迷いの森から南へ半日下ったところにある交易街。その街はちょうど西にある商業都市と東にある水上都市の真ん中にあった農村を開拓して作られた少し大きな街だった。アリスとライビットとクラウスは村で療養を取ったあと、村長にお礼を言ってこの交易街『エンリケ』に足を伸ばしていた。村に来ていた行商人がレグルスをこの街で見たと言っていたからだ。
クラウスの怪我は完治とまではいかなかったが、包帯を取れるほどには回復していた。途中で雨に見舞われることがあったが、朝早くから出て昼過ぎには街に着くことができた。
「お腹すいた」
アリスのお腹の虫を聞いたクラウスは苦笑した。
「じゃあ、俺は宿取っておきますからアリスさんは先に食べててください」
そういったわけで、クラウスと別れたアリスは駆け足で近くにあるレストランへ直行した。ちなみにライビットは姿を消している。
お昼過ぎということもあり、大きな店だったが客はまばらだった。アリスはウェイターの案内も待たずに窓際の眺めのいい席に座って置いてあるメニューを開く。
そしてすぐにウェイターを呼び注文を一通り済ませる。ウェイターはびっくりしたような顔をして注文を取っていったが、アリスは気にせず腹減ったを繰り返している。
しばらくすると、厨房から次々と料理が運び込まれアリスが座っていたテーブルを埋め尽くしてしまった。
ハンバーグ、スパゲッティ、オムライス…と到底女の子一人では食べきれないほどの量である。その様子に周りの客の視線を集めていたがアリスはやはり全く気にしていないようだった。
次々と料理を平らげ皿が積みあがっていく。ようやく空腹がおさまってきたところでアリスは気付いた。自分の前に座っている見知らぬ男の存在に。
男は金髪の黒を基調としたスーツを着た青年だった。アリスは最初彼のことをホストみたいだなと思った。男はニコニコと笑顔でアリスを見つめている。
「あなた誰? ご飯ならおごらないわよ」
そう言って再び食事を始めるアリス。
「アリス=ウェルズドールさんですよね?」
自分のフルネームを言われ、アリスは再び青年を見た。
「そうだけど…あなた、誰?」
アリスが尋ねると、男は懐から一枚のカードを取り出してアリスに差し出した。
「僕の名前はディスト。ディスト=G=ハーンと申します。貴女が所属するフレイルドール魔術師連合本部の副理事の息子です」
男——ディストが差し出したカードは魔術師連合が発行している身分証明のIDカードだった。確かに、彼のフルネームと顔写真が載っている。そういえば、とアリスは彼の顔を見て何度か本部で見たことのある顔だということを思い出した。
「それで、その副理事のご子息様が私に何の用で?」
全く態度を変えないアリスに、ディストはどこか嬉しそうに笑いながら
「いえ、貴女方が例の創世書捜索のために旅をしていると聞きまして。微力ながらお手伝いさせてもらおうかと」
「手伝い?」
「はい。貴女があのシュリアード教授の弟子だと伺いまして。僕も創世書のことが気になりますし、できればあのシュリアード教授にもお会いできればと思いまして」
ディストの言葉を聞きながら、アリスは思い出していた。ハーン副理事の息子は、かなりの本好きで、世界中の本を集めながら旅をしているという道楽息子だったはずだ。
「……」
何と返答すべきか迷っているところに、荷物を置いたクラウスがやってきた。すぐにアリスを見つけてやってくるが、その真向かいにいるディストを見てはっきり硬直するのがわかった。
「あ、あの…あなたは、もしや…ハーン副理事の…」
「ええ。初めまして、クラウス=アルベルトさん」
笑顔で挨拶するディストに硬直するクラウスを無視して、アリスはディストにIDカードを返した。
「それで、創世書捜索の手伝いということはつまり、あなたは私たちの旅に同行するということですか?」
「ええ。是非」
「……」
アリスはディストの顔を見てしばらく考え込んでいた。硬直していたクラウスがやっと席に座る。そしてテーブルに置いてある領収書を見て再び硬直した。
「アリスさん! またこんなに食べて! いつも言ってるじゃないですか、ご飯は腹八分目までって。この領収どうするつもりですか?」
「いつもどおり、師匠名義で切っといて」
アリスの即答にクラウスはカッとなるが、深呼吸して心を落ち着ける。
「…いいですか、アリスさん。今は全部師匠がお金を出してくれてますけど、大人になったら自分で清算しなければならないんですよ。少しは我慢することを覚えないと大人になってから苦労するのは自分なんですからね!」
「あー聞こえなーい聞こえなーい」
クラウスの説教にうんざりしたのか、アリスは両耳を塞いで聞こえないを繰り返す。
だが、クラウスはため息をつくと小声で一言呟いた。
「将来豚になる姿が目に浮かびますね」
瞬間、アリスの目がキラリと光り次の瞬間クラウスは思い切りハリセンで殴られていた。その衝撃で眼鏡が床に落ちる。
「…まったく。少しは慎みという言葉を覚えたらどうなんですか」
クラウスはすっかり慣れている様子でアリスに嫌味を言うと、眼鏡、眼鏡と言いながら床を探す。するとその眼鏡をディストが拾った。そしてディストの前に差し出す。
「あ、すみません」
クラウスが眼鏡を受け取ろうと掴むが、ディストが眼鏡を離さない。ディストは眼鏡を掴んだままクラウスの顔に自分の顔を近づけた。
「君、けっこう可愛い顔してるんだね」
ディストの囁きに、クラウスは背筋を震わせて眼鏡を奪い取ると素早くディストから距離を取った。
そんな二人の様子を見ていたアリスが席を立った。明らかに呆れと冷たい目が混ざった視線で二人を見ると
「創世書探しは、あなたたちがいればどうとでもなりそうね。私帰るから」
本気で王都に帰ろうとするアリスにクラウスが泣きついた。
「で、どうするんですか?」
街の通りは表通りと中央通りと裏通りがある。街の中央には大きなマーケットがあり、東側には教会、西側には警察署がある。アリスたちは表通り沿いにあるレストランを出ると、情報集めがてら街を回ることにした。
中央通り沿いのマーケットを眺めながら歩くアリスの横で、クラウスが小声で尋ねてきた。
彼等の後ろにはすこし距離を置いてディストがついてきている。
「どうするって?」
「だから、その、ディストさんのことですよ。本気で同行させるんですか?」
「あら、創世書探索なんだから、人は多い方がいいと思うんだけど。何か問題が?」
「問題……」
クラウスはそっと後ろにいるディストを見た。
いつの間にか、ディストの周りには女の人が集まっていた。まあ、彼のような美形が街を歩いていれば当然の反応かもしれないが。
「おにいさん超かっこいいね。どこから来たの?」
「ねえ、遊びに行きましょうよ」
完全に逆ナンされている。ディストは嫌な顔せずにニコニコ笑顔を浮かべながらこう答えた。
「ごめん。僕、女性には興味がないんだ。ほんとにごめんね」
その一言に、クラウスは凍りついた。顔色を真っ青にしている。それを見ていたアリスもさすがにクラウスが気の毒に思えてきた。
「ははは…お幸せに」
アリスはクラウスと目を合わせないよにそらしながら呟いた。恨めしそうな視線が突き刺さるが断固として無視する。
と、そんなアリスの視界に子供たちが集まって走っていく姿が映った。子供たちだけではなく、大人たちも同じ方向へ向かっているようだった。
何かあるのだろうか。
アリスは小走りで彼らについていくことにした。慌ててクラウスも彼女を追いかけ後ろにいたディストも女の人たちを掻き分けて彼等についていく。
街の人たちが向かっていたのはどうやら東にある教会のようだった。
その教会は他の建物と比べて一際大きい建物で、この街の名前にもなっているエンリケの花がたくさん咲いていてとても綺麗な建物だとアリスは思った。
教会の正面扉は開放されており、沢山の人が中に入っていく。アリスもそれにならって教会の中へ進んだ。そして人ごみに流されるまま進んで開いている椅子に座る。
隣に座っていたのが小さな女の子だったのでアリスは何の集まりなのかと声をかけてみた。
だが、女の子は口元に人差し指を当てると「静かに」と言ったので聞きだすことはできなかった。
やがて教会の奥にある女神像の前に一人の神官服を来た青年が現れた。簡単な挨拶を済ませると、青年は大きめの本を開いてそれを読み始める。その本がアリスは気になったが距離があるためよく見えなかった。
昔々、あるところに少女がいました。少女は神に仕える神官の娘で、父の教えの通りに神を敬い、あらゆる人や生き物全てをわけへだてなく愛する心の優しい少女でした。
少女には恋人がいました。彼は国を守るため兵士になり、他国との戦争に狩り出されていつも少女の側にはいませんでした。ですが、少女は寂しくありませんでした。いつも手紙でやり取りをしていたからです。彼が帰ってくるのは半年に一度。月に一度だけ村にやってくる行商人に頼んで恋人のもとに手紙を届けてもらっているのです。
少女は彼が無事に帰ってこれるように、毎日毎日神に祈りを捧げていました。
そんなある日、少女は神の声を聞きました。少女の恋人が重い病にかかり、今すぐ彼のもとへ向かわなければ永遠に恋人に会えなくなると。
少女は神に訴えます。
「私はこのとおり、足が不自由で誰かの助けを借りなければ歩くこともままなりません。あの方が重い病で死の淵に立たされているというのなら、どうかお願いです。あなた様の奇跡のお力でどうかあの方をお助けください」
少女の懇願に神は答えます。奇跡の成就は容易いものではないと。神の言葉に少女は言葉を続けました。
「では、どうか私の命をあの方にお与えください。私は死んでもかまいません。どうか、あの方の命をお助けください」
少女の心からの叫びにも似た懇願に、神はこう答えます。
「わかりました。あなたの願いを叶えましょう。あなたの寿命をあなたの恋人に与えましょう」
神の言葉に少女は笑顔になり、何度も何度もお礼を言いました。神が力を振るうと、少女は糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、動かなくなってしまいました。
それから数ヵ月後、村に一人の青年がやってきました。少女の恋人でした。手紙が来なくなったことに心配して、国に戻ってきたのです。ですが、彼の顔色は悪く、以前と比べるとやせ細っていることに村の人たちは気付きます。少女の父親の神官が尋ねました。何故そんなにやせ衰えているのかと。
青年は答えます。戦場で大病を患い、医師からはあと数日の命と言われていた。が、いくら経っても死にもせず、病気が治る気配もない。結局戦場から追い出されてしまったと。
今度は青年が父親に尋ねます。少女から手紙が来なくなった。一体どうしてしまったのかと。
父親は伏目がちに少女が死んでしまったことを告げました。青年はその場に崩れ落ち泣き叫びます。青年の声を聞き、周囲にいた村人たちも悲しい気持ちになりました。
その時、少女に聞こえた声と同じ神の声がその場にいた人たち全員に聞こえました。神の声をしたものは言いました。少女は青年の代わりに死んだのだと。
その事実に、父親と青年が驚愕し周りにいた村人たちが騒ぎ始めます。
更に神の声をしたものは続けました。青年を殺せば少女を甦らせると。少女を甦らせたければ青年を殺せと。
その言葉に唖然として誰もが言葉を発しませんでしたが、やがて村人の方から殺せ、殺せという声が聞こえてきました。やがてその声はだんだん大きくなり、農具の釜や斧を持った村人たちが青年に襲い掛かります。少女の父親は村人たちの様子がおかしいことに気付き、青年を連れて逃げ回り教会へと避難しました。
少女の父親は女神像に訴えます。
「娘は彼を助けるために自ら命を捧げたのでしょう。ならばなぜ、あなたは彼に死ねと言うのですか」
すると女神像から女神像そっくりの天使が現れました。天使は神々しい姿をしており、慈愛の笑みを浮かべていましたが、その手には大きな鎌が握られていました。
「私は死ねとは言っていません。少女を救いたければ殺せと言ったのです。御覧なさい。この村のほとんどの者があなたの死を望んでいます。彼等の意思を尊重し、私が自ら刈り取ってあげましょう」
天使が高々と鎌を振り上げると、少女の父親が青年をかばうように天使の前に立ちました。
「娘が彼が生きることを望んだというのなら、私は娘の意思を尊重する」
少女の父親の目に迷いはないようでした。天使は少し顔をしかめましたが、すぐに笑みを浮かべると振り上げた鎌を振り下ろします。
その時。
突然天使が動きを止めました。鎌を振り上げたまま、その場に倒れ砂になって消えていきます。
何が起こったのかわからず少女の父親がおろおろしていると、天上から声が聞こえました。女神像の姿をしたそれは天使などではなく悪魔が化けていたものだとそれは言います。少女の父親は直感的に天上から聞こえてきた声が神の声だと確信しました。
青年は天上に向かって叫びます。自分の命はいらないから、少女を生き返らせてほしいと。
しかし、天上の声は悲しみを帯びた声でそれはできないと答えました。ですが、少女の清らかな心と誰かを慈しむことができる暖かい心を評価し、彼女の魂を天使として召し上げると天上の声は言いました。
こうして少女は神の子になって村を永遠に守る存在となりました。その日村には、少女が好きだったエンリケの花びらが一日中舞い、教会の女神像は少女を模した像へと姿を変えました。
花びらは村人たちの心を鎮めていきます。少女を失ったことはつらいことでしたが、少女は幸せでした。少女は自分が大好きな人たちを何年、何十年経ってもずっと見守っていくことができるのですから。
今もまた、天使となった少女がこの村を遠くから見守っているのです。
青年が本を読み終えると本を閉じて教会に集まった一同を見渡した。
「この物語は昔からこのエンリケに伝わる神話です。今から何百年も昔、ここに生まれた少女は天使になって今もこの街を見守ってくれているのです。皆さんも、人を慈しむ心、人を愛する心を持ち、愛する人たちのために生きていればそれを神様はちゃんと見ていらっしゃいます。この少女のように、心の優しい人間になってくださいね」
青年の言葉に、教会にいた子供たちが「はーい」と元気な声で返事をして手を上げる。
それから簡単な説法があり、その集会は終わった。
結局それから、レグルスのことと創世書のことを聞いてまわったが大した情報は得られないままアリスたちは宿屋へ向かった。
夕食を済ませてお風呂から部屋に戻ると、アリスは不思議な光景を目の当たりにした。
クラウスとライビットが向かい合って何か話しているのだ。とはいえ、ライビットの声はクラウスには聞こえていないからクラウスが一方的にライビットに何かを話しているようだった。
部屋に戻ってきたアリスに気付いて、クラウスがその場から立ち上がる。そしてお風呂に行って来ると言うと入れ違いに部屋から出て行ってしまった。
「…何話してたの?」
「あのディストってにいちゃんのことだよ。あいつ、本部の副理事の息子なんだって?」
「そうみたいね。あんたも見たことあるの?」
「レグルスの話に出てたから知ってるけど見たことはないかな。クラウスの奴、副理事の息子ってだけでも扱いづらいのにあの性格じゃ、どう接したらいいかわからないって愚痴ってたよ」
「ふーん。でも、何か意外ね」
「何が?」
「あんたがクラウスの愚痴に付き合うなんて」
「そうか? ま、僕としては君やクラウスより話がわかる奴だと思うけどな」
「…なんかそういう言い方されると面白くないわね」
「君はもう少し素直って言葉を勉強した方がいいんじゃないかな…で、本当にあいつと旅するのかい?」
「何か含みのある言い方ね。あんたも反対なの?」
「いや、僕はどっちでもいいよ。君が決めることだしね。でも、僕もあんまりあいつは信用できないかな」
「あら、私たちのことは信用してくれてるってこと?」
「程度の問題だよ」
ライビットの答えに、アリスは呆れた。
「あんたも、素直って言葉勉強した方がいいんじゃない?」
ちょうどその時、外から女の悲鳴が聞こえた。アリスはすぐに部屋の窓を開けて外を見渡すが誰もいない。すぐに部屋を出ると宿屋の正面玄関から外へ飛び出す。
辺りを見渡して、悲鳴が聞こえた方へ行くと路地に一人の女性が横たわっていた。右肩から腰にかけて大きな切り傷があり傍目で見ても既に事切れているようだった。
路地の奥から誰かがやってくる気配を感じ、身構えるがそれはクラウスだった。
「斬った奴は?」
アリスが尋ねると、クラウスは悔しそうな顔で首を横に振った。
やがて、女性の悲鳴を聞きつけた野次馬が集まり始める。そして女の死体の状態を見ると「またか」と呟いた。
「また?」
アリスが尋ねると野次馬の一人が答えた。
「ああ。最近、通り魔なのか同じような斬られ方で殺される事件が続いていてね。あんたたち、この街の人じゃなさそうだね。気をつけた方がいいよ」
「連続殺人…」
アリスが女性の遺体を見つめていると、やがて警官がやって来た。
そして次の日。
アリスは宿屋の食堂であくびを殺しつつメニューを開いていた。同じ席ではクラウスがまた眠そうな顔をしている。
「おはようございます。あまり眠れなかったみたいですね」
ディストが降りてきて快眠爽快といった顔で同じテーブルに着いた。
「あ、あんたね…昨夜の騒ぎで眠れるなんてどういう神経してんのよ」
そんな彼に、アリスが恨めしそうな目で見る。
「おや、何かありましたか?」
昨晩のことを何も気付いていないどころか知らない様子のディストに、アリスは深いため息をついた。
あの後、アリスとクラウスは事件の第一発見者ということで警察署まで連れて行かれて事情聴取を受けた。その際に身分証明の提示を求められフレイルドール魔術師連合が発行しているIDカードを見せると、事件解決に協力してほしいと要請されたのだ。
街とはいえ、田舎寄りなのでこういう大きな事件に慣れていないのだという。魔術師連合の関係者である以上断ることはできないため二人は承諾して宿屋に帰ってきたのだった。
「ふむ。連続殺人ですか…」
「ええ。ここは交易の街だけど、どちらかというと田舎寄りだからこれまでこういった事件は滅多になかったらしいわ。それが突然最近になって事件が起こった。被害者は昨日の女性を含めてもう十人になるそうよ。単なる通り魔なのか、計画的犯行なのか警察の方でも全くわかってないんですって」
「被害者の共通点は?」
「老若男女問わず。目だった共通点はないわ。ミッシングリンクの可能性も捨てきれないけど、情報がない現状じゃなんとも言えないし…ま、とりあえずは地道な聞き込みからってところかな」
そういったわけで、アリスたち三人はレグルスの聞き込みと合わせて事件に関する聞き込みをして回った。が、聞き込みは既に警察関係者が済ませていることもあり、警察署で得た情報以上のことはわからなかった。
唯一の共通点といえば、誰もが身体に大きな切り傷があってそれが致命傷だということくらい。事件も毎日起こるというわけでも一定の期間に一度ということもないので全く共通点が見えてこなかった。
聞き込みで歩きつかれたアリスが中央通りにあるベンチで休んでいると、ふと、昨日行った教会が目に入った。しばらくなんとなく見つめていたアリスは何故か違和感を覚えた。
「……?」
はっきり何が違うのかわからなかったが、それでも違和感が払えなかった。
難しい顔をして考え込んでいたが、やがてぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。それは徐々に雨足を増していく。アリスは違和感に気を取られていたが、雨足が強くなると諦めて宿へ向かって走り出した。
結局、大した収穫もないまま宿の自分の部屋に戻ったアリスだったが、扉を開けると部屋の中でクラウスとディストがなにやらこそこそやっているのが目に入った。二人とも何かに集中しているようでアリスに気付かない。
「……」
声をかけるべきか悩んだが、ここは自分の部屋なので尋ねることにした。
「何やってるの?」
突然後ろからかけられた言葉に、クラウスは驚いて振り返ったがディストは相変わらずニコニコと微笑んでいる。
「お、おかえり。いや、これは、その…」
なんと説明すればいいかわからずあたふたしているクラウスの代わりにディストが口を開いた。
「よろしければ、アリスさんもいかがです? リラックスできますよ」
そう言ってディストが見せたのは小さな陶器だった。聞けばそれを使ってお香を焚いていたとのこと。材料はエンリケの花を乾燥させて粉状にしたもので専用の陶器を使って火をつけて香りを楽しむものだという。
「この街の特産でもあるこのエンリケの花には心を落ち着かせる効果とリラックス効果があるらしいですよ」
アリスはしばらく見つめていたが、ディストに勧められて少し試すことにした。
が。数分後、アリスに変化が起こった。
「ひっく…ひっく…ひっく!」
何故かアリスのシャックリが止まらなくなってしまったのだ。それどころか、だんだんとアリスの頬に赤みが増していく。
「ア、アリスさん…?」
「こぉら! クラウス!! 何であんたがあたしの部屋に入ってんのよ!! いっつもいっつもあれしなさいこれしなさいって…余計なお世話なんだからね!!」
その様子は明らかに酔っ払いのそれであった。アリスは近くにいたクラウスをそのまま押し倒す。
「ちょ…ちょっとアリスさん、落ち着いて…」
「ああ? 落ち着いてだぁ? あたしはいつでも冷静沈着なんだからぁ! 変なこと、言うなぁ!!」
冷静沈着どころか既に支離滅裂である。
「ちょ、ちょっとディストさん、た、助けて…」
クラウスはディストに助けを求めたが
「いやぁ…これは僕にはちょっと手に負いかねますね…お任せしますよ」
そう言うと、ディストはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「そ、そんなぁ…」
だが、アリスはそのままパタッとクラウスの胸の上に頭を埋めて眠ってしまった。
なにやら言っているが、それはもう言語を留めてすらおらず何を言っているのかわからない。
幸せそうな顔をして眠っているアリスを見て、クラウスは小さく息を吐いて笑った。そして頭を優しく撫でる。
「まったく…人形みたいな顔して…」
クラウスはしばらくアリスの寝顔を眺めていたが、彼女を抱きかかえると彼女のベッドに寝かせて布団をかける。その様子を見ていたライビットは親子のようだと密かに思った。
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別サイトに載せているオリジナルの転載です。
このお話は『天使と悪魔とエンリケと』の前編になります。