「それでは凪、あなたを警備隊の隊長に任命するわ」
先日、私たち魏は、呉・蜀連合軍に打ち勝った。
そして、華琳さまの壮大な構想『三国連合』を実現した。
その日の夜、蜀の都・成都で、三国が一つになっての大宴会が催された。
三国の別なく、誰もが笑いあったあの日の料理の味は、今も忘れられない。
もう戦わなくて済む…
そんな、桃源のような世が来る
そんなことを夢見ることが出来た、最高の夜だった……
だが、次の日
眠りから覚めた私たちを待っていたのは
そんな幸せな気分を、全て消し去って尚余りある、とても信じ難い…
華琳さまからの報告だった……
「昨日の晩……一刀が…………消えたわ」
………………
…………
……
「いえ、元の世界に帰った、と言うべきなのかしら……」
………………
…………
……
「え……と、華琳さま?それは、北郷が一足先に本国へ帰った、ということ……ですか?」
「違うわ、春蘭。一刀は文字通り、消えたの……あるいは、私たちが『天の国』と言っていた所に、帰っていったのかしらね…」
…………
……
「か、華琳さま?もちろん……兄様は、帰ってくるんですよね……?」
「…………」
「ねぇ……華琳さま!?」
「……私には分からないわ。ただ、もう……一刀は、戻ってこないものと、思いなさい……」
「そ、………んな……」
「華琳さま!華琳さまは何で、そんな平気そうにしていられるんですかっ!?」
「…………」
「兄ちゃんはもう戻ってこない…もう会えないかもしれないのに、どうして華琳さまは……っ!」
「――おだまりなさい!!」
「「「――――っ!」」」
「私が……一刀がいなくなって、私が平気なわけないでしょ!!?」
華琳さまの剣幕に、その場にいた誰もが息を呑む……
「一刀がいなくなって、私だって苦しいわ…辛いわ……悲しいわ!!だけど私は王として、多くの民を預かるものとして……ここで立ち止まっているわけにはいかないの!」
「「「…………」」」
「出せる涙は、昨日全て出したわ……だから…だから…………――っ!」
そこまで言うと華琳さまは唇を強く噛み、私たちに背を向けて、この場を去ってしまった…
この場に残された私たちは……
憤慨する者
泣き崩れる者
冷静に事実を受け入れる者
特に、季衣と流琉の涙……心の悲鳴は、見るに…聞くに耐えられるものではなかった……
私は……私たちはといえば……
「……ははっ、大将も冗談キツいわっ…」
「真桜ちゃん……」
真桜は、おかしいと言わんばかりに、笑い始めた。
「隊長が消えるなんて……大将渾身の冗談なんやろけど、こら~ちょっと笑われへんで…まったく」
「真桜ちゃん」
そんな真桜を、沙和は悲しげな瞳で見ている。
「あれやろ?大将の指示で隊長はどっかに隠れてて、何かの拍子でひょっこり出てきて、ウチらを驚かすねん…」
「真桜ちゃんっ」
「それか、大将急ぎの用事か何かで、それこそ一足先に本国へ……」
「真桜ちゃん!!」
「――っ!」
沙和は、語気を強め、真桜の二の句を押しとどめる。
「真桜ちゃん……真桜ちゃんがそう思いたい気持ちは、痛いほど分かるの……でも、華琳さまがあんな冗談言うとは、とても思えないの…」
「んなこと…あるかいな……大将はあれで性格悪いからな~。昨日、えらい蜀や呉の大将に絡まれてたさかい…その腹いせか何かなんと違う?」
「真桜、ちゃん……」
「なぁ、凪もなんか言いな」
「………まれ…」
「え?何やて…」
「黙れ!!」
「「!!」」
私も…声を荒げる。
「華琳さまが、そのように悪質なお戯れをするものか!」
「「…………」」
「それに……感じないんだ…」
「……何を?」
「隊長の……あの太陽のように優しくて、明るくて、暖かくて、穏やかな氣が……どこにも…感じ、られないんだ……っ!」
そう……私は『知って』いた
朝起きて、意識がはっきりしてくると……感じてしまった。
いや、感じることが出来なかった…
隊長の、氣を……存在を…
そして、華琳さまの話を聞いて…確信した。
隊長はもう、この『世界』には、いない……いないんだ……っ!
「い、いやや……ウチはそんなん、認めへんで…」
「真桜……」
「……真桜ちゃん」
受け入れがたい事実を、必死に受け入れまいとする真桜を…沙和が優しく、抱き締める。
「真桜ちゃん……」
「沙、和……」
「あのね、真桜ちゃん。沙和も、なんとなくだけど…隊長はもう、どこかへ行っちゃった気がするの…」
沙和も、感じていたんだ…
これが、女の勘、とでも言うやつか?
…いや、もしかしたら、隊長を想う誰もが、共有している感覚なのではないだろうか?
本当は真桜も、気付いているのでは、ないだろうか…?
「だからね、真桜ちゃん。一緒に泣こう?辛いの、我慢しなくてもいいんだよ?」
「沙和……さわぁ~…あああぁぁあ~~………っ!!!」
真桜は、堰を切ったかのように、泣いた。
そんな真桜を、沙和は優しく、優しく、受け止める。
「凪ちゃんも、おいで?ツラいの、ここで全部出しちゃおう?」
「わ、私、は……」
「ここで流す涙は、全部出しておいて……もしも…もしもだよ?隊長が戻ってきたときには、みんなで笑って隊長に会えるように、今、泣くの…」
「沙和……」
「ねっ?凪ちゃん……沙和も…早く、楽に、なりたい、の…」
それまで毅然として、隊長の消失を受け入れ、真桜をあやしていた沙和の顔が、わずかに崩れる。
そうだ。
沙和だって、真桜や、私と同じ…
沙和だって、悲しくないわけ、ないんだ……
私は、二人に近づいて…
「沙和……真桜……」
「真桜ちゃん……凪ちゃん……」
「凪ぃ……沙和ぁ……」
「「「う…うわあぁぁあぁっぁぁあ~~~~~んん!!!」」」
三人で抱き合い……互いに、涙した。
「たいちょっ……隊長~~~!!!」
「あぁぁあぁ~~~っ!たいちょ~~~!!」
「隊長っ!隊長!!たいちょーーーっ!!!」
今流せる涙は、ここに置いていこう…
またいつか、隊長に会えるときには、三人で笑っていられるように……
そう、三人で、誓い合った
「はっ!謹んで拝命致します!」
華琳さまの命により、私は隊長の後を継いで、警備隊の隊長になった。
隊長が築いたこの街の安寧を、隊長の隣ではなく…今度は私が先頭に立って、守っていかなければならない…
もし、隊長が帰ってきたときに、隊長に呆れられないように…
もし、隊長が帰ってきたら……良くやった凪と、褒めて、いただけるように……
三国同盟がなった大陸では、大規模な戦いは影を潜めた。
盗賊や小規模な反乱の討伐はたまにあるが、それでも北郷隊(名前はそのままにしてある)に、出陣が求められるような事態にはならなかった。
おかげで北郷隊は、警邏を中心とした治安業務に専念することが出来た。
私は与えられた仕事を、ひたすらに頑張った。
「楽進隊長!迷い人の道案内、完了いたしました!」
「隊長っ!おばあさんとそのお荷物を、目的地まで送り届けてきました!」
「たいちょ~~う!!こちらの女の子が、お母さんとはぐれてしまったそうなのですが!?」
北郷隊は、隊長の…か、一刀様の意志を受け継ぎ、警邏だけではなく、困った人などの救済も、積極的に行っていた。
警邏による犯罪の抑止、また犯人の逮捕などの業務だけではなく
もっと広く、街の人の役に立つ…街の人を身近に感じられる
そんな北郷隊を、忠実に受け継ごうとしていた。
「よしっ!お前は五人ほど率い、この娘のお母さんを探してあげてくれ」
「はっ!了解であります!」
そう、それは本当に忙しくも…充実した日々。
かつて隊長と共に過ごした日々を、思い起こさせてくれる日々だ……
「た、隊長!あちらで、酔っ払い同士の喧嘩がっ!!」
…とまぁ、そうそう感傷に浸れる暇があるわけでもなく
「分かった!よしっ、みんな駆け足で行くぞ!!」
「「「了解!!」」」
必死で働き、隊長のことを少しでも考えないようにと…
それでいて、少しでも隊長に近づけるようにと、隊長の影を追う…
そんな矛盾に満ちた…
それでいて、充実した生活だった……
隊長に就任してしばらく経った、ある夜
隊舎から自室へ戻る途中の廊下で、秋蘭さまに呼び止められた。
「凪……少し、いいか?」
「は…はっ!何でしょうか、秋蘭さま」
このような時間に秋蘭さまから話し掛けてくださるという事は、よほど重要なことか…
あるいは、私的なことかのどちらかだろう。
「うむ…最近はどうだ?警備隊の隊長になってから、しばらく経つだろう……」
「はっ!隊長の域にはまだまだ届きませんが、私なりに日々精進しています!」
「うむ……上がってくる報告書からも、かなり良い結果が見て取れる。私や桂花、それに華琳さまも褒めておられたから、自信を持って職務に当たるがいい…」
「はっ!ありがとうございます!!」
「…………」
「…………?」
どうしたのだろう?
私個人への激励ならば、このように遅い時間に、わざわざ秋蘭さまが出向くこともないと思うのだが……
「…………凪」
「はい!何でしょうか?」
「ん……その……だな……」
それに先ほどから、秋蘭さまにしては珍しく、歯切れが悪い。
秋蘭さまは伏目がちに、何かを思案している。
今から口にすることは、口にして良いものなのかを迷っておられる……そんな印象を受ける。
やがて意を決したかのように、顔を上げ、私の目をじっと見つめる……
「凪……今から私が言うこと、見るものを……落ち着いて、受け止めて欲しい…」
「は……ははっ!」
いつもに輪をかけて真面目な…それでいて鬼気迫る、秋蘭さまの目……
これは……ただ事ではない…
私は、心の中で襟を正し、秋蘭さまの言葉を待った。
「私は、先の成都決戦を前に北郷………一刀より、手紙を預けられた…」
「――――っ!!」
「一刀は、あの戦が終われば、自らが消えてしまうことを、半ば悟っていたようだった……その上で、もし自分が消えてしまった場合にと……一刀が都に帰った際に、みなに手紙を書き留め…それを私に託した。……それぞれに、折を見て渡して欲しいと…そう、私宛の手紙に書かれてあった……」
「…………」
隊長の………手紙…
「凪。私から見てお前は周りの者よりも、一刀のことについてある程度、整理が付いているように思う…手紙を受け取っても、酷く取り乱すことは…ないと思っている」
私……私、は…………
「が、いま手紙を受け取るも受け取らないも、お前の自由だ……」
私は……私はっ………
「いま受け取らずとも、手紙は私が厳重に保管している。……自分なりに整理をつけ、しかるべき時期に……」
隊長…隊長、隊長……っ!!
「いえ、秋蘭さま……今、いま受け取らせていただきます!!」
「……そうか…分かった…」
と、秋蘭さまが私に差し出した、手紙。
秋蘭さまから受け取り、手にした手紙は、ずしりと重く感じた…
その表書きには………あぁ…
そこには、見間違うはずもない、本当に慣れ親しんだ字…
お世辞にも上手とはいえない隊長の字で『凪へ』と書かれていた……
「凪……渡しはしたが、何も今すぐに読むことはない……ゆっくりと自分を見つめ直し、本当に落ち着いたときに、じっくりと読むがいい……分かったな?」
恐らく私は、何とも言えない表情で、手紙を見つめていたのだろう…
秋蘭さまも少し早まったと思ったのか、何か念押しのようなことを言っておられた。
だが、そのときの私の耳には、その半分も入ってはいなかった……
私はどれ程かも分からない時間、手にした手紙を見つめながら、その場に立ち尽くしていた。
その後、急いで部屋に戻り……手紙を、開いた。
そこには、まるで隊長の声が聞こえるような、隊長の気持ちの詰まった言葉が、書かれていた……
「凪へ
この手紙を凪が読んでいるということは、多分俺はこの世界からいなくなっていることだろう。
願わくば、これが杞憂に終わり、宴の席か何かで『北郷がこんな手紙を書いていた』と、笑い話になることを、切に祈っている。
だけど、多分それはないだろう……」
隊長……
「俺がこの世界に来た理由は、恐らく華琳だ。
華琳が望む形で、華琳の悲願、大陸の平和を達成させるために、俺は呼ばれたんだと思う。
そのため、というわけではないけど、俺はいくつか俺の知っている歴史を元に、華琳に進言したり、対策を取ったりした」
その内容として、隊長の歴史では、定軍山で秋蘭さまが討ち死にしていたこと。
それを防ぐために、華琳さまにその事を伝え、兵を出してもらったこと。
これは私も覚えている…
このときの急な出陣は、隊長の言によるものだと、聞かされていた。
また隊長の歴史の赤壁では、魏の軍勢は、まず風土病によって蝕まれ
そして、船を鎖でつなぎ、黄蓋の裏切りと火計で、大きな打撃を受け
魏の大陸統一を、大きく後退させてしまった、ということも記されていた。
そうならないように、呉への遠征の際、薬を多く運んでもらったこと。
そして、隊長が知る赤壁の戦いの内容を華琳さまに知らせたこと。
それを元に、華琳さまや軍師らを中心に計画を立案し、被害が最小限に抑えられた、と書かれていた。
そして、隊長が知る歴史から外れるたび、隊長の体に前触れのない体調不良が起こったことも、記されていた……
…………
……
「そして今度の戦で蜀に勝ち、華琳が望む世界になったとき、俺は恐らく消えるだろう。
でも、どうか悲観しないで欲しい。
なんてったって、あの華琳が望み、作り出す世界だ。
きっとこの世の……いや、全ての世界の中でも、一番素晴らしい世界だと思う。
その世界を作り出したこと。そして、その世界を支え、そこで過ごせることを、誇りに思って欲しい」
………………
…………
……
「凪……凪は、俺の部下の中でも一番真面目で、良く俺を助けてくれた。
凪が戦後、どういう仕事を任されるか、俺には分からないけど、
警邏を通じて学んだこと、感じたことは、新しい世界で必ず役に立つはずだ。
凪は少し頑張り過ぎてしまうところがあるから、肩の力を抜いて、周りを良く見て仕事をすれば、間違いなく何でも出来ると、俺は思っている。
だから、自信を持ってくれ」
隊長……隊長と過ごしたあの日々……
私の…かけがえのない、財産です…
「いつまでもみんなで仲良く、特に凪は、沙和・真桜の三人で、仲良く過ごしてくれ。
三人一緒なら、どんな困難も絶対に乗り越えられるはずだ」
そんな…隊長が……隊長が、いなくちゃ……
私と沙和と真桜、それに隊長…
四人で頑張っていこうと……隊長は、仰ったじゃ…ありませんか……
「最後に、こんな形で別れの挨拶になってしまったこと、謝らせてほしい。
ただ、大変な時期に、みんなを混乱させたくなかったということを、どうか分かってほしい…」
…分かりませんっ!……分かりませんよ、隊長…
私…隊長にたくさん、言いたいことが、あったのに………
「もし…もし、また会うことが出来たら、みんなで一発ずつ俺を殴ってくれ。
それで、どうか、許してほしい……
さようなら、愛しき凪。
いつまでも、元気で」
「あぁ………あああぁぁああぁあぁっっ!!」
全ての感情が、弾けた。
声は、何処ともつかない、体の一番深いところから出て、頭を揺らし…
涙は、涙腺が壊れたかのように…滂沱の如く流れ出て、目頭を灼いた……
あの日、沙和と真桜と、全ての涙を流したはずだった……
隊長のことも自分なりに整理をつけ…
もしも再び隊長に見えることが出来たら、笑顔で…会える、ように……と………
でも……そんなはずは、なかった…
私に…そんな……そんなことが………出来る、わけ…
「隊長!隊長っ!!隊長ーー!!!」
私は、隊長の手紙を……強く、強く、抱いた。
隊長からの手紙がくしゃくしゃになる事も構わず…強く、胸に、抱いた…
「……っ……っく………たい…ちょう……」
こうしていると、少しだけ…隊長の温もりが、感じられる気がした…
このままいつまでも……
隊長の温もりを感じながら…この身が朽ちるまで………
………………
…………
……
いや、何をバカな事を考えているのだ、私は!
先ほど隊長にも言われたばかりではないか!
この世界を支えることを誇りに思え、と…
そうだ
この世界…華琳さまが完成せしめたこの大陸、この街の安寧の片棒を、私は支える栄誉を預かっているのだ…
強く……今よりも、強く…ならなければ……
私はくしゃくしゃになった隊長の手紙を、一度きちんと伸ばし、今一度目を通す。
そして、読み終えると、丁寧に折りたたみ、たんすの一番奥へとしまう。
私は……私は…………
私は……隊長のことを、忘れる…
隊長のことを想うと、私は、弱くなる……
それじゃ……ダメ、なんだ…
だから、隊長のことを、忘れる…
隊長に笑われないように、隊長を忘れる……
隊長にまた会えたら、三人で笑って迎えようという約束を守るために
私は隊長を、忘れ……るん、だ…
その日から私は、心を鬼にして、任務にあたった。
目指すは、華琳さまの治世に巣食う犯罪を、根絶すること。
遠く離れたところにいる隊長にも分かるくらい、この街を安寧せしめてみせる…
そのためならば……私は、手段すら、選ばない……
「楽進隊長!ひったくり犯が、あちらの路地へ逃げました!!」
「分かったっ!お前は、四人ほど引き連れ、このまま犯人を追え!残りの者は、私について来い。先回りする!」
「「了解!」」
「あ、あの、隊長……あちらの方が、道に迷われているそうなんですが…」
「まずはひったくり犯の確保が優先だ!」
「は、はぁ……」
「隊長!あちらの店で、大人数でのケンカが起こっているそうですが……」
「そうか…全員で鎮圧に行くぞ!!」
「「了解!」」
「お前は、二つ向こうの町までの警備隊に、応援を要請して来い!」
「ふ、二つ向こうの町まで、ですか…?それは少し多すぎるのでは……」
「念のためだ!隊長命令だぞ、早くしろっ!!」
「は、ははっ!」
………………
…………
……
私は、大車輪の如く働いた。
隊長や沙和、真桜が警備隊にいたときは、二人ずつ半分に分けて行っていた巡回も、私一人が一日を掛けて全域を回っている。
そして、目に見える犯罪を、片っ端から鎮めていく……
それによって、私はこの平和を支えている実感を得ているのだ…
隊長のことは、頭をちらつきこそすれど、大事にはならない。
心にどこか、穴があいた感覚もあるが、それすら心地よく感じる…
仕事が忙しくなる一方で、沙和や真桜とは、最近会えていない…
沙和は、元々北郷隊の業務の一つであった新兵の育成を、独立・専門特化させ、その頭を任されている。
真桜は、呉の方で新たに力を入れることとなった『工業』に、工兵としての腕を買われて、技術支援で出払っている。
私も、警備隊隊長として多忙で、とても簡単時間を取れるわけではない。
真桜には、もうかなりの間会っていないし、沙和とも、たまに領内ですれ違う程度…
だがこれも、この平和を守るため……
また三人で、笑って隊長に会うために、必要なことなんだ……
私は自分にそう言い聞かせ、心を奮い立たせた…
「………以上です」
私は秋蘭からの報告を受ける。
今は玉座の間にて、秋蘭や桂花が各部門から定時の報告を読み上げる、簡単な軍議を最中だ。
その報告の中の一つに、私は得もいわれぬ引っ掛かりを感じた。
「秋蘭?警備隊からの報告だけれど……」
「……はっ」
その返事で、秋蘭もおかしいと思っていることが分かる。
これはいったい……?
「犯罪件数が、ずいぶんと増えているわね?検挙率自体が下がっているわけではないから、警備隊に落ち度があるわけではないのかしら」
「いえ……それがどうも、凪個人に、問題があるらしく…」
「凪に?」
凪は真面目で、仕事も良くこなす、優秀な将のはず…
最近は直接会ってはいないものの、警備隊の隊長に就任してしばらくは、一刀のときと比べても遜色ない成果を挙げていた。
その凪に、問題が?
「はっ…凪は、自分が発見した事件に対し全力をあげるあまり、他の町の警備隊をも、一つの事件に集めてしまっているようでして……」
「……はぁ?」
「ですので、警備隊が駆り出されてしまった町内で犯罪が起こりやすくなっている、という現状のようです…」
「…それを、責任者の凪は、何とも思っていないわけ?」
「気付いてはいる、と思うのですが…打開策が見出せてはいないようです」
「何てことなの……」
あの凪が?
どうしてこんな事に…
「華琳さま、よろしいでしょうか?」
「どうしたの、桂花?」
少し考え込んでいた私に、桂花が控えめに発言の許可を求めた。
「はい。領内に放っていた斥候からの報告で、先ほど華琳さまに申し上げていない項目がありまして……」
他国との戦争がなくなった今、他国に斥候を放つ意味がなくなった。
万が一のために国境付近(北方も含む)に斥候を放っても、なお斥候が余ってしまった。
そこで、国内に斥候を放ち、盗賊や反乱の早期発見は勿論のこと、
街道や堤防の問題点、また民の意識調査、あるいは部隊の働き具合などを調査させ、広く治世に役立てることにした。
もちろん、上がってくる報告は細部に渡り、それを逐一私の耳に入れていては埒が明かないので、その情報の取捨は桂花に一任してある。
その桂花が、一度捨てた報告、ということかしら…
「言ってごらんなさい、桂花」
「はっ…実は、複数の斥候から報告が上がってきてはいたのですが…あまりに些細なことでしたので、華琳さまのお耳に入れるべきではないと……」
「前置きはいいわ。早く要点を言いなさい」
「はっ!申し訳ありません……それが、民からの声の中で、最近警備隊が冷たくなった、と言う声がいくつか上がってる、という主旨の報告です」
「…冷たく?」
警備隊が冷たくなった、とはどういうことなのかしら…
「はい。以前は迷い人の道案内、お年寄りの荷物持ちから落し物の探索など、細かなことに至るまで、警備隊は率先して行っていたそうなのです」
「なるほど、それで?」
「それが最近は、そういうことには、あまり積極的に協力してくれなくなった、という声が多数寄せられているそうです」
一刀がやりそうなことだわ。
だけど、これらは警備隊の本来の任務ではない。
これらがなくなったからといって、警備隊本来の任務をちゃんとこなしていれば、何の問題もない。
桂花が報告をあげなかったのも、間違いではない。
だが……
「以前はそれらもこなしながら、非常に良い水準を保てていたのだが…」
「現状は、それらの雑務をしないばかりか、犯罪件数も増加してしまっている…」
そして、民もこちらの予想以上に、それらを警備隊に求めている。
が、最近の警備隊はそれに応えてくれない……
「これは……由々しき事態ね…」
どうしてかは分からないが、凪が上手く隊を運営できていないことは明白だ。
これは、私の任命責任も問われる事態ね……
「凪がこうなってしまった理由…あるいは、凪を隊長から降格させるなどの打開策を、今打ち出せるかしら、秋蘭、桂花?」
ともかく、現状のままでは不味い。
何とかしなくては…
「華琳さま……」
おずおずと声を出すのは秋蘭。
「秋蘭。何か妙案が?」
「いえ……凪がおかしくなってしまった原因ですが…恐らく、私のせいではないかと思います」
「秋蘭の?…どういういことかしら?」
「はっ………実は先日、凪に北郷からの手紙を渡しまして……」
「一刀からの……?」
「凪がこうなってしまった時期と、私が手紙を渡した時期が、だいたい一致をします」
「なるほど…」
そういうことか…
一刀の手紙を読んで、真面目一直線の凪は周りが見えなくなっている、といった所なのでしょう。
まったく一刀ってば、いなくなって尚、私たちに迷惑を掛けるんだから……
しかし……これは、本当に参るわね…
単に一刀が原因なら、何とかして復活してもらわないと…
凪ほどの優秀な将の代わりなど、どこにもいないのだから……
そして何より、同じ男を想う女として、放っておけるわけはない…
「秋蘭には、少しお仕置きをしなくてはならないわね…」
「はっ…如何様な処分も…」
「それは後で考えるとして…どうしようかしらね…」
「華琳さま!私に一計があります」
「桂花、言ってごらんなさい」
「はっ……こちらとこちらの報告を合わせて、対策を講じるべきかと…」
…確かに、これらも魏の重大な懸念事項だ。
早急な対応が求められる…そして、凪の件とあわせれば……
「分かったわ、この線で進めましょう。秋蘭は日程の調整を、桂花は内容を詰めて私に急ぎ提出しなさい。上手くいったらご褒美を考えましょう」
「「は、はい!!」」
桂花が喜び勇んで働いたことは、語るまでもない。
そして吉日
計略(?)は実行に移された。
ある日、私は華琳さまに玉座の間に呼び出されていた。
恐らく、最近の警備に関することだろう。
最近、犯罪はなくなるどころか、増加の一途を辿っていた……
華琳さまから直接お叱りを受けるのか…あるいは、隊長の任を解かれるのか…
どうなるかは分からないが、何らかの処分が下ることは、ほぼ間違いないだろう。
玉座の間の前にまで来た私は、重々しい扉を、恐る恐るノックする。
「華琳さま……楽進、参りました!」
「入りなさい、凪」
「失礼します…!」
扉を開けると、正面の玉座には華琳さまが。
その脇には、控えるように秋蘭さまがいた。
「凪…何故私が凪を呼んだか、分かるわよね?」
「はっ……いかような処分も…」
「結構。…ならば凪、あなたに暇を与えるわ」
華琳さまからの、宣告…
暇を与える、ということは……
「それは……罷免、ということでしょうか…」
「違うわ。休暇をあげる、と言っているの」
「休暇……ですか?しかし、自分は…っ」
「別に褒美と言うわけではないわ。これは命令よ。しばらく休みなさい、凪」
「は、はぁ……」
一体どういうことなのだろうか?
私は、疲れていると思われているのだろうか…
「凪。最近のあなたの行動については、報告を受けているわ」
「――っ…」
「その原因は…私たちは、心の病だと思っているわ…」
「け、決してそのようなことは…!」
「あなたの休暇中は、秋蘭が代わりを務めるから、安心して英気を養ってきなさい」
「…秋蘭さまが?」
何故、お忙しい秋蘭さまがわざわざ…?
「あぁ…お前がおかしくなったのは、私が北郷の手紙を渡してしまったのが原因だろうと言うことになってな……これはその罰さ」
「そ、そんなっ!そんな、ことは……」
「なぁに、軍務などの合い間に何とか、と言う形になろうが、手を抜くつもりはないから安心しろ。お前は、ゆっくりと休むがいい」
「は、はぁ……」
秋蘭さまにまでこう言われては、是非もない…
「休みの間は基本的に自由だけど、条件が一つだけあるわ。私が指示した者たちと、休みを過ごしてもらうわ」
「?…それはどういう……」
ゴンゴン
「来たわね。入りなさい」
「失礼しま~す」
「…失礼しますー」
「お、お前たち…」
振り返り入り口を見ると、そこには沙和と真桜がいた。
久しぶりに見るその顔に、いつもの二人の元気はなかった…
「凪。沙和と真桜にも同じように休暇を与えたわ。三人でゆっくりと、里帰りでもしてきなさい」
華琳さまの言葉に従い、私たちは故郷付近で、休暇を過ごすことにした。
許から私たちの故郷がある一帯までは、馬を使えば一日も掛からずに行ける。
恐らく、夕刻前までには着けるだろう。
道中、私たちは、最近どうしてるこうしてる。こんなことがあった。と言う風に話が弾んだ。
が、いつ頃からか、誰からともなく三人とも口をつぐんでしまった。
そのせいで無言のまま、開封に到着した。
門をくぐると、自分たちがいたときより復興・発展していた。
だが、やはりどこか懐かしい雰囲気を持っている…
私たちは感慨深げに、ほぅ…、とため息を漏らした。
そして今度も、誰からともなく、喋り始めた…
「……懐かしいなぁ~」
「あぁ……」
「三人で来たのは、あの黄巾党に襲われたとき以来なの」
「せやったな~……あのときは秋蘭さまと季衣と一緒に篭城して…」
「そして、華琳さまや春蘭様たちの援軍に、助けられたんだったよな」
「…そして、沙和たちはここで……初めて隊長に、出会った」
「「「…………」」」
そう……ここは、私たち三人と隊長が、初めて出会った……場所
あのとき、華琳さまが私たちを、隊長の部下にして下さらなかったらと思うと……
今はもう、そんなことは想像すら出来ない…
「いやぁ~実はな、ウチはその前に華琳さまと隊長に会うてんねん」
「え~!どこどこ、どこでなの~?」
「いやほら、ウチら三人で陳留にカゴ売りに行ったやんか。そのときにウチのカゴ買うてくれたんがなんと、華琳さまと隊長やねん!」
「そう言えば、そんな話を聞いたことがあるかもしれない…」
隊長が絡繰を壊したとかいう、オマケ話つきで……
「そうそう、そのとき沙和のカゴを買ってくれたのが、実は春蘭さまなの~!」
「私は、秋蘭さまにカゴを一つ売ったな」
「なんやなんや、二人も将軍らにカゴ売ってたんかい。縁っちゅーのはあるんやなー」
「とっても不思議なの~」
本当に、三人が三人、そのときは知りもせず、華琳さまたちにカゴを売っていたのだから、何とも不思議な縁だ。
運命と言うのを、信じたくなる出来事だ。
「そういえばあの時、誰が一番カゴを売るかで、勝負してたよな?」
「そういや……そやったな」
「えっと…結果は、どうなったんだっけ~?」
「……私がカゴを全部売ったのに、二人は一つずつしか売れずに、負けが二人じゃ勝負にならんやろ!なの~!、とか言って、勝負をうやむやにしたじゃないか……」
「あは、あはは~……せ、せやったっけ?」
「あは、あはは~……お、覚えてないの~」
「まったく…」
「ふふっ」
「「「…はは、あははははは!!!」」」
私たちはお互いに顔を合わせ、大声で笑った。
こんなに心の底から笑ったのは、一体いつ振りだろうか……
そうだ
私たちは三人揃えば、こんなにも楽しく、笑顔でいられたんだよな……
思い出話に花を咲かせながら、この日はここで宿をとることにした……
夜…
宿の窓から夜空を見ながら、私たち三人は杯を傾けた。
折りしも、空は雲ひとつない満月だった。
「んっ…んっ…ぷはぁ~~!やっぱ月を見ながらの酒っちゅーのは最高やなっ!!」
「真桜ちゃん、何だかオヤジみたいなの…」
「ふふっ、そうだな…」
「ぶっ!…ってなんや凪まで…まん丸お月さん!美味しい酒!そして可愛い女の子!!これだけ揃えば、言うことなしやんっ!」
「やっぱり、オヤジさんなの……」
「…………(コクコクッ)」
「そんな~~……姐さんは分かってくれるのにぃ~~……」
冗談で泣く(本気じゃないよな…)真桜を見て、私と沙和が笑う。
こんな美味しいお酒を……こんな穏やかな夜を、私はいつから忘れてしまったのか……
私に余裕がなかったから?
それとも、私自身、楽しもうという気がなかったのか……
そんな穏やかな空気の中、沙和がふと、口を開いた。
「あのね……沙和この前、隊長からの手紙を、秋蘭さまから、受け取ったの…」
「――っ!」
沙和も、既に受け取っていたのか……
「それでね、隊長の手紙を読んで…沙和、嬉しくて、辛くて…寂しくて……」
「沙和……」
「それでね、お仕事も手につかなくて……視察に来てた春蘭さまに、叱られちゃったの…」
沙和も……沙和も、一緒だったんだ…
こんな気持ちになったのは、私だけでは……なかったんだ…
「いや、あはは…実はウチも姐さんに、わざわざ呉の方まで隊長の手紙を届けてもらって、受けとったんよ…」
「真桜も…」
「でなぁ~…ウチ、やっぱああいうのアカンねん…夜中に大声で喚き散らしてもうてな?で、何事かと明命が飛んできてん。もう訳分からなくなって明命抱きしめて、また泣いてん……さすがに明命も困ってもうてたな…ははっ」
「真桜ちゃん……」
「で、ボーっとしながら仕事しとったら……炉を一つ、爆発させてもうてな?さすがの雪蓮さまも怒りを通り越して呆れてしまわれたらしくてなぁ…華琳さまに、真桜をどうにかしてくれ~ってのと、炉の請求書を持った使者が行ったらしいんよ…」
「「…………」」
ま、真桜も…大変だったんだな……
「だから、沙和も真桜ちゃんも、凪ちゃんの気持ちは…痛いほどに、分かるの…」
「えっ…!?」
それって、どういう……
「ウチらは玉座の間に行く前に、桂花から凪の事情を聞いたんよ…」
「――!」
「凪ちゃんが隊長からの手紙を受け取ってから、様子がおかしくなったって…」
「そ、それは……」
「ちょうどウチらも同じ頃に手紙をもろて、精神的な安定を崩してたっちゅーことで」
「三人に静養させようって、華琳さまの提案らしいの」
「そう、なのか……」
華琳さまが……
「それで、いったい凪、どないしたんや?」
「桂花さまの話だと、お仕事、あんまり上手くいってないって聞いたの」
「そ、それは……」
「隊長の手紙は、どないな風に書いてあったん?」
「手紙は……隊長のお優しい心が現れ、私を気遣ってくれた、素晴らしい手紙だった」
「それはウチらもそうやったし、多分、他のみんなのもそうやろうな」
「…それで?」
「隊長は、この世を、華琳さまの治世を支えられることを、誇りに思えと……」
「「…………」」
「だから私は、華琳さまの治世を汚す犯罪を、街から駆逐しようとした…」
「「…………」」
「そのために私は、隊長の分まで私が働き、街の治安を守っていくと決めた。……例えこの身を鬼にやつしても!」
そう…私は、決めたんだ…
「だから私は、強くならなければならなかった!今よりももっと…もっと、強く!!」
「「…………」」
「だから私は、泣くのを止めた……三人の誓いを、守るために…」
「「……」」
「だから私は、隊長を……隊長を、忘れようと……」
「――凪ちゃんのばかっ!」
「っ!」
「凪ちゃんがそんな風になって、隊長が喜ぶと思ってるの!?」
「……しかし、私は…」
私は、強く、ならねば……
「凪。隊長の手紙に……そない風に隊長は凪に『強くなれ。凪が鬼になってまで、治安を守れ』とでも言うてたんか?隊長の手紙を、よう思い出してみぃ」
「隊長の、手紙……」
隊長の手紙……
なんて……なんて書いてあったっけ…?
思い出せ…思い出せ、私……
『――その世界を支え、そこで過ごせることを、誇りに思って欲しい』
『警邏を通じて学んだこと、感じたことは、新しい世界で必ず役に立つはずだ――』
『凪は少し頑張り過ぎてしまうところがあるから、肩の力を抜いて、周りを良く見て仕事をすれば――』
「あぁ……あああぁぁぁ……っ………!!」
なんて、ことだ……
隊長は初めから、仰っていたでは、ないか……
隊長と共に学んだことを…役立てろと
肩の力を抜き、周りを見ろ……と…
「隊長っ……隊長は!!…あぁ……私は!なんて……なんて、ことをっ」
「な?隊長は、絶対にそんなこと言うはずがない。もっと大事なことを、ちゃんと凪に伝えてたはずや…」
「それにね、凪ちゃんは、もう充分強いの……ただ、普通の女の子と一緒で、弱いところも持ってるだけなの…」
「だっ、だから、私は…隊長を、忘れて…」
「だぁほ!まだ分からんのか、凪」
「…えっ?」
「凪…弱くてええねん、忘れんでもええねん……」
「しかし、それでは……」
それでは…私は泣いてしまう……
辛くて、泣いて、しまうよ………
「あのね凪ちゃん。凪ちゃんは、勘違いしてるの」
「勘、違い…?」
「うん。確かにあのとき三人で、ここでいっぱい泣いて、隊長を笑顔で迎えよう、って約束したの。でもね、別に隊長に会うまで泣いちゃダメだって、誰も言ってないの」
「え……え……っ?」
「辛かったらね、泣いたっていいんだよ…」
「沙和……」
「一人で泣くんが辛いなら、近くに沙和がおるし、ちょっと遠いけど、ウチだっておる。ちったぁ頼りぃよ」
「真桜……」
「寂しいからって…辛いからって、隊長のこと忘れようなんて…隊長が許しても、ウチらが絶対に許さへんで!」
「一人で抱えるのが辛いなら、三人で辛さを分け合おう?一人じゃ潰れちゃうほど辛くても、三人で共有しあえば、きっと頑張れるはずなの!」
『いつまでもみんなで仲良く、特に凪・沙和・真桜の三人で仲良く過ごしてくれ。
三人一緒なら、どんな困難も絶対に乗り越えられるはずだ』
そうだ…そうだっ!
三人で、困難を……乗り越えろ、と…っ
「隊長も、そう……仰って、いた…」
「せやろ?や~っと気付いたか」
「だから、ここでもう一回、約束のし直しなの!」
「約束の、し直し?」
どういう、こと?
「約束その一!隊長が帰ってきたら、三人笑顔で迎えること!」
「約束その二!隊長のことで悲しくなったり辛くなったりしたら、思いっきり泣くこと!」
「約束その三!もし、一人で泣くんが辛いなら、我慢せんと誰かを頼ること!」
「もちろん、凪ちゃんだったら、沙和とか真桜ちゃんを頼ってほしいの!沙和も真桜ちゃんも、辛かったら凪ちゃんを頼るから、ねっ?」
「せや……ウチかて、一人で泣くんは……やっぱり、辛いから、な……」
沙和……真桜……
「分かった…もう、一人で溜め込んだり、しない」
「せや!それでこそ凪や!」
「だったら、もう一度、やり直しなの!」
「…やり直し?」
「うん。三人で、今持ってる辛いの、全部出しちゃお?」
「せやな…ここからまた、ウチらの始まりや…」
「あぁ…そうだな……」
その夜は、三人でひとしきり泣きあった。
私の心に開いた穴も…次第に埋まっていった…
穴が埋まった心は、たまにちくりと痛むけれど
これが、生きている痛み…
これこそが、隊長を想う、痛みなんだ……
この痛みを受け入れよう
私は、弱い
けど、その弱さから逃げない私は、何よりも強いのだと、気付いたから…
それを気付かせてくれた友が、私にはいるから……
華琳さまのご厚意に預かり、私たちは数日、故郷でのんびりしてきた。
許に帰った私たちは、華琳さまのもとに着到の報告に出向いた。
「華琳さま、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、凪、沙和、真桜」
「「「はっ!」」」
「さぁ三人とも、顔を上げて……その顔を、私に見せてちょうだい」
そう言って私たちの前まで来られた華琳さまは、私たちの顔を一人一人、眺めていく。
「うん。三人とも、行く前より良い顔になっているわねっ」
「華琳さま……」
華琳さまには、全てお見通しなのだろうな……
「一刀のことに関しては、三人とも良い決着をつけたようね。ならば、今度は仕事をしっかりとしてもらいましょう。凪、沙和、真桜…期待しているわよ?」
「「「はっ!!!」」」
玉座の間から出て行く三人。
本当に三人とも、良い顔になっていたわね。
でも、三人で一人前のようじゃ、まだまだよ?三人とも……
ったく…私だけじゃなく、あんな可愛い部下まで、困らせているのよ…
分かってるの、一刀?
「早く…帰ってきなさいよ……ばかっ」
翌日、私は呉に帰る真桜を見送ると、業務開始前に、北郷隊員を全て集めた。
私は彼らに、しなければならないことがある……
「本当に、申し訳なかった!」
私は深々と頭を下げる。
突然のことに、隊員はざわめきを隠せない。
「昨今の私は、間違っていた……目の前の犯罪に固執するあまり、お前たちの諫言を蔑ろにし…そして民をも、蔑ろにしていた……」
「「「…………」」」
「こんなダメな隊長で申し訳ないが、今一度、心を入れ替えて仕事に当たろうと思う。だから、私に力を貸してほしい……っ!」
もう一度、私は隊員たちに頭を下げる…
………………
…………
……
「…何言ってるんですか、楽進隊長!」
「えっ!?」
「わざわざ頼まれなくたって、俺たちは隊長の力になりますって」
「そりゃ…最近の隊長は少しおかしかったけど……俺たちは全員、隊長のことを尊敬しています!」
「どこまでだって、ついて行きますよ!」
「「「そうだそうだ!!」」」
「お、お前たち……」
隊長……隊長の、仰ったとおりでした…
周りを見れば、こんなに私は、恵まれていたんですね……
「……よしっ!では今日の業務を開始する!総員、駆け足!!」
「「「はっ!!!」」」
隊長……私、隊長の仰ったような、真の意味で、これから頑張ります…
ですから…ですから、隊長……
どうか…どうか早く、私たちのところへ、帰ってきてくださいねっ!
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だいぶ経ちますが、みなさん、恋姫†まつりお疲れ様でした!
拙作に沢山のご支援・ご声援、本当にありがとうございました!
この場を借りて、御礼申し上げます。
自分は『恋姫†無双』という物語は、無限の可能性を秘めていると思っています。
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