ知らないでいた。

 

 

 2013年3月31日晴れ。

 世界から全ての女性が消滅して約10日が過ぎた。

 それは地球上にあまりにも大きな変化をもたらした。

 そして、智樹にとっても絶望的な変化をもたらしていた。

「もっ、もう……総受けは勘弁してくれぇええええええぇっ!!」

 空美町の畑の一角に隠れながら全裸の智樹は嘆いていた。

 この世界から女性が消え去った次の瞬間から、智樹は無数の男達に襲われて総受けになった。

 智樹の全身は、そして身体の奥まで男たちの欲望によって染められてしまっていた。

 次の世代が生まれず滅亡が決まった世界で、智樹はただひたすらに総受けだった。

「絶望したッ! 早く俺を魔女に変えてくれぇ~~っ!」

 男たちの欲望のはけ口にされる毎日に、智樹は別の存在に生まれ変わってしまいたいと思うほどに絶望していた。

 だが、そんな願いが叶うわけもなく、代わりに更なる悪夢が智樹を襲うことになる。

「ムッ。今、この畑の方で智樹の叫び声がしたぞ。メガネキラリ~ン」

「クックック。シナプスのマスターであるこの俺から逃げられると本気で思ったのか? 馬鹿めッ!」

「この鳳凰院・キング・義経はMr.桜井を今日も欲しているのさ」

 智樹で欲望を満たさんとする男たちにみつかってしまった。全裸の男たちがゾロゾロを集団をなして智樹へと近付いてくる。

「そ、総受けはもう嫌だぁああああああああああああああぁっ!!」

 今日もまたイカロスが望んだ通りの世界が繰り広げられてしまう。智樹の表情に絶望の色が濃く浮かんだその時だった。

 

「智樹くんっ! 助けにきましたッ!!」

 1人の天使少女が空から急降下しながら智樹のもとへと舞い降りてきた。

「えっ? 日和? 嘘、だろ……」

 少女は智樹の恋人であり、イカロスのカード発動と共に消滅したはずの風音日和だった。

「智樹くん。下がっていてくださいっ! 行きますよ……お天気お姉さん攻撃っ!」

 日和は錫杖を振って雨雲を呼び、智樹に襲いかからんとする男たちに豪雨をお見舞いした。

「めっ、メガネが曇って何も見えないぞぉ~~ッ!?」

「羽が水を吸って力が出んぞぉ~~ッ!?」

「水も滴るいい男。ああっ! 僕は美しい。美しすぎる自分が怖い」

 突然の豪雨に男たちはパニックに陥っている。その隙を逃す日和ではなかった。

「智樹くん、今の内に逃げますよっ!」

「おおっ」

 日和は智樹を正面から抱きかかえると空に向かって一気に跳躍していく。

 エンジェロイドはおらず、シナプスのマスターも羽が重くなって飛べない状態。

 日和たちへの追っ手は皆無だった。

「このまま人間のいない無人島まで退避します」

「頼む」

 日和は智樹を連れて九州を南下、そのまま海へと出て男たちから遠ざかっていった。

 

 

 夕方。智樹と日和は太平洋上に浮かぶ無人島へと降り立った。

「助かった……」

 男たちに襲われる危機から逃れた智樹はホッと一息ようやく吐けた。そんな智樹に対して日和は頭を下げた。

「智樹くん……助けにくるのが遅くなってごめんなさい」

 日和は涙を流していた。

 智樹の体に総受けの痕が数多く見られるのは紛れもない事実。日和は早々に智樹を助けに来られなかった自分を深く悔やんでいるようだった。

「…………日和が助けにきてくれたんだから、俺にとっては何より嬉しいことさ」

 智樹は日和の頭を撫でた。

「でも、どうして日和は無事なんだ? 世界中の女の子がイカロスのカードによって消滅してしまったというのに」

 イカロスがカードを発動させてから智樹は1人の女性も見ていない。テレビでも新聞でも全世界から女性が消えてしまったことが連日連夜報道されていた。

 エンジェロイドもそうだった。イカロスだけでなく、ニンフもアストレアもいなくなってしまった。

 日和とも全く音信不通となってしまった。だから智樹は日和も消されてしまったのだと思い込んでいた。

「イカロスさんがBLの為に世界中の女性たちを消失させるかもしれないという可能性には以前から気づいていました。だから、私の電算能力を使ってシナプスのシステムに干渉したんです」

「干渉?」

「はい。シナプスのシステムには私が<1 男>でも<2 女>でもない<3 その他>として登録し直しておきました。カードはシナプスのシステムを介して発動されますから……」

「なるほど。日和は女とはみなされなかったわけか」

「はいっ」

 日和は頷いてみせた。

「まっ、まさか。本当に日和は男でも女でもない存在なんてことは……」

 智樹は一歩後ずさった。総受けの日々は恋人に対してさえ警戒心を抱くように少年を変えてしまった。

「私が本当に女の子かどうかは結婚してから智樹くんが確かめれば良いんですっ!」

 日和は顔を真っ赤にして照れ怒った。

 

「まあ、とにかく日和だけでも無事でいてくれて良かったよ」

 智樹は1週間ぶりに再会することができた恋人を抱きしめた。

「本当に良かった」

 智樹は恋人との再会を喜んでいる。

 けれど、抱きしめられている日和の方は浮かない表情をしていた。

「でも私は……女性なのに1人だけ消失しないでいることに対して申し訳なくて」

「カードを発動させたのはイカロスだ。日和が気に病むことはないよ」

 智樹の慰めの言葉にもかかわらず日和は俯いてしまった。

「…………それで私、シナプスに行ってカードを取ってきて、世界を戻そうとしたんです」

「なるほど。日和はこの間シナプスに行っていたのか」

 智樹は空を見上げた。ここは空美町ではないので真上にシナプスが浮かんでいるということもない。でも、何となく見上げてしまう。

「シナプスのマスターを名乗るあの根暗がいなかったので簡単に潜入できました」

「ああ。アイツなら……俺が引きつけていたからな」

 具体的にどう引きつけたかは悲しすぎて言えない。けれど、結果的に智樹の総受けは日和の手助けになっていたのは確かだった。

「それで、カードを何枚か持ち出して、ついでにあの男の住居を木っ端微塵に破壊してきたのですが……」

 日和は1枚カードを取り出してみせた。

「世界を元に戻そうとしたのですが……カードが発動しないんです。どんな願いでも叶うはずなのに」

 大きなため息が智樹の耳に届いた。

「叶わない? どうしてだ?」

「分かりません」

 日和は悲しげに首を横に振った。

「ただ、何かこの世界には大きな力が働いていて、元の世界に戻るのを拒んでいるようです」

「まあ、考えるまでもなくイカロスたち腐女子の怨念だろうな。アイツ、男だらけの世界でBLという概念になって世界に漂うって真顔で言ってたからな」

 智樹は頷いてみせた。

「どうすればイカロスさんたちに鎮まってもらえるんでしょうかね?」

「分からん。BLのために躊躇なく自分の存在を消滅させるような連中だからな」

 智樹は首を横に振った。

「まあ、カードはこっちにあるんだ。イカロスたちの除霊の仕方さえ分かれば、いずれ世界を元に戻すこともできるだろ」

 智樹はもう1度日和の頭の上に置いた。

 

「桜井くん……」

「世界中の男が俺を狙っているこの世界で、慌てて動いても意味はない。待てば海路の日和ありってな」

「でも……」

 日和はまだ浮かない表情を浮かべている。

 そんな日和に対して智樹は表情を鋭く真剣にしてみせた。

「おそらく、この世界の秘密の核を握っている人物がやがて俺たちに接触してくるはずだ。そいつをとっ捕まえて世界を元に戻そう」

「秘密の核を握っている人物、ですか?」

「ああ」

 智樹は力強く頷いてみせる。

「イカロスたちが如何に強く男パラダイスに固執していようと、実態を持たない概念ではこの世界に強く干渉することはできない。媒介を必要としているはずだ」

「それじゃあ、その媒介を……」

「ああ。説得するなりぶっ倒すなりしてBL世界を諦めさせる」

 智樹が右手を力強く握り締めた。

 

「……そうですね。相手の正体が分からない以上、闇雲に仕掛けるよりも、ここで待った方が得策な気はします」

 日和は島の内部に向かって目を向ける。周囲1、2キロほどの小さな島はこの砂場から端まで見渡せる。

「幸いこの島は人間が居住するのに最低限必要な水やちょっとした食料があるようです。それに……」

 日和は外海に向かって目を向けなおす。

「ここは最も近い島からも千キロ以上距離があります。船の航路、飛行機の飛行ルートからも離れています」

「じゃあ……」

「ええ。ここに来る方は私たちがこの島にいることを予め知っていて、私たちに用がある方だけですね」

 日和は頷いてみせた。

「そんな奴は、この世界の鍵を握っている奴だけだろうな。イカロスたち未確認生物も、会長のようなこの世全ての悪もいない現状じゃな」

 智樹は日和の右手をそっと握った。

「そんなわけで、この島でゆっくりと暮らしながらソイツが現れるのを待つ、か」

「はいっ」

 智樹は握った日和の右手に両手を添えた。

「日和とこの島で暮らすに当たって提案があるんだ」

「何でしょうか?」

 智樹は大きく息を吸い込んで緊張しながら話を切り出した。

「俺と……結婚して欲しいんだ」

「えっ? えぇえええええええええええええぇっ!?」

 日和は背中をのけ反らして驚きを表現した。

「わっ、私たち、まだ中学生じゃないですか……」

 日和の顔は夕焼けよりも赤い。そして可愛かった。

「でもここは日本じゃないし、そもそも日和以外の女がいない世界じゃ、結婚に関する法律とかみんなもう無効だろう」

「で、でも……その、智樹くんは私がお嫁さんで良いのですか?」

 日和は恥ずかしそうに顔を伏せながら、けれど期待に満ちた瞳で智樹を見ている。

「俺たちが付き合うことになった時に言っただろ。結婚を前提にして俺と付き合ってくれって。それを実行に移す時が来たんだよ」

 智樹は照れていたが最後まで言い切った。

「本気、なんですね」

「ああ。これから一緒に暮らすんだ。だから、その、ちゃんとしたいんだ」

 日和の顔がまた茹で上がった。

「なら……もう1度、プロポーズしてくれませんか? そうしたら私も……」

 日和は俯いたまま力強く智樹の手を握り返した。

「じゃあ、改めて言うぞ」

「はいっ」

 智樹は心臓が高鳴るのを感じながら、この島での最初の大仕事に取り掛かった。

「日和、俺と結婚して欲しい。俺のお嫁さんになってくれ」

 訪れる一瞬の沈黙。そして──

「はいっ。不束者ですが……末永くよろしくお願いします」

 少女は笑顔で頷いてみせた。

 この日、地上最後の少女と総受け少年が南太平洋の真ん中で永遠の愛を誓いあった。

 

 

 2014年4月1日。

 智樹と日和が無人島で暮らし始めてから1年が過ぎていた。

 

「あなたぁ~。ご飯の支度ができましたよ~♪」

 日和が自分を呼ぶ声が聞こえて智樹は振り返った。

 銛で魚を捕る手を止めて、陸地へと上がる。

「おうっ。ハニー。智和(ともわ)。2人とも今日も美人だな~♪」

 愛妻と生まれたばかりの愛娘の顔を見て日焼けした智樹の顔が緩む。

「もうっ。あなたったら♪」

 木製のオタマを掲げながら日和が照れた。その背中では生まれたばかりの娘が笑っている。もちろん智樹の言葉が分かるはず。けれど、父親がやってきたことで喜んでいるようだった。

「さあ、ご飯にしましょう♪」

「そうだな」

 日和が準備した昼食を手製のテーブルに置いて食事が始まった。

「平和、だなあ……」

 食事を終えた智樹が空を見上げる。雲一つない青空が智樹を包み込んでいる。

「確かにここは平和です。でも……」

 日和の表情が曇った。

「それは私たちが世界から隔離されている所に住んでいるからなんですね」

「まあ。そう、だよな。イカロスによってBLと化した奴らはまだそのままだもんな」

 智樹は両腕で自分を抱きしめた。去年、日和に救われるまで総受けになり続けていた自身の過去を思い出してしまう。

 

「この世界の黒幕もすぐに仕掛けてくると思ったんだが……もう1年になるのにまだ姿を現さないな」

「あなたは私に初日から積極的でしたけどね。あの日、あなたに押し倒されて見上げた星空は今でも鮮明に覚えていますよ♪」

 日和は愛娘の頭を撫でながら楽しそうに笑った。

「いや、ほらっ。だって、俺たち、夫婦だろ? だから……」

「私はあなたと夫婦になれたことがこの上なく幸せです♪」

 日和は目を瞑った。

「このまま、ずっと幸せに暮らし続けられたと思います。でも、私たちは世界を救わないといけないポジションにいるとも思いますし……」

「そうなんだよな。3人で幸せに暮らし続けたいし、世界をどうにかしなきゃっても思う。この世界をこんなにしたのはイカロスだし、世界を救うカードは俺たちの手にあるんだから。世界を救えるのは俺たちしかいないもんな」

 智樹は空に向かって手を翳した。今の生活を続けたい気持ちと世界を変えなくてはいけないという気持ちがぶつかって葛藤が生じている。

 この1年、智樹と日和が共通で抱えている悩みだった。

「まあ、相手から仕掛けてくれないことには……俺たちからできることは相変わらずないけどな」

 下手に男たちの前に姿を現せば智樹は再び総受けにされてしまう。だからここで相手から仕掛けてくるまで待つのが得策。

 その考え方が2人に現状維持の正当化の大義名分を与えていた。心に疚しさを抱えながらも、結局は今の生活が続いていく。

現状維持が自分たちにとっては一番好ましい。口には出さないものの、智樹も日和もひっそりとこのままずっと暮らしていきたい方に心は傾いていた。

 だが、そんな平穏を望む願いは1人の漆黒の翼を持つ天使の出現によって破られることになった。

 

 ボンッと大きな音が近くの砂浜から聞こえてきた。それと共に砂嵐が3人を襲い、智樹の視界は一瞬にして不良になった。

「なっ、何だっ!? 何が起きたんだっ!?」

 突然巻き起こった強風と砂煙に智樹がパニックを起こしている。

「分かりません。でも、これは…………その時が、来てしまったのかもしれません」

 赤ん坊をしっかりと抱きしめて守りながら日和が鋭く煙の中心部を睨んだ。

 時間と共に砂煙が収まり、徐々にその中心に立っている白い鎧姿の漆黒の翼を持つ天使の姿が見えてきた。

「……総受け王。こんな所にいらしたとは私も驚きです」

 漆黒の天使は智樹に向かって恭しく頭を下げた。

「お前は……プロトタイプ・イカロスッ!?」

 プロトタイプ・イカロス。それはダイダロスが色々悶々と悩んだ末に作り上げてしまったに違いない男性版エンジェロイド。性格はひたすらにBL。総攻めの悪魔。男と見れば襲って喰らい尽くす。女には一切興味なし。好きなものは男の尻。嫌いなものは女。

 ダイダロスが、BLという乙女の内なる衝動を捨ててイカロスやニンフという正統派美少女エンジェロイドを作るに至り、永久に封印され、存在がなかったことにされた悲劇のエンジェロイド。

 逆に言えばプロトタイプ・イカロスはダイダロスの乙女心が十二分に爆発させた男色の悪魔ならぬ天使だった。

「……お久しぶりです。総受け王。今日も良いお尻をしていますね。むしゃぶりつきたいです」

 プロトイカロスは恭しく片膝をついて返答する。だが、その瞳はギラギラと野獣を思わせる光を輝かせながら智樹の尻を凝視している。獲物を狙う瞳だった。

「何故、ここに来た?」

 智樹が尻を両手で押さえ警戒しながらプロトイカロスに質問する。

「……新しい生命が生まれなくなったはずの世界で、何故か生まれたばかりの赤ん坊がセンサーに引っかかったので何事かと思い来てみましたが……フッ」

 プロトイカロスは黒い笑みを浮かべた。

 

「……ご安心ください、総受け王」

「何が安心なんだ?」

「……私は、空女王とは違います。総受け王に奥方がいようが、ご息女がいようが構いません」

 智樹はプロトイカロスを見ながら安心して息を吐き出した。

「じゃあ、俺たち家族を襲って壊そうってわけじゃないんだな?」

「……さあっ?」

 プロトイカロスは首を捻った。

「さあって何だよ!?」

「……私は、男への総攻めだけが存在意義の美少年エンジェロイドです。総受け王に妻がいようが娘がいようがお構いなく犯し尽くして肉奴隷として扱うだけです」

「「えっ?」」

 智樹と日和の顔が引きつった。

「……愛妻と愛娘が見ている前で私に滅茶苦茶に身も心も蹂躙されて肉奴隷に堕ちていく。愛しい家族に見せ付けられる分だけ総受け王をただ総攻めにするより燃え上がります」

 プロトイカロスは智樹を見ながら舌なめずりしてみせた。

「……世を儚んで既にあの世に旅立ったと思っていた総受け王が生きていた。しかも、お嫁さんと娘さんまで設けている。今すぐ2人の前で総受け肉便器地獄に落として絶望をプレゼントしてあげますよ」

「ひぃいいいいいいいいいいいいぃッ!?」

 智樹は手を伸ばしてくるプロトイカロスを見て全身を激しく震わせた。

 

「夫には手出しさせませんっ!!」

 日和が震える智樹の前に出て自らの体を盾にする。

「相手はイカロスだ。危険だぞ、日和ッ!」

 相手は空女王。電子戦ならともかく、武装が貧弱な日和ではイカロスに物理的には勝てない。智樹は日和に下がるように訴えた。

 けれど、日和は引かない。

「彼女、いえ、彼はイカロスさんと姿形こそ同じですが、あくまでもプロトタイプ。武装もこれと言ってありませんし、力は人間より強いとはいえ、イカロスさんやアストレアさんに比べれば大したことありません。私でも十分に勝てますっ!」

 いつの間にか日和は戦闘モードに移行し、錫杖をプロトイカロスに向かって構えている。

 智樹は代わりに娘を抱えて後ろに下がった。

「……フッ。私も舐められたものですね」

 プロトイカロスは日和を見ながら笑ってみせた。

「……確かに私は空女王に比べれば弱いかも知れません。ですが、それは私という存在が単独で存在していたらという仮定の話です」

「それはどういう意味ですか?」

「……こういうことです」

 プロトイカロスの腹の中央部がグニャグニャと歪み、少女の顔が浮かび上がってきた。

 ピンク色のショートカットで無表情なその少女は……。

「イカロスッ!?」

「イカロスさんッ!?」

 智樹と日和が見間違うはずがない。それは1年前、この地上から女を全て消滅させた張本人であるイカロスの顔だった。

「……BL、総受け、肉奴隷。マスターの生きるべき道です」

 イカロスは目を閉じまま静かに言葉を発した。

「……空女王こそ、この世界のBL秩序を守る神。空女王の力を我が身に有している限り私は最強の存在であり、この世界の男たちは男同士の愛に嵌り続けるのです」

「……今の私はイカロスではなくBLという概念。この世界のルールそのものです」

 プロトイカロスとイカロスは誇らしげだった。

「こいつらがラスボスかぁ~~~~ッ!」

 智樹の叫びが大空に響き渡った。

 

「つまり、貴方たちを倒せばこの世界を支配するBLが解けて、カードで世界を戻すことも可能だと言うことですね」

「……理屈の上ではそうなります」

 日和の意見に対してプロトイカロスは頷いてみせる。けれど、そのすぐ後に黒い笑みを発してみせた。

「……ですが、日和さんや総受け王が私に勝つことは不可能です。空女王の力の加護を受けた私はこの世界で最強の存在ですから」

「そんなこと……やってみなければ分かりませんッ!」

 日和は錫杖をプロトイカロスに向かって振るう。

「下着が透けるのを期待していたら、目も開けていられない豪雨攻撃ッ!」

 夫の影響を明らかに受けた痕跡を示す天候操作による日和の攻撃。大量の雨がプロトイカロスの頭上へと降り注いでいく。

 羽が濡れてしまえばエンジェロイドは飛べなくなる。即ち機動力が著しく落ちる。日和の戦略はまず相手の機動力を削ぐことにあった。だが──

「……BLバリア」

 21世紀の人類の科学力では解明できない不思議なピンク色でローズな香りがするバリアがプロトイカロスの周りに展開。日和の攻撃をいとも容易く防いでしまった。

「なら……パンチラを期待していたら……ビルごと吹き飛ばす強風攻撃ッ!」

 日和が智樹の影響を受けまくりの強風攻撃を発動する。

「……無駄です。BLバリアはそんな程度の風でどうにかできるぬるいものではありません」

 プロトイカロスは言葉通りに強風も余裕で防いでしまった。

「そっ、そんなっ!」

 日和はあまりにも理不尽な攻撃の防がれ方に驚いて棒立ちになってしまっている。

 

「……では、こちらからの攻撃です」

 プロトイカロスはバリアを解き

「……BLビーム」

 現代科学では全く説明不能なピンク色でローズな香りがするビームがプロトイカロスの目から発射された。

「きゃぁああああああああぁっ!?」

「日和ぃいいいいいいいぃっ!!」

 日和の顔のすぐ横を掠めてビームは内陸の岩の丘を直撃。その膨らみの全てを消し去った。更にビームを放った際に生じた空気のストームがストリームとなり日和の体を吹き飛ばす。

 ドシンっという大きな音と共に日和は背中から地面に叩きつけられた。

 

「……どうやら勝負あったようですね」

 砂浜に倒れた日和には目もくれずプロトイカロスは智樹の元へと近付いていく。

「ま、まだ勝負はついていませんよ」

 フラフラになりながら日和は立ち上がっていく。けれど、プロトイカロスはそんな彼女を無視して智樹の目前に立つ。

「……さあ、総受け王。ポラギノールの貯蔵は十分ですか?」

 BLの悪魔が智樹の肩を掴む。荒々しい手つき。ギラギラした瞳。欲望に満ち満ちた息遣いが智樹を捉える。

「やっ、止めてくれぇえええええええええええぇっ!!」

 1年前に我が身に襲い掛かった悪夢のような出来事が脳裏に蘇る。智樹の全身が音を立てて震える

「……フフフ。雨に濡れた子猫のように震える総受け王をBL陵辱するのは最高です」

 プロトイカロスの鼻息は荒い。

「……さあ、日和さんも娘さんも総受け王が肉便器と堕ちる様をご堪能ください」

 プロトイカロスはBLすべく智樹へとゆっくりと顔を近付けていく。

 絶望に陥る2対の瞳を視界の隅に捉えて激しい天使少年は激しい高揚感を覚える。

特に愛する夫を、男に盗られようとしている日和の表情はプロトイカロスの心を燃え上がらせていた。

 略奪愛またはNTLはプロトイカロスの大好きな分野だった。男が男に寝取られるBL本を読むといつもゾクゾクしていた。

 そして、天使少年は絶望とは違う光を放つもう1対の瞳が自分に向けられているのを認めた。

「これは…………腐女子の熱視線っ!?」

 それは1年前にこの世界から消えてなくなったはずの太陽よりも熱い視線。

 腐女子だけが放てる聖なる光。いや、性なる光。それを放っているのは智樹の腕の中に包まれているまだ生まれて間もない娘だった。

「……この子はまだ生まれたばかりのはず。なのに、そんなっ!?」

 プロトイカロスの、そしてイカロスの中の何かが崩れていく。

 そして、その時奇跡は起きた。

「……………………びーえる……さいこー…………」

 まだ言葉など解せるはずのない新生児が喋った。

 しかも、BLを称える言葉を。

 その一言は、地球の歴史を変えることになった。

 

「……どうやら私は大きな思い違いをしていたようです」

 プロトイカロスの体が智樹から離れた。そうさせたのはBLという概念と化したイカロスだった。

「……最高のBL空間を成すためには女は地上から消え去るのが最善。そう信じていましたが、どうやら誤りだったようです」

 プロトイカロスの体を智和へと向ける。

「……人目もはばからず愛し合う男たちがいる。そしてそんな男たちを熱すぎる視線で眺める女がいる。その両者があってこそ、BLは真の輝きを発するのですね」

 イカロスの幽体らしきものがプロトイカロスの体から離れていく。

「腐女子もまたBLの一部。その腐女子を消滅させるなど愚の骨頂。そんな簡単なことにも気付かずに女性を消失させてしまうとは……私は実に愚かでした」

「……まっ、待ってください空女王っ! いえ、BL神ッ!」

 プロトイカロスはイカロスに向かって手を伸ばす。だが、実体のない彼女を掴むことはできない。そしてイカロスを必死に捕まえようとするその様は、日和たちに隙だらけの体を晒すことになった。

 

「今ですっ! 驚いた女の子に抱きつかれることを期待していたら直撃したサンダー攻撃っ!」

プロトイカロスの上空に突如雷雲が発生。間髪おかずに雷がBLの悪魔に向かって落ちていく。

「……BLバリヤーッ!」

 プロトイカロスは絶対の防御結界の名前を叫ぶ。

「……空女王の力の加護がないから、バリヤーが張れない…………うわぁあああああああああああぁっ!?」

 だが、加護を失い弱体化したプロトイカロスに雷を防ぐ手立てはなかった。雷はBLの悪魔に直撃し、黒こげアフロへとその姿を変えさせたのだった。

 イカロスが体から離れてからわずか数秒の逆転劇だった。

 ぶっちゃけ、日和の言った通りにプロトイカロスだけならとても弱かった。

 

 

「さて、これで世界を元に戻せるようになったわけなんだが……」

 智樹は日和が島の家から持ち出してきたカードと黒こげアフロヘアのプロトイカロスを交互に眺めた。

「もし、イカロスが女を消失した歴史を全部なかったことにしてしまったら……」

 日和と智和を見る。

「日和との結婚も、智和の誕生もなかったことにされてしまうのか?」

「そっ、それは……っ」

 日和も智樹の質問の意味に気付いてハッとする。

「で、でも、世界がこんな風に変わってしまったのは私たちの責任でもあります。だから……」

 日和は泣きそうな表情を見せている。その目蓋の端には涙が溜まっている。そんな愛妻の表情を見ながら智樹は決心を固めた。

「なら、願い事をちょっと変えようぜ」

「えっ?」

 日和は智樹の言葉の意味が分からず首を捻った。

「今日は何月何日だ?」

 智樹はクックックと意味ありげに笑ってみせる。

「今日は2014年の4月1日です。…………えっ? まさか」

 何かに気付いた日和が息を呑む。

「そう。そのまさか、だよ」

 智樹は楽しげに頷いてみせた。

 

 

 

 

「私やそはらを含めた全世界の女が1年間消失していたなんて冗談は全然笑えないんだけど?」

 ニンフは桜井家の居間で正座して座る真っ黒に日焼けした智樹を見ながら怒っていた。

「確かに時間はいつのまにか1年間進んでいるような気もするけれど……とにかく納得できないわよっ!!」

 ニンフはテーブルをバンバンと叩いて怒りを露にしている。

「ニンフさんの言う通りだよ」

 ニンフの隣に座るそはらの目も怖い。

「日和ちゃんが抱いている智ちゃんそっくりな目をした赤ちゃんについてもう1度説明して欲しいな」

 そはらの右手が必殺の聖剣の構えになっている。

「だからその子、智和は俺と日和の子供なんだ」

 智樹がビクビクしながら小さな声で答える。

「何で、昨日まで日和ちゃんのお腹が大きくなったのを目撃したこともないのに、いきなりパパになってるのよ!」

「だから、そはらたちは1年間地球上から消えてたんだって! その間に俺と日和が結婚して産まれた子供なんだって」

「「だからその冗談、面白くないってば!!」」

 ニンフとそはらは両手を振り上げて怒りを露にする。

「いやいやいや。だから、その冗談が本当なんだってば!」

 要領を得ない説明を必死になそうとする智樹。けれど、真実は智樹の言う通りだった。

 

『イカロスのドッキリは成功に終わったので、女はみんな無事に戻ってきましたとさ』

 

 智樹はカードを発動させて、地球上から女が消失したのはイカロスが仕掛けた壮大な冗談だったということにした。

 カードが発動した瞬間、女性たちは地球上に再び戻ってきた。この1年間、消えていたという記憶もなく1年前の状態で。

『ハッ? お、俺は今まで一体何をしていた? 何故、智樹を襲った記憶が鮮明に残っているのだ!?』

 男たちにはBLな1年間の記憶が残ったままの状態で。

 

「ねえ、日和っ! 一体、何が起きたのよ?」

「日和ちゃん! 怒らないからちゃんと教えて」

 ニンフたちはすごい剣幕で日和へと詰め寄る。

「え~とですね」

 日和は笑顔のまま2人の剣幕を受け流す。

「1年前に智樹くんにプロポーズされまして、それを私が受けまして、それで赤ちゃんが生まれました♪」

 日和は笑顔を浮かべて智和をニンフたちによく見えるように掲げてみせた。

 

「ニンフさん……智ちゃん、殺そうか?」

「ママになったばかりの日和には悪いけれど、智樹は死ぬしかないわよね」

 一体この1年に何が起きたのかよく分からないままであるものの、2人は同じ結論に達した。即ち、智樹の殺害を完遂するしかないと。

 智樹に恋していた2人としては、突然の失恋、しかも好きな相手の子持ちエンドに納得ができなかった。

「おっ、おいっ!? や、止めるんだ!」

「「問答無用ッ!!」」

 2人の乙女が智樹に失恋の恨みアタックを仕掛けようとしたその時だった。

 

「……待ってくださいっ!」

 イカロスが居間に入ってきてその背中に智樹を庇った。

「退きなさいよ、アルファッ!」

「智ちゃんは私たちを裏切ったんだよっ! イカロスさんだって許せないでしょ!」

 イカロスに退くように迫る2人。しかし、イカロスは両手を広げたまま退かない。

「……今回の1件の責任は全て私にあります。マスターも日和さんも悪くありません」

「「へっ?」」

 イカロスが普段らしくない妙なことを語るので2人の動きが語る。

「……私はこの赤ちゃん、智和さんにとても大切なことを教わりました。だから、この子に父親がいなくなるという寂しい想いをさせないでください」

 表情の変化が乏しいと評判の少女が必死になって訴えていた。

「そ、そんなこと言われても……」

「私たちの憤りはどうしたらいいのよ?」

 ニンフたちは智樹に飛び掛ることもできず、かといって感情を収めることもできない。

 ジレンマに喘いでいた。

「……ニンフたちの不満を和らげるために、マスターの代わりにアストレアを殺っておきました」

「「…………っ」」

 ニンフとそはらは顔を見合わせてどうしようか迷っている。

「……守形先輩は、BLだった過去が会長さんにバレて無慈悲に残酷に処刑されました。志半ばで散ってしまった2人に免じてマスターを許し、2人の結婚を認めてあげてください」

 イカロスは2人に向かって頭を下げた。

 

「アルファはさ……それで、いいの?」

「納得、できるの?」

「……はい」

 イカロスは力強く頷いてみせた。

 その様を見てニンフとそはらは軽く息を吐き出した。

「日和は智樹と一緒の部屋を使ってね。智樹の部屋の邪魔のものはみんな片付けてスペース作るわ」

「私もお手伝いするね。日和ちゃんがいるんだからエッチな本も全部処分だよね」

 2人はふすまを開いて廊下へと出て行く。

「あの……私がこの家で住んでも良いのですか?」

 日和は背中越しに声をかけた。

「日和は智樹のお嫁さんなんだから、もう桜井家の家族の一員でしょ。一緒に住んで何の問題があるのよ。ほらっ、アルファもボサッとしてないで、日和の引越しを手伝って」

「……はい」

 3人はゆっくりと2階の智樹の部屋へと向かっていく。その後ろ姿は3人が智樹と日和の仲を認めたことを物語っていた。

「命の危機を迎えたけれど、こうして俺たちの仲を認めてもらえて良かったよな」

「はいっ♪」

 智樹と日和、そして日和の腕の中の娘は窓越しに見える空を見上げている。

 

 空美町の大空に守形とアストレアとプロトタイプ・イカロスが笑顔でキメていた。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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