No.549277

真恋姫無双幻夢伝 第九話

第二部 開演です

(追記)
題名はそのままですが、この話から第二章とさせてもらいます。

2013-02-27 16:38:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4661   閲覧ユーザー数:4025

  真恋姫無双 幻夢伝 第九話

 

 

 夕闇の中にポツンと明かりが灯る。暖簾の隙間から、炭の火が出す煙が混じった鈍い光とタレが焦げる甘い匂いが這い出てくる。早秋の晩、肌寒く感じる風はその布を小さく動かす。洛陽の中、町の喧騒から少し遠ざかった場所に小さな屋台が構えていた。

 そんな寂しげな光景に満足できないように、その屋台の中から切り裂くような怒声が湧き出ていた。

 

「どうなっているのよー!!」

 

 眼鏡をかけたツリ目の少女は叫んだ。そして片手に持った酒を一気にあおると、「ぷっはー」という声と共に机に突っ伏した。傍らに座る水色の髪をした少女は彼女の背を撫で、その声に同調する。

 

「ふむ、まったくだな。こうも情勢が急に悪化するとはな」

「反董卓連合軍ってなんなのよー!」

 

 ガバッと顔を上げると、再び少女は叫んだ。相国・董卓の参謀である賈駆こと詠は、このところ頭の中心に陣取っている悩みを酒で必死に溶かしていた。だが、飲めば飲むほど目前の壁が良く見えてくる矛盾に対して、ぶつけどころのない怒りを宙へ吐き出していた。

 悩みの種は一か月前に届いた知らせだ。陳留の曹操を中心に、董卓に対抗する連合軍が結成され始めていると。その規模は数十万にも上るという。

 

「まあ、そう悩んでも仕方のないことだろう。なるようになるさ」

「華雄!一体、どうなるっていうのよ!…もう、あんたは単純だから良いわよね。戦えば良いってもんじゃないのよ!」

「違うのか?」

「ち・が・う!!」

 

 詠は鬱憤を晴らすように焼き鳥を串から食いちぎった。そして空になった串を口にくわえて上下に動かし、また遠い目で考え始めた。まだ彼女は酔えていない。

 

「戦うにしたって、まずお金が必要でしょ」

「ああ、李傕たちのことか」

 

 資金不足。安定の田舎から出てきた彼らには宮中での付き合いにかける費用は大きな負担だった。しかし詠や洛陽で仕官した(恋にいつの間にかくっついてきた)陳宮の奮闘や相国の給金でこれまでしのいできた。さらに黄巾族から逃れてきた流民の流入で安定の人口もそこから上がる収入もかなり増えた。小規模な軍隊行動には耐えられる貯蓄もある。安定から供給される騎馬軍団に勝てる軍隊はどこにも存在しなかった。

 ところが安定に残した李傕の裏切りで状況は一変した。李傕は二月前に安定で独立したばかりか、長安から多額の貯蓄を盗み取ってしまった。董卓軍は安定から送られる資金も兵も途絶えてしまい、洛陽にある蓄えは減る一方だ。これが詠にとって一番の誤算であり、最も困惑することだ。

 李傕はいわゆるイエスマンである。事務処理は最低限できたし、こちらから命令しない限り動かないと評価していた。だから本拠地を任してきた経緯がある。だが李傕は裏切った。密かに詠が調べたところ

 

(どうやら朝廷の指示があったようね)

 

 つまり董卓より上位の命令に従っただけである。骨の髄までイエスマンである。

 さらには反董卓連合軍も曹操の号令では無く、朝廷から密命が下ったという情報もある。朝廷とは名ばかりで、実際に暗躍しているのは

 

(十常侍め!)

 

 と苦々しく思いつつ、華雄も酒をあおった。うまい。普通の酒場よりも上等な酒を使っている。こう問題が山積していない状況だったらもっと楽しめたのに、と残念に思うぐらい美味しかった。

 詠の怒り混じりの愚痴は続く。

 

「もう!はっきり言いたくないけど、お金さえあったらね」

 

 すると意外なところから声が上がった。

 

「……あの、お助けしましょうか?」

 

 二人が見上げると、鳥串を焼いていたはずの店主がこちらの顔を見ていた。ただの町人のはず。客の話に割り込んでくるとは、無粋な奴め、と華雄は不愉快そうな表情を隠そうとしなかった。

 だが隣の詠は椅子を蹴飛ばす勢いで身を乗り出していた。こんな怪しい奴でも何かの役に立つかもしれない。藁にもすがる思いで聞いた。

 

「ど、どういうことなの?!」

「ですから、少しばかり援助出来たらと」

 

 店主はそう言った。しかし詠は身を椅子に戻すと、盛大にため息をついた。

 

「あのねぇ。良い知恵ならまだしも援助って……別にお小遣いが欲しいわけじゃないの。兵士や人夫に支払う給料、食料、武具や防具の購入資金。一介の屋台の店主が揃えられる額じゃないのよ!」

「ちなみにどのくらいですか?」

「ふんっ!金100斤(五銖銭100万枚以上の価値)でも揃えてきなさいよ!」

 

 言い過ぎではないかと華雄は詠に目くばせした。しかしその一方で店主は、そう言われた次の瞬間には屋台の下を覗き込んでいた。

 何をしているのか?そう二人が思っていると、店主は箱を一つ持ち上げてきた。そして詠と華雄の目の前に置いた。その時屋台全体が揺れるほどの衝撃があった。かなり重量があるようだ。

 

「何よ、汚い箱ね」

 

 台の上に置かれた箱の外見に詠は顔をひきつらせた。黄緑色の木目の上には茶色の油がいくつも滴っていて、近づくと匂ってきそうだ。

 店主は箱の蓋を取り、「どうぞ」と二人に覗き込むように勧めた。笑みを浮かべる店主。その表情に誘われるまま嫌々覗き込んだ箱の中には、蝋燭の光で鈍く光る長方形の塊がいくつもあった。華雄は恐る恐るその一つを取ってみる。そして近くで見た途端、華雄は目を真ん丸に見開いた。

 

「金だ!!」

「え?!う、うそでしょ!」

 

 詠も急いで一つ掴み出した。金だ。紛れもない本物だ。薄暗くて純度の方は分からないが、表面は見事に金色で覆われているようだ。華雄は他の塊も掴み取る。どれも金色に光っていた。

 なぜ彼らはそこまで驚いているのか?それは中国が、歴史的に金が採れない国だからだ。今でこそ世界第一位の金産出国だが、まだ投資が行われていない時代、例えば1949年にはまだ4.07トンしか採取されなかった(現在は300トン)。その証拠に、歴代の中国王朝でも主に用いられたのは銀であった。金は中国と縁のない物だった。

 日本を『黄金の国 ジパング』と呼んだのも、それを証明する事象だ。無限のように金を産出する日本に驚きを込めてそう呼んだのだ。ましてや日本が未開の状態のこの時代、実力者である詠たちでさえ満足に見たことは無い代物だ。

 だから大量の金を持ってきた店主に対して、二人が警戒を強めたのは当然のことだった。これでも少なかったら追加する、と言う店主を、華雄は鋭く睨み付ける。

 

「貴様、何者だ」

「………」

「聞かれたくない、ということね」

「おっしゃる通りで」

 

 笑顔を崩さない店主を見ながら詠は考えた。確かにこの男の正体は知りたい。しかし今重要なことは、“この黄金を彼が提供してくれる”ということだ。詠は計算を終え、店主に聞く。

 

「代償は?」

「さすが賈駆様、お話が早い」

「詠!この男は信用できん!」

「華雄は黙って!さあ、条件を言いなさい!」

 

 詠は台に乗り上げるようにして、店主に詰め寄った。店主はこの二人の意見の対立さえ楽しむように、ニコニコとした表情のまま条件を伝えた。

 

「私が資金を提供する代わりにあなたたちにしてもらうことは1つだけです」

「……それは?」

「それは……」

 

 ………………

 

「……本当にそれだけでいいの?」

「ええ」

「何を企んでいる」

「なにも」

 

 人は自分にとって条件が悪すぎる時よりも、良すぎる時の方が疑いを強める。詠も条件を聞く前よりも、この男を怪しんだ。しかし今の政情からして他に金策があるわけでもない。これを受けるしかなさそうだ。

 

「いいわ。受けましょう」

「ありがとうございます。部下を商人としてあなたの屋敷に出入りさせますので、何かありましたらその者にお申し付けください」

 

 詠は頷き、席を立つ。筆頭軍師が決めたことだ。従うしかない。そう思いつつ、華雄もその黄金が詰まった箱を持って詠の後について行く。なんだかさっき飲んだ酒が胃の中で苦くなったような感覚に襲われていた。

 見送る店主を背中にして、二人は暗い道を歩いて行く。が、詠は途中で振り返り、店主に呼びかけた。

 

「ねえ、名前だけ教えなさい」

「アキラとお呼び下さい」

「アキラ、ね。覚えておくわ」

 

 二人はまた夜道を歩きだす。胸の中にもやっとしたものを抱えながら。とりあえず眼前の問題は片付いたはずなのに、もっと危ないものを連れ込んでしまった。そんな気分だ。

 ふと風が吹いた。東の方からだ。華雄は不思議と、この風が戦を運んでくるように感じた。

 


 
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