No.51854

呂蒙、関羽にいぢめられるのこと

蜀ルートEND後のお話

前作 恋姫無双でまだ名前しかなかった呂蒙に愛紗が激しくガルルと言ってたのを きっかけに書いてみた作品です。

亞莎、愛紗、両方に萌えられたらいいなと思います。

2009-01-12 22:18:14 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:17443   閲覧ユーザー数:12749

「……やっぱり平和っていいもんだなあ」

 

 商家で賑わう成都の目抜き通りを歩くたび、俺はこの言葉を吐き出す。

 五胡の侵攻を防ぎきって以来この中華の地は、いくさの種も絶えて平和を謳歌しまくっている。並立した三つの国が鼎の如く互いを支えあう天下三分、その国家形態は皆の予想する以上の成果を生み、国交は良好、経済は活発化、各英雄たちが治める魏・呉・蜀の三国は、俺の知る正史での同国を超える かつてない繁栄を築き上げていた。

 建築では隋を超え、

 文化では唐を超え、

 国際性では元をも超える。

 そしてそれ以上に俺が大切だと思うことは、こうして街に住む人々が 命や財産を失う不安もなく、安心して日の下で暮らせるという一点だ。

 戦時中からの俺のクセである街歩きも、最近では益々好きになってきた。以前はチラホラ見かけた他国から流れてきた難民やゴロツキも見かけない。孤児も、寡婦も、病人もいない。人々は着るものもよくなり、食料も行き渡っているのか顔色も艶々だ。

 そんな人々の笑顔を眺めるたびに、あぁ、俺たちの戦いは間違ってなかったんだなあ、と確信できる。

 俺たちのしてきたことは無駄じゃなかったんだなあ、と安心できる。

 街の人々は今日も笑顔で満開だ、泣き顔の人なんて、一人も………………、

 

「しくしくしくしくしくしくしくしく………」

 

 ……………、

 ……………………いた。

 俺がその人を発見したのは、城へ帰る道すがら。城壁にもたれかかるようにして一人の女性が涙に濡れている。

 

「しくしく、しくしくしくしく………」

 

 なんか、見るからに厄介そうなのに出くわしてしまった。

 その哀哭する女の子は、俺の知る限りこの辺では見かけない子だった。かなりおかしな服装をしているから間違いない、上半身は長い袖をした厚着のくせに、下半身は際どいミニスカートで生唾飲み込む露出度だ。

 そんなアンビバレンツな服を着込みながら、頭には大きな帽子を被り、オシャレなのか片メガネなぞ掛けてらっしゃる。

 

「しくしく、ぐずっ、しくしくしくしく………」

 

 そんな女の子が、道端でただひたすら泣いているのだ。

 正直言って超怪しい、声を掛けてもいいが、掛けたが最後 絶対に厄介ごとに巻き込まれるぞと俺の経験が叫んでいる。

 このまま何も見なかったことにして通り過ぎちゃうのもいいかな?と思った瞬間、

 

「………あっ」

「………げ」

 

 目が合った、バッチリ合った。

 俺は元々気付いていたが、あっちもこれで俺の存在に気付いたのは確実。

 さて、向こうはどういう行動に出るか。

 

「じぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐ…………………………ッッッ!」

 

 さらに猛烈に泣き出したっ?

 なんと極悪なっ、これを無視して素通りしたら俺は外道確定ではないか。

 

「この北郷一刀の逃げ道を塞ぐとは、くっ、策士め」

 

 なんて偉そうなことを思いつつ、他に方法もなくなったので彼女に声を掛けることにする。

 

「えーと、…きゃん あい へるぷゆー?」

 

「…ぐずっ、ゆー きゃん へるぷみー」

 

 通じたッ?

 この世界では英語が通じないのが定番なのにっ?

 

「が、がんばって勉強してますから」

 

 そういう理由で通じちゃうんだ、ああ勉強になった、いや、それはさておき……。

 

「ええと、君、どうしてこんなところで泣いてるんだい?俺でよければ相談に乗るけど」

 

「あ、アナタは蜀の人ですか?」

 

 もちろんそうだけど。

 

「蜀の人は優しいんですね、こんな見ず知らずの人間に声を掛けてくれるなんて、でも いいんです、こうなったのは全部私が悪いので、助けてもらう必要なんて……、ぐじッ」

 

 あんだけ あざとく泣き腫らしといて今さら、とは口に出せず。

 

「いいから何があったか話してごらんよ、もしかしたら力になれるかもしれないし。…それに君、口振りからして蜀の人じゃなさそうだけど、一体……」

「あっ、申し送れました」

 

 女の子は長い袖で涙を拭きつつ名乗る。

 

「私の名は呂蒙、字を子明といいます。呉の孫策様に仕える者で、今回は三国間の表敬訪問に随行して蜀へと参りました」

 

 孫策さんの随行員ッ?

 ああ そういえば思い出した、今日は呉から使節が来るから ちゃんとお城にいてくださいねっ、て朱里から言われてた。なに街をフラフラしてるんだ俺ッ。

 

「でもなんで、その随行員が城の外でさめざめ泣いてんの?」

 

「はい、それが、きっと私が悪いんです、うう……、ぐじっ」

 

「イヤ泣いてちゃわかんないよ。説明してみてよ、城内で何があったの?多少の失敗ぐらいウチはそれ以上に率先して はっちゃける輩が多いから、いちいち目くじら立ててたらキリがないから大丈夫だって」

 

「ぐじえ…、あ、アレはそんな生温いものじゃないですぅ、劉備様と雪蓮…孫策様との会見、私が出るまでは上手くいってたのに…、私が出た途端……」

 

 いったい何があったって言うんだ?

 

「蜀の人たちも、とてもよくしてくれて……。出迎えは、蜀一の重臣である関羽さん みずからしてくれたんです……。私たち呉の随員の手を一人一人とって、本当に和やかに………」」

 

 

 

 ――――これより先は回想シーン

 

愛紗「呉の皆様方、よくおいでくださいました。こたびの歓待役はこの関雲長が務めさせていただきます」

 

雪蓮「頼むわね関羽、向こうじゃ冥琳に絞られて仕事漬けだったから、羽伸ばさせてもらうわよ」

 

愛紗「どうぞ、心行くまで骨休めをしてください」

 

蓮華「随員筆頭の孫権です、お世話になります」

 

愛紗「お久しぶりです孫権殿、不自由なことがあれば何なりと申し付けください」

 

穏「同じく~、随員の陸遜です~、よろしく~」

 

愛紗「こちらこそ よろしく」

 

思春「随員兼護衛役の甘寧だ」

 

愛紗「お疲れ様です」

 

亞莎「同じく随員の呂蒙です、よろしくおねがいしま………」

 

 

愛紗「馴れ馴れしく話しかけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!」

 

 

全員「えええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇッッ!?」

 

 ―――回想シーン終わり

 

 

 

 ………、

 ……………え?

 愛紗って、そういう変なテンションのキャラだったっけ?

 

「それまで終始笑顔だった関羽さんが、私を見た途端鬼のように……、私に至らないところがあったんです、それが関羽さんのお気に障ったんに違いありません……!」

 

 そう言って呂蒙さんはまたグスグス泣き出す。

 しかし何だろう、とても信じられないな愛紗がそんな暴挙なマネをするなんて。蜀では一番礼儀作法に煩いだろう彼女が、仮にも客人相手に。

 

「何が関羽さんを怒らせたんでしょう、私の何がいけなかったんでしょう、…存在でしょうか?」

 

「イヤ、自分を全否定するところから始めなくていいから」

 

 呂蒙さんは、元々繊細な性格なのだろう、愛紗の拒絶がよほど堪えたらしく意識も混乱している。正常な受け答えも今は望めそうにない。

 いや ところで、呂蒙?呉の呂蒙?……というと……。

 

「あ」

 俺はあることに思い当たった。この世界には存在しない、俺が元々いた世界の歴史にだけあった事実だ。それを思い出したとき、この奇怪な状況の原因が、霞を払ったように すっきり浮き出てきた。

 

「わかった、愛紗が呂蒙さんを嫌う原因」

 

「………………呼吸することですか?」

 

「イヤだから……」

 

 ああもう痛ましい。彼女はわけもわからず叱られた子犬のように しょんぼりだ。

 

 呂蒙子明。

 俺の歴史における彼には、ひとつ見逃すことの出来ない業績がある。

 

 呂蒙が関羽を討ち取った、ということだ。

 

 関羽が樊城という城を巡って魏と争っていたとき、魏と同盟を結んで関羽を背後から脅かし、ついには首を切り落とした武将こそが呂蒙だった。

 

「だから…かなあ、愛紗が亞莎を嫌うのは」

 

 他に理由が思い浮かばない。

 正史がこの世界に与える影響は俺にも計りがたいが、討った討たれた同士の関係といえば、たとえば焔耶(魏延)と蒲公英(馬岱)なんかは最悪だ。それと同じことが愛紗と亞莎にも当てはまるんではなかろうか。

 

 そんなことを考えながら俺が愛紗を探していると、城内の中庭で彼女の姿を発見した。

 

「お~い、愛……」

 

「私は、……私はなんということを……………」

 

 見つかった愛紗は一目見てわかるほど深刻に落ち込んでいた。芝生の上に体育座りで縮こまり、背中に黒いモヤモヤしたものを背負い、口からはエクトプラズムに似た濃厚なため息を吐いている。

 ……凄いネガティブホロウだ、助けて そげキング。

 

「私は何故あんな暴挙を……、これでは蜀の面目は丸潰れだ………」

 

 あぁ~、どぉしよぉ~~、などと膝を抱えたまま芝生の上を転がる愛紗。それはそれで眺めていると萌えて楽しいが、眺めてばかりじゃ話は進まない。

 

「あの、愛紗、ちょっといいかな?」

 

「あ、ご、ご主人様ッ?」

 

 俺に気付いた愛紗は、ごろん、とダルマみたいに起き上がって居住まいを正す。

 

「どこに行っていたのですか ご主人様!今日は呉からの使節団が着きますので歓迎の義に出席してくださいと、あれほど………ッ!」

 

 愛紗は途中まで俺の無断外出を諫めようとしたが、急にトーンが低くなって。

 

「……いいえ、ご主人様が不在だったのは返って僥倖でした、あんなブザマをご主人様にまで晒さずに済んだんですもの…………」

 

「そのことなんだがな愛紗、実は俺 今日城で何があったか知ってるんだが、一体なんであんなことをしたんだ?」

 

 つまり、亞莎に対して急に怒鳴りつけたりなんか……。

 

「……私にもわかりません、彼女の顔を見た途端、急に頭がカッとなって、真っ白になって、気づいたら……」

 

 愛紗はフフッと自嘲気味な笑みを漏らした。

 

「ご主人様、かくなる上は この関雲長、腹を切って蜀呉両国にお詫び申し上げる所存、ご主人様には事後に我が首をもって両国の関係回復に尽力いただけることを切望します!」

 

「うわわ、待て待て、なんで愛紗は そう極端な方へ話を持ってくんだ!」

 

「だって!私の粗相によって もし両国の関係にヒビが入ったら、自分の不甲斐なさに生きてはいけません!今日までありがとうございました ご主人様!私亡き後も 恋のゴハンの世話をよろしくおねがいします!」

 

「ええい!落ち着け!へやッ!」

 

 むにょん。

 

「ひうッ!?」

 

 愛紗の動きが止まった。

 

「はぁ、はぁ、………落ち着いたか?」

 

「ご、ご主人様、今ドコを触って……?」

 

「いいか愛紗、この件に関しては既に対策を講じてある、亞莎、入ってきていいぞー」

 

「え?」

 

 愛紗が首を傾げると同時に、俺の指示で木陰に隠れていた呂蒙=亞莎が姿を現す。地面に付くほど長い袖に極短スカート、おっかなびっくりの表情に片メガネを掛けた その姿を確認したその瞬間。

 

「…あ、あの関羽さん」

 

「どの面下げて私の前に戻ってきた貴様ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

 

「うきゃああああッ!!」

 

 取り付く島なし、青龍刀をもって飛び掛ろうとした愛紗を寸でのところで俺が腰から捕まえてストップ ザ 暴力。

 

「おおおお、お放しください ご主人様!この者、いかにしても我が青龍刀のサビにしなければ……!おおお、同じ朝日を臨むことなどできませぬーーーッ!!!」

 

「落ち着けよ!お前さっき反省した ばっかりだったんじゃないのかッ!」

 

「それとこれとは話が別ーーッ」

 

「別じゃねぇーーッ!!」

 

「あのあのあのッ!ゴメンナサイ一刀さまッ!私、アナタがかの有名な天の御使いだと露知らず、数々の御無礼をッ……!」

 

「亞莎まで混乱してるんじゃねーッ!」

 

「おっのれ貴様!いつの間にやら ご主人様に真名を呼ばせているとは 何たる女生!こうなればご主人様が完全に誑かされる前に斬って捨てるのが やはり常道…ッ!」

 

「人聞きの悪いこと言うなーーーーーッ!!」

 

 ぽにゅん

 

「きゃあっ?」

 

 またも愛紗の動きが止まった。

 

「ぜぇぜぇ、……やっと落ち着いたか」

 

「ああ、あのご主人様、さっきから私のドコを触って………」

 

「一刀さまって、触り方が手馴れてますよね」

 

 感心したように呟く亞莎。こうして俺の悪評が国境を越えて伝わっていく。

 

「とにかく!」

 

 俺は一喝。

 

「お前たち二人の関係が悪くなるのは大いに憂うべきことだ!かたや愛紗は蜀一の重臣、かたや亞莎はいずれ呉の大都督となるであろう有力株、この二人が険悪なのは蜀呉にとって大いなる損失となろう!」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」

 

 亞莎が慌てて口を挟む。

 

「関羽さんが蜀一の重臣なのは当然ですが、私が大都督になるだなんて恐れ多い……ッ。呉には冥琳さまや穏さまが いらっしゃるのに、それを差し置いて私だなんて………」

 

 亞莎は赤くなった顔を両手で覆ってオロオロするが、俺は彼女の肩に優しく手を置いて。

 

「大丈夫、俺は君と知り合って日が浅いけど、君の才能はよくわかっているつもりだ。君のひたむきに努力する能力は、いずれ君を呉の総司令官にする輝きを抱いている」

 

「一刀さま……」

 

「男子三日会わざれば刮目してみるべし、だよ」

 

「私、女の子ですぅ……」

 

 亞莎は真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせて照れていた。しかし、俺の背後からは、

 

「ご主人様……、また余所の女性を口説きにかかられて」

 

 愛紗の視線がひたすら冷たい。…うん、愛紗が別の理由で亞莎のことを嫌う前に話を進めようかな。

 

「それでは二人とも、仲直りのしるしとして互いに真名の交換をしてもらおうか」

 

「はいっ?」

「ええっ?」

 

 二人は一挙に素っ頓狂な声。

 

「で、ですがご主人様、私たちにとって真名とは神聖で貴重なもの、おいそれと人に預けるわけには……」

 

「だからこそ交換する意味があるんだろう、桃香と雪蓮だってもう真名の交換は済ませてるんだから、臣下の君らも それに倣って無問題」

 

「そうかもしれませんが…」

 

 愛紗はそれ以上反論を思いつくことができなそうだった。

 

「…ううむ、では ご主人様の名案に従うことにしよう、呂蒙殿、我が真名は愛紗、アナタにお預けしよう」

 

「ああ、ははは、はい、こちらこそよろしくお願いします。私の真名は亞莎……」

 

「舐めとんのか貴様ぁぁぁぁぁぁーーーーッ!」

 

「きゃあああああぁぁぁッ!」

 

 え?何?

 今ドコに切れるポイントがあった?

 

「だって ご主人様!コヤツの真名、微妙に私とかぶっているじゃないですか!」

 

 は?…あー。

 愛紗と亞莎、アイシャとアーシェ、似ていないこともない。

 

「だが待つんだ愛紗!真・恋姫無双は50人のキャラクターがいるんだから同じような名前が一つぐらいあったって仕方のないことなんだ!」

 

「ですが、この組み合わせは いくらなんでも出来過ぎです!コヤツは私と似た名前を使うことで私の存在に取って代わるつもりなのです!」

 

 何の話をしてるんだ、俺たちは。

 

「か、かじゅとさまぁ~、私一体どうすればぁ~……」

 

「あー、よしよし亞莎、君は何も悪いことないからね」

 

「私が悪いと言うんですか ご主人様!」

 

「まったく そうだ!」

 

 いや、何が悪いと元を辿れば、やはり正史で呂蒙が関羽を討ち取ったことになるのだろうが、そしたら悪いのは呂蒙なのか?でもあの呂蒙と この呂蒙は同じ人物とはとても言えないし、そもそも呂蒙を樊城に送り込んだのは孫権で……ああもう わけわからん。

 

 

「あら、一体何の騒ぎですの?」

 

 

 今度はなんだッ?

 俺が振り向くと、そこにいたのは金ピカ縦ロールの髪を これ見よがしに輝かせた貴族顔。

 袁紹こと麗羽だった。後ろには お供に斗詩と猪々子も付いている。

 

「こんなところでケンカ騒ぎとは清閑な庭の景色が台無しですわ。皆さん もう少し風雅さというものを学んではいかが?」

 

 イヤ、アナタにだけは言われたくなかったんだが。

 

「麗羽こそ、こんなところでどうしたんだ?」

 

 いつもなら退屈しのぎに街中をフラフラして、城には あんまり寄り付かないのに。

 

「いえいえ、なんでも本日は江南から孫策さんがいらっしゃっている、というではないですか」

 

「ん?ああ、そうだけど………」

 

「成り上がり者の顔を一目見ておこうと思いましてね」

 

「!?」

 

 亞莎の顔色が変わったのが俺にもわかった。ここに呉の関係者がいることも知らず、麗羽は次々口を滑らせる。

 

「孫策さんというのは、元来私の従姉妹である美羽(袁術)の客将であったのを、姑息にも騙まし討ちで領土を奪い取ったとか、やはり生まれの卑しい方は汚いやり口でないと上には昇れないものなのでしょうかね」

「そ、そんなことはないです!」

 

 鋭い声に、俺も愛紗も麗羽も視線が集中した。

 

「あ、亞莎?」

 

 俺も愛紗も意外だった。亞莎に こんなに鋭い声が出せるなんて。

 

「江東は元々雪蓮さまのお母上である孫堅さまが治めていた地、雪蓮さまは それを袁術から奪い返したに過ぎません。その上で雪蓮さまは街道の整備、治水工事、盗賊の取締りなどの善政を敷いています。それらをまったく行わなかった袁術よりも よっぽど江東の主に相応しいと思います!」

 

「………そういうアナタはどなたかしら?」

 

 麗羽は眉根を寄せて尋ねる。

 

「わ、私は呂蒙子明、雪蓮さま…孫策様の家臣です」

 

「あら、こんなところに子飼いを放って聞き耳を立てさせているなんて、孫策とは思った以上に姑息な輩のようですわね」

 

「いや麗羽、亞莎は偶然ここに……」

 

「一刀さん、アナタは黙っていなさい」

 

 麗羽は俺を押しのけて、ズカズカと亞莎に接近する。

 

「参考までにお聞きいたしましょう、呂蒙さんとやら、アナタご出身はどちらかしら?呉王の直臣と仰るからには、それ相応の門地をお持ちなのでしょうね?」

 

「あ…」

 

 亞莎は一瞬 口をもごもごさせてから、

 

「………わ、私は、董卓討伐直後に冥琳さまから抜擢された者で……、その……、特に家名などは………」

 

「つまりは卑しい庶民の出、ということですわね。成り上がりの梟雄には似合いの取り巻きですわ」

 

「…し、雪蓮さまは、門閥よりも能力を重んじます……………」

 

「ではアナタも才には自信があると?そうですわねえ、アナタ、その身なりを見ると軍師でいらっしゃるようですし、であれば四書五経の嗜みはおありなのでしょうねえ?」

 

「ふぇッ?四書、五経、ですか?」

 

 亞莎は明らかに虚を突かれて動転している風だった。

 俺は即座に駆け寄って小声で尋ねる。

 

(もしかして知らないのか?)

(冥琳さまや穏さまからは、まず軍略を集中して学べって言われていて、武経や史記なら答える自信はあるんですが……)

 

 亞莎は既に涙目だ、そこへ嵩にかかって攻めてくる麗羽。

 

「大学はお読みになりまして?」

 

「あ、ありません」

 

「では孟子は?」

 

「………ありません」

 

「あらあら、大したことのない軍師さんですわね。こんな方を配下に加えている孫策さんの手腕も、たかが知れるというものですわ」

 

 亞莎の目尻に溢れそうなほどの涙が溜まる。自分の不甲斐なさで自分の主である孫策が侮辱されることが何より悔しいのだろう。

 それなのに、口答え一つできない。

 悔し涙が溢れて地面に落ちそうになった、その時。

 

 

「それくらいにしておいたらどうだ、麗羽殿」

 

 

 心を折られそうになった亞莎に救いの手を差し伸べたのは誰か。

 

「…愛紗?」

「……愛紗さん?」

「愛紗さん、口出しは無用ですわよ、これは我が袁家と孫呉との問題、いかに料理勝負で固い絆に結ばれた愛紗さんでも、介入は認めませんことよ」

 

 麗羽は頑なだったが、愛紗は声を荒げず、実に落ち着いた口調で言う。

「麗羽殿、従姉妹を孫策殿を討ち取られたというアナタの無念はわからなくもない、だが、それならば憤懣をぶつける相手を間違っているだろう。文句ならば孫策殿へ直接言ってはどうだ」

 

「も、文句だなどと……」

 

「それに将の才能とは知識にあるのではなく、知識をいかに使うかにある。この亞莎に知を使う才能がたしかに眠っており、孫策殿がそれを見抜いて抜擢したというのなら、孫策殿の器、やはり侮りがたいと思われるが」

 

「愛紗さんは、そこの庶民の娘に将才があるとお思いなのですのッ?」

 

「ええ、今しがた我がご主人様が、はっきりと彼女を指して『大都督になれる才』と仰っていましたから。ご主人様の言うことを臣たる私が疑うわけがありません」

 

「………フンッ」

 

 麗羽は俺と亞莎を交互に睨みつつ、鼻を鳴らしたかと思うと すぐさま踵を返して いずこかへと歩き去った。

 

「興が殺がれました、斗詩、猪々子、行きますわよ!」

 

 気付けば麗羽の姿はもう見えなくなってしまってる。

 しかしお付きの斗詩と猪々子は何故か主に反して この場に残り、申し訳なさそうに亞莎の下にやってくる。

 

「や、悪いね お姉ちゃん、麗羽様もね、悪気があったわけじゃないんだ」

 

「麗羽様、従姉妹の袁術さんが孫策さんに負けて行方不明になったの、とても心配していらして。多分そのイライラが一気に噴き出したんだと思うんです。きっと今頃、『やりすぎましたわ』なんて反省してると思いますよ」

 

「えぇ~、そうかなぁ~」

 

 と俺が疑っていると、

 

「いいえ、斗詩たちの言うとおりでしょう」

 

 愛紗が言った。

 

「麗羽にしては引き下がるのが早かったですから。麗羽の性格なら、言い負かされて悔しければ斗詩や猪々子をけしかけてくるに違いありません」

 

「そういやそうか、……でも意外だったな愛紗」

 

「何がです?」

 

「君が亞莎を庇うなんてさ、散々彼女のことを嫌ってたのに」

 

「そ、それは……ッ」

 

 愛紗はバツが悪そうに目線を泳がせ、やがて亞莎を視界に捉えた。亞莎はまだ涙を拭いきれず、頬を赤くして鼻をグズグズ言わせている。

 愛紗はそれを、やれやれという風に眺めた。

 

「………もし侮辱されたのが孫策殿でなく桃香さまだったら、私だって食って掛かります」

 

「え?」

 

「それだけの気概を見せた者に、敬意を表しただけです」

 

 そう言って愛紗は懐からゴソゴソと何かを取り出した。それは一冊の本だった。

 

「亞莎」

 

「はひッ?」

 

 愛紗に呼ばれて亞莎は飛び上がる。

 

「この本をお前にやろう」

 

「こ、これはなんでしょう?」

 

「春秋、……四書五経の一冊だ」

 

「ええっ?」

 

 亞莎は目を丸くして驚いた。

 

「勉強の合間にでも読むがいい、臣たる者 礼学の一つも知っておかねば主君に恥をかかせること、お前もわかったろう」

 

「あ、あ………」

 

「あ?」

 

「ありがとうございます愛紗さーーーーんッッッ!!!!!」

 

 亞莎は目を輝かせながら愛紗の胸に飛び込んだ。思いの他強烈なタックルに愛紗はたまらず尻餅ついて、

 

「ああっ、コラッ、やめんか亞莎!ご主人様が見ているというに……!コぉラ!くっつくな!そういう趣味かと誤解される……ッ!」

 

 しかし感極まった亞莎には言葉は通じず、ただひたすら もみくちゃになっていく二人だった。

 俺はそれを眺めて、感涙に咽ぶ。

 

「いやぁ…、ええ話や」

 

「まったくそうだぜ、アニキ」

 

「愛紗ちゃん 優しいね」

 

 猪々子と斗詩も、その心温まる光景に見入っている。

 

「しかし愛紗は男前だね、カッコいいよ、斗詩が惚れそうで困っちゃうね」

 

「もう文ちゃんは すぐそういう話になるぅ。でも、愛紗さんの ああいう清廉潔白な部分は尊敬できるよね、私も見習おう!」

 

「アタイも見習うぜ!」

 

「え~、文ちゃんにできるかなあ」

 

 と、愛紗のことを口々に誉めそやす斗詩と猪々子の二人を見て、俺はあることに気付いた。

 

 斗詩と猪々子、

 

 顔良と文醜、

 

 この二人は、官渡の戦いで、関羽に、

 

「…………………………」

 

「…アレ、どったのアニキ?」

 

「君らは本当にいい子だね」

 

「斗詩~、なんかアタイたち褒められた~、アニキに褒められたよぉ~」


 
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