No.53000

ザンデレ思春

ツンツンデレデレするのがツンデレ。しかし思春の場合ツンどころか相手を刺し貫いてしまいそうなぐらいにツン、ゆえにザンデレ。

 思春が主役のギャグ話です。
 無駄に長くなってしまいましたが、よろしくお願いします。

2009-01-19 12:12:08 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:44378   閲覧ユーザー数:23724

「―――你好(ニイハオ)」

 

「ん?」

 

 朝食後、思春に呼び止められた。

『こんな いい天気に仕事なんかしてられるかァーッ!』と叫びたくなるような青空の下だった。

 

「ど、どうしたんだ思春……?」

 

「你們好(ニイメンハオ)」

 

「…………?」

 

「…あいさつは?」

 

 

 これはッ!!?

 

 

 知らない人は知らないが、知ってる人は身の毛もよだつ甘興覇の殺しのサイン!

 

「 你(ニイ)、 們(メン)、 好(ハオ)」

 

 答えるなッ!返事した瞬間串刺しにされるぞ これは そういうシステムなんだ!

 その証拠に思春てば顔が笑ってない!超冷たい真顔だ!

 

「……ああああああ、あの思春さん?もしかしてアナタ、僕を殺そうとしています?」

 

「その通りだ」

 

「……………(すんごい苦酸っぱい顔)」

 

「安心しろ、冗談ではない」

 

 冗談じゃないんだ!

 

「す、すみませんが思春さん!何故俺が殺されなきゃいけないのか、まず理由を教えてくださいますでしょうかッ?」

 

 思春は既に無言で 剣を構えていた。

 爽やかな朝、流血沙汰に巻き込まれつつある俺。一体俺が何をした。

 

「……よかろう、そうまで言うなら教えてやる。己が罪科をしっかりと噛み締めてから冥府へ旅立つがいい」

 

 死ぬのは もう決定なんだ。

 なんだろう、こうして思春から剣を突きつけられたり、脅されたことは何度もあるけど、今回は それまでと どこか違う気がする。

 どうも思春自身に余裕がないというか、切羽詰っているというか、そういう焦りが切っ先から伝わってくるのだ。

 

「貴様は私との約定を破った、ゆえに貴様は死を賜る」

 

「や、約定~?」

 

 なんだ、俺、思春とそんな破ったら殺されるような大事な約束したっけ?

 以前取り決めた、蓮華 週3、思春 週3、そして週に一度は二人いっぺんというシフトは ちゃんと守っているハズだけど。

 

「ご、ゴホン!その点を遵守しているのは、まあ、評価してやってもよいが……」

 

 このことじゃないんだ。

 ところで週 3:3:1でいつ休みを取ってるんだろうね、俺。

 

「どうやら本当に忘れているようだな、救いがたい」

 

「なんか漠然と鳥頭呼ばわりされてるような気がする」

 

「鳥頭の貴様のためにもう一度説明してやろう」

 

 今度は直接言われたよ。

 

「…あれは、そう、ドン亀の貴様がいまだ蓮華様の想いに気がついていなかった ときのことだ」

 

「思春が教えてくれた お陰で、気付けたんだよね?」

 

「そうだ、そのとき私は貴様に誓わせただろう、蓮華様を絶対に泣かせぬこと、そのために他の女に色目は使わぬこと、そしてもし、蓮華様以外の女を孕ませたときは………」

 

「え?」

 

「孕ませたときは…………ッ!」

 

「ちょっと待って、…………まさか!」

 

 俺はそこでついに、思春が何故怒っているのかに思い至ることができた。

 

「デキたのかッ、俺の子が?」

 

「うるさいッ!私に聞くなッ!!」

 

 ここまで来ておいて投げっ放しはねーよ思春さん。

 でも誰だ?誰が我が子を身篭った。元々そうすることが俺が呉に保護された理由とはいえ、思春が怒ってるわけだから蓮華でないことは まず確かだろう。

 2、3ヶ月で発覚すると仮定して、その分を逆算すると可能性がありそうな女性は、穏だろ、祭さんだろ、明命、亞莎、小蓮に、冥琳。

 

「全員ではないかッ!」

 

「そうでしたーッ!」

 

 なんという俺の繁殖力。

 さすがに思春もこめかみをピクピク引きつらせ、柄を握る手に力を込める。

 

「やはり貴様は ここで死ぬべきだな、これ以上生きても無駄に精をバラ撒くだけだ」

 

「まま、待って待って、その前に、もう一人、俺の子供を身篭る女性に心当たりがあった!」

 

「うるさいっ、もう何も言わずに死ね!」

 

「思春だ!」

 

「……………ッ!」

 

 言った瞬間、当人である思春は その身を石像のように硬直させた。顔面が蒼白となり、いかなるときも正確に獲物の急所へ滑り込む 彼女の刀身が、今はブザマに震えている。

 

「え?、まさか……?」

 

 当たり?俺 当たりひいたの?

 思春が、俺の喉元に当てていた剣を 音もなく下ろした。

 

「……北郷、これから話すこと、他言すれば命はないと知れ」

 

「いや、俺これからまさに殺されようと……」

 

「命はないと知れ」

 

「………ハイ」

 

 命がいくつあっても足りないとはこのことだ。

 思春は深呼吸をひとつしてから語りだす。

 

「北郷、貴様、今日の朝食は厨房で取ったな」

 

「え?…うん、寝坊しちゃったから料理長に直接頼み込んで、調理を…」

 

「ちっ、ズボラめ。だがそんなことは今はいい、ことは朝食の際に起こった」

 

 そして思春は語りだす、今朝、皆が集まった食卓での出来事を。

 

 

 ―――――。

 

 

穏「はぁい、今朝はぁ、私から びっぐ な贈り物があるのですよぉ」

 

小蓮「びっぐ?」

 

冥琳「北郷の天界言葉だろう、穏は新しいものに すぐかぶれるからな」

 

穏「実は先日、陸家に珍しい果物が届けられたのですよ、檸檬というものなんですがぁ」

 

小蓮「れもん?」

 

蓮華「へぇ、これがそう?この辺の果物にはない見事な黄色ね」

 

祭「ワシは、黄巾を思い出してあまり いい印象はせんがの」

 

穏「ともかく、食後の口直しに いかがですぅ、沢山ありますので遠慮なくガブッといっちゃってください~」

 

小蓮「わーい!シャオいちばーん、がぶー、…………ッッ?」

 

蓮華「どうしたの小蓮?」

 

小蓮「すすすすすすす!酸っぱーーーいッッ!ナニコレ酸っぱすぎるよ、お茶お茶~!」

 

冥琳「(賞味中)…っ、たしかにこれは酸味が強いな、まだ熟し切れていないのではないか穏?」

 

穏「おっかしーですねぇ、行商人さんは これが熟れ頃と言ってましたが」

 

冥琳「というか お前、人に勧めるなら一度ぐらい自分で味見しておきなさい」

 

穏「困りましたね~、これだけ沢山あるのに捨てちゃうのも勿体ないですし…」

 

思春「では、私が頂きましょうか?」

 

蓮華「思春?」

 

 

 ――――。

 

 

「……で、どうなったの?」

 

 俺は思春の話の先を促す。

 しかしレモンか、塩と一緒にテキーラで一杯やると格別なんだよな。もしくは後でザ・テレビジョーン、ジャジャジャジャーンのネタをやろう。

 

「5、6個ほど平らげた。誰も手を付けぬからな」

 

 聞くだけで口の中に唾液が溜まる。

 

 

 ――――。

 

 

小蓮「うわわ~、ホントに食べちゃった、見てるだけでヨダレが溜まる~」

 

蓮華「す、スゴイわね思春、そんなに食べて、その、口の中が変にならないの?」

 

思春「はあ、特にどうということはりません」

 

小蓮「酸っぱいの好きなの?」

 

思春「元々苦手ではないのですが、今は酸味が欲しいと思っていたところなのです」

 

蓮華「今?」

 

思春「は、それまでは、特に欲しいとは思っていなかったのですが……」

 

穏「あらあら思春ちゃんてば、それって、もしかしてアレなんじゃないですかぁ?」

 

思春「アレとはなんだ?」

 

穏「アレはアレですよ、急に酸っぱいものが好きになる、ときたらぁ………」

 

 

 ―――。

 

 

 そして、彼女に締め上げられる俺へと到達するわけか。

 

「貴様にわかるか、この羞恥、この不甲斐なさ……」

 

 思春は剣を鞘に収め、代わりに素手で俺の首をギリギリ締め上げている。

 

「……い、いや、別に後ろ暗いことなんてないんじゃないかな?新しい命が宿ることは めでたいことだし、お母さんも素直に喜んでいいものと思うのですが」

 

「なっ」

 

 思春はビックリしたように俺の首から手を放す。その顔は紅花のように真っ赤というレア画像付きだ。

 

「だっ、誰が『お母さん』だ馬鹿者!」

 

「だって、思春はお母さんになるんだろ?」

 

「わ、私は…、私は長江の川族から呉の武官へと上がった時、この身命を孫家に捧げると誓ったのだ。我が四肢は道具、我が精神は武器、そのような私が人の親になろうなど……」

 

「そんな哀しいこと言うなよ……」

 

「そもそも貴様がどぷどぷ注ぎ込むのが悪いのだろうがッ!」

 

 何を?

 

「ともかくも、私は貴様から余計なものを仕込まれたお陰で、孫呉の将という栄職から追われる羽目になったのだ!聞け、話の続きを!」

 

 

 ――――。

 

 

蓮華「おめでとう思春、まさかアナタが一番の一刀の子を授かるなんて、でも、めでたいことには変わりないわ」

 

思春「…あの、蓮華様、お待ちください…………」

 

冥琳「だが、そうとなれば思春には危険な任務を担当させるわけにはいくまいな、無理をして、お腹の子に もしものことがあってはいけない」

 

思春「冥琳様まで、ちょっ…」

 

蓮華「その通りね、思春にはしばらく私の護衛の任を外れてもらいましょう」

 

思春「蓮華様ッ!?」

 

蓮華「明命、その間 護衛役はアナタ一人に頼むわ。無理をかけるかもしれないけど お願い」

 

明命「はい!この身命に賭しまして!」

 

思春「賭しますな!……蓮華様、私は護衛役を辞すつもりなどありません、たとえこの四肢が砕けようと、蓮華様をお守り……ッ!」

 

蓮華「思春の隊の指揮は、祭にお願いできるかしら?」

 

思春「蓮華様ッ!!」

 

祭「仕方ないのう、生まれてくる赤子のためじゃ、多少の面倒は引き受けてやるわい」

 

思春「何でそういうときだけ素直にやる気なのですか祭殿!というか私の話を聞いてください、私は……!」

 

蓮華「ともかく思春は絶対に仕事をしちゃダメ。いい、今は丈夫な赤ちゃんを産むことだけを考えなさいね」

 

思春「蓮華様、蓮華様ァーーーーッ!」

 

 

 ――――。

 

 

「……というわけで私は今やお役御免、貴様と同じ遊び人に成り果てたというわけだ」

 

 と、思春は魂まで一緒に吐き出てきそうな深い深い溜息をついた。

 でも俺だって最近は仕事してるけどね、遊び人じゃないよ?

 

「私は今日まで、呉に献身することだけを考えて生きてきた。それが、職務を奪われ、働きどころをなくし、どうやって生きていけと言うのだ?」

 

 いかん、なんか企業戦士の燃え尽き症候群のようだ。

 

「いやいや思春、君が蓮華から産休を貰った意味を考えてみようよ!」

 

「産休?」

 

「そう、思春は今、呉の将軍としては できない生き方をしようとしてるんだ、それを貴重な機会と捉えようよ、ね?」

 

 俺が必死に説得すると、思春は僅かに瞳の輝きを取り戻し、自分のお腹を見詰めた。

 

「……そうか、まだ私には、女としての生き方があるんだな」

 

「そうそう、だから、ね?自暴自棄にならずに……」

 

「よし、私は決めたぞ北郷、蓮華様や冥琳様が、もはや臣としての私を求めぬなら、私も臣としての生き方を辞める。これからは一個 女としての道を究める……!」

 

「そうそう その意気……、って、え?」

 

 思春の ただならぬ興奮に、俺は言葉を詰まらせる。

 

「呉の将 甘興覇は死んだ。今ここにあるのは北郷一刀の妻、思春だ!」

 

「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇッ!!?」

 

 と俺、大絶叫。

 

「どうした、何故そんなに驚いている?」

 

「イヤだって、何コレ、またいつもの本気みたいな冗談?」

 

「北郷……、貴様、まさか孕ませた女を娶る気はないと言うのではなかろうな?」

 

 そう言われると思春の言ってることは実に正論だということがわかります。

 

「そうは言うがな大佐………」

 

 思春が?あの思春が?

 呉に甘寧ありとか言われる猛将で、鈴をチリンチリンいわせるたびに敵が小便漏らすような怖い人で、下手な冗談言おうものなら すぐに剣を抜いて殺そうとする あの思春が、俺の妻?

 

「なんだ、…その顔、やはり私ではイヤなのか?」

 

 思春が拗ねるように言う。

 

「……そうだな、どうせ妻とするなら貴様とて、蓮華様のような可愛いお方か、冥琳様のように美しく賢い方か、祭殿のように包容力のある方のほうが男にとってはよかろう。明命や亞莎や穏とてそれぞれの魅力はある。それに比べて……、私は……」

 

「ちょ、ちょっと、思春?」

 

「呉の将としても生きられぬ、北郷の妻にもなれぬ、何者にもなれぬ私なら生きていても仕方がない、みずから この首掻き切って………」

 

「うわーーーッ待て待て待てーーーーッ!」

 

 己が首筋に刃を当てる思春を慌てて制止。

 

「…冗談だ」

 

「本当に!冗談なんだろうな!毎度毎度 心臓に悪い!ストレスでEDになったらどうしてくれる!」

 

「それで、妻にしてくれるのか?」

 

「……………」

 

 なんか、こういう風に結婚を迫られる人 実際にいそう。

 

「………よし、見方を変えよう」

 

「と言うと?」

 

 思春は前向きなのか、俺の話に積極的に耳を傾ける。

 

「俺の奥さんになるとして、思春は何ができる?いい奥さんとしてできそうなことが何かあるか?」

 

 ふむ、と思春は考え込む。

 

「料理は…、あまり得意ではないな、川族時代に得意だった、川の鯰や沢蟹を片っ端からブチ込んで味噌で味付けした川族鍋ができるぐらいだ」

 

「……なんかそれ、そこはかとなく美味そうだね」

 

「生魚には寄生虫がいる場合があるので要注意だ」

 

「勉強になるなあ!」

 

「あとは…、針仕事はまったく覚えがないし、掃除は川族から武官時代まで一貫して侍従任せだった……。不甲斐ないな、これでは立派な妻としての務めなど、とても………」

 

 思春が今まで見たことのないほど不安げな顔でうなだれる。

 俺は見かねてアドバイス。

 

「待て待て思春、諦めるのは早いぞ。俺が、少ない手間で立派な人妻になれる秘密の方法を教えてやろう」

 

「何?それはなんだ?」

 

「人妻が、旦那さんが帰ったときにする正しい挨拶だ、コレができれば家事なんてできなくても万事OK」

 

「おうけ…?い、いや!たしかに挨拶はすべての基本、それが万全ならば人の妻として通用すると言うのも頷ける」

 

「だろう、だろう!」

 

「教えてくれ北郷、妻としての立派に通用する挨拶というものを!」

「よし、教えよう!」

 

 

 

 

 お帰りなさいアナタ、ゴハンにします?お風呂にします?

 

 

 

 

 それともア・タ・シ?

 

 

 

 

 ブオンッ!

 

「うへあおッ?」

 

 斬ってきた!斬りつけてきた思春が!

 脅しも冗談も素っ飛ばしてイキナリ斬りつけてきた!緊急回避で避けなかったら真っ二つだったぞ俺!

 でもなんで?ちゃんと教えたじゃん奥さんとしての必勝法を!

 

「黙れ下郎!誰がそんな恥ずかしいセリフを言えるか!私は穏ではないのだぞ!」

 

 思春は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 たしかに よく考えてみれば、このセリフは思春のキャラには合っていないかもしれない。

 それならば、

 

「無理はしなくてもいいんだ思春、細かい部分は違っても、趣旨さえ変わりなければ いいんだ!」

 

「趣旨?」

 

「そう、とにかくちょっとやってみようよ、……思い描いてみて、思春のダンナさんが、仕事を終えて家に帰ってきました、では思春はまずどうする?」

 

「……気配を消して背後から忍び寄る」

 

 いきなりネタくさいけど まあよし!それから!

 

「……そして、我が夫に問いかける」

 

「なんてッ?」

 

「よく帰ってきた旦那様、夕餉の支度、湯浴みの支度、万端すべて整っている。………だが」

 

 視線を斜め下20度に傾ける。

 

 

 

 

「私を旦那様に召し上がっていただく準備もできている」

 

 

 

 

「――――ぐはぁッ!!!」

 

 ししゅん の こうげき! かいしん の いちげき

 かずと に 9999 の ダメージ を あたえた!

 

 ノリはド○クエなのにダメージ量はF○並。

 俺は萌え死んだ。

 

「ほっ、北郷ッ!?」

 

「見事だ思春。もう俺に、思い残すことは何もない………!」

 

 今まで思春から受けてきたどんな暴力よりも今のが一番殺傷力があった。

 

「馬鹿なことを言ってないでさっさと起きろ、貴様からは まだ教わらなければならないことが ある!」

 

「なに?まだ上を目指すと言うのか?」

 

「当然だ、…というか、これだけでは きっちりと人の妻となりえる自信がつかない、もっと知恵を貸せ北郷」

 

 知恵を貸せと言われてもなあ……。

 

「あ、そうだ、人妻に相応しい服装をしてみるというのはどうだ?」

「服装か…、一理ある、何事も形から入れということだな」

 

「その通り!そして今の思春の要望に相応しいコスチュームがここにある!!」

 

 ばばん!と俺は懐から一着の衣服を取り出した。

 何故都合よく そんなものが俺の懐に入っていたのか?本当は蓮華に着せるためだったとは口が裂けても言えない。

 

 そして、それを着た思春が ここにいます。

 着替えシーンはカットです、とばせるところはドンドンとばします。

 

「貴様の言うとおり着るには着てみたが………」

 

 思春がコスチュームの裾をできる限り下に引っ張りながら呟く。衣服が肌を覆い隠す面積を少しでも広げようと四苦八苦だ。

 

「うん!似合ってる!大変よく似合ってござるよ思春殿!」

 

「その妙な喋り方が私の疑念を濃くするのだが……、しかし北郷、あえて聞くぞ、コレは本当に衣服なのか?なんというか、その……」

 

「うん?」

 

「肌を隠す部分が少なすぎると思うんだが……」

 

「仕様です」

 

 そう仕様、…うん、なんて便利な言葉だ。

 

「そうなのか、しかしこんな衣服は見たことも聞いたこともない。…まさかコレは、天界の衣服なのか?」

 

「まあ、そんなところだね、これは俺の世界でも、結婚した女性、しかもホヤホヤの新婚さんが着ると とても盛り上がる服なんだ」

 

「はあ…、で、コレは何という衣服なのだ?」

 

「裸エプロンさ!」

 

 

 

 裸エプロンという名の衣服は ネェよ!!!!!!

 

 

 

 全国5千万からの総ツッコミが聞こえてくるような気がするが、幸い俺の周囲にツッコミを入れられる人間は一人もいない。よってここは俺の独壇場。

 ……かっ、…ヘブンだ。

 思春が俺の面前で裸エプロンを着てくれるなんて。(だから裸エプロンという名の衣服はありません)

 思春は今エプロン以外は何一つ身に纏っていない。つまり一糸纏わぬ生まれたままの姿というヤツだ。

 彼女の着るエプロンは、俺がかねてから計画を立てて街の呉服屋に極秘裏に作らせていたもの。余計な飾りは取り払って あくまでシンプルに、機能的に、ただひたすら家事での汚れから着る者を守るためのストイックな衣服が、ただ素肌に直接着るだけで こうも扇情的になるのだろうか。

 イッツ ミラクル!

 思春の川族暮らしで日焼けした小麦色の肌がエプロンの布地から所狭しとはみ出しまくり、俺の視線は釘付けだ。その戦場を飛び回るためのスラリしなやかな太腿も、刀剣を振るうための細い腕も、形のよい横乳も、極小エプロンは隠す機能を果たしえない。

 思春はそのコスプレに、顔から火が出んほどに真っ赤になっていた。呉の将としてのプライドなど一吹きで、屈辱に歪む顔。しかしコレが己の求める模範的な妻の理想的な服装、と信じて折れぬ目の輝きが ことさら萌える。

 

「思春、一生のお願いがある」

 

「…なんだ?」

 

「後ろを向いてくれ」

 

「絶対にイヤだッ!!」

 

 俺の願いは非情にも拒否された。しかし俺は、たとえ神が許さぬと言っても、今、無性に思春の後姿が見たい!

 

「誰が見せるかバカモノ!大体なんだ?コレが本当に模範的な妻の姿なのか?私にはただ単にいつもと変わらぬ貴様の悪行にしか見えんのだが」

 

「何を言う、これぞまさに新婚さんのありがちな日常ではないか、無茶なことを言って甘えてくるダンナ、恥らいつつも要求に応えてしまう若妻、これぞまさにラブラブカップルの典型!」

 

「……へぇ、そうなの、勉強になるわね」

 

「くぅぅ、北郷の妻となるためには こんな恥辱に耐えなければならんのか。私には無理だ、だが私には、それ以外に道が……」

 

「……なんてこと言ってるけど、どういうこと、一刀?」

 

「ん?思春が護衛役をクビになったって言うから、ヤケ起こして俺と結婚して家庭に生きる……などと、って、え?」

 

 俺も思春もお互いに注意が行き過ぎて気付かなかったが、いつの間にかすぐそこに俺と思春ではない第三者の姿が。

 呉人特有の濃い肌に王族の着る朝服、その額には呉王の証として朱で描かれた三筋の紋章。

 

「れれ、蓮華様ッ!?」

 

 思春は音もなく現れた自分の主に 思い切り狼狽した。

 

「ごきげんよう思春、なんだかスゴイ格好をしてるわね」

 

「こ、これはその……ッ!」

 

「うわー、思春の後ろが十八禁ー」

 

「小蓮様ッ?」

 

 いつの間にか自分の背後に回っていた小蓮に驚いて、思春は体を180°旋回、すると その十八禁な背中は俺と蓮華に丸見えなことになってしまうわけで。

 

「おおっ」

 

「うわーッ!」

 

 思春はもう大パニックでその場から逃げ出し、手ごろな木の幹に背中をくっつけて、誰かが背後に立つことを防いだ。それだけ言うと なんかゴルゴ13みたいだ。

 

「おおう、なにやら思春がたいそう面白いことになっておるのう、こりゃ滅多に見られん、酒の肴にはもってこいじゃ」

 

「あやー、いつもは恥ずかしい目に合って右往左往するのは蓮華さまの役回りなんですけれど、思春さんが代わってあげるなんて珍しいですねー」

 

 祭さんや穏まで現れた。

 呉の重臣たちが続々集まり、思春の裸エプロン姿をその目に焼き付けていく。

 明命や亞莎や冥琳まで やってくる、これで呉の重臣は全員集合だ。

 

「なんという恥辱、北郷あとで必ず殺してやるからな」

 

 と思春が怖いことを言っているのはさておき。

 

「みんな一体どうしたの?」

 

 こんなに続々集まって、と聞くと代表して蓮華が答える。

 

「何を言ってるの、思春がいきなり いなくなるものだから、みんなで心配して探し回ってたんじゃないの。思春はもう一人だけの体じゃないんだから、少しの無茶もどんな危険に繋がるかわからないのよ」

 

 思春のお腹の子供のことを言っているのだろう。

 

「それで、やっと探し当ててみれば一刀と何か愉快なことをやってるし。これは一刀からも説明が欲しいわね、いいえ、言い訳というべきかしら?」

 

 アレ?蓮華さん そこはかとなく怒っていらっしゃる。

 

「猛威というなら私たちの腹の虫の方が遥かに上よ」

 

 なんか怖いことまで言い出したし!

 

「一刀さん、皆さん、ご自分が一番最初に一刀さんの赤ちゃんを授からなかったのが不満なんですよぅ」

 

「穏…、そうなの?」

 

「ちなみにぃ、私もその一人ですぅ……」

 

 たしかに穏のほんわかオーラが、今日に限ってはふつふつと陽炎に揺らめいている。

 

「で、コレは一体どういうことなのかしら、一刀?」

 

 追い討ちを掛けるように蓮華。

 

「だから さっきも言ったけど、思春って身篭っちゃったから護衛役とか将軍の任務を降ろされちゃったんだろ?それに腹を立てて、じゃー呉の将軍なんて辞めてやる、アタシャ女としての幸せを掴むんじゃー、と……」

 

 そこまで聞くと、蓮華は呆れたようにハァと溜息、それからツカツカと思春に歩み寄る。

 

「れ、蓮華様……」

 

「思春、そんな羨ま…、もとい、勝手なことはこの孫仲謀が許さん。お前は呉の柱石、呉に甘寧ありと言わしめる その武、やすやす手放すと思ったか」

 

「ですが……、私は、職を取り上げられ……」

「新しい命のためには仕方のないことだ。だが、思春が無事子供を生み、充分な療養を済ませた後は、イヤでも元の任務に戻ってもらう。それが呉の将としてのお前の務めだ、聞き分けてくれるな思春」

 

「聞き分けるなど、恐れ多い…!」

 

「アナタは私にとって かけがえのない存在よ、母親になったぐらいで遠くへ行かないで」

 

 そういって蓮華は思春の両肩を優しく抱きしめた。

 断ち切りがたき主従の絆、これで思春が裸エプロンでなければ完璧に決まるシーンなのだが。

 

「どうやら一件落着のようじゃの」

「蓮華様、凛々しいですぅ………」

 

 居並ぶメンバーも様々に感想を呟いた。

 それを遮って蓮華が言う。

 

「とにかく、今は思春を着替えさせましょう、風邪でも引いたら大変だわ!」

 

「お気遣いなく蓮華様、鍛えてありますので この程度で風邪など……」

 

「バカね、もう一人だけの体じゃないって言ったばかりでしょう、今のアナタは人一倍健康に気を使わないといけないのよ?体の具合はどう?つわりは来てない?」

 

「つわり……、ですか?」

 

 思春は きょとんと首を傾げる。

 

「もしかして思春、つわりを知らないの?」

 

「はぁ、初めて聞く言葉です」

 

 と純朴に答える彼女に、蓮華は目を丸くした。

 

「あの、私もよくわからないけれど、たとえば急に吐き気がするとか、匂いに敏感になるとか、ない?」

 

「あったらどうなのでしょうか?」

 

「それこそ身篭った証じゃないの!どうなの思春、そういう覚えはない?」

 

「いえ特に」

 

「は?」

 

 思春の答えに蓮華が絶句した。それを押しのけるようにして、今度は祭さんが尋ねる。

 

「よく聞くのじゃぞ思春、だるさとか頭痛とか、そういうものもないのかえ?」

 

「はい、まったく」

 

「でもぉ、酸っぱいのは好きなんですよねぇ?」

 

「ああ、だがそれは、今日の朝食が思いのほか脂っこかったからだろう?胸焼けすると酸味が欲しくなるものだ」

 

「なっ?」

 

 思春の答えに今度はみんなが絶句する。

 

「……し、思春、改めて聞くけど、アレは、止まってたりしてる?」

 

「月のものですか、ちょうど先週終わりましたが」

 

「思春~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

 城中に響かんばかりに蓮華の絶叫がこだまする。それに一番ビックリしたのは面前の思春で。

 

「ど、どうなさいましたか蓮華様、私が、何かご無礼でも……」

 

「要するにぃ、思春さんの妊娠は、勘違いだった、ということですよぉ~」

 

 フォローを入れる穏に、思春はくらいつく。

 

「なっ、そうなのかッ?」

 

「酸っぱいものを好むだけで決め付けたのも早計でしたねぇ~」

 

 全員が、その場にヘナヘナと座り込んだ。

 なんだ、違うのか、安心したような残念なような。しかしその揺さぶりが一番激しかったのは蓮華その人で。

 

「もぉ思春、人騒がせが過ぎるわよ!」

 

 と久々に感情を丸出しだ。

 

「当たり前よ!喜んだり悔しかったり寂しかったり心配したり!一年分の感情を今日一日で使い切ったわ、それなのに その原因が勘違いだなんて、あんまりじゃない!」

 

「ももも、申し訳ありませんでした蓮華様!」

 

 思春が裸エプロンで平身低頭する。

 

「まぁ仕方ないですよ蓮華様、思春さんだけでなく私たち全員に、そうなる原因は既に仕込まれてるわけですからぁ……」

 

「どこぞの誰かさんが頑張っておる結果かのう……?」

 

 皆さんの視線が俺に集中する。

 

「あの…、俺、もう少し控えた方がよい?」

 

「それはダメ」

 

 蓮華がピシャリと言う。

 

「こうなったら私が誰より先に一刀の子を授かるんだから。……いくわよ思春!服を着替えて私の側に控えなさい!」

 

「えっ?それでは、蓮華様…?」

 

「当然 休務は取り消しです、思春にはその身をまっとうするまで呉に仕えてもらうんだから、覚悟してもらうわよ」

 

「は、この身一片に至るまで、すべて呉と蓮華様のために……ッ!」

 

 そういって思春は蓮華の元へ駆け寄った。やれやれ、コレで一件落着かな。

 俺は、前へ向かって歩き出す主従二人の背中を眩しげに見送った。

 

 

 ――――。

 

 

蓮華「思春、こんな人騒がせは金輪際にして、私にも心臓に悪いわ」

 

思春「はっ、申し訳ありません蓮華様」

 

蓮華「次からは、そうかなって思ったときは つわりを確認するように、早とちりは禁物よ」

 

思春「はい、…しかし、つわりとは どういうものなのでしょうか?」

 

蓮華「え?、…私にもよくわかんないけれど………。そ、そう、いきなり吐き気に襲われるそうよ。急に口を押さえて、どこかへ走り出して……」

 

 

明命「うっ……(ダッ)」

 

 

蓮華「そうそう、ちょうどあんな風に……」

 

思春「ほう、あのようにですか……」

 

 

 ……………………。

 

 

 ………………………………………えっ

 

 

終劇


 
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