「こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」
――『はじまりの街』“ソロプレイヤー”βテスト経験者キリト――
空を埋め尽くすシステムメッセージ。
その光景に周囲のざわめきは収束する。
ようやく運営のアナウンスが始まる…この馬鹿げたバグに対する回答が得られる。
そんな期待が広場を埋め尽くす。
しかし、続いて起こった現象は、まったく予期せぬものだった。
(何だ…アレは…)
空に広がるシステムメッセージの中心が雫のように垂れ下がり、その形を変える。
出現したのは巨大な人。
しかも、あるべき顔も無く、真っ赤なローブだけが宙に浮いているのは、甚だ気味が悪い。
周囲のプレイヤーの囁きが聞こえる。
「あれってGM?」
「何で顔が無いの?」
(アレがGMだと…?趣味がワリィってレベルじゃねぇぞ)
まったくもって理解できない趣味だ。
そんな感想を俺が思い浮かべる中、趣味の悪いローブからよく通る男の声が響いた。
『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』
カヤバアキヒコ
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
(茅場晶彦…このゲームのデザイナーか!)
パイからの依頼を受けて、SAO正式版をプレイするまでの2週間。
それなりにこのゲームについては調べた。
茅場晶彦。
弱小ゲーム開発会社だった《アーガス》を最大手になるまで成長させた若き天才ゲームデザイナー。
そして《ナーヴギア》の基礎設計も行った量子物理学者でもある。
しかし、この人物の対外的な露出は極端に少なく、βテストでも姿を見せていなかったハズ。
そんな人物が一体…?
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
(待て、待て、待て…)
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることは出来ない』
『……また、外部の人間による、ナーヴァギアの停止、あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合―――』
(コイツは一体何を…)
『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
その言葉に、俺は、ナーヴギアの原理が電子レンジであることを思い出した。
そして、高出力の電磁波を発生させるに十分なバッテリーセルを搭載していることも。
(悪趣味な電子レンジで脳みそが焼けて死ぬのかよ…)
思わず、『こんがり焼けました~♪』と言う某BGMが聞こえた気がした。
そんなバカな考えが脳裏を過る。
そんな俺をほっといて、まだまだ茅場の説明は続いている。
曰く、警告を無視して強制解除を試みて213人が死亡したと言うこと。
曰く、現実の肉体は病院や関連施設へ運ばれ介護されるので心配無用と言うこと。
曰く、ゲーム内でHPが0になった瞬間本当に死ぬと言うこと。
曰く、ゲームクリアの条件は第百層の最終ボスを倒すと言うこと。
曰く、ゲームクリアした時点で生き残りは安全にログアウト出来ると言うこと。
その説明に、どこからか叫び声が上がる。
「クリア……第百層だとぉ!?」
「で、できるわきゃねぇだろうが!!ベータじゃろくに上れなかったって聞いたぞ!!」
その言葉に周囲は低いどよめきで覆われる。
そんな声を無視したように、茅場は告げる。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』
その言葉に俺は、メインメニューを呼び出した。
周囲のプレイヤーも一斉にアクションを起こしメニューを開いている。
アイテム欄を表示。
所持品に見慣れないアイテムが2つ。
《手鏡》と《*@%鍵》
片方のアイテムは文字化けしたのか意味不明な記号の羅列なっている。
かろうじて鍵だけ読めるがそれだけでは謎だ。
この文字化けアイテムを選択したが何も起きない。
オブジェクト化も不可能らしい。
仕方ないので《手鏡》の方を選択。
こちらは何の問題も無くオブジェクト化されて手元に現れる。
映っているのは、ゲーム開始時に作ったハセヲの顔だ。
(一体何が…って!?うぉ!?)
突然視界が真っ白になる。
しかし、それもほんの数秒で元に戻る。
意味不明な現象に首を傾げながら周囲を見ると、
(……どーなってんだ?)
辺りのキャラクターが一変していた。
具体的に言えば男女比が大きく変わり、顔ぶれも現実世界と変わりない位平凡な者が多くなっている。
その瞬間、俺はもう一度手元の鏡を覗き込んで息を呑む。
そこに映るのは、ゲームのハセヲの顔ではなく、リアルの三崎亮の顔。
ウェイブ
しかも、何故か『The World 』の呪紋が両目の上に刻まれている。
丁度、練装士の1stフォーム時のように。
(どうしてコレが…)
考えられる原因はやはりこの『SAO』に『The World 』のブラックボックスが使われていると言うことだろうか。
だが、それではいくつか疑問が残る。
(『The World 』のデータが…?だけどこのPCには碑文の因子は無い……あー!もうワケわかんねぇ)
考えても、現状では答えは出ない。
情報が少なすぎるし、仮にそれがあったとしても俺にはどうすることも出来ないだろう。
この世界に『The World 』のギルド《レイヴン》は無い。
管理者に知り合いも居ないからな。
どうしようもない。
『諸君は今、なぜ、と思っているのだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴァギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と』
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由を持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた。』
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君の―――健闘を祈る』
その言葉を残し、真紅の巨大なローブは上空に消え、システムメッセージもまた消滅した。
残るのはルールの変わったゲームの世界だけ。
その直後、広場に残されたプレイヤーの絶叫が響く
「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」
「ふざけるなよ!出せ!ここから出せよ!」
「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」
「嫌ぁぁ!帰して!ここから帰してよぉぉぉ!」
悲鳴。怒声。絶叫。罵声。懇願。咆哮。
ありとあらゆる叫びが場を埋め尽くす中、俺はさっきの茅場の言葉を思い出していた。
(茅場晶彦は……似ている気がする。あのハロルド・ヒューイックの亡霊に)
かつて、『The World 』で遭遇したハロルドの残留思念。
その思念の純粋な狂気、それに似たモノを茅場からから感じた。
言うなれば、強烈な憧憬。
手の届かないものを渇望している。
だからこそ、
(ヤツの言葉は真実。……このゲームをクリアーしない限り開放も無い)
【死ぬ】という脅しも真実だろう。
ゲームで生死にかかわる事態を経験したからこそ分かる。
となると、今後必要なのは、この世界をクリアーする為の知識。
敵の情報、装備の情報、ありとあらゆる情報が必要だ。
それに、何故俺のPCに『The World 』のデータが上書きされたのかも調べなければならない。
最悪、AIDA事件のようなことがまた発生する可能性もある。
(ったく……パイのヤツ、これを予見してて言わなかったんなら悪趣味すぎるぞ)
今頃、大いに慌てているであろうパイを思い浮かべて、溜息。
(さて……仕方ねぇし。やるかな)
ふと、見上げた空は、夜の帳を降ろそうとし始めていた。
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開始したデスゲームに巻き込まれたハセヲ。
彼の運命やいかに。
注意*この小説には作者設定、時系列改変、キャラ崩壊、その他諸々が含まれます。
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