将志は当初の任期であった十五日を過ぎると同時に、即座に竹取の翁によって買収された。
突然の出来事に手配師は眼を白黒させたが、目の前に置かれた大金と翁の鬼気迫る表情により、首を縦に振ることになった。
「おい槍の字。アンタいったい何をした?」
「……俺がやったのは三十人をまとめて叩きのめして料理を作ったくらいなのだが……」
「やれやれ、相も変わらずめちゃくちゃだな、アンタは……おかげでうちの看板が傾きそうだぜ……」
将志の報告に手配師は大きなため息をついた。
実際、将志はこの手配師のもっとも信頼の置ける働き手だったために、手配師も少し苦い顔をしている。
「……まあ、暇になったらここにも顔を出そう。片手間で済ませられるような仕事であるなら引き受けられるだろうからな」
「はあ……なるべく頻繁に顔出せよ」
将志はそういうと、料理屋を後にした。
そんなやり取りが合ってから数年。
将志は日々を輝夜の護衛と神としての仕事という二束のわらじで忙しく過ごしていた。
もっとも、護衛の仕事は輝夜の話し相手や食事の準備などで、将志にとっては休憩に近かったのだが。
たまに進入してきた夜盗に鉄槌を下したり、物珍しさその他の視線から輝夜を守ったりしていた。
一方の輝夜も、あの有名な五つの難題を貴族達に出したり、帝からの求婚を躱したりといった生活を送っていた。
「はあ……全く、帝も良く飽きずに来るものね。ああまで熱心だと感心するわ」
輝夜は呆れ口調でそう言いながらため息をつき、床に足を投げ出した。
相手が余りに自分に熱を上げているせいで、話していてもの凄く疲れる様である。
それを見て、将志は小さく息を吐いた。
「……ずいぶんと疲れているな。輝夜のことだ、もう少し適当に流すかと思ったのだが」
「話をちゃんと聞かないと同じことを何度も言うんですもの。適当に流せやしないわよ。逆に、将志はもう少し私の話を真面目に聞いてくれてもいいと思うけどね」
輝夜は将志に少々じとっとした、訴えかけるような視線を送った。
それに対して、将志は小さくため息をついて視線をそらした。
「……善処しよう」
「うわ、出たよ典型的なあいまいな返事」
将志の返答に、輝夜は白い眼を将志に向けてそう言うのであった。
二人は縁側に並んで座りながらゆったりとした時間を過ごす。
空には大きな満月が出ていて、辺りを青白く照らし出していた。
「……」
「……」
二人は黙って満月を見上げた。
将志は若干の淋しさを湛えた表情を向けている。
輝夜はどこか悲しげな表情を浮かべて月を眺めていた。
「……主は……今、月からここを見ているだろうか?」
将志のこぼした一言に、輝夜はそちらに眼を向ける。
将志は月をひたすらに見つめており、いつものように月へと旅立った主のことを思っていた。
そんな将志に、輝夜は声を投げかけた。
「永琳? そうね、永琳は今こっちを見ているかもしれないわね。何せ、一番の親友と姫が両方とも居るわけだし」
「……そうか……」
輝夜の言葉を聞いて、将志は立ち上がった。
そして月明かりに照らされた庭に出ると、将志は再び月を見上げた。
「将志? どうかしたの?」
「……少し、主のことを思い出していた」
将志をそういうと、手にした槍に巻かれた赤い布を取り払った。
中からはけら首に銀の蔦に巻かれた黒曜石が埋め込まれた、長さ三メートルほどの銀の槍が現われた。
その槍は月明かりを受けて、神秘的な輝きを放っていた。
「……ふっ」
将志はその場で槍を振るい始める。
淀みなく、時には嵐のように激しく、時には流水のように優雅に槍を振るう。
その度に銀の軌道が複雑に絡み合い、幻想的な映像を見るものの脳に焼き付ける。
その中心にいる将志は穏やかな表情を浮かべており、舞うような動きを見せている。
辺りは静寂に包まれており、槍が風を切る音や将志の息遣いなどが聞こえてくる。
そしてそれらの要素が合わさって、その場には惹きつけられるような不思議な世界が出来上がっていた。
将志は月に居る主に向かって、祈るように舞い踊る。
「…………」
輝夜はすっかりそれに心を奪われていた。
瞬きすら忘れ、将志の一挙一動すべてを見逃さないように見入っている。
大上段から槍が振り下ろされ、その直後に将志は素早く残心を取る。
そしてふっと一息つくと、槍を納めた。
「……主は、月明かりに照らされた俺の槍を見るのが好きだった……今となってはもう気の遠くなるような昔の話ではあるがな……今でも、月から見えるように主のためにこうして舞っているのだ」
将志は誰に聞かせるまでもなく、眼を閉じて思い出を噛みしめるようにそう呟いた。
研究所の中庭で月明かりの下で将志が槍を振るい、それを永琳が楽しそうに眺める。
その光景は、将志の中で数億年経った今でも色褪せずに残っていた。
「……そう……初めて見たけど、すごく綺麗ね。永琳が毎日見ていたのも分かるわ」
「……そうか」
将志は僅かに笑みを浮かべると縁側に戻り、少しぼんやりした表情の輝夜の隣に腰を下ろす。
輝夜はしばらく黙った後、口を開いた。
「……ねえ、将志。話があるの」
「……何だ?」
「私ね……次の満月の夜に月に帰るの」
輝夜は将志に事の詳細を告げた。
自分が蓬莱の薬を飲んだこと、それにより罪人として地球にやってきたこと、そして月に帰る期限が近づいてきていることを。
将志はそれを黙って聞き入れる。
そしてしばらく考えた後、将志は言葉をつむいだ。
「……それで、輝夜はどうしたいのだ?」
「……正直、月に帰りたいとは思わないわ。月はもう全てが終わっているもの」
「……それはどういうことだ?」
「永い年月を生きることは必ずしも良いことばかりじゃないわ。全員が全員永く生きすぎて、ただ時間を浪費するだけの人生。月はもう何も変わらないし、変われない。そんなところに、私は帰りたくないわ。それに、私はここが気に入ってるのよ。お爺様もお婆様もやさしいし、他の人間だって月と違ってずっと良い。だから、私はここに残りたい」
そこまで言うと、輝夜は将志の手を取った。
「……だから将志、お願いだから私を守って……たぶん、私を守れるのは貴方だけだから……」
輝夜は縋る様な眼で将志を見る。その様子は、まるで今を失うことを恐れているかの様であった。
その眼を見て、将志はふっとため息をついた。
「……ああ」
将志はそういうと、輝夜の手を握り返した。
それから瞬く間に一月が経ち、月から迎えがやってくる日が来た。
事前にこの日のことを聞かされていた護衛達は、何が何でも輝夜を守ろうと意気込んでいた。
そんな中、月から淡い光と共に使者がやってくる。
「うっ……」
「あっ……」
その淡く白い光を見ただけで、護衛達は成す術もなく次々と地に伏していく。
それはまるで下賎の者には見ることすら許されんと言わんばかりのものであった。
「……来たわね」
「……ああ」
屋敷の奥の一室に座している輝夜を守るように前に立ち、静かに相手を待ち構える将志。
将志にも白い光は効果を及ぼしているが、自らに流れる力でその効力を打ち消していく。
その目の前に、月の使者が降り立った。
使者は二十名ほどの人数で、その手にはアサルトライフルのような武器が握られている。
「姫様、お迎えに上がりました。さあ、こちらへ」
「……嫌よ」
使者の言葉に拒絶の意を示す輝夜。
そんな彼女の反応に、使者は顔をしかめた。
「そうおっしゃられても困ります」
「それなら思う存分に困ればいいわ」
「……そうですか。では、仕方がありませんね……っ!?」
武器に手をかけた使者の眼前に、突如銀の槍が突き出される。
使者は思わず後ろに飛びのいた。
「……言うことに従わなければ実力行使とは、ずいぶんと乱暴だな」
「貴様……何者だ!?」
目の前の人間が突然動き出し、使者は狼狽した様子で声をかける。
それに対して、将志はただ静かに槍の切っ先を向けて口を開いた。
「……俺の名を聞いてどうするつもりだ? 今の俺は輝夜の護衛、それだけで充分だろう?」
一斉に銃を向ける使者達に、将志は泰然とした様子で声をかける。
敵に名乗る名などない、そう言わんばかりの態度で輝夜と使者の間に立つ。
すると、使者の中から息を飲む気配がした。
「……将志? 将志なの!?」
「……! この声は!?」
突如上がった声に、将志は眼を見開いた。
声の方向に眼を向ければ、紺と赤で色分けされた服を来た銀色の髪の女性の姿があった。
輝夜の家庭教師であった彼女は、今回輝夜を迎える使者として地球に来ていたのだ。
その表情は驚きに染まっていて、駆け寄ろうとするのを必死で堪えているように見えた。
「……主……」
将志は視線の先の永琳を見つめながらそう呟いた。
その様子を見て、使者の態度が変わった。
「……これはこれは、こんなところであの『銀の英雄』に会えるとは思いませんでした。何故生きているのかは知りませんが、貴方も一緒に月にお迎えしましょう」
一転して武器を下ろし、友好的な態度で将志に話しかける月の使者。
「…………」
将志の心は揺れていた。
後ろには、守ると約束した友人がいる。前には、ずっと捜し求めていた主がいる。
将志は輝夜と永琳の顔を、何度も見比べた。
「……将志……」
そんな将志にすがるような視線を送る輝夜。
彼女には将志の心が揺れていることが良く分かった。
そして、それが永琳に傾いた瞬間に自分は連れ戻されてしまうのだということも。
「…………」
一方の永琳は困惑した様子で将志を見つめていた。
将志との再会を望んでいた彼女であったが、よりにもよってこのタイミングで出会ったことは計算外であったようである。
その眼は時折将志の後ろの輝夜に動いており、輝夜のことを心配しているようにも見えた。
「……ふむ……」
将志はそんな二人をジッと観察する。
そして、将志は天を仰いでため息をついた。
「……ふっ」
次の瞬間、使者の武器に銀の線が引かれた。
武器はその線のとおりに真っ二つに両断された。
「……せっかくの申し出だが、それに答えることは出来ん。約束を反故にするのは性分に合わないのでな」
将志は槍を振りぬいた状態で静止しており、その眼は月の使者達を油断なく睨んでいた。
それを見て、使者は残念そうに首を振った。
「……そうですか、それが貴方の答えですか……ならば、無理やりにでも連れて行きます! 総員、構え!」
使者がそういうと、後ろで待機していた者が永琳を除いて全員銃口を将志と輝夜に向けた。
それに対して、将志は槍を静かに構えた。
「……悪いが、今の俺は手加減が出来んぞ……死にたくなければ、早々に立ち去るが良い」
将志は威圧するような低い声でそう言う言い放った。
将志の体からは銀の光があふれ出し、部屋の中を真昼のように照らし出す。
そんな将志の様子に、使者はニヤリと笑った。
「出来るのですか? この人数を相手に? そんな槍一本で?」
「……出来ない事は言わない主義だ。第一、俺の名を知ると言うことは俺の仕出かしたことも分かっているのだろう? 警告だ、ここで引かねばお前達は死ぬことになるぞ」
将志はそう言いながら、使者達の前に静かに佇む。その様子には気負いすらなく、お前達では相手にならないと言外に述べていた。
それを見て、使者の顔から笑みが消えた。
「……そういう貴方こそ、自分の身の心配をしたほうが良いと思いますよ。総員、撃てーっ!」
その号令で、使者達は一斉に将志に銃を向ける。
しかし、銃から弾が発射されることはなかった。
引き金を引く直前、月の使者達はトンッと左胸に軽い衝撃を受けたのだ。
そして気が付けば、前に居たはずの将志が自分達の後ろに音もなく立っていた。
「……忠告したはずだ。死にたくなければ早々に立ち去れと」
将志は眼を閉じて呟くようにそう言うと、手にした槍を一振りした。
すると、月の使者達は全員その場に倒れこんだ。
その全てが、綺麗に心臓を穿たれていた。
「……終わったぞ、輝夜……主……」
将志は纏った光を霧散させてそう言いながら、穂先に付いた血を紙でふき取って槍を納める。
そんな将志に、永琳は飛びついた。
「将志! 会いたかった!」
「……ああ、俺も会いたかったぞ、主」
永琳の眼には涙が浮かんでおり、今にも泣き出しそうな表情だった。
将志はそれをしっかりと抱きとめ、優しく声をかけた。
「……良く私が考えていたことが分かったわね」
「……輝夜を見る眼が気に掛かったのでな。それに、主ならこうするだろうと思った」
「……すごいわね……おかげで助かったわ、将志」
二人は強く抱き合ったまま、囁くようにして会話を続ける。
お互いにもう二度と放すまいと言わんばかりに手に力が篭っていて、想いの強さが良く表れていた。
「はいはい、感動の再会もいいけど、これから先どうするのよ? どこか隠れる場所を探さないと、またすぐに追っ手が付くわよ?」
そんな二人に呆れた表情を浮かべながら輝夜がそう提案する。
将志はそれに対して少し考える。
「……たしか、ここから少し離れた竹林に打ち捨てられた屋敷があったはずだ。そこに行くとしよう。……失礼する」
将志はそういうと、将志は二人を肩の上に座らせる。
ちなみに槍は邪魔にならないように背中に背負っている。
「……輝夜、しっかりと捕まりなさい。将志はすごく足が速いから」
自分を担ぐ将志の手をしっかりと握り締めて永琳は輝夜にそう言った。
「そうなの?」
「……行くぞ」
「え、きゃああああああ!?」
輝夜が首をかしげている間に将志は走り出した。
将志は空を飛ぶように走り、景色をものすごい勢いで置き去りにしていく。
そして、あっという間に屋敷に着いた。
「……着いたぞ」
将志はそう言うと二人を肩から降ろした。
すると永琳は将志にもたれかかり、輝夜はその場にしゃがみこんだ。
「……あ、相変わらず速いわね……」
「う~、気持ち悪い……飛ばし過ぎよ、将志……」
永琳の体はふらついており、輝夜は顔面蒼白になっている。
どうやら将志の移動速度に体がついて行けずに酔った様である。
「……大丈夫か? これでも手加減はしたつもりなのだが……」
そんな永琳や輝夜の様子を見て、将志は少々気まずそうに頬をかいたのだった。
そしてしばらく休んだ後、将志達は屋敷の中を見て回った。中は無人になって久しいのか、ホコリが到る所に溜まっている。
が、基礎や柱はまだしっかりとしていて、少し片付ければ住むことが出来そうだった。
「……これならば少し改修すれば十分に住めるだろう。周囲は竹林に囲まれていて人間はそう簡単に立ち入れないし、ここがちょうど良いだろう」
「でも、ずっとここに留まっているんじゃすぐに見つかってしまうわよ?」
「……それに関しては、俺に任せてもらう」
将志は見つかることを心配する永琳にそう言うと、空に飛び上がった。
竹林全体を見下ろせる位置まで上ると、将志は集まってくる信仰の力を八本の巨大な銀の槍に変化させた。
それを作り出した瞬間、将志は体から力が一気に抜けたような感覚を覚えた。
「……くっ……はあああああ!」
将志はそれをこらえて八本の槍をそれぞれ八つの方角へ飛ばし、地面に突き立てる。
すると竹林全体を霧が覆い始め、空からは何も見えなくなった。
それを確認すると、将志は地上に降りる。
「将志、あなた今何をしたのかしら?」
「……主達が見つからない様に、俺の力で結界を張った。これで空からは見えなくなり、普通の人間であればこの屋敷にたどり着くことはまず無いだろう」
将志は永琳にいました事について簡単に説明をした。
彼は神奈子達の元で修行を積んだ結果、ある程度のレベルの結界を張れるようになっていたのだ。
その話を聞いて、輝夜は首をかしげた。
「それって、普通の人間じゃ入れないって事?」
「……そうではない。そのようなことをしたら何故入れないのかを怪しまれる。中に入ったものには少し迷ってもらうだけだ」
「私達が迷う心配は無いのかしら?」
「……主達にはこの結界に抵抗出来るほどの力がある。方角を押さえていれば、主達が迷うことは無いだろう」
将志は自分の張った結界について簡単に説明をした。
その結界は微弱な神力で作られた霧で竹林を覆うものであり、方向感覚を狂わせる力がある。
それと同時に、霧で覆うことで空から発見されることを防ぐ意味もあるのだった。
その説明を聞いて、永琳が心配そうに将志を見やった。
「でも将志、あなたそんなに力を使って大丈夫なのかしら? この結界を維持するのは大変ではないの?」
「……この程度であれば、今の俺には造作も無いことだ。守護神としての信仰の力だけで十分に補える。心配は全くいらない」
「……流石に建御守人としてそこらじゅうに知れ渡ってる神だけあるわね……」
心配そうな表情を浮かべる永琳に将志は淡々と答え、輝夜は感嘆の表情を浮かべる。
しかし永琳はそう言われても将志に対する心配が無くなる訳ではなかった様で、再び将志に質問を重ねた。
「それでも、これで将志は他の事に本気を出せなくなるわ。本当にそれでいいのかしら?」
「……俺は主を守るためにここに居る。主が生きている限り、俺はどんな手段を用いてでも主を守り抜く。主が何と言おうと、俺はこの意志を貫く」
将志は眼を閉じ、厳かな口調で永琳の質問に答えた。
その言葉は自らに言い聞かせる様でもあり、永琳に誓いを立てる様でもあった。
「なっ……!?」
力強く言い切られた将志の言葉に、横で聞いていた輝夜は言葉を失った。
一方、直接言葉を向けられた永琳は苦笑交じりに頷いた。
「そう……それなら、ありがたく厚意に甘えさせてもらうわね」
「……ああ」
永琳と将志はそう言い合うと、肩を並べて屋敷の中へ入って行った。
そんな二人を、残された輝夜はジッと見つめていた。
「……将志の台詞、考えようによってはプロポーズの言葉なんだけど……二人とも何でそれに思い至らないのかしら……?」
輝夜は釈然としない表情を浮かべて首を横に振ると、後を追って屋敷に入って行った。
こうして安全な隠れ家を手に入れた永琳達は、早速屋敷の掃除に取り掛かった。
掃除をするのは台所周りと居間に寝室。
とり急いで掃除を行う必要のある場所のみを掃除した。
掃除が終わり、全員居間に腰を下ろす。
机の上には将志が即興で作った熊笹茶が並んでいて、三人でそれをすする。
「それで、将志はこの後どうするのかしら?」
「……今回使者を全滅させたために、俺の生存は恐らく知らされていないはずだ。よって、諜報と物資調達の役割を果たすためにも敢えて外に出ようと思っている」
将志は現在自分が置かれている状況を整理し、自分がこれから取る行動を永琳に伝えた。
永琳はそれを聞いてしばらく考え込んでいたが、やがて大きなため息をついた。
「そう……仕方が無いわね、前と同じように一緒に暮らせたらと思ったのだけど……」
永琳は心底残念そうに肩を落としてそう言った。
どうやら先程まで何とか一緒に暮らすことが出来る方法を考えていたのだが、結局将志の言うことが正しいという結論に至ったようである。
「……それが出来れば一番なのだが、そういうわけにもいかんだろう。こまめに通うことにするから、それで勘弁してくれ」
そんな永琳に、少し困ったような表情を浮かべて将志が返す。
……その様子を輝夜が面白いものを見るような表情で眺めているのだが、二人は気付いていない。
「それじゃあ、せめて今日だけでも泊まっていきなさい。久々に逢えたことだし、話したいことが沢山あるのよ」
「……了解した。こちらも、話す話題には困らないだろうからな」
二人はそういって笑いあう。
二人の距離は、引き離されたあの日よりも近くなっているようだった。
「……このバカップルめ……」
そんな二人を見て、すっかり放置されている輝夜は恨めしそうにそう呟くのだった。
しばらくして、将志は永琳の部屋に呼び出されて来ていた。
部屋の中は暗く、窓から差し込む月明かりだけが蒼白く部屋の中を照らし出している。
永琳は将志が来ると、にこやかに笑ってそれを迎え入れた。
「いらっしゃい、将志。待ってたわよ」
「……ああ」
将志は永琳の言葉に小さく頷くと、永琳の前に座った。
すると永琳は将志にそっと抱きつき、将志もそれを受け入れる。
「……会いたかった……別れてからずっと、ずっとあなたに会いたかった……」
涙ぐみながら、永琳は掠れた声でそう言った。
感極まっており、それ以外の言葉が見つからないようである。
「……長かったな……あれからもう、数え切れないほどの時が経っているな……」
そんな永琳に、将志も感慨深げに声をかける。
将志は泣きそうになる永琳を宥めるように背中を撫でる。
「長すぎるわよぉ……一人だって実感するたびに、毎回あなたを思い出して泣いてたんだからぁ……何であの時私を置いていったのよぉ……!!」
将志に背中を撫でられて、その暖かさに永琳は泣きじゃくる。
再び会えると信じて信じて信じ抜いて、二億年もの長い間一人で気丈に振舞ってきたのだ。
そして、その求めた暖かさが今目の前にある。
永琳は緊張の糸が切れ、将志の服を握り締めて堰を切ったように涙を流し始めた。
将志は眼を閉じ、静かに息を吐いた。
「……あの時、何が何でも主を守らねばならないと思った。そう思った時、俺の体は勝手に動いていた……主を置いていったことに関して、俺は全く申し開きは出来ん」
当時を思い出しながら、将志は静かにそう答えた。
迫り来る妖怪の群れ、護衛の居ない船、そして守るべき主。
それを見たときのことを将志は鮮明に覚えていた。
将志はゆっくりと眼を開き、まっすぐに永琳を見つめる。
「……だが、俺はそのことを後悔したことは一度もない。自己満足と言われても仕方の無いことだが、俺は主を守りきることが出来たのだからな」
「馬鹿!! それで助けられて、一人残された私はどうなると思ってたのよ!! あなたが居なくなって、淋しかった!! 何度も何度も心が折れそうになった!! こんなにつらい思いをさせて、あなたはそれでもそう言うの!?」
将志の言葉に、永琳が泣き叫ぶようにそう訴えた。
激情の赴くまま、今まで溜め込んでいたものをぶつけるかのように溜まっていた不満を叩きつける。
それを聞いて将志は俯き、目を伏せて一つ息をつく。
「……何度でも言おう。俺は自分の行動を後悔していないし、これからもすることはない。主につらい思いをさせてしまったことは謝るが、それでも主を守り抜き、こうして再会することが出来たのだ。……俺にとって、これ以上の結果は望むことすら出来ん」
「っ……!」
将志の言葉に、永琳は絶句する。
自分の思いを告白しても、どんなにつらかったのか伝えても後悔しないと答える将志に憤りを感じる。
そんな永琳の様子に気づいたのかどうかは知らないが、将志はふと窓から見える月を見上げた。
「……何度月を眺めただろうか……」
「え?」
月を見つめながら呟くように発せられた将志の言葉に、永琳は聞き返す。
それに続けて、将志は淡々と話を続ける。
「……俺は主と別れてから、毎日月に向かって槍を振るっていた。それは一日たりとも休んだことはない」
「あ……」
誰に聞かせるでもなく、将志は宙に向かって言葉を放つ。その顔に表情は無く、そこから将志の感情は窺い知ることは出来ない。
そんな将志の言葉を聞いて、永琳は再び言葉を失った。
永琳は将志がずっと月からの迎えを待ち続け、自分のために槍を振るい続けていたということを理解したのだ。
将志は眼を閉じ、小さくため息をつく。
「……俺は信じることしか出来なかったのだ。いつか主に会える日が来る。それだけを信じて、俺は今日の今日まで生きてきたのだ。……いつか月から迎えが来るかもしれんと思っていたが、終の終まで来ることは無かったな」
「…………」
起伏の無い声で、ひたすらに淡々と将志は話を続ける。
そんな将志を見て、永琳の頬を涙が伝う。永琳の眼には、以前将志が持っていた少しの感情すら抜け落ちてしまったように見えたのだ。
その空虚さがたまらなく哀しくて、永琳の胸に熱いものがこみ上げてくる。
そんな永琳に、将志は静かに眼を向ける。
「……何故、今まで月からの行動が無かったのだ?」
「……不可能だったのよ。もし将志が生きているとしても、何故生きているかが問題になるわ。そうすれば、あなたが妖怪であることがばれてしまうのよ……だから、あなたを迎えに行きたくても出来なかったのよ……」
永琳は将志の問いかけに、震える声でそう答えた。
その言葉には悔しさとやるせなさが入り混じっていて、自分を責めるようなものであった。
それを聞いて、将志は小さく頷いた。
「……そうか。ならば過ぎたことには何も言うまい。俺はまた主に会えた、その事実だけで充分だ」
「……嫌よ……それで満足しちゃ……」
顔を伏せ、張り裂けそうな声で永琳は小さく呟く。そして、将志を抱く腕に力を強く込めた。
突然の永琳の行動に、将志は不思議そうに永琳を見た。
「……主?」
「もう放さないし、勝手に居なくなることも許さない。今度勝手に居なくなったりしたら、どんな手段を使ってでもあなたを連れ戻すわ」
永琳は命令するように、強い口調で将志にそう宣告した。
それは将志に対する言葉であると共に、自分に対しての決意を示した言葉であった。
その強い想いの篭った言葉を聞いて、将志は眼を閉じた。
「……主の不幸を俺は望まん。本当に必要の無い限り、俺は主の側を離れんことを誓おう」
将志は一つ一つの言葉をかみ締めるように、自分の心に刻み込むように誓いを立てた。
「……約束よ」
それを聞いて、永琳は小さな声でそう囁いた。
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かぐや姫に振り回される日々を送る銀の槍。しかし、期日は着々と迫っていた。そして、運命の時を迎えることになる。