No.550003

SAO~菖蒲の瞳~ 第二十九話

bambambooさん

二十九話目更新です。

樹海の中に建つ一軒の小さな家。その家の主と思われる少女と兎の正体とは?
(今回、アヤメ君のキャラが崩壊します)

2013-03-01 15:09:42 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:915   閲覧ユーザー数:861

第二十九話 ~ 一夜の戯れ ~

 

 

【アヤメside】

 

「す…ず…?」

 

どうにか発した言葉は、この世界に居るはずのない、俺のたった一人の妹の名前だった。

 

それだけ目の前の少女は似ていた。寧ろ、似ていないのは《色》だけだ。

 

でも、そんな事はどうでもよかった。

 

この世界に囚われてから約三ヶ月。思いがけない出会いに、俺はかなり混乱していた。

 

今は取り敢えず、会いたかった妹似のこの少女を抱き締めようと、一歩前に出る。

 

「どうかされましたか?」

 

しかし、少女の声を聞いて、俺の足は自然と止まる。それと同時に、俺の心が一瞬にして凪いだ。

 

他人行儀で、どこか一線を引いたかのような声音。それが、目の前の少女が《涼でない》と言うことを心に理解させた。

 

他人の空似。目の前の少女は、ただ涼に似ているだけの他のプレイヤーだ。

 

「……なんでもない」

 

一歩前に出していた足を元に戻し、心の未練を吐き出すように小さく溜め息をつく。

 

そして、冷静になった頭で状況を把握し直してみた。

 

目の前には、金髪に(みどり)(あお)の瞳を持つオッドアイの少女。その腕には、さっきの白いピープラビットが抱かれている。

 

改めて見直すと、白ピープラビットの頭上には緑色のカーソルが浮かんでいた。

 

普通、モンスターのカーソルは好戦的(アクティブ)非好戦的(ノンアクティブ)問わずに赤色で統一されている。

 

しかし、テイムされているモンスターはその限りではなく、区別のため緑色のカーソルに変わる。

 

つまり、この白ピープラビットはプレイヤーの《使い魔》と言うことになる。恐らくは少女のだろう。

 

「……あの、偶然かもしれませんけど、私の家にたどり着いたのも何かの縁ですし、霧も出て来ましたから、家に上がっていきませんか?」

 

と、突然少女が口を開いた。

 

周りを見渡せば、確かに白いもやもやが深緑色の樹海を覆い姿をぼやけさせていた。

 

今まで第八層が霧に包まれたことはなかったが、攻略中は1月で今は2月。確証は無いけれど、月の変化でフィールドの環境も変化したのかもしれない。

 

(霧で視界が悪い中、待ち伏せ型Mobがたくさん居る樹海を抜けるのは危険か)

 

「君たちが大丈夫なら」

 

そう判断した俺は、首を縦に振った。

 

「そうですか! ……よかった」

 

ほっ、と息をついた少女は、白ピープラビットを肩に移動させ、心持ち軽い足取りで俺の横を通り過ぎて行った。

 

そして、少女が家のドアに手を掛けたとき、俺は自分の目を疑った。

 

少女の頭上に、黄色の【!】が表示されていたのだ。

 

 

思えば、こんな早い時期に、それもこんな辺鄙な場所にプレイヤーホームを持っていると言うのは可笑しな話だ。

 

でも、初めから(・・・・)住んでいたとすれば話は別。

 

その事実が、少女が《プレイヤー》ではなく、何かしらのクエストのために作られた《プログラム》だと言うことを語っていたことに、俺は家に上がってから気付いた。

 

「そう言えば、自己紹介していませんでしたね。私は《リン》と申します。それで、この子が《キュイ》ちゃんです」

 

テーブルを挟んだ向かい側に座る少女――リンは、彼女の和服のような衣服の胸元から顔出す白いピープラビットの頭を撫でながら言った。

 

「キュ」

 

キュイは嬉しそうに目を細めて短く鳴くと、じーっとさっきの俺のように俺の姿を観察しだした。

 

リンの煎れてくれた紅茶のような紅い飲み物を飲んでいた俺は、カップをテーブルに置きキュイを見つめ返す。

 

「……キュゥ!?」

 

二秒とかからず、キュイが服の中に隠れた。

 

「確かに可愛いですけど、あまりキュイちゃんをいじめないで下さいね」

 

さり気なくサディスティックな発言をしつつ、リンは苦笑を浮かべて布越しにキュイを優しく撫でた。

 

すると、キュイは少し安心したのか、怯えを少しだけ含んだ目をしてはいるが覗くように少しだけ顔を出した。

 

「そう言えば、お兄さんはどうしてここに?」

 

キュイを撫でる手を止めたリンは、こちら目を向けてそう尋ねた。

 

「ピープラビットから逃げ回っていたら、気付いたらここに来ていた。要は道に迷った」

 

「それは大変でしたね」

 

素直にそう答えると、リンは可笑しそうに小さく笑った。

 

「すみません。じゃあ、明日になっちゃいますけど、出口付近まで案内しましょうか?」

 

「いいのか?」

 

「ええ。明日は山菜採りに出掛けるつもりでしたし、ちょうどよかったです」

 

「……と言うか、これって今日は泊まっていけって事だよな?」

 

俺のこの問いに、それに対する答えを持っていなかったらしいリンは首を傾げるだけで答えてくれなかった。

 

この時、リンに初めてNPCらしさを見た気がした。

 

リンの誘いに対して、俺には《Yes》《No》《Why》の三つの選択肢しか与えられていないようだ。

 

窓の外を見ると、濃霧が一面を覆い隠していて視界はすこぶる悪い。

 

「……分かった。一晩だけど、お願いします」

 

俺はコクリと頷いた。

 

 

二、三時間が経過し、俺は手元の本から顔を上げた。

 

今は太陽が西に沈み、外は夜霧と生い茂った樹の葉によって月や星の光が遮られ、ほぼ完全な闇に包まれていた。

 

《視覚強化》スキルから《暗視》を発動させてみても、いつもの半分程度の明瞭さしか得られない。

 

泊まっていって正解だったな、と思い、俺は再び手元の本に視線を戻した。

 

「キュィ?」

 

そのとき、下の方から俺を呼ぶような鳴き声が聞こえた。

 

目を向けると、俺から大体2メートルくらい離れた位置にキュイの姿があった。

 

俺がキュイに危害を加えるつもりがない、と言うことを信じてくれたのがつい十分くらい前のこと。

 

そのおかげで、リンの服から出て姿を見せてくれるようにはなったが、手の届く位置には来てくれないし、いつでも逃げ出せるように気を張り続けている雰囲気はまだ消えそうに無い。

 

「明日までに一回撫でたいな」と言うのは、泊まることになってから思った一つの野望なのだが、どうも無理そうだ。

 

「どうかしたか?」

 

「キュキュ」

 

声を掛けると、キュイは少し怯えながら返事をしたが、《使い魔交信》スキルを持っていなく、ましてマスターでない俺にはキュイが何を言いたいのかさっぱり分からなかった。

 

「『いつまでいるの?』って言ってますよ」

 

「そうなのか?」

 

「大体そんな感じです」

 

すると、キュイのマスターであるリンが、夕食を準備をしながら背を向けたまま教えてくれた。

 

「キュキュ」

 

「ああ……ごめんな」

 

不満そうな鳴き声が耳に届き、素直に謝る。

 

「そうだな。明日の朝くらいかな? まあ、具体的な時間はリン次第だろう」

 

「キュ」

 

俺が答えたことにキュイは満足そうに頷くと、今度は後ろ足で立ち上がって俺の手元を見つめた。

 

「気になるか?」

 

「キュィ!」

 

俺の問いに返答するように鳴き声を上げるキュイ。たぶん、肯定だと思う。

 

そこで俺は、ひとつ試してみた。

 

「ほら」

 

「キュィ!?」

 

イスから降りた俺は身をかがめて膝立ちになり、キュイに向かって右手を差し出した。

 

その瞬間にキュイは驚いたように逃げ出すが、1メートルほど移動するとチラリとこちらに振り向いた。

 

「大丈夫だって」

 

その様子が可愛くて微笑み、極力優しい声で呼びかける。

 

それが効いたのか、キュイは恐る恐る俺のほうに歩み寄ってきて、危なくないか確かめるように前足で俺の手を、ちょん、と触った。

 

――やばい。何この生き物可愛すぎる。いや、生き物ではないけど。

 

と、訳のわからないうえ、少々危ない思考が頭を過ぎる。

 

感情エフェクトがオーバー気味なSAOにおいて頬が緩むのは致し方ないが、そのまま抱き上げようとした左手は今持てる自制心を総動員して抑え込んだ。

 

俺が自分の欲望と戦うこと約三十秒。その間、キュイは俺の手に触れたり離したりを何度も何度も繰り返して俺の理性(SAN値)をガリガリと削り続け、ようやく手のひらの上に乗った。

 

外見通りふわふわで雪のような白さの体からは、雪とは真逆の温かさを感じる。

 

キュイを怖がらせないように落ち着きを払って、しかし内心では歓喜しつつ、俺は立ち上がってイスに座り、空いた左手でキュイに見えるよう本をテーブルに広げた。

 

「……キュゥ?」

 

「と言っても、分かるはずないか」

 

小首を傾げるキュイに苦笑を浮かべ、頭を優しく撫でる。嫌がる様子はなかった。

 

「これは俺が作った《アイテムブック》だ」

 

《ブック》、《本》と銘打ってはいるが、某鼠作の《ガイドブック》みたいなしっかりしたものではなく、実際は紙を紐で留めただけの紙束、もしくは冊子である。

 

どうしてこんなものを作ったのかと言うと、趣味の妥協だ。

 

俺の数少ない趣味の一つに《アイテム蒐集》がある。

 

しかし現状において、それは不必要な(・・・・)アイテムを所持し続けると言うことでもあり、デスゲームにおいて最重要アイテムとなり得る回復アイテムを収納する容量を圧迫する事になり好ましくない。

 

それでも諦めきれず、考えた末に思いついたのが記録に残すことだった。

 

そして意外にも、SAOには《アイテムブック》や《モンスターブック》とかいったアイテムが存在しないため、作るしかなかったのだ。

 

特に降りたがる様子もなかったので、俺はキュイを膝の上に移動させ、内容を見せるようにキュイの目線の位置でページをペラペラとめくっていった。

 

集めたアイテムを紹介出来ると言うことは蒐集家として嬉しいことなのだが、個人的にはキュイが膝の上にいるだけで満足。見ても意味分からないだろうし。

 

「キュィ……?」

 

一定のペースで何十ページかめくると、キュイが疑問符を浮かべた。

 

「ああ、これか」

 

今キュイが見ているページは、入手可能な場所と効果だけが、それも抽象的に書かれているページだった。

 

「これは少し前に村人から聞いた情報で、まだ見つけてないんだ。このページを埋める予定のアイテムは、なんでも《その香りを嗅ぐとあらゆる毒を和らげることが出来る薬草》らしい。この第八層で手に入るみたいだけど、当分はこのままだろうな」

 

なにせ、《あらゆる毒》である。毒の強さは《Lv.1~Lv.9》の九段階で決まり、今のところ最も強い毒がレベル2。それなのに、レベル9の毒をも浄化出来る薬草が今の段階で手には入るはずがない。

 

俺の予想では、第八十層を超えたあたりから新しく出現するダンジョンで入手出来るようになると思う。

 

「出来ましたよ~」

 

と、分からないだろうけどキュイに説明したところで、リンが二つの木の器をテーブルに並べた。

 

中身はおそらくシチュー。湯気が天井に向かって昇っていき、美味しそうな匂いを辺りに振りまく。

 

「キュイちゃんはこっちだよ」

 

リンに呼ばれたキュイは、嬉しそうに鳴きながら俺の膝からテーブルに飛び移ってリンの側へと駆け寄った。

 

一抹の寂しさを感じながら目を向けると、リンが取り出したのは、一枚のクッキーのようなものだった。

 

リンはそれを四等分に割ってキュイに差し出すと、キュイは両手でそれを受け取り、カリカリとリスのように美味しそうにかじりだした。

 

思わず、リンたちに見えない角度でガッツポーズを取る。

 

「ウサギなんだから普通は野菜じゃね?」とか野暮なこと言うヤツがいたら、ソイツは回数制限無しでぶん殴ってから斬り捨てる。可愛かったらそれでいいんだよ。

 

「アヤメさんもあげてみます?」

 

俺が内心で狂喜していると、リンから夢のような提案をされた。

 

視線で是非ともと言ってみるが、やっぱり理解して貰えず、笑顔を浮かべたまま残り一枚となったクッキーを顔の横に持ってきた姿勢で静止していた。

 

「やる」

 

「はい」

 

端的に短く答えると、リンはクッキーを俺に渡した。

 

「キュイ」

 

「キュキュィ!」

 

キュイを呼んでみると、余程このクッキーが好きなのか、警戒など一切せずに俺からクッキーを受け取ってくれた。

 

今なら死んでいい。半分くらい本気でそう思った。

 

 

「お兄さん凄いですね」

 

リンの作ってくれたシチューをお腹に収め、片付けを終えたリンが向かいに座りながらそんな事を言った。

 

「何がだ?」

 

「キュイちゃんの事ですよ」

 

「キュイの事?」

 

専用のベッドらしき布の敷き詰められた小箱の中で丸くなり、静かに寝息を立てるキュイを見て疑問符を浮かべる。

 

「キュイちゃん、私以外の生き物の前に、私を守る以外の理由で出て行った事なんて無いんですよ」

 

「……そうなのか?」

 

「はい」

 

リンは、手を伸ばしキュイの体を優しく撫でた。

 

「キュイちゃんはですね、私と初めて会ったとき、樹海の中で傷だらけで倒れていたんです」

 

ポツリと、リンが呟く。

 

「多分ですけど、毛が白で、見た目が違うから他の《ピープラビット》たちから追い立てられたんだと思います。私と一緒です」

 

慈しむようにキュイを撫でながら続ける。

 

俺はリンの最後の言葉に疑問を持ちその意味を尋ねようとするが、遮るようにそれより先にリンが口を開いた。

 

「そのせいでか、普通のピープラビットと比較しても、臆病な子なんですよ」

 

窓の外に留まった小鳥に怯えたり、道行くネズミを怖がったり。そんな事もあったそうだ。

 

「……確かに警戒されてたけど、そこまででは無かったぞ?」

 

遮られたと言うとは、聞いても答えてくれない。そう思った俺は、リンの話を聞くことにした。

 

「だから凄いんです」

 

リンは間髪入れずに答えた。

 

「きっと、お兄さんは心の底から優しい方なんですね。私も、お兄さんなら安心して心を預けられる気がします」

 

とてもプログラムとは思えない、嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

 

「それじゃあ、私は失礼しますね。毛布はそこに置いてあるので使って下さい」

 

それだけ言うと、リンは一転して少し寂しげな笑顔を浮かべて小さく会釈する。

 

金糸のような髪が揺れてロウソクの灯りできらめき、その残滓を残して、リンは奥の部屋へと消えていった。

 

「はあ……」

 

リンが部屋の奥に消えたのを確認してから、小さく溜め息をついた。

 

「……まるで人間じゃないか……」

 

突拍子もなく話が始まったり、質問に答えてくれないなどと違和感はある。けれど、それを補って余りあるくらいに、リンの表情は自然だった。

 

いや、リンだけでない。キュイの仕草も、本当に《心》があるかのようだった。

 

多分、俺が今置かれている状況は、リンから発注されるクエストのフラグ立てのためのイベント。ゲーム的に考えて、もっと淡々とこなしても大丈夫なところ。

 

でも、リンとの会話や、キュイとの戯れでは、本当にプレイヤーや生き物と触れ合っている感じで、完全に感情移入していた。

 

リンが涼に似ているから、よりそれに拍車を掛けていたような気がする。

 

「……まあ、明日何かのクエストを頼まれて、これも終わり」

 

ふと、リンの寂しげな笑顔が頭に浮かぶ。

 

「何だかなぁ……」

 

少し終わらせたくないと思い、そんな事を考えた自分に溜め息をつく。

 

「……おやすみ。キュイ」

 

最後にそう呟き、俺はロウソクの火を吹き消した。

 

 

オリジナル設定

 

《デバフ:毒》

・Lv.1~Lv.9の九段回で強さが分かれ、強いほどHPを削る速度が速い。

・《ポーション》や《解毒草》にもレベルが存在し、毒のレベルがそのアイテムのレベルより高かった場合は毒状態が解除されない。

・麻痺毒もこれに準ずる。

 

 

【あとがき】

 

以上、二十九話でした。皆さん、如何でしたでしょうか。

 

そんなわけで、キュイちゃんとの触れ合いでしたね。

アヤメ君のキャラが崩壊していますが、意外とアヤメ君は生き物が大好きな男の子です。《小話1》の乳搾りクエストでもその片鱗は伺えるでしょう。

その割には、前回イタチやモグラを虐待してましたが……まあ、スルーの方向で。

 

次回はクエストのお話です。(ここからが本番だぞ私!)

 

それでは皆さんまた次回!

 


 
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