「記憶が無い…でありますか?」
ヴィルヘルミナさんが、念を押すように問いかけてくる
「…はい。自分の名前も、故郷も。此処が何処なのかも分かりません」
そう答えると、彼女は訝しげな目を俺に向ける
そんな事をされても、分からないことは本当に分からない
「記憶障害でありますか。何か強い衝撃を頭に受けたか、記憶操作の魔法を何者かにかけられた可能性があるであります」
強い衝撃の辺りで、テオドラと呼ばれた幼女がびくりと身を振るわせた
それを目ざとく見つけたヴィルヘルミナさんは、きつい目付きでテオドラに詰問をする
「…テオドラ様。何か心当たりがあるようでありますね?」
「な、なななな何を言うのじゃ!妾は何もしておらんぞ!おうとも頭突きなんかしておらんわ!!………あ゛」
語るに落ちるとは正にこの事。と言わんばかりの自爆っぷりで、僕の記憶喪失がテオドラの仕業であったという事が判明した
ヴィルヘルミナさんは先ほどのきつい目付きから一転して、呆れたような目をして溜息をついている
「………はあ」
「な、何じゃ!?妾が頭突きをしたからと言って、それが記憶喪失の原因とは限らんじゃろう!」
確かにそうだ。仮にテオドラが僕に頭突きをしていたとしても、それが記憶喪失の全面的な原因とは限らない
それ以前に、ヴィルヘルミナさんが言う所の『記憶操作』の魔法をかけられていなかったとも限らない
「彼は頭突きを受ける以前に、魔法でオークを殲滅したのでありますよね?」
「そうじゃ。あの時は本当に死ぬかと思ったのじゃ…」
「…彼は今現在『魔法なんて知らないし、僕が使える筈なんて無い』と言っているであります。つまりテオドラ様の目の前でオークを殲滅した後に、何かしらの衝撃を頭に受けたということであります」
…理屈の上ではそうだ。しかしそれは『僕が魔法を使える』という事が大前提だ
無粋だとは思ったが、二人の会話に口を挟んでその旨を伝える
「…まだ信じないでありますか?はあ、もう説明が面倒でありますので、場所を変えるであります。実際に魔法を使えるか使えないか、試してみるでありますよ」
★
そうした理由でやって来たのは城の中庭
此処に来る途中でテオドラと同じように頭に角が生えた人や、二足歩行で喋ってる熊やら一般常識では考えられない人たちに出会ったが、もうそれは放っておく
すれ違うたびにに魔法の実演をやるから違う区画へ行ってくれ、とヴィルヘルミナさんが言っていた
まあ、魔法なんてものが本当にあるんだったら危ないよな…
そんな事を考えていたら、ヴィルヘルミナさんは二本の杖を持って来て片方を僕に投げ渡した
そして少し離れたところにある、藁の人形に向かって杖を構える
「いいでありますか?魔法とは灯りをつける物や、物を動かす。果ては契約魔法など多種多様な物があるであります。今から私が見せるのは、中級戦闘用の魔法であります。貴方も修行しだいでは使えるでありますよ?貴方は私が今まで出会ってきた中で、最大の魔力を持っているであります」
貴方も使えるとかそんな事を言われても、僕自身にそんな自覚は無い
正直、魔法とか言われても『ああそうですか』位の感じだ
しかし次の瞬間に彼女が繰り出した、正に『魔法』と呼ぶに相応しい技は、僕の心を瞬く間に魅了した
「ヘイズ・フレイム・フレイムヘイズ『
彼女が詠唱を終えた思ったら、構えた杖の先端から熾烈な炎が現れ、藁人形に向かってゆく
爆炎は空を裂きながら藁人形に迫り、その体を舐める様に焼き尽くす
いまだ炎が燻り藁人形の残骸が黒い煙をあげる中、ヴィルヘルミナさんが僕に話し掛けてきた
「…どうでありますか?この威力で中級魔法であります」
ヴィルヘルミナさんが、何処からか取り出した眼鏡を掛けながら説明していたが、僕の耳には一切入らなかった
こんな神秘に満ちた物を僕が使える?もっと凄いものも使えるのか?僕はどんな魔法を使えるんだ?
「…ヴィルヘルミナさん。本当に僕にも魔法が使えるんですね?」
「え?…ええ、そうであります。貴方が先天的に『呪文を唱えることが出来ない』などの特異体質でなければ、問題なく使えるでありますよ」
沸々と湧き上がってくる、好奇心と高揚感
僕は内心の興奮を何とか抑えながらヴィルヘルミナさんに話しかける
「…やらせてください。僕も、魔法使いになりたい。魔法を使ってみたいんです」
そう告げるとヴィルヘルミナさんは少し考え込んだ後に、了承の言葉と溜息を吐いた
「はあ、わかりましたであります。では呪文を教えるでありますから、こちらに来るであります。ついでに始動キーの重要性も教えておくでありますよ」
始動キーとは何だ?と聞き覚えの無い単語に首を傾げていると、ここぞとばかりにテオドラが解説を始める
「始動キーと言うのはじゃな。ようは魔法を使うためのパスワードみたいな物なのじゃ。始動キーは個人個人で、自分に適している異なる言葉を設定するのじゃ。たとえばヴィルヘルミナなら『ヘイズ・フレイム・フレイムへイズ』じゃな」
「なるほど…。僕は始動キーを考えなくても良いんですか?」
「貴方の場合は、初心者用の『プラクテ・ビギ・ナル』と言うキーを使って貰うであります」
初心者用か…。こればっかりは仕方ないか。記憶が無いのだから
だが今の僕は、そんな事が気にならないほど気持ちが昂ぶっていた
やっと魔法を使えるんだ。僕も、魔法使いになれるんだ!
「貴方の使える属性は分からないでありますが、テオドラ様が目撃したのは雷撃の魔法だったと言う事でありますので、先ほど私が使った魔法と同規模の雷魔法を教えるであります」
十数分の魔法講義を受けて、呪文を完璧に覚えた僕はやる気に満ち溢れていた
先ほどのヴィルヘルミナさんと同じように、藁人形に向かって杖を構えて詠唱を始める
「プラクテ・ビギ・ナル!『
呪文を唱え終えた途端、僕の体から何かしらの力が一気に構えた杖に集約された気がした
そしてその力が一気に雷へと姿を変えて、杖先から放出される
奔る稲妻は一直線に藁人形に迫り着弾した
しかしその威力は、ヴィルヘルミナさんの使った『紅き焔』に比べれば明らかに弱かった
現に藁人形は『紅き焔』の時は人形の原型を留めていなかったのに対し、今回は煙さえ燻ってはいるが一撃で焼き尽くすとまではいかなかった
「…おかしいでありますね。魔法が使えたことは当然としても、ここまで威力が低いとは…。これではオークを殲滅など、とても無理でありますが…」
ヴィルヘルミナさんは首を傾げて唸っている
何事かを考えているようだ
「…もしかしたら、始動キーが初心者用。というのが問題なのではないかの?もしくは魔法発動媒体が使い慣れない物だからではないかのう?」
テオドラが不安そうに自身の推論を話す。僕は魔法に関しての知識がまったく無いので、おとなしく二人の意見が固まるまで待っていることにした
「…始動キーの問題だとしたら、難しいでありますね。こればっかりは記憶が戻るまで待つしかないであります」
「ふっふ~ん。そういうと思ってたのじゃ!」
難しい顔をしているヴィルヘルミナさんとは対照的に、満面の笑みを浮かべるテオドラ
なにか妙案が思い浮かんだらしい
「実はな…妾が助けられたときに、彼の始動キーを聞いておったのを忘れておったわ♪」
「…テオドラ様。それはお手柄でありますが…」
満面の笑みで胸を張るテオドラの頬に、ヴィルヘルミナさんの手が不穏に伸びて…
ギュッと掴んで、横に引っ張った
「な・ぜ!それを最初に言わなかったのでありますか~!!」
「い、痛い!痛いのじゃ!すまん、先ほどまでとんと忘れておったのじゃぁ~!!」
涙目で謝る皇女と、その頬を引っ張るメイド…と言う不敬罪で裁かれてもおかしくない漫才が数分続き、終わったときにテオドラから僕の始動キーを告げられた
「ほっぺがいたいのじゃぁ…。さ、さてそれはともかくじゃが、お主の始動キーは確か『ラファール・ノワール・アヴニール』じゃ!妾に感謝せい!」
またも踏ん反り返って胸を張るテオドラ。その影でヴィルヘルミナさんは顔を青くしながら、此方を見て考え込んでいる
「ヴィルヘルミナさん?どうしたんですか?顔色が悪いですよ」
「っ…いえ、何でも無いであります。では始動キーが発覚したことですし、早速先ほどの魔法を使ってみてくださいであります」
分かりましたと応えて又藁人形に向き直る
「ラファール・ノワール・アヴニール!『
先ほどと同じく、杖に力を吸い取られるような感覚を覚える
またも杖先に集まった力は雷へと姿を変えて―――
―――僕達の視界を真っ白に染め上げた
次いで耳を破かんばかりの轟音が鼓膜を叩く
思わず目と耳を塞いで立ち尽くす
目が治って最初に入ってきた景色は、大きく抉られた城壁と帯電している藁人形の残骸だった
その時の、テオドラの尊敬するような視線とヴィルヘルミナさんの畏れるような視線は、何年たっても忘れられそうに無い
投稿が遅くなってしまい、まことに申し訳ありません
今回は記憶を失ってしまった疾風が魔法を使いました
もともとが莫大な魔力の持ち主なので、これくらいの威力と設定しました
魔法を使う際に始動キーを聞いたヴィルヘルミナは何かに気付いたようですが…?
さて、次回の投稿をお待ちくださいませ
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遅れてしまい、申し訳ありません
今回もお楽しみいただければ幸いです