No.531109

外史の果てに 第一章 捨てる神あれば拾う女神あり(二)

あさぎさん

取り敢えず、あるだけ投下。ドーン!!

2013-01-13 03:39:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:6409   閲覧ユーザー数:5188

目を覚まして最初に視界に入って来たものは、見たこともない天井だった。

 

人間というのは現実離れした状況に出くわすと、何も考えられず言葉も出てこなくなる。

 

「あれ……昨日は俺、部屋のベッドで寝たはずだよな?」

 

取り敢えず、五体は満足で声も出る。

 

どうやら夢の中、というオチではなさそうだった。

 

日頃の祖父との鍛錬の賜物であろうか、少年が元来持つ肝っ玉の大きさか、

パニックを起こすということはなかった。

 

というか、パニックすることを通り越して呆れかえっていた。

 

だって、起きたら見覚えのない場所に居るなんてことは経験したことがないのだから、

どう対処して良いのかも分からない。

 

それにしても、ここはどこなのだろう。

 

見たところ、何やら部屋の装飾が外国のような気がしなくもない。

 

「あ、これどっかで見たことあると思ったら歴史の教科書で-----」

 

ガチャリと開いた扉から覗いたのは、間違いなく人間の眼であった。

 

「失礼します。あら、起きていらしたんですね。お加減はいかがですか?」

 

突然の訪問者は、呆然とする少年の前でつらつらと言葉を述べていった。

 

「えっと、はい。ばっちりみたいです」

 

「それは良かった。倒れていた場所からしてどこか高い所から落ちたのかと思いましたが、怪我がないようで幸いです」

 

鈴を転がすような声。

 

加えて美人だった。

 

とても美人だった。

 

とてもタイプだった。

 

「あの付き合って……いや、ここは一体何処なんでしょうか。起きたばかりで俺、何が何やら」

 

思わず告白しそうになった。

 

「はい。ここは陳留にある司馬家の屋敷です」

 

「ちんりゅう…?」

 

「はい、今は曹操という刺史が治めている地ですが…ご存知ありませんか?」

 

「………」

 

返事もできやしなかった。

 

『曹操?あぁ知ってる知ってる。俺、三国志では魏が一番好きなんだー』

 

とか言ってみようと思ったが止めた。

 

目の前の人が少年をからかっているようには見えなかったし、

不思議と納得できてしまったから。

 

「御使い様…大丈夫ですか?」

 

恐る恐るといった感じに声をかけられる。

 

「え、なんて?」

 

ちょっと待ってくれ。

 

少年は単なる学生であり、そんな大層な身分を名乗った覚えはない。

 

「御使い様、と申しました」

 

それでも尚、首を傾げた少年に彼女は丁寧に説明を始めた。

 

「最近、とある占い師による噂が広まっています…『天を切り裂く白き流星が、大陸を平和にするだろう』と。

そして昨夜、流星がこの付近に落ちました。そこにいらしたのが……」

 

言わずもがな、少年である。

 

「ま、待ってくれ。

俺はただの学生だし、そんな御遣いだなんだと言われても…」

 

「学生…ですか?」

 

「そう、聖フランチェスカの学生だ。

部活は剣道部、特技も剣道。そんな噂の英雄のような男じゃない」

 

「ふらん…ちぇすか?天の世界のものでしょうか。私には想像するに及びませんが、大丈夫です。

私はあなたを御使い、救世主、などと祀り上げるつもりもなければ、乱世を鎮めて下さいなどと言うつもりもありませんから」

 

優しく微笑む彼女に少年は、不思議と見惚れてしまっていた。

 

あ、いや不思議じゃなかった。

 

だって美人だし。

 

だってタイプだし。

 

「御使い様、色々と尋ねたいことがおありでしょうが、まずは自己紹介を致しませんか?

私は姓は司馬、名は懿、字は仲達と申します」

 

「あ、あー、俺は北郷一刀、です。えっと、姓は…どっちだっけ……苗字だから北郷か。

それで名が一刀で、字はなしです」

 

「天界ならではの風習でしょうか…それでは、真名もないのですか?」

 

「まな…?」

 

聞き覚えの無い単語に一刀は首を傾げた。

 

「真なる名前と書いて真名と読みます。真名とは姓や名、字とは別にある名前の事です。

知っていても本人の許可なく呼ぶことは許されない、漢特有の習わしの一つです」

 

「へぇ……真名ね」

 

彼女の口ぶりから察するに、かなり重い慣習の一つのようだった。

 

だが、一刀の記憶にはそのような風習は三国志にはない。

 

というか今更気付いたのだが、司馬懿というのも女性ではなかったはずだった。

 

どうやら単純に三国志の時代へ飛んだ訳ではないらしい。

 

「そういえば、北郷様はこれからどうなさるのですか?

陳留や真名を知らないところから見ると、当てはないように思えましたが…」

 

言った後に、しまったという表情をしている。

 

どうやら失言だと思ったのだろうが、今の一刀には大した問題でもない。

 

知らない世界に飛ばされる以上に、問題になることなどあるものか。

 

「気にしないで下さい。俺、言葉遣いとか全然気にしないんで。

というか、まずはありがとうございました。俺みたいな怪しい奴を助けてくれて」

 

「いえいえ、頭を上げてください北郷様。

いきなり見知らぬ場所に飛ばされ、色々と思い悩むことがあるのは当然です。

それよりも北郷様、当てがないのならばこの屋敷に滞在しませんか?」

 

「それは…俺としては願ったり叶ったりだけど……」

 

正直な話、怖い。

 

嘘を吐いてるようには見えないのだが、どこか美味しすぎる展開じゃないだろうか。

 

流石にこの申し出には裏があると思わざるを得なかった。

 

「……後からお金とか請求しません?」

 

どストレートに聞いてみた。

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

くすくすと笑いながら頷く司馬懿さん可愛い。

 

「身体で払えとか言いません?」

 

「勿論です」

 

後は、後はえっと。

 

そんな一刀を見越してか、司馬懿は訳を話してくれた。

 

「実は私、この世の平和などに興味はないんです。私とその家族たちが普通に暮らしていければ他には何も。

北郷様の滞在は……そうですね、確かに裏はあるんです。でもそれは私が天界のことを色々と聞きたいという個人的なものなんです」

 

「え……じゃあ、その為に拷問とか……」

 

「致しません」

 

最後の質問は一刀も少しふざけていた。

 

ピシャリと答えた司馬懿と顔を見合わせ笑い合う。

 

かなり適当な考えだが、彼女の申し出を受けることにした。

 

どっちにしろ一刀が一人でこの世界で生きて行くことはまず無理だろうし、

裏があったとしても今は司馬懿に縋るしか選択肢なんてなかったのだ。

 

なるようになる

 

そう、自分に言い聞かせながら一刀は司馬懿の差し出した手をそっと握った。

 

 

 

 

 

 


 
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