小話2
その1 ~ 赤いリボン ~
(《第十三話 ~ 鼠の依頼 ~》の後の話)
【シリカside】
アラームに起こされて目を開けると、メールが一通届いていた。
「誰からだろ?」
私はアイコンをクリックして送り主を確認すると、アヤメさんからのメールだった。
こんな朝早くからどうしたんだろうと思いメールを開く。
【おはようシリカ。この手紙を読んだ時間が五時以降なら、俺はもう宿屋にいないだろう。昨日の夜、この宿に泊まってたらしいアルゴと偶然遭遇して、厄介な頼まれ事を頼まれたんだ。だから、今日は別行動になる。キリトとアスナに伝えておいてくれ。……危ないことはするなよ】
読み終わって直ぐ、私は今の時間を確認した。
【A.M. 6:00】
アヤメさんは、一時間前にはここを発ってしまったようだ。
「アヤメさん、酷いです……」
胸がもやもやする。怒りたいのか泣きたいのか、どっちか分からない。
「アルゴさん、かぁ……」
ボソッ、と呟く。
そうすると、胸がチクリと痛んだ。
「……?」
私が釈然としない思いでいると、メールに続きがあるのに気付いた。
【これを読んだら、俺の部屋に行って欲しい。ドアは開けてある】
私は直ぐ書かれていた通り、アヤメさんの使っていた部屋に向かった。
部屋のドアは確かに少しだけ開いていて、悪いかな、と思いながら中に入る。
すると、部屋に備え付けられている小さなテーブルの上に赤いリボンが二本置いてあるのを見つけた。耐久値の減りを遅くするためか、クロスが下に敷いてある。
私は不思議に思い、そのリボンを手に取ってタッチしてみると、《レッドリボン》という名前の《幸運補正ボーナス微》の効果を持つアクセサリーだった。
「………」
リボンから視線を下げると、白いクロスの上に丁寧に折り畳まれた手紙も置いてあった。
開いてみると、私宛の簡単な文が書いてあった。
『シリカへ ごめん。それはプレゼントする。きっと似合うと思う。 アヤメより』
「……こんなモノで、ご機嫌取りになると思ってるんですか……」
口では悪態をついたけれど、心のもやはちょっとだけ晴れた。
ちゃんと私のことを考えてくれている。そんな些細なことが嬉しかった。
「本当に、アヤメさんは酷いです……」
その2 ~ 大切なもの ~
(《第十四話 ~ ヒゲの理由 ~》の後の話)
【アスナside】
「これで非戦闘系のクエストは全部かしらね」
私の復習、そしてシリカちゃんの特訓のため第一層にやってきた私とシリカちゃんは、まず、キリト君たちとやった《ウユ村》の《乳搾りの手伝い》のようなクエストから始めていった。
息抜きも少しはあったけれど、一番の目的は回復ポーションや装備の強化のための資金を安全に集めるためだ。
「結構時間かかりましたね」
そう、私たちはアルゴさんから買った情報を頼りに今のところ判明している報酬が良いクエストを上から十個やってみたのだが、思いのほか時間が掛かり一日以上使ってしまったのだ。
特に、護衛系は時間がかかった。何であのおじさん(当然NPC)、わざわざ遠回りをすのよ!
あまり急ぐ必要も無いけれど、私は少し急いでいた。
理由は、私も一応は攻略組なわけだからこっちに長居は出来ないのと、シリカちゃんを早く強くしてアヤメさんを驚かせたいからと、早く戻ってキ…キリト君に会いたいから…………。
「アスナさん、顔が赤いですよ?」
「そうかしら……?」
「キリトさんのことでも考えていたんですか?」
「そ、そそ、そんなんじゃにゃいわよ!? だから、そんなに期待いっぱいに目を輝かせないで!」
純粋に気になる様子のシリカちゃんを見て、私はどもりながら否定した。
「コホンっ。そんなことより、次からのクエストは戦闘有りだから気を引き締めていくよ?」
「はい。分かりました!」
熱くなった顔を冷ますため、一つ咳払いして頭を切り替える。
それでも熱はなかなか取れず、シリカちゃんは楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
何だか悔しくなった私は、少し厳しく行こうとそう思った。
◇◆◇
五つほどクエストをクリアしたとき、丁度日が暮れてきたため私たちは拠点にしているトールバーナへと戻ってきた。
「ふあ……」
「シリカちゃん、大丈夫……?」
「……はい。でも、明日はもっとローペースでお願いします……」
宿屋の割り当てられた部屋に入って直ぐ、装備も脱がずにベッドに可愛い声を出しながら倒れ込むシリカちゃんを見てくすりと笑う。
ちょっとやりすぎちゃったかな?
「アスナさんは、あまり疲れてないみたいですね?」
装備から部屋着に着替えて椅子に腰掛けたとき、ベッドから起き上がったシリカちゃんが不思議そうな声で聞いてきた。
「……ちょっと前まではもっとハードなレベル上げしてたからね……」
第一層攻略会議の前、キリト君とアヤメさんに出会う以前の私を思い出しながら、私は苦笑いで答えた。
あのころの話は、私自身もあまりしたくない黒歴史。出来れば聞いて欲しくない。
「と言いますと?」
しかし、シリカちゃんはそんな私の期待を裏切ってきた。
「う~ん……言わなきゃだめ?」
「私、気になります」
そんな期待いっぱいの目で見られると断れないよ……。
「えーと、回復ポーションを買えるだけとNPCショップに売ってる安めの細剣を五本くらい買い溜めて、四本目の耐久値が0になるまでだいたい四日間くらい迷宮区でほとんど休まずMob狩り、かな?」
「……アスナさん、死にたがりなんですか?」
「ち、違うわよ! ……まあ確かにそのときはそうだったけど……今は違うわよ!?」
シリカちゃんのストレートな言葉にグサリと来た私は、なにかを取り繕うかのように反論した。
と言うか、シリカちゃんときどき凄く黒いこと言うのよね、根はいい子なのに……アヤメさんの影響でも受けているのかしら?
「……とにかく、もう私はあんなことはしないわ。シリカちゃんもやっちゃ駄目だよ?」
「分かりました。この話、第二層に戻ったらキリトさんにも言わなくちゃいけませんね」
「ふふふ。確かにそうかもしれないわね」
コボルド王戦のときもそうだったけど、キリト君は誰かを守るためだったらどんな無茶でも仕出かす人だ。
そんな彼のブレーキになるためにも、私はもっと強くならなくてはいけない。彼の隣に立って、彼を守れるくらいに。
その3 ~ 鍛冶師の少女 ~
(《デスゲーム開始、二週間後》の話)
【リズベットside】
SAOに囚われて二週間が経過した。
生来くよくよしないあたしは、自分を叱咤して今は鍛冶屋を営んでいる。
営んでいると言っても、やっすい宿屋を拠点にして、道端にカーペット敷くだけの露店販売だけどね。
いつからかは覚えてないけど、昔からお店を経営したいと思っていたので、あたしにとって今の状況はある意味ちょうど良かった。
しかし、ゲームと言ってもお店はお店。決して甘いものではなく、客足はお世辞にも多いとは言えないのがあたしの現状だった。
正直、財政難。明日から宿代払えなくなりそう……。
《これは、ゲームであっても遊びでない》と言ってたけど、全くもってその通りだ。
「はぁ……どうしよう……」
「何がかは分らないけど、経営中に溜め息は良くないな」
「うきゃあ!?」
誰もいないと思っていたところに突然声を掛けられて、あたしは驚いて変な声を上げてしまった。
確かに良くないなぁ、と思いつつ目を向けると、小学校高学年くらいの男の子が無表情で立っていた。
年相応の無邪気さなんて一切感じさせない、可愛げの無い完璧な無表情だった。
取り敢えず、宣伝のためにも挨拶ね……よし、行くわよ。
「強化を頼めるか?」
言い切るどころか、言い始める前に本題に入ってきた。
少しイラッとしたが、これはあたしのせい、それに相手は子供よ、と心の中で繰り返し呟いてスマイルは崩さないようにする。
「はい、承りました」
男の子から《ハームダガー+0》と素材、料金を受け取り作業を開始する。
あたしは剣を叩くとき、一回いっかいを丁寧に心を込めて打つようにしている。
そうしたほうが、何となく成功率が上がるような気がするし、マジメ中学生だったあたしはテキトーと言うのが嫌いだったからだ。
そんな作業を二回繰り返して《ハームダガー+2》を男の子に手渡すと、男の子は淡々とそれを受け取って腰に挿し直した。
そして、チラリと商品を眺めて小さく溜め息をついた。
「……なに?」
あたしの商品がバカにされたと感じて、思わず威圧するような声が出た。
しかし、男の子はなんの反応も示さず、心持ち落胆した様子で呟いた。
「やっぱり投剣の類は置いてないよな、と思って……」
そう言ったあと、男の子は何か気付いたようで付け足すように続けた。
「別に商品をバカにしたわけじゃない。と言うか、アンタみたいに一生懸命叩いてくれる人の剣が
「でも、ステータス的には普通にNPCショップで売ってるのと変わらないわよ?」
鍛冶屋を始めてから、このように面と向かって褒められるのが初めてだったあたしは、恥ずかしさからついひねた返事をしてしまった。
「職人の思いとか魂とか熱意とか、そんなシステム外の点では圧倒的に勝ってる。これは俺の目の錯覚だろうけど、それがある分、こっちの方がNPCショップで売ってるヤツより業物に見えるよ」
「あ、ありがとう……」
片手剣を手に持ち太陽に掲げながら呟かれた言葉は、その無表情から呟かれたとは思えないほど暖かく優しい声で、あたしは嬉しい反面、気恥ずかしさを感じて自然と俯いていた。
「まあ、そんなわけだから《剣の質》は問題ない。自信持って良いと思うぞ」
剣を元の場所に置いた男の子は「また利用させて貰う」と言って立ち上がり身を翻した。
「……ああ、そうだ」
遠ざかっていく背中を見つめていると、男の子は何か思い出したように立ち止まるとクルリと振り返り、
「《鍛冶》スキルは高くても、アンタの《接客》スキルは熟練度0だな。我慢が足りないし、途中から素に戻ってた。もっと精進しないとな」
と、淡々と言い残して去っていった。
「……なっ!?」
何よ! と叫びかけて自制した。
「さっき言われたばっかじゃない。落ち着いて…落ち着いて……」
二、三度深呼吸して心を落ち着ける。
幾分か落ち着いてあたしが顔を上げた時には、男の子の姿はもう見えなかった。
なんと言うか、不思議な子だったなあと思う。
褒めたと思ったらダメ出ししてきて、甘すぎず辛すぎない。見た目は明らかにあたしより年下なのに、態度や言動はあたしよりも大人びていた。
「あー…そう言えば、あの子の名前なんて言うのかしら?」
ふとそう考えて、「また利用させて貰う」と言っていたのを思い出し、その時に聞けばいいやと記憶の目の付くところにその考えを放り投げた。
「さて、いっちょ頑張りますか!」
気合いを新たに、あたしはその場に座り込んでお客さんがやって来るのを根気強く待ち続けた。
その数日後、約束通り男の子――アヤメが来たとき、あたしより年上だと知って絶叫したのは仕方ないと思う。
【あとがき】
以上、小話2でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
シリカちゃんのリボンの名前が《レッドリボン》と安直すぎると思った方。
RPGの初期装備なんてそんなもんですよ。
シリカちゃん、アスナさん、リズベットの三人の視点に挑戦してみましたが、リズベットのキャラがイマイチ掴めてないような気がします(泣)
さてさて、次回からは《第二層ボス攻略戦》に入ります。
原作とは大きく異なる状況で、いったいどうなるのでしょうか。
それでは皆さんまた次回!
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小話2更新です。
前回言い忘れましたけど、《小話》は時系列がバラバラだったりします。
それと、一応ジャンルは《ほのぼのコメディ》です。
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