No.543901

そらのおとしもの 智樹がいなくなってから

約1ヶ月ぶりのそらおと更新。
(・3・)3話ではなく、バレンタインということでフラレテル・ビーイング。『そらのわすれもの』の続編というかスピンオフ。
次回は(・3・)3話。

新しく出帆した電子書籍会社の玄錐社(げんすいしゃ)さんの音声付き電子書籍アプリELECTBOOKで1作書かせて頂きました。題名は『社会のルールを守って私を殺して下さい』今週中には発売予定です。有料(170円)ですが、よろしければご覧ください。会話文、地の文共に音声が入っているのがこのアプリの最大の特徴です。なお、アプリは現在の所、iphoneやipad touchなどappleのモバイル端末(iOS6)専用となっています。宣伝に関しては発売後にまた改めて詳細をお伝えします。

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2013-02-13 23:22:40 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4320   閲覧ユーザー数:4241

そらのおとしもの 智樹がいなくなってから

 

 

「智樹がいなくなってから……もう1年以上になるんだね」

 現在の智樹を象徴しているソレに向かって手を合わせながら語りかける。静かな、とても静かなこの場所で。

「おかげで今年もチョコレートをあげる人がいなくなっちゃったのよ」

 ソレに向かって苦笑してみせる。勿論ソレが私に何か訴え返すことはない。

 全部私の独り言。

「やっぱり私は……智樹じゃないと駄目みたい」

 涙がちょっと滲んでくる。

「私だけじゃなくて、アルファもデルタもカオスもそはらもみんな悲しんでるんだよ。早く、帰ってきてよ」

 智樹は死んでいない。

 それは分かっている。ううん。そう信じたい。

 でも、現在の智樹を表すソレは……墓石は別の可能性を私の心の中にもたげさせる。

 本当は、もう智樹は生きていないんじゃないか。宇宙空間で死んじゃったんじゃないか。そう不安になる。

 桜井家の墓にこうして来たのは智樹の死を認めたからじゃない。智樹の生存を強く確信していることを確かめに来たからだった。

 けれど物言わぬその墓石を見ていると不安が途切れることなく込み上げてくる。智樹はもういないのかもという想いが強まっていく。

 ここに来たことで自分が予想以上にナーバスになっていることに気づいてしまった。

 

「会いたいよ……智樹」

 愛しい人の名を呼ぶ。

 長いすれ違いの果てにようやく想いを通じ合った私のただ1人だけの特別な人。

 でも、結ばれたと思った次の瞬間に彼は私を置いて宇宙の遥か彼方へと飛び立ってしまった。世界を滅ぼそうとして、結局は世界を救うためにその身を捧げた大英雄。

 それが私の愛しい人、桜井智樹。

 

 

智樹は私をはじめ複数の女の子から求愛を受けるハーレム王だった。智樹本人は自分がモテていると考えていなかったようだけど。

 一方で智樹はモテ男撲滅の為の私設武装介入組織『フラレテルビーイング』創設者桜井友蔵の孫でもあった。智樹はモテない男たちの代表という側に自分をアイデンティファイを強くしていた。

 そんな智樹はフラレテルビーイングの上級幹部、フラレテルマイスターとして活動していた。

 そして一昨年のクリスマス・イヴの12月24日に私たちの反対を振り切って一斉蜂起したのだった。

 

 

『俺はフラレテル・ビーイングのモテないマイスター桜井智樹。モテない男、女たちのシンボル、希望の光。今日の俺は、モテないという概念と化しているんだ』

『そんな訳がないじゃないっ!』

『智樹がモテない訳がないじゃないっ! だって、少なくとも私は智樹のことがっ!』

『それ以上言わないでくれっ!』

『今日の俺はモテないマイスターなんだっ! それに反する言葉を聞く訳にはいかない。聞いても受け入れられない!』

『でも、それでも私は智樹のことが……だから……』

『そうだな。その言葉の続きは年末にでも聞かせてくれると嬉しいかもな。俺もリア充の仲間入りができるかもな。ははは』

 

 

 決起にあたり智樹は仲間にアルファとカオスを引き入れた。そしてシナプスの超兵器をフラレテルビーイング構成員に供与しながら大規模な軍事作戦を展開した。

 

 

『……準備は全て整っています。マイ・マスター』

『……いつでも行けるよ、お兄ちゃん』

『本気、なんだ』

『ああ』

『バカっ』

『大バカで……ごめんな』

『行くぞ。イカロス、カオスっ!』

『……イエス、マイマスター』

『わかったよ。お兄ちゃん♪』

『智樹の大バカぁあああああああぁっ!』

 

 

『全世界のモテない男たちに告げるっ!』

『もはや忍従の時は過ぎ去った。奴ら、モテ男共は我々モテない男たちからクリスマスを楽しむ権利を奪い取り、あまつさえ我々を出汁にしてより一層自らのリア充ぶりを満喫している。モテ男の享楽は我々モテない男たちへの際限なき搾取の上にのみ成り立っている』

『我々は解放しなければならない。我々自身をっ! そして、モテ男のいない理想のクリスマスを実現しなければならないっ! 我々自身の、この手でっ!』

『俺の名は桜井智樹。モテ男根絶の為の武力介入組織フラレテル・ビーイングの創始者桜井智蔵の孫にして、現最高責任者フラレテル・ビーイングのモテないマイスターだっ!』

『全世界の志あるモテない男たちよっ! 俺と共に戦えっ! この福岡の地に集えっ! 世界の理想はこの地より始まるのだっ!』

 

 

 一方で私達は守形の指揮の下、連携とチームワークで最強のエンジェロイド2人と対峙した。個々の能力に劣る私たちにとってはチームプレイでの戦いは必須だった。

 

 

『ああっ。ニンフ、アストレア、見月、風音が力を合わせればウラヌス・システムを破壊することも、最強のエンジェロイドを倒すことも十分に可能だ』

 

『智樹たちがやんちゃを始めたのでな。予定より1分早いが、ウラヌス・システム撃破作戦、ミッション名“空の終焉”を始めるとするぞ』

『ええ。こっちはそはら、日和共に所定の位置に既に着いたわ。デルタも守形の合図でいつでもいけるわ。準備万端よ』

 

 

 戦いは激烈を極めた。ウラヌス・システム、カオス、アルファは共に圧倒的な戦闘力を有していた。けれど、僅かな隙、その隙は智樹がわざと用意していたものだったのだけど、それを突くことで私達は勝利を収めることができた。

 

 

『さあ、決着を付けるわよ。アルファ、カオスっ!』

 

『日和っ! 電子戦を全開で行くわよっ! カオスの火器管制を全面的に乗っ取って。私は、体の方を乗っ取るから』

『はいっ!』

『え~と確か、電子戦では~自分のデータを書き換えちゃえば良いんだったよね?』

 

『カオスが幼女化してボディーの耐久度が下がった今がチャンスよ、デルタっ!』

『わっかりました~っ! アストレア・スーパー・デンジャラス・エクセレント・アタッ~~クっ!』

『必殺っ、殺人チョップ・エクスカリバーもどきぃいいいぃっ!』

 

 

『…………ニンフはいつも詰めが甘い』

『…………ニンフが数的優位を作りそれを維持しようとするなら、私はそれを崩すまで』

『だからアルファはカオスの救援ではなく私と日和を確実に倒す方を選んだと』

『…………ニンフと同じ考え方』

 

『そんな状態でアポロンなんて射たらアンタの体が耐えられないわよ』

『…………今の私が確実にニンフを倒すにはこれしかない』

『…………サヨナラ、ニンフ。先に待ってて』

『アインツベルンの面汚し魔術師の手先よ。そんな矢如きでこの天才魔術師を倒せると本気で思っているのか? 舐められたものだな。ロー・アイアス(熾天覆う七つの円冠)っ!』

『うっ、嘘っ!? 人間がアルファのアポロンを防いだって言うの?』

 

『……マスターに希望を信じさせてあげて。ニンフなら、それが出来る』

『わかったわ』

『……それから最後に……マスターの計画に最後までお供出来なくてごめんなさいと伝えておいて……』

 

 

 最後の戦士となった私は単身で智樹がいるウラヌス・システムへと乗り込んだ。

 そしてウラヌス・システム内で私は智樹の真意を聞いた。

智樹はウラヌス・システムを地上に落下させることで祖父友蔵の理想とするモテ男のいない世界を実現しようとしていた。自らの死でその責任を取る形で。

 

 

『俺の計画には今まで1ミリたりとも支障は生じていない。これだけ言えばニンフならわかってくれるんじゃないか?』

『智樹は本気で地球に核の冬を呼び起こすつもりなの?』

『モテない男たちの悲しみをもう2度と繰り返させない為には、モテ男の巣を全て叩くしかない』

『核の冬なんて起こしたら、モテ男が被害を受けるだけじゃ済まないわよ! 下手をすれば人類全てが滅亡しかねないわ』

『だろうな。差し詰め俺は人類滅亡の元凶になるかもしれないな』

 

『私は……私は、智樹のことが好きなのよっ! 大好きなのっ! だから智樹は……モテない男じゃないじゃないのよ!』

『そうか……ニンフがこんな俺を好きだって言ってくれてスゲェ嬉しいよ』

『でも俺はフラレテル・ビーイング創始者のじっちゃんの孫なんだ』

『最近知ったんだけどさ……じっちゃんの本当の死因はフラレテル・ビーイング蜂起の責任を取っての切腹だったらしい。そんなことつい最近まで全然知らなかったんだ』

『だから俺もじっちゃんみたいにフラレテル・ビーイング最高幹部として責任を取って死ななくちゃいけない』

『じゃあ智樹はおじいさんの理想を叶えたいとか言いながら、実際にはモテない男たちのバカ騒動の後始末に死ぬって訳? 地球を滅ぼす大罪まで背負って』

『言葉にして纏められてしまうとそういうことになるのか。うん。我ながら最低に格好悪い最期だな』

 

『この船はイカロスが倒された時点でもう地上に落下するしか選択肢がなくなったんだ。ウラヌス・システムは地上に落下して……地球に核の冬を引き起こすんだ』

 

 

 悲しい決意をもって戦いに挑んでいた智樹。落下していくウラヌス・システム。そんな智樹の頑なな心を変えたのは私の涙……というよりは、1人の自称天才魔術師とフラレテル・ビーイングの戦士たちの行動だった。

 

 

『ふざけるでない。たかが金属の塊1つ。この天才魔術師ロード・エルメロイが押し出してやるっ!』

『バカなことはやめろっ!』

『やってみなければわからんだろうが』

『お前、正気か?』

『貴様ほどイジケ過ぎもしなければ、人類に絶望もしてはいない。何故なら私はアッカリンともっかんを愛する真のリア充なのだからなっ!』

『ウラヌス・システムの落下はもう始まっているんだぞっ!』

『天才魔術師スーパーケイネスは伊達ではないのだよっ!』

 

『な、何でだよ? 何でモテない男たちが、フラレテル・ビーイングの戦士たちがこんなことをしているんだよ?』

『天才魔術師さんだけに良い思いはさせませんよ』

『思い出したんですよ。クリスマスはモテ男とバカップルだけのものじゃないって』

『うわぁああああああぁっ!』

『やめるんだ。こんなことに付き合う必要はないっ! 下がれ。来るんじゃないっ!』

『地球が駄目になるかならないかなんです。やってみる価値はありますぜっ!』

 

 

 改心した智樹と私はウラヌス・システムを宇宙に送り出すことに決めて実行に移した。

 

 

『あの男たちが命を賭して教えてくれたの。私と智樹が力を合わせれば出来る、ウラヌス・システムを地上に落とさなくて済む方法を』

『その方法ってのは?』

『智樹の股間の超電磁砲(レールガン)を推進力にして、この船を地球の引力圏の外まで運び出すの』

 

『脱衣(トランザム)っ!!』

『アフロディーテ、起動っ!』

『これならスゲェベルが鳴らせるっ! 俺の最高のベルがっ!』

『そうよ。一番凄いベルを鳴らして一緒に地球を救いましょうっ!』

『ああっ、行くぜ! 地球上に鳴り響け。俺のベル。超電磁砲発射ぁああああああぁっ!』

 

 

 私達は無事にウラヌス・システムを宇宙へ飛ばすことに成功した。

 だけど……。

 

 

『せめて宇宙空間に出るまでは保って……私の意識』

『宇宙にさえ出ちゃえば……気絶しても後は智樹がウラヌス・システムと私を地球の引力外まで運んでくれる』

『やっと……宇宙だぁ……』

『ここまで来れば……後は智樹と宇宙の果てまでランデブーするだけ……』

『そうだな』

『後は……ニンフに地球に戻ってもらって、俺が宇宙の果てまでコイツを連れて行けば任務は完了だな』

『えっ?』

『と、智樹っ? 何を、言って?』

『イカロスとカオスの世話をニンフにお願いしたくてな。特にホラ、イカロスの奴はすげぇ落ち込むと思うから。だから、なっ?』

『なっ? じゃないでしょっ!』

『けどよぉ、俺まで地球に戻ったらコイツはまた地面に墜落し始めるぜ。だから、俺は戻れない。代わりにニンフにあいつらのことを任せたいんだ』

『私は……智樹と一緒に行っちゃいけないの? 私を、連れて行ってくれないの?』

『ニンフにはさ……地球のみんなを明るくしてやって欲しいんだ。まあ、そんなデカイ話を今すぐに実現しろとは言わないから、せめて空美町の奴らをさ元気付けて欲しいんだ。それが、大罪を犯した俺の今の希望なんだ』

『そんな希望だけを私に背負わせるの?』

『ニンフはさっき、俺の背負うものを自分も一緒に背負いたいって言ってくれただろ? だから、俺の希望も一緒に背負ってくれると嬉しいんだ』

『本当に智樹は……いつも自分勝手なんだから……』

『もしもさ……また会うことが出来たらさ……俺は……ニンフに……』

 

 

 こうして私は地球に戻り、智樹は宇宙へと飛び立っていった。

 そしてこれが私が智樹を見た最後となった。

 

 

 

「何で智樹がいないのにフラレテル・ビーイングだけが復活しているのよ?」

 デルタに呼び戻されて、空美町へと帰還した私が見た光景。

 それは今年もまたフラレテル・ビーイングがバレンタインデーに武装蜂起して暴れている場面だった。

「智樹は蜂起前に言っていた。フラレテル・ビーイングは既に智樹の指示など必要としておらず勝手に動くと。それが今目の前で起きている現象だろう」

 駆け付けてきた守形は戦況を見守りながら冷静に分析を開始する。ちなみに高校に進学した守形と会うのは久しぶりのことだった。

「勝手に動くにしても数が多すぎない? クリスマスの戦いで、3千人以上のフラレテル・ビーイング構成員が死んだって言うのに……」

 1年と少し前の戦いで、数多くのフラレテル・ビーイングの戦士達が散った。その大半はウラヌス・システムの地上落下を食い止める為に自らの命を犠牲にした者達だった。

 あの戦いを通じて多くの戦士達がクリスマスやバレンタインデーを潰すことの虚しさを悟ったハズだった。

 にも関わらず、今日もまた数多くのテロリスト達がこの町に蔓延っている。その数、私のセンサーで捕捉する限り5千以上。

「あのクリスマスの戦い以来、この空美町はモテない男たち、女たちにとっての聖地と化してしまった。いや、暴力を求める修羅もまたこの地を崇め奉っている。その結果、こうして妙な奴らが世界中から集まってくる危険地帯と化してしまった」

「確かに……どれもこれも空美町では見たことがない奴らばかりね」

 智樹のあの蜂起は僻み根性満載の変態共をこの町に引き入れるようになってしまった。

 それは間違いない。そして、その弊害によって生じた大きな問題。それは……。

「奴らは皆一様に智樹の後継者を名乗っている。だがっ!」

 鉄仮面を被っていると揶揄されるほど無表情で知られる守形が嫌悪の表情をテロリスト達に向けている。

「智樹の意志を継ぐというには奴らはあまりにも品性に欠けすぎているっ!」

「そうね。智樹のフラレテル・ビーイングは曲がりなりにもモテ男のいない平等な世界を作るという理想を掲げていた。でも、アイツらはただ暴れたいから暴れているだけに見えるわね」

 目の前の連中は目的も理想もなく破壊活動を繰り返すただの暴徒にしか見えない。

 

「ひゃっはぁ~~っ! 種籾をよこせぇ~~っ!」

(#・3・)「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ。おじさんの名を言ってみろ~~っ! メガネ狩りをするのさっ!」

「今再びっ! 我らは救世の旗を掲げようっ! 見捨てられたる者は集うが良いっ! 私が率いる。私が総べる。我ら貶められたる者の怨嗟が必ずや神にも届くっ!」

「高校生になっても英くんが相手にしてくれないから~満たされない心を~殺戮によって補うわ~~」

 

「…………モヒカンや快楽殺人者やメット被った(・3・)に混じって美香子まで暴れてるんだけど?」

「あれはただの暴徒だ」

 守形は美香子を見なかったことにした。

「でも、確かにバレンタインデーと関係なく動いている連中も多いわよね」

 少なくとも種籾をよこせとか、メガネ狩りをしようとか言っているあの低能連中はバレンタインとは無縁に見える。

「中にはかつての活動を覚えている者もいるようだがな……」

 守形が商店街入口へと視線を向ける。

 

「バレンタインデーのチョコをどれにしようかな~? もう当日なのにまだ決められないよ~」

「なるほどThe World!! お菓子屋さん爆破! そして時は動き出す」

「あれっ? 突然お店がなくなっちゃったよぉ? まだチョコ買ってなかったのにぃ」

「まどかにチョコは必要ないわ」

「あっ! ほむほむちゃん」

「まどかが男にチョコをあげるなんて10年早いわ。せめてBカップに成長してからになさい。でも、私としてはまどかはもう成長しなくて良いと思うわ。ていうかするな」

「ひっ、ひどいよほむほむちゃん。わたし、背が小さくて胸ぺったんこなのを気にしているのに……」

「……そこがいいんじゃないの。育っちゃダメなのよ」

「何か言った?」

「いいえ。何も言っていないわ。それよりも、男にチョコをあげるなんてまどかは決してしてはダメよ。相手が勘違いしてつけ上がるのだから貞操の危機だわ」

「えっ? 男の子じゃなくて、いつもお世話になっているほむほむちゃんにチョコをあげようと思ってたんだけど。でも、お店がなくなっちゃったから、あげられなくなっちゃった。ごめんね」

「私って……ほんと、バカ」

 

「確かに店爆破は今までのフラレテル・ビーイングと活動自体は同じだけど……やっぱり何か違うのよね」

 モテない男たちの怨念じみた暑苦しさと何かが違う。

 だから私の目の前で破壊活動を続けるこの連中は、フラレテル・ビーイングであって私の思い描くフラレテル・ビーイングとは違うのだ。

「でも、止めなきゃいけない奴らであることには違いないわね」

 瞳を鋭くして戦闘モードへと移行する。

 智樹が愛したこの空美町は私が守るっ!

「すぐにみんなに連絡を取らないと」

 フラレテル・ビーイングを殲滅するのに協力してくれそうな仲間たちの顔を思い浮かべる。

 

 まず最初に思い浮かんだのは最も付き合いが長く最強のエンジェロイドであるアルファ。

「……でも、あの子はダメ。もう二度と戦わせられないもの」

 アルファは智樹に従って戦ったクリスマス決戦以来、一切の戦闘を放棄した。武器一つ見せたことがない。

 智樹を守りきれなかったかという後悔とあの子なりのけじめなのだろう。

 多分、あの子が空女王に戻ることは生涯二度とない。そしてそれは決して悪いことじゃない。だから、アルファの手を借りることはできないし、するつもりもない。

「同様の理由でカオスも却下」

カオスの場合、あの決戦の後に一切の戦闘行為を私と智子が禁止した。カオスはその幼い思考に対して力が強過ぎる。

 カオスがいれば戦力になるのは確か。だけど、こちらの都合でまた破壊活動に従事させるのは良くない。戦いにカオスを利用した智樹の悪いやり方と同じになってしまう。

 

「デルタは今どうしているの?」

 センサーで情報収集に努めながら守形に尋ねる。

「アストレアには空の迎撃に回ってもらっているが……状況は芳しくない」

「空?」

 空を見上げてみる。

 すると、センサーがデルタをすぐに捕捉した。更に、アストレアの周りに無数の飛行物体も。慌てて視認に入る。

「あれは……パンツウイングっ!?」

 デルタの周りで飛行している人間達の背中には女性用下着がついているのが確認できた。

 あれは、智樹がクリスマス蜂起の際に機動力確保の為に構成員に渡したものに違いない。

 デルタは羽根つきの無数の変態達と交戦中だった。

「そうだ。あれは智樹が残したクリスマスの危険遺産だ」

「でも、シナプスの超科学力の産物は危険だから、五月田根、鳳凰院、守形の三家の合同で管理していたんじゃないの? ……あっ!」

 暴徒の中には美香子もいた。

 つまり、武器を封印管理している側に武力放棄への賛同者がいれば、テロリスト達に武器を供給することは可能になってしまう。そしてそれは現実化してしまったのだと。

「あの武器の持ち出しには三家の内最低二家の賛同が必要となる。五月田根だけでなく、守形か鳳凰院のどちらかも寝返ったということだ」

 守形の家の者にして、特別な事情から縁を切っている守形は苛立ちを顔で表現した。

「シナプスの武器が供給されている以上、奴らは前回蜂起と同様に危険な戦闘力を持った武装集団となっている。しかも、空美町防衛部隊の機能麻痺は深刻だ」

「そうね。前回はウラヌス・システムやアルファやカオスという巨大戦力にばかり目が行っていたけれど……武器を手にした厄介よね」

 考えてみると、前回の蜂起が収まったのはリーダーである智樹が武力闘争の終了を訴えたこと。そしてフラレテル・ビーイングの構成員達がその智樹の訴えに呼応したことによるもの。私たちだけの戦力で撃退したわけでは決してなかった。

「アフロディーテを使えば一瞬にして制圧も可能だろうが……ニンフ、発動は可能か?」

「ごめんなさい。あのクリスマス以来、使えないの」

 首を横に振る。

 アフロディーテの起動は感情が大きく左右する。もっと言えば智樹への感情の高まりが鍵となる。その智樹がいない以上、私はあの力を操ることはできない。

 

「日和の力なら何とかしてくれるはず! 日和は今どこ?」

 半径50キロ圏内に日和は捕捉されない。

「風音は見月と共に東京にいるらしい」

「東京? …………あっ!」

 守形の話を聞いて思い出した。

 日和はそはらと共に学校の短期留学プログロムに参加とかで東京に出向いていることに。

 2人とも今福岡にいないのだ。

「急いで呼び戻さないと!」

「それは難しいな」

 守形は首を横に振る。

「何でよ?」

「東京でもフラレテル・ビーイングは蜂起しているらしくてな。そちらの事態の収拾にてんてこ舞いのようだ」

「ほんと、迷惑な暴徒どもね」

 思わず舌打ちしてしまう。

「三家の連動が不十分な為に、ニンフとアストレア、僅かな空美町防衛隊、そして俺だけでこの事態を収めないとならないのが現状だ」

「状況は芳しくないわね」

 今回の蜂起は智樹のように地球全域を核の冬で覆い尽くそうというレベルの恐怖ではない。もっと無秩序で地域限定型。

 けれど、空美町に及ぼされる災禍を考えると、前回の蜂起よりも酷くなってしまう可能性は十分にある。

 

「ニンフは智子とコンタクトが取れるか?」

「そう言えば今朝から智子の姿を見てないのよね。ちょっと待ってて」

 レーダーで探知に掛かる。

 けれど、引っ掛からない。

「福岡県内にはいないみたい」

「やはり音信途絶状態か」

 守形のメガネが鈍く光った。

「智樹と同一存在であった智子はいわば、フラレテル・ビーイング創始者桜井友蔵のもう1人の孫と言える存在。智子が説得に乗り出してくれれば、或いは戦闘が収まるかもしれない」

「智樹の場合もそうだったんだし、可能性はあるわね。でも……」

 肝心の智子がいない。

 レーダーの範囲を200キロ圏内まで広げているのにも関わらずみつからない。

「おかしいわよ。智子の位置が割り出せない。昨夜までは確かに桜井家にいたのに」

 智子から旅行に行くという話は聞いていない。

「何者かに遠くまで連れ去られたか、それとも……」

 守形は首を大きく横に振った。

「憶測でものを言うのはやめよう。とにかく今は智子に連絡が取れない」

「そうね」

 瞼を閉じる。

 

「美香子はあそこで暴れ回っているから、五月田根は敵に回ったと見ていいわよね」

「だろうな」

「鳳凰院家の動きはどうなっているの?」

 人の話を聞かないはた迷惑な兄妹の顔を思い浮かべながら尋ねる。

「現在当主は海外に商談で出張中。留守は義経・月乃兄妹が預かっているようだ」

「2人が美香子に付いたと言うわけ?」

「分からん。鳳凰院家は態度を明らかにしていない。連絡を取っても、使用人達が病気を理由に取り次いでくれんのだ」

「ふ~ん」

 センサーを鳳凰院の屋敷へと集中させる。

「義経も月乃も屋敷内にいるわね。同じ室内……ソファーででも寛いでいるっぽいわね」

 私のセンサーは鳳凰院兄妹が室内で腰を曲げて同じ姿勢を取り続けていることを把握している。おそらくは座っている。

「傍観を決め込んでいるということか。金持ちにありがちな日和見主義か」

 守形は大きくため息を吐いた。

「とにかくこれで三家の援軍は当てにできないことが判明した。俺達だけでも何とかしないとな」

「うん。そうね」

 改めて戦況の厳しさを知る。

「現在、上空の警護はアストレアに任せている。ニンフと変わるか?」

 上空を見上げながら考える。

 デルタはパンツを生やした変態達を追い掛け回している。武器がクリュサオルしかないのでパンツをぶった切って地面へと不時着させていくしかあの子には手がない。

 私がジャミング・システムを発動させれば多くの変態達を地上に戻せる。だからつまり……。

「空の警護はデルタに任せるわ」

 首を横に振った。

「私のジャミング・システムは最初は有効かも知れない。でも、敵に乗っ取りを知られてしまったら、アイツらはきっと私に近付かなくなる。追いかけっこならデルタの方が得意だもの」

 パンツ・ウイングの飛行性能は私のそれと比べてそんなに変わらない。あんな大勢の変態にオールレンジで逃げられたら打つ手はない。

「なら、ニンフには俺と一緒に地上の5千の暴徒を相手してもらおう」

「うん。分かったわ」

 道端に落ちている切れたロープや角材を拾い上げながら答える。

 これらのものをジャミング・システムで変化させれば捕縛道具として十分機能する。

 けれど、相手が5千ともなると相当な苦労になるに違いなかった。

「こんな時……智樹がいてくれたら」

 大空を見上げる。

 私の想い人がこの大地にいないことを改めて痛感してしまう。

 とても、寂しい現実だった。

 

 

 

 

 

 

『智子さまのご指示通りに、九州、四国、中国方面でのフラレテル・ビーイング決起予定者は全てここ空美町で武装蜂起するように極秘裡に誘導しましたわ』

『そう。ご苦労さま』

『ですが智子さま。これは智樹さまのご遺志に反する行動なのでは? 空美町に暴徒を引き入れるような真似は……』

『月乃ちゃん。智樹のことは離れた半身である智子が一番よく知っているわ』

『それは、そうかも知れませんが……』

『月乃ちゃんは“桜井智樹の後継者”フラレテル・ムーンの総大将なんだからどんと構えていれば良いわ。大丈夫。悪いようにはしないわよ』

『はい。分かりましたわ……』

 

『Ms.智子。妹を変な連中の神輿に担ぎ出すのは僕としては感心できないのだが』

『悪いようにはしないって言っているでしょ。それにフラレテル・ムーンの存在を知っているのはここの3人と美香子元会長ぐらいなのだし、あの暴徒達が月乃ちゃんの存在に気づくハズはないわ』

『まあ、妹に被害が及ばないというのなら、僕は月乃のやりたいことを支援しよう』

『フラレテル・ムーンは桜井智樹の遺志を継ぐ者達の集まりだもの。悪いことになんかなりはしないわよ。フフ』

 

 

 続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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