No.551052

恋姫異聞録164 番外編【弓の女王】前編

絶影さん

遅くなりました。ごめんなさい

なにやら最近色々やること増えてしまいまして
そうそう、ソーシャルゲーム会社の方からお仕事の依頼来ましたが断りました。御免なさい

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2013-03-03 23:33:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6673   閲覧ユーザー数:4981

 

 

華陀が武都へ、蜀の領土へと向かい、暫く過ぎた時の事だ

この日、魏の領土である新城には最後の決戦に備え、魏の全土から兵が集結していた

果ては幽州から、近くは帝が住まわす地である司隷まで志願兵や義勇兵が集い始めていた

 

軍師たちもあまりにも多くの人間が予想外に集まり始めた為、自発的に集まってきた者達が

開戦の日まで落ち着ける場所を用意しようと走り回っていた

 

「ケイちゃん、どうすんの?近くに空城なんかあったっけ?」

 

「うっさい、ケイちゃんって呼ばないでっ!アンタの方が詳しいでしょう、定軍山の近くにもあるし、休めるなら何処だって良いわよ」

 

城壁の上、城内に入りきれない大勢の兵を見て頭を抱える桂花の隣で、鳳が衣嚢(ポケット)に手を突っ込んで、小銭を鳴らす

此方の戦力が期せずして強化される事は願っても居ないことだが、これだけの数が一気に集まってしまうと、どう纏めて良いのか悩んでしまう

志願兵はまだしも、義勇兵は、それぞれに自分達の思いをもって此処に来ているわけで、彼らの思いに反する事があれば直ぐに居なくなってしまう

最も、華琳の思いに共感した者達の集まりで在るから、裏切りをしたり急に戦線を離脱なんて言う事は無いだろう

 

だから、最も危惧すべきことは集まった兵達が争いを始めることだ。いくら同じ思いとは言え、互いに見も知らぬ者同士

思いや理想もどうしてもズレが出来る。しかも、戦に馳せ参じてきたのだから、皆一様にして気性が荒い

 

だとすれば、結果は決まっているようなものだ

 

此処に、昭が来て舞でも舞えば幾らでも治まりが着くだろうし、華琳が皆の前で声でもでもかければ一斉に纏まるだろうが

戦が始まるまで毎日それをするのか?と言われれば出来るわけがない、結局はそれぞれに野営をしてもらうか休める場所を用意するしか無いのだが

 

「野営なんか駄目、戦は未だ先なんだから、士気が下がっちゃうしどこでもってわけにはいかないっしょ。商人達は儲けが増えるって大喜びだろうけどさ

早く指示しないと、めんどくさい事になっちゃうよ」

 

「はぁ・・・華琳様の御威光が強いものだと一目で理解できる光景なんだけど、頭がいたいわ。兵糧も計算しなおさなきゃ」

 

「あー、ほらほら喧嘩が始まった。とりあえず引き離しとくから、場所かんがえてねー」

 

戦になれば、皆は一塊になって強い意志と共に戦ってくれるだろう

まるで訓練を積み重ねた兵達と同じように、忠実に命に従い一糸乱れぬ戦いを勇猛に見せてくれるだろうが今はまだ早い

鳳が城壁を駆け下りる姿を見送りながら、なんでこんなに早いうちに来るのよと溜息を吐いて頭を抱えていた

 

「まあ、仕方が無いことでしょう。劉備がこの地に来たと、既に各地に話が伝わってしまっていますから」

 

「アンタが流したの稟?」

 

「いいえ、ですが予想はできますよ。敵の王が単身で乗り込んできたんですから、皆浮き足立つに決まっています」

 

皆が怯え、不安になり話が口伝えで広まったと言う稟に、桂花は不機嫌な顔をする。華琳様の兵や民はそんな臆病者ではないと

 

「其れが向こうの軍師の狙いの一つでしょうし、此方の統率を少しでも乱そうと考えているのでしょう」

 

「なによ、私たちの兵や民が恐れるって言うの劉備を」

 

「ええ、普通は考えられないでしょう、敵の王が単身で来るなんて。よほど自信があって華琳様を殺しに来たと勘ぐってしまいますよ」

 

「ふん、馬鹿だとしか思わないわ。殺されに来たって」

 

「私たちはそうです。ですが、華琳を敬うばかりに、失うのが怖いのですよ皆」

 

王を皆、心から愛しているから怖いのだ。不安になるのだと答えに桂花は少しだけ困ったような、呆れたような顔になる

桂花にとって、最も解りやすく馬鹿に出来無い解釈だからだ

 

「逆に、昭殿は馬鹿だと言う事にもなる」

 

「なんで急にアイツの話?」

 

「昭殿も同じでしょう?王と同列で在るというのに、一人で敵陣に潜入したり」

 

「アンタが考えた策じゃない。まあ、二つ返事で受けるアイツは確かに馬鹿だわ」

 

「ええ、劉備との戦は、昭殿との戦と考えた方が良い」

 

「じゃあ楽勝ね、私がアレに負けるわけないもの」

 

「フッ、確かにそうかもいれませんね」

 

隣で頭を悩ます同僚の言葉に、件の人物を思い出したのだろうか、軽く微笑み

城壁の上から喧嘩を李通と共に止めに行く鳳の姿を眼で追っていた

 

「・・・クックックッ、あははははっ」

 

「い、いきなり何よっ!」

 

「いえ、ついでに秋蘭様の事を思い出してしまいまして」

 

「アレを見ると、本当に春蘭と双子だと理解できるわ」

 

「そうでしょうね。周りに魅力的な方達が多いせいか、どうやら日に日に隠せなくなっているようですから」

 

思い出すのは夏侯邸での秋蘭の姿。普段、他の者達が屋敷に居る時は見せないような仕草を、此処の所はひと目もはばからず見せる

 

まるで少し前の春蘭のように

 

「まだか、何時まで待たせるつもりだ」

 

「もう少しだ」

 

「・・・少したったぞ」

 

「コレを読み終わったらな」

 

「いま、かまえ」

 

居間で背中に張り付き、竹簡を読む昭の背に顔を擦り付ける秋蘭

将達が屋敷に居るというのにも関わらず、娘と共に昭にくっついたまま離れない

 

「おとーさんは涼風のー」

 

「・・・」

 

「そうだよね、お母さん」

 

「・・・・・・・」

 

抱きつく娘の言葉に眉根を寄せる秋蘭の顔は、どう見ても娘の言葉を否定するもの

 

ダメだ、コレは私のモノだ。誰にも渡さん

 

そう言いたげに一度、昭の顔を見て自分の娘に嫉妬してどうすると顔をブンブンと振って、そうだなと笑と共に答えるが

昭の袖を引っ張る手は、その全てを否定していた

 

最後の決戦、そして【もう大丈夫だ】と言った昭の身体が消えると言現象が、再び起きるのでは無いかと不安になっているのだろう

流石の華琳も秋蘭の不安な表情に気を使い、閨に呼ぶなどは控え、代わりに春蘭を常に側に置いていた

春蘭は、秋蘭とは逆に心が強く強靭な柱となりつつあった。妹と弟の為に知恵をつけ、技を練磨し、己を玉へと磨きあげていた

その姿は正しく重鎮、魏武の大剣との呼び名に相応しい猛将へと変貌を遂げていた

 

「秋蘭が弱くなるほど春蘭が強く賢くなる。不思議な姉妹よね」

 

「フフッ、そうでもありませんよ。秋蘭様は強い。冷酷さとキレは、今の春蘭様でも勝てません」

 

「あの姿からは考えられないわね」

 

「戦で心が切り替われば、護る者の為、敵を虫けらのように踏み潰す。昭殿の冷酷さは秋蘭様から来ているのかもしれません」

 

「ふーん、私には戦でシッカリ働いてくれるなら何でも良いけど・・・あ~どうしたらいいのよ、この兵達」

 

必死に鳳が李通と共に警備兵を率いて収集を着けいていた時、突然現れた一団に兵たちがざわつき始めた

遠く許昌の方角から此方に向かってくるその一団は、旗も無く、声も上げず、武器すら持たず

皆一様に笑を浮かべて嬉しそうに、それぞれ沢山の手荷物を持って新城へと向かってきていた

 

「なにあれ、やめてよね、厄介事はゴメンよ」

 

「いえ・・・あれは、ある意味兵よりも強力な援軍ですよ」

 

大量の荷を積んだ馬車と微笑むその一団が、一体何者なのか気がついた鳳は、直ぐに李通と一団を護るように周りを囲んで城へと迎える

その一団とは、各地の兵の家族達。遠くから決戦の為にこの地に赴いた者達の親族達。中には、古くからつき従い、長く家族と会っていない者も居るだろう

稟の言う兵よりも強力な援軍とは、兵達の士気を増幅させる家族であった

 

「ふぅ、少しの間ならこれで持ちそうね」

 

「ええ、それにあの馬車に着けられた旗。あれが祖の名を付けられし猛将。秋蘭様と春蘭様の士気が更に上るやもしれません」

 

馬車に着けられた夏侯の旗に、稟は近くの兵に指示を飛ばし城壁から恭しく礼を取る

乱世にて同じ時に生まれたならば、共に戦場を駆けたかったと心から思う英傑に対して

 

「本当か!?華琳にも直ぐに伝えてくれ、美羽っ!美羽ーっ!!」

 

「そうか、では食事の用意をせねばな。手伝ってくれるか、涼風」

 

「はーい」

 

夏侯邸に稟の伝令が走り、指示された通り言伝を伝えれば、昭は嬉しそうに七乃と蔵で研究中の美羽を呼び

秋蘭は、何時もの物静かで落ち着いた雰囲気に切り替わり、娘を抱き上げて土間へと降りていった

 

 

 

 

昭から新たな指示を受けた兵は、宮へと走る。一体夏侯の旗が着いた馬車にはどれほどの人間が乗っているのだろうと疑問に思いながら

 

警備兵に囲まれ、迎え入れられた兵の家族達は、それぞれに抱き合い喜びの声を上げ、城壁の外に集まった者達の家族も勿論駆けつけ

同じように喜びを分かち合っていた。そんな中、夏侯の旗が着けられた馬車は、兵に誘導されるまま周りの家とは違う

和風の屋敷へと向い、開かれた門の前で停車した

 

「此処がそうか」

 

「あらあら、随分と変わった屋敷に住んでいるのね」

 

妙齢の夫婦だろうか男性と女性は、馬車から降りると周りとは違う屋敷を珍しそうに眺め、女性はニコニコと微笑んだままだが

男性の方は鼻を鳴らし、気難しい顔をしていた

 

「こんな馬小屋のような場所に住んでいるのか、まったく私の娘と孫を何だと思っている」

 

「そうかしら、過ごしやすそうな屋敷だと思いますけど」

 

「そんな事はない、門とて開けっ放しで賊が来たらどうする。あの男の馬鹿さ加減が知れると言うものだ」

 

「貴方が昭さんを嫌いなだけでしょう?まだ嫉妬なされているの?」

 

そんなことはないと、男性のほうが声を荒げた所で馬車の中にまだ人が居るのだろうか、中から馬車の扉を叩く音が聞こえると

それほど大きな音では無いと言うのに男性は飛び上がり、背筋を伸ばして馬の手綱を屋敷の中へと慌てて引いていく

クスクスと袖で口元を隠して上品に笑う女性は、静かに夫であろう男性の後を追って中へと入っていった

 

屋敷の中に入れば、直ぐに秋蘭が二人の姿に気が付き玄関から娘と共に出迎えた

 

「遠い所からようこそお出で下さいました。父上、母上」

 

「おお、我が娘よ。元気そうではないか、心配であったのだぞ華琳様に見初められ、身が滅ぶまでお仕えすると思って追ったから余計にな」

 

「まだそんなことを、いい加減にしてくださいな」

 

「おじーちゃーん」

 

「ああああ、何と可愛らしいのか我が孫は。本当に秋蘭の小さき頃を思い出させる」

 

相変わらずの調子に、妻の苦言が飛ぶが聞こえぬようで、初孫である涼風を抱き上げてトロトロに溶けて崩れ落ちそうな笑を浮かべる男性は

涼風を抱きしめ頬を何度も擦りつけていた

 

「ようこそ我らの屋敷に」

 

「あら、お久しぶりね。相変わらず落ち着いた雰囲気、曹騰様を思いださせるわ」

 

「・・・・・・」

 

身仕舞いを整え、華琳より与えられた深蒼の外套を纏い、美しく秋蘭と春蘭の父母に礼を取る昭

母である女性は、昭の美しい礼と雰囲気に頬に手を当ててため息を吐くが、夫である男性は眉根に皺をコレでもかと言うほど寄せて

孫を優しく放し、ズカズカと昭の前に立って手を差し出す

 

「未だ死んで無かったか、娘と孫を置いてさっさとクタバレこの碌でなし」

【久しぶりだね、娘も孫も元気そうだ。君に娘を託して良かったよ】

 

「変わらないジジイだ、アンタ何時まで子離れ出来ないんだ?とっとと出てけ、此処は俺の家だ」

【いいえ、貴方のような立派な義父を持てて幸せです。涼風も貴方に似たのでしょう】

 

互いに手を握る二人の額には血管が浮き上がり、ピクピクと口の端を歪ませる

 

「本音と建前が逆だ、二人共」

 

秋蘭の呆れた突っ込みと同時に互いの顔に拳が深くめり込み、口汚く罵り合いながら殴り合いが始まる

 

「いい加減に娘と別れろっ!貴様に渡す為に育てたわけじゃないっ!!華琳ちゃんに渡して、娘たちの園を作るんだっ!!!」

 

「腐れ親父っ!妄想も大概にしとけよ、テメエには現実見せてやんぞゴラァっ!!」

 

ボコボコと殴り合うが、力のない昭は直ぐに負かされ、ぐったりと地面に崩れ落ちた所で秋蘭の父は豪快に笑っていた

 

「貴様に夏侯の名は重いようだ、この私に勝てないようでは、我が一族には相応しくない。そうだろう?」

 

「うぅ・・・」

 

「さぁ、孫と娘を私に返すと言え。貴様には過ぎたモノだ」

 

胸ぐらを捕まれ、ぐったりとする昭は、弱々しく首を振る

だれが返すものか、自分の妻と子供をとられるものかと鋭く恐ろしい瞳を義父に向けて放ち睨みつけるが義父で在る男はそんな瞳など怖くもないと鼻で笑う

一緒になるとき、報告に行った時のまま変わらぬ二人に秋蘭は呆れ、母である女性は二人をみてニコニコと微笑んでいた

 

傷めつけられ身動きもできぬ昭に止めを刺そうと拳を振り上げた様子を見て、秋蘭がやれやれと止めに入ろうとした瞬間、辺に響く馬車の戸を叩く音

 

「ヒッ!!」

 

躯を陸に上げられた魚のように跳ね上げ、顔を真っ青するのは秋蘭の父は、ゆっくりとまるで錆びた歯車が軋みながら回るように首を回し

馬車の方に顔を向け、次に躯を回して背筋が鉄筋でも入ったかのように真っ直ぐにして、馬車の扉へとすすむ

 

「い、いいいいいいいま、いま!今!!お開けいたします母上様」

 

ゴクリと唾を飲み込み、どもりながら馬車の扉を恭しく開け放ち、すぐさま地面に頭を着ける秋蘭の父

昭は、と言えば、先ほど驚きと恐怖と緊張で跳ね上がった義父の手から放れ、地面に転がっていた

 

そんなボロボロの昭を抱き上げ、開けられる扉からゆっくり、足元を確かめながら降りてくる祖母に頭を下げる秋蘭

 

「おっきいおばーちゃんっ!!」

 

頭を下げる秋蘭の母の横を通り過ぎ、真っ直ぐ祖母に抱きつくのは涼風。

馬車から降りた秋蘭の祖母は、秋蘭と春蘭の髪を混ぜたような腰までかかる白髪交じりの黒髪で、背丈は二人と変わらぬほど

隠れた右目も左目と同じように白く濁り、光を失っていると解る。だが、顔には皺一つなくまるで若い少女のようで、眉目秀麗という言葉が

なんの躊躇いもなく口から出てしまうような美しさを高齢で在るというのに保っていた

 

「・・・うむ、涼風だな。大きゅうなった」

 

脚に抱きつく孫に、祖母である女性は腰を落として顔を指先で優しく何度も撫でるように触り、次に優しく大きく包みこむように抱きしめて頬をすり寄せる

 

「久しいな、元気にしておったか?」

 

「うん、元気だよ!」

 

「そうか、風邪などひいておらなんだか」

 

子供らしい大きな声で小気味よい返事をする孫を、祖母である女性は顔を柔らかく笑に変える

それはまるで、春蘭がうれしそうに微笑む顔そのままで、確かな血の繋がりを感じさせるモノであった

 

抱き上げた曾孫の背を手のひらで何度も撫で、次に光を失った眼の代わりに、涼風の頬や輪郭を撫でて成長を確認し

再び柔らかく微笑んで、優しく涼風を抱きしめていた

 

「お、遅くなって申し訳ございません。あの男が邪魔をしなければ、私は、屋敷に着き次第すぐに母上様を馬車から降ろして」

 

「言い訳など聞きたくはないな」

 

「は、はいっ!!」

 

滝のように汗が吹き出し、ガクガクと震える秋蘭の父は、頭を抱えて地面に蹲るように頭を下げていた

 

「あまり怖そうには見えないけど・・・」

 

いったいどれほど恐ろしいのだと、不思議そうな眼で祖母の姿を眼で追うのは、柱の影に隠れる雪蓮

蔵で美羽の研究を側で見ていた雪蓮は、話を聞きつけ直ぐに自分の部屋の戻り戸を少しだけ開けて様子を覗き見ていた

 

秋蘭の祖母は、杖を手に地面を探りながら涼風に手を引かれ、地面に倒れる昭の元へと歩く

杖の先が地面に倒れた昭の肩に当たると、彼女はゆっくり腰を下ろして地面に手を着き、少しずつ手探りで昭の躯を探す

 

「手伝わないのね」

 

明らかに光を失っているとその動作から解ったが、雪蓮は、彼女が光を失っている事よりも、周りの者達が誰も手を貸さない事を不思議に思っていた

手を貸すといっても涼風が昭の側に導くだけ、そこから先は、彼女が手探りで昭を探し、今、昭の肩を手で掴んで抱き寄せていた

 

「おお、おお、変わらずに・・・」

 

涼風の時と同じように背を何度も撫で、指先に当たる外套に刻まれた魏の一文字をなぞれば、美しく整った顔は少しだけ歪み

眉が下がって悲しそうな顔を見せる

 

「違うのか、違うのだな。戦場に立つか昭よ」

 

背を撫でる手は、昭の頬を包み込むように、そして刻まれた深い頬の傷が指先に触れた瞬間、悲しく下がり落ちた眉が釣り上がり

濁った白い瞳が細く細く、鋭く突き刺さるような鏃の形に変わり、光を失ったはずの瞳が戸の隙間から覗いていた雪蓮に突き刺さる

 

「これ・・・ゴメン、止めて美羽」

 

稲妻のような殺気が雪蓮の躯に突き刺さり、反応するように雪蓮の中の獣が笑を浮かべる

敵だ、アレは己の欲を満足させる武を持つ獣。自分と同類

 

誘われている、此方へ来いと。剣を合わせ楽しもうではないかと

 

普段なら自制も効くだろう。だが、発せられる祖母の殺気に引きずられる

まるで賊を何人も切り捨て高ぶっているかのように躯が火照り自分でも抑えられない

 

ほら、自分の広角が釣り上がるのが解る。瞳が戦の匂いで歪んで濁る。躯から滲み出る殺気が鼓動を加速させる

 

檻に閉じ込められた獣がアレをよこせ、あの餌を喰らわせろと牙を向き、猛る咆哮を天に向い放つ

 

「お嬢様は、今は動けません。ですから私が代わりに」

 

殺気を感じ取り反応する武人となった雪蓮が戸に手を掛け開け放とうとした瞬間

七乃が雪蓮の腰に腕を回して後ろへと、稲妻のような殺気の射線から戸の影へと引きずり込む

 

「あ、ありがと。悪かったわね」

 

「いいえ、ですがお嬢様の邪魔はなさらないでくださいね」

 

「あ・・・そうだったわね、改めて謝るわ」

 

「はい、では私達は、隣に移りましょう。今日は、雪蓮さんのお部屋をお借りしますね」

 

美羽の姿を見て、雪蓮は七乃の言葉を素直に聞き入れ隣の部屋へと、麩を開けて移った

 

「アレが我が孫を戦場に呼び寄せる悪鬼か」

 

「いいえ、孫呉の・・・いえ、我が娘の友人は、敵ではありませぬ」

 

「偽り無いか」

 

「ええ、私は貴女様に嘘を申しません」

 

「そうか、ならば信じよう」

 

義理の孫である昭の言葉に絶対の信頼を置いているのか、釣り上がった眉は下がり、口は柔らかな笑に変わる

まるで恋人を抱きしめるように、優しく愛情をもって抱きしめる様子に、隣の部屋で雪蓮の代わりに様子を伺う七乃は

話に聞いたとおりだと口元に手を当てて、表情を隠す。何故なら、それすら悟られてしまいそうな殺気を今も放っているからだ

 

「孫の夫を抱きしめると言うよりも、まるで想い人を抱きしめるようね」

 

「ええ、ムリもありませんよぅ。あの方は、夏侯嬰様は、曹騰様をお慕いしていたそうですから」

 

「それって本当なの?宦官の曹騰殿を慕っていたっていう話」

 

「はい、お嬢様がお兄さんの養子になる際に、家族の事を教えられましたから」

 

話では、美羽が昭の養子になる際にある程度の事情を話されたらしい

その事情とは、昭が秋蘭を妻に向かえると決まった後の話

 

 

 

 

昭の腕に傷が刻み込まれた騒動の後、結婚へと話が進んだが、この大陸の結婚はすべて父母の命、媒酌人の言によって決められる

子供が生まれた両親は早くから家格の釣り合う適切な結婚相手を探し始め、見つかればすぐに結婚の相談を申し出る

 

だが、秋蘭と春蘭は特別で、と言うよりも父の言からも解るように男へ嫁がせるつもりは毛頭なく

曹騰の孫で有る曹操、つまりは華琳に二人を預けるつもりであったのだ

 

しかし、その思惑は思い通りに進まず、それどころか秋蘭を見知らぬとは言えぬまでも、元々預ける相手であった人物とは

全く違う人物の、それも男の夫になると言う事に、そして何より子が既に生まれ勝手に婚姻を進めていることに秋蘭の父は不満しか無かった

 

だが、曹騰から申し入れられる婚約に無理に断ることも出来ず、年庚八字でも秋蘭と昭の相性の良さを見せられ

進められる婚約に微笑む妻の隣で何も言えずに押し黙るしか無かった

 

【・・・フンッ順序が逆おかしいであろうっ!既に子が居て、二人は結婚を済ませて居ると言う!私を馬鹿にしているのか!!】

 

【天の御使であるお相手の方は、此方の風習を知らないのですよ。占いで良い結果が出たというのに、未だ納得が行かないのですか?】

 

【天だかなんだか知らん、占いなど当てになるか、私は曹騰様に何も言えぬが、母上は違う。なにせ相手は曹騰様、上手くいくわけがない】

 

孫も娘も渡しはしない、ざまあみろとばかりに笑う秋蘭達の父親は、この婚姻がうまくいく理由がないと余裕の表情であったらしい

 

そんな父の思惑通り、年庚八字も無事に終わり、納礼の為に昭が聘礼(贈り物)の挨拶をするために夏侯家に向かった時に事件は起こった

聘礼の中身は両家の財力を象徴するものと見なされ、金銀財宝だけでなく、衣類装飾品、果物、茶葉など、多ければ多いほど

高級であればあるほどその格式は高まるのだが、昭は曹騰に息子として認められてはいたが結婚の為に出す財は、全て自分の財産を

差し出すような形であった

 

【曹騰様の息子ともあろうものが、この程度の聘礼か。とてもではないが、我が娘に相応しいとは思えぬ】

 

【申しわけ有りません】

 

【アナタ、昭さんは、自立して曹騰様の援助を受けず、これだけの聘礼をしてくれたのですよ】

 

今まで貯めた殆どの財を、全て【求】と記された箱に収め、父と母である二人の前に差し出した昭であったが

子供のようにそっぽを向いて、昭を見ようともしない秋蘭達の父

 

【既に華琳様からのお許しも頂いております】

 

【この娘もこう言っているのですよ】

 

諌めるように昭を擁護する妻と、その隣で生まれたばかりの涼風を抱く秋蘭の言葉に歯を噛み締める

実際、秋蘭の父は精一杯自制を効かせていた。娘に手を出されたどころか、子まで既におり

その報告を聴いたのは孫が生まれてから。何度、目の前の昭を殴り飛ばして八つ裂きにしてやると思ったことか

 

【優しいことだ、私の孫を思っての事だろう。それとも、私の娘を守れなかった事に責任を感じているのか。

父親が居なければ悲しむと思っているのだろう。だが、こんな順序もバラバラ礼も満足に取れぬ父など要らぬ】

 

【そんな事はないっ!】

 

【・・・春蘭、何か知っているのか?】

 

昭に言われ、何も真実を伝えていない春蘭は口を噤む。下手に口に出せば誰が聞いているのか分からない

昭になどではない、華琳へ預けられている二人が華琳が無理に下した命で子が出来たなどと周りに知れ渡れば

華琳の名を落とすどころか曹騰の名を落とす行為であると、昭は全てを己の責任として秋蘭の父と母に頭を下げていた

 

【な、何も知らない】

 

【ならば黙っていろ。お前も許せぬはずだろう、妹が穢されたのだから】

 

【アナタっ!】

 

穢されたと口にする夫を強い口調で諌める妻だが、何故か夫の様子が可怪しい

先程まで見下し、蔑み、鼻で笑うような様子であった夫の表情が凍りついていたからだ

 

そして、怯える夫の目線を追えば、頭を地に着ける昭の姿

何も先ほどと変わらない姿。だが、明らかに昭の躯からは明確な怒りと分厚い盾のような気迫が発せられていた

 

怒りが語る、気迫が語る

 

貴方の気持ちは痛いほど解る。自分の娘がそうであるならば、俺も同じような感情を持とう

だが、我が娘は、穢されて生まれて来たと言うのか、穢れた子だと言うのか、俺の子を侮辱するならば

 

頭を下げたままゆっくり握りしめられる拳に緊張が走る。気迫が殺気に変わる。顔が上がれば、獣のように襲いかかるだろう

 

【穢されてなど居ない。私は、望んで子を生んだ】

 

だが、顔は上げられず、母の隣から昭の隣へと移った秋蘭が昭の手を取れば、ピタリと尋常ではない殺気が止み

腰を抜かした秋蘭の父と母は、生唾を飲み込んでいた

 

【・・・ま、孫は確かに私の孫。穢されてなどとは口が過ぎた。許してくれ秋蘭】

 

流れ落ちる汗を拭いながら、それでも強情に首を横に振る秋蘭にだけ謝る父に、隣で同じく驚いていた母はクスクスと口元を抑えて小さく笑っていた

どう見ても強そうには見えない普通の男。だが、感じる気迫と殺気は、子を守り家族を養う父の覚悟がある

母は、そう見たのだろう。何を言ってもアナタの言うことなんか通用しません、二人が決めることですよと夫の背を慰めるように撫でていた

 

【しかしだな、いくら私が許したとしても】

 

【まだそんなことを】

 

そういって難しい顔をすれば、コツコツと何かを叩く小さな音が響く。それは、本当に小さく注意して聴きかねば聞き漏らしてしまうほどの小さな音

だが、秋蘭の父はそれを聞き漏らさず、飛び上がるように立ち上がり、昭の時とは違う、全く余裕のない表情で震えだした

 

【は、母上がお呼びだ】

 

【アナタ】

 

【大丈夫だ、私を呼んで居るのでは無いだろう。とりあえず、行ってくる】

 

部屋をでた秋蘭の父は、心配する母に送り出されたが直ぐに元の皆が居る部屋へと戻ってきた

その表情は、まるで生気を吸い取られたかのように窶れ、よほど緊張したのか躯が震え続けていた

 

【お前を呼んでいる。直ぐに母上の元へ向かえ、粗相はするなよ。絶対にだ】

 

妻に支えられるように腰を降ろし、手のひらで額を拭う様に、春蘭と秋蘭は緊張が走る。普段の祖母ではないと

こんなことは初めてだ、今まで父が此れほど狼狽える様を見たことがない

祖母に対し、恐れるのは何度も見てきたが此れほど怯えきった父を見たことがないと

 

【孫の事ではない、原因はお前だ。曹騰様の息子であるお前が原因だ】

 

【・・・】

 

【殺されても文句は言うな、残念だが私に止めることは出来んよ】

 

何かを感じ取った秋蘭は昭の腕を掴んで放さず、春蘭は昭の前に立ちふさがる

 

【私が行こう、昭は此処で待て】

 

【姉者の言う通りにしろ、何かが可怪しい】

 

きつく握りしめられる手を優しく外し、優しい笑を小さな寝息を立てる生まれたばかりの涼風に向けて

指先で優しく優しく撫で、笑顔のままで立ち上がり、立ちふさがる春蘭の隣を通り過ぎる

 

【心配無いよ】

 

【我らならばそうかもしれん、だが父の怯える原因がお前だというなら行かせることはできん】

 

【涼風に何か言われるんじゃない、俺が叱られるなら問題ないよ】

 

秋蘭のように昭の腕を掴むが、昭は春蘭の頭をいつものように撫でる

そして、叱られるなどと言うのだ。この普通ではない義父の様子を見て

 

【起きた時、お前が居なければ泣いてしまうから、早々に済ませて戻ってきて欲しいのだが】

 

【ああ、なるべく努力する。せっかく気持ちよさそうに寝てるんだ、叱られても泣かないように努力するよ。吃驚して起きちゃうからな】

 

ふと心配で落ちた眉が、穏やかな形に変わる秋蘭に冗談さえ言ってみせる昭

いつの間にか、きつく掴んでいた春蘭の手は放され、大仰に深呼吸した春蘭はその手を昭の背をぽんと叩く

 

【行ってこい、骨は拾ってやる】

 

【そうだな、拾ってくれるなら喰われても安心だ。きっと起きる前に戻ってこれる】

 

そういって、昭の雰囲気に呑まれ震えが収まっていた義父と義母は、祖母の部屋へと向かう昭の後ろ姿を自然と眼で追っていた

 

 

 


 
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