将志が輝夜の元で護衛を始めて数日、将志は休憩時間のたびに自分の社に戻って仕事をする日々が続いた。
おまけに初めに話して以来輝夜がすっかり懐いてしまい、将志は周囲から色々な視線を感じるようになった。
もっとも、将志本人は全く気にしていないが。
もちろん、近くにいた護衛たちに睨まれる事もあった。
その日、将志がいつものように輝夜に呼びつけられて話をしていると、他の護衛たちが輝夜の部屋を訪ねてきた。
その者達が直訴して曰く、突然大勢の不届き者共が襲ってきたら何とするか。
曰く、お前に守りきることが出来るのか。
様々なことを周りの護衛が口にした。
それを聞いて、輝夜は愉快そうに眼を細めた。
「だって、将志。どう思う?」
「……至って全うな発言だと思うが?」
輝夜の問いに、将志はそう言って返す。
しかし、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて言葉をつむいだ。
「なら、将志が一人で貴方達から守りきれれば文句はないわね? そういうわけで将志、ちゃっちゃと勝負しちゃいなさい」
「……失礼ながら、今この場で争って、唯でさえ減っている護衛の数を更に減らすのは得策ではないと思うのだが?」
「そんなの、勝った人間が補えば良いだけのことでしょ? 将志が勝ったとしても、それは将志がここにいる二十人分の働きが出来る証明になるから何の問題もないわ。これは雇い主の命令よ。さあ、全員さっさと準備なさい!」
「……何と横暴な雇い主だ……」
将志は渋い表情でため息をついて首を横に振ると、横に置かれていた槍を手に取った。
神であることがバレては拙いので、槍は鍛冶屋で調達したそれなりのものを使っている。
「……済まないが、練習用の槍を持ってきてはくれないか? 流石にこれで死人を出すわけには行かないだろう?」
将志が槍をもってそういうと、護衛のうちの何人かは僅かにたじろいだ。
将志からは、勝負が始まってもいないのに僅かながら威圧感が流れていたのだ。
……要するに、今の将志は機嫌が悪い。
「ふふふ、銀の英雄の立ち回りが見られるなんてラッキー♪ 頑張ってね、将志♪」
他の護衛達が練習用の刃のない槍を取りに行くと、輝夜は楽しそうにそう言った。
将志はそんな輝夜にジト眼と呆れ顔をくれる。
「……まさか、それだけのためにあんなことを言ったのか?」
「いいじゃない。将志のことだし、あれくらい簡単に倒せるでしょ?」
楽しそうに笑いながら輝夜は将志に話しかける。
それを聞いて、将志は額に手を当てて小さくため息をついた。
「……簡単に言ってくれる。人間のふりをしながら勝つのは楽では無いのだぞ?」
「と言うことは不可能ではないって事ね。楽しみにしてるわ、将志」
冷ややかな視線を輝夜に向ける将志。
しかし輝夜は悪びれることなくそう言った。
しばらくして、輝夜の部屋の前に将志が練習用の槍を持って立った。
将志の前の広い庭には、護衛の兵士達が三十人ほど散らばっていた。
それを見て、将志は少々呆れたようにため息をついた。
「……人数が増えていないか?」
「すまん、抑えきれなかった……」
将志の前には、護衛をまとめる武官が頭を下げていた。
どうやら輝夜に毎日御呼ばれしている将志のことを面白く思わない人間は多かったらしい。
将志はそれに対して再び小さくため息をついた。
「……全く、どうしてこうなったのやら……」
将志はそういうと肩鳴らしに槍を振った。
多少重さに違いはあるものの、将志の槍の動きに乱れは無かった。
護衛達はその美しく素早い動きに眼を見張った。
その動きは素人目に見ても凄まじい量の鍛錬を積んだものだということが分かるものであった。
「……初めてみるけど、綺麗ね。永琳が言うだけあるわ」
将志の後ろで、輝夜はそう呟いた。
その一方で、将志は槍の穂先を斜め下に向けて構えた。
「……いつでも、どこからでも掛かって来るが良い」
将志がそういった瞬間、護衛達は動き出した。
まず、最初の一人が将志に向かってまっすぐに槍を突き出す。
「……ふっ」
「ぐぅ!?」
しかし、それが届くよりも早く将志の槍が正確に相手の水月を突いた。
その後に慣性で伸びてくる槍を、将志は半身開いて躱す。
水月を激しく突かれた相手はその場でもんどりうって倒れた。
すると次の相手がすぐに出てきた。
次は三人まとめて将志に槍を突き出した。
「……甘い」
「うおお!?」
「え?」
「なにぃ!?」
前三方向から迫ってくる槍に対して、将志は螺旋を描くように槍を素早く動かしてまとめて巻き込む。
そして、相手の勢いを殺さずに三本の槍を一気に上に弾き飛ばした。
弾き飛ばされた槍は高々と宙を舞い、突然手元から槍が消えた護衛は呆然とその場に立ち尽くした。
「……ふっ」
「ぐっ!」
「あっ!」
「げっ!」
そんな三人組の水月に容赦なく槍を当てて戦線離脱させる。
「はああああああ!」
「うおおおおおお!」
間髪いれずに将志の背後と正面から槍が迫ってくる。
「……未熟」
「がっ!?」
将志は軸をずらしながら独楽のように素早く一回転した。
手にした槍で前から迫る槍をはじき、軸をずらすことで後ろから迫る槍を躱しつつ、遠心力の加わった槍を相手の横っ腹にたたきつけた。
横っ腹を打ち据えられた護衛は、庭の池に突っ込み大きな水柱をあげた。
「ひっ……」
「……遅い」
「ぐあっ!」
将志はその様子を見て怯んだもう一人の水月を穿ち、昏倒させる。
それを確認すると、将志は周囲を確認した。
「……どうした、掛かってこないのか?」
将志は尻込みする護衛達を睨みながらそう言った。
あっという間に六人を倒され、しかも将志は最初の立ち位置からほぼ動いていないのだ。
その圧倒的な技量の違いを見せ付けられて、護衛達に厭戦の気配が見え始めた。
それを確認すると、将志は槍を納める。
「……まあ、それも良いだろう。俺達の本懐は護衛……」
「あいや待たれい! その勝負、拙者が受けて立つ!」
「……この声は」
槍を納める手を止め、将志は声のした方向を見る。
するとそこには、鉢金を巻いて練習用の槍を構えた少女が立っていた。
「拙者に相手をさせて欲しいでござるよ、将志殿、いや、お師さん!」
涼はまっすぐに将志の眼を見つめ、威勢のいい声でそう言った。
それを聞いて、将志は薄く笑みを浮かべた。
「……そうか……確かに俺はお前の師とも言えなくも無いな、涼。……良いだろう、来るが良い」
「かたじけのうござるよ、お師さん! 皆の者、この立会いに手出しは無用でござる!」
将志と涼は向き合って槍を構えた。
将志は先程と同じ膝を狙った下段の構え。
涼は相手の喉下と心臓と水月の三点を狙った中段の構えを取った。
「行くでござる!」
涼は将志に対してまっすぐ水月に突きこんだ。その速度は先程の護衛の兵よりもはるかに早い。
将志はそれを見て先程のように突き返すのは危険と判断し、槍ではじきながら身体を横に移動させ、身体を回転させて槍を薙ぎ払った。
「何の!」
「……っ」
涼は身体を低くかがめることでそれを躱し、将志の槍を避ける。
手応えが無いことを確認した将志は、相手の槍の範囲外に即座に下がった。
そして涼を見やると、感心したように小さく頷いた。
「……なるほど、どうやら先程までの者とは違うようだな」
「くくっ、お褒めに預かり至極光栄でござる」
「……では、どこまで付いて来れるか試してやろう」
「はい! 胸を借りるでござるよ、お師さん!」
涼は嬉しそうにそう答えると、素早く槍を構えた。その瞬間、笑顔から鋭い顔つきに変わる。
一方の将志は終始表情を変えることなく槍を構えた。
「……今度はこちらから行くぞ」
今度は将志が涼に向かって攻撃を仕掛ける。
将志の槍は稲妻のような速度で涼の水月に迫っていく。
「くっ、てやああああ!」
涼はそれをあえて引き入れるようにして線を逸らし、空いたところを突き返す。
「……そこだ」
「くっ!」
将志は涼の突きを半身開いて避け、素早く移動して涼の背後を取る。
その動きは涼の目からは突然音も無く消えたように見えた。
涼は振り向くことなく前に全力で移動し、将志に向き直る。
「……遅い」
「くうっ!」
振り返るとすぐに将志の槍が迫ってくる。
涼は突然現われたそれを、身体を開きながら手首を返して叩き落し、そのまま石突で将志に突きを加える。
しかし、苦し紛れのそれは将志に容易に躱される。
「……そらっ」
「あっ!?」
将志は自分の槍で涼の槍を下に押し込み、下を向いたの先を踏んで固定する。
そして動きの止まった涼に向かって槍を繰り出そうとする。
「やああああああ!!」
「……む?」
涼はとっさに棒高跳びの要領で将志の頭上を飛び越えた。
突然の涼の行動に、将志は目を見開く。
「……うっ!?」
「……そこまでだ」
が、着地した瞬間目の前に将志の槍があった。
眉間の手前でピタリと止められたその槍は、勝者を明確に示していた。
「……参りました、お師さん」
「……ああ」
涼が負けを認めると、将志は槍を納めた。
それを見て、涼はふっとため息をついた。
「いや~、完敗でござるな! 流石にお師さんは強い!」
「……その歳にしてはかなり経験を積んでいる様だな。悪くなかった」
「そう申されても、お師さんは本気を出していないから説得力が半減でござるよ?」
「……俺が本気を出せばどうなるか分かるだろう?」
「はっはっは! そうであったな!」
負けたと言うのに涼は豪快に笑う。
一方、周りはあれだけのことをしておきながらまだ本気ではないと言う将志に、若干の恐怖を覚えていた。
それを意に介さず将志は輝夜の方を向く。
「……さて、周りの連中は戦意を喪失したわけだが?」
「はあ……情けないわね……貴方達、将志みたいなのが侵入してきたらどうするつもり? この程度で恐れるようじゃ護衛は成り立たないわ。首になりたくなかったら将志に掛かりなさい」
「……結局戦わざるを得ないのか……」
ため息交じりの輝夜の言葉に、将志は盛大にため息をついた。
その後は、消化試合もいいところであった。
将志は優雅に舞うようにして槍を振るい、その度に挑戦者を倒していく。
結果、五分で残りの二十四人が片付いた。
「……全員精進が足りんな……己が槍と存分に向き合うが良かろう」
将志はため息混じりにそう言いながら槍を納めた。
将志の額には汗一つ無く、本当に唯の軽い運動で終わったようなものだった。
「お見事でござる、お師さん! 拙者もああいう風に槍を振ってみたいでござるよ!」
「……ならば、毎日槍を取れ。そうせん事には何も分からぬ。一度で実入りが無くとも、何万何億と繰り返し振るっていけば、いつかは何か得られるであろう。……それにお前は人と立ち会う機会が多いようだからな。し合う内につかむ物があるやも知れん。いずれにせよ、精進することだ」
近くに寄ってきた涼に、将志は淡々と言葉を投げかける。
それに対して、涼は元気良く頷いた。
「はい! ところでお師さん、この後休憩時間はござらぬか?」
涼の言葉を聞いて、将志は空を見上げた。
太陽は空高く昇っており、そろそろ正午を迎えようとしていた。
「……あと少しで休憩時間になるな……どうかしたのか?」
「食事がてらお師さんの話を聞きたいでござる!」
「……構わん。ではそれまで詰所で待っているが良い」
「心得たでござるよ!」
将志と話を終えた涼は笑顔でそう答えると詰所に向かって歩いていく。
それを見送ると、将志はふっと一息ついた。
そんな将志に、輝夜が近寄って話しかけた。
「……あの子は誰?」
「……最近俺のところに修行に来るようになった者で、名を迫水 涼と言う。今日初めて立ち会ったが、なかなか筋が良い」
部屋に戻りながら、将志は輝夜の問いに淡々と答える。
一方、輝夜は将志のことをジッと見つめている。その表情は、どこか面白くなさげである。
そんな輝夜の様子が気になったのか、将志は輝夜の方を見やった。
「……どうかしたのか?」
「いいえ……貴方が弟子を取っているなんて意外だったから。それで、何で弟子にしたわけ?」
「……涼が進む道を俺が気に入ったからだ」
将志は問いかけにやはり淡々と答える。
それを聞いて、輝夜は興味深そうに将志に質問を続けた。
「へえ。どんな道よ?」
「……武人として主や民を守る道、だそうだ」
「何それ。それって結局貴方と進む道が似てるからってだけじゃない」
将志の言葉に、輝夜は少しつまらなさそうにそう呟いた。
もう少し面白い理由を期待していたのだが、期待はずれだったようである。
そんな輝夜に対し、将志は話を続ける。
「……だからこそ、俺は弟子にした。もし、単に最強を目指すなどと言うことであれば、俺は弟子にはしなかった。元より、俺の槍とは目指すところが違う」
「そう……」
輝夜はそういうと少し考え込んだ。
将志は何を考えているのか分からず、輝夜の顔を覗き込んだ。
「……どうかしたのか?」
「え、きゃあ!? ちょっと将志、顔が近いわよ!?」
「……む、それは済まなかった。だが突然深刻な表情で黙られた故、気になってな……」
驚いて後ろに下がる輝夜に、将志は謝った。
そんな将志を見て、何かひらめいたのか輝夜は手をぽんと叩いた。
「そうだ。将志、貴方お昼を作ってくれないかしら?」
「……む?」
輝夜の突然の物言いに、将志は首をかしげた。
「……それは構わないが……いきなりどうした?」
「良く考えたら、せっかく料理の妖怪がいるのにその料理を食べないって言うのは勿体無さ過ぎるわ。そういうわけだから、宜しく」
「……了解した」
上機嫌で部屋を去っていく輝夜に、将志は涼と食事に行くにはまだまだ時間が掛かりそうだと内心思いながらため息をついた。
半刻後、膳の上には沢山の料理が並んでいた。
菜の花の粕漬けや、アジのつみれ汁、ハマグリの酒蒸しに栗のおこわなど、当時としては贅を尽くした食事が並んだ。
……もっとも、将志にとってはただそこにある、使っても良いと言われた食材を調理したに過ぎないのだが。
「……出来たぞ」
将志はそういうと、料理を配膳すべく女中にそういった。
だが、女中は首をかしげた。
「……どうした? 早くもって行かねば冷めてしまうのだが」
「あ、あの、四人分配膳するようにと言われているのですが……あと、料理人本人に配膳をさせるようにと言う指示もあります」
「……む」
将志はそれに疑問を感じながらも、いつもの癖でおかわり用に取っておいた分を漆塗りの食器に注ぎ分けた。
将志は女中達とともに膳を運ぶ。
「失礼致します。ご昼食をお持ちいたしました」
女中がそういうと、四人分の料理を並べた。
しかしこの場には翁に嫗と輝夜の三人しかおらず、どう考えても一人分多い。
「失礼致しました」
その様子に首をひねりつつも全員退出しようとする。
「待ちなさい。将志はここに残りなさい」
が、将志は輝夜に呼び止められてその場に残る。
将志はそれを怪訝に思いながらも、その場に残ることにした。
「さあ将志、自分の膳の前に座りなさいな」
女中が去ると、将志は空いている四つ目の膳の前に座ることになる。
将志が座った場所は翁と嫗の対面、そして輝夜の隣である。
翁も嫗もなぜ一介の護衛がこの食卓に同席しているのか疑問に感じており、当の将志も目的が全く分からない。
「輝夜、何故この者がここに居るのかね?」
「私がお呼びしたんですよ、お爺様。少し彼を詳しく紹介したいと思ってね」
「へえ、確か槍ヶ岳 将志さんだったね?」
「……覚えていただき光栄だ」
嫗の一言に、将志は座したまま礼をした。
翁は将志を見定めるような視線を送り続けている。
「して、この者は何者だね?」
「三十人の護衛を瞬く間に打ち倒した剛の者にして、目の前の食事の料理人よ。さ、食事が冷める前に食べてしまいましょ?」
輝夜がそういうと、全員一斉に食事を食べ始める。
「おお、これは旨い」
「あれま、こんなに美味しいご飯は初めてだね」
翁と嫗は将志の食事を食べて笑顔を浮かべた。
その一方で、輝夜は食事を口にした状態で固まっていた。
将志はそれを見て首をかしげる。
「……どうかしたか」
「……ふ、ふふ、あははははは! これは面白いわ!」
「……何が面白い?」
大声で笑う輝夜に、将志は怪訝な表情を浮かべた。
輝夜はひとしきり笑うと、涙を浮かべて将志に答えた。
「理由は後で話すわ。はぁ~、面白い。あ、味は心配しなくても最高に美味しいわよ。流石は料理の妖怪ね」
「何と!? 将志殿は妖怪なのか!?」
輝夜の言葉を聞いて、翁は勢い良く立ち上がった。
「ああ、違うわよお爺様。単に彼が巷で料理の妖怪って呼ばれているだけよ。だって将志は神様だものね」
今にも飛び掛らんとする翁に、輝夜は笑ってそう言った。
その言葉に将志は箸を止める。
「……冗談はよせ」
「あら、何も隠す必要は無いじゃない? 建御守人様が家の護衛を引き受けてくれるなんてありがたい話がある訳だし?」
輝夜は将志の本性を突然暴露し始めた。
その突然の行為に、将志の表情が厳しいものに変わる。
「……おい」
「建御守人様がどうしたって?」
輝夜の言葉に将志が反論しようとするが、それを嫗がさえぎる。
輝夜は待ってましたとばかりにその問いに答えた。
「ああ、そこに居る槍ヶ岳 将志が建御守人様ご本人だって話よ」
それを聞いた瞬間、翁と嫗は将志に向かって拝み始めた。
「おお、守り神様が我が家に来られて、しかもお食事まで作っていただけるとは……ありがたやありがたや……」
「ほんに、ありがたいことじゃ……」
「……待て、俺が神だとは一言も言っていない。第一、神がそう簡単に人前に現れるわけが……」
突然拝まれて、将志は困り果てた。
何しろ神だと知られてしまうと外での活動が一気にやりづらくなってしまうのだ。 将志としては、自分の身分がばれるようなことは絶対に避けたいところである。
「私ね~、将志がいつも持ってるこれの中身が気になるわ~♪ そういうわけで開けてみましょ♪ そ~れ、くるくる……」
「あ、おい!」
しかし困惑する将志の横で、輝夜がにこやかに笑いながら赤い布に巻かれた細長い物体に手を伸ばし、布を取り始めた。
止めようとする将志の抵抗もむなしく、布が取り払われる。
すると中からは建御守人こと将志の象徴である、けら首に銀の蔦に巻かれた黒耀石をあしらった、銀色に輝く美しい槍が現れた。
「おお~、これはまさしく建御守人様の銀の槍ではないか~♪ いや~ありがたやありがたや♪」
中から現われた銀の槍を見て、輝夜は実に楽しそうにそう言った。
これにより、言い逃れが出来なくなった将志はため息をついた。
「…………輝夜、お前の狙いは何だ?」
「貴方に言いたいことは唯一つよ。末永く宜しく頼むわよ、将志♪」
要するに、将志をただの雇われ護衛から家付きの護衛に変えてしまおうということだった。
将志からすれば、下手なことして正体をばらされたらもう町をうろつけなくなるので、従うより他ないのだった。
将志は再び大きくため息をついた。
「……お前にはため息をつかされてばかりだな、輝夜……」
「うふふ、何のことかしら?」
将志の呟きに、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて返した。
そしていつの間に片付けたのか、将志は食事を終えて立ち上がる。
「……悪いが客を待たせているのでな。先にあがらせてもらおう」
将志はそう言うと部屋から出て行こうとする。
が、ふと将志は立ち止まる。
「……ああ、そうだ。俺は別に友人の家を守ることくらいなら喜んでするつもりだ……だから俺を縛り付ける必要は無いぞ、輝夜」
「え……?」
将志の唐突な言葉に、輝夜は言葉を失った。
その間に、将志は部屋を出て行く。将志が部屋を出て行った後、輝夜は俯いた。
「……油断したわ……これが永琳の言ってた不意打ちの一言か……確かにこれは来るものがあるわね……何よ、興味がないとか言っておきながら……」
輝夜はそう言って、大きくため息をついた。
輝夜はここに来てから大事に育てられてきたが、周りに友人だと言える者は一人も居なかったのだ。
月に居たときも高い身分に居た輝夜に友人はほとんどおらず、親しく話すのは永琳くらいのものであった。
そのため、将志の言葉はかなり心に深く刺さったようであった。
輝夜は目の前に置かれた料理を口にする。
「美味しい……本当に、永琳の味にそっくり……」
輝夜の呟きは誰にも聞かれることなく部屋に溶けていった。
「……済まん、遅くなった」
「遅いでござるよ……あ~、お腹空いたでござる! と言う訳で、お師さんの手料理が食べたいでござる!」
「……了解した」
余談だが、大遅刻をした将志がひたすらに料理を作って涼のご機嫌を取ったのは言うまでもない。
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