「兄様、野菜がきれたので新しく切ってくれませんか」
「了解!」
お昼の料理屋に流琉の可愛い声が響く。
ついでに俺の声も。
あれから流琉の働いている料理屋についた俺は親父さんの面接にあっさり受かり住みこみで給金をもらいながら生活をしている。
流琉もなんだかんだで俺の事を兄様と呼ぶようになってさらに仲良くなった。
ちなみに天の御使いの事は親父さんには伏せている。そう簡単に信じてもらえる内容じゃないし。とりあえず異国の地からさ迷い歩いてきた男という設定になっている。
あのフランチェスカの制服も町に入る前にリュックにしまっている。
「まずは皮むきから。そこで秘密兵器……ピーラー!」
この世界に持ってくることができた道具のその1、ピーラー。
包丁を使ってもできるんだけどやっぱり時間がかかる。やはりここは文明の利器でしょ。
これについては親父さんに譲ってほしいとお願いされて悩んだけど断った。
「流琉、野菜の調理終わったよー」
「なら次はこれをお客さんにお願いします」
「あいよ!」
流琉から麻婆豆腐と青椒肉絲を受け取って客席に持っていく。
なんかすっかりこの生活にも慣れてきた気がするなぁ。
流琉は同郷の親友がどこかの城で働いていると便りが届いて、それが信じられず確かめに向かう途中路銀が尽きてしまってここで住み込みで働くことになったと話してくれた。
その後、里の人からの便りが届き、その親友がどうやら曹操の城で親衛隊として働いていると、その上仕送りも届いた事がわかった。
そして仕送りまで届いた以上、信じないわけにもいかず旅の目的も無くなって一目親友の姿を見に行くか、里に帰るか悩んでいると教えてくれた。
俺が驚いたのはその親友が許緒―季衣―だったことだ。けどそれなら雰囲気が似ていると思った事も間違いじゃなかったんだよな。
<<無双恋姫 ―御遣い再臨―>>
第二話
「お待ちどうさま。麻婆豆腐と青椒肉絲だぞ」
「おお、相変わらずめっちゃおいしそうやな~」
「ねぇ、沙和のはまだかなのー」
「落ち着け、こんなに人がいるんだ。時間がかかるのは当たり前だろ」
「もう凪ちゃんは優等生なんだから」
「ははっ。相変わらず仲がいいな」
「当たり前なのー」
仲良く話す三人組の女の子。
一人は巨乳に縞ビキニにホットパンツという視線の向ける方向に悩む女の子。
次は眼鏡にそばかす。そしてちょっとわがままそうな女の子。
最後は体に無数の傷がある真面目そうな女の子。
そして全員可愛い。
この娘たちはこの町近辺で活躍している義勇軍の部隊長を務めていたりする。
なぜ義勇軍が存在しているのかというとこの辺は統治している人の城から遠くて緊急時には派兵が遅くてんで役に立たないそうだ。だから自衛のためにこの辺の町や村の人から有志を募り結成されたと聞く。
というわけでこの町の人たちから慕われているこの三人。なんと名前がそれぞれ李典、于禁、楽進というから驚きだ。
そしてここにはいないけどこの義勇軍の参謀としてあの司馬懿がいる。どうやらその娘は実家から家出してきているらしい。
ただの義勇軍としては豪勢過ぎる陣容だ。
さらにここに流琉―典韋―がいる。
もう三国志の話では魏で大活躍する人たちばっかりじゃん。
まあ、この世界じゃどうなるかわからないけど。
「そういや北郷の兄ちゃん、どうやこの町には慣れたか?」
「うん、みんな優しくて良くしてもらってる」
「そうか、なら良かったわ」
李典がほっとした顔をする。
「そういえば北郷さんがこの町にやってきてからそろそろ一ヵ月くらいですか」
「そうだね。それくらいだと思う」
「あれ、まだそれくらいしか経っていなかった? もうちょっと長くいてる気がしてたなの」
于禁の言葉がうれしく思える。それだけこの町に馴染んでるってことだろうから。
「あ、そうや。北郷の兄ちゃん、今日ウチの店に寄ってってなー」
「おっ! また何かできたのか」
「そうや。まあ何かは見てのお楽しみやで」
「了解。あとで寄らせてもらうよ」
義勇軍をしているとはいえずっと訓練しているわけではない。生活の為にはお金を稼ぐ必要がある。
もちろん、町を守ってもらっているから多少の援助は出ているみたいだけどそれもこの時代、軍を丸々一つを維持できるほどのものではない。
だから軍の人たちは訓練とは別にそれぞれ仕事をしている。
元々地元の人たちで結成した軍なのでその辺は問題なく機能しているようだ。
で李典のお店は籠屋だ。普通にかごを売っている。しかし俺はかごを見に行くわけではない。
彼女は発明家でもあるのだ。俺が初めて会った際、彼女が持っていた武器を見て感動した事がきっかけで何か新しい物ができる度に俺を招待してくれるようになった。
まあ、大体は失敗作に終わるんだけどね。
「流琉ちゃん、一刀。休憩に入っていいぞー」
「わかりましたー」
「親父さん、それじゃあ町を散策してきます」
「おう行ってこい!」
お昼の繁忙期が過ぎたため親父さんから休憩をもらった俺はさっそく流琉と町をぶらつくことにした。
そこでまず初めに約束もしたし李典の籠屋に行くことにした。
「約束通りきたぞ。もう儲かりまっか~」
「ぼちぼちでんな~ってこのやり取りもうええやろ」
「真桜さん、こんにちは」
「流琉も一緒やったか。さっきの料理おいしかったで」
「そうですか! ありがとうございます」
流琉は料理屋の看板娘になっている。
その為、一部の常連さんには真名を許している。李典たち三人娘もその一部になる。
逆に李典たちも流琉に真名を許している。
俺はまだ許してもらえていないが、話を聞いているうちに覚えてしまった。李典が真桜、于禁が沙和、楽進が凪というみたいだ。
「で今度は何を作ったんだ」
「ふっふー見て驚くなや。これや!」
じゃーんと見せてきた物は俺が今日仕事中に使っていた……
「ピーラー?」
「そうや」
「凄いなこれ」
取っ手の所は木で代用されているけどこれは紛れもないピーラーだ。
「前に一度見せてもろたやろ。それからちょっとずつ作っとたんよ」
「あれだけでこれだけそっくりなのを作ったのか」
「あの刃の薄さと角度を調節するのに苦労したんやけどなんとかなったわ」
「真桜さん凄いです!」
「流琉にも言ってもらえると嬉しいわ~」
とびっきりの笑顔で笑う李典。
作ったものを褒められるなんて発明家冥利につきるだろうしな。
「で、これやねんけど。いつも旨いご飯つくってもろとるし、親父さんにあげようと思っとるねん」
「えっ、いいんですか!」
「ええねん。気にせんとき。作り方はもう覚えたし、自分が欲しなったらまた作るから」
「あ、ありがとうございます。親父さんもきっと喜びます」
「そんなに喜ばれると照れるわ。ほんまは大量生産して売り物にしよかと思っててんけどな、個人の設備やとちょっと厳しい事がわかってん。せやからそれは諦めたんよ。ならしっかり使ってくれる人の所で使ってくれたほうがこの子も喜ぶし」
そう言って自分が作ったピーラーを見る李典の顔は母親の様な愛情が感じられた。
そしてそんな顔に見惚れた俺は思わず彼女の頭をなでてしまう。
「な、なんやいきなり」
「いやーなんか急に撫でたくなってね」
「なんやそれは。んーまあ気持ちええから別にええけど」
そう言って嫌がる事もなかったので李典の頭をなで続ける。
すると横で流琉がなぜか不満そうな顔をしているのに気付いた。
「どうしたんだ? 流琉」
「なんでもありません」
「鈍いなぁ。この状況やで、流琉も頭撫でてほしいに決まってるやん」
「そうなのか? だったら言っててくれればいつでもやるぞ」
そう言ってくしゃくしゃと流琉の頭をなでる。
すると流琉は黙ったままそれを受け入れてくれた。
どうやら李典の言っていたことは正しかったみたいだな。
ただ店の前で店主と客の頭を撫でる客って異様な光景だよなぁ……
「ふう、なんやよくわからんけど満足したわ~」
「そうか、それならよかったけど」
「よし決めたで。北郷の兄ちゃん、ウチの真名をあんたに預けるわ」
「えっ、いきなりなんで?」
「なんや恥ずかしいけど、こんなことされたの親以外に初めてかもしれんな~って思ったら、ああそうかそれくらい安心できる相手なんやなって思ってな」
「そ、そうか聞いててなんだけどちょっと照れるな。よし、わかった受け取るよ」
「了解や。もう知ってるやろけど名は李典、字は曼成、で真名は真桜や。改めてよろしくな」
「こちらこそよろしく真桜。ならこっちも……と言いたいんだけどごめんな俺には預けれる真名が無いんだ」
「それは流琉から聞いて知っとるから安心しい。兄ちゃんの事はウチが適当に呼ぶから」
そんな真桜に「了解」と返事を返す。
前の時もそうだったけどこういう時返せる真名を持っていないのはちょっと辛いな。
とそんな話をしていると向こうからこっちに走ってくる女の子がいることに気づく。
「真桜殿、もう打ち合わせの時間は過ぎてるでしよ」
「ごめんごめん胡蝶。もうそんな時間やったか」
やってきた舌足らずな話し方の女の子は司馬懿だった。
性格は華琳と桂花を足して二で割った上、子供っぽくした感じかな。
年齢も見た目もその性格通りのまだ幼い。朱里くらいかな。
長い黒髪を髪留めでアップにしていてそれがとても可愛く似合っている。
「で、またあなたでしか。私たちの隊長たちを誘惑するのはやめてほしいでしね」
「誘惑って、俺は何にもしてないけど……」
「せや、今日もウチが呼んだんやから」
で、性格で桂花を混ぜたのはこの為だ。
一言で嫌われてるんだよな。まあ男全般あまり好きではないんだけど俺は特別に。
部隊をしっかりまとめている真桜たち三人を尊敬しているらしい。
その三人の周りで一番親しくしているのが彼女曰く俺らしい。
「真桜殿がそう言うんでしたら。あなた助かったでしね。ところで真桜殿、打ち合わせはもう始まってるでしよ」
「あ、わかったわかったから。引っ張らんといて~」
司馬懿は真桜をぐいぐいと引っ張って去っていく。
「仲いいですね」
「俺は嫌われているみたいだけどね」
「兄様の事をまだあまり知らないからですよ」
「そうかな」
「そうです」
取り残された俺たちはそんな話をしながら引っ張られていく真桜を見ていた。
「さて俺たちも別の所に行こうか」
「はい」
それから俺たちは町の中を特に行くあても無く散策した。
「おっ、一刀じゃねぇか。今日も二人一緒かい。仲がいいね」
「北郷君、李典ちゃんを大事にしないといけないよ」
本当に良い人たちだな。行く先々で声をかけられるたびにそう思う。
一月前まではまだ見知らぬ他人だった俺にこんなに親切にしてくれたんだから。
こんな人たちが住む世界。これから黄巾党が暴れ、その後群雄割拠の時代になる世界。
そんな世界で俺はどうするのか……
「兄様。どうしたんですか」
どうやらちょっと難しい顔をしていたみたいだ。
流琉が心配そうに見上げてくる。
「いや、これからのことを考えていたんだ」
「という事はやっぱり……」
「うん、旅に出ようと思う」
俺にはまだ情報が少ない。
武力も知力も無い俺ができる事と言えば情報しかない。
どうやらこの世界は前の世界よりもより三国志らしい世界になっている。
前回の世界にいなかった典韋、李典たちがいる事が何よりの証拠だ。
料理屋に立ち寄った商人の話だとどうやら前回では死んでいた孫策がまだ生きているらしいし。
となると前回の知識も当てにはならない可能性がある。
そこでひとまず諸国を渡り歩いて見てどこかに仕官するか、自分で旗揚げするかを考える予定だ。
期限は黄巾党が台頭するまで。そうじゃないと旗揚げする事にしても手柄を取るタイミングが無い。
前みたいに無能な太守が逃げ出すなんて不謹慎なことあってはならないし。
そう期限の事は省いて流琉に説明する。
「まあ、まだ路銀が心もとないからあとひと月くらいはここにいるつもりだけど」
「そうですか……」
下を向いて黙り込んでしまう流琉。
この時代、一度離れたら二度と会えない可能性が高い時代だ。
俺ももう流琉と会えなくなる可能性があるのは寂しい。
けど俺がこの世界にいる以上何かしらできることがあると思う。存在理由ともいえるのかな。
確かに世界の崩壊を防ぐために十年間生き続けないといけないという存在理由があるけど、それだけじゃないと思う。
『ご主人様がご主人様らしくしていればあっという間よん』
貂蝉が言っていた言葉だ。俺が俺らしく…… それはこそこそ隠れて十年間生きろなんて事ではないはずだ。
だから俺は死なない。じゅうぶんこの世界でもがいた上で生きてみせる。
だから……
「大丈夫。きっとまた会えるから」
そう流琉に言った。
すると……
「信じられません! だから兄様が旅に出るんだったら、私も連れて行ってください!」
俯いていた流琉が急に顔をあげて言った。
「でも流琉には親友に会いに行くか故郷に帰るって」
「季衣…… 許緒の事はおそらく大丈夫です。お店で商人の人から聞いたお話だと曹操という方は文武に長けた素晴らしい人だと聞いています。その親衛隊なら良くしてくれると思います。実家も今はその曹操という方の領地になっているそうで、以前よりずいぶん治安が良くなったと前の便りで知りました」
次々とまくし立てて話す流琉。
「けど兄様は不安しかありません。料理で時々包丁で指を切ってしまうこともある人が一人旅なんてできるはずが無いです。それに兄様が天の御使いだって知っているのは私だけなんですよ。私が一緒の方が絶対良いです」
その剣幕に押される俺。
けど何とかそれをなんとか押し返そうと思案するが返す言葉が出てこない。
決して曲がらない意思が感じ取れる瞳を見てしまうと本当に出てこなくなってしまった
「わかった。あと一月、一月後に出ていくつもりだから、それまでに流琉の意思が変わらなかったら一緒に行こう」
おそらく変わることが無いだろうと思いつつ、一縷の望みにかけて条件付きの了承をした。
「ありがとうございます」
「礼を言われる事は一つも無いよ。けど俺は弱いよ、流琉を守り切れるかわからない」
「大丈夫です。逆に私が兄様を守りますから」
小さな胸をばんと叩く流琉。
確かに俺より流琉の方がはるかに強い。一度流琉の武器を見せてもらった事がある。あんなものを振り回されたらもうひとたまりもない。
あの襲われていたときに流琉が武器を持っていたら俺なんかいなくても圧勝できただろう。
けど男としてその状況は情けないなぁ。
と心の中で涙を流しながら流琉と一緒に町の散策の続きをすることしかできない俺だった。
「けど一人旅ができないって言いきられたのは悲しいなぁ」
「ご、ごめんなさい」
――そしてそのひと月が経つ頃。
「いらっしゃい!」
「私は餃子と炒飯を。風はどうするのですか」
「そですねー 風はラーメンをお願いするのですよー」
二人の少女がやってきた。
*******************************
無双恋姫 ―御遣い再臨―の第二話をお送りしました。雅岩です。
やっと三話が書き終わったので投稿できました。いやーきつかった。
というわけで実は今のところ次の話数が九割~十割完成してから投稿しています。
これは私が結構遅筆なためにかなりの長期間更新が止まりそうなときの保険のためにしています。
とりあえず今回のお話で一刀君の秘密道具一個目が出ました。
ピーラーです。恋姫世界にピーラーが無い前提で書いたんですけどどうなんですかね?
私の記憶違いかもしれないですけど朱里とか雛里の料理のCGとかに泡だて器とか描かれてたような気がするので。
まあCGの隅とかに描かれていたりとかしてない事を祈ります。
そして新たに登場した恋姫キャラは三羽烏こと真桜、沙和、凪でした。
最後にちょこっともう二人出てきてますがこれは次話以降で。
取りあえずこの三人が一刀君の旅についてくるかはまだ考え中です。
一人はどうするか決定しているのですが残り二人をどうしようか思案中です。
そして初オリキャラ司馬懿。真名は胡蝶。
当初はミニ華琳みたいな性格の予定だったのに気が付いたら桂花成分が追加された上に「でし」みたいな喋り方に。
どうしてこうなった。
とりあえずこの娘は当初の説明通り一刀君と一緒には旅に出ません。じきに華琳の所に行く予定です。
それにしても無駄に知識があるせいで一刀君を上手く書くのが難しい。
真面目に書けば書くほどネガティブになっていくのを食い止めるのに必死だったりします。
それ以外にも少しでも間違えると目指す場所は大きいのに力が無いせいでその部分を人任せにする我儘で自分勝手な人になってしまうので気をつけていきたいですね。
とはいえ今回のお話は比較的スムーズに書くことができました。
どうやら私には拠点回を書くには力量不足の様です。
キャラ一人に焦点を当てて一話かける話を思い浮かばなかった……
それを書いている他の作家様はすごいなと思います。
そんなわけで導入回というのか日常回という感じになりました。
と今回はこのへんで。また次回。
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流琉と一緒に町にやってきた一刀君。そして一ヵ月ほど時がたち……
というところでスタートです。
今回からオリキャラが登場します。苦手な方はご注意を。