第一話
「不安」
司馬家は漢の大権を握った後、常人では考えられない速度で十常侍が原因で起こった問題を解決していく。
もっとも彼らのせいでそれぐらいしなければいけなかった訳なのだが……
ある程度その問題が落ち着いた今、対応しなければならない問題が、
「じゃあ、母上……」
「馬騰に援軍を送る」
現在も五胡と戦っている馬騰の救援要請である。司馬家にとってもこれは一大事だった。
この馬騰の援軍は、十常侍が大権を握った頃からあったものである。だが彼らはそれを見向きもせずに快楽に
ふけっていた。馬騰が敗れたら次に矛先が向くのが自分達だというのを考えずに。
そしてその矛先は、彼らと入れ替わるように漢の大権を握った司馬家にそのまま向いてくるというのが道理で
ある。故に本来は大権を握った後すぐに対応しなければならないのだが、そうもいかなかった。
それが十常侍達が洛陽、長安でおこした問題であった。
援軍を出すにも、快楽にふけた分の財の問題による軍資金の不足。そして洛陽、長安の復興に多くの人員を出
さなければならなかったためにその分、兵達が不足してしまうという事態。極めつけは十常侍達と甘い蜜を啜っ
た者たちの反乱、とてもではないが援軍など出せる物ではなかった。
「ようやくって感じだな……」
もはや一刀のその言葉でも違和感が無いほどであった。
「仕方ない、焦ってるはずの馬騰も事情を説明したらそれきり援軍要請を出せなくなるほどだった」
瑠理も滅多に使わない”仕方ない”という言葉が出るほどだった。
馬騰の援軍要請に関してもそうだった。
司馬家が大権を握った後でも一度それがあったのだが、理鎖が洛陽、長安の現状を説明された紙を伝令の兵に
預け、馬騰に渡した後それっきり要請しなくなった。
瑠理の言うとおり事情を察した馬騰は要請を”出せなくなった”のだ。よって圧倒的不利な状態のまま今まで
戦い続けた。
「いまから、援軍に向かう者を告げる」
理鎖はまず瑠理を見た。
「瑠理を我が司馬家の軍の大将に命じる」
その言葉に瑠理は目を大きく開き驚くがすぐにいつもと同じ表情に戻り、「御意」と静かに答えた。
「副将に一刀――」
淡々と援軍に向かう者を告げる。その結果、大将に瑠理、副将に一刀、そして江里香、澪羅が選ばれる事と
なった。
「母上は行かないのか?」
「まだ洛陽、長安は安定していない。だから誰か残る必要がある」
「……」
一刀は無言になった。何かが腑に落ちないことがあった。
「あ、あの……」
「ん?」
声が聞こえ振り返ると董卓の姿があった。
「馬騰殿の援軍に私達も連れてってくだざい」
董卓は頭を下げてさらに続ける。
「あなた達に救ってくれたこの魂、少しでもお役に立ちたいです……お願いします」
(董卓さん、まだ傷は治っていないと思うけど)
これは聞かなければならない。
「けれど董卓さん、傷のほうは大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫です。お医者様も戦には出られるとおっしゃっておりました」
理鎖は手を軽くにぎり顔に近づけ少し考える。そして……
「わかった……瑠理、董卓軍も連れていくように」
「御意」
こうして援軍には董卓軍の董卓、呂布、華雄、陳宮もつれていくことになった。
進軍の準備をしている間、一刀はあのときの軍議で感じた腑に落ちないことがどうしても拭えなかった。
(なぜ母上は自ら出陣しない……)
そう、あの時の理鎖の言葉……誰かが残る必要があると言った言葉。
(なぜ”私が”ではなく……”誰かが”と言ったんだ?)
あの言葉どうりだとすると、
(姉上か俺でも良かったって意味にも取れるんだが……)
”誰かが”とはそういうことである。
(この援軍……かなりの速度で終わらせたということはそれだけこれからの戦は重要なものになる)
その重要な戦に理鎖自身は参戦せずというのだから腑に落ちない。
(それに、あの母上の顔色……)
十常侍達……李傕達を欺くために何らかの方法で顔色を悪くしたようだが……
(今だに良くならないのはどういうことなんだ?)
良くならない顔色。問題を解決する速度。重要な戦で出陣しない。
(いや、止めよう……最近いろいろありすぎたためか変に考えすぎる)
一刀は考えるのを止めた。
……止めてしまった……
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第三章の開始です。
開始早々なにやら不穏なものが……